20話
中央管理局の有形書籍保管場所には、書庫の他にも、パスがなくても閲覧することのできる一般開放区画が設けられている。
一般の利用客はそちらを使用するのが通常で、そちらだけでも十分に充実した内容となっている。おそらく学院等の調べ事に関してならば、そちらだけでも事足りるだろう。
今回、フィーザーとフィーナが書庫の方への利用申請をしたのは、おそらくは一般に流通しているような書物では望みの情報が得られないだろうと踏んでいたためである。
有形書籍の価値はそれなりに認められており、ほとんどは問題なく電子化出来るのだが、中には記述されている媒体や、書き方それ自体にも、魔力、もしくは何らかの魔法が込められており、複製出来ないようになっている物も存在する。
書き手が知識の流出を恐れたのか、特に過去へとさかのぼればさかのぼるほどにそういった傾向がみられるようになっていた。
「ようこそいらっしゃいませ」
受付の女性に挨拶をして、先程申請の通っていたパスの承認を求めるとすぐに受諾された。
歴史書関連の区画まで進むとフィーザーはフィーナと繋いでいた手を放した。
「棚ごとに探そうか。フィーナはこっちの端から探して。僕は向こう側から探すから」
同じところを探していたのでは効率が悪い。フィーナがやや不安そうにしながらも頷くのを確認し、この区画の探索を任せると、フィーザーは反対側へと回った。
電子化されている形態の書籍ならば検索はほとんど一瞬なのだが、有形書物となるとそうはいかない。検索及び探索魔法に引っかかる書物だけでもかなりの量になった。
それなりの広さと蔵書数を誇る書庫内の探索は、人手不足も相まって、非常に困難かつ時間を要した。
「見つからないなあ‥‥‥」
それなりの時間が経過し、時間を確認するとすでにお昼近くになっていた。
書庫の中で昼食にするわけにもいかず、フィーザーは丁度棚の真裏にいたフィーナに声を掛ける。
「そっちはどう? 何か進展はあった?」
フィーナは目を閉じて力なく首を振る。同時に可愛らしくくぅとお腹が鳴り、フィーナの顔は見る見るうちに赤くなった。
「‥‥‥とりあえず今のところは休憩にして、お昼でも食べに行こうか」
フィーザーは出来るだけ聞かなかったことにして進めたかったのだが、上手くごまかせているとは言い難かった。
耳まで真っ赤にしたフィーナの手を引きながらフィーザーは管理局内の飲食店フロアへと向かった
2人とも学生であり、昼間からそれほど高級な料亭になどもちろん入れるはずもない。そのようなお金は持ち合わせていなかったし、入るつもりもなかった。
フィーナは低いとはいえヒールのある靴を履いていたし、本人は楽しそうにフィーザーに寄り添って笑顔を浮かべていたが、それほど歩かせるのも大変だろうと思っていた。
わざわざ外へ出なくとも、管理局内の飲食施設もそれなりに充実しているため、2人は軽食、いわゆるファストフードの店へと入った。
2人が店内に足を踏み入れると、店内の空気は一瞬停止した。
客はそれなりに入っていたが、その誰もが空気を感じ取ったのか、振り向き、そして動きを止めた。
流石だったのは店員で、最も早く再起動すると、営業スマイルを浮かべて声を掛けてきた。
思えばフィーナとこのように外食するのは初めてであり、案の定、フィーナは不安そうな面持ちでぴたりとフィーザーの腕を掴んでいた。
お昼時ではあったが、幸いなことに席は確保できたようで、待ち時間もなく席へ案内された。
「フィーナ、気にしていてもしょうがないよ」
フィーナは周りを気にしている様子ではあったが、席に着き、フィーザーに声を掛けられると、硬い動きで数度首を上下させた。
席に着くと、それを感知したかのように空中にメニューが投影される。タッチパネル方式ではないのは、おそらく、飲食店であるため汚れることを避けるためだろう。
「お待たせいたしました」
注文からものの数分で品は運ばれてきた。もちろん、魔法で飛ばされてくるのではなく、人力によるものだ。働いている全員が魔法師であるわけではない。
「探したぞ。こんなところで出会えるとは奇遇だな」
店内のざわつく雰囲気をよそにフィーザーとフィーナが食事を口に運ぼうとしたところで、机に影が差し、二人に声が掛けられる。
横を向いて見上げると、何やら場所と時代を間違えているような床まであるマントを引きずっている男性が腕を組んで仁王立ちしていた。
「私は実に運がいい。休日に呼び出されてうんざりしていて、かったるいから帰ろうかなー、と思っていたところだったのだが、よもや目的の『鍵』と会い見えるとは‥‥‥何とか言ったらどうだ?」
フィーザーとフィーナは隣でしゃべる男を無視して食事を続けた。
「あのー、もしもし? 君たち、聞いてる? おーい」
「ご覧の通り、僕らは今食事中なんです。あなたは平気かもしれませんけれど、僕たちは朝から探し物をしてエネルギーが足りていないんです。話は後で聞きますから、今は外で待っていてくれませんか?」
ショック受け、その場でいじけだしてしまった、おそらく敵と思われる相手でも、何となく不憫を覚え、フィーザーは手を止めた。
「分かった‥‥‥」
先程までの覇気はどこへやら、とぼとぼと歩いて外へ出て行ってしまった彼を、流石に少し哀れに思ったのか、フィーナが何とも言えない表情を浮かべている。
「いや、フィーナ。君は狙われてきているんだから相手に同情なんてしなくていいんだよ」
それでも、何となくフィーザーもすこし早めに食事を終わらせると、会計を済ませて外へ出た。
「待ちくたびれたぞ」
店の外では男が仁王立ちしていて、不審に思っているのか、通行人は彼を避けるようにして歩いていた。営業妨害で通報されそうな事態ではあったが、本人には全く悪気がないことが、先程の一幕で分かっているのか店員も通報できずにいるようだった。
店に入ろうとはしていなかったが、通行人は足を止めて対峙する3人を見つめている。
どこから見ても美少女であるフィーナを庇う様に立つ、おそらく学生に見えるであろうフィーザーと、それと対峙する大人の構図は、悪い言い方をすればストーカーのような感じでもあった。
「本当にやるんですか?」
街路カメラも人の目もあるというのに、今までの相手とは違い、それを気にしないようだった。
「では、こちらからも条件を一つ、よろしいでしょうか?」
相手が頷くのを確認し、フィーザーは言葉を続ける。今日は一日徒労に終わるだけだったと思っていたが、もしかしたら情報が手に入るかもしれない。
うんざりする気持ちを上回るわけではなかったが、少しの希望も見える。
「僕が勝ったなら、フィーナの事、教えていただいてもよろしいですか?」
「良かろう。最も私はそれほど多くを知っているわけではないがな」
相手が応じるとは思っていなかったフィーザーは数度目を瞬かせた。
「良いのですか?」
「自分で尋ねておいて妙なことを聞くのだな、少年。一方的に襲われ自覚もないまま負けたのだと言い訳されては私としても気分が悪い。きっちりと取り決めをすることで私の願い、つまりは強い相手と戦いたいという思いも満たされる」
男は少し足を開いて構える。
「私はディーゼルハルト。貴公を倒す者の名だ。その胸にしかと刻むが良い」
「フィーザー・ユースグラムです」
名乗るのはまずいかとも思ったが、意図せず、観客がいる手前、名乗らないのは体裁が悪い。
「フィーザー。では、参る」
フィーザーがフィーナに少し離れているように告げ、それを見届けると、ディーゼルハルトは真正面から突っ込んできた。




