57話
扉を潜り抜けた先は、まさに別世界とでも言うべき場所であった。
遥か先まで広がる大地、その先に薄っすらと見えているのは林だろうか。ギャーギャーと騒ぐ鳥のような声が聞こえてきたかと思えば、地面に巨大な影が落ち、見上げると、ゆうに旅客機などは超えるであろう、巨大な翼を持った怪鳥が、フィーザー達の真上を信じられない速さで飛び去っていった。
「ここがミルファディアなのか‥‥‥?」
フィーザーが辺りを見回していると、不意にフィーナが立ち上がり、何かに導かれるように、幽鬼のような動きで歩き出す。
その様子に不安を覚えたフィーザーが後ろからフィーナの肩を掴む。
「フィーナ!」
フィーナはびくりと肩を震わせて、ぎこちなく振り向いた。
「フィーザー‥‥‥? 私は何を‥‥‥」
フィーナは直前の自身の行動と記憶が繋がっていないようだった。フィーザーはフィーナを安心させるためにも分かることなら話したかったのだが、何しろフィーザー自身が一体何が起こっているのかほとんど理解できていないため、応えに窮することになった。
「何にもないよ。大丈夫、変わったことは‥‥‥ここに来たということ以外は何もないから」
安心させるようにフィーナの手をぎゅっと握りながら、フィーザーは別の事を考える。目の前に女の子がいるのに、別の事を考えるなんて、とフローラに知られれば怒られることになるかもしれないが、今はそんなことを気に出来る状況ではなかった。
(フィーナは確かに扉を開くのに使われたみたいだけど、本当にそれだけのために‥‥‥? それに、この場所は)
フィーザーが答えの出ない思考に捕らわれそうになるのを、フローラが引き戻す。
「‥‥‥お兄ちゃん、気付いてる?」
振り向いてみれば、フローラの身体の周りには、きらきらと輝く魔力が溢れだしていた。それは、先程、フィーナとフィーザーの間で魔力がプールされていた時とよく似ていた。
フィーザーは自分の手を、そして身体を確かめる。フローラと同じように、魔力が可視化出来るほどに溢れ返っていた。
「‥‥‥うん」
フローラに言われるまでもなく、フィーザーはこの場に満ちる魔力素の濃度を感じ取っていた。フィーザー達の元いた世界、ストーリアとは比べ物にならないほどの割合で空気中に混ざり合っている魔力素は、むしろストーリアよりもフィーザーの調子を良くしていた。気になるのは、フィーナの身体はそれほど変化しているようには見えないところだったが。
「そうだ、レドとディオス、それにセレスティアさんとメルルさんは?」
彼らはフィーザー達からは少しばかり離れた場所に到着していた。
身体が半分だけになっているなどということもなく、見た目的には何処も変わりがなさそうで、フィーザーはひとまず安堵のため息をついた。
「っつ‥‥‥」
次に気がついたのはセレスティアだった。
「気がついた? って、僕たちも今気がついたばかりなんだけど」
フィーザーが差し出した手を額を押さえたままのセレスティアがとり、フィーザーはそのまま手を引いてセレスティアを立ち上がらせた。
「ユースグラム君‥‥‥。ありがとう、それで‥‥‥きゃっ!」
上空から先程と同じような鳴き声なのかよく分からない声が聞こえてきて、反射的にフィーザー達は身体を縮こまらせる。
「ここがどこかは後であの人達に聞くことにして、大体予想は付くけれど、まずはレド達を起こしましょう」
フィーザー達は頷きあうと、フィーザーはディオスの、フローラはメルルの、セレスティアはレドの近くに駆け寄って、肩を揺さぶった。
「起きられませんね‥‥‥」
フローラが心配そうにつぶやく。
セレスティアは手の感触を確かめるような動きを見せた後、大きく深呼吸をした。それから、何かに気付いたような瞳で自身の前に横たわっているレドの事を、観察と言ってよいのだろうか、じっくりと眺め出した。
「この場所、彼らの言葉を借りるのならばミルファディアと言うのかしら、どうやら私たちが元いた世界よりも魔力素が濃いみたいね。だから、魔法師ではない彼らは身体が慣れていないんだわ」
「じゃ、じゃあ、どうしたら」
「落ち着いて、フローラ。つまり、レド達の身体をこの空間の魔力素に慣れさせればいいんだよ。感じることは出来ずとも、ストーリアにだって魔力素はあったんだから、ゆっくりと浸透させていけばきっと目を覚ますはずだよ」
フィーザーは、やはり遠くを見ているようなフィーナに声を掛けた。
「フィーナ。フィーナにも手伝って欲しいんだ」
フィーナは少しぼうっとしていたようだが、慌てて振り向き、フィーザーの傍らに膝をついた。
「えっ? あ、はい、分かりました」
セレスティアがレドの、フィーザーがディオスの、そしてフィーナがメルルの担当をした。もちろん、フィーナではなくフローラでも良かったのだろうが、この空間に一番何かを感じているのはフィーナだったのは、先程までの、そして今の行動からも明らかであったし、フィーナに任せるのが一番であるような気がしたのだ。
では3人ともフィーナに任せなかったのはなぜかと問われれば、おそらく、未知の空間において、気を失っていることのリスクを鑑みての事だろう。




