21話
大きな掛け声―—叫び声、もしくは奇声と言った方が適当だろうか―—とともにディーゼルハルトが飛び込んでくる。魔法を使えば、わずかにしろ、魔力の流れは生まれるため、フィーザーには感知できる。しかし、目の前のディーゼルハルトと名乗った男からはそのような兆候は感じ取ることは出来なかった。
つまり、男が魔法師であろうと無かろうと、この突撃は単純に肉体能力のみによるものだった。
対物障壁によって多少減衰されたディーゼルハルトの突きを交わすと、ディーゼルハルトはフィーナには目もくれずに飛びのいたフィーザーの方へと向かってきた。
フィーナとディーゼルハルトを信頼しての行動だったが、どうやら読み違えてはいなかったらしい。
{フィーナが障壁を張っていたことは分かっていたけれど、彼もこちらへ突っ込んできてくれたことは嬉しい結果だな)
対決に入る前に確認した時のフィーナの瞳には、不安そうなものの他に、たしかな意志を感じられた。
対峙した直後には自分の背後で障壁が張られているのは感じられていたし、その強度も予想以上だった。
そして、ディーゼルハルトは、初対面時から正々堂々とした雰囲気を醸し出していたし、すくなくともこの対決が終わるまでは、フィーナではなく、自分に向かってくるだろうとは考えていた。
「安心しろ。私は約束は守る男だ」
フィーザーの考えを知ってか知らずか、ディーゼルハルトはにやりと笑みを漏らした。
「‥‥‥そのようですね」
まだ完全に信用できるわけではないが、フィーザーは信じることにした。目の前の男ではなく、観客の力を、だ。
足を止めて観戦する通行人は、すでに大量に集まってきていて、舞台のような輪が形成されている。
そちらまで守る余裕はないが、どうやら彼らはそんなことは気にしていないらしい。フィーザーの放った魔力弾を、ディーゼルハルトが躱した先にいた観客は口笛まで吹いて盛り上がっている。
この状況でディーゼルハルトか、もしくは他の誰かがフィーナを狙おうとしても、フィーナ本人は言うまでもないことだが、周りの観客に妨害されることだろう。
人払いの結界は有効だが、あのような始まり方をしてしまった以上、有効な手段ではなかった。魔法の使える者にとっては、知ってさえいれば、入ろうと思えば入れないこともないのだから。
「こっちから吹っ掛けたのもお前に全力を出して貰いたかったからだ」
街路カメラを指差しながらディーゼルハルトが告げる。
お前は巻き込まれた側なんだから警吏に対する言い訳は用意させてやろう、と言われているようだった。
「さあ、私を楽しませてくれ」
飛び上がり、宙返りしたディーゼルハルトから繰り出された、打ち落とすような右の踵。
受けるのは危険だとフィーザーは判断したが、その判断は正しく、彼の纏った鎧のような靴は道路を若干削った。
(強い‥‥‥。武芸者か。監視されてるみたいだから、なんて言っている余裕はなさそうだな)
ディーゼルハルトの言を信用はしていたが、真実だとは考えていなかった。
彼がフィーナを狙っている連中の刺客であることは明白だったし、ならば、それを相手側が監視していないはずはないと考えていた。先日、モールに現れたあの物体にもカメラは搭載されていたということだった。
ディーゼルハルトに威力があることはすでに確認済みだったが、速度も、技術も、一流と言って差し支えはないものだった。
躱し、受けることは出来ているが、中々反撃する隙が見つからない。
(リスクを恐れていては勝てないか)
相手の打撃の威力がフィーザーの障壁の強度を上回れば直撃を受ける。威力が減衰されるとはいえ、先程の攻防ですでに相手の打撃の方がフィーザーの障壁の強度を上回っていることは分かっていた。
しかし、あえてフィーザーは正面から受けることを選択する。
そうすれば、相手は真正面から来るに違いないと踏んでいたからだ。
「真っ向勝負か。潔し」
フィーザーの思惑通り、ディーゼルハルトはにやりと笑うと、構え直して、力を溜めるような格好になる。
「いざ、尋常に勝負!」
地面が抉れているのではないかとも思えるほどの踏み込みで突っ込んできたディーゼルハルトを真正面から迎え撃つ。
(タイミングこそが重要だ。見誤れば‥‥‥いや、今はそんなことは考えるべきじゃないな)
自身の背後にいるであろうフィーナと、目の前に迫ったディーゼルハルトの拳にのみ、神経を集中させる。余計なことを考えていては対処出来るような相手ではない。
用意したシールドが砕かれた瞬間に、二段構えで後方に用意していた捕縛シールドの方を発動させる。
「おおおおおおおっ!」
完全に腕を絡めとることは出来たが、敵もさるもの、捕縛された状態のまま強引に進んでくる。
しかし、速度と威力は落ちる。
フィーザーにはレドのような身体能力はなかったが、授業で習った技術を実際の場で使うことくらいは出来る。
相手の腕をとると、飛び込んできた相手の力を利用して、そのまま投げる。地面に直接ぶつけては後遺症のリスクは避けられないため、わずかに魔法でクッションを作る。だからといって、威力がなくなるわけではない。
それなりの速度と威力を持って地面へと叩きつけられたディーゼルハルトは不敵に笑みを漏らした。
追い打ちをかけるようで心苦しさを感じたが、こちらは命の危険もあったのだ。甘いことは言っていられない。
「‥‥‥良い戦士だな、少年」
「失礼致します」
手のひらを相手の頭に合わせると、やり過ぎないよう注意を払いつつ、振動を送る。
直接脳を揺さぶられたディーゼルハルトは気を失った。
フィーザーが立ち上がり、一息つくと、周りからは歓声が上がった。
「はい、ちょっと通してくださいね」
すぐに、人混みをかき分けながら警吏が出動してきた。
いくら双方合意の上のこととは言え、街路カメラに撮影されている以上、警吏が出動してくるのは仕方のないことだった。管理局近くの事であったし、時間が早いのも納得できる。
「一応、事情をお聞きしたいのであなた方もご同行をお願いします」
フィーザーは仕方ないと思ったが、そうはならなかった。
「そのようなことは無用。私が一人で行こう」
よろよろと立ち上がったディーゼルハルトに、わずかなどよめきが上がった。感心するような声も混ざっている。
「ああ、その前に失礼」
ディーゼルハルトは一言二言警吏と話をすると、紙とペンを受け取った。
いくら電子機器がはびこっているとはいえ、アナログの媒体が失われたわけではない。
「これが約束の報酬だ」
おそらく、データとして送ることを避けたかったのだろう。どうしたって今の設備状況では記録が残る。誰かに知られてしまわないとも限らない。
フィーザーがメモを受け取ると、今度こそ、ディーゼルハルトは警吏に連れて行かれた。
「フィーザー」
駆け寄ってくるフィーナに、大丈夫だよと返事をしたフィーザーは、受け取ったメモをフィーナのポシェットに仕舞い込んだ。
見物人の輪も散開していたため、フィーナとフィーザーは、おそらく目的の物も手に入ったことだし、最寄りのリニアの乗り場へと向かった。
「ふむ」
フィーザーとディーゼルハルトの戦いを近くのビルの屋上から監視していたレヴァンティンは記録用の内蔵カメラを切った。
「理解した。予測と対策は立てられる」
熱光学迷彩を起動したレヴァンティンは音もなくその場を後にした。




