finding of a nation 64話
「ふわぁ〜……マジで眠ぃ……。ゲームの中とはいえやっぱり夜勤は精神を削るな。さっさとテントに行って布団にダイブだ」
「俺は朝食食べてからにしよ〜っと。メイカーさんのおかげでここで出される飯がマジで上手くなってるからな。お前も寝る前にちょっとぐらい食べといた方がいいんじゃないか。昼食はいつもでないだろう」
「いいよ。どうせ晩飯まで起きないから。それじゃあな」
朝食を終えたプレイヤー達が交代に向かい、暫くして深夜の迎撃を終えたプレイヤー達が陣営へと帰還してきた。ナギ達は昼に交代に向かうメンバー達と一緒に彼らの食事の準備も手伝わなければならなかったようだ。とはいえほとんどのプレイヤー達は食事を取らずにテントにある寝床へと向かっていた。夜は視界が悪いうえにモンスターも手強く、皆MPやEPを使い果たし体力も相当消耗してしまっていた。ヴァルハラ国から次に食事が支給されるのは午後の8時と深夜に昼の部隊のメンバーが帰ってくる0時過ぎのようだ。
「はあぁぁぁぁっ!、疲れたぁっ!。なんで私が他の奴らの食事の用意なんてしなきゃいけないのよ。軍隊だからって甘やかさずに皆自給自足にしてしまえばいいのに」
「そんなことしたらお金を遣い過ぎて食いっぱぐれる人が出てくるからじゃない。どっかの誰かさんみたいにね」
「そ、そんな顔で私の方を見るなよ……、ナミ。あれからゲーセンは行ってないし、2回目の給料貰ってからはほとんど貯金してるようなもんなんだぜ。(単に遺跡の探索やらモンスターの迎撃やらで忙しくて使う暇がなかっただけだけどな……)」
「もうあんた達のコントに付き合う気力もないわ……。それじゃあ私はもう一回テントに行って眠ってくるから」
「えっ……」
「あっ、待ってリア。それなら私も行く。ここに着いて気が抜けちゃったからか知らないけど昨日からすっごく眠いのよね。それで悪いんだけど、ナミ。ブリュンヒルデさんが着く頃には私達のこと一応起こしに来てくれない」
「うん……。別にそれは構わないけど……」
「ありがとうっ♪、それじゃあよろしくね」
リアとマイはそう言い残すと再び寝床に入る為にテントに向かって行った。現在の時刻は午前9時、ブリュンヒルデが到着するまで2時間程度は寝ていられるだろうか。
「行っちゃった……。でもあの二人が二度寝なんてやっぱり相当疲れてたのね」
「ああ……。本当は皆で陣営の中を見て回りたかったけど、今はゆっくり休ませてやるか」
ナミとレイチェルも二人の疲れ切った様子を見てゆっくり休ませてあげることにしたようだ。そしてリア達が眠りに着いて2時間が過ぎ、いよいよブリュンヒルデが到着する頃の時刻となった。朝から空に掛かっていた暗雲も晴れ始め、その隙間からまるでブリュンヒルデの来訪を予期するように神々しい日差しが差し込んできていた。
「ふぅ〜、しかしこのヴァルハラ国のプレイヤー達は皆良心的で俺達NPCとしては助かったな。初めはもっと差別的な扱いを受けるんじゃないかとヒヤヒヤしていたもんだが……」
「ああ、あのメイカーさんなんてちゃんと俺達の分の食事まで用意しれくるしな。この恩に報いる為にも必ず俺もレベルアップして固有NPC兵士になってやるぞーっ!」
「ばーか。俺やお前みたいな只の衛兵が固有NPC兵士になんかなれるわけないだろう。精々警備主任がいいとこじゃないか。まぁ、こんなところに突っ立ってないで事務所でのんびりできるだけマシだろうけど……。そうなる為にももっと気を引き締めて警備に当たれ。なんてたって今日はブリュンヒルデ様が直々にこの陣営にいらっしゃる日なんだからな」
「分かってるよ。警備主任には別になりたいけど、上手くいけばプレイヤー達と一緒に前線で戦える部隊には入れてもらえ……って噂をすれば向こうから何人か人がやってくるぞ。もしかしてブリュンヒルデ様達じゃないのか……」
「なんだと……っ!。本当だっ!。あれはブリュンヒルデ様だぞっ!。なんとも立派な白馬に乗っておられる……。おいっ!、早く他の兵士達に知らせて出迎えの用意をしろっ!」
「あ、ああ……」
現在の時刻は午前11時30分。前線である森林側ではなくその反対のヴァルハラ国側の陣営で二人が見張りに就いていた。二人は見張りを続けながらたわいもない会話を交わしており、その会話の口振りからするとあまり堅い性格の兵士ではないようだった。どうやら二人共出世欲が強いらしく一般兵士ながらにブリュンヒルデに功績をアピールする機会を望んでいたようだが、ちょうどその話に差し掛かった時に草原の向こうからブリュンヒルデらしき人影が姿を現した。片方の兵士が双眼鏡を取り出して確認すると、それはまさに白馬に乗ったブリュンヒルデ本人の姿であった。兵士達は慌てて出迎える準備に入っていった。
「うおぉ〜〜〜いっ!、皆ぁ〜っ!。もうすぐブリュンヒルデ様がこの陣営にご到着なされるぞぉ〜〜〜っ!。急いで南側の入り口に行って左右に列を整えて並べぇ〜〜〜。それから近くにいるプレイヤー達にも知らせて回るように〜〜〜」
入り口にいた二人の兵士は陣営中を走り回ってブリュンヒルデの来訪を皆に伝えていた。話を聞いた他の兵士達も続々と陣営の入り口の方へ向かって行ったのだが、ナギ達を始めとするプレイヤー達はどういう対応を取っていいか分からずその場で戸惑っていた。
「あわわわわっ……、もうブリュンヒルデさんが来ちゃったみたいよ。NPC達の兵士達は慌てて入り口に迎えに行ってるみたいだけど私達はどうすればいいのかし……ってああっ!。私はリアとマイを起こしに行かなきゃ行けなかったんだっ!」
兵士達の様子を見たナミは頼まれていたのを忘れていたのか慌ててリアとマイを起こしに行った。やはり疲れが溜まっていたのか自分では起きてこられなかったようだ。
「僕達はどうしよう、デビにゃん……」
「にゃっ!。ナギ達は別に普段と同じように行動していればいいのにゃ。仰々しいことは全部NPCの兵士達がやってくれるから僕達は出迎えが終わった後ブリュンヒルデさんの元に集まればいいのにゃ」
「そうなの……。でも折角だし出迎えの様子を見に行こうか」
「了解にゃっ!」
「よしっ!。それじゃあ私等も付いて行こうぜ、皆。功績には関係ないかもしれないけどちょっとでも顔出した方がブリュンヒルデさんからの印象も良くなるかもしれないしな」
ナギ達は皆でブリュンヒルデの出迎えの様子を見に行くことにしたようだ。本来自国の君主が来訪するとなれば出迎えるのが当然だが、民主主義が広がったナギ達の世界にはそのような習慣等ないことを考慮してプレイヤー達があまり堅苦しい行動を取らなくて済むよう設定されているようだ。女王の前だからといって変に頭を下げる必要もないということだろう。ナギ達が陣営の入り口へと向かうとそこにはキッチリ等間隔でズラリと並んだ兵士達の姿があった。ブリュンヒルデは左右に向かう合うように並んだ彼らの中央を通ってくるようだが、陣営の入り口から中央の広場まで2キロ程は兵士達が列を作っていた。ナギ達はその仰々しい光景を眺めながら列の先頭に向かって歩いて行った。
「うっわぁ〜〜〜っ!。NPCの兵士達がこんなに長い列を作ってるよ〜。まるでパレードを見に来た見物客みたいだね」
「見物客にしては雰囲気がちょっと堅苦しいけどな。ブリュンヒルデさんも元の世界じゃ普通の人だし流石にここまでされると気が引けるんじゃないか」
「分かんねぇぜ、ヴィンス。あの独特の雰囲気からしてどっかの金持ちのお嬢様なんじゃねぇが。私の見立てではまず間違いなく現実の世界でも一般人じゃないな」
「もしかしたら政治家の娘さんとかかもしれないよ。テレビに出てても不思議じゃないくらいのオーラだもんね。あっ、それより陣の入り口が見えてきたよ。ちょうどブリュンヒルデさんも到着するみたいだ」
ナギはNPCが作り出した列に長さに驚かされていた。まさに女王を迎えるに相応しい布陣であったが、流石にちょっとやり過ぎかんが出てしまっていた。
「お〜い、ナギ〜、皆〜」
「あっ、ナミだ。それにリアとマイさんも。ナミ達もやっぱりブリュンヒルデさんのことが気になるみたいだね」
「何言ってんだよ、ナギ。そんなの皆同じに決まってるだろ。ほら向かい側を見てみろよ。天だくやシホ、それに遺跡で一緒だったメンバーも沢山いるぜ。私等の後ろもプレイヤーだらけだし、こりゃ本当にパレードを見に来た見物人みたくなっちまったな」
ちょうど入り口からブリュンヒルデの姿が確認できるようになった頃、ナミに連れられて眠りから覚めたリアとマイがやって来た。込み入るという程ではなかったが、他のプレイヤー達も続々とブリュンヒルデの来訪を見に来ていたようだった。中には今朝帰って来たばかりの目にクマを作ったプレイヤー達までいた。
「ふぅ〜、やっと追いついた……。もうっ、私を置いて行くなんて酷いじゃない、皆。私だってブリュンヒルデさんの来るところみたかったのにっ!」
「ごめんごめん。でもブリュンヒルデさんならちょうど今到着するところだよ。ほら、あそこ」
「えっ……。きゃぁーーーーっ!、本当だわっ!。あれは間違いなくブリュンヒルデさんよ。生で見たのって最初の説明の時以来よね。しかも今回はこんな近くで拝めるなんて……。それに良く考えたら招集した時には直接会話もできるじゃないのっ!」
「ちょっと騒ぎ過ぎよ、ナミっ!。私達を起こすのを忘れてたうえブリュンヒルデさんの前で失礼な態度取るつもり。あなたが睨まれたら私達まで目を付けられることになるのよ」
「ご、ごめん……。もうちゃんと静かにするからそんなに怒らないでよ〜、リア〜」
「しっ!、ナミちゃんっ!。もうブリュンヒルデさんはすぐそこまで来とるよ。このままじゃリアの言う通り本当に目を付けられてしまうけぇ」
「うぅ……馬子まで……。もうっ!、分かったわよっ!。黙ってればいいんでしょ、黙ってればっ!」
ちょうどナミ達が来たところでブリュンヒルデが陣営の入り口へと到着した。その周りにはブリュンヒルデの取り巻きと思われる兵士達が同行しており、中にはプレイヤーと思われる者達も数人いたようだ。すでに側近を務めるようなプレイヤー達が選ばれ始めているのだろうか。
「うわぁ……、やっぱり間近で見ると本当に綺麗ね、ブリュンヒルデさんは……」
「そうじゃね……。でもブリュンヒルデさんが乗っている白馬もそれに負けないくらい美しい立派な馬じゃよ。毛並みは透き通るような光沢放ってるし、人を乗せている最中じゃっていうのに足はスラッと伸びて常に胸を張ったままなんて凛々しい立ち姿なんじゃろ。体の柔軟さと丹念に鍛えられた筋肉を持ち合わせてる証拠じゃね。あの馬が全力で走ったら多分誰も追いつけんよ」
「そっか。確か馬子の実家の牧場は馬の飼育で有名だったのよね。流石専門家は言うことは違うなぁ〜」
「本当だよ。僕の牧場にも馬はいるけど、パッと見ても凄そうな馬ってことしか分からなかったし」
「いや、私もちょっと感想言っただけで大したことは言うとらんけぇ。それより誰がブリュンヒルデさんを直接迎えに……ってああっ!。あれを見て、ナギ君、ナミちゃん、皆っ!」
「えっ……あ、あれは……」
「ゲイルドリヴルさんだっ!」
ブリュンヒルデが入口へと近づいて来ているというのに兵士達は並んでいるだけで誰も直接出迎えには行かなかった。普通陣営内を案内する為に誰かが入り口の前に立っているはずなのだが……。だがナギ達がそのことを気にし始めた瞬間、陣営の方から兵士達の列の中を通ってあのゲイルドリヴルが姿を現した。
「ええっ!、もしかしてあいつがブリュンヒルデさんの出迎えをするのっ!。何勝手に偉い人ぶってるのかしら。それなら私だってブリュンヒルデさんのお出迎えがしたぁ〜いっ!」
「ふっ、何無茶糞言ってやがるんだ、ナミ。あの方はお前なんかとは違いこのモンスター大量発生対策陣営の総指揮を任されているのだぞ」
「あ、あんたは……」
「クスクス笑うマンじゃねぇかっ!」
「アクスマンだっ!、アクスマンっ!。一々訳の分からない間違え方してんじゃねぇっ!」
「ああ、そう言えばそんな名前だったわね。ところでさっきの総指揮を任されてるって本当なのっ!」
「本当だ。実は森の制圧を志願した時からブリュンヒルデさんによって指揮官に任命されていたようで……」
背後から突然現れたアクスマンの話ではゲイルドリヴルが今回設置された全ての陣営の総指揮を取っているらいい。どうやらその前の森林区域の制圧の任務の時から指揮官を務めていたようだ。っということはやはりこの陣営のプレイヤー達を代表してブリュンヒルデを出迎えに来たのだろう。
「これはブリュンヒルデ様。わざわざお越し頂き誠にありがとうございます。積もる話もございますでしょうが、指令室に茶と菓子を用意しております。まずはそちらで長旅の疲れを癒しください」
「ふふっ、気を遣わせて済みませんね、ゲイル。ではまずはそちらのお菓子を頂きに向かいましょうか。……よいしょっと」
“バッ……”
「おい、そこの者。ブリュンヒルデ様が乗られて来た白馬を厩舎へとお連れしろ」
「はっ!、直ちにっ!」
ゲイルドリヴルからの出迎えを受けてブリュンヒルデはゆったりとした振る舞いで乗って来た白馬を降りた。すらりと右足を左側に回し、そのまま左足も鐙から放して地面へと着地したのだが、余程動きがスムーズで全身に余計な力が入っていなかったのかまるで物音が立つ様子がなかった。ナギ達は馬から降りる動作一つにブリュンヒルデの気品の高さに感動してしまっていた。
「さて、それでは指令室に向かいましょうか、ゲイル」
「はっ!、お連れの文官の方々もどうぞ。菓子はちゃんと人数分用意しております。護衛の兵士達の食事はテント前の広場の方で今メイカーに作らせておりますので」
「ふふっ。良かったわね、あなた達。ゲイルはちゃんと一般の兵士達のことまで気に留めてくれているみたいよ」
「はっ!、ゲイルドリヴル様のお心遣いには本当に感激しておりますっ!。我らNPC兵士、身分は低くともヴァルハラ国の為に全力で働かせて頂く所存でありますっ!」
ブリュンヒルデを迎えに来たゲイルドリヴルはすでにゲイルと呼ばれ随分と親しまれている様子だった。更には司令官として気に掛けていたから一般のNPC兵士達からの信頼までも絶大のようだった。これはヴァルハラ国でのNPC達のからの評判も相当高いに違いない。
「ぐっ……、あの野郎ふざけやがってっ!。何がブリュンヒルデ様にゲイルだっ!。この俺を差し置いて勝手にお偉い様ぶってんじゃねぇぞおらっ!。それにいくらこういうゲームだからってあの演技はやり過ぎだろ。なぁっ!、お前等もそう思うよな?」
「ちょ、ちょっと天君っ!。いくらなんでも声が大きすぎ……るわ」
「えっ……」
“バッ……”
ブリュンヒルデとかなり親しげなゲイルドリヴルの様子を見て天だくは不満を露わにしていた。それは表情に出るだけに止まらず周りの者達に声に出してしまう程であった。シホが慌てて注意を促したのだが時すでに遅く、天だく達はブリュンヒルデやゲイルドリヴル、それに他のプレイヤー達からの注目を浴びてしまっていた。
「なんだっ、てめぇらっ!。なにジロジロこっちを睨み付け……っ!」
「す、すみません、ブリュンヒルデさんっ!。それに皆さんも今この人が言ったことは全く気にしないで下さい。後で私達が厳重に注意しておきますから……」
「そ、その通りです。こいつ本当に馬鹿でどうしようもない奴なんで……。今すぐこの場から片付けますから……おらっ!、行くぞ天丼頭っ!」
「なっ……なにしやがんだっ!、このオカマ野郎っ!。俺は何も悪いこと言ってねぇぞっ!」
「いいから黙って向こうへ行けっ!」
“バコッ!”
「ぐふっ……っ!」
周りからの気まずい視線を受けてアンチ奈央子は急いで天だくを連れてその場から離れようとした。だが天だくは全く悪びれる様子もなく、必死にこの場に止まろうと抵抗していた。それを見兼ねた爆裂少女が腹部にかなり強めの拳を放ち、天だくが痛みに悶え始めるとそのままアンチ奈央子と共に人気のないところへ連れ去ろうとした。どうやら監視プログラムのARIAも爆裂少女やシホ達に同情し、一時的に味方プレイヤーへの攻撃を許可していたようだ。ただし痛みの間隔が走るだけでHP等へのダメージは全くなかった。
「ちょっと待って下さい、皆さん」
「えっ……」
そのまま天だくを連れて行こうとしたアンチ奈央子達だったが、その場を離れる前にブリュンヒルデから呼び止められてしまった。天だくのパーティであるシホ達は驚いた様子でブリュンヒルデの方を振り向いていた。
「な、なんでしょう……。ブリュンヒルデさん……」
「あなた方は確か討伐大会の団体賞で1位に輝いていた方々ですね。そちらの今声を荒げていた者は確か“天丼、汁だくで……”だったかしら」
「は、はい……。私達は天だくって呼んでますけど……」
「なるほど。では天だく」
「は、はい……」
「確かにあなたの仰ることは分かります。ゲームの中ではこのような身分となっておりますが、現在の私達の世界では人に崇めることを強制するような絶対的な存在は許されておりません。ですが過去の時代にそのような制度が必要であったのは事実であり、そういった時代を乗り越えて今の私達の世界がある以上それが悪とは言えないはずです。ゲイルはこのゲーム世界と私達の過去に敬意を表してこのような過剰な対応を取ってくれているのですよ。あなたには今の私達のやり取りが強い主従関係を強調しているように見えてしまったようですが、私やゲイルを含めこのゲームに参加しているプレイヤー達は人が人を強制的に従わせるようなことをしてはいけないことを重々承知しているはずです。ですから多少のお芝居は容赦していただけませんか。それにこういう光景を見せることはNPCの兵士達を統制するのにもそれなりの効果があるようですよ」
「は、はぁ……」
ブリュンヒルデは天だくを呼び止めると先程の自分とゲイルドリヴルのやり取りについて説明した。ナギ達の世界にはまだ君主制に近い国を取っている国や、実際に王室が残っている国もいくつかは存在している。ナギ達の住む国である日本も王室と同じ意味合いを持つ皇室が存在しているそれらの国の一つではあるが、当然皇室を崇めることを強制するような法律は存在しない。皇室に対する考えや思想も自由でメディア等では皇室の撤廃を訴える者もいる。やはりナギ達にとって一人の人間を神のように崇めることに対しては抵抗があるということだが、ブリュンヒルデは他のプレイヤー達に自分が支配者のように見られることを懸念してこのような訴えを皆の前でしたようだ。
「素敵……、あんな下品な天丼野郎にもあそこまで丁寧に説明してあげるなんて……。なんて大きい器の持ち主なの、ブリュンヒルデさんはっ!」
「本当っ!。それにゲイルドリヴルさんも女性なのになんて紳士的な振る舞い……。美しさと凛々しさを併せ持つなんて格好良すぎよっ!。まさにブリュンヒルデさんの一番の腹心に相応しい人ねっ!」
「そうよっ!。そして互いの美しい容姿とその心に惹かれあう二人はいくつのも試練を乗り越えていくうちに禁断の愛に目覚めていくの……。ああ……、なんて官能的でロマンチックなストーリーなのかしら……」
ブリュンヒルデとゲイルドリヴルは女性プレイヤー達からも絶大な人気を得ているようだった。上司と部下の主従関係から惹かれあう二人を想像して浮かれている者までいた。
「けっ……。何が禁断の愛だ。確かにブリュンヒルデさんの言うことには納得できたが、折角の演技もこんな腐った奴らを助長させちまってるじゃ世話ねぇぜ。どうせならもっと独裁者みてぇに威勢よく振る舞って、あのキザな女野郎を地面に平伏して出迎えさせてくれりゃいいのによ」
「きぃっ!、何よっ!。あんたみたいな汗臭そうな天丼男がゲイルドリヴルさんの悪口を言わないでくれるっ!。まっ、どうせ自分が超ヘボなプレイヤーでブリュンヒルデさんに構ってもらえず女にもモテないからってゲイルドリヴルさんにひがんでるんでしょうけど」
「そうよそうよっ!。って言うかあんたみたいなムサイ奴に視界に入られたら折角のロマンチックなイメージが台無しなんだけどっ!。さっさと私達の目の前から消えてくれないっ!」
「な、何だとぉぉぉぉぉっ!。俺は討伐大会の団体賞で1位に輝いたパーティの一員で、しかもそのパーティのリーダを務めている程の人材なんだぞっ!。すでに2体の超ボス級モンスターも討伐しててあんなキシャな女野郎に劣るわけ……」
「はいはーいっ!。皆さんごめんなさいね。この口の悪い男はすぐ私達が片付けますますから。……さっ!、爆ちゃん、奈央君、今の内に天君をなるべく遠くへ連れてってっ!」
「は、はい……」
「おらっ!、さっさと行くぞ天丼頭っ!」
「ま、待てっ!。俺は何も間違ったことは言ってねぇじゃねぇかっ!。あんな性根の腐った女共こそ放っておくと大変なことになるぞっ!。いいから放せっ!、この……っ!。だ、駄目だ……。さっきからどんなに力を入れても体がピクリとも動かねぇ……。一体どうなってやがんだ」
折角ブリュンヒルデの寛容な言葉で上手くその場を収めてくれていたのだが、天だくは性懲りもなく更に悪態をつき始めた。今度はブリュンヒルデに対してではなく、周りで騒いでいる女性プレイヤー達に対してのようだったが、その女性達をも怒らせてしまったのか天だくは反撃の罵声の言葉に袋叩きにされてしまっていた。負けずの嫌いの天だくは一人でも反論しようとしていたのだが、シホ達に止められてしまい今度こそ爆裂少女とアンチ奈央子によって人気のない場所へと連れ去られてしまうのであった。体が動かないと嘆いていたがこれもARIAの仕業だろう。
「……さっ、余計な時間を割いてしまいました。早く指令室に案内してください、ゲイル」
「はっ!、ではこちらへ……」
天だくが連れて行かれたのを見てブリュンヒルデ達はゲイルドリヴルの案内の元指令室へと向かい始めた。ナギ達は兵士達の向かい合う中を堂々と進んで行くブリュンヒルデ達を見ながら先程の天だくへの発言について考えていた。
「連れて行かれちゃったね、天だくさん……」
「あれはあいつの自業自得よ。ブリュンヒルデさんの前であんなに失礼な態度を取るなんて私達NPCからしても許せないことだわ。シホ達もなんであんな馬鹿を慕ってパーティを組んでるだか。まぁ、現実の世界では一つの王国の部下になったことなんてないだろうし、気持ちも分からなくはないんだけど……。だけどこのゲームの世界では私達にとってブリュンヒルデさんとヴァルハラ国は絶対なんだからね。あなた達の世界のようにゲームが終わるまではトップが入れ替わることなんてないんだから。ブリュンヒルデさんはああ言ってたけど、あいつみたいにあんまり楯突くような真似しちゃ駄目よ」
「わ、分かってるよ……。でもなんだか釈然としない気持ちになっちゃったっていうか……。最初ゲームを始めてブリュンヒルデさんを見た時は僕達世界でもあんな人にずっと総理大臣になってほしいって思ってたのに……」
「そうよね……。民主主義で選ばれてる私達のリーダーってなんだか優しくていい人でも頼りなく感じる人が多いし、反対派の意見を強く押し切ることも出来なくてなかなか政策が進まなかったりするから、どうせならもっと権限を強く任期も長くしてちょっと独裁的な政治をして欲しいとか思ってたんだけど、ゲイルドリヴルの“〜様”とか深く頭を下げてるのを見るとそれもなんだかなぁって思っちゃうなぁ〜」
「独裁政治に意を反したからこそできた今の僕達の社会だからね。でも確かに過去の独裁者の多くには権力に溺れて国民に対して暴挙を振るう人達がいたけど、漫画やアニメ、今僕達がプレイしてるゲームの題材になるような素晴らしい人物達も沢山いたのも事実だよ。そういう人達に憧れて僕達はゲームをやってるんだから、僕はブリュンヒルデさん達のやり取りはむしろゲームを楽しんでて良いことだと思うな」
ナギ達も今の天だくやゲイルドリヴルの行動、ブリュンヒルデの発言には色々と思うところがあったようだが、中にはカイルのように考え方の違う者もいたようだ。
「でもだからって“〜様”まで使うことないだろ〜。私達だって色々と頑張ってんのに結局あのゲイルドリヴルの野郎みたいに偉い人に媚び売って取り入ってる奴が上に行くんじゃあやってらんねぇぜ。それじゃあ他の奴らは一体何の為にゲームをプレイしてるって言うんだよ」
「にゃぁぁぁぁぁぁっ!、そんなことないのにゃぁぁぁぁっ!、皆にゃぁっ!。ブリュンヒルデちゃんはちゃんとナギ達皆のことも見てくれているはずにゃっ!。あのゲイルドリヴルって人を贔屓しているように見えるけど、あれは象徴的な人物が必要なプレイヤーやNPC達の前にわざと自分達を高貴な存在に見せるよう振る舞っているだけなのにゃ。ナギ達と違って少し気が弱くて自分の意見をしっかり持てないような人達はもっと支配的な国営をして貰った方がより力を発揮できることあるにゃっ!」
「そうよ。私が盗賊に襲われた集落であなた達と初めて会った時だってブリュンヒルデさんは本気で私のことを必要として語り掛けてくれたわ。今だってブリュンヒルデさんに呼ばれてここに来ているんでしょっ!」
「デビにゃんとマイの言う通りよ。真に支配者に相応しい人間は自分に付き従うものだけを重用したりはしないわ。例えそれが敵であっても賞賛すべきところはきちんと認めるものなのよ。だからきっと私達がこれまでヴァルハラ国の為に尽くした功績も見てくれているはずだわ。だけどどんなに偉大な支配者もその人に認めてもらおうとする人達がいなければその度量も無意味になってしまう……。あなた達は本当にブリュンヒルデさんが一人で孤独に戦い続けるようになっていいと思ってるの」
「リア……そうだよね。僕達の方が間違ってたよっ!。ブリュンヒルデさんは自分一人だけ幸せになって喜ぶ人じゃない。きっとヴァルハラ国だけじゃくてこのゲームに参加している全てのプレイヤー、ううん、リアやマイさん達NPCのことを思ってプレイしてくれているはずだよっ!」
「うむっ!。皆を平等に扱うだけでは真の統治者とは言えない。どれだけ功績を得ても皆の待遇が同じならばそれこそ努力する意味がなくなってしまう。ゲイルドリヴルは能力が高く、指揮官として賢明にこの前線を守り抜いて来たからこそあれだけの評価を得ている。それだけのことだ」
「私もさっきのリアの言葉には感動したわ。認めてもらおうとする人達がいなければその度量も無意味になってしまう……か。よ〜しっ!、だったら私達も自分達だけで頑張らずに、皆で協力してヴァルハラ国を勝利に導きましょうっ!。そしてブリュンヒルデさんにこのヴァルハラ国の全てのプレイヤーのことを認めさせてあげるのよ。きっとブリュンヒルデさんもそう望んでいるはずだわっ!」
「おおぉ〜〜〜っ!」
「(ふふっ……)」
ナギ達は色々議論を重ねた末ブリュンヒルデに認めてもらう為全力で頑張ろうと一致団結した。その様子を指令室へ向かいながら横目で見ていたブリュンヒルデは無言のままなにやら嬉しそうな微笑みを浮かべていた。一体ナギ達の行動に何を感じたのであろうか。そしてブリュンヒルデが指令室へと入ったのは午前11時40分、招集の時間である正午までは後20分を切っていた……。




