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67話

 ボールスへと向かって行く2人をレドとディオスは地上に留まったまま見送っていた。


「本当に行かなくていいの?」


 レドは飛行魔法を使うことは出来ないが、セレスティアに掴まれば、或いはセレスティアに魔法をかけて貰えば空へと上がることは出来るだろう。

 空間を固定し足場を創ればそれを踏み台にして駆け上がることも可能だろうし、ディオスに至っては、自前の推進装置を直下に向けて使えば空中機動も叶うはずである。

 しかし、レドもディオスも地面から離れようとする素振りは見せず、ただ腕を組みながらその場でフィーザーとフィーナを見送っていた。


「ああ。フィーザーならば大丈夫だろう」


 薄情ね、とでも言いたげなセレスティアに対して、レドはきっぱりと言ってのける。

 同じ学科で、クラスメイトであるという以上に、幼馴染の親友として、セレスティアもフィーザーの実力は良く知っていた。

 実力テストではいつも自身のわずかに、けれど確実に先を行き、筆記試験においても取りこぼすことなく同率の満点でトップを維持しているフィーザー・ユースグラムという少年の事を、セレスティアは素直に認めていたし、転入してきて間もないとはいえ、試験で、そしてここ最近の事件において、フィーナの力も認めてはいた。

 しかし、それとこれとは話が違うのではないか。

 今、目の前で繰り広げられようとしている、セレスティア自身も戦っていた実戦は、学院の試験ではないのだ。カンニングなどあるはずもなく、個人の能力は重要だろうが、協力したり、助け合ったりしてはいけないなどという決まり事も存在していない。


「たしかに魔法は無理かもしれないけれど、レドやダーリング君の攻撃だって彼に効いていたみたいじゃない」


「そうですよ、兄様。それとも私の推測が間違っていましたか?」


 メルルも理解できないといった顔で可愛らしく頬を膨らませながらディオスに迫る。


「フローラさん、あなたもお兄さんの事が心配よね?」


 セレスティアが振り向いた視線の先では、綺麗な笑顔を浮かべたフローラが、フィーザーとフィーナの行方を祈るように見つめていた。


「え? あ、はい、すみません。何でしょうか、セレスティアさん」


 はっと我に返ったような表情を見せたフローラが振り返る。


「あなたもユースグラム君、いえ、お兄さんの事、心配よね?」


 セレスティアは中腰になってフローラの肩を掴み、真正面からフローラの瞳を覗き込む。


「それはもちろん、お兄ちゃ、いえ、兄の事も、フィーナの事も心配です。私にもっと実力があったのなら、すぐにでも駆けあがっていきたいと考えたかもしれません」


「なら」


 私が連れて行ってあげる、と言いかけて、セレスティアは言葉を飲み込んだ。

 それは、本当は自分が行きたいのをフローラを言い訳に使っていると思ったからではなく、フローラ言葉がそこで終わってないと感じたことと、フローラの瞳に強い気持ちが込められていたのを見たからだった。


「もちろん、邪魔になってしまうのではないかという不安な気持ちがないとは言い切れません。付いて来たはいいけれど、結局怖気づいているという情けない理由もあります。でも、それは理由の一部で、私の気持ちに素直に従うのなら、心配な気持ちよりも、もっと大きな気持ちがあるんです」


「それは?」


 フローラはセレスティアから視線を外し、フィーザーとフローラを見上げる。つられて、セレスティアとメルルも同じように顔を上げた。


「お兄ちゃんに格好つけさせてあげたいんです」


「‥‥‥は?」


 セレスティアは自分の聞いたことが信じられないという様に、目を数度瞬かせた。

 生死が関わっているかもしれないというこの場面で、この子は自分の兄に対して何を言っているのだろうかと。


「セレスティアさんだって好きな人には素敵なところを見て貰いたいですよね。自分を狙ってきた相手に対して立ち向かってくれる人に対して、フィーナが何にも感じないわけはありません」


 フローラの見立てでは、と言うよりも、別にフローラに限らずとも、少しフィーナと交流のあるものならば、フィーナがフィーザーに対してどういった感情を持っているのか推測するのは容易いことだった。


「お兄ちゃんとフィーナが結婚すれば、フィーナが私のお義姉ちゃんになるんですよ。もう、お父さんとお母さんには説明してありますし、あんなに可愛い、まあ、フィーナの場合、義姉というよりは義妹という感じが強いですけど‥‥‥コホン、とにかく、あの二人の間に入ろうなんて無粋な真似はしませんよ」


「そういうものかしら」


「ええ」


 フローラにきっぱりと言い切られて、セレスティアは考えた。

 自分に置き換えてみれば、たしかにレドに荷物持ちだとお願いして買い物に付き合わせたり、隣だからと、余った、料理の差し入れを持って行ったり、勉強や運動、魔法の鍛錬を頑張っているのは、自分の良いところを思っていないとは言い切れない。


「俺だって奴らとの戦いにフィーザーやレド、他の奴らを巻き込んで、敵を横取りされたくなかったからな。奴らは必ず俺が屠ると決めていた」


「俺も鍛錬と修業を積んで実力をつけたら、またあのアーサーという男と再戦を申し込みたいしな。もちろん、1人で」


「お兄ちゃんをそんな戦闘狂みたいな考えと一緒にしないでください!」


 突っかかるフローラを見て肩を降ろしてため息をついたセレスティアが横を向くと、メルルが同じような仕草をしているところが目に映った。


「大丈夫ですよ。兄様が信頼しているのですから」


 それだけ言い残すと、メルルはフローラの下まで小走りに駆けて行き、メルルに加勢してレドと、彼女の兄とじゃれ合い始めた。


「信じているのか、それとも友情なのかしら‥‥‥、そうかもしれないわね」


 空を見上げて頷いたセレスティアは、仲裁するべく4人の間に割って入るために歩き出した。


 

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