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50話

 時はセレスティアがリーデモールと一緒に教会を出たところまで遡る。

 思惑通りに事を運ぶことに成功したセレスティアは、内心の安堵を隠しつつ、自信のありそうな足取りで、教会裏の森林地帯に足を踏み入れていた。

 

(ふう‥‥‥。何とか1人だけを連れ出すことが出来たわね。おば‥‥‥、いえ、リーデモールと名乗っていたわね。あの女性には感謝しないと。1人ずつでも厄介そうだったのに、複数人と一気に戦うことにでもなったら大変だもの)


 セレスティアがリーデモールを挑発とも言えないような安っぽい言葉で挑発したのは、勿論、わざとである。

 あのまま何もせずに戦いへとなだれ込んだ場合、結果的にそうはならなかったとはいえ―—もちろん、未だそうなる可能性が全くないとは言い切ることができないが―—人数も、戦力的にも不利なままことが進んでいたかもしれない。


「どこまで行くつもり?」


 リーデモールに声を掛けられ、ようやくセレスティアは脚を止めて肩越しに振り向く。


「あら、まだついてきていたの。ずっと黙っているから、てっきり帰っちゃったかと思っていたわ」


 リーデモールは軽く鼻で笑った。


「ふん。あんたみたいな小娘相手に、この私が逃げ出すわけないでしょう。いいからさっさと始めましょう。あなたのその澄ました顔をギトギトにしてあげる」


「でも良かったわ。後ろから襲われるとかだと、少し大変だなと思っていたから。ああ、もちろん、戦いが、ではなくて、あなたの言い訳がよ?」


「本当に口の減らないガキね」


 リーデモールが人払いの結界を展開すると、森林浴にでも来ていたのか、それとも祭りの喧騒から離れて静かな処へ来たかったのか、少しばかり聞こえてきていた話し声や、人の気配が一切感じられなくなった。

 2人が動いたのはほとんど同時だった。

 リーデモールの結界が展開されるのが終了するタイミングを見切ったセレスティアの読みは見事に当たり、同時に前方へと飛び出したリーデモールから遠ざかる様に後方へ向かって地面を蹴った。


「はっ!」


 リーデモールの前方へと出る速度の方が早く、2人は空中で競り合うことになる。

 両者ともに余裕の窺える笑顔で、魔力弾を作り出すと、木々の合間から、相手の死角を突くように飛ばす。複数の弾の軌道をそれぞれコントロールして飛ばすのには高い集中力と高い技術が必要になる。

 2人が作り出した球の数は同じ、それらの弾が木々の間でぶつかり、弾け、次々に新しい弾が作り出される。

 稲妻や斬撃、炎や砲撃が使われないのは環境のためであり、2人には人工の森林地帯とはいえ、全てを燃やし尽くすだとか、許可も取らずに伐採したりするつもりは全くなかった。

 リーデモールには最初から、セレスティアの敗北する無様な姿を観賞するまでは殺してしまうつもりはなかったし、セレスティアの方には、元々殺すつもりなど全くなかった。

 両者ともに自身の力を疑ってはおらず、むしろ自信を持っていて、相手の力量を感じ取りつつも、殺さずに相手を屈服、もしくは討ち倒すことが出来ると確信していた。


「本当に私に勝てるつもり? 今ならまだ全裸に剥いて放り出すだけで許してあげる」


 リーデモールが落ち葉から作り出した犬のような形の人形をセレスティアが一瞬で燃やし尽くすと、その中から土で出来た巨大な腕が出現し、セレスティアの身体を握り込むことで拘束する。


「あなたもこのままへし折られて、ぐちょぐちょになった顔を衆目に晒しながら、屈辱と後悔、羞恥にまみれて自分から海に飛び込みたくなるのはみじめだと、そう思うでしょう?」


「どっちもごめんよ」


 自身を拘束していた土塊の人差し指を切り飛ばすと、腕を引き抜いたセレスティアは、そのままスカートを翻して、後方へ宙返りをしながら、拘束から脱出する。

 拘束から逃れるための脱出系の魔法もあるのだが、脱出系の魔法は上手く使える場合と、そうでない場合があるため、確実に短時間で脱出できるであろう方法をセレスティアは選択していた。


「あーあ、せっかくの衣装が台無しじゃない」


 降誕祭を楽しむつもりで、いつも学院に着て行く制服ではなく、少しばかり派手な衣装を着て接客をさせられていたセレスティアが、これ見よがしにため息をついてみせる。


「これを作るのに掛かった時間を知っているかしら?」


 勿論セレスティア自身は着ることに抵抗していたし、作ったのは彼女のクラスメイトなのだが、そんなことはおくびにも出さない。

 ただし、折角クラスメイトが用意していた衣装を汚してくれたことに対しては、少しばかり、いや、かなり思うところはあった。


「あら、お似合いじゃない。その恰好で接客でもすれば、きっと大賑わいよ。少し貧相なのが減点かもしれないけど、小娘には丁度いいでしょ。ビッチの変態、それも学生ともなれば、メディアからも注目されるんじゃない?」


「そんな最初から痴女みたいな服着てるおばさんに言われたくはないわね」


「誰が痴女ですって‥‥‥!」


 リーデモールの作り出した巨大な手が、再びセレスティアを拘束しようと、高速で接近する。

 それはセレスティアの逃げ場を奪うがごとく、先程のものよりも一回り以上大きくなっていた。

 リーデモールが左手を、かなり思いの籠っているような力で握り込むと、土くれの腕もそれに合わせて握り込まれる。


「ふん。さてこれからお前をじっくりひん剥いて‥‥‥っ!」


 握り込んだ手の先まで歩いてきたリーデモールはわずかに目を見開き、驚愕を表わす。たしかに握り込んだ先にはセレスティアの姿はなかった。


「いない‥‥‥、一体どこへ‥‥‥」


 不意に後ろからリーデモールの肩に手が掛けられる。


「土塊と幻術、実態の区別もつけられないなんて、もう一度学生をやり直したらどうかしら、おばさん。ああ、無理ね、お歳を召され過ぎているもの」


 リーデモールが振り向く隙も、反論するために口を開く時間さえ与えずに、セレスティアはリーデモールの背中に手を重ねる。

 次の瞬間、それ程強烈ではない振動により、しかしそれでもちゃんと脳を揺さぶられたリーデモールは意識を手放し、がっくりとその場で膝を折った。


「さて。このまま戻っても‥‥‥少ししんどそうね」


 セレスティアは自身の魔力が回復するのを待ちながら、リーデモールを拘束して、警吏に連絡をする。それが済むと、続けて端末をいじくり、レドに続けて表示されている名前へと指を滑らした。


「もしもし、サーシャリーおば様でいらっしゃいますか? いえ、そうではなくてですね‥‥‥」



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