13話
あのオブジェクトがフィーナを狙って来ている連中の差し金なのだとしたら、この場に留まっているのはまずい。幸いなことに、未だ被害らしい被害は出てはいないようだが、先日の例がある通り、このままずっと大人しくしていてくれるとは考えられない。むしろ、その逆だろう。
下手に動くわけにはいかないが、迷っている時間は惜しい。いつまでもあれが大人しくしているという保証はないのだ。
平日の夕方らしく買い物客はそれほど多くはないが、ざっと見回しただけでも数十人は今の現場を端末の動画に収め、ネット上にアップしている。ライブ配信なのだから、万が一、興味を持って見に来ようなどという人が出ると、人が溢れることになり、彼らの危険も、もちろん自分たちの危険も増す。
「良かった。すぐにこの場を離れよう」
昨日も制服だったのだから、彼らに常識がないのだとしたら、学院にも襲撃者は訪れているはずである。つまり、少なくとも今はまだそこまでするつもりがないということだ。もちろん、何らかの理由で出来なかったなどということも考えられるが。
フローラとフィーナが頷くのを見て、フィーザーは二人の手を握ると、人混みをかき分けるようにしながら出口へと向かった。
「何があったの、お兄ちゃん」
ショッピングモールから離れ、とりあえず安心できるであろう自宅へ向かうリニアカーへ乗り込み、行き先を設定し終えたところでフローラがようやく口を開いた。
何も聞かずについてきてくれた辺り、兄を信頼してはいるのだろうが、それとは別に、何が起こっているのかは気になるのだろう。
「それならもうネットに上がっていると思うよ」
フィーザーにも見当が全くつかないわけではなかったが、口頭で説明するよりも、やはり視覚での情報の方が説得力も増すだろう。
通信端末を起動して動画を発見したフローラは、しばらくの間、横から覗くフィーナと一緒にその動画を眺めていた。
「もう収束しているみたいだけど‥‥‥」
フローラの顔がフィーナと動画を往復し、フィーザーの顔で固定される。
「うん、偶然だとは思いたいけれどね」
もし、こちらの居所を特定できるのだとしたら、学院はともかく、いくら情報系の魔法に対する防御的な魔法が個人宅にはかけられていると言っても、自宅には襲撃してこないとも限らない。いや、むしろ襲撃してくるはずだ。つまり、希望的ではあるが、彼らにもこちらの居場所を確実に特定出来はしないのだ。
「あの‥‥‥」
開きかけ、何か言おうとしたフィーナの小さく綺麗な唇に、フローラの人差し指が当てられる。
「だーめ。自分のせいで迷惑がかかっているのなら、やっぱり出て行くとか言い出す気だったんでしょう?」
フィーナは驚いたように真っ赤な両目を見開くと、何も言い返さずに、言い返すことが出来ずに口を噤んでしまった。
「もうフィーナは家の子なんだから。年齢的にはお姉ちゃんかもしれないけど、妹を持ったような気分だよ。だから、私やお兄ちゃんの許可を貰わずに、勝手にどこかへ一人で消えちゃったらダメなんだからね」
そこまで言って、フィーナに抱き着いたフローラは、瞳をぱちくりとしながら、フィーナの襟首から何かを抜き取った。
「何これ?」
フローラは手に取った小さく黒いそれをフィーザーに渡すと、自身の襟首を確認する。
「私にはついてない」
フィーナに目を向けると、やはり覚えはないらしく、首を横に振っていた。
「他にはないよね」
とりあえずリニアカーから降りた3人は、乗り場にある更衣室へと入った。
先にチェックを済ませたフィーザーが、先程の物を壊して、正面の柵に腰かけて待っていると、しばらく経ってからようやくフローラとフィーナが戻ってきた。
「僕の方はなかったけど、二人は?」
フィーザーが尋ねると、フローラはすでに壊れている同じような黒く小さな物体を一つポケットから取り出して見せた。
「フィーナにはもうなかったけど、私の制服に張り付いてた」
明日学院に持って行って、工学部辺りにでも解析を頼んでみるか。
もしかしたら、巻き込むことになってしまうかもしれないが、未知を未知のままにしておくことは出来ない。フィーザー達にはそれが何かわからないのだから、詳しそうな人、専門分野の人たちに尋ねるのが正解だろう。
そう思って、それらをフローラが持っていたハンカチに包み、鞄にしまう。
「ストーカーか何かかな。フィーナはビックリするほど可愛いから」
それだったらいくらかましなんだけどね、そう思ったフィーザーだったが、いたずらにフィーナやフローラを不安にしたくはなかったし、そうかもしれないね、と曖昧に同意するだけに留めておいた。
「じゃあ、フィーナ、さっきの端末貸して」
フローラが差し出した手に、フィーナは購入したばかりの端末を預ける。
「使い方は‥‥‥、後で教えるけど、最初に」
そう言うと、フローラはフィーザーの方にも手を差し出して、フィーザーも自分の端末を取り出す。
「これで‥‥‥、っと、これでお兄ちゃんと私には連絡出来るから」
「‥‥‥ありがとう、ございます、フローラ」
フィーナは大事そうに端末を見つめると、嬉しそうに微笑んだ。
「気づかれたか」
その頃、とある薄暗い施設では、眼鏡をかけた優男風の人物がモニターから消えた反応を見て舌打ちを漏らしていた。
先日、ショッピングモールで遭遇したという報告からそこで張っていて、運良く発見し、発信器を取り付けることが出来たまでは良かったのだが、発信器からの位置情報が一つの場所に落ち着く前に気付かれて、無力化されてしまったらしい。
「失礼します」
背もたれに寄りかかたところで、部屋の扉が開かれて、室内だというのに暑そうな長いコートを着た人物が入って来る。
「レヴァンティンか」
部下、いや、同志はいるが、この部屋に入って来る者はこのレヴァンティンだけだ。
頭部をヘルメットのようなもので覆っているレヴァンティンは、顔を動かしてモニターを見つめた。
「首尾はあまりよろしくなかったようですね」
「ああ。しかし、方向は掴むことが出来た」
移動速度から、おそらくリニアカーには乗っていたのだろう。奴らが途中で気づき、関係のない場所で止めたのだとしても、大体の方向は推測できる。
「では、そちらの方を調べてみますか」
「‥‥‥そうだな。だが、くれぐれも」
「心得ております、セレヴィム教授」
他の奴らに気付かれてはならない。あの少女は、あくまでも自分たちが手に入れるのだ。せっかく、掴んだ情報を漏らすようなことはしない。彼らとは、一応、同盟を組んではいるが、そんなものは表面上の不可侵条約でしかないことは何処の組織もわかっている。
「ならばいい。できれば生きている方が望ましいが」
了承しました、と頭を下げたレヴァンティンは、元来た方へと踵を返した。




