49話
2人は幾度か拳を交え、互いの力量を測り合っていた。
感じ取るのと、自身で実際にぶつかり合うのとではやはり違うということだろう。
幸いなことに、2人の戦いの余波は教会には及んでいない。外壁はヒビ一つ入っていない、真っ白で綺麗なままだった。
(これはまずいな‥‥‥)
戦いながら、レドは相手との力量の差を感じ取っていた。
(おそらく、いや、確実に今の俺では勝てそうにない。おそらく9割以上俺は負けるだろう)
戦いにおいて、相手との力量差を測ることは重要である。絶対に勝てないだろう相手に挑むことは自殺と何ら変わりがない。逃げることも時には必要なのだということをレドはちゃんと知っていた。
そもそも武とは自身を、そして大切な人を護るために振るわれるべきなのであり、守ることが叶わぬのなら、自身を、或いは他者を連れて逃げ切るということも重要であることに違いはなかった。
(しかし、ここで逃げることは出来ないよな)
レドはおそらく未だ戦っているだろうセレスティアやフィーザー、ディオスの事を思い浮かべ、そして、未だ控えるアーサーの部下を一瞬見やる。
自身が負ければ、或いは逃げれば彼ら彼女らを危険に晒す。無論、フィーザーやディオスを信じてはいたが、万が一ということもある。
現に自身はアーサーに対して、おそらく決死の一撃を持って挑まなければ、そしてそれでも届くかどうかは分からない。
それでもレドは決心する。
レドの雰囲気が変わったことを察したのか、アーサーの眼が細められ眼光が鋭くなる。
「おそらくこのまま長引けば俺達にとって不利になりかねないからな。悪いが決着させて貰おう」
レドは自身の身体をアーサーに対し横向きにして、深く腰と頭を落とした。長く付き合えば確実に負けるだろうということは、これまでの戦いの中で感じ取っていた。
勝負を仕掛けるのならば、相手もそうであろうが、自身がまだ万全である今のうち、この時を置いて他にはないと思っていた。これ以上長引けば、おそらくどこかに支障をきたすことになる。
「良い覚悟だ。良い目をしている。玉砕覚悟というわけではなさそうだな」
レドが構えるのを受けて、アーサーも構えを改める。
周りではしゃいでいたアーサーの部下たちも、2人の間に流れる空気と緊張を感じ取ったのか、姿勢を正し、地面に直接正座している。
(これは‥‥‥)
自身も武の中に身を置くものだからこそ感じるのか、レドはアーサーから放たれる強者の気配を感じ取っていた。それは今までのものよりも数段激しく、かけてきた年月の差を思い知らされていた。
このままぶつかり合えば、確実に自分は敗北する。
最悪ならば死、運が良ければ生き残ることは出来るかもしれないが、先程自身でそれは否定したばかりだ。
(やはり賭けに出るしかないか‥‥‥)
刹那の中に勝機を見出すために、レドは他の全てを捨てる覚悟をする。
目の前の相手、アーサーから得られる情報以外の全てを遮断し、ただ一人のみに集中する。
意識の底から、身体の奥から力を溜め込み、深く自身のみに没頭する。ただ今まで自身のこなしてきた修業と、己のみを信じて。
「行くぞ」
「いつでもこい」
先に宣言しておかなければ、格上相手にすることではないが、レドには何となく卑怯に感じられたのだ。
一度深呼吸をすると、それだけでレドの周りから音と光、その他自分以外の全ての感覚が消え去った。目に映るのはただアーサーという男のみ。
レドは今まで生きてきた中でも最高の踏み込みを持ってアーサーへと迫り、最高の速度と威力を持って拳を突き出し、そしてそれはアーサーに当たる直前に何者かにとって止められた。
「—―っ、何故邪魔をした親父」
厳つい顔に傷の刻まれている、いかにも歴戦の強者といったような風体の男がアーサーの身体とレドの拳の間に自身の掌を潜り込ませて、数センチ、数ミリのところで受け止めていた。
「良い打ち込みだ。良く練り込まれていた」
レドはその場から後方へと宙返りをして、父親から距離をとる。
「そんなことを聞いているんじゃない」
レドにとっては一世一代の、決死の覚悟で打ち込まれた拳だった。自身でも考え抜き、覚悟を持って放った。それだというのに。
「子供の自殺を止めない親など居はしない」
睨みつけるレドに対して、男は全くひるみはしなかった。
父親の圧に圧倒されたのか、それとも自身でも自覚があったのか、レドは言葉に詰まった。
「勝負の邪魔をして申し訳ない。しかし、黙って見過ごすわけにはいかぬのでな」
アーサーとレドの父親が向き合う。2人から発せられる闘気は同等のようであり、レドは空気が歪んでいるかのように錯覚した。
「まったく、子供の喧嘩に親が出るなんてね」
そんな空間に、着物のようなものを着た女性が、何でもないかのように自然に歩いて入ってきた。髪は後ろで綺麗に一つに縛られていて、手には細長い、刀が入っているかのような包みを持っている。
「お袋、一体何故」
「何故、ですって?」
レドの母親は、レドのすぐ近くに寄ると、レドの頬を思い切り左右に引っ張った。
「私が連絡したからよ」
声のした方からはセレスティアが、若干ダメージを追った服で歩いてきた。
「ありがとうございます、タンドラおじ様、サーシャリーおば、いえサーシャリーさん」
サーシャリーはレドを放り出すと、セレスティアに抱き着いた。
「こちらこそお礼を言わせてちょうだい。知らせてくれてありがとう」
「あの女を倒してすぐに連絡したのだけれど、こんなに早く来てくださるなんて思ってなかったわ」
セレスティアがレドの顔に近付けて小声で告げる。
「そうか、勝ったのか」
「ええ」
逃げたりはしないはずよ、とセレスティアは綺麗な笑顔を見せた。




