45話
「約束通り話してください」
ディラに勝利したフィーザーは、フィーナを連れて降誕祭を満喫した。
あんな事があった後で気を遣ってくれたのか、クラスの方の手伝いに戻った時には対戦の宣伝効果とでもいうべきか、かなり混雑していたのだが、こっちはいいからと追い出された。
思いがけず2人きりになったフィーザーとフィーナは学院を出て、街へと繰り出した。
どこへ行くとか、あてがあったわけではないのだが、足の向くまま進んでいると、ポケットの中に入れていた端末に着信があった。
「エリスさんからだ」
なんだろうとは思いつつも、画面にタッチすると、非常に興奮しているような、どこか焦っているようなエリスの顔が映し出された。
「ああ、良かった。フィーザーさん。隣りにフィーナさんもいらっしゃるのですね」
例の件についてシスター・メルクーアからお話があるみたいなんです、こちらの周囲を警戒しているらしく、小声でそう言ったエリスは、待っていますから、と、フィーザーが止める間もなくすぐに通話を終了させた。
「通話を聞かれることを気にしたのかな?」
時刻を確認すれば、太陽の位置から考えても、すでに夕方と言って差し支えのない時間帯だった。
正直なことを言えば、フィーザーとしてはもう少しフィーナと2人でぶらぶらと歩いていたかったが、そうも言ってはいられない。
「フィーザー?」
そんな考えが表情に出ていたのか、フィーナが心配そうな目でフィーザーを見つめる。
「大丈夫、何でもないよ。多分、ディオスやレド達も聞きたいだろうから、一緒に行こう」
フィーザーがセレスティアに念話を飛ばすと、すぐに返事があった。
待つこと数分、学院の最寄りの駅の待ち合わせ場所にディオス達5人が走ってやってきた。
「待たせた」
こちらが相手の情報を掴んだということは、相手にもこちらが情報を掴んだということを悟られている可能性が高い。
フィーザー達は二手に分かれてリニアに乗り込むと教会へと急いで向かった。
「どう思う?」
同じ車両に乗り込んだレドに尋ねられ、フィーザーは口を開く。
「モニター越しだったから、確証は持てないけど、多分良い話ではないと思う」
フィーナの手前、言葉を濁したが、フィーザーとしては、良くないで終わる話ではないのだろうと直感していた。
エリスの表情、周囲への警戒、短い連絡。
どれもが悪い事態を想定させた。
「準備してきた方が良かったか」
レドの言う準備とは、おそらく、法に触れる装備の事だろう。
レドの実家の家業を知っているフィーザーは眉をひそめる。レドの実家では、剣術から武術、その他武芸に対する道場を営んでおり、レドの両親はかなりの実力者であると評判だ。ちなみに、その隣にセレスティアの家族が暮らしている家がある。
フィーザーが何か言う前に、レドはリニアの窓を開けていた。非常口と表示されている窓だ。
「ちょっと、レド!」
制止するフィーザーの声を聞かず、レドは窓から飛び降りる。
後ろの車両へと目を向ければ、セレスティアが信じられないというような顔つきでレドを見下ろして窓に張り付いているのが見えた。
そのままレドはどこか―—おそらくは実家―—へ向かって走り出し、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。
「なんで急にあんなことするのかな‥‥‥。ほら、やっぱり‥‥‥」
フィーザーの通信端末には、セレスティアからのメッセージで、何故止めてくれなかったのかといった風な内容が送られてきていた。
「そんなこと言われても無理なものは無理だってば‥‥‥」
常識人であるフィーザー達は、もちろん普通車両の窓から飛び降りたりはしない。フィーナやフローラ、メルルを抱えて飛び降りるわけにはいかないし、自分たちはまだ大丈夫にしても、フローラたちをそんな危ない目に合わせるつもりはなかった。
「フィーナ、走れる?」
普通に聖パピリア教会の最寄り駅でリニアを降り、全員が揃っている、もといレドを除いて全員が揃っていることを確認したフィーザー達は加速魔法を、メルルを抱えたディオスは推進装置のスイッチを入れる。
この中で加速魔法を使えないのはディオスとメルルだったが、はやさについてはディオスならば問題はない。この後すぐに連戦へとなだれ込んでしまうと多少大変だが、今はフィーザー達もいるので問題はない。
「はい」
フィーナが頷くのを確認したフィー―ザー達は、それを合図に一斉に教会へ向かって走り出した。
とはいえ、教会は駅からはさほど離れているわけではない。それでも、出来る限り早く行きたいという気持ちがフィーザー達を教会へと運んだ。
フィーザー達が教会に着くのとほぼ同時に、どのようなルートを辿り、どのような方法で辿り着いたのかは定かではなかったが、少しばかり息を切らしたレドも到着した。
「お前本当に人間か?」
ディオスが訝し気な視線をレドへと向ける。
「お前に言われたくはないな」
教会の正門にはエリスが迎えに出て来てくれていた。その隣には、他のシスターの姿も見える。
「お待ちしておりました」
挨拶もそこそこに、フィーザー達は聖パピリア様の像とシスター・メルクーアの前へと通される。
短くお祈りを捧げると、エリス達は一礼して聖堂を退席した。
「話と言うのは他でもありません」
メルクーアの視線が真っ直ぐにフィーナを捕らえる。
「彼女、フィーナさんがカギと呼ばれていた件に関してですが、私たちはあれから大陸の他の教会や中央議会、管理局、軍、その他あらゆる伝手を辿り、鍵についての情報を収集しました」
「こちらから頼んだ身で恐縮なのですが、危険ではなかったのですか?」
「いいえ、フィーザーさん。子供は大人を頼るものですよ。汝、その子を愛せよ。聖パピリア様も仰っておられます。私たちがあなた達のお役に立ちたかっただけですから、気にしないでください」
メルクーアは空中に一つの図を展開させる。
それはヴィストラントの地図だった。
「まず、彼らの言っていたという鍵に関してですが、この私たちが棲むヴィストラント、それと正確にはなんと呼ぶのか分かりませんでしたが、異なる世界とをつなぐための必要魔力を溜めるための器としての役割を持たせる人の事であるようです」
「異なる世界‥‥‥?」
突飛な話に、フィーザー達は全員、目を白黒させたり、首を傾けたりする。
「彼らの言葉を借りるのならば、そこはミルファディアと呼ばれる地であるようです。もっとも、呼ばれるとはいっても、そう呼んでいるのは扉を開こうとしている彼らだけのようですが」
管理局、その中でも最も権力を有している中央議会にまで尋ねてくれたという、メルクーアの実態が気になったフィーザー達だったが、今はそれよりも気にするべき点がいくつもあった。
「それで、開いてどうするのですか?」
セレスティアの疑問は当然と言えよう。
「すみません、そこまでは」
「い、いえ、気になさらないでください」
頭を下げるメルクーアにセレスティアが慌てて手を振る。
「それには私が直接答えよう」
聖堂の扉が開かれ、数名の男女が入って来る。
眼鏡をかけてにこにこと笑顔を浮かべている優男風の人物、筋骨隆々とした一目で武芸者と分かるような、背中におそらくは刀を背負っている男性、そして、まるで闇を切り抜いて作ったかのような真っ黒なマントを羽織ったボサボサの長髪の男性、彼らを護る様に立つ、武装していたり、ボディスーツのようなものを着ていたりする、口元を隠すようにマスクをした男性や女性。
いずれもフィーザー達よりは大分年齢は上のようである。
「お前達がこの後でも生き残っていたらな」




