1一2 彼女の四月。
『四月十二日。
虫干しのために結構長く店を閉めてしまった。店の蔵書数をちょっとなめていたかなと反省。張り紙はしておいたけど日付を書くのを忘れていた。まぁ大丈夫かと思ったら、張り紙の下にメモ用紙が……』
“店を閉めたりしないですよね”といった内容が神経質そうな字で書かれていたのを憶えている。と、いうかまだ持っている。父が亡くなってから客足が遠退いていたから勇気付けられたみたいで嬉しかったのだ。
割と高価な専門書ばかりを未だに取り扱っているうちみたいな店は店主が看板。父は頑固で偏屈だけど知識があったし、何よりも自分の店を愛していた。私にはまだ難しいけど、いつかは父のようになりたいと思う。
『四月十三日。
毎日確かめに来ていたのか、夕方彼が店に。今日もあの本を彼の近くに置こうと近づく。すると、彼は本に触れず、私を眺めて一言。“病気でなくて良かった”と。虫干しのため、臨時休業しますと書いていたのに変な人だな』
日記は店を休んでいる間もずっと書いていた。もちろん、きっかり五行で。なのにこの日は初めて六行になった。これは私にとって大きな事件だった。まさか人嫌いそうな彼から話しかけられるなんてこれまで全く考えてみなかったからだ。
神経質そうだけど形の整った眉。眉間に寄った皺と言葉がひどく印象に残った。そして、今さらながら私はあることに気付いた。
『四月十六日。
彼についていくつか気付いた。猫背でなければ背が高い。お金がないわけではないらしい。そして――いつも見ている本を買う気がない』
どれも何度か見ていれば分かったことだった。最後の一つもそう。彼は他の本なら、買っていくことがたまにあった。
でも、あんなに通い詰めていたのにあの本だけは買おうとしなかった。それに気付いた時の私は何だか裏切られたような気分になったのだ。
『四月某日。
最近彼が来ない。体調を崩したのだろうか』
初めての三行。この間は日付すら曖昧になっている。尖り気味な文字が一日一日を乱雑に綴っている。日記の内容がその日仕入れた本の箇条書きだけになっているような日まであって、自分でも笑えた。
去年の四月のやる気のなさに苦笑しつつ、その次の頁をめくる。