7 木村ケイは 受け流す
「星宮さんは、超能力者かもしれない」
翌朝、アキラはまたも机に上半身を任せたまま、口を開いた。
「おいおい。この前の話から何があったんだよ」
だるそうなアキラの声を拾い、木村が元気に返してきた。
夏の朝は毎回、この構図で始まる。アキラと木村は他に友達がいないわけではないが、大抵一緒に登校しているので、朝は自然と二人で会話するのが常になっていた。
「お前本当に尾行したわけ?」
「うん」
「バカだなー」
「うるさい。それしか方法が思い浮かばなかったんだから」
あの時の光景を思い返しながら、アキラは気持ちを紛らわすために顎を机に強く押し付ける。
「ホント、二人仲いいのねー」
木村よりも更に上から声が降ってきた。女の子の声だ。
「おはよう、平野さん」
「おはよう。木村くん、クロっち」
「おはよう」
「でも本当はさー」
平野さんは二人の横に歩いてきて、アキラと木村の顔を交互に見やった。アキラは上半身を起こし、その視線に相対し、身構えた。昨日のことについて、星宮さんから言われて何かをアキラに言いにきたのかと、頭を働かせる。
「二人、デキてたりして?」
しかし、予想斜め上の、不快な返答にアキラは片眉をつり上げた。
「そうなんだよ、平野さん。俺らデキてるんだよ」
木村は平野さんの言葉に乗り、アキラの肩に腕を回してきた。当然のごとく、その腕を払いのける。夏の暑さが生み出す灼熱地獄等の非ではない。
「やめてよ。気持ち悪いから」
アキラがあからさまな嫌悪で返したからか、平野さんはバツが悪そうにぎこちない笑みを浮かべる。
「ごめん。でも筋肉でガタイのいい木村くんと、ほっそりしてるクロっちはいい感じにデコボコで、割と良いコンビだと思うよ?」
「確かにねー。俺が勇者で、アキラが護られるか弱いお姫様って構図を想像してみると。うん、割りと似合ってる気がしなくもないな」
「似合ってないし、そもそも僕はお姫様じゃない」
言葉を即座に否定すると、木村はアキラの腕をひょいと軽く持ち上げた。
「なら、もっと力つけねーとな。これで勇者だったら序盤のスライムでも負けちゃうぜ」
「そーですか」
持ち上げられたアキラの腕に力を込め、木村の手から下へ逃れる。
「ふふっ」
漏れた笑い声に反応して、平野さんに顔を向けると、彼女は口元を押さえてアキラ達を眺めていた。アキラ達の視線に気づくと、平野さんは口元に当てていた手を離して、アキラの腕に手を置く。
「そうだね。クロっち、細すぎて見てるこっちが心配になるくらいだよ」
「そうかな」
「うん。出来ることなら私の余分な肉をわけてあげたいくらい」
置いていた手を離し、自身の腕に持っていった。平野さんは笑いながら二の腕をつまむ。そして、ひねった餅を捌くように、アキラのほうに架空の贅肉を投げた。
「そうだそうだ。ま、俺には余分な脂肪なんてない。あるのは純粋な」
そこで言葉を区切り、木村は両袖をまくる。立ち上がって顎を引き、両腕を肩より上方にあげて、ニッコリと白い歯を見せた。
「筋・肉! だけだ!」
言葉とともに腕を曲げ、ポーズをとった。本人の顔からは、格好が決まったような満足感がにじみ出ている。しかし、平野さんは反応に困って苦笑し、アキラはまたかと呆れるばかりだった。確かボディービルダーのポージングの一つで、ダブルバイセプスという名前だったと、アキラは散々見せ付けられてきた木村の格好を見ながら思い返す。
タイミングがいいのか悪いのか、木村がポージングを決めている教室に星宮さんが入ってきた。それに伴って、平野さんが星宮さんのところに向かう。平野さんが去るのを見送り、木村はポージングしたまま座って、風船がしぼむようにポージングを解いた。
「さーて。今日の数学の宿題やったか、アキラ?」
「やったよ」
「そりゃあ良かった。おっとそういえば、星宮さんが超能力者? だとか言ってたな」
「言ったね、確かに」
木村が可哀想になってきたわけでもなかったが、相槌を打って話題転換を手伝う。そもそものアキラが話していた話題に戻ってきた。
「どう考えたらそうなるんだよ」
「ぶっとんでるように聞こえるかもしれないけど、そうとしか考えられないんだよ」
「そりゃあねえだろ」
「そりゃあ、あるんだよ。だってそうとしか説明がつかないんだって」
昨日の星宮さんの仕草や笑顔が瞬間的に頭に流れる。そして、星宮さんがいつの間にか背後にいたシーンが浮かんだ。
「なんだ。スプーンを曲げてくれてでもしたのか」
木村は仮想のスプーンを持ち上げ、力技で曲げる仕草をしてみせる、。
「違うよ。そんな小手先のものじゃなくて」
アキラは昨日起こった出来事について、一部始終を木村に伝えた。
木村はそれを聞き終えた後腕を組み、目を閉じて考え込む姿勢をとる。だがいくら考えている風に見えても中身は筋肉馬鹿の木村のままなので、思考力は変わらない。手のひらを拳で叩いて木村は目を開いた。
「何かトリックを使ったんだ。こう時間差とか入れ替わりとか、ミステリーでよくあるだろ?」
「そうだね」
適当に返事を返して、会話を終わらせた。
やはり、木村は木村にしか過ぎなかった。
「全ては筋肉のためにある」を合言葉に、脳への栄養すら筋肉に回してそうな男に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。
自分の力で突き止めなければ、とアキラは再び心に決めた。
絶対に、彼女の裏の顔を引きずり出してみせる。