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1-6 彼女の十月から一月。



『十月下旬。

彼が来ない日が続く。いつものメモ用紙も一枚もない。こんなに長く会えないのは初めて。私、もしかして寂しいの……?』


 …………こんなこと書いた記憶はあるような、ないような。十代の多感な時期ならまだしも、たった一年前の自分。あんまりにもほどがある。焦って四、五頁を読み飛ばした。


『十一月末日。

彼はひっこしてしまったのか、もうずっと来ていない。二ヶ月半ほど張りっぱなしの長期休暇の紙。あれもそろそろ閉店に書き換える頃かもしれない。力不足でごめんねと、店の本達に向かって頭を下げた』


 この頁にはインクが滲んだ跡がいくつもある。これを書いた自分があんまり無力で、腹立たしくて、申し訳ない気持ちで一杯だった。


 店の本達は新しく役立てる場を夢見て行儀良く陳列されているのかと思ったらなおさら哀しくてなって。子供をちゃんと見てやれない母親のような気持ちになる。


 母を早くに亡くした私にはよく分からない存在だったけれど、幼い頃、夕方になると駆けて帰る同級生の背中を見送るときの寂しさは忘れがたい。


 今まで遊んでいた時間までなかったみたいに一斉に散っていくから。まだ店が開いている時間に帰る自分が、より惨めだった。


『十二月十四日。

聖夜が近いから、町は緑と赤と金銀のモールで飾りたてられている。白い綿が風に飛ばされていくつか 群青色の空に舞って、本物の雪みたい。ホワイトクリスマスになればちょっとは沈んだ気分も上向きになるかも。それとも仏教徒には関係のない日だからそうそう浮かれるものでもないのかな』


 我ながら世界の半分は敵に回せる日記だと思った。仏教徒であるかどうかまで持ち出して世間を呪いたかったのか、この時の私は。


『十二月二十三日。

明日はメリークリスマス。ジングルベルの歌が頭の中で延々繰り返される。日記を書きながらあの二冊 交互に撫でてみた。机の片隅には、クリスマス包装された薄い箱』


 緑と赤のストライプに金のリボンをかけてもらった箱は、今も彼の手に渡ることなく机の端に所在なさそうに縮こまっている。季節はずれのラッピングが切ない。……腐るような物でもないから良いけれど。


 自分用にしようとして、止めた。彼の雰囲気に合わせて選んだ品が私に馴染むとはとても思えなかったから。中身は透かし彫りっぽく加工された真鍮製の栞。彼の好みそうな洋風建築の影を象っている。ランタンとどちらにしようか悩んだけれど、季節の関係なさそうな方を選んだ。


 悩んだって渡せなければ意味もないようなものだけど。


『一月一日。

ついさっきテレビで除夜の鐘を聴いていたのにもう新春番組。年越しそばを食べながら店の方を気にするが、何の気配もない。注連縄飾りは辛うじてしたけれど、おせちは用意できなかった。しょうがないからお屠蘇でも飲んで近所の神社に初詣でもしに行こう』


 ヘロヘロとした力のない文字から惰性で書いたのが丸わかりだ。年末年始は忙しい。大掃除は店も家も同様にしないと。もっとも、日頃からちょっとずつ片付けていればそうそう焦る必要もないのだけど。


 とはいえ、年初めの日記がこれかと自分でも呆れた。


『一月吉日。

日めくりを見たら吉日だったので何となく店を開けてみた。久々に開店してみたものの、お客はさっぱり来なかった。ただ、店の電話が二回鳴ることがあって驚く。一件は馴染みの同業者で、もう一件は無礼にも無言電話だった』


 店では昔懐かしい黒電話を使っているから、鳴るとちょっとどころかかなり驚く。家の電話は液晶にダイヤルが出るのですぐに誰からか見分けられるんだけど……。


 この電話が誰からのものだったか今なら分かる。こんな感じは学生時分以来だと思い至り、妙に気恥ずかしかった。



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