4話
市街地で禁止されているのは飛行魔法。そのほかの移動系の魔法に関しては特に規定はされていないが、万が一の飛行機等乗り物、建造物等への衝突を避けるため、飛行魔法に関しては禁止されている。
その他の魔法については、生活の一部、便利なものとして広く浸透しているため、当然、各所に設置されているセンサー及び街路カメラには記録されるが、街中での使用は禁止されていない。もちろん、自己防衛等の正当性が認められる場合以外、明らかに故意だと分かる場合には罰則が科せられるが。
「こいつ、正気か‥‥‥?」
ディオスの言葉など聞こえていないかのように、ウェインは空中にいくつもの魔法陣を展開する。
「フローラ! 二人を頼む」
すでに迎撃態勢に入っていたディオスを牽制すると、街路カメラの位置を確認したフィーザーは、短くそれだけ叫んで、自分たちを守るべくシールドを形成した。
ディオスに任せれば、この場をやりきることはできるかもしれないが、それだけでは済まずに相手を殺してしまいかねない。殺さずに済んだとしても、そこまでやってしまうと、さすがに正当防衛では通じない可能性がある。
フィーザーはフローラを信頼していないわけではなかったが、当然任せきりにするつもりもなかった。
一般的な防御系統の魔法の中には、大きく分けて、広範囲に及ぶフィールド系のものと、狭い範囲のバリア、シールドと呼ばれるタイプのものがある。
当然、狭い方が強固であることには違いないが、相手の出方もわからない以上、広い範囲をカバーしなければならない。
フィーザーが作り出した魔力障壁が、ウェインの作り出した魔法陣から放たれた魔力弾を弾いた直後、フローラのフィールドが4人を包み込んだ。
「お兄ちゃん!」
しかし、フィーザーはその防御フィールドから外へと踏み出した。
目の前の男の目的はフィーナであり、すでに自分たちの顔が割れてしまっている以上、ここで逃がすという選択肢は存在しない。普通の住居にはプライバシー保護のため、探査等を防ぐためのセキュリティが敷かれているが、こうして知られてしまったという例が出来てしまった以上、目の前の男に対してそれもどこまで信頼できることかわからない。
フィーザーとしては、フローラとフィーナの安全、そして今後の憂いを絶つためにも、ここで確実に目の前の男、ウェインを警吏に突き出す必要があると考えていた。
「もうこちらへ向かっているとは思うけれど、一応通報を頼める?」
「もう致しました」
メルルの声に頷いたフィーザーは、撃退へと回るのではなく、できるだけ防御に専念することに決めた。
「なかなかやるようですが、お荷物を抱えた状態で私から逃れることが出来るとお思いで?」
ウェインの問いかけにフィーザーは眉をひそめた。
「‥‥‥魔法を使えない人を軽視しているんですか?」
以前、とは言ってもフィーザー達が生まれるよりもずっと昔、まだヴィストラントが大陸から独立していなかった頃にはそのような風潮があったのだと聞いている。
今でこそ、研究が重ねられ、便利な力として社会に溶け込んでいる魔法という力だが、その力が発現、もしくは発覚した直後には、当然のことながら魔法を使えない者の方が多く、人々はその力を有効的に利用することで魔法師と共存するのではなく、排除の道に走ったのだという。
当然、魔法師側からも反発があり、持つ者と持たざる者の間で争いが起こることも頻繁にあったのだという。
現在のヴィストラントやストーリアの情勢を見れば分かる通り、今ではそのような目立った反乱、戦争は起こっていないし、魔力変換効率―—大気中に満ちて存在している魔力素もしくはマナと呼ばれている物質を体内に吸収して魔力へと加工する際に必要なエネルギー効率―—に縛られる魔法も万能の力ではないことが分かっているため、多少のやっかみはあれど、それらの不平不満が爆発するほどではない。
「口にするまでもないことです」
興味のなさそうにウェインが吐き捨てるのと同時に、遠くから声が掛けられた。
「こらーっ! 神聖なる教会の前で何をなさっているのですか!」
紺と白の修道服に身を包み、首から下げた金の十字架のロザリオと、背中の辺りまで伸びた水色の髪を揺らしながら、とてとてと走って来る人物がいた。買い物帰りらしく、両手で袋をぶら下げている。
「シスター・エリス」
彼女こそ、巷で人気の幼女シスターことエリス・ディストンである。
エリスは、濁りのない金の瞳を見開くと、頬を膨らませながら腰に手を当てた。
「これはフィーザーさん、フローラさん、それからディオスさんとメルルさん。お参り、お祈りは結構ですけれど、もっと静かに‥‥‥、そちらの方はお友達ですか?」
エリスはウェインに向かって深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。こちらの聖パピリア教会でシスターを務めさせていただいております、エリス・ディストンです。共にパピリア様に祈りを捧げましょう。さすれば、あなた方が壊したこの教会の壁の事もお許しになることでしょう」
「ちっ」
ウェインは舌打ちを一つ漏らすと、その場から消えるように走り去った。
「あ、待ちなさい、まったくもう‥‥‥」
エリスは可愛らしく頬を膨らませていたが、ため息を一つ漏らすと、フィーザー達の方へと向き直った。
「とりあえず、お話はお聞かせいただけるんですよね?」
帰りたくなっていた4人だったが、フィーナの事は確かめなくてはならないし、何より、エリスの笑顔の迫力に頷くしかないのであった。