78話
フィーザーの叫び声はディオスの発射したノヴァの衝撃と破壊音にかき消された。
逆に静寂が訪れるほどの無音の時間が過ぎ去った後、遥か先で爆発音がするのをフィーザーは聞いた。
「な‥‥‥に‥‥‥」
全てのエネルギーを放出しつくしたノヴァを放ったディオスは、単純なエネルギー切れどころか、動くことも、音を発することすらも困難な状態に陥っていた。生体部分を保護するためのプロテクトすら機能停止しているため、今攻撃を受ければ完全に破壊されてしまい、再起は不可能となるところであったが、ボールスはそれどころではなかった。
「修復‥‥‥ち、治癒せね‥‥‥」
ディオスの攻撃により、ボールスの核は半壊しており、魔力が漏れ出し、血も次から次へと溢れだして、辺りを真っ赤に染めていた。
ボールスの手の先から弱弱しい治癒魔法の光が流れ出す。それとほぼ同時に、フィーザー達の立つ地が地震でも起こったかのように大きく揺れ出した。
「何だ?」
レドが手にする剣を足元に突き刺して、膝をつきながら、よろめくフィーザー達に向かって叫ぶ。
「きっとあれが破壊されたことで、この姿を保つことができなくなったのよ! 一刻も早くここを離れないと、私たちまで潰されることになるかもしれないわ」
セレスティアは宙に浮かびながら、レドの方へと移動し、振動の影響が及ばない空中へとレドの手を取って引き上げる。
「あそこから、ディオスの開けた穴から脱出しよう」
フィーザーも、今なお魔力を吸収し続けているフィーナのところへ飛んで行く。近付くと、フィーナの能力の影響範囲に入ったのか、フィーザーの魔力までが吸収され始めたため、フィーザーは着地すると、フィーナの肩に手をかけた。
「フィーナ、早く離れよう。ここに居たら潰されてしまうよ」
これだけの質量に押しつぶされれば、いくら障壁を張っていたとしても無事では済まされないだろう。この先、どんな変化が起こるのかも分からない以上、いつまでもここにいるわけにはいかない。
フィーナが顔を上げてフィーザーを見つめる。
その瞳には、本当に大丈夫だろうかという不安が称えられていた。
ボールスの体内では、おそらくはボールスがあげているのだと思われる叫び声が反響していた。
「大丈夫。とにかく、今は一刻も早く」
フィーザーの手にフィーナの手が重ねられる。
フィーザーはその手を強く握ると、高速移動と、飛行の魔法で一気にセレスティアとレドが待つ、ディオスが開けた穴へと一直線に向かった。
ボールスに、離脱するフィーザー達を追う余力はなかった。
「手を!」
フィーザーの、フィーナと繋がっていない方の手が、レドが伸ばしている手を掴む。
ほとんど同時に、セレスティアがボールスの体内から空中へと身を躍らせた。
フィーザーはレドの身体を魔力フィールドによって包み込む。
飛行の魔法は慣性を中和しているので、どのように動こうともフィーザー達に影響はないが、飛行の魔法を直接使っていないレドは違う。自由落下以上の重力がかかり、パイロットスーツも何も着ておらず、普段着であるレドにかかる負担は相当のものになっているのだろう。
「お兄ちゃん!」
地上ではフローラとメルルが大きく手を振っていた。ディオスは冷却モードに入っており、全身から熱を発し続けており、近づくと熱気が押し寄せてくる。
「僕たちは大丈夫。それよりもディオスの方は?」
フィーザーが確認するようにメルルへと顔を向ける。
「ご心配頂きありがとうございます。でうが、今兄は冷却中なだけで、それ以上の問題はありません。それよりも、問題なのはあちらの方だと思いますが‥‥‥」
メルルの視線がフィーザー達の後方、今なお、異常なほどの魔力を放出し続けているボールスへと向けられる。
「ねえ、あれ」
「ああ。段々縮んできているな」
セレスティアとレドの言う通り、魔力の放出と共に、ボールスの身体が元の大きさへと戻ってきている。
やがて、光がおさまるのと同時に、ボールスからの魔力の放出と身体の縮小が止まった。
真っ黒になりながらも動こうとするボールスへと向かって、ディオスが右手を向ける。
「待って、ディオス」
ブラスターを発射しようとしていたディオスをフィーザーが止める。メルルに右手を押さえられ、ディオスは銃口を下げた。
ボールスの肉体はひび割れ、ボロボロと崩れ出していた。崩れた破片は粉になり、風に吹かれて飛ばされてゆく。
「おそらく、魔力を取り込み過ぎた反動でしょう。直接的な原因は私たちがあの核のようなものを破壊したことだと思いますが」
「それは、まだ修復可能と言うことでしょうか?」
メルルが痛まし気な眼差しでボールスを見つめながら尋ねると、フィーナは手を胸の前で組んで目を瞑った。
「‥‥‥はい、確証はありませんが‥‥‥おそらくは可能ではないかと」
「じゃあ、早く―—」
駆け寄ろうとするフィーザーの目の前で、ボールスの顔があげられ、カッと目が開かれる。
「まだだ! まだ私は―—」
「ダメです! 今の状態では―—」
フィーナの制止の声は届かず、ボールスは魔力を取り込む。それは魔導士ならば誰もが普通に、意識せずに出来ることで、本来何の影響もないことであるはずだった。
「何―—」
しかし、ボールスの肉体は今、その程度の魔力変換にすら耐えられる状態ではなかった。外部から他人に治してもらうことは可能だっただろうが、自身で魔力を取り込むこと、それすらままならない身体であった。
フィーザー達が駆け寄る間もなく、ボールスの身体は魔力の負荷に耐え切れず自壊し、完全に崩れ落ちてしまった。後に残った欠片も、砂のように小さな粒になってしまい、風に吹かれて飛ばされて、その場にはただ何もない土地だけが広がっていた。
その場にいたフィーザー達の誰からも、何の言葉も発せられなかった。
「そういえば建物は?」
この場にはボールス達が居城としていた建物があったはずである。
しかし、フィーザーが辺りを見回しても、そのような建築物は見つけることが出来なかった。
「あの建物ならば、お前たちがボールスの体内へ入ってからすぐ、奴が暴れて壊してしまったぞ」
ディオスの話では、運良くディオス達の方に破片は飛んでこなかったため無事だったが、中に居たと思われるボールスの部下たちがどうなったかは定かではないとのことだった。
「それじゃあ、こんなところははやく退散しましょう。ボールスが暴れていたから近寄って来なかったのかもしれないけれど、今あの怪鳥や、他にもいるかもしれない魔物に襲われたらたまったものじゃないわ」
セレスティアの言に皆が頷く。
「それはそうですけれど、どうやったらあの扉みたいなものを作り出すことが出来るのでしょうか?」
フローラの疑問はもっともで、来るときに使った扉はとうに消え去ってしまっていたし、出現の方法、もしくは作り出し方を知っていたであろうボールスは聞き出す前に崩れ去ってしまった。
全員の視線が自然とフィーナの方へ向く。この場であの扉を出現させることが出来そうなのは、あの時扉に吸い寄せられるようになっていたフィーナだけであった。
「分かりました。やってみます」
フィーナは先ほどと同じように、胸の前で手を組むと、静かに目を瞑った。




