2 黒木アキラは 考える
「何だよいきなり」
「いいから」
戸惑っている様子の木村に回答をせかす。木村はその鍛えた腕と胸をわざと強調させるように腕を組み、低い声で唸った。
「彼氏かあ。星宮さんは誰にでも優しく接してくれるしなあ。お前みたいな暗い奴でも、同じように」
「お前みたいな、は余計」
「はいよ」
「それで?」
続きを促すと、木村は腕組みを解く。代わりに一指し指を立てて、水平に円を描くように回し始めた。何かを思い出しながら話そうとする時の木村の癖だ。おそらく星宮さんの姿を思い出しているのだろう。
「んーまあ、彼氏いてほしくはないけどさ。こう、純真に見えるじゃん、星宮さんってさ。どこも穢れてないって感じで。まあ、そうあって欲しいっていう願望なんだろうが。そうそう、お前が好きなアイドルと、似たようなもんだよ」
「ケイは毎度一言多い」
「悪い悪い」
自身の行いを全て正しいと思ってるガキ大将のように悪びれる素振りもなく、木村は白い歯を見せる。
「でもさ。そんな議論しても意味ないだろ?」
思いがけない木村の意見に、少しだけ顔を挙げて木村の顔に視線をやった。
「どういうこと」
「アキラ、知らないのか? 星宮さん彼氏いるんだろ? 毎度告白を受けたら、『恋人がいるので』って断るらしいじゃん。もう何人もの男が敗れていったよ」
そのことかと息を吐いて、アキラはまた楽な体勢になるよう顎を引く。
「他人事のように語るけど、ケイも行って、敗れたんだよね」
「あーあー。掘り返すな。あの時はもしかして、って期待を持っちまったんだ。足元に咲く高嶺の花なら、摘んで自分のものにしたくなるだろ」
変な例えだったが、木村がそういう例えを使ってしまう気持ちを、アキラは理解できた。
筋肉と一生を添い遂げると思われていた男でさえ、簡単に惚れてしまう女の子、それが星宮マナだった。彼女はみんなを魅了し、遠い世界の話に生きてる人間のように思えるのに、誰でも近寄っていける雰囲気を持つのだった。
「そのとき、俺も言われたんだよ。恋人がいるのでごめんなさい、ってな」
そりゃそうだわな、と木村は盛大に肩をすくめ、机にもたれかかった。
何故か勇敢な戦死の武勇伝のように語る木村の話を流して、アキラは話を先に進める。
「それで。あの人の彼氏を見たことある人、いる?」
「うん?」
「それだけ、みんなを魅了してる女の子だよ。みんな注目してる。でも見たことある人、知ってる?」
「うん。んん?」
顎に手をやり、木村はフンフンと音をならしながら頷き始めた。名探偵きどりなのかもしれないが、アキラの目には鼻が詰まって上手く喋れない人にしか見えない。考えがまとまったのか、ニンマリとして含みを持たせつつ、木村はアキラを見下ろした。
「確かになあ」
木村は自身の胸に片手をあて、もう一方の手は上に掲げ、語り始めた。
「あの可愛い容姿に、誰にでも明るく接する優しい性格。それに加えて、学業! 運動! なんでもこなせる能力の高さでありながら、それを鼻にかけることもない」
芝居がかった言葉の溜めや大げさなイントネーションをつかい、大げさな雰囲気のまま言葉を続ける。
「皆に好かれ愛される素敵な女の子、それが星宮さんなのです!」
言い切って、目を閉じたまま静止する。彼には脳内でスタンディングオベーションでも聞こえているのだろうか。何秒かの静寂の後、木村は姿勢を解いて、何事もなかったようにアキラに話しかける。
「そうかあ、アイドルオタクのアキラもようやく素晴らしさがわかったのか。いやあよかった」
うんうんと感慨深そうに頷く木村を、アキラは舌を出して嫌悪感を示す。
「やめてよ。僕は現実に、そこらへんに生きている女の子は諦めてるって、言ったはずよね」
「まーだ初恋のときの失恋を引きずってんのかよ。小学生の時の話なんだろ?」
「簡単に言うな。僕にとっては大きな出来事なんだよ。高校生の今になっても、ね」
茶化して暗い気分を思い出させないようにしてくれるのは伝わるが、それ以上にイラついたので木村を睨みつける。しかし、眼以外の部分は、強い日差しにやられてだらしない抜け殻状態だったので、威嚇の効力は持たなかった。
「つまんない奴だな。それで、諦めてるっていうならどうして星宮さんを話題にあげたりしたんだ?」
急に興味を失ってやる気がなさそうに、木村は問う。からかえなかったことで気を落としているのだろう、とアキラは長い付き合いの友人の心境を推測して嘆息した。本来の話題へと戻す。
「聞いたんだよ。星宮さんに恋人がいるっていうのは、嘘なんだって」