19話
「すみません、度々お邪魔してしまって」
きれいに整理されている本棚から分厚い本を抜き出しつつ、フィーザーは感謝を告げる。
すぐ脇では、シスターの周りに集まって輪のように座った子供たちが、静かに本の内容に耳を傾けている。
「いえ。皆さんのお役に少しでも立つのでしたら、いつでもいらしてください」
棚の裏側からひょこっと顔を出したエリスがそう微笑みかける。
「この教会は私がお仕えさせていただくずっと昔からありますから、私でも読んだことのない本がまだまだたくさんありますので」
お役に立てずすみません、と頭を下げるエリスに、フィーザーはとんでもありませんと首を振る。
「あるかどうかもわからない内容の本を探すのを手伝っていただいているだけでも大変助かっていますよ」
フィーザーは数冊の本を手に机へ向かうと、腰を下ろして、本を広げた。
今日は学院が休みで、わざわざ休日に空振りに終わるかもしれない作業に友人を誘うのは気が引けたフィーザーは、本当は一人で教会を訪れるつもりだった。
しかし、朝食の席でフローラに予定を尋ねてみると、どうも妹はクラスの友人と遊びに出かけるらしい。
フローラに友人が出来たのは嬉しいことで、フィーザーとしてもそれを邪魔しようなどというつもりは欠片も持ち合わせてはいなかった。
フローラが出かけていくと、フィーザーとフローラは家に二人きりとなってしまい、フィーザーまで出かけるとフィーナを一人で家に残してしまうことになる。それは避けたい状況だった。
だからといって、後回しにしていては、いつになるのか分かったのもではない。
フィーナだって学院にも通っているのだし、いつまでもこうして過保護にしているのが良いことだとは思えない。
「これからフィーナの、彼らが言っていた『鍵』という言葉のヒントを探しに教会へ行ってみようと思っているんだけど、フィーナも一緒に来る?」
フィーザーが尋ねると、フィーナはこくりと頷いた。
そんなわけで、聖パピリア教会でと赴いた二人は、朝から教会の庭の掃除をしていたエリスに出くわした。
「おはようございます、エリスさん」
「はい。おはようございます、フィーザーさん、フィーナさん」
2人、エリスを加えると3人は礼拝堂で聖パピリア様の像の前で、目を瞑り、手を組む。
エリスはともかく、フィーザーは別に熱心な教徒というわけではなかったが、急ぐでもなく、教会に来たのに聖パピリア様の像の前で祈りを捧げないほど信心がないわけでもなかった。
「本日はどのようなご用向きでこられたのですか?」
フィーザーやフィーナが毎日お祈りに来るような敬虔な信者ではないことは当然、教会で過ごしているのだから、エリスや、他のこの聖パピリア教会に仕えるシスターには知られている。
すでにエリスにはフィーナの事情はある程度知られてしまっているため隠す意味もないだろうと思い、フィーザーは正直に告白した。
「もちろん、ここの蔵書は聖パピリア様の所有されているものですから、私共に許可をいただかずとも、どなたにでも公開されています」
案内されたのは、教会の奥にある孤児院の中だった。
その図書室では、エリスではない、他のシスターが周りに円を描いて集まった子供たちに絵本の読み聞かせをしていた。
邪魔をしないように、頭を下げるだけの挨拶をして、子供たちがいるところの対面の本棚から探し始める。
「歴史書か、それとも伝記? まさか手記で語り継がれているってことはないよなあ……」
それらしい本、少女を生贄に異界のモノを召喚しようとした魔術師の話だとか、数百万もの人を犠牲に別世界への扉を作り出そうとした魔王とよばれるものの話はいくつか存在していた。
しかし、それらはあくまで物語であり、実際にそういったことが行われていたという記録は残っていない。
「大体、これらは学院の図書館と同じような内容ばかりだな。もっと、大陸から独立する以前、ヴィストラントが出来る前のストーリアの歴史書とかを探さないとだめかもしれないな‥‥‥」
本に限らずとも、内容さえ記述されていれば検索魔法に引っかかるはずなのだが、残念ながらそれらしい内容を検知することはなかった。
「たしかに、この教会の歴史は割と長いようですが、ヴィストラントと同じ、いえ、それより短い程度の歴史しかありませんから」
ですが、と、エリスは胸の前で手を組みながら目を閉じた。
「ここにはありませんが、中央の管理局の方にならば何か記録書はあるかもしれません。大陸からの流入も、大元を辿れば全て管理局で取り締まられていますから」
もちろん、その可能性はフィーザーとしても考慮していた。
しかし、フィーザーはフィーナの方へちらりと視線を向ける。
「住民登録までしておいて今更感は強いけど、警吏への連絡は少しまずいみたいなんだよね」
住民登録もそうだが、すでにショッピングモールでもフィーナはフィーザー達と一緒に事情聴取も受けている。今更と言えば今更だ。
「フィーナ、中央の管理局の方に行ってみたいと思うんだけど、大丈夫かな? 出会った時には警吏への連絡を拒んでいた君をそのど真ん中に連れて行くのには僕にも抵抗があるんだけど」
フィーザーの問いに、フィーナは小さく首を振った。
「フィーザーが一緒なら‥‥‥。私も、自分の事について知っておきたいですし‥‥‥」
フィーナの返答を聞いて、エリスが少しばかり頬を赤らめる。
「分かったよ。それじゃあ今から向かおう」
ヴィストラントの教育制度では、基本的に5日間学院通い、2日間休みというスタイルをとっている。別に明日でも良かったのだが、こういったことは出来るだけ早めに済ませた方が良いだろう。今日空振りに終わっても、もしかしたら明日以降、別の場所へ行くための手掛かりが得られるかもしれない。
その名の通りヴィストラントの中央に位置する中央管理局は、住居エリアや教会からの距離ならばサンクトリア学院へ行くよりも近い。十数分もあれば移動できるだろう。
聖パピリア様の前で祈りをささげ、エリスにお礼と挨拶を済ませたフィーザーとフィーナは、一応、フローラに管理局へと向かう旨を伝え、教会をあとにした。
途中で襲われるかもしれない可能性も考慮していたのだが、特に問題もなく、フィーザーとフィーナは呼んでおいたリニアカーに乗り込んだ。
振動を感じさせず、それでいて早いリニアカーでは乗り物酔いに陥る人もほとんどおらず、それは二人も同じだった。
予定通り、教会を出てから十数分で中央管理局の最寄りの乗り場―—この場合は降車場―—に降りた二人は真っ直ぐに管理局へ向かった。
リニアカーの中で閲覧の許可を申請し、受諾されていたので、パスを使って書庫へ向かう。
「フィーナ、大丈夫だよ」
少しばかり震えている様子のフィーナの手をフィーザーが握ると、しばらくして震えは治まった。
「離さない‥‥‥のは無理かもしれないけど、フィーナの目の届くところに必ずいるから」
本当は二人で別の場所を探した方が効率がいいのだが、そんなことはおくびにも出さない。
フィーナが小さく頷くのを確認して、二人は書庫へと足を踏み入れた。




