48話
「待たせたな」
聖堂の外、ディオス達がいるのとは反対側の教会の庭では、最終的に部下を拳骨で黙らせたらしいアーサーと、その部下が観戦する中で、レドは正面から向き合っていた。
アーサーの両手首から肘の少し上辺りまでには、白い包帯のような布が巻かれている。
アーサーがその布をほどくと、風に煽られた布はひらひらと少しばかり空中を漂い、離れた地面に落ちた。
「教会に、というよりも、街中でゴミを捨てるなよ」
レドがそう言うと、これは失敬、と、アーサーは布を拾い、ポケットの中へと畳んで押し込んだ。
「細かいことを気にする奴だな。こういうのは雰囲気だろ、雰囲気」
「お袋はいつも言っている。そういうところからきちんと出来ない奴は武芸者としても一人前になることは出来ないとな」
レドが足を開いて構えると、同じように―—勿論、違う構えだが―—アーサーも先程までの適当な雰囲気を霧散させて、覇気を露わにする。
「武術に年齢は関係ないか‥‥‥。その年でよくもまあここまでのものを」
アーサーの闘気に反応したレドの闘気を受けて、アーサーは一層笑みを強くした。
「楽しめそうだな」
レドの武術に対する練度は、レドの父親や母親にもほとんど負けてはいなかった。
技の精度、体力、積み重ねてきた時間こそ違うが、すでに互角以上の勝負をすることが出来るまでに至っており、修業の際にも同じ道場に通う門下生だけでなく、師範たる彼の父親すらも時には投げ飛ばして見せる。
当然、以前ガーランドと戦った時よりもその技術は磨かれており、あの時よりもはるかに強い闘気を放出していた。
「さっきも言ったが、俺は別にお前らのところにいる銀髪の娘には興味はねえ。扉を開けば強い奴らと戦えると言われていたから協力しているだけだ。それが本当かどうかなんてことは知らんが、可能性には違いない。俺は、いや俺達か、強い奴らと戦えればそれでいいんだ。何が言いたいかって言うとだな、お前らに加勢して、ボールス達と殺りあってもいいんだぜってこった」
まさに拳を交えようかといった時に、戦いの前の口上のつもりなのか、アーサーはそんなことを言いだした。
「‥‥‥信じられないな。それならば今まで黙っているはずがない。一緒にいたのだろうから、いくらでも拳を合わせる機会はあったはずだ」
レドからしてみればそのような言、全く信じられるはずもなかった。
何よりも、フィーナはあの場にいた、相手の陣営に対して怖がっているように感じられた。もちろん、表面には顕在化させてはいなかったが、おそらくフィーザーもディオスも、ディオスはどうかわからないが、同じようなことをフィーナに対して感じていただろうと、レドは確信していた。
「考えてもみろ。俺には詳しいことは分からないが、そんな強い力を内包しているだろう少女に興味を持たない方がおかしいだろ。俺があの場でお前たちに気を向けていたのはそういう意図だ」
「俺達をお前と一緒に考えるなよ。俺達はお前のように戦闘に飢えてはいないんだ。どちらかと言えばもっと平和に暮らしていたい」
「そうかい」
アーサーの踏み込みは、まるで弾丸のような、人類の限界に迫る勢いであり、一歩でレドとの距離を詰めた。
大よそ、ただの学生に反応できるような速度ではなかったが、幼いころから武に身を置き、日常のほとんどが武と共にあったレドは、アーサーによって突き出された右拳に自身の左掌を合わせることに成功していた。
鞭で叩いたような甲高い音が聞こえたが、無論、武器は使用しておらず、レドとアーサーのグローブがぶつかり合った音であった。
両者とも、戦闘に際して、まさかそのまんま文字通りの素手で殴り合うはずもなく、拳をガードするためにグローブを嵌めていたが、まるで素手同士での攻防であるような音だった。
武術に年齢は関係ないとはいえ、さすがに年齢における筋力差を無視することは出来ない。
突きの威力はアーサーの方が若干上回り、弾かれたレドは後方へと回転受け身をとった。
「—―っ!」
瞬間移動という魔法はない。
転移の魔法はあるにはあるが、瞬間的に出来るようなものではないし、まして魔法師ではないアーサーには使えるはずもない。
しかし、まさに瞬間移動でもしたのではと見まごうほどの瞬発力により、アーサーはレドを追撃する。
「良く躱したな!」
空ぶったはずの蹴り足から、空気を叩く音が聞こえる。
(筋力、技術に関しては間違いなく相手が上。しかし、そういう力ない者のために培われてきたものが武術)
当然だが伸ばしきった足は一旦引き戻さなければ再び蹴り出したりすることは出来ない。
しゃがみ込むことで、髪の毛が数本持っていかれはしたが、アーサーの蹴りを躱すことに成功したレドは、アーサーの軸足をめがけて低い体勢から後ろ回し蹴りを放つ。
「おっと」
バランスを崩したアーサーは、そのまま踏み込んで繰り出したレドの突きを、後方へ身体を反らし、流れるような動きで後方回転することで躱す。
そのまま数度回転し、2人の間に数メートルの距離が出来る。
周りで見ているアーサーの部下らしき者たちからは、驚愕だろうか、一際大きな歓声が上がる。
(人数の少ないこちらは不利か。目の前のこいつらは大丈夫かもしれんが、フィーザーやディオスの方はどうなっているか分からんからな)
レドは一層覚悟を決める。
アーサーという男からは武人の誇りのようなものを感じていた。
おそらく、油断するわけではないが、自分が勝ったとして、部下なのか門下なのか分からないが、周りで観戦している者が続けて戦いを申し込んでくることはないだろう。
しかし、他の、フィーザーやディオスの方まで、或いはセレスティアの相手までが同じとは限らない。
(まったく、格上相手に考えられることじゃないんだが‥‥‥)
レドは早期に決着をつけるべく、賭けに出ることにした。
(いや、賭けではないな。駆け引きは存在するが、賭けなどという曖昧なものに頼ることの出来るほど、目の前の敵は甘くない)
互いに間合いを測り合いながら、円を描くように教会の庭で歩き続ける。
(おそらく勝機は一瞬一度。それを逃しはしない)




