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61話

 レドを先頭に要塞へと侵入しようと走り出した矢先、空から数千、数万とも思える剣がまるで雨のごとく頭上から降り注いだ。

 声を上げる間も惜しんでフィーザーとセレスティアは軌道上にバリアを展開する。


「ぐっ!」


「くぅうっ!」


 フィーザーとセレスティアが上空からの攻撃を支えている間に、メルルとフローラを抱えたディオス、フィーナを横抱きにしたレドが、落下の予測される地点からの回避を終わらせる。

 ミルファディアに来てから調子の良かったフィーザーとセレスティアですら膝をつきそうになったところで、2人は背中から暖かいものを受けて、自身の魔力が急激に増えていくのを感じていた。


「フィーナ!」


 フィーナから魔力を供給されることで、フィーザー達の展開するバリアの出力が増大する。

 フィーナはミルファディアへ来る際に扉を開いた影響を完全に消すことが出来ずに、本来であれば耐え切れないであろう魔力を2人に送ってしまっていたが、いくらフィーナからの供給は無尽蔵とはいえ、一定時間内に消費している量だけを考えれば、現在、フィーナからの魔力の供給量を、フィーザーとセレスティアの魔力の消費量が上回っていた。

 押しつぶされそうになる2人だったが、援護射撃はすぐに送られた。


「フローラ!」


「お兄ちゃん、私だって興味本位で、ただお兄ちゃんとフィーナについてきただけじゃないんだから」


 フローラの形成したシールドはフィーザーとセレスティアのシールド出力に比べれば微々たるものであったが、合わさることにより、上空からの豪雨のような剣戟を防ぐだけの出力を加えていた。


「ほう。私の剣を防ぐとは」


 やがて剣の雨が止むと、空中から静かにマントの男がフィーザー達の前に降り立った。


「伊達や酔狂でここまで辿り着いたというわけではないようだな」


 ボールスはフィーザー達を一瞥する。

 その瞳から発せられるプレッシャーに、フィーザー達は思わず後退しそうになるが、互いに手を取り合い重ねることで、その場に踏みとどまる。


「お前達は、それに鍵たる少女よ。何故ここまで来た? すでにその少女はこちらでは用済みとなり、そちらの世界に残してきたではないか。何かお前たちの気にすることが残っているのか?」


 ボールスはレドとディオス、メルルには目もくれず、フィーザーとセレスティア、そしてフローラ、最後にフィーナを見回す。


「お前達も感じるだろう。この地にこそ我等魔法師の理想の世界を作り出すことが出来る。もはや、あちらの世界に用はない。おそらく、1度扉を開いた影響で、若干の問題が発生しているかもしれないが、すでにこちらの住人となった私には関係のないことだ」


「‥‥‥それは向こうで出るかもしれない家族や友人の犠牲を顧みないということですか?」


 フィーザーを疑問をボールスは笑う事すらしなかった。


「それが? 我が研鑽、研究の過程に必要のない者だ。さあ、共に魔法の深淵を探求しようではないか。この地であればそれが出来る。我が剣戟を防いだお前達ならば、十分に値する」


 自身の主張を疑いすら、そもそもそのようなことは考えたこともないというような態度でボールスはフィーザーとセレスティアに手を差し出す。それに対して、フィーザー達が出した答えは―—


「—―その手を取ることは出来ません」


 フィーザーが手に宿した魔力をフィーナが支援することで、普段に倍する輝きがフィーザーの腕全体にまで広がり、ボールスの手を払いのける。


「しゃがめ!」


 間髪入れずに発せられたディオスの声が聞こえた時には、すでにフィーザー達は地面に伏せていた。

 本気で不思議そうな表情をしているボールスは防御をする構えを見せなかった。


「何!」


 ディオスのブラスターは、薄紫の髪をツインテールに縛った女性と、全身真っ黒なローブに包まれた人物によってかき消されるように消滅した。


「ボールス様。お遊びが過ぎるかと」


「子供とはいえここまで侵攻してくるような者どもです。油断召されぬよう」


 近くに居続けるのは危険と判断したフィーザー達は一斉に後ろへ飛び退り距離をとる。


「ではこの場は任せるとしよう」


 ボールスの姿が胡蝶の群れとなり空中へと霞のように消え去り、建物の中へと入って行く。


「待て!」


 慌てて追いかけようとするフィーザーの行く手に、突然ローブの人物が立ち塞がった。


「消え去れ」


 ローブの男が伸ばした左手は、フィーザーが展開した障壁を一瞬で消し去った。


「お前は?」


「魔法師がそう簡単に自分の名を告げるとでも?」


 レドが尋ねると、ローブの男はそんなこともわからないのかとでも言いたげな、呆れているような口調で答えた。

 魔法師の戦いにおいて、名前はときに重要な意味を持つ。

 相手に悟らせないように、呪文の文言などは省くのが当たり前とされているように、名前を知る、もしくは名前を知られてしまうことで、厄介な魔法をかけることが可能になる術者もいるからだ。


「危機感の薄い奴や、目立ちたがりは簡単に話してしまうのだろうが、私はそんな真似はしない。この、ウィリティア・ブライズ、決して油断はせん!」


「言ってんじゃねえか!」


「はうあっ!」


 ディオスの言及に、焦った顔をするウィリティアの横で、ツインテールの女性があからさまにため息をついた。


「本当にあんたは馬鹿ね。私に任せて引っ込んでいれば良かったのよ。この、ミルフルーリ・モニーローゼにね」


 ミルフルーリは優雅な仕草で長いツインテールを払う。


「何で私が自分の名を告げたのか、不思議そうな顔をしているわね」


 ミルフルーリは大げさな仕草で宙に飛び上がると、両手を広げて、胸を張った。


「私の名前を知らないままに、名も知らない美女に倒されたってだけじゃ、死んだ後にも、周りの人間にも私の事が伝わらないじゃない。この間はボールス様に言われて、あえて地味な格好に変身していたけれど、あんな地味な格好はもうたくさん」


 ミルフルーリが天を指差すと、天空に夜空が広がった。


「他にも魔法は使えるけれど、私はこれしか使わない。これが一番派手で、一番強いんだもの!」


 ミルフルーリの振り下ろす指の動きに合わせて、空から流星がフィーザー達に降り注ぐ。

 それは数も、威力も、先程のボールスがお遊び程度に使った剣戟の雨とは桁違いだった。

 それはフィーザーのシールドを易々と破壊し、ディオスのプラズマシールドを突き破った。


「あら、もう終わり? もっと私に見とれていきなさいな」


 ミルフルーリが空中でスカートを翻しながら舞い踊る。彼女の周りには光る粒子が、彼女の動きに合わせて振りまかれる。


「ちょっと、あなた少しは慎みを持ちなさいよ」


「私の生き様にケチつけるつもり?」


 上空を睨むセレスティアの横にメルルとフローラが立ち並ぶ。


「同じ女性として負けられませんね」


「そうね」


 セレスティアはメルルの心配をしたりはしなかった。

 たしかにメルルはこれまでの間に戦う術を身につけることは出来なかったが、その瞳には闘志が宿っていた。


(魔法を創るのは魔力だけじゃない、イメージの、心の力。その気持ちがあればきっと大丈夫)


「こっちは任せろ」


 ウィリティアの方を向き合ったレド達に任せて、セレスティアはフローラとメルルの前に出た。

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