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18話

 学院の食堂でフローラの用意してくれた弁当をつまみながら、フィーザーはため息をついていた。


(結局、彼らの言っていた『鍵』については具体的には何の情報もなかったなあ)


 あるはずもないだろうと分かっていても、知らないままでいるのは不利になる。あれからフィーザーは学院の図書館やネット上、情報掲示板なども活用して、そういった伝承、噂について調べまわった。

 太古の昔、まだヴィストラントが成立する以前の歴史では、大陸の方では人柱などといった、一人、もしくは複数の人間、その他の物を供物とした儀式も行われていたりもしたらしい。

 鍵、という言葉に一番近いところでは、ストーリアとは異なる世界への道程を開くために、秘宝と呼ばれるような物が集められたリしたという記録も残されてはいたが、それがどのようなものであるのか、具体的な記述は何もなされていなかった。


(出来ることなら会いたくないというのが本音だけど、やっぱり彼らに聞くしかないのか‥‥‥素直に聴いたら教えてくれるとも限らないけど)


 警邏隊に捕まった彼らも口を閉ざしているのか、ニュースでもそのことは何も報じられずに、あの話題は人々の記憶の中へと消えていった。

 そもそも、あの場にいた人でも認識がほとんどないのだから、結果だけ知らされたところで、実感も沸かず、自分には関係のないことだと忘れ去られるのも無理のない話かもしれない。


「あとは教会か‥‥‥」


 聖パピリア教会はストーリアの方でも信仰されている聖パピリア様を信仰する同じ宗派の教会だ。当然、ヴィストラントよりもずっと歴史の長い大陸の方の書物にならば、学院にはない歴史書なんかも蔵書されているかもしれない。

 

「どうかしたの?」


 フィーザーとフィーナが隣り合って座るサンクトリア学院の食堂の前の席には、セレスティアとレドが同じ内容の弁当を口に運んでいた。


「いや、君たちはいつも仲がいいなと思ってね」


 フィーザーがそう言うと、レドとセレスティアは顔を見合わせた。


「ただの幼馴染よ。他意はないわ」


「そうそう。今日は母上がちょっと所用で急に早朝に出かけていって、弁当の準備が出来なかったから、それを何故か知っていたセレスが俺の分まで弁当を用意してくれていただけだ」


 二人はぴったりに揃った声でそう答えた。

 ちなみに、フィーザーとレド達との付き合いは随分長いことになるが、その言い訳を聞くのはもう何回目なのか数えてすらいない。

 達、とひとまとめにされるのにも、目の前の友人たちはあまりいい顔をしないだろうが。


「何よ、その視線は。まったく‥‥‥行きましょう、フィーナ」


 自分の弁当箱を包み終えたセレスが立ち上がると、フィーナもそれに従って、慌ててフィーザーの隣から立ち上がる。

 ここのところ、フィーナは休み時間や、暇を見つけてはセレスティアに勉強を見て貰っているらしい。離れて行くときに少し寂し気な視線をくれるのだが、フィーナにも思うところがあるのだろう、年頃の女の子だし、とフィーザーは解釈していた。

 家に帰ればフィーザーも教えるし、物覚えの良いフィーナは基本的には何でもすぐに覚えてしまうので、先生役としても随分楽をしていた。しかし、実際はどうかわからないが、同年代の異性には聞きにくいことも、フローラには聞きづらいこともあるのだろう。同性の主席が教えてくれるのならば、感謝こそすれ、嫌を言うつもりはなかった。


「レドは何かセレスティアさんから聞いていたりする?」


 二人がどう言おうとも、フィーザーや多くの、というよりもほぼ学院の全員の、認識としてのレドとセレスティアへの関係性はほとんど同じである。多少の違いはと言えば、そこに怨嗟が入っているのかいないのかということである。

 もっとも、フィーナが転入してきてからは、フィーザーにも同じような視線があったりなかったりするのだが、当人はそれを気にしてはいなかった。今のところ、フィーザーの方にはそこに恋愛感情はない、と自分では思っていた。


「何で俺があいつから聞いていると思ったのかは知らんが、俺は何も聞いていない」


 レドは至って真面目な口調でそう答えた。


「そんなことよりも、お前達には気にすべきことがあるんじゃないのか?」


「分かっているよ‥‥‥」


 先日、彼らに襲われたのは学院帰りだった。つまり、フィーザーやフィーナ、フローラだけでなく、レドやセレスティア、もっと言えばディオスやメルルの素性まで調べようと思えば調べられてしまうのである。


「彼らがどのくらいの規模のものなのかは知らないけど、フィーナの様子だと、警吏とかにも関係者が入り込んでいそうなんだよね」


「全員が染まっているわけではなさそうだがな」


 レドの言い分にも根拠はあり、先日の逮捕や情報規制がされていないことからも明らかだった。

 レドの口調は厳しいものではなかったが、フィーザーはそこに込められた意味を誤解したりはしなかった。


「フィーザー。助けが必要な時はいつでも呼んでくれ。友達ってのは損な役回りを引きうけるものなのだとセレスもいつだったか言っていたし、お前たちのためなら、俺としても助力を惜しむつもりはない。べつに嫌な役目だとも思っていないしな」


「ありがとう。でも、もうすぐ夏休みだし、これほど毎日レド達と顔を合わせることもなくなりそうだけどね」


 弁当の包みをたたむと、フィーザー達は席を立ち、教室へと戻った。





 知識の方では驚異的な吸収率を見せつつも、未だクラスメイト達に一歩遅れる感のあるフィーナだったが、実技に関してはそのような心配はまるでいらなかった。

 フィーナが転入してくるまでは、魔法学科の男女の双璧はフィーザーとセレスティアだった。二人とも、同世代の中では頭一つ出た魔法力、そして魔力を誇っていた。

 しかし、フィーナは、魔力に関して、その二人とも一線を画していた。

 魔法を扱うものにとって、大気中に溢れる魔素を吸収、加工して、体内に蓄え、魔力として扱うということは常識以前の前提として存在しているのだが、ゆえに、その魔素の加工、いわゆる魔力変換効率というものに縛られる。

 フィーザーやセレスティアでもその効率は精々、調子のいい時で7割(これでも十分驚異的なのだが)、しかしフィーナは、あくまで測定されたデータに過ぎないが、実に9割超、10割に近い数値を誇るという、驚異的な魔力変換資質を持っていた。

 つまり、大気中から取り入れた魔素のほとんどを無駄なく、余すことなく使用できるので、魔力不足に陥ることがないのである。

 もちろん、魔力量だけでは実力を測ることは出来ない。実際に使用できてこそ、と考えるのならば、フィーナの技術は素人同然ではあったが、転入してきたばかりで、今まで全くこういった教育機関に通っていなかったのだということを考えると、生徒だけではなく、教員までもがはしゃぐのは仕方のないことかもしれなかった。


「是非、魔法チアリーディング部へ!」


「いやいや、うちの魔法球技部へ!」


 部の名前に接頭語のようについている魔法というのは、何ということはない。サンクトリア学院の中で魔法学部は最大の人数を誇るが、他の全学部、例えば体育学部や工学部、音楽部などを足した人数とは比較にもならない。つまり、魔法を利用した活動に参加する人数は、他の魔法を使用しない部と比べて人数が圧倒的に少ないのである。

 人数が少なければ、当然使用できる部費も少ない。学院の予算は無限ではなく有限なのだ。

 大陸の方の学校とは、時々、交流試合も行われる。また、ヴィストラントに限っても、学外に同じ競技を嗜む卒業生などもいるのだ。

 その成績によって、もしくは学内の活動によって部費が振り分けられるとなれば、優秀な人材が引く手数多なのは当然とも言えた。

 もちろん、フィーザーも入学したころにはうるさく勧誘されてもいたのだが、当時5歳のフローラを出来るだけ一人にはしたくなかったという理由から今まで何となく断り続けていた。


「でも、トワイライトさんとユースグラム君はいつも一緒にいるみたいだし、あわよくばフローラさんも一緒に入ってくれないかなー‥‥‥なんて」


 二兎どころか彼ら彼女らの野望はもっと大きかったらしい。


「うちは両親が大陸の方に出ているし、フローラだけに家事をさせるわけにはいかないから」


 フローラに聞いても同じように答えることだろう。

 決して彼らが面倒くさがりだというわけではない。


「‥‥‥フィーザーがやらないなら」


 とびきり有望な新入生の勧誘に失敗した生徒たちは、がっくりと肩を落とした。


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