4 星宮さんには 裏がある
「外も冷房つけばいいのに」
暑さに耐えきれず、アキラは思わずぼやいた。今はブロック塀の陰で軽減出来てるものの、光で区切られた向こう側には、ごつごつのアスファルトによって出来上がった灼熱地獄が待っている。
暑さから護ってくれているブロック塀から顔だけを出し、目標を視界に捉えた。アキラは隠れていたT字路の塀から身体を出し、目標に気づかれない程度に間隔を保ちつつ、後を追う。
端的に言えば、星宮さんを尾行していた。
今彼女は、平野さんと別れて一人で帰り道を歩いている。アキラ達の学校は部活が盛んであり、三年生は引退して学校での自習が多くなり始めた時期のためか、今の時間帯に帰宅する高校生の姿は全く見当たらない。尾行が見つかる危険が高いけれども、それが反対にアキラの中でやる気を燃やさせていた。
「星宮さんの裏の顔、絶対に暴いてみせる」
木村との昨日の会話を思い返し、自身を鼓舞するように頷いた。
「何か理由があると思わない?」
「理由って言われてもなあ」
アキラの話にまだ納得したくないのか、腕を組んで唸る。
「本当に彼氏がいないとは限らないだろ。例えば、ほら、公言できない彼氏だとか」
「公言できない彼氏?」
「血縁者や教師だったり、芸能人だったり、だよ」
「あー、なるほど?」
その考えは浮かばなかった。それなら存在をひた隠しにするだろうし、彼氏と一緒にいるところを見かける人がいないのも頷ける。ただ木村の反応が意外だったので、納得して考えを切り替える前に、疑問を口にする。
「なんだ。彼氏がいてほしいの?」
彼氏がいないと情報を出して、そのほうが彼も嬉しいと思っていた。木村もそれを納得したように見えたが、違ったのかもしれない。
「そりゃあ、いてほしくないけどさ。同級生と付き合ってるより、別世界の人だったらまだ納得できるだろ」
「そういう意味ね」
木村の言い分を聞いて、アキラは考えを巡らせる。
星宮さんは雲の上の存在で、自分達が手を出せない存在だ。そう思い込むことで木村は諦めようとしているのだ。星が目に見えても、実際には何億光年と離れて手が届かないように。近いように見えても絶対届きはしないと。
そうであれば、彼氏になれる期待を持ってしまうより、見えないところで彼氏がいるほうが、安心するのだろう。叶わないと知った夢を追いかけられるほど、人間はそう強くなれない。
「そうだとしてもさ?」
不思議な空気を纏っていようが、人間であることには変わらない。周りが勝手に妄想を膨らませて、変なイメージを持ってしまっているけれど、アキラ達と同じ人間で、普通の高校生には変わりないのだ。
だから、手が届かないだとか、住んでる世界が違うだとか、そんな一言で片付けられるものではないはずなのだ。そこにはきっと、何か理由がある。あるに決まっている。
「星宮さんは、何か隠していることがあるんだよ。人には知られてはいけない秘密を持っているはずなんだ」
「公言できない彼氏がいるとか?」
「例えば、そういうことかな。でないと、おかしいだろ」
悪いところなんて見当たらなくて、けれど打ち解けにくいような完璧さはなくて、女の子のような女の子。まるで絵本の中から飛び出してきたような、女の子らしい女の子が、星宮さんなのだ。そんな人間、いるわけない。
「人には必ず裏がある。表がきれいであればあるほど、裏にそれを全て壊してしまうような何かを持っているはずなんだ。ケイの言葉を借りるなら、足元に咲く高嶺の花は、強い毒を持ってるに違いないんだよ」
好きな人に期待して、裏切られた当時のことを思い出す。
裏切られたなんて大層な言葉を使ってはいるが、傍から見れば単なる失恋だ。
自分勝手な想いであることはわかっている。けれど期待が募れば募るほど、叶わなかったときの傷は大きい。
裏が無い人間など、いない。
裏が無いと信じれば、裏を明かされた時にひどく傷ついてしまう。
だから、傷つく前に、暴いてしまうのが一番だ。
「お前の言い分はわかったよ。で、どうしたいんだ?」
「彼女の隠していることを、暴くんだよ」
「どうやって?」
「どうやって、だろう?」
考えていなかった。
どうやって星宮さんの秘密を暴くのか、方法については考えを巡らせるのをアキラは全く忘れていたのだ。彼女は秘密を隠していると信じるだけで、行動に移すことは思考の外だった。
木村に問われ、アキラは自分の脳内を巡り巡って、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「尾行、とか?」