14話
「どうせなら、あっちの方も持って来い」
「無茶言うなよ」
端末を買いに行き、未知のオブジェクトと交戦した翌日、フィーザーは学院の工学部を訪れていた。
制服の代わりに白衣やら作業服やらを着込んだ生徒が、机やパソコンに向かっていたり、なんだかよく理解できない工具や機材を運んでいたり、フィーザー達がいる部屋の外からは機械的な音も響いてきている。
昨日回収した小型の物体を渡したところ、いつもと変わらない表情のディオスから無茶な注文を付けられた。
「あんなもの運べるわけないだろう。それに、フィーナについてきたそれと違って、あっちは警備が持って行ったよ。知っているだろう?」
昨晩のニュースや今朝のニュースでも報道されていて、ディオスが知らないはずもなかった。
フィーザー達が、それからショッピングモールの警備員が交戦した例のオブジェクトは、少し抵抗を見せたそうだが、無事に鹵獲されたらしく、現在、中央管理局にある最新技術センターにて解析作業が行われているらしい。あの場にいたというだけでは直接見にいくのにも理由は弱いだろう。
もちろん、あれの解体、解析現場を見せて貰うことが出来れば、フィーナを狙っている彼らの情報が、もしかしたら手に入るかもしれない。
しかし、工学部でもないフィーザーが見学したいなどといっても難しいだろうし、技術的なことに関してはわかる気もしていなかった。
「ディオス達なら見れば少しは何かの役に立ったりするの?」
「知らん。先日の奴らの手先だというのならば多少興味もあるかもしれんが、今の段階ではそこまで行くような暇もない」
工学部の実習ということにすれば可能だろうが、少なくとも今は見にいくつもりはないとのことだった。
「それで、こっちの方の解析は頼めるかな?」
ディオスはフィーザーが取り出したものをつまみ上げると、一瞥してつまらなそうにため息をついた。正確には、ため息をつく仕草をした。
「解析も何も、一目で分かるだろう。これは発信器だ。ここまで小型なのは驚くべきことだが、そのもの自体にはそれほど驚くことでもない」
壊れていても、それも一目で分かるものなのか。それとも、ディオスの機能によるものなのか。
感心していたフィーザーだったが、不穏な単語を聞き、多少の驚きを見せた。
「発信器だって?」
「ああ。端末の位置情報取得サービスなんかにも使用されている技術だ。おそらく、昨日お前たちが遭遇したやつに取り付けられでもしたんじゃないのか」
偶然ではあるが、途中で気づいてよかった。フィーザーは胸を撫で下ろした。
気づかずに家まで持ち込んでいたら、こちらの自宅を特定された挙句、早ければ昨晩にでも襲撃されていたかもしれない。
「とにかく、出来るだけ目を離さないことだ。プライバシーなど守る気もない連中だ。いつ、どこでまた襲われても不思議はない」
ウェインと名乗った男はエリスが来たことで戦いを中断したが、フィーナを狙っている連中も一枚岩ではないという事か。人目も気にせず、強引な手段に出る奴らも現れるかもしれない。
しかし、同じことはディオス達にも言えるのではないだろうか?
たしかに、連中はフィーナを狙って来ている。しかし、フィーナだけではなく、フローラやセレスティアにも発信器を取り付けたということは、少なくとも今の段階ではどこに身を寄せているのかは分かっておらず、近くにいる女性に手あたり次第ということなのではないだろうか。
さすがにそこまで節操もなくとは思いたくはなかったが、楽観できる状況ではないことはフィーザーにも分かっていたし、備えておく、ということが分かっているだけでも、何の脈絡もなく、唐突に仕掛けてこられるよりはまだマシだ。
「それは勿論俺だって承知している。しかし、先日の件も合わせると、両方の現場に居合わせたお前達が一番疑われているだろうことは明白だ。なぜ、ここに一緒に連れてこなかったんだ?」
「そうだね‥‥‥。フィーナの事なんだし、連れてくるべきだった」
フィーナはきっと今頃、クラスメイトと昼食を一緒にしている頃だろう。
昨日の今日でも、フローラはちゃんとお弁当まで用意してくれていたし、いつも自分とばかり一緒にいてはきっと良くないのではないだろうかと思っていたが。
「でも、学院にいる間は皆の目も、先生方の目もあるわけだし、僕だけと一緒にいるよりは、大勢の中にいた方が良いんじゃないかな」
フィーザーは自身の成績について自慢したり、鼻にかけたりするような性格ではなかったが、自身が少なくともサンクトリア学院の5年生で同学部内の代表、顔のようなものであることは自覚していた。
学院は6年制で、まだ上には上がたくさんいるのだとしても、少なくとも5年生の中では皆の戦闘を走っているのだということも。
しかし、それでも思い上がっているわけではない。
自分一人で何でも解決できるなどと傲慢な考えは持ち合わせてはいなかったし、総合的に1位なのだとしても、それぞれの得意分野では常に一番をとれるとは限らないということも。
「お前がそう思うのは勝手だがな。‥‥‥まあ、いい」
話は終わりだとばかりに背を向けたディオスにもう一度お礼を告げ、工学部ですれ違う他の生徒に挨拶をしながら、フィーザーは教室へと戻った。
教室へ戻ると、フィーザーの机の隣では、席に着いているフィーナとセレスティアが話に花を咲かせていた。
「フィーザー」
フィーザーが入ってきたことに気がつくと、それまでよりも顔を綻ばせたフィーナが小さく手を振っている。
フィーナが転入してきてまだまだ日は浅かったが、すでにクラスメイト達には受け入れられていたし、他のクラスメイトと会話することも珍しくなかったが、今日はセレスティアしかその場所にはいなかった。
(転入する前はどうなるか少し心配もしていたけれど、楽しそうで良かった)
フィーナの様子に大丈夫そうだと思ったフィーザーが一人で頷いていると、セレスティアからじとっとした視線が向けられた。
「何かな、フェイリスさん」
「ユースグラム君、何処へ行っていたのよ。フィーナが大分寂しそうにしていたわよ」
セレスティアに言われて、フィーザーがフィーナの方を向くと、フィーナは少し頬を赤らめながら抗議するような視線をセレスティアへと向けていた。
「セレス」
どうやら二人は大分打ち解けているみたいだった。その様子にフィーザーは安心したように胸を撫で下ろした。
「聞いているの? いい? 今度からはフィーナをほったらかしにしないで、ちゃんとみていてあげて。昨日みたいなことにならないとも限らないんだから」
ディオスに言われた事とほとんど同じだったが、声を潜めて告げられた最後の一言に、フィーザーは真剣な顔で頷いた。セレスティアが自分たちの事を心配して言ってくれているのだということは明白だったからだ。
「勿論」
だからフィーザーは間髪入れずにそう答えた。
「良かったわね、フィーナ。ユースグラム君が守ってくれるそうよ」
セレスティアがそうからかうと、フィーナはまた少し頬を赤らめた。




