5 黒木アキラは 恋をする
アキラは隠れつつ、彼女を見失わないように、後を追い続ける。人を尾行するのは小学校の時以来だったので上手くできるか不安な所はあったが、どうにか成功しているようだ。ごっこ遊びの経験もたまには役に立つものだ。彼女はアキラに気づかず楽しげに鼻歌を歌いながら、前を歩いている。
「やっぱりかわいいな」
星宮さんの揺れる後ろ髪を眺めながらぼやく。
星宮さんは黒髪のショートカットにウェーブをかけていて、身長は百六十弱、愛らしいという表現が似合う背格好だ。後姿を見ているだけで、アキラのいる所までいい匂いが伝わってきそうだと思ってしまう。真正面から見れば目鼻が整い小さな唇で笑う顔が、後姿の何倍も可愛らしい姿が待っているのだろう。けれど前に出てしまっては尾行が出来ないのだから、諦めるしかない。
アキラは自他共に認める面食いである。顔さえ良ければいいというわけではないが、まずは顔が第一であるというのがアキラの考だった。星宮さんはアキラが出会ってきた、見てきた人の中で一番可愛らしく、近しい女の子だった。
アキラの中で星宮さんの存在は高校入学直後に脳内顔ランキング一位に即座に入り込み、その後順位は揺らいだことは無い。現実の女の子を諦めてからアイドルに入れ込むようになったアキラだったが、アイドルの女の子の容姿でも彼女に敵いはしなかった。
アイドルはあくまで、偶像にしかすぎない。
アキラにとってアイドルは現実に生きる人間ではなくて、偶像そのものとして存在しているのだ。アイドルとして生み出される全てが表で現実であり、アイドルを演じる人間の裏事情とは乖離されている。どんなにスキャンダルの記事やニュースが世にでたとしても、演じる人間の傷がつくだけで、アイドルとして表現したことは消えうせない。だから、アイドルは信じても傷つくことはない。
しかし、星宮さんは意思を持って生きている。フィルターを通して幻想を魅せ続けてくれるアイドルではない。いつアキラの期待を裏切るか、わからないのだ。
勿論信頼関係ではなくて、勝手な自分の期待への裏切りのことであるとアキラ自身は重々承知している。けれど裏切られるかもしれない、傷つくかもしれないという不安は、心に溜まり、積もっていくのだ。
同じ学校で過ごすうちに、アキラの中で星宮さんの存在が次第に大きくなっていく。そして段々無視できなくなってきていた。星宮さんの代わりに心を埋めてくれるものは現れず、心の中に占める星宮さんの割合は大きくなっていく。
だから、大きくなりすぎないうちに星宮さんに対する幻想を壊さないと、やっていけなかった。
裏切られる前に。
傷つく前に。
この恋心を、諦めさせて欲しかった。
結局アキラもクラスの男子達同様に、星宮さんのことが好きで堪らなかった。