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プロローグ

 僕のクラスは変わり者が多い。自分で言うのもどうかと思うけれど、僕もまた異常者らしい。

 初めて人を殺したのは八歳の頃。母親が癌で亡くなったことが、僕の心に取り返しのつかない変化をもたらしたのだろう。小学校の担任の先生に事あるごとに同情され、哀れみの視線を向けられた。


 僕はわからなかった。

 死に逝く者。残された者。離別に纏わりつく悲しみを主とする混沌。

 どうしてみんな僕をそんな目で見るのだろうか?


 僕は不思議と落ち着いていた。否、心が凍り付いていたのだろう。鬱陶しいほどの憐憫の情に苛まれることで、粘度を失った心は崩れ去っていった。

 そうして間も無く僕は担任を殺した。朝の会、みんなの注目の中で首を掻っ切った。僕はどうしても死を身近で感じたかったのだ。返り血と悲鳴と、声にならない恐怖とが充満した教室の中で一人、満足感に浸った。

 僕は死の恐怖を知った。同時に、人の感情を支配する悦びを覚えた。感情の変化、その掌握。感情を喰らう、悪魔の如き人間の本質が見えた。

 僕はどこまでも虚ろだった。愉悦だけが、僕が人である証だったのだ。


 そんな僕、霊山寺(れいざんじ)(こう)もすっかり大きくなって今は高校一年生。刑法第四一条の庇護を外れてしまったため、表向きは真っ当に生きている。自ら手を下さなくとも、この教室では毎日楽しい光景が見られる。

 例えば窓際の席のショートカットの女。鮮血姫こと花川(はなかわ)百合(ゆり)は自傷行為が日課のメンヘラ女だ。今日も何かしでかすに違いない。ほら、席を立った。

 クラスメイトの視線は全て、彼女に集まった。当然だろう。彼女が席を立つと決まって血みどろの大騒ぎになるのだから。


「おい、百合。今日は一体どんなもん見せてくれるんだ? せいぜい楽しませろよ?」


 普通を極めたゴミ——モブ王と呼ばれている——が囃し立てる。所詮は引き立て役に過ぎないわけだが随分と偉そうだ。


「うふふ、私ね、今日は刃物なんて使わないの。お薬だって飲まないし、首だって絞めない」


 彼女はそう言って窓を開けると、重力に身を委ねた。数瞬後、階下から悲鳴が押し寄せる。僕たち一年生の教室は二階、一階は三年生だ。僕らより年上のはずの彼らの取り乱し様に、クラスメイトは呆れ混じりの笑い声で応えた。この程度で彼女が死んでいるはずもないのに。馬鹿な奴らだ。

 彼女の自殺未遂に続いたのは、さすらいのギタリスト飯島(いいじま)詩音(しおん)の弾き語り。所構わずアコギを搔き鳴らす阿呆だが、クラスで一二を争う出現率の低さとギターの腕の凄まじさによりカッコイイ渾名がつけられた麒麟児でもある。耳を傾けると思考が深く沈みこみ——繊細優美な音の世界に否応無く引き込まれていく。

 彼の演奏の余韻に浸っていると、今度は教卓付近が騒がしくなる。モブ王とインテリゴブリン、ヴァージンオークによる寝取られ村長のいじめが始まったようだ。

 モブ王とその取り巻きを操るのは五十嵐(いがらし)(そう)。恐ろしいほどの狡猾さで、入学初日でモブ王の弱みを握り手駒にした。その鮮やかな手腕に脱帽した生徒が、畏敬の念を込めてつけた渾名は暗黒宰相。目をつけられた生徒は地獄を見ることになる。

 一方いじめられる側の寝取られ村長は、カースト下位の代表者だ。このクラスでは、その人間性にふさわしい渾名がつく。つかないのは没個性的な人間であり、彼らは村人扱い、底辺だ。そして、そのトップこそがまさしく彼なのである。彼は入学早々、中学から付き合っていた幼馴染を寝取られてしまった残念な男だ。しかもその幼馴染、性の悦楽にどっぷり浸かってしまって俎板サキュバスなんて呼ばれている。通常であればカースト最上位にいるはずの容姿、性格、知性。ところがこのクラスに入ってしまったがために全てが無に帰した。本当に可哀想な男なのである。


「おら、口開けろよ!」


「グヒヒ、お前の幼馴染に頼んだら喜んで差し出してきたぞ」


「ブヒッ、早く飲めよ! 美味しいだろ? なあ! 幼馴染の聖水美味しいですって言えよ!」


 ゴブリンが村長の鼻を塞ぎ、オークが首を絞める。もがき苦しんで開けた口にモブ王が黄色い液体を流し込む。下腹部をパンパンに膨れ上がらせ、咽せ返りながらも飲み干していく村長。


「ギャハハハ!! こいつ本当に飲みやがった!!」


「グヒヒ、幼馴染ちゃんに見られてるぞ! ねえ今どんな気持ち?」


「村長マジで変態だな! 流石サキュバスの元彼だ! ブヒヒヒ」


「ちょっとあなたたち! 今すぐ彼を離しなさい!!」


 凄惨ないじめが行われる中、割って入ったのは神楽(かぐら)瀬良(せら)。又の名をハリボテ聖女。彼女は一見正義の味方。だが僕は騙されない。今回の件だって、いじめがひと段落するまで彼女は静観していた。とても冷静で、冷酷な目線で観察していた。そして村長の悪感情がピークに達した時、途端に表情を作り上げて止めに入った。いじめる奴が悪感情を食い物にするのと同じ様に、こいつもまた人の感情を制御し、好意を向けられることに愉悦を感じているのだ。しかしこれに気づいている人間は極僅かである。


「ちっ......いつもいつもうるせえ女だ」


「グヒヒ、偽善者はすっこんでろっての」


「ブヒッ、興が醒めた」


 ようやく落ち着きを取り戻した教室にチャイムが鳴り響く。午後の授業開始の合図なのだが......教員は一向に来る気配がない。もはや僕たち問題児クラスは高校であるにも関わらず学級崩壊していた。

 僕は退屈で仕方なくて、ついつい百合のところに向かってしまう。


「皇? どうしたの?」


 こちらを振り返って笑顔を見せる彼女を思い切り殴る。床に倒れた彼女に覆い被さり、組み敷く。


「ちょ、ちょっと! 一応授業中なのよ?」


「うるさいなあ! 僕に口答えするな」


 面倒なので首を絞めて黙らせる。手を離すと、今度は必死に酸素を取り込もうとする彼女の口に突っ込んで嘔吐させる。


「ウゥッ......グオェッ! ゴホッ、ゴホ......」


「百合は相変わらず汚いなあ! ご主人様に嘔吐する出来損ないなんてお前くらいだよ」


「ごめんなさい......ごめんなさいぃ!」


 繰り返し謝る彼女に、乱暴に腰を打ち付ける。そう、僕の渾名は嗜虐王。このクラスの異常者の頂点に君臨する男だ。数多の凶悪犯罪事件を起こした僕は、この集団の中でさえ浮いてしまうほど異彩を放っていた。

 そんな僕の玩具となったのが百合である。被虐趣味のある彼女はまさに適役だった。——どれだけ乱暴な扱いをしても決して壊れないのだから。


 身も心もスッキリして、席に戻ろうと立ち上がった——途端、眩い光が教室内を蹂躙する。長く続く浮遊感に酔い、嗚咽が込み上げる。百合に吐瀉物を浴びせかけ、気づいた時にはどこまでも続く広大な空間に佇んでいた。

 クラス全員欠けることなくこの場所に来ていた。わけもわからず視線を彷徨わせる僕たちに、天上から声が響く。


『哀れな子羊たちよ』


『あなたたちは不幸にも異世界に勇者として召喚されることになりました』


『しかし異世界は私の管轄外なので術式に干渉することができません』


『なので特別に、魂に見合った能力を一つ授けます』


『願わくは新しい人生が良きものとなりますよう』


 そうして一方的にチートを与えられた僕たちは、今度は異世界に転移した。

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