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雨の日

二人が出会ったのは、四月の雨の日だった。

 

その時、綾近千丸は、ついさっき隣に座ったその存在をひたすら脳みそに焼き付けていた。


綺麗にそろえられた黒髪をツインテールにした童顔の女子高生。

千丸はこの人の存在を元から知っていた。しかしこんなに至近距離で見るのは初めてだった。

艶やかでこちらにまでマイナスイオンが漂ってきそうな髪、見ただけで感触が想像できそうなほど綺麗な肌、紫陽花の花びらを宝石にしたような瞳、長い濡れたであろうにも関わらずかすかにいい匂いが鼻をかすめる。

スタイルもいい、白くてスラリとした足、綺麗に切りそろえられた爪に細長くて形の良い手、全体的に小柄なのにも関わらず人並み以上巨乳以下といった調度いいサイズの美乳。バス停だというのに姿勢も良い。

完結にいうと。その人は話すだけで浄化されて消えてしまいそうな程の美人だった。

紫陽花色の宝石がすいっとこちらに動いた。

「・・・何じろじろ見てんの」

自分が初対面の人間に対してはあまりにも近い距離にいることに気づき、まずいと思うと同時に、その透き通った美しい声をもっと聞きたいという感情までもがわきあがってきた

いや、まて、自分、それより、その美しい瞳は明らかに私を不審な人物として映している。あなたの事は見ていませんとはとても言い訳しにくい距離だ。

よし、正直に話そう。千丸はそう決めて簡潔に行った。

「あなたが美しすぎて一目惚れしてしまいました」

思った以上にスラスラと言葉がでてきて、千丸は自分でも驚いた。そして、もちろん美しい女性はその数倍は驚いていた。

一瞬二人の空間だけ時が止まったようだった。

女性は、警戒心むき出しの表情のまま固まってから、千丸から顔ごと目を反らした。

そして、その一瞬にうっすら頬を赤くしていたのを千丸は見逃さなかった。

「はぁ!?いきなりなんだい君は!」

かわいすぎる!かわいすぎる!!かわいすぎる!!!

この一連の動作で千丸の心臓は矢につらぬかれた。

思った以上に反応を示してくれたのをいいことに、これは押すしかない!と千丸は謎の使命感に駆られ、会話をつづけた。

「すいませんっす。」

「バカにしてるの?」

あまりすいませんと思っていないのがバレたのか、女性は顔を下に向けたまま不機嫌そうに言った。

「まさか!正直な事を言っただけっす。意外と初々しい反応するんすね。かわいいっす。」

「初めてに決まってるじゃん!!初対面の女子高生にいきなりそんな事言われるの」

「ふふ、お姉さんの初めて奪っちゃったっす」

「気持ちの悪い言い方しないで」

そう言いながら女性はゆっくりと顔をあげた。眉が下がった完全に困り顔だ。自分の予想外の行動しかしない謎の少女にどうすればいいか戸惑っている顔だ。

「顔を上げてくれてよかった。せっかくかわいらしいお顔が見れないなんて勿体ないっす」

「からかってるの?」

「口説いてるんす」

美女は手を額にあてた

「なんなの君」

「ごくごく普通の女の子っす。」

「ごくごく普通の女の子は無表情で初対面の女の子を口説かないよ」

「無表情だなんてとんでもないっす。自分はあなたと会えて、今、最高にテンションが高いです」

「嘘くさ」

お姉さんは鼻で笑いつつも、千丸の返事を愉快に感じてきたようだった。

ごちそうさまです。その表情だけでごはん5杯食えるっす。心の中で千丸は礼をいい、アタックを続けた。

「こんな美人を前に嘘付けるわけないじゃないっすか」

「よくそんな歯に浮くような言葉が次から次へと出てくるね羨ましいよ」

「光栄っす」

これだけ押せば冗談じゃないとわかってくれたのだろうか?美女はうっすら頬を染め困ったようにその頬を自分の指で突っついていた。よくわからない仕草だがやはりかわいい、国宝級。心の中まででも賛辞をならべ続けていた。

「・・・なんなの?君、もしかして本当に・・・」

「はい。私はあなたに一目惚れをしてしまいました。Likeでもrespectでもありませんloveっす。」

羞恥に耐えるように唇を噛んだお姉さんを見て、千丸は心の中で悶える。

「君は、その、えっと、」

一生懸命言葉を選んでいるが言いたい事は千丸もよくわかった。

「はい。私はレズビアンっす。」

「・・・」

お姉さんは反応に困っているようだった。困らせるつもりはほとんどなかったんすけどねぇ・・・やっぱりひかれたんすかね。順序を間違えたかもしれない。

「ひいたっすか?」

自分で言ったその言葉が引き金になって千丸の口からは次々と言葉が口から流れ出た。

「まぁ、恋愛対象に同性なんて気持ち悪いっすよね。しかもその対象が自分だなんて。すいませんっす不快な思いさせて、忘れてくれて」

「ちょっと一回黙りなさい」

千丸の口から羅列された自虐は、お姉さんの細くて白くて冷たい指によって強制終了された。唇に残る冷たい指の感触をちゃっかりと味わいながら、千丸はお姉さんの方をみた。

「散々ボクを褒めておいて、なんでそんなに自分を貶めるの?愛の形なんて自由だろう?」

そんな事を言われたのは初めてだった。

大抵の人は気持ち悪がったり、ネタにするだけだった。少なくとも千丸に不快な気分をさせない返答は初めてだった。

「ボクの知り合いの男なんてね、高校生の癖にリアルに女を毎日とっかえひっかえしてるし」

「毎日っすか」

「毎日だね。」

そんな人実在するんだなぁ羨ましい、死んでほしい。

「そんなのに比べたら君の方がよっぽど誠実でまっすぐだよ。まぁ、そんな不誠実な男に恋したボクが言えた事ではないけどね」

「え」

一番最後に衝撃的な言葉が聞こえた。お姉さんは最早答えを物語ってしまっている程かわいらしいはにかんだ笑みを浮かべた。

「そ、ボクその人のこと好きなんだ。Loveの意味でね。だからごめんね。君の気持ちには答えらえないよ」

柔らかく落ち着いた口調だっただけに、千丸は妙に諭された気持ちでいた。

元より、okなんて答えを期待していなかったせいか、彼女のかわいらしい笑みのせいかたった5分の短い恋が終了した事にはそこまでショックを受けていなかった。

「・・・随分と険しい恋をしてるんすねお姉さん」

「ははっ君もたった今失恋したじゃん」

「あきらめてないっす」

「強気だね。じゃあ、あの人の事忘れさせてよ。」

「思ってもない事は言うもんじゃないっすよ。〝あの人゛の話をする時、私と話してた中で一番かわいかったっす。恋する瞳だったっす。」

「バレた?ボクその人にぞっこんなんだ」

そう言ってはにかんだお姉さんはもう「かわいい」なんて言葉じゃ足りない、千丸の脳内のどこを探しても彼女にあてはまる言葉が見つからなかった。

「だからボクの事はあきらめたほうがいいよ。」

目を細めてお姉さんが言った時、バスが水しぶきをとばしながら止まった。

「一目惚れなんて勘違いだよ」

そう言って上品に立ち上がった。

「いえ。」

千丸ははっきりと答えた

「今確信しました。勘違いどころか、あなたの事をさらに好きになりました。」

迷いなくハキハキと話した。お姉さんは元から円らな目をさらにまんまるにして振り向いた。

「見返り美人のお姉さん。せめてお名前を教えてほしいっす」

「からかってるの?」

「口説いてるんす」

お姉さんは呆れた笑みを浮かべてから、幼さのなかにもどこか気品を感じさせる独特の声と話し方で言った。

「七倉 雅」

お姉さん、もとい七倉雅と千丸を遮るようにバスのドアが閉まって。すぐにバスは去って行った。

その名が偽名か本名かはわからない。しかし、私はたった五分間のこの出来事を一生忘れないだろう。そんな確信がある。

千丸がバスに乗り遅れた事に気づいたのは、その五分間の奇跡をかみしめ終わった20分後の事だった



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