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1 彼女は 秘密を隠してる

 窓から校庭を見下ろすと、青春を謳歌しようと部活に精を出す高校生の姿が目に入る。それとは対象的に、力の抜けた顔の黒木アキラは呟いた。

「よく頑張るねえ」

 体力がないアキラにとって、夏の教室ではまともに座っているだけでもきつかった。体をだらけさせ、机に顎を乗せて、アキラの特徴である猫背を更に強調している。


「お前は初老か」

 前の席に座っている木村ケイが、アキラの頭を小突く。

「俺みたいに鍛えてみろよ。そんな軟弱な発言は出なくなるぜ」

木村は半袖の制服を捲って腕を曲げ、鍛えた上腕二頭筋をアキラに見せつけた。木村はアキラと同じ帰宅部で、一見ただの優男にしか見えないが、実際は体を鍛えることの喜びにとりつかれた変態である。最近は筋力トレーニングだけに飽き足らず、食事メニューの管理も始めたらしい。男子高校生にしては珍しい、毎日自作弁当を持参してきている。


「うるさいよ。間違ってもケイのような太い腕にはなりたくない」

「それだとしても、この腕はねえよ。今にも折れそうなくらい細いじゃん」

 机の上に汗でべっとりと張り付いていたアキラの腕を持ち上げ、木村は二の腕をふにふにとつまむ。

「触るな、気持ち悪い」

「ごめんごめん。代わりに俺の鍛え抜かれた筋肉を」

「触らないよ」

 捕まれていた腕を弾き、アキラは再び突っ伏す。夏の暑さで全身に汗がべったりとつき、力が奪われるのだ。教室前方に古く大きな冷房が設置してあるものの、規定温度に達していないだとかで起動させてもらえないでいる。使えない冷房等ただの邪魔な置物だ。


「で、どうしたんだよ?」

「ん、何が」

「珍しいじゃん。いつも放課後になったら即帰宅だろ。用事ないなら学校いる意味ないとか言って」

「あー。そうだね。でも、今日は」

 アキラがどう言葉を継ごうか迷っていると、教室の後ろから唸り声が聞こえてきた。顔だけ動かして視線をやると、クラスメイトの平野ユウが教室に入ってきているところだった。


「あー。一階と三階何度往復したかわからないよ」

 愚痴る平野さんに木村が愉快そうに声を掛ける。

「生徒会長は大変だな」

「そう言ってくれるなら代わってほしかったよ、木村くん。男だったら道具の持ち運びなんて一往復で済みそうだしさ」

「確かに俺なら、この鍛え抜かれた体があるから余裕で済んだだろうな」

 先程アキラにしたように、木村はドヤ顔で腕の筋肉を平野さんに見せる。何故こんなに自信に溢れているのだろうと、疑問を通り越して感心するくらいに自身の筋肉の価値を疑っていない。

「今度よろしくね」

 平野さんは軽く流すと、前のほうへ歩いていった。

 男ならまだしも、平野さんのような普通の女の子に筋肉への興味と理解を求めるのは難しいだろう。いつも筋肉の良さを近くで語られるアキラでさえ、興味は持てないのだ。


「それで、どうしたんだよ? 今日何か用があんのか」

 木村がアキラに向き直り、話題を戻してきた。

「いや何もないんだけど。疲れたからダラダラしてるだけだよ」

「疲れてるのはいつもだろ。暑さでどうかしたか」

「かもしれない」

「悩み事?」

「そうともいえる」

 適当にはぐらかすアキラにため息をつき、木村は椅子に深く座りなおした。

「何だよ。話してみろよ」

 アキラの上から心配するような口調で木村が問いかけてくる。長い付き合いだからか、お互い悩みごとがあるときは何となく察しがつくのだ。いつもはアキラが相談に乗ることが多いが、今回は逆だ。


「んーそうだね」

 軽く口を開いて、すぐに閉じる。

 木村はアキラの秘密について知っていて、悩みを話せないこともなかったが、今は状況的に話せなかった。アキラはその原因である、教室前方へと視線を向ける。

 アキラの視線につられて木村も顔だけ動かし、前のほうを見た。木村の暑苦しい顔がアキラの耳元に近づき、潜めた声で問いかけてくる。

「平野さん?」

「んー」

 否定と肯定もせず、アキラは変わらない姿勢のまま、じっと前を見続ける。

 木村との会話が止むと、前で楽しげに話す平野さんとその友人の星宮さんの声が少し聞こえてくる。二人は会話をしながら帰り支度を終え、そのまま会話は止むことなく二人は笑いながら教室を出て行った。


 出て行く姿を目だけで追い、視界からいなくなるのを確認してようやく、アキラは口を開いた。

「どうして女の子って、帰り道違うのに待ってたりするんだろう」

「いやいや、わかるだろ。もっと話したいからじゃん」

「すぐ校門で別れたとしても?」

「アキラがドライなだけだぜ。その後に遊ぶ約束してなくたって、校門までなら一緒じゃん? それで充分なんだよ」

 納得出来ない、とアキラが反論すると、木村は荒い鼻息をならした。

「俺でも共感できるぞ」

「ケイでもわかるのか。なんだか悔しいな」

 木村がふんぞり返ってアキラの身体にのしかかるようなイメージが浮かび、疲れきった身体に更なるダメージを加えられた気分だった。

 アキラが力を抜けたのを見て、木村は目を見開く。


「まさか、アキラが悩んでることって、それ?」

「違うよ」

「何だ。じゃあやっぱり平野さん?」

 木村は先程と同じ問いを繰り返す。だが今回はきちんと否定できた。

「いや。平野さん、の話してた相手だよ」

 遠まわしに告げると、木村は先程まで二人がいた場所を一瞥する。

「星宮さん?」

「そう」

「星宮さんが、どうかしたのか?」

「うん。星宮さんに彼氏がいないって言ったら、信じる?」


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