79話
その時、フィーナのポケットから軽快な音楽が流れて聞こえてきた。
「ここは圏外だったはずですが‥‥‥」
メルルが訝し気に目を細める。
まるで図ったかのようなタイミング、今まで使う事の出来なかった端末への着信と、不安要素はたくさんあったが、現在のフィーナ1人に任せきりという状況を、フィーザー達がもどかしく思っていたのも事実であった。
「知らない方からのようです」
フィーナの端末の浮かび上がったスクリーンには、登録されていない人物からであることを示す表示が出ていた。
「‥‥‥出てみるべきね。このままでは埒が明かない可能性もあるし、今なら私たち全員でどうにか出来る可能性もある。なにより所詮は通話よ」
セレスティアの言にフィーザー達は頷いた。
どちらにせよ、何らかのアクションを起こさなければならなかったし、取らなければそちらの方が後から気になるだろうと考えたからだ。
「分かりました」
フィーナが端末を操作して通話の表示に触れる。
「良かった。やっと繋がりました」
画面に浮かび上がったのは、安堵のため息を漏らしているエリスであった。
見知った人物からの着信であったことに、フィーザー達はひとまず胸を撫で下ろした。
「勝手に番号を調べたことは謝ります。ですが、非常事態だと思ったものですから」
エリスやメルクーア、それに他のシスターたちを含めて教会の人はフィーザー達の戦闘に巻き込まれないように避難していた。
外の事態が収まった様子だったために確認に出たところ、フィーザー達の姿が確認できず、自宅にも連絡してくれたらしかったのだが、フィーザー達の両親は帰ってきてはおらず、ディオス達の家には誰もいない。唯一連絡がついたのはレドとセレスティアのところだったのだが、そのうちのレドのところに丁度訪れていた人物から情報を貰ったらしい。
「アーサーさんと名乗られたのですけれど、ご存知でしょうか?」
「ああ」
レドが代表して返事をする。
アーサーに勝てなかったという記憶は、まだレドの中には残っており、いずれ再挑戦しようと思っていたのだが、アーサーの居所は分からず、それは難しそうだと思っていたのだが、どうやら、向こうからレドに、正確にはレドの両親にコンタクトがあったらしい。
レドとの戦いを望んで訪ねてきたものの、まだ帰って来ていないのですとサーシャリーとタンドラが謝罪したところ、後日、ミルファディアのものと思われる資料を持って再び訪れてくれたらしい。
教会に持ってきたのは、自分たちには分からない魔法等に関する物であったことと、度々、レドが教会のことに関して家でも口にしていたかららしかった。先日の戦闘に関する場所であったというのも理由の1つだろう。
「同志が研究していたものだが、偶然誰もいなかったので借りてきたのだ、とおっしゃっていたらしいです」
おそらく研究していたのはセレヴィムと名乗っていた例の男だろう。ディオスが苦虫を噛み潰したような顔をする。もちろん、自分たちの両親を殺した相手の研究成果を利用しなければならないことに対してだ。
「兄様」
「分かっている。俺はそこまで狭量じゃない」
「お顔が引きつっていますよ」
メルルがディオスの手を取ると、ディオスは落ち着いたように、深呼吸をする真似をしてみせた。
「それで、どうすれば良いんですか?」
フィーザーが核心を切り出す。わざわざ長話をする必要はなかったし、今重要なのはミルファディアからヴィストラントへ全員揃って無事に帰還することだ。
「はい。これによりますと、どうやら強く念じる、思うことが扉を引き寄せるトリガーになるようです」
ボールスが扉を引き寄せられたのは、彼が力を求めたためだ。
ストーリアにおける力の探求から、未知なる地へボールスが力を求めるほどの情熱は、よほど強い思いだったのだろう。それほど飢えていたに違いない。それは彼のこちらでの様子を見ていれば良く分かった。
はたして、ボールスがおそらくは長い年月をかけて蓄え続けた思いに、自分たちの想いがどれほど近づく、そして超えることが出来るのか。
「大丈夫です。皆さんに帰って来てほしいと思っているのは私も同じですから」
画面の向こう側でエリスが柔らかく微笑む。
「ありがとうございます」
フィーザー達は端末の電源を切らず、誰からともなく手を繋ぎ合い円になる。
「大丈夫よね?」
セレスティアの呼びかけに、全員が頷いた。
「私達全員の無事にヴィストラントへ戻りたいという気持ちも決して負けてはいないはずよ。あの扉を出現させたのは想いの力。より正確に全員で想い、イメージすることが大切なはず」
帰る場所を全員が思い浮かべる。
「やはり、来た時と同じ場所が良いだろう。教会だ」
「そうですね、兄様」
どこにでも作り出すことは可能だろうが、エリスもいることだし、なんとなく前回と同じ場所であるという安心感ではないが、思う気持ちもある。厳密には少しずれているのだろうが、気にしすぎることはないだろう。あの時フィーザー達が教会にいたのはたまたまだったし、別の場所でもボールス達が扉を現出させただろうことははっきりしているからだ。
フィーザー達は目を瞑り、一心に思う。
やがて、眩しいものを感じて、フィーザー達は薄く目を開ける。
目の前には、ミルファディアへ来た時と同じ扉が現出していた。
全員の視線がフィーナへと集まる。
「フィーナ。君に頼ってばかりで申し訳ないと―—」
フィーザーの言葉を遮って、フィーナの人差し指がフィーザーの唇に当てられる。
「そんなことはありません。私だって皆と一緒に戻りたいと、そう願っていますから」
フィーナが片方のフローラと繋いでいた方の手を放し、扉に向かって手を伸ばす。
それは以前に開いたときのように何かにとりつかれたような動きではなく、フィーナの意志による行動だった。
フィーナの想いに共鳴するかのように、扉から発せられる光が強くなり、思わずフィーザー達は目を瞑った。
「お帰りなさい」
フィーザーが目を開くと、手を繋いだままのフィーザー達の後ろで、エリスとメルクーアが、そして聖パピリア様の像が優しくフィーザー達を見つめていた。
「ありがとうございます」
無事戻ってこられたことに安堵しながら、フィーザー達は心から礼を述べた。




