ファンタジー性症候群
ぼくは星に詳しいわけじゃない。
教科書とか学校の図書館の本に書いてあった内容をおぼろげに覚えている程度。
けれど、やばい話は頭に残っていたり。
地球にひとつ彗星が接近中だとか。
リアルでDVDで見た、彗星衝突、人類滅亡なんてストーリーが起る? と、思ったりも。
でも、普段の生活に変化はなくて。
危機なんてたんなるあおりで終わる、そう思っていた。
実際、接近してた彗星も、2日前をピークに地球から遠ざかる。
そんな情報をネットで見て、「やっぱりね」なんて、安堵にちょっと妙な寂しさを感じてた時、それが起こった。
冬の朝は起きづらい。
ふとんの中でぬくぬくいつまでもいたくなる。
そんな僕をゆするおかあさん。
「裕クォン、学校遅れるワォン、起きなさい!」
おかあさんの声にかぶさって犬の声がする。
僕はいやいやながら重たい目を開けた。
驚きでまたたくまに目が冴えてきて、おかあさんから離せなくなる。
おかあさんが不機嫌そうにしているのは、いつものことだけれど、頭から1対の茶色くてちょうどレトリバーみたいな獣耳があった。
「ええええ!?」
僕は声を上げた。
おかあさんの獣耳がぴくりと動いた。
「パンの支度するから、起きるのウォン!」
おかあさんはそういうと、何事もなかったように僕の部屋を出て行った。
僕がリビングに行くとお父さんが新聞を読んでいた。
お父さんの朝ごはんはほとんど済んでいるよう。
空になったお皿の横に、3分の1ほど残ってるコーヒーがあった。
僕はぽかーんと口を開けたまま、リビングの入り口に突っ立っていた。
おとうさんの頭にも獣耳が、三角ににょっきり立った縞模様の獣耳があったからだ。
「はああああ!?」
「みゃ? 裕、おはにゃ」
おとうさん、野太い声で猫語はちょっと気持ち悪いよ。
思わず僕は頭を押さえてうつむいた。
僕はおかあさんに見送られ学校に向かった。
おかあさんたちは自分たちにある獣耳を気にする様子はみられなかった。
ほんとになんで落ち着いていられるのか。
不思議でならない。
家へ出る前も僕自身の姿を鏡で見たけれど、当然獣耳なんてなく、ふだん見る僕の顔だった。
僕の親だけの現象? かと思ったけれど、そうでないことはすぐに分かった。
「よう、坂本!」
僕は後ろから呼び止められた。
同じクラスの大木の声だ。
僕は返事を返そうと振り返る。
そこには好奇心いっぱいのくりくりした目に丸い顔、確かに大木だ。
けれど肌の色は青く長いエルフ耳を生やしている。
「ああ、これ? 朝起きたらこうなってた」
しかし、坂本は見事に変わってないね、って、お前に突っ込まれたくないわ。
姿が変わっているのは大木だけではなかった。
登校してる子たちの頭に、うさ耳、猫耳などの獣耳、エルフ耳、羊みたいな角を生やしてる子もいた。
もちろん、僕みたいに変化してない子もいるみたいだけど、少数みたいで。
と、いうか、獣耳とかにどうしても目が引き寄せられてしまう。
なんかのお話みたいに、リアルなゲーム世界に紛れ込んで、僕たちはそのアバターになっている、っていうのも考えてみたけれど違う。
家とか学校とか、そのまんまだし、道で見かけた動物、すずめとか、カラスとか猫とか、全然変わっていないし。
変化してるのは人だけ。
その日の授業はあんまり頭に入っていない。
担任の先生も変化してて、黒髪短髪、いかつい顔でがっちりした体形の吉井先生が、銀髪ロン毛、長身細見の美形な青年になってたから、ただただ驚いた。
学校が終わり家に帰ってもおかあさんの獣耳は引っ込んでいない。
むしろ状態は悪化していて、顔や手に茶色の毛がみっちり生え、獣化が進んでいた。
それでもお母さん自身は全然気にしていない。
能天気に思えるくらい、洗濯物を取り込んでる様子に、気にする僕が変なのか? いや気にして当然だろうと、もやもやした気分になる。
夜、会社から帰って来たおとうさんも獣化が進んでいて、顔は縞トラ猫、そのもの。
その縞トラ猫なおとうさんを、レトリバー顔になったおかあさんが出迎える。
ふだんと変わらない様子、ワンワン、ニャンニャン、語尾にくっついてるけど、おかあさんたちは機嫌よく話している。
もやもやな気分に、ほんわかした気分が上書きする。
うちの犬猫は仲がいいや。
翌日、翌々日も、おとうさん、おかあさんは、元の姿に戻らない。
犬猫の顔していた。
それは他の変化した人たちも同様。
日常は、おとうさん、おかあさんたち、僕がやること、会社行って、ご飯の用意に洗濯、掃除、学校に通うことはかわりないけど、ちょっとしたことに変化があった。
そのちょっとしたこと、朝昼よりも、夜の方が生き生きしていること。
おかあさんのお買いものする時間が昼から夜へ変わっていた。
なんでも夜にスーパーに行く方が、食品(特に肉、魚)が安くなってるとか。
でも、ちょっと前は、暗くなってからの買い物はしたことなかったのにね。
おとうさんは夜勤が増えた。
なんでも夜に仕事した方が体調良いようだ。
代わりに昼間、家にいる時は温かい所、エアコンで温められたリビングの床に、おとうさん専用で使ってる枕と毛布、敷布団を持ち込んでごろんと横になっている。
急なお客さん来たらどうするんだ(僕の友だちとか)、と思うけれどいっこうにかまわないみたい。
それどころか、おかあさんも同様にごろんと寝転がってる時もあって、もう、なんか、どうでもよくなってくる。人の目、的な何か。
だから、土日なんかは、僕もいっしょにごろんする。
おとうさんおかあさんみたいに深く眠れないけれど、うつらうつらまどろむのはちょっと気分が良かったり。
学校は見た目、多種族入り混じってて面白い。
けれど授業内容とかは変化ないけれど、体育の時がちょっと変わったかも。
変化した子たち、走るのが早くなってたり、力が強くなってたりする。
どうも身体能力がアップしているみたい。
チート付? ちょっとずるい気がするけれど、僕はもともと体育得意だったので、まあ、いいか、とも思ってる。
テレビ内容も変わってきている。
ドラマにファンタジー世界のものがあること。
と、いうか、ファンタジー住人によるヒューマンドラマと言うか。
俳優さんたちも獣人にエルフとかに変化してる人がいるから(しかも多数が)いるからね。
普通のドラマでもファンタジーだ。
ニュースもファンタジー。
むしろヒューマン構成のドラマは希少。
(なくはないけど、役者(変化してない人)が限られる)
特集で、このファンタジー現象を考察してる番組があった。
ニュース特集というよりバラエティだな、これは。
パネラーにファンタジー住人になってる俳優女優たち。
鬼族、猫族、犬族、鳥族、エルフ。
それぞれ種族が違うので華やかな雰囲気になっている。
頬に鱗、頭に二つゆるくうねった角のある龍人の大学教授がゲストで、黒豹顔した獣人アナウンサーが司会進行する。
『人の進化に、以前より彗星がもたらすウィルスが関係するという説があります』
龍人教授がもっともらしい口調で、とってつけたように話す。
『実際事象は先ほど地球に接近していた彗星が、離れていった後に起こっています』
彗星は未知の有機物を含んでいることがあること。
その有機物が地球に飛来したことにより、進化がもたらされたという説があること。
今回の彗星の接近はその説の実証例ではないかと言っていた。
実際、海外で、未知なウィルスを発見、秘匿研究中という情報があるそうだ。
けれど、反対意見も紹介。
未知なウィルスがあったとしても、大気圏突入の衝撃で破壊、消滅する可能性の方が高く、結論としては分からない、と結ぶ。
なぜ、ファンタジーな人とそうでない人がいるのか。
これも龍人は語る。
人の願望の形が現れている。
もしくは前世はファンタジー的住民で、それが現れている。
変化ない人は、人に満足、もしくは前世も人であった。
そんな話をしていたけど、結論はこちらも、分からないでしめる。
お前結局何が言いたいねん、って突っ込みいれた。
今日もファンタジー世界(ただし住人のみ)は続く。
あ、見た目変化ない僕も、実は変化あった。
気が付いたのは図工の時間だった。
紙粘土で動物を造るのがテーマだった。
羊年だからか、羊をつくる子が多かった。
僕も作る動物、羊にしたし。
羊のもこもこ感を小さな丸い粘土を体になる粘土にちまちまとくっつけてあらわそうとこねてたらそれが起こった。
最初に気が付いたのは、てのひらの違和感。
両てのひらを擦り合わせて粘土をこねてたら急に不自然な熱を感じた。
僕はすぐに合わせたてのひらをそっと開く。
そこには丸めた粘土ではなく、黒い、けれど鈍く怪しい光りを放つ何か。
(げっ、ダークマター作っちゃったの!?)
そう思うと、再び両てのひらでそれを多い、消えるよう念じた。
ダークマターぽいものは僕の念ですぐ消えたから良かったけど、僕は自分が何に変化したのかうっすら悟った。
うん、魔王さま的、何かだよね、これってやっぱり。




