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finding of a nation online  作者: はちわれ猫
第十二章 探索開始……北の森の恐怖の館
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finding of a nation 77話

 「なる程……、そういうことなら尚のこと周囲の警戒を強化しておいた方いいな……。もし内と外から挟撃でもされたらたまったもんじゃねぇぜ」

 「ああ……、それとブリュンヒルデ様に我々がここに拠点を敷いていることを伝えておいてくれ。できれば常に通信の繋がった状態で待機しておいてくれるとあり難い」

 「俺達に何かあった場合いつでも知らせることができるようにってことだな、了解。……他に用がないならもう調査に戻っていいぞ。もう周囲の森への罠の設置も終わりそうだしこっちの心配はいらねぇ」

 「済まないな……では後のことは頼んだぞ」


 天だくとの会話を終えるとゲイルドリヴルは再びナギ達の待つ館の中へと戻って行った。中ではナギ達が今かと今かとダンジョンへの突入を待ちわびている様子だったが、中に戻ったゲイルドリヴルはそれぞれのパーティに潜るべき魔法陣を割り当て直ちに突入の指示を出した。遺跡での転移先は一本道の通路だったがこの魔法陣の先にはどのような光景が待ち受けているのだろうか。


 「転移先でパーティが思わぬ危機にさらされた時やその他にも攻略が判断した場合は直ちに脱出アイテムを使用するのに。こちらに戻った後は天だくの指示に従って周囲の警戒に当たってくれ」

 「了解っ!」

 「……では転移を開始するぞ」


 “ウィーーン……”


 ゲイルドリヴルの指示と同時にナギ達はそれぞれに割り当てられた魔法陣へと入り転移を開始した。転移の際一瞬視界と意識がジャックされたように無とも言えるような空間に包み込まれたと感じるようだが、ナギ達にはその一瞬が数秒にも数十分のようにも感じられ、曖昧となった意識の中で自分なりに転移先の様子や自分達の取るべき行動を思い浮かべていた。恐らくこのVRゲームへのログイン等の際にも感じられる時間は転移の際に生じる感覚のずれを和らげる為ではないのだろか。それぞれの時間が過ぎ去り次にナギ達の意識が戻った時、そこには先程までと同じく館の内部と思われる場所の光景があったが、明かりが薄く更に暗い視界と重苦しい雰囲気に包まれナギ達には完全に別の空間であるように感じられていた……。


 

 「……どうやら転移が完了したみたいだね。それじゃあ皆ちゃんと転移できてるか確かめる為に点呼を始めるよ〜」

 「点呼って……。そんな小学生の遠足みたいことしなくてもこれぐらいの人数見れば皆いるかどうかぐらい分かるでしょ……、レミィ。折角転移してる間に高めた緊張感が台無しじゃない」

 「はいっ!、まずはそこでうだうだ文句を言ってるナミちゃんっ!。ちゃんと皆にいることが分かるように大きな声で返事するんだよっ!」

 「は、はいっ!」

 「よし……っ!、次はナギ君っ!」

 「はいっ!」

 「え〜っと〜……次は〜……プリプリプリンセスさんっ!」

 「は〜いっ♪」

 「……ってさっきから完全に本人の存在を目視してから名前を呼んでるじゃない。それじゃあまるで点呼を取る意味なんてないしさっさと周囲の確認をした方がいいんじゃ……」

 「はいっ!、次はバジニールさんっ!」

 「は、はい……っ!」


 転移先に到着したレミィ率いるナギ達のパーティ、リーダーのレミィは何故か転移の完了と同時に皆の点呼を取り始めた。ナミやバジニールの言う通り点呼を取るまでもなく皆が揃って行くことは明白で、早く陣形を整えて周囲の警戒と確認に当たった方が良かったがレミィは強気な態度で点呼を取り始めていた。そんなレミィの態度に皆たじろぎながらも返事を返していたのだが、どうやら未知のダンジョンへの突入で神経質になり過ぎている皆の意気を高める為のレミィなりの配慮だったようだ。


 「じゃあ最後はデビにゃんっ!。……ってまた最後になっちゃけどごめんね」

 「にゃぁっ!」

 「OKーっ!。どうやら皆ちゃんといるみたいだね。じゃあ取り敢えず陣形を組んで周りの様子を確認しましょうか」


 レミィの点呼が終わりナギ達はようやく周囲の様子を確認し始めた。ナギ達が転移して来た先は館の内部であることは間違いなかったが、20の魔法陣が設置されていた空間とは違い狭苦しい……っと言っても建物の内部ではあることを考えると普通の造りの廊下だったのだが、床には赤色のカーペットが続く通路と共に奥まで敷かれており、左右の壁には掛けられた燭台の蝋燭が火を灯し周囲を淡く照らしていた。部屋に入る為と思われる扉も数メートル置きにあるようだった。ナギ達が転移して来た廊下は十字路になってそれぞれ先に続いており、その中心に転移して来たナギ達はどの方向の通路を進むか迷っていたようだ。


 「……なんか如何にも屋敷の中って場所に転移して来たね。通路も遺跡の時より狭い……、その上台座や銅像なんかのアンティークも一杯置かれててモンスターが現れても戦い辛そうだよ」

 「確かにそうにゃね、ナギ。これだと後衛からの援護もしずらいだろうし、出会い頭の戦いになることもあるだろうから前衛の職の人は大変にゃ」

 「そうだね。でも人ごとみたいに言ってるけどデビにゃんだってその前衛職に就いてるんだから頑張らないと駄目だよ」

 「にゃぁっ!」

 「う〜ん……、それにしても一体どっちの方向に進めばいいのかなぁ〜……。私こういう勘って案外当たらないんだよね〜。……よしっ!、それじゃあまずどっちの道に進むか皆にアンケートを取りま〜す。自分の勘に自信があるって人はどしどし手を上げて意見を言ってね」

 「あっ!、はいは〜いっ!。それならホラーゲームで一杯こういう場所を経験してる私に任せて下さ〜い。……え〜っとね〜、こういうのは大体最初に向いてた方向の右側が正規のルー……」

 「ちょっとぉっ!、“アンケートを取りま〜す”じゃないわよっ!、レミィっ!。一体この陣形はどういうことなのっ!」

 「えっ……何をそんなに怒ってるの、ナミちゃん」

 「私の前衛パートナーはシッスにしてくるんじゃなかったのっ!。どうしてこの……エックスワイが相手なのよっ!」

 「アクスマンだっ!、アクスマンっ!。お前まであの金髪の姉ちゃんみたいにわざとらしい間違え方してんじゃねぇっ!。どうせならゼットまで付けろっ!」


 レミィは皆にどの方向に進むか意見を求めたのだが何やらナミが声を上げて割り込んできた。どうやら自分の前衛の相方がアクスマンだったことに不満があるようだ。


 「ごめんごめん、ナミちゃん。良く考えたらシスちゃん私達のパーティの貴重な回復職の経験者だったわ。いくら気功術士っていう戦闘能力の高い職に就いてるからってそう簡単に前衛に出せないわよ。バジニールさんは森で罠を皆から助けたみたいに後ろから皆のことを見守って欲しいし……、リアちゃんには参謀として私の側にいて欲しいから悪いけどホラーが苦手なナミちゃんはエックスワイゼットさんに守って貰って」

 「ぐっ……、まさかリーダーまでこのネタに乗ってくるとは……まぁいい。そういうことだから怖くなったいつでも俺の背中に隠れるがいい、ナミ。男してか弱き乙女が怯えるのを見過ごすわけにはいかないからな」

 「……乙女の意地に掛けてあんたの背中にすがるような真似だけはしたくないわ。それより私だって今職業は魔術師だってこと忘れてないでしょうね、レミィ。一応武闘家の経験があるから下降補正は受けちゃうけどサファイア・グローブは装備でるしHPの値もそこそこあるけど前衛としての能力はエックスワイゼットやバジニールさんに大分劣ってるんだから」

 「分かってる。だけどナミちゃんの性格からしてそれでも前衛にした方が向いてると思ったの。それともナミちゃんは後ろでチマチマ魔法を撃ってる方が好きなのかな」

 「ぐっ……まぁ確かにその通りだわ。むしろ後衛職なのに前衛をさせてもらうことをあり難く思わなくちゃ……」

 「よ〜しっ!、それじゃあシスちゃんの提案通りこの右側の通路に向かってしゅっぱ〜つっ!」

 「……それにしてもレミィの奴僕も前衛職だってことを完全に忘れてるにゃ。仲間モンスターの僕の指示はナギに任せた方がいいと思ってるんだろうけど……、それじゃあ僕の特性を活かせないんだけどにゃ〜。……でも今回はナミとあのエックスワイゼットって奴に任せてやるかにゃ。僕もちょっとホラーっぽい敵は苦手だし……」


 ようやく話が纏まったところナギ達はシッスの提案通り転移して右側の通路に向かって進軍を開始した。陣形はまず先頭にナミとエックスワイゼットと元の名とかけ離れた呼び名になっていたがアクスマン、2番目の列にシッスとプリプリプリンセス、3番目の列はレミィを真ん中にその右側にナギとデビにゃん、左側にリア、最後尾にバジニールという配置となっていた。一先ず扉は無視して真っ直ぐ通路を進むことにしたようだが、他の魔法陣から転移したパーティ達もそれぞれのリーダーの指示に従って進軍を開始していた。


 「よし……、まずは一度この部屋の中を調べてみるか。その結果で他の部屋をどの程度調べていくかを決めよう。私がドアを蹴破って突入するから前衛職の者一人と魔術師系統の職の者一人も続いて部屋の中に入ってこい」

 「了解っす……セイナさん」

 「……私も分かりました」


 セイナ達のパーティは一先ず近くにあった部屋の中を探索してみることにしたようだ。リーダーらしくセイナが先頭になって突入するようだが、指示を受けた円陣の時にボンじぃと肩を組んでいた戦槌士せんついしと思われる大柄の男性プレイヤーとロザヴィも真剣な表情で突入する構えを取っていた。その様子をアイナやボンじぃ達残りのメンバーが少し心配そうな様子で見守っていたのだが……。


 「き、気を付けて下さい……セイナさん。まだここのモンスターの強さも分かっていないし……、もしかしたら部屋に入った瞬間襲い掛かってくるかもしれませんから……」

 「ふ、ふむぅ……、しかし一つの扉を開ける為にこれだけ神経をすり減らさねばならぬとは……。この廊下の先に見える無数の扉を見て先が思いやられて来るのぅ……。まぁ、ここまで慎重になるのはこの最初の扉だけじゃろうが……」

 「……では行くぞ」


 “バァーーーンッ!”

 “グオォォォォッ!”


 「……っ!」

 「セ、セイナさん……っ!」

 

 勢いよくドアを蹴破って中へと突入しようとしたセイナだったが、ドアが開かれた瞬間部屋の奥から腐敗していく最中の人の死体の姿をしたゾンビと思われるモンスターが逆に勢いよくセイナに向かって襲い掛かって来た。なんとか剣を前に出して押し迫るゾンビを防いだセイナだったが、それでも敵は力ずくに出てセイナは反対側の壁まで押し込まれてしまった。構えていたとはいえ急に訪れたホラーな場面に皆一瞬たじろいでしまっていたが、すぐに気を取り戻しセイナの援護に向かった。


 「……はっ!。お、驚いてる場合ではないっす……。早くセイナさんを助けなければ……セイナさんっ!」

 「案ずるな……、不意を突かれはしたがこの程度の敵どうということはない」

 「えっ……」


 “グオォォォォッ”


 「ふっ……、私を抑え込むには断然力不足だぞ。最もその腐り掛けの体では鍛えても筋肉を付けることはできないだろが……はあっ!」


 “グッ……グオォ……っ!”


 押し迫るゾンビに壁に抑え付けられその毒々しい歯で噛み付かれそうになるセイナだったが、他の者の援護など必要とせず今度はセイナの方が力ずくでゾンビを押し返し、相手の体勢が崩れたところで蹴り飛ばしてしまった。再び部屋の中へとフッ飛ばされたゾンビはそのまま床に倒れ込んでうなだれていたのだが、その様子を見た他のメンバーが止めを刺そうとした。


 「よ、よし……っ!、今の内に俺のハンマーで叩きつぶしてやるっす……うんぬっ!」

 「待てっ!。ゲイルドリヴルも言っていたが倒す前にライブラの魔法を使って敵の情報を取得しておくのだっ!。……ロザヴィっ!」

 「OKっ!」


 戦槌士のメンバーが床に倒れ込んだゾンビに止めを刺そうとしたのだが、その前に敵の情報を得るのが先決だとセイナが止めに入りまずはロザヴィがライブラの魔法を掛けた。ゲイルドリヴルの考えと同じく1体でも情報を得ておけばこのダンジョンに出現する大体の敵の強さが分かるということだろう。勿論モンスターそれぞれの使用する魔法や術技、特性などの情報はその都度魔法を掛けなければ知ることはできないのだが……。ロザヴィがライブラの魔法を掛け終わったの確認したところで戦槌士のメンバーが自身の武器であるハンマーを振り下ろし押し潰すようにしてゾンビに止めを刺した。


 「ふぅ〜……、敵が倒れていたとはいえなんとか一撃で倒すことができたっす……」

 「……それでこの敵のデータはどうなっている、ロザヴィ」

 「えーっと……ちょっと待ってね。今皆の端末パネルにも情報を送るから……」


 セイナに急かされロザヴィは先程のゾンビのモンスターの情報のデータを皆の端末パネルに送った。今のセイナ達の対応の様子から見て問題なく対処できるレベルだとは思うが一体どの程度の強さを持った相手だったのだろうか。


 「おっ!、早速ロザヴィちゃんからのデータが送られてきおった。それでさっきのゾンビみたいな奴はどんなモンスターじゃったのかというと……」


 ・モンスター名 マッド・ゾンビ レベル202

 ・種族 アンデット  ・所持属性 土 ・タイプ 陸 ・魂質 内

 

 ・戦闘ステータス

  HP 152 MP 42 EP 103

  物理攻撃力 98 魔法攻撃力 24

  物理防御力 102 魔法防御力 83


 ・属性耐性率

  火 −40% 水 +0% 雷 +4% 土 ±0% 氷 +12% 風 −4% 闇 80% 光 −80%


 ・地形適正率

  陸 100% 海 10% 空 0% 森 60% 山 50% 川 15% 明 0% 暗 80%


 ・特性

  腐敗した体……物理攻撃により受ける衝撃大

  毒の体液……体液に触れた相手に少量のダメージ

  


 ・主な使用技

  毒の息……前方小範囲に毒の混ざった息を巻き散らす

  ポイズン・ミューカス……前方の敵に向かって口から毒のある粘液を飛ばす


 「マッド・ゾンビ……、その名の通りアンデット系の種族のモンスターのようだな。レベルは高いようだがやはりステータスはそう高くはない」

 「そうね……。確かに草原や森の中で現れたモンスターよりずっと強いみたいだけど、今の私達のレベルなら苦戦せず倒せる強さだわ。他の敵も皆これぐらいのレベルとステータスなのかしら……」

 「恐らくそうだろう、ロザヴィ。そしてこのモンスターの種族がアンデットというこは……、他のモンスター達もそれに属する、もしくはそれに近い種族のものである可能性が高いということだ」

 「アンデット近い……っというとゴースト系や魔族といった種族でしょうか……。やはり入る前に皆で話ていた通りここはホラー要素の強いダンジョンのようですね。今のゾンビはそうでもなかったですけど……、物理攻撃の効かないゴースト系の敵が出てきた場合厄介かもしれません」

 「ああ、だが注意すべき点はそれだけではないぞ、アイナ。ホラー要素があるのは何もモンスターだけでなくこのダンジョンそのものにもそれらしい仕掛けが施されているはずだ。ここに来るまでも絵画やアンティークなどが廊下の壁に飾られていたが間違っても迂闊に触らないように。この部屋の探索も極めて慎重に行うのだっ!」

 「はいっ!」


 セイナの指示に従って皆より警戒を強めて部屋の探索を行った。部屋の中にはテーブルやソファー、それに廊下と同じく絵画がアンティークなどが置かれていた。どれもこの館の外観と同じ西洋のものようだ。他にはタンスや化粧台等の引き出しがあるもの、学術書や事典など分厚い本がびっしりと詰まった本棚などゲームでは調査の対象となる基本のようなものも多く配置されていた。


 「……なんかここも心霊ものの映画なんがで出てくる西洋の部屋って感じね。この化粧台なんて結構私の好み……、置いてある化粧品とかは貰っていって構わないのかな」

 「いや……、どうやらこの部屋から持ち出せないようプロテクトの掛けられている物がほとんどらしい。それ以外の物もダンジョン内から我々が個人で持ち出せるアイテムの量に制限が掛けられているようだ。恐らくこのダンジョンを攻略した際に自動的にヴァルハラ国に送られることになるのだろう」

 「ふ〜ん……、でもそれじゃあ制限分は持っていても構わないってことよね。この綺麗なピンク色の口紅すっごく私の好みにあってるし。何か効果も付いているみたいだけど一体どんな……」


 

 ・聖サフランの口紅……聖サフランとは聖なる力を注いで育成されたサフランの花のこと。この口紅の色はそのサフランの花の色素を元に製造されたもので、口に塗った際に一定時間の間全ての状態異常を無効化する


 「聖サフラン……もしかして聖フランシスコ・ザビエルを意識して付けたのかしら……。だとしたらちょっと名前のセンスを疑うわね……。まぁ、いいわ。それより何か他に良さそうな化粧品がないか物色しようっとっ♪」

 「私はこの剣を収めることのできる壁掛けのアンティークを頂くするか。持ち帰って自身の宿舎の部屋に飾れば6時間以上ヴァルハラ城に滞在するごとに特殊な効果が得られるようだ。……アイナは本棚を物色しているのか。なにやら手に取って読み入っているようだが……」

 「あっ、実はちょっと気になる内容の書かれた本を見つけたんです。どうやらこの部屋の主の日記のようなんですけど……」

 「日記だと……。それは一体どういうものだ」

 

 最初はセイナの指示に従って部屋の調査を進めていたメンバーだったが、アイテムが取得できると分かるとそのようなことをセイナ自身も部屋のアイテムを物色するのに夢中になっていた。あまり気を張り詰めすぎても仕方が無いと皆判断したのだろう。そんな中アイナが気になる内容の書かれた本を発見したようだ。この部屋の主の日記だろうということだが、アイナはその内容の書かれたページを皆の端末パネルへと送った。


 「どうやらこの館で家政婦として働いていた者の日記のようだが……どれどれ」


 「“8月21日……、真夏のこの時期にこの森で取れる薬草を採りに訪れたという医者を称する男を館に迎えれて1週間が経った。私はその男を一目見た時から怪しく感じていたのだがどうやらそれは間違いではなかったらしい。医術の研究をしたいと言って当主様から地下室の利用を許可されたみたいだけど……、そこそこで夜な夜な怪しい実験を行っているのではとこの館中のメイドや住人達の間で噂になっている。だけど私はその実験は怪しいどころではなくこの館を恐怖に陥れるものであると確信している。その証拠に私の同僚のメイドで一番の親友であるアリッサが様子がその医者の男に医術の研究を手伝いを頼まれたと言った翌日からのまるでおかしい。話掛けても何も反応せず時々部屋の隅で何かに怯えたような表情を浮かべて体を震わせている。仕事が終わると部屋に閉じこもりいつも楽しみにしていたメイド達の夜食会にも出てこない。きっとあの医者を名乗る男に身の毛もよだつような恐ろしいことにされたに違いない。……そしてそのように様子が急変した者達はアリッサ以外にも増え続けている。もしかしたら今度の犠牲になるのは私かもしれない。当主様はすっかりあの男を信用し切っていて何を言っても聞く耳を持ってくれないし一体どうすれば……”」


 「……なんかこういう犠牲者の日記を発見するのもホラー映画にありがちな展開ですよね。やっぱりこの館のダンジョンと何か関係のある内容なんでしょうか」

 「うむ……。恐らくこの医者を名乗る男の手によって館の雰囲気がこのような暗いものに変えられてしまったのだろう。それも先程のゾンビが出てくるような恐怖の空間にな。この日記の主も含めてこの館の住人達は皆その男の犠牲になってしまったのだろうか……」

 「そう思うとゲームの中とはいえなんだか可哀想に感じるわね……。そんなのゲームをしたり映画を見たりしてればいつものことかもしれないけど、このゲームの登場人物は皆リアやマイみたいに電子生命体っていう私達と同じ意思と命を持った存在だっていうだんだから尚更だわ。もう手遅れかもしれないけどどうにかこの人達を助……えっ」

 「私の日記……」

 「ふむぅ……、私もロザヴィと同じ気持ちはあるがどうだろうな……。ゲームの中にそのようなイベントが設定されていれば可能だろうがこの日記を読む限りもう皆無事では……。だがもしかしたら生き残った者がこの館にいるかもしれないしその者達の捜索も含めて探索を進めよう」

 「そ、そんなことよりセイナ……あれ……」

 「んん?、どうしたというのだ、ロザヴィ……っ!。き、貴様は……」

 「なんで人の日記勝手に読んでるの……。それに私の化粧台も荒らして……」


 ロザヴィに言われセイナが顔を上げると先程セイナが蹴破って空きっぱなしとなった扉の前に顔をうつむきにして不気味にたたずむメイドの格好をした女性の姿があった。私の日記っと言っていたがもしやこの日記を書いたと思われるこの部屋の主なのだろうか。仮にそうだったとしても女性から発せされる敵意と憎悪、そしてそれに対するセイナ達の戦慄しながらも必死に警戒する姿が只者ではない相手だということを物語っていた。


 「き、貴様は……、一体いつからそこに……そして何者だっ!」

 「………」

 「も、もしかしてこの日記を書いた本人ではないでしょうか……。メイドの格好をしているしさっき私の日記って……」

 「だとしてもこのとてつもない殺気は只事じゃないわよ……アイナちゃん。もしそうなら私もさっき言った通り助けてあげて話を聞かせてもらいけど……、とてもそんなことできる様子じゃないわ」

 「うっ……」

 「わ、わしもこれまで数々の女子おなごを相手にしてきたがここまで怒らせてた姿を見るのは初めてじゃわい……。そんなにわし等に部屋を荒らされたのが気に食わなかったんか……」

 「私の日記……私の日記を返してよぉぉぉぉーーーっ!」

 「……っ!」


 “バッ!”


 「……っ!、きゃあぁーーーっ!」

 「ア、アイナっ!」


 いきなり姿を現した女性に戦慄するセイナ達だったが、状況を把握して対応を考える前に急にその女性がアイナに向かって襲い掛かって来た。その女性はまるで動き出す素振りを示すことなく、そして途中足で地面を蹴る様子もなく一瞬にしてアイナの元へと移動したと思うとその勢いのまま両手でアイナの首を掴み絞め始めた。相当力が込められていたのかアイナは持っていた日記を手放す程の苦しみの表情を浮かべ、そして何故かその女性の込める力が増すと共に体が宙に浮き始めた。女性が持ち上げているのかとも思われたのが、なんと宙に浮いているのは女性の体も同じだった。首を絞められている上地面から足が離れてしまったアイナのHPは見る見るうちに減少していた。


 「くっ……、アイナ……このままではまずいっ!。はあぁぁぁぁぁっ!、ブレイズッ・キャリバァァーーーッ!」


 “スッ……”


 「な、なに……っ!」


 首を絞め上げられ苦しんでいるアイナを見て直ちにセイナは女性に向かって斬り掛かった。だが剣士の職に就いている時からのセイナの十八番と言えるブレイズ・キャリバーを全力で放ったのにも関わらず、その斬撃にはまるで女性の体をすり抜けでもしたかのうにまるで手応えを感じられなかった。女性も何事もなかったかのようにアイナの首を絞め続けており、すでにアイナのHPはゲージの色が赤になるところまで減少してしまっていた。


 「くっ……どうやら物理攻撃がまるで通じない相手のようだ……、ロザヴィっ!」

 「任せて……ファイアっ!」


 “ボッ……!”


 「うぐぅ……ぐわぁぁぁーーっ!」


 “バッ!”


 「きゃっ!。はぁ……はぁ……」


 瞬時に物理攻撃が利かない相手だと判断したセイナは魔術師の職を経ているロザヴィに攻撃の指示を出した。ロザヴィがファイア……、対象の相手に意識を集中してその本体から自然発火による炎を発生させる呪文を放つと女性の体は瞬く内に炎に包まれ、その熱さのあまりアイナを掴んでいた手を放すと体を仰け反らせて苦しみ始めた。その後もなんとか火を消そうと部屋中を動き回っていたのだが、その間も女性の体はずっと宙に浮いており物や壁にぶつかってもセイナの斬撃を受けた時のようにすり抜けてしまっていた。


 「大丈夫かっ!、アイナっ!」

 「はぁ……はぁ……。な、なんとか大丈夫です……」

 「くっ……誰か早く回復職の経験がある者がアイナを看てやってくれっ!。私は先程の女の相手をする……っ!」

 「か、回復職っというとわしの出番じゃなっ!。任せておけ。……大丈夫か、アイナよ。今回復魔法を掛けるからまっておれ。……キュア・マッサージじゃっ!」

 

 首を絞められた状態から解放されたとはいえかなりの疲労と苦しみを感じている様子のアイナに対しボンじぃは背中に優しく手を当てキュア・マッサージの魔法を掛け始めた。普段はセクハラと怒られているが実際に直接手を触れて魔法を掛けた方が効果が高まるらしく、アイナHPは見る見る回復し疲労と苦しみも徐々に和らいでいったようだ。


 「ロザヴィっ!、奴の様子はどうなっているっ!。難しいかもしれないが奴にもライブラの魔法を掛けてできる限りの情報を得ておくのだっ!」

 「もうやったわっ!。だけど分析魔法に対するプロテクトがかなり高い相手みたいでライブラの魔法じゃ全然データを取得できなかったのよ。だから今上位の分析魔法を掛ける為に魔力を高めているところだからちょっと待ってっ!」

 「分かった……。奴はまだロザヴィの魔法の火に苦しんでいるようだな。物理攻撃が利かぬ以上私には奴への対抗手段がない……。なんとか奴の体から火が消え去る前に分析を済ませるのだっ!」

 

 アイナに襲い掛かって来た女性はまだ体の火が消えず苦しんでいるようだが、ロザヴィもライブラの魔法が上手く機能せず更に上位の分析魔法の為の魔力を蓄えているところだった。もし火が消え去れば女性はまたセイナ達に襲い掛かってくるかもしれない。それまでに敵の情報の取得までは完了させておきたかったのかセイナにしては豪く焦った様子だったが、恐らく自身のブレイズ・キャリバーがまるで通じなかったということもあるのだろう。


 「OK……魔力が溜まったわ。……アナリシスっ!」


 “パアァ〜ン……”


 「よしっ!。……これであいつの情報の大部分のデータが取得できたはずよっ!」


 次にロザヴィが発動した分析魔法はアナリシスというものだった。現段階でナギ達の使える分析魔法は3段階あって、下からライブラ、アナライズ、アナリシスの順に効果が上昇していく。但し対象の分析魔法への耐性によっては一番上位の魔法であるアナリシスを使っても情報が取得できないこともあるようだ。


 「あとはこいつの対処だが……物理攻撃が利かぬ以上ロザヴィ達魔法攻撃が得意な者達に任せるしかないか……」

 「だけど本当にこの人を倒しちゃっていいのかしら……。もし本当にアイナちゃんの言う通りあの日記を書いたメイドさんなら倒さずに話を聞かせてもらった方がいいと思うんだけど……」

 「確かにできればそうしたいところだが先程の様子を見る限り我々との対話に応じるとは思えない……。もしお前の放った魔法の炎が消え去っても襲い掛かって来るようなら倒さざるを得ないだろう」

 「……そうね」


 どうやらロザヴィは無事アナリシスの魔法を発動させ女性の情報を取得することができたようだ。あとは女性への対処をどうするかだが先程の日記の主であることを考えるとセイナ達はできれば倒してしまうようなことはしたくなかったらしい。当然再び襲い掛かってくるようなことになればそうは言ってられないのだが……、セイナ達はいつでも攻撃に転じれるよう構えたまま女性の体から火が消え去るのを待っていた。


 「ぐっ……ぐっ……うぅ……」

 「……っ!、ど、どうやら火が消えたみたよ……。さっきまでの熱さでまだ項垂れてるみたいだけどどうするつもりかしら……」

 「うっ……うっ……うぅっ……」


 “スー……ッ”


 「き、消えた……。もしかしてさっきの魔法でもう倒しちゃったの……」

 「いや……、お前の取得してくれたデータを見るとまだHPが半分以上残っている。恐らくゴースト系の種族の特性を活かしてこの場から姿を消しただけだろう」

 「や、やっぱりゴースト系のモンスターだったのね……。それじゃあさっきのはこの日記を書いた女性の霊がモンスターとなって私達に襲い掛かって来たってことなのかしら……」

 「分からん……。だがその可能性は十分にあり得る。今はまずお前がアナリシスで取得してくれたデータを詳しく見てみよう」

 「……分かったわ」


 ロザヴィの魔法の火で苦しんでいた女性だったが、その火が消えるとともに薄っすらと周囲の空気に溶け込んでいくかのようにして自身もその場から姿を消した。壁や物をすり抜けていたことや宙に浮いていたことからも予想できたがやはりゴースト系の種族に属するモンスターのようだ。モンスターと言っても元は人間の霊なのだが……。一先ずセイナ達はアナリシスで得たその女性の霊のデータを確認することにした。






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