エピローグ
授業と補習を終えての帰宅となると、流石に日も暮れてきており、フィーザーとフィーナが校舎を後にする頃には残っている生徒の姿はほとんど見受けられなかった。
久しぶりの登校で友達と一緒に居たかったのか、2人の隣にはフローラの姿もない。1年生と5年生では授業量が違うのだから、課題の量が違うのは当たり前だし、優秀な妹はさっさと課題を終わらせていたのだろう。
同じ教室で試験を受けていたセレスティアとは教室を出た段階で別れていたので、フィーザーとフィーナは2人でリニアの乗り場へ向かって歩いていた。
夕日に照らされて伸びるフィーザーの影を、フィーナは楽しそうな笑顔を浮かべて、制服のスカートを翻らせながら、くるりとステップを踏んで追いかけていた。
「楽しそうだね」
夕日を背にしたフィーナを眩しそうに見つめながらフィーザーが問いかけると、フィーナは太陽のような微笑みで頷いた。
「うん」
こんな風にフィーナと2人で静かに歩くのはいったいいつぶりだろうか。
フィーナの心底楽しそうな顔を見ながらフィーザーは戻ってきたのだという実感を噛みしめていた。
おそらくフィーナを狙ってくるような輩は、少なくとも今すぐには表れないだろうとは思いつつも、つい習慣で警戒しながら歩いてしまう。
「フィーザー。そんなに警戒しなくても大丈夫」
フィーザーは態度や表情には出していないつもりだったが、フィーナには筒抜けだったらしい。
フィーナは後ろ手に組みながら振り返り、下から見上げるようにフィーザーを見つめていた。
「今は嫌な気配も感じていないし、悪い予感もしていないから」
「‥‥‥うん」
そのフィーナの浮かべた笑顔が綺麗でフィーザーは思わず言葉に詰まってしまった。
彼らのボスのような立場だったのであろうボールスが消滅しているのは、フィーザーもフィーナも実際に自分の眼で見て確認している。
たしかに、今回の騒動の発端たるフィーナが逃げ出してきた組織は解散している。それは事実上の解散であるだけだったとしても、少なくとも即座に動けるまとまった戦力はないだろう。
とはいえ、元々戸籍も何もなかった少女を正確に選りすぐって捕えていたような組織である。彼らの組織の残党でなく、例えば他の勢力があってもおかしくはない。ただ静観していただけで、今がチャンスとばかりに活動を始める者たちがいても不思議はないのだ。そもそも戸籍のなかったフィーナのことは、今は置いておく。
今のフィーナのこの笑顔を曇らせるような真似はしたくない。そんなフィーザーの考えを読んだかのように、安心させるように、フィーナの柔らかい手がフィーザーの手を優しく包み込んだ。
「大丈夫、フィーザー。私は何も心配してないし、今十分に幸せだから」
つないだ手から、2人の魔力が混ざり合い、循環しているのをフィーザーは感じた。
「だって、たとえどんなことがあろうとも、フィーザーが護ってくれるのでしょう? 2人で、皆で一緒にいれば、怖いものなんて何もない」
2人で、と言ったのが少し恥ずかしかったのか、フィーナは夕日に染まりつつある頬を、さらにほんの少しだけ赤くしてから言い直した。
フィーザーは、2人ではないところに少しばかりの残念さを覚えたが、皆でというところで大きく頷いた。
「そうだね。皆一緒なら心強いね」
先日までの戦闘も、フィーザーだけでは、フィーナだけでは乗り切れないものだった。とんでもないような話を聞いてくれて、信じて一緒に戦ってくれた友人に、かけてしまった迷惑を迷惑とも思わずにいてくれた教会の人たちに、フィーザーはあらためて感謝した。もっとも、彼らに聞けば、感謝などいらないと言われるだろうとわかってはいたのだが。
それから2人はしばらく無言で歩いていたが、リニアの乗り場に着いたところで、フィーナは再び振り返り、フィーザーの瞳を正面から見つめた。
「セレスにも、メルルにも、レドにも、ディオスにも、フローラにも、もちろん学院の皆にも、教会の人達にも、とってもとっても感謝してる。自分の事すらろくに分からない私にとっても親切にして、付き合ってくれているし、目を見ていても全く悪い気は‥‥‥時々感じることもあるけれど」
フィーナが小さく笑うので、フィーザーも笑みをこぼした。
「たとえきっかけに過ぎなくても、偶々の遭遇だったとしても、ずっと一緒にいてくれたフィーザーには、私、言葉では言い切れないほど感謝してる。とっても嬉しかったの」
フィーナがフィーザーの方へと一歩だけ距離を詰め、つま先立ちになると、夕日に照らされた2人の影が重なった。
「ありがとう、それから、大好き」
「僕もフィーナが大好きだよ」
2人は赤く染まった顔を誤魔化すように笑い合うと、どちらからともなく手を取り合って歩き出した。




