finding of a nation 52話
“ピー……。現在の時刻、午前5時1分23秒……、ID・伊邪那美命、finding of a nation からのログアウトを確認。プレイヤーの意識を仮想世界から現実世界へと移行します。ピー……”
“ウィーーーーン……プシュー……”
“ピー……。現実世界への意識の最適化完了……。プレイヤーの意識を覚醒させます。ピー……”
チュンチュン……、外から聞こえてくる小鳥達のさえずり、カーテンの隙間から差し込んで来る朝の陽射し、日の出が近かったのか淡いオレンジ色の光だった。そんな部屋の中に不自然に鳴り響く機械音とその音声、VR技術の普及したこの世界では最早当たり前の光景だった。今日も夢の中でゲームのプレイを終えたプレイヤー達がそれぞれの朝を迎えようとしていた。
「くぅう〜〜〜んっ!、ゲームを終えた後の朝はいつも快適ね。おはよう、私のVRDベット」
“おはようございます、美羽様。今日も良き一日をお過ごし下さいませ”
現実世界へと意識の帰還した彼らが一番最初に取る行動は一つ、半分体を起こしてのなんとも気持ちの良さそうな背伸びである。今も長く赤い髪を真っ直ぐに伸ばしたパジャマ姿の少女が腕を左右に開くように上げ、体全体をほぐしながら朝の目覚めの快感に浸っていた。VRDベット、乃ちヴァーチャル・リアリティ・ダイビングベットでは5時間以上の睡眠を取れば常に快適な状態での目覚めを約束されている。その為VRゲームのプレイヤー達は二度寝をすることもなく、タイマーをセットしておけばどのような状況でも確実に起床を促してくれる為仕事や学校等に遅刻することもない。勿論この技術はVRDベットだけでなく一般の睡眠用の寝具にまで普及している。更にものによっては会話が可能な高度なAIまで搭載されているものもあるようだ。少女もそのAIと朝の挨拶を交わしていた。
「ふわぁ〜〜〜……、ナギのおかげで今朝は豪い早く目が覚めちゃったわね。ちょっと外に出て朝の気持ちのいい空気でも吸ってこようかな」
目を覚ました少女は2階にある自身の部屋を出て玄関へと向かって行った。どうやら外に出るつもりのようだ。他の家族の者が目を覚まさないよう気を遣っては少女は階段や廊下を抜き足でそーっと移動していた。
“ガラガラガラ……”
「うっわぁーーーーーっ!、気持ちいいっ!。やっぱり久しぶりに早起きするといいもんね。朝日があんなに眩しいわ」
玄関のドアを開けると朝の澄んだ空気と遠くに見える山の隙間から差し込んで来る眩いばかりの日の出の光が少女を迎え入れた。少女はその新鮮な空気を目一杯吸うと共に体を少し反らせるように大の字に広げ、力強くそれでいて安らな朝の太陽の光を全身に浴びせた。その少女の気持ちよさそうな表情はまるで清澄なる今朝の訪れを告げているようだった。少女はつられるように早朝の外へと歩いて行った。
“ダッ……、ダッ……、ダッ……”
「ふぅ〜、この階段の上から見る街の景色もこの時間だとより一層映えて見えるわね。山の隙間から差し込む日の光が街並みを照らしてとっても幻想的……。こんな時間に起こさせてくれたナギに感謝しないとね。もし良かったら二人でこの景色を見られたりなんたりして……って私ったら何考えてるのよっ!」
その少女の住む家は高い山の上にあるようで、少女の目の前には壮観な街並みと共に足元の方には何百段と続く石造りの長い下り階段が広がっていた。そして少女の左右と頭上には真っ赤な太い柱……、そうっ!、少女は今正しく巨大な鳥居の下に立っていたのだった。どうやら少女の家は山頂の境内にあるようだ。それ程華やかではないが、古いながらも美しい木目の柱が静穏さを感じさせている神社の横にある2階建の建物が少女の家なのだろう。……っということは少女の家系は代々この境内の住職を務めているということなのだろうか。
「はぁ〜……、でもこの鳥居の上からだったらもっといい景色が見渡せそうなんだけどな〜。昔っから一度でいいから登ってみたいって思ってたんだけど……っ!。そうだわっ!、確かあのゲームで経験したことはこの世界の私にも反映されるとかなんとか言ってたわよね。にわかには信じられないけど……、もし本当ならあの鳥居の上まで飛び上がれるようになってるかも……。まだ朝早くで誰も起きてこないだろうし、ちょっとやってみよっと♪」
なんと少女はいきなり10メートル以上もの高さもある鳥居の上に飛び上がると言い出した。通常の人間ならばそのようなこと不可能に決まっているが一体どういうことなのだろうか。少女は膝を曲げて少し体勢を低くし飛び上がる為の姿勢を整え始めた。
「よ〜し、それじゃあいくわよ〜……はあっ!」
“バッ……、ビュイィィィィィィィンッ!”
「え、ええぇぇっ!、う、嘘でしょ……」
体勢の整った少女は力強く地面を蹴って宙へと飛び上がった。すると驚くべきことに宙へと浮いた少女の体はそのままぐんぐん舞い上がって行き、あっという間に鳥居の半分以上、5メートルを超える高さまで跳躍していた。予想外の出来事に少女は跳躍の途中で驚きの声を上げてしまっていた。プロのスポーツ選手でも垂直跳びで跳躍できる高さは1メートルを少し越える程度である。だがあろうことか少女はそのまま鳥居のを頂点を超える高さまで舞い上がり、軽く勢いを殺すと鳥居の一番上の柱に飛び乗ってしまった。
“パタッ……”
「ちょ、ちょっとぉ……。本当に飛び上がれちゃったわよ。……ってことはあのゲームの説明でブリュンヒルデさんが言ってたことも本当ってことよね。それじゃあやっぱりデビにゃんが言ってた人類に課せられた試練って話も……」
鳥居の上に飛び乗った後も少女は自身の体に起こったことに動揺を隠せなかった。この現象に何か心当たりがあるようだったが、まさか本当にこれ程の跳躍ができるようになっているとは思わなかったようだ。
「でも仮にあの話が本当だったとしてもたった一日ゲームをプレイをしただけでこんなに運動能力が上昇しているなんて……、やっぱり私って選ばれし勇者だったりするのかしら♪。そういえばナギや他の皆はどうなってるのかな。良く考えれば私でこれなんだからセイナなんかはもの凄いことになっ……ってんんっ!」
“パアァ〜〜〜〜ン……”
「うわぁっ!。私ったら深く考えるあまりこの壮大で神話の世界のような景色に気が付かないなんて……。いつも見慣れてるはずの街並みがまるで桃源郷みたいだわ。私達の世界もまだまだゲームの世界には負けてないわね」
少女は自身、そして先程まで一緒にゲームをプレイしていたプレイヤー達の身に起きているであろう現象について鳥居の上に立ち尽くしたまま深く考え込んでいた。どうやらこの超人的な運動能力の減少は他の者達にも起こっている可能性が高いらしい。そんなことを考えている少女だったが、日の出が進むと共に強まって来た太陽の陽射しに再び意識を目の前の景色へと引き戻された。その景色は先程より十数メートル程高くなっただけだというのに視界を遮っていた山木がなくなるだけでまるで別世界のように感じられた。日が高くなるにつれて赤みがかった空が少しずつ本来の青色を取り戻していき、更に少し薄暗い景色に雲の合間から溢れ出る青白い光がまるで後光が差すように目の前の風景を照らしてた。ナミは桃源郷と称えていた通り、その景色はさながら天界に広がる極楽のようであった。もし死後の世界があるというのならば是が非でも地獄ではなくこのような極楽浄土に行きたい。万人にそう思わせる程の絶景であった。少女は立ち尽くしていた足を下ろすと鳥居の上の柱に腰掛け暫くその風景を眺めてることにした。山頂に吹く清らかな風が少女の長く赤い髪をまるで紛れた星屑が煌めいてるように美しくなびかせてた。
「うぉ〜〜〜〜い、美羽やぁ〜〜〜〜。そんなとこでなにしとんじゃ〜〜〜〜い」
「あっ!。いっけな〜い、もうお爺ちゃんが起きて来ちゃった。まぁお爺ちゃんだったら大丈夫でしょうけど、他の家族にこんなとこ見られたら流石にまずいわね。お母さん達が起きてくる前に早く下りないと……ジャンプで登れたってことは飛び降りても大丈夫ってことよね。お願いだから骨折なんてしないでよ……えいっ!」
早朝の絶景に少女が魅入られていると、鳥居の下から少女のお爺さんと思われる人物が声を掛けてきた。大分歳を取っているのか顔はシワだらけで目は常に開いているのか閉じているのか分からないような状態だった。髪の毛も左右の耳の下の部分からしかなく全て白髪だ。だが声の大きさと張りを聞く限り肉体の方は元気そのものようだ。いつの間にか家族が起床してくる時間まで経過していたことに驚いた少女は慌てて鳥居から飛び降りた。飛び降りる前に骨折しないように祈っていたようだが、普通なら落下の衝撃で死亡してもおかしくない高さである。
“バタッ……”
「ふぅ〜、なんとか無事に着地成功っと。足の裏も全然痛くないわ。運動能力が上がったって言うより肉体そのものが強化された感じなのかしら」
「ふっ……ふおぉぉ、ナミや。お主今あの鳥居の上から飛び降りてきたのか……。それ以前にどうやってあの上まで登ったのやら……。暫く見ん内に随分運動神経が良くなったのぅ」
「もうっ!、何言ってるのよ、お爺ちゃん。昨日も一昨日も私とお爺ちゃんは毎日ちゃんと会ってるでしょう。今のは私の秘密の特訓の成果なの。秘密なんだからお父さんやお母さんには絶対言っちゃ駄目だからね。お婆ちゃんには言っても大丈夫だろうけど」
目の前に自分の孫がとんでもない高さから飛び降りて来て、しかもそれで骨折するどころかケガ一つせずにピンピンしているにも関わらず少女のお爺さんは平然とした態度で会話を続けていた。少女の口振りとお爺さんの様子から察するにボケているわけではないが少し頭の回転が悪くなっているらしい。それとも長年生きてきた年の甲により何事にも動じない熟練された精神を持ち合わせているのだろうか。なんにせよ少女のお爺さんとお婆さんの前では多少の無茶はしても大丈夫であるらしい。
「ほぅ……秘密の特訓とな……。それは誰にも口外するわけにはいかんのぅ。大事な孫の秘密じゃ。この鴉声、棺桶の中まで持っていくことを誓おう」
このお爺さんの名前はどうやら鴉声と言うらしい。昔から鴉の鳴き声は身近な人物の死を告げると言うがそれに由来しているのだろうか。
「棺桶の中って……。あんまり縁起の悪いこと言わないでよね。お爺ちゃんもお婆ちゃんも体はピンピンしてるんだからもっと長い生きしたらいいじゃないの。(頭の方はちょっとあれだけどね……)」
「何を言うとる……。もうわしは十分すぎる程生きさせて貰った。そろそろこの大地よりお借りした肉体をお返しせんといかん頃じゃわい。可愛い孫の顔も見れたことじゃしのぅ」
「だからそんなこと言ってる割にはいっつも元気そうだって言ってんのっ!。お爺ちゃんとお婆ちゃんが病気になってるとこなんて見たことないわよ、私。一回くらい風邪でも引いてみたらどうなのよ」
「ほほっ……。借りた物とはな、美羽。なるべく綺麗な状態で返すのが礼儀なんじゃよ。お主もビデオ屋で借りたテープを巻き戻さずに返したりはせんじゃろ。ところで……、さっきからお主の髪の毛が豪い増えたような気がしとるんじゃが、気のせいかのぅ?」
「テープって……、そんなのいつの時代よ。今はDVDも通り越してデジタル配信よ、デジタル配信。何もしてなくても期限が過ぎたら勝手に見れなくなっちゃうわよ。それに毎朝同じこと聞いてるけど私は寝る前は髪を下ろしてるの。髪を束ねたまま寝る人なんてほとんどいないわよ。待ってて、今いつものポニーテールにするから……」
“ガサガサッ……”
少女は突然ズボンのポケットを漁りだすと中から水色のゴムを取り出した。そして両手を回し右手でその長い髪を束ねて左手でゴムを止めていくと……。
「おおっ、それじゃっ!。それこそわしの孫美羽の姿じゃっ!。やはり女の子はこれくらい元気の良い格好をしなくてはのぅ」
「別に髪を束ねたからって元気になるわけじゃないでしょ。まぁ、ちょっとは性格が明るく見えるかもしれないけどね」
髪を束ねてポニーテールになった少女……、その姿は先程まで“finding of a nation”をプレイしていた伊邪那美命、正しくナミであった。ゲームの中でも一度だけ髪を下ろしていたが、髪を束ねていく姿を見ると改めて同一人物であることが分かる。髪を束ねているかどうかでそれだけ女性の印象が変わるということだろう。
「さて……、ではそろそろ家の中に戻るとするか。そろそろ翼さんが朝食の支度をしてくれているころじゃわい。わしも早く行って手伝わんと……」
「……っ!。じゃあ今日は特別に私も手伝ってあげるわ、お爺ちゃん。最近ちょっと料理の練習もしなくちゃって思ってたところだったのよね」
「じゃが朝食の支度なんてそれ程手伝うことはないぞい。いうてわしも皿を並べるだけじゃからのぅ。まぁ、久しぶりに美羽の料理が食べられるチャンスじゃ。今日は翼さんの代わりに美羽に朝食を作ってもらおうかのぅ」
「流っ石お爺ちゃんっ!。私のことを良く分かってくれてるわ。それじゃあ早く家に戻りましょう。先にお母さんが作っちゃったら折角早起きしていい気分だったのが台無しになっちゃうからね」
こうしてナミ、本名は美羽というようだが自身のお爺さんである鴉声と共に家の中へと戻って行った。翼さんとは美羽のお母さんのことだろう。恐らくゲームの中でレイチェルに言われたことをまだ気にしていたのだろうが、果たして美羽は無事朝食を作ることができるのだろうか。一方その頃同じく“finding of a nation”の世界から意識の戻ったナギはというと……。
「ちょっと美子っ!。いつまでもボケっとしてないで早く顔洗って来なさい。ちゃんと歯も磨いておくのよ。……あっ、翡翠ちゃん、もうトマトは切り終わったのね。それじゃあいつも通りレタスと一緒にお皿に盛り付けていって貰える。あとシチューのお皿も出しといて」
「分かりました。シチューの方ももう十分火が通っています。そのままお皿に入れてしまいますね」
「お願い。私の方ももうすぐ焼き終わるわ。……誰かー、パンのトーストのスイッチを押しておいてちょうだーいっ!」
「はいよー。私に任せといて麗子さーん」
ナギ……、こちらの世界では愛流だが愛流の家の様子は美羽の家の朝と違って豪く騒々しいものだった。母親の麗子と家政婦の翡翠はすでに朝食の準備していて、しかももうほぼ出来上がっている様子だった。恐らく朝の4時過ぎには起床していたのではないだろうか。妹の美子もこれから歯磨きのようで、父親の晴夫、男性従業員の登、今パンのトースト機のスイッチを入れた女性従業員の美禍はすでにテーブルの席に着いて朝食が出来上がるのを待っていた。そして先程までVRDベットでゲームをプレイしていたナギも今階段を下りてきたようだ。
“ダダダダダダッ……”
「おはよう〜、皆〜」
「あら、おはよう、愛流。今日もあんたが一番最後よ。どうせまたあのベットでギリギリまでゲームしてたんでしょう。いいから早く顔洗って歯を磨いてらっしゃい」
「は〜い」
どうやら愛流の起床が一番遅いのはいつものことらしい。VRDベットを使用している為寝坊することはなかったのだが、それをいいことに愛流は毎朝ギリギリの時間までゲームをする癖がついてしまっていたようだ。だが特別寝坊したわけではなく、しかもVRDベットで快眠を取り続けているおかげで仕事の能率が下がることもない為麗子や他の者達も強く怒れずにいたらしい。愛流が手洗い場から戻ると毎日の習慣である従業員達も含めた家族揃っての朝食が始まった。今日のメニューは昨日の夕飯の残りのシチュー、それに先程翡翠が盛り付けたレタスとトマト、その横に載せられたレイコが焼いた目玉焼きとウィンナー、そしてトーストされた食パンである。更に牧場の牛から取れた牛乳を使った自家製のカフェオレとヨーグルトも毎朝食卓に並んでいた。少し多いように感じるが牧場の仕事はそれだけ体力を使う。これだけ食べてようやく昼まで元気に働けるといったところだろうか。
「ズズゥゥゥー……うんっ!、やっぱりこのシチューすっごく美味しいわ、お母さんっ!」
「ああ、一晩寝かしたことでコーンの風味がより全体に行き渡っている。更に柔らかくなった鶏肉の食感も最高だ」
「なに料理通ぶってるのよ、あなた。そんなこと言ってる暇あったら早く食べちゃって。今日も牧場の一日は忙しいのよ。美子ものんびりし過ぎて学校に遅刻しちゃ駄目だからね。慌てて行って事故でも起こしちゃ嫌よ」
どうやら美子はまだ学生で麓にある高校まで原付で通っているらしい。いくら距離があるといっても原付ならば1時間も掛からないが美子も皆に合わせて早起きをしていたようだ。学校に行く前に牧場の仕事を手伝うこともあった。
「ムシャムシャ……ゴックンッ……。それでレイコさん、今日の僕の仕事は搾乳でいいんだっけ」
「ええ。いつも通り乳牛一頭から30キロずつ、なるべく時間を掛けてゆっくり絞りだしてあげるのよ……ってええっ!。愛流、あなた今母さんに向かってなんて言った?」
「えっ……、だから今日の仕事は搾乳でいいのかって……」
「そうじゃないわよっ!。お兄ちゃん今お母さんのことレイコさんって呼んだでしょ。もしかしてあんまり女の子と出会いが少ないんでお母さんのことそういう目で見るようになっちゃったの〜。ねぇ、皆も聞いてたわよね」
「えっ……ええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「ああ……、確かにそう言ってた」
「私も聞いてたぜ。全く私や翡翠さんにそういう感情を抱くならともかく、まさか自分の母親とは……。小さい時からそうだったけど愛流はちょっと他の男達と変わっているねぇ……」
「そ、そんな……。愛流……、もしかして父さんがこんな牧場を手伝わせてばかりのせいで……。うぅ……、こんなことなら大学にも行かせてやってもっと街で遊ばしてやれば良かった……」
「ちょっとあなたっ!。こんな牧場ってどういうことよっ!。あなたがお爺さんから継いだ大事な牧場でしょう。そんなことより愛流っ!、今のは一体どういうこと。母さんは別にどんな呼び方されたって構わないんだけど……、まさか本当に父さん達が言ってるような感情持ってはいないでしょうね」
なんと愛流は先程までプレイしていた“finding of a nation”のゲームの中での癖で自身の母親である麗子のことを“レイコさん”と下の名前で呼んだようになってしまった。実際は名前を呼び間違えてしまっただけなのだが、他の者からまるで愛流が自身の母親を異性として意識しているように感じられてしまい酷く動揺させてしまっていた。特に父親である晴夫は自身の今までの教育のあり方を悔いてしまう程であった。そんな皆が取り乱す中麗子がただ一人冷静に愛流のことを問いただした。すると愛流の口から更に驚くべき返答が返って来てしまうのだった……。
「ち、違うよ……。今のはつい昨日までの癖で……。さっきまでゲームの中で母さんそっくりなレイコさんってキャラクターの牧場の手伝いしてたから……」
「ゲ、ゲームのキャラクターですってぇぇぇぇぇっ!」
「はあぁぁぁぁぁぁっ……、私はもう駄目だぁ……。まさかゲームと現実の区別までつかなくなってしまうなんて……。あんなゲームをする為だけのベット買い与えるんじゃなかった。……こうなったら今すぐ叩き壊してくるっ!」
「ええぇぇっ!。ちょっと待ってよ、お父さんっ!。ちゃんと僕の話を聞いてっ!」
「はぁ……、我が兄ながら本当に情けないわ……。小さい時からゲームばかりやってるからこうなるのよ。これがゲーム脳ってやつなのかしら」
「み、美子まで……」
愛流は皆の誤解を解くために説明したつもりだったが、あいにく愛流以外のこの家の住民は皆VRどころか普通のゲームすらしたことなく、パソコンもほぼ牧場の業務用に使っているだけだった。その為今度はゲームと現実の区別がついていないと思われてしまい余計自分に対する心配を掛けさせることになってしまったようだ。少しでもVRゲームをプレイしたことがあるならば愛流がゲームの中のキャラクターと麗子を間違えてしまったことにも納得できたはずなのだが……。
「愛流……、ゲームもいいけどたまには外に出たらどうだ。今度二人で休み貰って私が街にでも連れてってやろうか。東京ぐらいなら日帰りで行けるしよ」
「俺もそれがいいと思う……。それに暫くゲームも禁止したらどうだ」
「べ、別に東京ぐらい一人で行けるよ。向こうには海留もいるしね。登さんも何か勘違いをしてるみたいだけど別にゲームを禁止する程のことじゃあないよ。確かに牧場の外にはあんまり行かないけど、ちゃんと仕事はこなしてるから別に運動不足ってわけでも……」
「ちょっと愛流っ!。皆あなたのことを心配して言ってくれてるのよ。流石にベットを壊すことはないけど、今日から一週間はゲームを禁止しなさい。その後も頻度を少なくして普通のベットで眠るようにするのよ」
「そ、そんな……。VRゲームは脳にも体にもなんの異常も来たさないよ。VRDベットのおかげで睡眠だって快適に取れてるし……、別にゲームを禁止する必要なんてないよっ!」
「だけど今私のことゲームのキャラクターと思って呼んだんでしょっ!。そんな只のデータでしかない存在と間違えられるこっちの身にもなってみなさいよ。あのベットには後で禁止コードを設定……」
“バアァァァァァァァンッ!”
「レイコさんは只のデータなんかじゃないよっ!。母親だからってデビにゃんやリア、マイさん達を馬鹿にするなっ!。皆ちゃんと命の通った僕達と同じ生命体なんだぞっ!。勿論他のVRゲームや昔のTVゲームのキャラクター達もねっ!」
「あ、愛流……」
麗子がVRDベットの禁止を宣言しようとした瞬間、愛流が激昂と共に食卓を両手で思いっ切り叩き付けた。なんとか朝食は皿から零れずに済んだようだが、突然の出来事に賑やかだった食卓は一気に静まり返ってしまった。誰も何故ナギがこれ程までに怒りを露わにしたのかまるで分からなかったようだ。
「ど、どうしたの……、お兄ちゃん……。確かにお母さんの言い方も悪かったけどそんなに怒って……」
「あわわっ……。ご、ごめん……、つい感情的になって大きな声出しちゃった……」
「い、いいのよ……。確かに愛流の好きなものに対して悪口を言った母さんも悪かったわ。でもその様子だとやっぱりゲームは禁止せざるおえないわね」
「そうだな……。ここは母さんの言うことを聞いておくんだ、愛流」
「そ、そんなぁ……」
愛流が怒ったのは当然ゲームの中の存在とはいえ最早仲間同然であるレイコやデビにゃんのことを悪く言われたからである。だが誰もそんな気持ちを理解できず、愛流はゲームの影響で余計に現実との区別がつかなくなっているように見られてしまっていた。このままでは本当にゲームを禁止されてしまいそうだ。
「(ど、どうしよう……。このままじゃあ本当に暫くゲームが出来なくなっちゃうよ……。あのゲームには人類の命運が掛かっているっていうのに一体どうすれば分かってもらえるんだ……)」
「あ、あのぅ……」
「うん?、どうしたの、翡翠ちゃん。何か言いたいことでもあるの?」
愛流がどうにかして皆の誤解を解く方法を考えてると、今まで沈黙を保っていた翡翠が突如として声を上げた。果たして愛流に追い風となる発言をしてくれるのだろうか。
「い、いえ……。大したことはないんですけどちょっと前にニュースで愛流さんのやっているVRゲーム?、それについての特集をやっていたのを思い出しまして……。その時VRゲームの中の映像を映していたんですけど、まるで私達のいる現実の世界と瓜二つの景色でした。当然人や動物の姿も……。ですからもし本当に麗子さんそっくりのキャラクターがいたのなら愛流さんが間違ってしまうのも仕方ないのではと思いまして……」
「ま、まぁ、私もテレビの画面でなら少しは見たことあるし……、そう言われてみれば私と見間違えちゃうくらいは普通にありえる話のようだけども……」
「それにその特集ではゲームの製作に関わっている人も出演していて、自分達は本当にゲームのキャラクターに命を吹き込むつもりで作っているとも言っていました。人間や動物だけでなく私達に物として扱われているものにも命が宿っていることを知ってもらう為だと……。ですから先程愛流さんがゲームのキャラクター達の為に激怒したのは実はとても素晴らしいことなのではないでしょうか」
「翡翠ちゃん……」
なんと意外にも翡翠の口からは愛流を擁護するような言葉が飛び出してきた。しかも割と説得力があったのか麗子達も今までの自分達の愛流に対する態度に疑問を抱き始めていたようだ。愛流はこのチャンスを活かして一気に皆の誤解を解こうとするのだった。
「そ、そうだよ皆っ!。翡翠さんの言う通りVRゲームは人類の技術の結晶が生み出したものなんだよ。脳や体に悪影響がないようにも研究されてるし、VRDベットだって普通のベットより快適な睡眠が取れるようになってるんだから。あのベットに変えてから僕が一番朝の元気がいいでしょ」
「う〜ん……、そういえば確かに起きてくるのは一番遅いけど特別寝坊したってことは一度もなかったわね。母さん達ですら年に2、3回はどうしても朝起きれない時があるっていうのに……」
「そうですね……。朝起きてくる時も眠気を一切感じさせない爽やかな顔してるし、俺も早朝だけなら愛流の仕事ぶりが一番いいと思ってました」
「昼になるにつれて段々動きが悪くなってくるけどな。体力と集中力はまだまだって感じだぜ。でもそのことを考えるとあのベットが健康にいいってのも本当なのかもしれないな」
「でしょっ!。ゲーム用じゃなくても睡眠学習システムを搭載したベットはあるし、皆も一度ベットを買い換えてみれば。そうすればVRDベットが安全だってことも分かってもらえるよ」
「けどな〜……。だからって愛流がゲームをやり過ぎでないってことにはならないだろう……。いくらゲームの世界が現実の世界と瓜二つと言っても母さんのことをゲームのキャラクターと見間違えたりなんて……」
「そうよね〜……。愛流のゲームのキャラクターを思いやる気持ちは母親としても嬉しく思うけど、やっぱり毎日ゲームばっかりしてるから脳に障害が生じるじゃないかって思っちゃうわよね〜……」
この機に乗じて愛流は通常の寝用ベットにもVRDベットと同じ機能が搭載されているものがあることを説明した。VRゲームをプレイする上で重要な役割を担っている睡眠学習システムには快眠を促す機能もあるようだ。だがそれでもVRゲームが人体に何も悪影響がないと納得させるのは難しかった。
「(うぅ……、あともう一押しだと思うんだけどやっぱり完全に安全だって思ってもらうのは難しいか……。皆人類の最先端技術がどれだけ凄いかまるで理解してないからな〜。何か他に納得してもらう手立ては……そうだっ!)」
「私はなんだかお兄ちゃんの言ってることが間違っていない気がしてきたわ。良く考えれば私の友達にもVRDベットを使って毎日ゲームをして来ている子もいるし、確かにお兄ちゃんの言う通りその子達は一度も遅刻して来てないわ。授業にも一限目からちゃんと集中できてるみたいだし、皆成績も平均以上よ」
「なるほど……、美子の学校の友達達もVRゲームとやらを遊んでいるのか。もしかしたら今も若い子達に取っては当然の遊びなのかもしれないな」
「そうだよ父さんっ!。それにこれを見てみてよ。さっきまでプレイしてたゲームの中で撮った写真を画像にしてライホに送ってあるんだ。レイコさんも写ってるから僕が間違えた理由も分かると思うよ」
どうやら愛流は先程“finding of a nation”をプレイしていた時にレイコ達と写真を取っていたらしい。それを画像に変換して自らのライホへと転送していたようだ。ライホとはライターフォンの略称で、ナギ達の世界で今最も主流となっている携帯電話のことである。ライターのような小型の長方形の形をしていることと、右上に設置された電源が独特の押し型式になっていることからこの名前が付けられた。側面に電子状のパネル、VRゲームの中で愛流達が使用している端末パネルのようなものを開くことでき、その画面でパソコンと全く同じような操作ができる。一々開かずとも掛かって来た電話ならばそのまま長方刑の状態でも通話できるようだ。また電子でできた画面であるため表も裏が存在せず、どちらにでも好きな映像を写すことができる。勿論裏面として塗りつぶすことも可能である。その機能を使い愛流は両面に画像を写して皆にレイコ達との写真を見せていた。アイアンメイル・バッファローの討伐後に撮影したもののようで、海留とヴィンスの姿はなかったが代わりに馬子と塵童が一緒に写っていた。
※ライターフォンの詳細
「はい、これがゲームの中で撮った写真。真ん中に映っている青い貴族みたいな服を来た人がレイコさんね。本当に母さんにそっくりだからすぐ分かると思うけど……」
「どれどれ……っ!。うひゃーーー、こりゃ確かに母さんにそっくりだ。しかも金髪とはまた斬新な……。歳も大分若いようだしこの人に会えるなら私もVRDベットとやらを買ってみ……っ!」
「あなた……」
「じょ、冗談だよ、母さん……。私にはこんな派手な格好をした女性は似つかわしくないし……。やっぱり母さんのような淑やかで綺麗な黒髪が一番だよ」
「ありがとう、あなた♪。……でも自分で言うのもなんだけど確かにそっくりさんね〜。これなら愛流が間違えるのも無理ないかもしれないわ。ちょっと派手だけど私と一緒で気品溢れる女性みたいだし、なんだか親近感も沸いてきちゃったから今回は許してあげようかしら」
「本当っ!、母さんっ!」
「ええ、なんだったらもうこれからずっと“レイコさん”って呼んでも構わないわよ」
「い、いや……。それは父親である私としてはかなり気まずいものがあるから遠慮してくれ……。だが今回は父さん達が悪かったのは事実のようだ。愛流の大切な仲間達のことを悪く言ったこと許してくれ」
「私もこのレイコさんに“只のデータなんて言ってごめんなさい”と伝えておいて。ついでにあなたのこともよろしくって。私に瓜二つのこの人なら安心して愛流のことを任せられるわ」
「わ、分かったよ……。(確かに母さんと一緒で牧場の仕事に対しても凄く厳しいもんな。でもそのおかげで内政のスキルもグングン上昇してるし功績ポイントも沢山溜まったんだけどね。これは昇給イベントが楽しみで堪らないぞ〜)」
どうやら写真を見たことで愛流は皆にゲームのやり過ぎでないことを納得してもらえたようだ。麗子から今まで通りゲームをプレイする許可も下りて愛流にとっては一安心と言ったところだろう。これで他国のプレイヤー達に遅れを取らずに自分達の国であるヴァルハラ国の仲間達にも迷惑を掛けずに済む。
「う〜ん……、確かにお母さんにそっくりね。……でもあれれ?。ねぇ、お兄ちゃん、この写真に写ってる人達って皆が皆ゲームのキャラクターってわけじゃないわよね。このお兄ちゃんの横に映ってる赤いポニーテールの女の人、この人はもしかしてお兄ちゃんと同じプレイヤーなんじゃないの?」
「えっ……、あ、ああ……、そうだよ。(し、しまった……。わざわざ本当のこと言わなくても皆ゲームのキャラクターだってことにしておけば良かった。これはまた嫌な予感がしてきたぞ……)」
安心したのも束の間美子が写真に写っている他のメンバー達について問いただしてきた。別に一緒にゲームをしているプレイヤーなだけなのだから特におかしいことはなかったのだが、美子が注目した人物がナミであった為愛流は動揺を隠せずにはいられなかったようだ。そして愛流の嫌な予感は的中し、今度はナミ達との関係を皆から問いただされることになるのだった……。
「どれどれ……。おっ、こりゃ結構可愛らしい子じゃねぇか。髪の毛の色も揃ってるしまさにお似合いのカップルって感じだな」
「カ、カップル……っ!。そ、それはどの子だ。私にも見せてくれ。……おおっ!、こりゃ確かに可愛いっ!。ゲームを通してこんな可愛らしいガールフレンドを作ってるなんて、それによく見れんば他にも可愛い子が一杯いるじゃないか。こりゃさっきまでの不安は完全に父さんの思い過ごしだったみたいだな」
「べ、別にガールフレンドってわけじゃないよっ!。ナミとは昨日始めたゲームで初めてあったばかりだし、他の皆だってあくまでゲームをクリアする為に協力してるだけだよ。そりゃ現実で会った人達以上に親しみは感じてるけど、一緒にゲームしてるプレイヤーを異性として意識したことなんて一度もないよっ!」
「それは本当か〜、愛流〜。実はゲームで出会った子とリアルでもひっそり会ったりしてるんじゃないか〜。あんまり女の子を引っ掛けて弄ぶんじゃねぇぞ〜」
「そ、そんなことしたことないよっ!。大体僕がほとんど牧場から外に出てないってさっき美禍さんだって自分で言ってたじゃないか。それなら女の子に会いに行ってる暇なんてないでしょっ!」
「そ、そりゃそうだ……」
愛流の予想通り、ゲームの中でのレイチェル達と同じようにこの牧場の皆にもナミとの関係を冷やかされてしまった。隣同士で写っていたのもあるがやはりナミとは恋人同士に見えてしまうのだろうか。
「……なぁ、愛流」
「んん?、どうしたの、登さん」
「写真に写ってる他の人達を見てて思ったんだけど……、この騎士みたいな鎧を着た黒髪の女性ってもしかして女優の美城聖南じゃないのか」
「ええっ!。……あっ!、本当だっ!。この人絶対美城聖南だよ。学校の友達もゲームで美城聖南を見たって自慢してたもん。お兄ちゃんもしかしてゲームの中じゃあ美城聖南と知り合いなのっ!」
「う、うん……。まぁ、一応ね。でもナミと一緒で皆昨日知りあったばかりの人達だよ」
「でももう美城聖南とはゲーム仲間ってことだろ。同じ写真に写ってるぐらいだしな。今度サイン貰って来てくれよ」
「そんなこと言われてもゲームの中でサイン貰ってもこっちの世界には持って帰って来れないよ。それにいくら芸能人だからってゲームの中じゃあ対等なプレイヤーだからね。サインなんて強請ったら“馬鹿にしてるのかっ!”って 怒られちゃうよ」
「そ、それじゃあ愛流……。もし良ければ今度その美城聖南さんをこの牧場に招待してくれないか。実は私もこの前彼女の出演してるドラマを見てから大ファンで……」
「ハイハイハイハイッ!、ちょっとあなた達いい加減にしなさい。なにあなたまで愛流のゲームの話に乗せられてるのよ。もうゲームのことは安全だって分かったんだからいいでしょ。そんなことより早く朝食を済ませて仕事に取り掛かりなさい。動物達もお腹を空かせて待っているのよ」
「は〜い」
ナミとの関係について追及を受けていた愛流だったが、続いて写真を見ていた登がセイナ、この世界の有名女優である美城聖南の存在に気が付いた。やはりMMOプレイヤー達の間だけなく一般の人々からも壮絶な人気があるらしい。美禍はサインを強請り父親の晴夫に至っては自ら大ファンだと公言してしまっていた。このまま聖南の話題で更に盛り上がろうとしていたのだが、流石に麗子が歯止めを掛け早く牧場の仕事に移るよう促してきた。注意を受けた愛流達も自分達が余計な会話で盛り上がりすぎていることに気付いたのか、慌てて朝食を再開し皆それぞれの仕事をこなすべく牧場の方へと向かって行った。家事手伝いである翡翠はこれから食器を片付けて洗濯と家の掃除に掛かるようだったが。牧場へと着いた愛流は牛乳缶を片手に搾乳を作業を始めていくのだった。




