17話
警備員に連れて行かれたユイットの事情聴取は結局夕方まで続いた。
結界を張って周りに被害が出ないよう、気付かれないようにしていても、監視カメラの映像、音声ログまでは誤魔化すことが出来なかったようだった。
フィーザーとフィーナは状況検分から巻き込まれた側だということは理解してもらえたが、当事者ということでやはり同じ時間だけ拘束された。
軽くとはいえ怪我もしていたし、何よりフロアのあの状況だ。即座に修理がなされたとはいえ、一時的にとはいえ、ひび割れ、所々崩れたりもしていたんだ。ただの喧嘩で済ませることは難しかった。
結局、フィーザー達が解放されたのは夕方近くなってからだった。
「それでこんなに遅くなったの?」
端末にはフローラからの着信履歴が、そしてメールが何件も残っていた。
フィーザー達が事情聴取されている間にも、すでにネットやニュースでも、謎の爆発? 買い物客を狙ったテロ? などと騒ぎになっていたようで、そのテロップでも見たのだろう。帰り着くなり、心配され、詳しい話を聞きたがられた。
「ごめん。でも、ちゃんとフィーナとはこうして一緒に戻って来られたから」
話を済ませ、一応フローラを落ち着かせることは出来た。しかし、こうも毎日のように、休日までもフィーナを狙う輩に付け回されていたのでは、フィーナの精神や疲労が心配だった。
隣で椅子に座っているフィーナを見ても特に疲労の色は見受けられない。しかし、この短期間に厄介ごとが立て続けに起こり、それも全て自分を狙って来ているのだから、精神的にはかなり参っているのではないだろうか? それが表層に現れて見えないだけで。
大丈夫かと尋ねても、フィーナはきっと首を縦に振るだけだろう。フィーザーたちに心配や迷惑をかけたくないと思っていることは今更確認せずとも知っている。
では一体、自分はこの少女に何をしてあげられるのだろう?
知り合いもおらず、両親の事も分からない。独りぼっちのこの街、この国で、自分自身にもよく分からない理由で知らない他人に狙われる。それもおそらく、一度は逃げ出してきたところの人たちからだ。
自分と同年代か、もしくはそれよりも幼く見える少女にはとてもつらいことだろう。
そう思ってフィーザーが顔を横に向けると、同じくソファーに座った、心配そうに顔を歪めた少女と目が合った。
「大丈夫だよ。色々考えていたら少し頭がパンクしそうになっただけだよ」
自分が心配させてどうする。
フィーザーは、今日の戦いの結果、治癒させたとはいえ、自分が傷ついてしまったことに、フィーナが心を痛めていることを、知らないふりをするような少年ではなかった。そんな、他人の気持ちを見て見ぬふりなど出来ようはずもなかった。
フィーナの瞳をまっすぐに見つめ、安心させるように手を握る。もう片方の手で優しく髪を撫でた。
「結局、手に入ったのは『鍵』のわずかな情報だけか」
当事者として、被害者として、フィーザー達にもユイットの事情聴取の結果を知る権利は与えられた。
勝負の前の口約束ではあったが、敗者としての矜持か、ある程度のところまでは語って貰えた。
「私は所詮組織の手駒の一つに過ぎません。知っているのは、その少女こそ、我々人類にとっての進展の鍵となるのだというただそれだけの事です」
それ以上は本当に知らないらしく、いくら尋ねても何も出てこなかった。もちろん、敗者として以上に、忠誠心が高く、話さなかったっだけかもしれないが。
「知りたければ彼らの上司に直接聞けってことかな。しかし、詳しく知らないことに、よくもまあ参加なんてしているよね」
今日の襲撃の事は、一応ディオスやレド達にもメールで伝えておいた。
彼らが気にしないと言ってくれても、巻き込んでしまった責任はあるし、前回までに一緒にいた彼らがこれから先に襲われないという保証はない。情報の共有は重要な事だった。
説明してしまっていた以上、後から知られた場合に、何故知らせなかったと言われるのを回避するためでもある。
「考えても答えは出ないか‥‥‥」
無論、疑問はいくつもある。
上司がいるような組織であるならば、もっと大勢で押し寄せてくればいい。人数の差というのは、ある程度実力が拮抗している同士ならば、圧倒的な差になり得る。考えられるのは、彼らがそれほど大人数ではない、少数精鋭の集団かもしくは自分の実力に自信を持つ、もっと言えばプライドの高い連中が集まっているということだ。
来ない、というのが一番であることに代わりはないが、一斉に来られないのはフィーザー達にとってもありがたい。そもそも、の問題を除けば、助かっていることには違いなかった。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、フィーナは僕が守る」
フィーザーがそう言うと、フィーナは泣きそうな顔をしながら顔を伏せてしまった。
それから、フローラが運んできた夕食を一緒に食べる間も、フィーナはずっと無言だった。
夕食を終え、翌日の準備を済ませると、フィーザーはすぐにベッドに倒れ込み、そのまま眠りについた。やはり疲れていたのだろう。フィーザーといえど、超人ではなく、一介の学生に過ぎないのだから。
部屋の明かりが消えてしばらく、出入り口の扉が音を立てずに開き、月の光が差す部屋に、一つの影が浮かび上がる。
「‥‥‥」
フィーナはフィーザーが寝ている、規則正しく上下する布団のかけられたベッドの傍らに膝をつき、その手を握って、じっとその横顔を見つめていた。
今日も自分は何もできなかった。
数日前に逃げ出したこと、それ自体には後悔はない。彼らの言う「鍵」の意味など分からなかったし、それ以前のことはほとんど覚えていなかった。
彼らからは嫌な感じのオーラが出ている。目を合わせずとも分かる、自身に対する明確な害意だ。
狙われているのは自分だというのに、戦いに慣れていないフィーナには、フィーザーを助けるどころか、今のところ足枷にしかなってはいなかった。
やはり、フィーザーに助けを求めてしまったことは間違いだったのではないだろうか。
フィーザーやフローラは暖かく迎え入れてくれたし、通わせてもらっている学院でも皆受け入れてくれた。
しかし、自分のそんなささやかな思いのために、この兄妹、それに彼らの友人たちを巻き込んでしまっていた。
だからといって、挨拶もせず、勝手にいなくなるような、そんな信頼を裏切るような行動はとれない、でもどうしたらいいのかは分からなかった。
「フィーザー‥‥‥。私も‥‥‥自分で‥‥‥」
決心したような、決意を込めた瞳でつぶやく。
そしてフィーナはフィーザーの部屋をあとにした。




