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3話

 ヴィストラントの西側、住居エリアには、通勤及び通学に利用されるリニアカーの乗り場が各所に設置されている。

 市街地上空、建物に換算して3階部ほどの高さを自走するリニアカーは、あらかじめ時刻を中央管理局のリニア管制センターに通知しておくと、その時刻に乗り場に移動用の車両が待機していてくれる。

 いつも通り、通学の時刻に合わせて呼んでおいたリニアカーの乗り場でICカードを認証させて、フィーザーとフローラの兄妹は、サンクトリア学院へと向かうその車両へと乗り込んだ。

 2人乗り用なので、それほど広いわけでもなかったが、かといって窮屈なわけでもない。

 

「そんなに心配することないと思うけど?」


 そわそわと落ち着かない様子のフィーザーに、鞄を膝の上に乗せて行儀よく隣に座っているフローラが真面目な表情で告げる。


「うん。分かってる」


 白を基調としたワンピースタイプの制服を着たフローラは、仕方ないなあという様にため息をついた。


「フィーナも勝手にいなくなったりしないって頷いてたじゃない」


「そうだけどさ……」


 基本的に兄妹しか家にいないということで、彼らの両親は家にもしっかりとしたセキュリティを敷いていた。

 他人が勝手に入り込んだりすることは出来ないはずだし、お腹が空いたときのためにも、冷蔵庫の中にフィーナの分のお弁当も作って、メモも残しておいた。お風呂などの位置も、昨日フローラが案内していたから大丈夫だろう。

 リニアを下りた兄妹は同じ時間に登校してきた友達と一緒に学院の玄関へ向かう。


「フローラ、分かっているとは思うけど……」


「大丈夫、話したりしないってば」


 軽い口調だったが、フローラが無暗に話したりはしないだろうということはフィーザーにも分かっていた。何の話だ、と、首を傾げたクラスメイト達には、何でもないよと誤魔化した。


「それじゃあね、お兄ちゃん」


 昇降口で妹と別れると、フィーザーは友人たちと連れ立って教室へ向かった。



 ヴィストラント唯一の教育機関、サンクトリア学院。

 在学人数は約60000人。学部学科の総数は30近くに上り、魔法学部以外にも、体育学部、工学部、音楽部など、多岐にわたる希望や需要に応えられるようになっている。

 その中でも、フィーザーやフローラの在籍している魔法学部の人数は一番多く、学年ごと、約400人の生徒が籍を置いている。

 もちろん、ヴィストラントに住む全員が魔法を扱えるわけではないし、そのことで問題も起きようものなのだが、そういった対立はこの大陸では見られなかった。

 使うことが出来れば便利だというのは間違いがなく、公になっていないだけで、小競り合いなどは起こってもいるのだが、各自がそれぞれやりたいこと、やれることを選択しており、学院や、学院を卒業しても、少なくとも大陸ではなくヴィストラントでは、魔法を扱える者と、扱えない者の間でも、互いに認め合える良い信頼関係が築かれていた。


「どうしたの、ユースグラムくん。昨日眠れなかった?」


 午前の授業を終え、机に突っ伏していたフィーザーの頭上から声が掛けられる。

 

「大丈夫だよ、フェイリスさん。ありがとう」


 アイボリーカラーのセミロングに紫の瞳の彼女は、セレスティア・フェイリス。フィーザーと同じ学科の女子の主席だ。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという、実に人目を引く美人な少女は、体育学部に通うフィーザーの友人の幼馴染でもある。

 そのため、誰にでも話しかける気さくな人物であるのだが、告白しようという猛者は、今となってはいなかったし、フィーザーと話していても、クラスメイトから嫉妬の籠った視線が向けられることは、少ししかなかった。


「そう? 何かあったら遠慮なく言ってね」


 セレスティアは少しばかり眉を細めたが、それ以上は詮索することなく、自分の席へと戻ると、友人たちと弁当の包みを広げていた。


「で? 本当は何があったのか聞かせろよ」


 フィーザーはそれで終わったものと思っていたのだが、そう甘くはなかったらしい。いつの間にやら集まって座っていたクラスメイト達が、昼食を片手に詰め寄ってくる。


「ついに告白されたとか?」


「爆発しろ。そしてフローラちゃんは俺にくれ」


 そんなに分かりやすく顔に出していたのだろうか?

 フィーザーとしては、なるべく顔に出さないようにしていたのだが、4年以上も付き合っているクラスメイト達には筒抜けだったらしい。


「だって、なあ?」


「先生に指されてもなーんか上の空だったしよ。これは昨日の休日に何かあったと思うだろ」


 うんうん、と頷くクラスメイト達。面白がっているようでもあったし、単純に興味があるだけのようにも見えた。

 フローラにああいった手前、そうでなくとも話すつもりはなかったのだが、ここで自分から話してしまっては、全く意味がない。


「何でもないよ。ただ、今日の放課後にちょっと教会まで行く用事があるから」


 幾人かの顔が納得顔に変わる。完全に誤解されていたが、訂正するつもりはなかった。


「ああ、いいよな、エリスちゃん」


「あの子に会えばどんな穢れも払われる気がするよな」


「おい、ロリコンは黙ってろ。話が進まねえだろ」


 フィーザーは、こんなに単純で大丈夫だろうか、犯罪に走るやつが現れるんじゃ、と思ったが、今は助かった。

 心の中で、水色の髪の幼女のシスターに謝りつつ、フィーザーは弁当をかけ込むと、端末から午後の授業のファイルを呼び出した。


 


 放課後、フィーザーが校門へと出てくると、フローラと、隣にいる、茶色のロングヘア―をポニーテールに纏めた少女が話し込んでいた。


「あっ、お兄ちゃん」


 フィーザーの姿に気付いたフローラが手を振ると、身体の向きを変えたもう一人の、フローラよりも少しばかり背の高い少女がわずかに頭を下げた。


「お待たせ。メルルさんもこんにちわ。ところで―—」


「こんにちわ、フィーザーさん。兄様なら、少し遅れると連絡がありましたけれど―—」


 彼女はメルル・ダーリング。フィーザーの友人でもある彼女の兄と同じ工学部に通う3年生で、勝気な紫の瞳が印象的な美少女だ。

 学年が違い、フローラが入学した直後なのにも関わらず、二人に面識があるのは、その兄同士が友人だからに他ならない。本当は二人が思い込んでいる初対面よりも前に、二人は出会っているのだが、時間も短かったし、お互いを認識してはいなかっただろう。なにより、そんな状況ではなかった。

 メルルが取り出した通信端末には、たしかに遅れる旨が書かれたメールが届いていたが、メルルは途中で言葉を区切った。


「遅くなったな」


 フィーザーが振り返ると、メルルと同じ長髪の茶髪をウルフカットにした涼しげな顔の少年が、メルルに向かって話しかけるところだった。


「ディオス」


 フィーザーが声を掛けると、ディオスは右肩を押さえながら回して見せた。


「接合部の調子が悪くてな。油を差してきたため遅くなった」


「そうですか。では行きましょう、兄様」


 メルルとフローラが先を歩き出したため、フィーザーとディオスも後ろから追いかけるように歩き出した。

 下校時間だけあって、最寄りのリニアカーの乗り場は混み合っていた。

 クラブに入っていたり、実技棟、演習室、自習室や図書室などを利用する生徒も少なからずいるが、やはり下校時間帯のピーク、いくら回転が速いとはいえ混雑は免れない。


「フローラ、学院はどうだった? もう友達はできた?」


「うん。実は遊びにも誘われたんだけど、今日は断っちゃった」


 少ししゅんとなるフローラに、悪いことをしたなと思ってフィーザーが頭を撫でると、ディオスt話していたメルルが振り向き、首を傾げた。


「何か大切なご用事でもあるんですか?」


「いや、そこまで大切ってわけじゃないんだけど、ちょっと教会にね……」


 フィーザーは咄嗟に何か言い訳を考えようとしたが、ディオスの前ではバレる可能性がある。

 肝心の内容をぼかしつつ、嘘をつくわけにはいかなかったため、回答は歯切れの悪いものになってしまった。


「そうですか」


 とりあえず納得したような表情を見せたメルルに、深くは聞かれず一応安心した二人は、ほっと溜息をついた。



 メルルとフローラがガールズトークに花を咲かせていると、4人を乗せたリニアカーは、あっという間に、目的の、教会から最寄りの駅に辿り着いた。

 この辺りは住居の集合地からは少し離れており、奥―—西側からぐるりと半周、ヴィストラントの三方を囲う形で森林地帯及び酪農、田畑地帯が広がっている。なお、南方面の森林部を抜けると、海岸になっている。


「あれ、ディオス達も用事?」


「ああ。ついでだからというわけでもないが、せっかくだから親父とお袋に挨拶をな」


 雰囲気が落ち込むが、誰も何か言葉を紡ごうとはしない。


「それで、お前たちはどんな厄介ごとを抱え込んだんだ?」


 駅を出てから少し、周りに人がいなくなったところで、いきなりディオスが核心をついた。

 だからといって、フィーザーとフローラは動揺を見せたりはしなかった。すくなくとも、表面上は。


「ああ、えーっと、実は……」


「とぼけても無駄だということはわかっているな?」


 ちょっとした見た目からは分からないが、とある事情により脳と脳幹部以外の全身が義体、所謂サイボーグになっているディオスには、発汗状態や動悸から嘘を見破る機能が搭載されている。


「とぼけているんじゃなくて、話せないんだよ」


 フィーナは警吏へと連絡はするなと言っていたが、それ以外の他人にならば話していいとは言っていない。

 ディオス達は信頼のおける友人ではあるが、彼女の確認も取らずに話していいことだとは思わなかった。


「そうか」


「あの」


 フィーザーとディオスの顔を見比べて、メルルが口を開きかけたところで、後ろから声が掛けられた。


「失礼。少しよろしいですか?」


 フィーザー達が振り返ると、くすんだ赤髪の青年が、人の良さそうな顔で微笑みかけてきていた。


「何か―—」


「何の用だ」


 フィーザーは普通に対応しようとしたのだが、ディオスがとても友好的とは言えない態度で話しかけてしまっていた。


「あなたではなく、そちらの金髪の少年とお嬢さんに用があるのですけれどね」


 赤髪の青年は気にした様子もなく、穏やかな態度を崩しはしなかった。


「勧誘ではなさそうだな。不特定の誰かではなく、こいつらを狙って来ている。そしてお前がそのコートの内側に隠し持っている物。怪しいを通り越し、明らかに不審だ」


 ディオスがそう言ってのけると、目の前の青年はわずかに目を見開いた。


「名を名乗れ」


「あなた、本当に人間ですか?」


 ディオスはくすんだ赤髪の青年に右手を向ける。

 右の手首が折れ曲がると、腕の内側の機械部分が露出する。ディオスの右腕はブラスターになっていた。


「俺は人間だ。ただし、他の奴よりは少し義体化部分が広いがな」


 しばらく考え込んでいた赤髪の青年は、分かりましたと頭を下げた。


「私はウェイン。とある少女を探しているのですが、どうもそちらのお二人から、彼女の残り香―—失礼、彼女に関わったらしい痕跡が窺えるのですよ。なぜわかるのかはお話できませんが」


 ウェインは顔を上げると、人のよさそうな笑みを浮かべた。


「私は彼女の保護者代理でして。どうか、彼女をお返しいただけませんでしょうか」


「嘘だな」


 ディオスが即座に言い切ると、ウェインはほんのわずかに眉を動かした。


「俺に嘘は通用しない。彼女というのが誰かは知らんが、お前が保護者代理というのは明らかに嘘だな」


「そうですか……残念です。できれば穏便に事を済ませたかったところでしたが……」


 ウェインが両手を広げると、魔力が放出されるのを、フィーザーとフローラは感知した。

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