56話
ディオスとレドからの説明を受けて事情を理解したフィーザーは頷いた。
突然現れたレド達に相手が少し行動を止めた隙をついて、フィーザーは戦うことのできる態勢に構え直した。
「あっ」
当然、フィーナとも手を放すことになったため、隣からは少し残念そうな声が聞こえた。フィーザーが声のした方、フィーナへと顔を向けると、銀髪の少女は何でもないという風に首を振った。
「ごめん。でも、両手が自由な方が動きやすいかと思って」
フィーザーもフィーナも魔法師であるため、両手が自由かどうかは、実際のところ、戦いにはほとんど関係がない。
しかし、戦いとなれば動き回ることになるだろうし、フィーザーはともかく、フィーナの運動能力はそこまで高くはない。フィーザーに振り回されることになっては、おそらくだがフィーナの身体の方が大変だと思ったのだ。
「分かってる」
フィーナは名残惜しそうに、今までつながっていた手を見つめながらつぶやいた。
「お兄ちゃん、ひどーい」
抗議の声は別のところから挙げられた。
「一緒にいたいって女の子の純粋な気持ちを蔑ろにして捨てていくなんて」
「用が済んだらさようならなのね。自分ばっかり満足して、女の子の決意を踏みにじるなんてね」
「フィーナさんが可哀想ですよ」
3人の、フィーナを入れれば4人の少女から非難するような視線を受けてフィーザーは言葉に詰まった。フィーザーとしては、もちろんフィーナの力を頼りにしていないなどということはなく、ただ純粋にフィーナには出来る限り戦いに巻き込まれないような位置にいて欲しかっただけなのだが。レドとディオスが合流したからといって、フィーナをのけ者にしようなどとは少しも考えてはいなかった。
「いえ、いいんです。フィーザーの邪魔にはなりたくありませんから」
思い直したかのような、けれどやはり少しばかり寂し気な笑顔を浮かべたフィーナは、すぐにそうフォローしたつもりであったが、逆に3人からのフィーザーに対する視線の温度は低下した。
セレスティアは言うに及ばず、フローラにしても、メルルにしても、戦いの中で他人と手を繋ぎながらなどという芸当が出来るのは、極わずかの限られた、圧倒的な強者くらいにしか出来ないだろうということが考えられないはずはない。この状況で、そんな冗談めいたことにまで気を回せるというのは、少し余裕が出来た証拠なのかと思ったフィーザーは、彼女たちの提案に乗ることにした。もちろん、フィーナの悲しそうな顔が気になったというのも理由の1つではある。
「‥‥‥フィーナも一緒に来てくれるかな」
フィーザーは精一杯の笑顔を浮かべて、フィーナに手を差し出した。何だか、物語のお姫様に手を差し伸べる主人公のような格好になってしまったことに、内心では少しばかり照れつつも、態度に出そうものならば、こんな状況にもかかわらず、からかわれるだろうことは確実に思われたので、真面目に、というのもおかしな話ではあるのだが、与えられた役をやり切ることにした。
「はい。もちろん」
フィーナは躊躇うことなく、花の開くような笑顔を浮かべて、その手を取った。
その瞬間から2人の間で先程と同じように魔力が共有される。フィーナの無尽蔵とも言える魔力がフィーザーにも流れ込み、それが眩しく輝く粒子となって、2人の周りを包み込んだ。
「‥‥‥素晴らしい」
魔法師ではない人間、ディオスやレド、メルルにもそれは感じ取ることが出来るほどだったので、セレスティアやフローラはもちろん、ボールスにはそれは眩しく感じられていたことだろう。
対峙するフィーザーやディオス、レドの気概を受けて、敵の眼前であるということを理解しつつもなお、ボールスは腹の底から響かせているような声で笑い続けた。
その普通ならざる様子に、フィーザー達は攻勢に出るのを一度躊躇してしまった。
「素晴らしい。想定以上だ。やはり、私たちの予想に間違いは、いや、あったが、嬉しい誤算だ。これならば確実に扉を開くことが出来るだろう」
そう言ったかと思うと、ボールスは突然、例の扉を出現させた。
扉がフィーナの魔力と呼応するように、更に眩しく輝く。
「フィーナ!」
フィーザーが、フローラが、ディオスが、メルルが、レドが、セレスティアが、一斉に声を上げる。
フィーナから迸る魔力の奔流が、全て扉に流れてゆく。まさに圧倒的とも言える魔力の量だが、それが途切れることはない。
「おおっ!」
声を上げたのはボールスの後ろに控えていた部下たちであった。
「フィーナ! 魔力を流すのを止めて!」
尋常ではない魔力を感じてフローラが必死に叫ぶ。
これほどの魔力にあてられながら、フィーザーもフローラもセレスティアも倒れてしまわないのは、おそらくは普段からフィーナといる時間が長かったため、フィーナの魔力にある程度の耐性がついていたからだろう。
しかし、フローラの必死の叫びも空しく、フィーナからの魔力の流出は続く。
「フィーナ!」
「フィーナさん!」
叫んだところでどうしようもないとは直感で理解しつつも、フィーザー達はフィーナの名前を呼び続ける。
やがて音もなく、少しづつではあるが、扉が開かれ始める。そして光り輝く扉が完全に両開きの形になると、フィーナの身体がゆらりと崩れ落ち、同時に魔力の放出も止まった。
「今こそ、行かん」
そんなフィーナの様子には見向きもせずに、扉の向こう側へと、ボールスと彼の部下が続く。
彼らの姿は光の中へと消え去り、後にはフィーザー達7人だけがその場に取り残された。
「フィーナ!」
フィーザーが呼びかけを続けると、腕の中に抱きかかえられていたフィーナの瞼が少し上がる。
「大丈夫なの?」
「うん」
フィーナは短く答えると、よろよろとしながら立ち上がり、扉へ向かって歩き出した。
「どこへ行くつもり?」
セレスティアが呼びかけると、フィーナは首だけ振り向く。
「あの向こうへ。私は行かなくてはなりません」
「何で‥‥‥」
「分かりません。けれど、行かなくてはならないんです」
再び前を向き扉へ向かって歩き出すフィーナ。
「扉が!」
フローラが焦ったような声を上げる。
フィーザー達の視線の先では、すでに扉がちりちりと消え始めていた。
「フィーナ!」
フィーナの手をフィーザーが掴み、そのフィーザーの手をフローラが掴む。
「俺達もあれが見えるうちに」
「ああ」
続いてセレスティアに手を引かれながら、レドが、そしてディオスとメルルが扉の向こう側へと飛び込んだ。




