8 星宮さんは 切り返す
「今度こそ」
放課後、アキラはまた星宮さんを尾行していた。
尾行以外の手を考えはしたが、それ以外に彼女の裏の顔を見破る方法を思いつかなかった。学校内での行動は全て誰かの視線にさらされており、その程度で暴かれる裏の顔なら既に知れ渡っているだろう。やはり一人の時を観察して見つけるしかないとアキラは結論付けていた。
彼女が休みの日をどう過ごしているかを見るためには、まず家を特定してからではないと話にならない。まずは尾行を成功させることが成功への第一歩になるのだ。
「この前はここで」
前回星宮さんに後ろを取られた場所にやってきた。二度目の道だったからか、前回よりあまり時間が経ったように感じなかった。時計を確認したくなるが、前回の尾行はそこで目を離した間に後ろに回られていたので、じっと彼女の後姿を注視する。
彼女が曲がり角を曲がったのを確認して、距離をつめる。あくまで自然に、しかし見逃さないように早歩きで迫り、次の壁に背中をつけた。
再び彼女の動向を見定めるために、顔だけをこっそり出す。
「ばあ」
「うわあ!」
壁から顔を出したアキラの目の前に顔が飛び出してきた。勢いこそなかったものの予想していなかったものの登場に、驚いてアキラはまたも尻餅をつく。
不意打ちは予想できなかったが今回は顔を見ずとも、相手は予想できた。
「星宮さん」
「うん。吃驚した?」
「びっくりしたよ」
「はい」
星宮さんから差し出された手と顔を交互に見やり、アキラは気まずそうに笑って星宮さんの手を握る。彼女の引っ張る勢いに合わせて立ち上がり、少しよろけて、二人で笑った。
「また散歩?」
「うん、そうなんだ。ここいい散歩コースだよね」
「嘘。散歩するなら河川敷とか、ちゃんとした散歩コースあるもん。散歩でわざわざこんな遠い所までこないよ、普通」
にっこりと笑った後、彼女はアキラを見つめ、口を開く。
「私に用があるんだよね? 言ってみて。私そういうの気になるからさ」
咎めるような口調ではなかった。むしろ言葉から不安と好奇心がまざったようなものをアキラは感じ取った。嘘でとりつくろうと思考をめぐらすが、この場面でうまく思考が回る程アキラの脳味噌の性能はよくない。正直に吐露するほかないだろう。
「星宮さんはさ」
口走り、躊躇う。だが、ここまで後戻りするほうがもっと躊躇われた。直接聞いたほうが、何かとすっきりするはずだ。
「星宮さんは、彼氏いるの?」
しかしストレートには聞けず、直前で急ブレーキをかけて方向転換をしてしまう。本来聞きたかったことと、ずれた質問だった。
「えっと、いないよ?」
下から覗き込むような可愛らしい仕草で彼女は首を傾げる。
「それだけかな?」
期待するような、面白がるような、物足りないと思ってるような。彼女の仕草、言葉にあらゆる意味合いを感じて、アキラは彼女の真意が読み取れなかった。
だが、ここまできたら、いくしかない。
「星宮さんは、何かみんなに隠してることってないの?」
「あるよ」
答えは簡単に返ってきた。歌うように軽く、そして彼女は頬を緩める。
「だって、生きてるから。生きてると、いつの間にか奥底に隠してしまっていた、なんて珍しい話じゃないと思うよ。全てを曝け出して生きることなんて出来ないし、全てを受け入れてくれる人もいない。見せず、見られなかった部分が自然と隠れているなんて、割とある話じゃないかな?」
「そう、かな」
壮大で抽象的な話で返され、アキラは返事に戸惑う。はぐらかされているのがわかるため、今後どう言葉をつなげればいいのか判断がつかなかった。
「そうだよ。誰にでも秘密はあって、大事そうだけど大したことないものばかりなんだよ、きっと」
「大したことない、のかな」
「うん」
この機会を逃すわけにはいかない、とアキラは身を乗り出す。
「それじゃあさ」
「うん」
「星宮さんの秘密、教えてくれないかな?」
「えっ?」
「だって、大したことない、んだよね?」
星宮さんは目をぱちくりとさせ、驚いた様子を見せたかと思うと、ふっと口元を緩めた。
「あなたが教えてくれたら、いいよ」
「えっ?」
「教えて? あなたの秘密」
天使のような、または悪魔のような笑みで、彼女はアキラに問いかけた。