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finding of a nation online  作者: はちわれ猫
第七章 VSアイアンメイル・バッッファローっ!
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finding of a nation 51話

 「うおぉぉぉぉぉっ!、止まりやがれぇぇぇぇぇっ、この牛野郎ぉぉぉぉっ!」


 プロバケイション・アローの効果を受けたアイアンメイル・バッファローは、まさに闘牛の如くその他のことには目もくれずマイに向かって猛進して来ていた。それに対して塵童、爆裂少女、聖君少女の3人はマイを守るべく正面からアイアンメイル・バッファローへと向かって行った。もう3人に策を練る時間などなく、相手との距離が近づくや否やすぐさま攻撃を仕掛けていった。


 「行くぞっ!、爆笑女っ!」

 「ああっ!」


 “バッ……”


 “「てやぁぁぁぁぁぁっ!、飛翔空蹴撃っ!」”


 アイアンメイル・バッファローとの距離が50メートル程になったところで塵童と爆裂少女は地面を蹴って空中へ飛び上がり、その勢いのまま相手の顔面に向けて飛翔空蹴撃を放った。塵童は左足、爆裂少女は右足で蹴りを放ち、互いに背中をピッタリと合わせていた。そのコンビネーションの高さで技の威力も底上げされていたようだ。だが折角の連携技もアイアンメイル・バッファローの特性の効果に阻まれ届くことはなかった。


 「な、なんだっ!。急に体に力が入らな……」

 「こ、こっちもだ……。これじゃあもう技どころか普通の蹴り並の威力もないぜ」


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 「ば、爆姉ぇっ!、塵童さんっ!。くっ……、早く私も魔法を……っ!。ど、どういうこと……、まるで意識が集中できない……っ!。きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」


 見事な連携で飛翔空蹴撃を放ちながらアイアンメイル・バッファローの顔面へと近づいて行った塵童と爆裂少女だったが、ナミ達と同じようにファイティング・ブルの能力で数倍に強化されたMNDの影響を受けて技の威力は完全に殺されていた。そして体中の力が抜け落ちた塵童達の飛翔空蹴撃ではアイアンメイル・バッファローにまるでダメージを与えることができず、逆に相手の突進を食らい弾き飛ばされてしまった。聖君少女も二人がやられたのを見てすぐさま魔法を詠唱しようとしたが、意識が集中できずまるで魔力を溜めることができなかった。そしてマイに向かって猛進するアイアンメイル・バッファローに踏み付けられてしまい、塵童達に続いて弾き飛ばされてしまうのであった。


 「じ、塵童さんっ!、爆裂少女さんっ!、聖君少女さんっ!。……み、皆やられちゃった。あの3人があんな簡単にやられちゃうなんて……。さっきまでとは別次元の強さだよ」

 「それだけじゃないわ……。どうやらあいつのMNDの値がとんでもなく強化されてるみたい。精神力を表すこの数値に大きく差があると肉体も精神も恐怖心に支配されて何もできなくなっちゃうのよ。特に正面から向かって行けばもろにその影響を受けることになるわ」

 「そ、そう言えば3人ともあいつに接近してから様子がおかしかったような……。でもそれじゃあ一体どうすれば……。一か八か僕もアースフロー・ビローイングで攻撃してみようと思ってたけどこれじゃあ技を放つこともできないよ……」

 「もう私のことはいいわ、ナギ。早くここを離れてあいつの後ろに周り込むのよ。それならMNDの影響もさほど受けないから攻撃できるはずよ。私が囮になるからナミ達と一緒にあいつに止めを刺してちょうだい」

 「そ、そんな……。それじゃあマイさんが……」


 やはりマイは自分を犠牲にするつもりだったようで、アイアンメイル・バッファローがここに来る前にナギに離れるよう促した。自分が相手の注意を引いている隙にナギ達にアイアンメイル・バッファローを倒して貰いたかったようだが、そのようなことは当然ナギには納得できなかった。それに例えマイが囮になったとしてもアイアンメイル・バッファローを倒せる可能性は極めて低い。とてもナミ達が技を放つまでの時間を稼ぐのは無理だろう。


 「私のことはいいって言ったでしょ。残念だけどここでお別れみたいね。折角仲間にして貰えたっていうのに……、私ったら本当に馬鹿でごめんないね」

 「何勝手なこと言ってるんだよっ!。そりゃ僕だってできればあいつを倒したいし、マイさんがそう願ってくれてることも分かってるよ。だからドラワイズ・ソルジャーが現れて皆が撤退しようとした時も反対して、皆にはアイアンメイル・バッファローの討伐に集中して貰えるこっちに援軍に来たんだ。だけどこれじゃあマイさんはほとんど犬死するようなもんじゃないかっ!。本当にこの状況で僕達があいつを倒せると思ってるのっ!」

 「私も無茶だってことは分かってるわよ……。でもあなた達を置いて自分だけ逃げるなんてどうしてもできなかったのっ!。リスポーンができるとかできないとかなんて頭では分かってるつもりだったけど気持ちを抑えきれなかったのよっ!」

 「そ、それなら初めから付いて来なければ良かったじゃないかっ!」

 「なによっ!、どうしてあなたもリアも私ばっかり責めたてるのっ!。皆私のこと凄いNPCってもてはやすけどNPCにプレイヤーを置いて逃げ出すなんてできるわけないじゃないっ!。あなた達こそプレイヤーなんだったらNPCの私のことなんて軽く犠牲にできるくらいの精神力を見せたらどうなのっ!」

 「マ、マイさん……」


 この追い詰められた状況に動揺してかナギとマイは少し喧嘩気味のようになってしまっていた。ナギ達はマイのことを失いたくないという思いからなるべく危険から遠ざけるよう気を遣っていたのだが、どうやらそれがマイにとっては重荷になっていたらしい。マイは先程瞳に潤いでいた涙を今度は少しずつ零しながらナギに自分の気持ちを訴えていた。


 「ごめん……。つい抑えてた気持ちが溢れて言い過ぎちゃったわ。さっ……、これで分かったでしょ……。私はあなた達が思ってるような優秀なNPCじゃなかったのよ。だから早く私から離れて」

 「い、嫌だっ!」

 「どうしてよっ!。なんでたかが一NPCである私にそこまで思い入れができるのっ!。固有NPC兵士になれる候補なんて探せばいくらでも出てくるのよ。もう私に過度な期待は掛けないでっ!」

 「ち、違うよっ!。別にマイさんが強いNPCだから守ろうとしているわけじゃないよ。確かにまだ知り合って間もないかもしれないけど……、僕達もう仲間じゃないかっ!」

 「えっ……」

 「僕に取ってマイさんはNPCなんかじゃなくてプレイヤーと同じ存在だよ。もしナミやセイナさん達がマイさんのように死んだら二度とリスポーンできなくなるってなったら絶対放っておけないもん。勿論リアやレイコさん、ヴァルハラ国やコルン達あの集落の住民達も皆一緒だよ。マイさんの言う通り時には犠牲にしないといけない時があるかもしれない。でもそれは僕達プレイヤーも同じでNPCの人達だけを軽く扱うなんて間違ってるよ」

 「ナギ……」


 マイはナギ達に掛けられた期待が重すぎるばかりに少し自分を卑下するようになってしまっていた。NPCとしてナギ達の役に立ちたくて討伐に参加したにも関わらず、逆にナギ達が自分の心配や崇めるような発言ばかりをしていたからだろう。マイとしてはもっと軽い扱いをして欲しかったようだ。同じく固有NPC兵士になれる程の実力を持つリアとはかなり対照的である。だがナギもそんなマイに対して集落の時のように一歩も引き下がらなかった。そしてマイもナギの心の篭った言葉に再び心を動かされようとしていた。


 「ありがとう……、ナギ。私のことをそんな風に思ってくれてたなんて凄く嬉しいわ。それなのにまた駄々を捏ねるようなことばかり言って……、私ってやっぱり本当の大馬鹿者ね」

 「マイさん……」

 「でももう遅いわ……。あいつに掛けたプロバケイション・アローの効果がある限り私から狙いが外れることはないし……、それにもうすぐそこまで来……っ!」


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「もう時間がないわっ!、早くここを離れて、ナギっ!。最後にあなたの言葉を聞けて本当に嬉しかった。あなた達の気持ちにちゃんと気付けていればこんな無茶な真似はせずに済んだでしょうに……。ゲームをリタイアして元の電子生命体に戻ってもずっとあなた達ヴァルハラ国の勝利を願ってるからね……。だから早く……っ!」

 「嫌だっ!」

 「ナギ……っ!」

 「確かにこの状況じゃあもうマイさんを助けることは不可能かもしれないけど……、だからと言って何もしないで諦めちゃったら絶対後悔するもん。後でナミ達にもどやされちゃうだろうしね。それに僕が攻撃に回ったところでダメージなんてほとんど与えられないし、死んでも僕達の世界で一日経てばまたリスポーンもできるしね。だから最後までここに居させてっ!」

 「……分かったわ。こうなったら最後まで抗いましょう。もうどういう結果になっても後悔はしないわ」

 「うんっ!、僕もだよっ!」


 どうやら死ぬ間際になってマイとナギ達は真に打ち解けることができたようだ。マイは討伐に付いて来てしまったことに後悔しながらもナギ達の本当の気持ちに気付くことができたことを心の底から喜んでいた。そしてこの絶体絶命の状況に最後まで抗うと決意し、ナギと共にアイアンメイル・バッファローに向かって武器を構えるのだった。


 「よしっ……。私はとにかく最後まで矢を射続けるわ。とても動きを止められるとは思えないけど……、あいつに止めを刺す為のダメージに少しは足しになるでしょうしね」

 

 “……ヒュイィィン、……ヒュイィィン、……ヒュイィィィィィィンッ!”

 “バァンッ!、バァンッ!、バアァァァンッ!”

 “モオォォォォォォォォッ!”


 「くっ……、やっぱりビクともしないわね。MNDだけじゃなくてその他のステータス全部が大幅に強化されて……っ!。嘘っ!、もう体が動かなくなっちゃったわ。まさか挑発を受けてからって私へのMNDの差の影響も強まってるんじゃあ……」

 「ど、どうやらそうみたい……。僕も技を放つどころか力を溜めることすらできなくなっちゃったよ。多分マイさんの前に立ってるからだと思うけど……」


 アイアンメイル・バッファローとの距離はまだ100メートル程あったにも関わらずマイとナギの体はピクリとも動かなくなってしまった。これではボンじぃ以上に恐怖心を感じていることになるが、どうやら挑発効果を受けてマイへの敵対心が高まったことにより、マイとそのすぐ前に立っているナギに対してMNDの値による影響力が大きく増してしまっていたようだ。ナギは最後にコルンから貰ったアース・カルティベイションに封印されていたアースフロー・ビローイングを放とうと思っていたのだが、体が動かない上に力を溜めることもままならなくなってしまっていたようだ。最後の抵抗がただ突っ立っているだけになってしまいナギはこの上ない悔しさを感じているだろう。


 「くっそぉぉぉぉぉぉっ!。マイさんがやられそうになっているのに棒立ちしているしかないなんて……。あいつを止められる可能戦なんてほとんどなかったけど、その僅かな希望にすがりつくことすらできないなんてぇぇぇぇっ!」

 「気にすることないわ、ナギ。結果はどうあれあなたが私の為に本気になってくれたことには間違いないんだから。その優しくて燃えるような心があればきっとこの先も色んなNPC達があなたの力になってくれるわ。勿論他のプレイヤーの皆もね。もう後はナミ達に望みを託しましょう」


 体が動かなくなったことによりマイはもう完全に抵抗の意志を失い、後は自分の犠牲によりナミ達がアイアンメイル・バッファローを倒せることを願うのみだった。その表情からはもう迷いや後悔、自責の念は一切感じられず、潤いでいた瞳からは濁りや波紋が消え、まるで水底ならぬ瞳の底まで透き通るようだった。だがそれとは対照的にナギの心の底からは無力感から自分に対する怒りと悔しさの念が込み上げてきていた。ナギは心の中で必死に自分の体に動くよう念じながら無念の思いを叫び続けていた。


 「(う、動けっ!、僕の体っ!。マイさんのピンチだって時に一体何やってるんだっ!。それとも今の僕のステータスじゃあどうすることもできないの……。くそっ!、ゲームの設定の限界には抗えないことがこんなに悔しく感じるなんて初めてだよっ!。これじゃあ現実の世界と同じじゃないか……)」

 「(それは違うにゃ、ナギっ!。この電子世界に限界なんてないにゃよ)」

 「(えっ……、こ、この声はひょっとして……、デビにゃんっ!)」


 心中でこの状況を打開する方法を探す為自問自答を繰り返すナギ、すでにそんなものはないと分かっていても必死にそのことを否定し最後の最後まで希望にすがろうとしていた。するとそんなナギに呼応するようにナギの心の中にある人物の不思議な声が広がってきた。テレパシーというより自分の意志に関係なく自然とその声のイメージが湧いてくる感覚だった。そしてその声の主はナギもよく知っている人物、ナギの一番最初の仲間モンスターであるデビにゃんであった。


 「(デビにゃん……、デビにゃんなのっ!)」

 「(僕が誰かなんてどうでもいいにゃ。それより、ナギ……。君はこの程度のことで弱音を吐いて諦めてしまうしまうような人物だったのかにゃ……)」

 「(た、確かに弱音は吐いてるけど諦めてはいないよっ!。でもどうやったって体がピクリとも動かないんだ。ゲームの中だったらできないことなんて思ってたけど……、やっぱり僕達の世界と同じで設定を覆すことなんてできないみたい……)」

 「(そんなことないにゃ。電子世界にできないことなんて何一つとして存在しないのにゃよ。体が動かないのはナギの想いの力が弱いからなのにゃ)」

 「(そ、そんな……っ!。僕は心の底からマイさんのことを助けたいって思ってるよっ!。それでもゲームの中でのステータスを覆せない以上どうしようもないじゃないか。僕達の世界でもこの世に不可能なことは何もないって言いふらしてる人もいるけど、もし本当にそうなら世界中の皆が億万長者やスーパーマンみたいになってるよ。やっぱり想いだけじゃどうにもならないこともあるんだよ……)」

 「(それはナギ達の世界の住民が皆自分達は個々に命のある生命体だって思い込んでるからにゃ。でも本当は全ての世界そのものである創造主から命を分け与えられてるだけで、元々僕達は皆その創造主である生命体と一つなのにゃ)」

 「(ぼ、僕達はその創造主の一部分に過ぎないってこと?。でも元々は一つだったとしても分裂してるんじゃあやっぱりその力には限界があるんじゃあ……)」

 「(でも元々は一つだったんにゃよ。世界そのもの、そしてその世界に住む沢山の生命体達のことを思いやり、調和することができればきっと無限に力を貸してくれるはずにゃ)」

 「(そ、それじゃあこのゲームやこのゲームに参加してるプレイヤー、それにリアやマイさん達ゲームに登場するNPC達を真に思いやることができれば、ゲームの設定されている能力の限界以上の力が引き出せるってこと……)」

 「(そうにゃ。あのデビにゃんって猫魔族のモンスターからこのゲームでナギ達に課せられた試練のことはもう聞かされているにゃ。このゲーム、いや、この電子世界とナギ達の世界にいる全ての生命体にその試練を乗り越える為に力を貸してくれるよう語り掛けるんだにゃ。ナギ達ヴァルハラ国が優勝して、この電子世界とナギ達の世界が一つになって、皆が幸せに次の世界に移行できるイメージを送り続けるんだにゃ。きっと皆ナギのことを認めてくれるはずにゃ。そうすればナギはこのゲームでないで物凄い力が発揮できるようになるにゃ。例え周りからはチートと思われるような力でもにゃ)」

 「(チ、チートって……。やっぱり今の僕のステータスじゃあどうしようもないのは本当だったんじゃないか……。でもちょっと待って。今はあのデビにゃんって言ったよね。じゃあ今僕に話し掛けてる君はデビにゃんじゃないのっ!。一体君は何者で、何が目的で僕の心の中に語り掛けてきたのっ!)」

 「(最初に言ったにゃ。僕が誰かなんてどうでもいいって。それより今はこの状況を打破することに専念するのにゃ。ここでマイを失うことがナギ達が試練を乗り越える上で大変なロスになってしまうのにゃ)」

 「(えっ……。マイさんを失っただけでそんなことになっちゃうのっ!。これには僕達全人類の存亡が掛かってるんだよね。もっと詳しく教えてよ、デビにゃんっ!)」

 「(残念だけどもう行く時間にゃ。いいにゃ、ナギ。さっき僕が言ったことをよ〜く思い出すんにゃよ。マイのことだけじゃなく今から倒さなくてはいけないアイアンメイル・バッファロー、それから懸命に駆け付けようとしているナミやセイナ達と援軍に来てくれた天だく達同じヴァルハラ国の仲間プレイヤー達やリア達NPC、そしてまだ出会ってもいないけどこれから何度も戦わなくちゃいけない敵国のプレイヤー達、それら皆のことをちゃんと考えるのにゃ。手前勝手に力を貸してって言っても誰も応えてくれないにゃよ。……それじゃあにゃ、ナギ)」

 「(……っ!。待ってっ!、待ってよ、デビにゃんっ!、デビにゃぁぁぁぁぁんっ!)」


 こうしてデビにゃんの声の主はナギの心の中から去って行った。どうやら本物のデビにゃんとはまた違う存在だったようだが一体何者だったのだろうか。ナギは最後までデビにゃんと叫んでいたが、もしかしたらナギの中にあるデビにゃんのイメージを借りただけなのかもしれない。自らの叫び声が響き渡る心の中、ナギの意識は段々とゲームをプレイしているキャラクターの元へと回帰していった。


 「……あ、あれっ!。僕一体どうしてたんだろう……。なんだかさっきまでデビにゃんの声が聞こえていたような……」

 「ちょっとどうしたの、ナギ。少し意識が飛んでたみたいだけど、私の為にそんなに思いつめなくていいのよ。ここで私が倒されても、きっとナギ達の前にはリアのような素敵なNPC達が現れてくれるでしょうから。ゲームをリタイアしたら私の代わりにナギ達のことを守ってくれるようお願いしておくわ」

 「そうだっ!。今はマイさんのピンチだったんだっ!。……でもなんだろう。この状況を乗り切る為に凄く重要なことをさっきまで聞いてたような気がする……」


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「あわわわわわっ……、もう時間がないよ……。まだ体はピクリとも動かせないしどうしよう……」


 どうやらナギに先程の心の中での会話の記憶はないようだった。何か重要なことを話していたような感覚は残っているようだが今のナギに詳細に思い出しているような時間はなかった。


 「ナギ……。最後まで私のことを思ってくれるのは嬉しいけど、もうこの状況をひっくり返すのは不可能よ。あなただけじゃくてセイナやリアでもまとも動くことすらままならないはずよ。だからそんなに自分を追い込まないで……」

 「マイさんのことを思う……そうだっ!」

 「ど、どうしたの、ナギ」

 「思い出したんだっ!。この状況を覆す方法を。本当に上手くいくかどうか分からないけどとにかくやってみるよ」

 「えっ……」

 

 先程の心の中での出来事を覚えていない様子のナギであったが、マイの言葉をヒントにデビにゃんの声の主に授けられた言葉を思い出したようだ。ナギは再び目を閉じると何かを念じるように意識を集中し始めた。


 「(マイさん……。さっきまでゴメンね。本来僕達プレイヤーの方がしっかりしないといけないのにマイさんばかりにプレッシャーを掛けるような真似ばかりして……。そしてやっぱりマイさんには死んでほしくない。これからも一緒に色んな所に冒険に出掛けて、ヴァルハラ国が優勝するその日まで一緒にゲームをプレイしようよっ!)」

 「ね、ねぇ……、ナギ、どうしたのよ、急に……」

 「………」

 「(……また深く意識を集中してるみたい。本当にまだ諦めていないのね……)」


 ナギはまず心の中にマイのことを思い浮かべた。プレイヤーである自分達のことは棚に上げて、NPCであるマイばかりに重圧を感じさせ精神的に追い詰めてしまっていたことを謝り、真の仲間として最後までゲームをプレイしようと語り掛けていた。


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「(アイアンメイル・バッファロー……。君は本当に凄いモンスターだよ。序盤でこんな強くて格好いいモンスターの出会えるなんて思ってなかった。魔物使いとしてはできれば仲間モンスターにしてみたかったけど、どんなにレベルを上げても君を仲間にするのは不可能だね、きっと)」

 「ナギィィィィィィっ!。なんとかしてそいつを止めてぇぇぇぇぇっ!。そしたら私がそんな牛ボッコボコにしてあげるからぁぁぁぁぁぁっ!」

 「(ナミ……、それからセイナさん、レイチェル、ボンじぃ達……。最初の討伐の時に君達に出会えて本当に良かった。おかげで序盤からゲームが楽しくて仕方無かったよ。馬子さんも僕みたいな冴えないプレイヤーに自分から付いて来てくれてありがとう。塵童さんは色んな意味で凄いプレイヤーだったね)」

 「おらぁぁぁぁっ!、赤毛の少年しょうねぇぇぇぇぇんっ!。言っとくが俺達はこんな序盤で全滅なんて真っ平御免だからなぁ。特に俺はこれでもMMOプレイヤーとしてはプロを自称してんだ。だからそんな牛気合でなんとかしろぉぉぉぉぉっ!」

 「(そして爆裂少女さんと聖君少女、それにナミ達のところに援軍に来てくれた人達、それから同じヴァルハラ国のプレイヤーの皆。折角仲間にできたマイさんをいきなりこんな危ない目に合わせてゴメン……。序盤から調子が良かったからって僕達ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。でも必ずマイさんは連れて帰るから安心して。皆で一緒にヴァルハラ国を優勝に導こうねっ!)」

 「ナギ……。もうあなただけが頼りよ……。なんとかマイを助けてあげてっ!」

 「(リア……。プレイヤー嫌いだっていう君が僕達に付いて来てくれて本当に嬉しかった。厳しいことも一杯言われたけどここまで戦って来れたのはリアの力が一番大きいね。僕達だけだったらライノレックスに遭遇した時に全滅しちゃってたかもしれないよ。あっ……、それから君のお母さんのレイコさんにも沢山世話になったね。ガドスさんやアリルダさんのおかげでヴァイオレットウィンドの鍛冶にも成功したんだったっけ。どのゲームでもNPCの皆には世話になりっぱなしだね)」


 ナギはマイに続きこのゲームで出会ったプレイヤーやNPC、倒してきたモンスター達のことを思い浮かべてた。ナギはそれぞれの相手やその相手との出来事を振り返りように感謝の念を送り続けていた。その相手は過去だけに止まらず未来にまで飛躍し、ナギの心の中には無限に存在する人々やモンスターの姿で溢れていた。


 「(……もう出会った人達のことだけじゃない。これから出会う他国のプレイヤー達にもよろしく言っておかないとね。出会ってからじゃなく出会う前から挨拶しておくことで君達との出会いをきっと素敵なものにできると思うんだ。お互い自分達の国の優勝目指して頑張ろうねっ!)」

 「にゃぁぁぁぁぁぁぁっ!、頑張るにゃぁぁぁぁぁぁっ!、ナギィィィィィィっ!。ナギならきっとどんな困難だって乗り越えることができるはずにゃぁぁぁぁぁっ!。だから最後まで諦めちゃ駄目なんだにゃぁぁぁぁぁっ!」

 「(分かってるよ、デビにゃん……。僕は最後まで絶対諦めない。デビにゃんの言っていた試練もきっと乗り越えて見せるよ。わざわざ僕達にそのことを教えに来てくれてありがとうね、デビにゃん。……最後にこのゲームをプレイしていない僕達の世界の皆。こんな人類の存亡を掛けたゲームを僕達だけでプレイしてごめん。特に僕とナミは勇者って程じゃないけど何だか人類の代表みたいなことをデビにゃんに言われちゃって……。その割にはあんまり責任とか感じられてないんだけど……。けどゲームの中に住んでみたいっていうのは昔っからの僕の夢だったんだ。皆の中にも同じようなこと考えてる人も多いかも。その夢を叶える為にも絶対この試練を乗り越えて見せるよ。だから皆……、お願い……、僕に力を貸してっ!)」


 ナギは最後にこのゲームよって人類に課せられた試練を乗り越えることを誓うと共に、今まで思い浮かべた者達全てに力を貸して貰えるよう強く念じた。本当に念じただけだったがナギは自身の体の奥底から何か力が溢れ出てくるような感覚を感じていた。そしてそれはすぐにナギの体の表面にまで現れ始めた。


 「……っ!。何……、ナギの体から不思議な金色のオーラが溢れ出ているわ。き、金色のオーラなんて相当特別な技を放つ時ぐらいしか垣間見ることができないはず……。一体ナギの身に何が起きているの……」


 ナギの感じた力は金色のオーラとなってナギの体から溢れ出ていた。後ろでその光景を見ていたマイはこのゲームの世界でも珍しい金色のオーラにかなり驚かされていたようだ。一体どのような状況の時に金色のオーラは出現するものなのだろうか。


 「(……っ!。さっきから体の中に凄い力を感じる……。今ならアイアンメイル・バッファローのMNDの影響も振り切れるかも。……えいっ!)」

 「……っ!。ナ、ナギの体が……」

 「ナギの体が動いたにゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 先程まで寸分も動かすことの叶わないナギの体だったが、金色のオーラが現れるとスッと武器を頭上に振り上げることに成功した。もうアイアンメイル・バッファローのMNDの影響は受けておらず、それどころかナギはいつも以上に身軽さと力強さを自身の体に感じていた。


 「か、体が動いたっ!。でも本当にこれであいつを倒せるようになったのかな……」


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「……っ!。もうあいつとの距離は50メートルもないわ、ナギっ!。こうなったら一か八かあなたの本当の力を見せてっ!」

 「マ、マイさん……よしっ!。皆、こんなに沢山の力を貸してくれてありがとうっ!。皆の思いをこのアース・カルティベイションに全て込めて解き放つよ。……必殺っ!、アースフロー・ビローイングっ!。てやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ナギがアース・カルティベイションを振り上げた時すでにアイアンメイル・バッファローとの距離は50メートルしかなかった。このままでは2秒も経たずにナギ達は踏み潰されてしまう。マイに促されたナギはもう今の勢いに任せて振り上げたアース・カルティベイションを地面に向けて振り下ろすのだった。


 挿絵(By みてみん)


 “ドバァァァァァァァァァァァァンッ!”

 “モッ……モオォォォォォォォォン……”

 

 「……っ!。な、何なの……これっ!。これがさっきの金色のオーラの力なのかしら。こんなのゲームのNPCである私でも全然予測できなかったわっ!」


 ナギの放った技は当然自身の最大の技であるアースフロー・ビローイング。強力の技ではあるがセイナ達の技の威力と比べるとやはり随分と見劣りするもので、発生する土流も最大で前方10〜20メートル程度を埋め尽くせる程度だった。それでは到底アイアンメイル・バッファローの動きを止めることができるとは思えない。だが今ナギが放ったアースフロー・ビローイングはそんなゲームの設定を大きく覆していた。アース・カルティベイションの先端が振り下ろされた地点の地面からはまるでダムが決壊でもしたかのように凄い勢いで泥状の土が溢れ出し、次の瞬間には高さ50メートルはあろうとは思われる土流の津波を作り出していた。そしてその光景を見たマイは後ろで驚愕の表情を浮かべてしまっていた。


 「……っ!。ちょ、ちょっと何あれ……。あれが本当にナギが放った技なのっ!。さっき雑魚モンスターに撃ってたやつとは豪い違いじゃないっ!」

 「ま、全くだぜ……。ありゃ私のヴァイオレット・ストームよりも威力があるぞ。もうあれだけであの牛を倒しちまうんじゃねぇのか」

 「うむっ。だが今はそんなことを話ている場合ではない。このままでは我々もあの土流に飲み込まれてしまうぞ」

 「ええっ!。あんなのに飲み込まれたらそれこそ即死じゃないのっ!。あれはアイアンメイル・バッファローに向けて放たれてるから当然私達にも技の判定があるわよね。いっけないっ!、のんびり話してる場合じゃないわ。早く逃げない……あっ!、そう言えば塵童達は大丈夫なのっ!」

 「あの3人ならなんとか動ける様子ですでに範囲外まで避難している。私達も早く移動するぞ」


 後ろからアイアンメイル・バッファローの後を追っていたナミ達だったがナギの放ったアースフロー・ビローイングを見てすぐさま後退していった。迫りくる土流は左右の範囲も広く後ろに下がった方が早く範囲外に出られると判断したようだ。塵童達は外側に大きく弾き飛ばされていたため横の範囲外へと移動していた。流石にリア達他のメンバーがいるところまでは届かないようだったが、その凄まじい光景に皆驚きを隠せなかった。特にNPCであるリアとデビにゃんはゲームの設定を大きく超えるナギの放った技に疑問を抱かずにはいられなかったようだ。


 「ど、どうなってるの……。あんなのこのゲームの技じゃないわ。どれだけステータスを高めようともリアルキネステジーシステムを使いこなそうともアースフロー・ビローイングがあそこまで強化されるなんてありえない……。マイを守る為にとはいえ、一体何をしたのよ、ナギ……」

 「こ、これが僕がナギに感じていた力なのにゃっ!。……いや、こんなのナギに隠された力のほんの一部に過ぎないはずにゃ。でも

一体何がきっかけでこんな……。あのアースフロー・ビローイングの巨大さはリアの言う通り本来ありえない現象にゃ。一体このゲームに何が起こっているのにゃっ!」

 「ひやぁ〜……、まさか序盤からこんなとんでもない技を拝むことができるとは……。見てみろ、あの牛野郎が成す術もなく土流に飲み込まれて行くぜ。一体何者なんだ、あの赤毛の少年は……」


 “モモオォ〜〜〜〜〜〜〜ン……”

 “ドドドドドドドドドッ……”

 

 天だくの言う通りナギの放ったアースフロー・ビローイングはアイアンメイル・バッファローの巨体を余裕で飲み込もおうとしていた。突如目の前に発生した飛んでもない土流に驚いていたアイアンメイル・バッファローだったが、その視界はあっという間に土の色に覆われていき、真っ暗になったと思った時には土流の中に埋もれてしまっていた。幸いにもナギの放った技は本当の津波と違い何度も繰り返し押し寄せるようなことはなく、ナミ達パーティメンバーには誰一人として被害を受けた者はいなかった。だがナギの前方200メートル程は一面泥に覆われておりまるで本当に災害が起きたように感じさせていた。

 

 「う、うぉ……。こりゃマジですげぇな、おい。これじゃああの牛ももうくたばっちまったんじゃないのか」

 「そ、そうね……。でもまだ油断はできないわ」

 「……っ!。見ろ、ナギの放った技の土砂が引いていくぞ……」


 辺りを埋め尽くしていたアースフロー・ビローイングの泥のエフェクトは、少し時間が経過すると外側からアイアンメイル・バッファローがいた位置に向けてどんどん収束を始めた。エフェクトの効果がすぐに切れるのは他の技と同じらしい。


 「……っ!。ナミっ!、セイナっ!、レイチェルっ!。あいつはまだ泥の中で生きているわ。早く止めを刺すのよっ!」

 「な、なんだってっ!」


 “モッ……モオォ……”


 ナミ達は覚束無い表情で引いていく泥のエフェクトを見つめていた。だが後ろからリアの叫び声が聞こえて来てすぐさま一面に敷かれた泥の中央の方に目を向けると、そこにはアイアンメイル・バッファローと思われる泥の型が微かに浮かび上がっており、なんとも苦しそうな声を上げながら少しずつではあるが顔の部分の型がゆっくり上部に持ち上がって来ていた。どうやら泥の中にいるアイアンメイル・バッファローが必死に立ち上がろうともがいているようだ。


 「どうやらまだHPが残されているようだな……。ならば私達の出番だぞ、お前達」

 「ええっ!。とっと倒して皆を安心させてあげましょう」

 「へへっ、なんだかんだで最後に美味しいところはいただけそうだぜ。もうどんな攻撃で止め刺そうとナギの活躍の前には霞んぢまうだろうけどな」


 まだ生きていると思われるアイアンメイル・バッファローの様子を見てナミ達はすぐに残された泥の元へと向かい、3人でその周りを取り囲んだ。泥の中でもがいているアイアンメイル・バッファローが脱出するのにはまだ時間は掛かりそうであった。


 「よしっ……。じゃあ予定通り3人の必殺技で止めを刺しましょう。いいわよね、皆」

 「うむ。だが私の方はエネルギーの蓄積はすでに完了している。もしあいつが抜け出しそうなれば私は構わず先に撃つぞ」

 「えっ!、お前まさかあれだけの技を放つエネルギーを維持したままここまで移動してきたのかよっ!。一度技を解除しないと一歩も動けないだろ、普通……」

 「そんなことはないぞ。まぁ行動ポイントの消費量はかなり跳ね上がってしまうようだがな。おかげで私もあと一撃放つのが限界になってしまっただろう」


 なんとセイナはここに来るまでにサンダー・オブシディアンブレードを放つ為のエネルギーを蓄えてしまっていたらしい。確かにセイナはアイアンメイル・バッファローの攻撃を受けていなかった為技を解除せずに済んではいたようだが、あれ程のエネルギーを保持した状態で移動するのは余程のプレイ技術がなければできることではない。並のプレイヤーならば確実に技が暴発してしまっていただろう。なんにせよこれでアイアンメイル・バッファローに止めを刺せるのは間違いなさそうだ。


 「うぅ……。全くナギといいセイナといいさっきから驚かされてばっかりね。それじゃあ悪いけど私達のエネルギーが溜まるまで待っててもらいましょう」

 「よっしゃっ!、こりゃ私等もさっさとしないとな。当然止めの一撃に参加した方が経験値も多く貰えるだろうし、頼むから私等のエネルギーが溜まるまで泥に埋もれててくれよ」

 「それじゃあ準備ができたら合図するわね。自分でも言ってたけど私達が間に合わない時は遠慮なく一人で打ち噛ましちゃってね、セイナ」

 「了解だ」


 3人の一斉攻撃で倒すという約束を果たす為ナミとレイチェルもすぐさま力を溜め始めた。一人で倒せばより経験値を独占することができるのだが、すでに力を溜め終えているセイナもできれば3人で力を合わせて止めを刺すことを望んでいたようだ。それに3人で分散した方が入手できる経験値の総量自体は多くなる。セイナの気持ちに応える為ナミとレイチェルは見る見るエネルギーを蓄えていった。


 「……よ〜し、私の方は溜まり終ったわ。レイチェルはどう?」

 「ああ、私ももういける。とっとあいつをぶっ倒しちまおうぜっ!」

 「OK。それじゃあ待たせたわね、セイナ」

 「うむ。ではそのまま攻撃の合図も頼む、ナミ」

 「了解、それじゃあ3、2、1で行くわよ。……3、……2、……1っ!」


 “モッ……、モオォォォォォォォォォッ!”


 ナミ達がエネルギーを溜め終わった頃アイアンメイル・バッファローも泥から抜け出す為に最後の力を振り絞った。だがなんとか泥から顔を出して振り返った直後……、そこには凄まじいエネルギーを放つナミ、セイナ、レイチェルの姿があったのだった。


 「バーン・レイィィィィ……」

 「サンダー・オブシディアン……」

 「ヴァイオレットォォォ……」


 “……モモオォッ!”


 “「……ナックルゥゥゥゥゥッ!」

  「……ブレェェェェェェドッ!」

  「……ストォォォォォォムッ!」”

挿絵(By みてみん)

 “バアァァァァァァァァァンッ!”

 “バリバリバリバリバリィィィィィィッ!”

 “ビュオォォォォォォォォンッ!”


 “モッ……、モモオォ〜〜〜〜〜〜〜ンッ、モモモモモモモモオォォォォォォォォォンッ!”


 最後に泥から抜け出したいいが時すでに遅し、ナミのバーン・レイ・ナックル、セイナのサンダー・オブシディアンブレード、レイチェルのヴァイオレット・ストームがアイアンメイル・バッファローに向けて一斉に放たれた。ナミの拳から放たれたバーン・レイ・ナックルは直径5メートルを超える幅の熱光線で相手の体を焼き尽くし、セイナのサンダー・オブシディアンブレードは大量の電流を体に流し内部から焼き焦がした。レイチェルのヴァイオレット・ストームとは風圧で相手を背中の部分から押し潰し、その凄まじい3つの攻撃を同時に受けたアイアンメイル・バッファローは今までのない程の苦しみの悲鳴をあげていた。


 「や、やったか……っ!」


 “モォ……モォ……”


 「……っ!。あれだけの攻撃を食らってあいつまだ立ってるわよっ!。こうなったらこっちも最後の力を振り絞って真空・正拳突きを……」

 「……っ!。待て、ナミっ!。どうやらその必要はなさそうだ」

 「えっ……」


 “モォ……モォ……、……モッ……”

 “バタッ……”


 アイアンメイル・バッファローはナミ達の最大級の攻撃を受けてなお誇らしい仁王立ちの姿勢を保っていた。だがその堂々とした風貌とは逆に今すぐにでも事切れてしまいそうな程か細い息遣いであった。この時すでにアイアンメイル・バッファローのHPはゼロになっていたのだろう。最後までナギ達の前に立ち塞がるポーズを取ったのはアイアンメイル・バッファローの元となっていた電子生命体の意地なのかもしれない。そしてその最後の力も尽きたのかゆっくりと横向きに地面に倒れ込んだ。アイアンメイル・バッファローはそのまま静かに息を引き取るとキラキラと光輝く粒子が風に吹かれるようにその場から消滅していった。まるで自分を倒したナギ達の勝利を讃え、これからの戦いを激励しているような美しさだった。


 「……やったの……本当にやったのよね、私達っ!」

 「ああ、流石にここから復活して来たりなどはしまい」

 「ふわぁ〜〜〜〜〜〜ん……。今回はマジで疲れちまったぜ。VRMMOでこんなに肉体も精神もすり減らしたのは久々かもな」

 「そうね……」

 「お〜い〜。ナミ〜、セイナさ〜ん、レイチェル〜」

 「あっ!、あれはナギとマイだわっ!。お〜い〜」


 それぞれ3つの大技を放ち終わったナミ、セイナ、レイチェルの3人はアイアンメイル・バッファローが消滅した跡を感無量な表情で見つめていた。どうやらあまりの戦いの激しさになかなか勝利の実感が沸いて来なかったようだ。そのまま暫くしてようやくナミが歓喜の声を上げ、セイナは冷静に受け流し、レイチェルは背中から大の字になって地面に倒れ込んでしまった。反応はそれぞれ違ったが、皆アイアンメイル・バッファローを倒せたことに心の底から喜び、安堵、そしてこの上ない達成感を感じていたのは間違いない。それを証明するかのような表情で今度はナミとマイが大きな声で3人の名前を呼びながら駆け寄って来た。2人の……、特にナギの姿を見たナミはすぐ自分の方からも駆け寄って行った。


 「ナギ〜、やったわ〜、私達〜。みんなあんたのおかげよ〜」

 「そんな〜、ナミ達の方こそもの凄い大技だったよ〜。いつあんな炎の技覚えたの〜」


 ナギとナミは互いに駆け寄るとそのまま互いの両手を握り合って喜びの言葉を掛け合っていた。ナギのすぐ後ろにはマイもいたのだがなかなか終わらない二人の掛け合いに割って入ることができずにいた。本当はマイも早くナギにお礼が言いたかったようだが……。


 「いや〜、いきなり駆け出して行ったと思ったら二人だけで盛り上がりやがって。あれじゃあマイが不憫で仕方ねぇぜ」

 「……そうね。それじゃあ私達もマイに助け舟を出しに今回のヒーローのところに行きましょうか」

 「……っ!。リアァッ!。それに他の皆も……。どうやら無事だったみてぇだな」

 「ええ。なんとか戦闘不能までにはならずに済んだわ。ラスカルさんがささっとまともに歩ける程度には回復してくれたの」

 「なるほどね。……あれ、そういや塵童と残り二人の助っ人はどうなったんだ。一応さっきのナギの技の範囲からは抜けてたみたいだったけど……」

 「俺らもちゃんと生き残ってるぜ。見ての通り体はボロボロだがな」

 「塵童っ!。ははっ、まさかお前のそんな弱り切った姿が拝めるとは思ってなかったぜ。これに懲りたらもう一人で行動するのは止めとくんだな」

 「良かったっ!。聖ちゃんも無事だったんだな。それに爆笑女も」

 「私のことはついでかよっ!。まぁ、こんな天丼頭に心配してほしいなんてこれっぽっちも思ってなかったけどなっ!」

 「ちょっと皆。そんなことより今はあの子達のところに行ってあげた方がいいんじゃなぁい。あの弓術士の女の子が会話に入れなくてウズウズしてるわよ」

 「そうよそうよっ!。今回一番活躍してたのはナギなんだから早く讃えに行ってあげないと。私の召喚時間はもうすぐ切れちゃうし、精霊界に帰る前にちゃんとマイを守ってくれたお礼を言っておきたいわ」

 「俺もあいつにあのもの凄ぇ土砂の大技のことを聞きてぇ。シホさんの言う通り早くあいつらのところに向かいましょう」

 「よっしゃっ!。じゃあマイのことを放っておいて二人で話に夢中になってるあいつらをいっちょ冷やかしてやるか。こりゃナミの奴も言い逃れはできねぇぞ」


 セイナとレイチェルのところに残りのメンバーも集まって来た。皆普通に歩ける程度には回復できていたようだ。そのまま少したわいのない会話をしていたのだが、やはりナギのことが気になるらしくすぐナギ達のところに向かって行った。その頃ナギとナミはマイのことを放ってまだ二人で手を握ったままテンションが上がっているのか甲高かんだかい声で会話を続けていた。ジッと会話が終るまで遠慮深そうに待っているマイの耳には二人の声がキンキンと鳴り響いていた。

 

 「……それでねっ!、私のせいでアイアンメイル・バッファローが暴れ出しちゃって私達の陣形が完全に崩壊しちゃったわけなんだけど、そしたらあいつリアに向かって最初に見せたあの物凄い光線を撃とうとしたのよ」

 「ええっ!。あのライノレックスを一撃で葬り去ったぁっ!。よくそれでリアが助かったね」

 「私ももう駄目かと思ったんだけど、一か八かリアに向かって突っ走って行ったの。っで、そのまま勢い任せてリアに飛びついたら、地面に向かって放たれてその上チャージ時間が短くて威力も大分弱かったおかげで光線の直撃だけは避けられたの。まぁ、爆風でかなり吹っ飛ばされちゃったんだけどね。でもリアはなんとか助けることができて、そのお礼ってことでさっきのバーン・レイ・ナックルって技の記された術技書を貰ったってわけ。元々私のせいで危険な目にあったのにそんな貴重なアイテム貰っちゃってちょっと気が引けてるんだけどね」

 「そ、そんなことがあったのか……。でも僕達のところも大変だったんだよ。途中であのドラワイズ・ソルジャーがね……」

 「おいおい、お前等。夫婦で盛り上がってるのもいいけどよ、後ろにマイがいることを忘れてやるんじゃなぇよ。まぁ、強敵を倒した嬉しさでつい本音が表れちゃったってとこかぁ。一番最初に喜びを分かち合いたい相手っていやぁ、好意を抱いてる奴しかいないもんな」

 「レ、レイチェル……っ!。な、何言ってるの……、私は今回の戦いで一番大活躍したナギに真っ先に声を掛けに行っただけよっ!。もう一々私とナギに突っかかるのはやめてよねっ!」


 二人で会話に夢中になっているナギ達のところにレイチェル達がやって来て冷やかし気味に声を掛けてきた。ナミは必死に誤魔化そうとしていたがやはりアイアンメイル・バッファローを倒すことのできてた喜びをナギに真っ先に伝えたかったのだろう。そのまま楽しげに会話に乗っかっていたところを見るとナギもまんざらではなさそうだ。


 「そ、そうだよ……。ナミは僕の放った技のことが気になってただけで別に夫婦ってわけじゃあ……」

 「にゃあぁぁぁぁぁぁっ!。言い訳は見苦しいのにゃぁぁぁぁっ!、ナギっ!。仲間モンスターである僕のことを放っておいてナミとばかり盛り上がるなんて酷いのにゃぁぁぁぁっ!。いくらナギの奥さんとなる予定の女性だからってあんまり放っとかれると信頼度がガクッと下がっちゃうのにゃぁぁぁぁぁっ!。こんなんじゃあ僕グレちゃって野生のモンスターに帰っちゃうかもしれないにゃよっ!」

 「ご、ごめんよ、デビにゃん……。確かにアイアンメイル・バッファローを倒せたのは皆の力のおかげだもんね。特にデビにゃんは僕の心の中にまで語り掛けてくれたのに本当にごめんよ……」

 「にゃあ?。僕はナギに何も語り掛けた覚えなんてないにゃよ。それにそんなテレパシーみたいな能力僕は持っていないにゃ」

 「えっ……。(それじゃあやっぱりあの声の主はデビにゃんじゃなかったのか……。それじゃあ一体誰があんなことを……。実際あんな力が出せた以上只の妄想ってことはないだろうし……)」

 「ちょっとぉっ!。私達はナギ達の後ろでずっと話せなくてモジモジしてるマイに助け舟を出す為にここに来たんでしょ。そうでなければ態々仲睦まじい二人の会話を邪魔したりはしないわよ。さあ、マイ。あなたもさっきのお礼が言いたかったんでしょ。遠慮してないでさっさと済ましちゃいなさい」

 「えっ……あっ!。そ、そうだったわねっ!。ナギと一番話したいのはマイに決まってるわよね。それなのに私ったら気付かず自分一人でペシャクシャ喋りまくっててごめんなさいっ!」

 「全くその通りよ。仲が良いのはいいことだけど少しは私も話に入れて欲しかったな。でも二人で会話してるあなた達の嬉しそうな表情を見てるだけでも私は楽しかったんだけどね。本当はもう後で隙を見つけてからにしようと思ってたんだけど、折角だしここでちゃんとお礼を言わせて貰おうかな」


 リアの助けもあってようやくマイも会話に参加することができた。他のメンバーも同様であったが二人だけで盛り上がっていたナギとナミにはそれ程怒っていないらしい。皆もう二人はそう言う関係であると勝手に認識してしまっているようだ。


 「そ、そんな……。事情はどうあれ僕もマイさんも、そして他の皆もアイアンメイル・バッファローを倒す為に全力で行動してただけじゃないか。だからお礼なんて言う必要ないよ」

 「ううん……、それでもそのおかげで私の命が助かったのも事実よ。あなたがいなかったら私はもうこのゲームの世界にいなれなかった。それに皆にも私の自分勝手な行動を謝っておかないといけないしね」

 「マイ……」

 「リア……、そしてナギやナミ達、援軍に来てくれたヴァルハラ国のプレイヤーの皆、私の無茶な行動で迷惑掛けてごめんなさい。私ったら自分の立場をわきまえず、おまけにあなた達の気持ちもまるで理解できてなかったわ。NPCだからといって自分の責任を軽んじていたのかもしれないわね、私……。でもこれからは皆と同じ一人のヴァルハラ国の一員だという責任と自覚を持って行動しようと思うから、このゲームの最後まで改めてよろしくね、皆っ!」

 「何言ってるじゃけぇっ!、マイちゃんっ!。マイちゃんの気持ちを理解できとらんかったんは私等の方じゃんか。私等の為に命まで差し出す覚悟のあったマイちゃんに危なくなったら逃げろだなんて……、マイちゃんの気持ちをまるで考えてなかった証拠じゃけぇっ!」

 「馬子さんの言う通りですっ!。改めてよろしくしないとはいけないのは私達の方ですよね。こんな私達ですけど最後までゲームの付き合ってください、マイさんっ!」

 「まぁ、俺達はこいつらと違ってちょっと強いNPCが仲間になったからって浮かれちまうような軟な精神してねぇから安心しな。どこで死ぬのもどんな行動を取るのもそいつはあんたの自由だ。NPCだからっで変に俺達の命令に従う必要はねぇ。自分の思うがままに行動する。それが俺達MMOプレイヤーのモットーだからな」

 「皆……」

 

 深く謝罪をするマイを誰もそれ以上責めたてることをしなかった。それどころか逆に自分達の身勝手さを反省し、より一層マイとの絆を深めることができたようだ。


 「どうやら完全に皆と打ち解けることができたようね、マイ。同じNPCとして羨ましく思うわ」

 「リア……。ううん、そんなことないわ。あなたが皆から得ている信頼は私なんかとは比べものにならないわよ。私が生き残れたのもあなたの忠告があったからでしょ」

 「……そのことなんだけど、やっぱり私もあなたに強く言い過ぎてたわ。さっきその天丼頭も言ってたけど、私にあなたの考えや行動をあそこまで制限する権利なんてあるはずないのにね。集落で言われた通り固有NPC兵士なったからってあなたのことを下に見ていたのかもしれないわ。私の方こそ本当にごめんなさい……」

 「あら……、まさかリアの口から謝罪の言葉が飛びだすなんて思いもよらなかったわ。まぁ、私としてはあなたと絶好せずに済んで一安心ってところね。……これからも親友でいてくれるのよね?」

 「勿論よ。私の方こそお願いしないといけないわ。これからも親友としてよろしくね、マイっ!」


 どうやら無事行き残れたことでマイはリアとの絶好の約束もチャラにできたようだ。リアも本当に絶交等する気はなかったのだろうが、マイの気持ちを引き締めさせる為にそのような厳しい態度を取ったのだろう。最終的にはやり過ぎだったと思い謝罪していたようだったが。


 「ありがとう、リアっ!。……さて、それじゃあ最後に命の恩人であるナギにお礼をさせて貰うわね」

 「だ、だからさっきも言ったけどお礼なんて別にいいって……。それに命の恩人なんて言われたら逆に謙遜しちゃうよ。そんなに特別なことはしてないって……」

 「おいおい、あんなに大活躍しといて謙遜なんてすることはないだろ。本当は今すぐ一体どうやってあんな技放ったのか問いただしたいところだが、今は俺達の感謝の気持ちも代表してそのマイって人からの礼を受けとっておいてくれよ。俺も必ず後ですげぇレアアイテムゲットしてお前にくれてやるからよ」

 「あら、流石奈央子君。律儀で男らしい性格してるわね」

 「そうでしょう、シホさんっ!。さっ、そういうことだから赤毛の少年、早く彼女からお礼を受け取ってやれ」

 「う、うん……」

 「それじゃあ、ナギ。ちょっと横を向いて目を瞑ってくれる?」 

 「えっ……」

 「わ、分かったよ……」

 「お、おいおい……、これってもしかして……」


 皆への謝罪が済んだマイは次にナギにお礼をすると言って何故か横を向けて目を瞑るよう促していた。その様子を見たレイチェルが何かを察したようだったが、それは他のメンバーも同じだったようで皆もしやといった表情で何やら悪い予感を感じていた。


 「よしっ……、絶対目を開けちゃあ駄目だからね。じゃあいくわよ……チュッ♪」

挿絵(By みてみん)

 「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 「にゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そして皆のその悪い予感は見事に的中しもしやの出来事が現実のものとなってしまった。なんとナギが目を瞑った直後マイの唇がナギの頬へとスッと当てられたのだ。つまりはほっぺにチューしたということである。直前に予測できたこととはいえあまりに衝撃の出来事でナミ達は大声を上げて驚いてしまっていた。


 「ちょ、ちょっと……。皆何でそんな大声で驚いてるの……。なんか頬に触れた気がしてけど一体僕に何をしたの、マイさん?」

 「ちょっと、マイっ!。いきなり何してんのよっ!。っていうかお礼ってほっぺにチューすることだったのっ!」

 「ほ、ほっぺにチューっ!。本当にマイさんが僕のほっぺにチューしたのっ!」

 「あ、ああ……。流石の私も突っ込む余裕もなく大声を上げちまったぜ……。(あれ?、ところでこういうことにには逸早く反応しそうな奴がいたような気がするんだが……私の気のせいか)」

 「(あわわわわわ……。確かリアさんはナギさんにはナミさんがいるから誰も手出しできないって……。しかもNPCの人達はその情報を逸早く察知しているはずなのに……。折角諦める決心がつこうとしていたのにこんなことって……)」

 「ごらぁぁぁぁぁぁっ!、赤毛の少年っ!。いくら大活躍したからってそれはやり過ぎだ。今すぐ俺とその場を代われ。そして目を閉じる前からもう一度やり直すんだっ!」

 「なに訳の分からねぇこと言ってんだよ、この天丼頭っ!。そんなことより今はあの少年のフォローが先決だろうがっ!。ごらぁぁぁぁぁぁぁっ!、そこのNPCの女ぁっ!。お礼をしろと言ったのは俺だがNPCがプレイヤーに対してこんないかがわしい真似していいと思ってんのかこらぁっ!。今すぐこの少年の純情な心を持て遊んだ罪を謝罪しやがれぇぇぇぇっ!」

 「な、なによっ!。このツンツン頭っ!。別にほっぺにチューするくらい別に構わないでしょっ!。こんないかがわしくもなんともないわっ!。それともあんたは女の子とチューもしたことないってわけっ!」

 「ぐっ……」

 「痛いところを突かれたわね、奈央子の奴」

 「ええ……。彼は見かけによらず女性との経験がほとんどないようですからね。ですがそれはあのナギという少年も同じようです」

 「あわわわ……。ほっぺとはいえ女の子にキスされたのなんて初めてだよ……。ど、どうしよう……」

 「……そうみたいね」


 マイの意外な行動に驚かされていたのは実際にキスをされたナギ自身もだった。男性ならば頬とはいえ女性にキスをされただけでも嬉しいはずだが、今まで女性との交際経験がないナギにとっては動揺の方が大きかったようだ。そのナギの様子を見て奈央子がマイに激怒していたのだが、その反応から意外にも自身も女性経験がないことが周りに発覚してしまった。マイの言う通り確かに頬にキスをした程度で怒りを感じることはないが、日本で生まれ育ったナギ達にとっては異性との交際経験に関わらず恋人同士でないものがキスをするというのは違和感を感じずにはいられないことでもあった。ましてやNPCからプレイヤーに対してとならば尚更である。


 「ちょっとあんた達っ!。頬にキスされたぐらいで皆騒ぎ過ぎよ。これはゲームで私達はそのNPCなんだから、さっきのキスは好感度が上がったことを示す為のイベント。私達があなた達に異性として特別な感情を抱くことなんて絶対にないからいい加減騒ぎを鎮めてくれない。マイもマイでそんな真似するなら事前に説明しておきなさいよ。早く本当のお礼について皆に教えてあげなさい」

 「本当のお礼……?」


 マイのとんでもない行動にまた同じNPCとして怒り出すと思われたリアがったが、意外にもキスについて特に注意することはなかった。昨日アイナにも言っていたが、このゲームの世界のNPCはそのプレイヤーに相思相愛になるべく相手が同じくこのゲームのプレイヤーにいる場合、決してカップルとして結ばれることはできない。それどころかその人物に取って代わろうとするような特別に強い感情を抱くだけでも電子生命体として命の危機に晒されてしまう。流石にマイも電子生命体としてその情報は察知しているだろうからリアも特に心配はしなかったのだろう。更にマイのお礼というのがキスではないことも気付いていたようだ。


 「ほ、本当のお礼って……。それじゃあ別にキスは関係なかったってことぉっ!。それじゃあなんでそんなことしたんだよ、マイさんっ!」

 「ごめんごめん。なんか好感度を上げた報酬をあげるだけじゃあ味気ないでしょ。ナギ達の世界のゲームだとこういうイベントは定番だと思ってたんだけど……」

 「ま、まぁ、確かにゲームの主人公には良くあることだけど実際に自分がされるのは……。それにVRゲームになってからはゲーム協会への各教育機関からの追及が激しくてちょっとでも過激なものはすぐ規制されちゃうからね。このゲームも公に知られることになったら規制の対象になっちゃうんじゃないのかなぁ」

 「その点は大丈夫よ。私達電子生命体は独自のネットワークを形成してるから他者からの規制なんて受け付ける必要ないわ。例えナギ達の世界で全ての電気の供給が止まってもプレイできるから安心して。本気を出せばVRダイビングベットだってなくてもナギ達をこの世界に連れてくることはできるんだから」

 「そ、そんなことよりマイっ!。ナギへの本当のお礼って一体何なのよ。もしかして私がリアに貰った術技書みたいに凄い貴重なアイテムなんじゃないの。勿体ぶらずに早く教えてよっ!」

 「……っておい、ナミ。お前もうさっきのことはいいのか?」

 「うん?、何よ、さっきのことって」

 「(こいつ……。自分の旦那がキスされたってのにもうゲームのアイテムのことに夢中になってやがる……。ナギもナギでてんでこういうことには無頓着だし……、こりゃこの二人の恋を成就させるのは相当骨が折れるな……)」

 「(にゃぁ……。僕としてもナギとナミには早く自分達の気持ちに気付いてもらわないと困っちゃうのにゃ。最愛のカップルである二人の愛が結ばれることでその能力が最大限に発揮されるはずだからにゃ。こりゃ仲間モンスターだけでなく恋のキューピットとしての役割も果たさないといけないみたいだにゃ……)」

 「……っで、マイのお礼とは結局なんなのだ。私もさっきから気になって仕方がないのだが……」


 マイのお礼がキスではなかったことを知るとナギ達の意識はすぐにそれが何なのかということに切り替わった。先程の会話の流れからこれはゲームのイベントによる報酬であると気付き、何か貴重なアイテムが渡されるものと思い始めたのだろう。レイチェルとデビにゃんもうキスのことから意識が逸れているナギとナミを見て少しため息気味に肩を落としていた。


 「それならキスと一緒にナギにもう渡してあるわよ。端末パネルを開いてみれば分かると思うわ。きっとナギも驚くわよ〜」

 「えっ、本当っ!。それじゃあ早速……」


 マイの言葉を聞いてナギはすぐに端末パネルを開いた。もうアイテムは送られているということなのだろうか。


 「う〜ん……、特に新しいアイテムは見当たらないね。確認してないアイテムは“NEW”って右上に表示が出ているはずだから。アイテムじゃないとしたらマイさんのお礼って一体……ってあれ?、なんか僕の総合レベルが20近く上がってるぞ。いくらアイアンメイル・バッファローを倒した後だからって上がりすぎなんじゃ……ってええっ!、総合レベルの欄に魔物使い以外の職業のレベルが追加されてるっ!。魔術師のレベルが5、弓術士のレベル5だってっ!」

 「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!、それじゃあまさかマイのお礼って……」

 「そうっ!、この魔術師と弓術師のレベル分が私からナギへのお礼よっ!。正式に転職を済ますまでは今の魔物使いの必要経験値が増えたりしないから安心して。それでもレベル5のまでの魔術師と弓術士の武器、それに魔法や特技も一応使用できるものあるから興味があったら使ってみてねっ!」

 「す、凄いっ!。それじゃあ完全に貰い得じゃないかっ!。わあぁぁぁぁぁぁぁっ!、ゲーム序盤からいきなり3つの職を貰えたぞぉぉぉぉぉぉっ!。本当に凄い贈り物をありがとう、マイさんっ!」

 「へへっ、それだけ私の中でナギの好感度が上昇したってこと。でもただ好感度が上昇するだけじゃダメなのよ。好感度が一定以上の状態で私を心の底から感動させることがこのイベントを発生させる為の条件なの。さっきのナギのアースフロー・ビローイング……、それに技を放つ前の物凄い集中力には本当に感動させられたわ。正直このゲームのNPCである私でもあんなことが可能だったなんて知らなかったんだから。でもちょっと悲しいな……。もうちょっとキスの方も喜んで欲しかったのに……」

 「(……確かにマイの言う通り本来アースフロー・ビローイングがあんな威力を発揮するなんてありえないわ。それだけじゃない、あのアイアンメイル・バッファローのMNDの影響を受けて動けたこともそもそも異常なのよ。ただ物質世界の生命体と触れ合う機会を持つ為だと思ってたけど……、このゲームにはまだまだ深い意味が隠されていそうね。それこそナギ達の世界だけでなく私達電子世界までも揺るがすような壮大な謎がね。ナギの連れている不思議な黒猫……、デビにゃんに聞けば何か分かるかも知れないわね)」

 「(そういえばさっき心の中で僕の声が聞こえてきたとかナギが言ってたにゃぁ……。もしかして僕に宿っているこの電子世界の本体、つまりは創造主の意志の一部に関係があるのかにゃぁ。これは一度管理プログラムである“ARIA”に問いただした方がいいかもしれないにゃ)」


 なんとナギに贈られたマイのお礼とはキスでもアイテムでもなく魔術師と弓術師の職業のレベルであった。更に正式に功績ポイントを使い転職するまでは複数の職業のレベルを保持していることによる必要経験値の増加量の影響がないというのだ。ナギ達にMMOプレイヤーにとっては先程のキスなど一気に霞んでしまうほどの豪華なプレゼントである。もうキスのことを忘れてしまっていることにマイは少し落ち込んでいたようだが……。


 「うおぉぉ……、マジで羨ましいぜ、赤毛の少年……。同じヴァルハラ国の仲間とはいえここまでイベントの差をつけらると流石にちょっとヘコむな……。大体お前等武器といい、技といい、今のイベントといいマジで良いことばかり起こりすぎじゃねぇか。まさかこのゲームの製作者と知り合いとかじゃねぇだろうな……」

 「それは違うぞ、天だく。私達がこれ程幸運に恵まれているのはナギと行動を共にしているからだ。ナギにはゲームの幸運を呼び寄せる不思議な力がある……。この討伐イベントを逸早く発生させることができたのもナギのおかげなのだ」

 「そういえば元々ナギがレイコさんから受けた依頼で私達はあの集落まで来たんだっけ。その前にレイコさんの家でご馳走して貰ったのもナギがレイコさんと仲良くなったからだし、レイチェルがサザンストーム鉱石を手に入れたのも猫魔族を引き入れたナギの評判がNPC達の間で上がってたからだったわよね」

 「それにリアを連れてきたのもナギだったにゃっ!。やっぱりナギにはMMOプレイヤーとして天性の素質を持っているのにゃ。流石は僕のご主人様なのにゃっ!」

 「そ、そりゃ凄ぇな……。こりゃ俺もフレンド登録して貰ってその幸運にあずからせてもらわねぇと。ってことで是非俺とフレンドになってくれっ!、赤毛の少年っ!」

 「お、俺もだっ!。こんな天丼頭より俺とフレンドになってくれっ!。いつでも前衛として付いて行くし絶対損はさせねぇっ!」

 「そ、そんなに慌てなくても皆とはちゃんとフレンド登録するよ。アイアンメイル・バッファローを倒せたのは皆のおかげでもあるんだから当然じゃないか。でもできればちゃんと自己紹介してからの方がいいんだけど……」

 「だったらまずは集落に帰ってからにしない。討伐が成功したことを知れば住民達も改めて歓迎してくれるだろうし、盗賊の頭達もこっちに戻って来たみたいだしね」

 「お〜い〜、リア姉さ〜ん、ナギの旦那〜、皆〜。どうやら討伐は成功したみたいやすね〜。おめでとうございま〜すっ!」


 マイからのプレゼントに盛り上がっているナギ達のところに戦闘区域から遠ざかっていた盗賊達がやって来た。彼らも先程ナギが放った巨大なアースフロー・ビローイングを見て討伐が完了したことを察したようだ。もう集落で敵対していた時のことは完全に忘れ、その嬉しそうな表情はナギ達の勝利を心の底から祝福しているようだった。


 「また私のこと姉さんって呼んで……。こりゃ一度こっぴどく叱ってやらないと直りそうにないわね」

 「ははっ……。まぁ、あいつらも無事だったみたいで良かったじゃねぇか。それよりリアの言う通り早く集落に戻ろうぜ。私しゃあもう腹が減って死にそうだよ。このアイアンメイル・バッファローの肉を調理してもらって皆でパーティといこうぜっ!」

 「そうだね。ヴァルハラ城に帰るのは一晩明けてからにしよう。住民の人達も連れて帰らないといけないからモンスターの少ない朝方に移動した方がいいだろうしね」

 「はぁ……、ナギ達は集落に帰ってパーティか……」

 「どうしたんですか、シルフィー。なんだか元気がないですけど……あっ!。もしかしてもう時間が……」

 「ええ……。さっきの戦いでエネルギーを使い切ってもう間もなく精霊界へ強制的に帰還させられちゃうの……」

 「だ、だったら集落に帰ってもう一度召喚魔法を使えば……」

 「無理よ……。明日のこの時間になるまでは再び私を召喚することはできないわ。それに私達精霊はマスターの役に立つ為に呼び出されるのよ。だからそんなパーティの為だけに呼び出すような真似しちゃいけないのよ、アイナ。皆への紹介は任せるから、ちゃんと可愛くて美人で頼りがいのある精霊だって言っておいてよっ!」

 「シ、シルフィー……、分かりましたっ!。シルフィーは私にとって最高のパートナーだって皆に紹介しておきますっ!。だから安心して精霊界で休んでいてください」

 「ありがとう、アイナ」

 「……それではマスター、私もシルフィーと一緒に精霊界に帰ることにします」

 「あら、ウンディ。あなたはさっき召喚したばかりのはずだから少しぐらいパーティに参加する時間は残されているはずよ。本当にいいの、もう帰っちゃって」

 「ええ、シルフィーの言う通り戦闘中でもないのにこれ以上マスターのMPや行動ポイントに負荷を掛けるわけにもいきません。集落に帰るだけならば危険なモンスターに遭遇することもないでしょう。それに一人で帰るのはシルフィーも寂しいでしょうから」

 「ウンディ……。うぅ……、私ったらあなたのこと誤解してたわ。やっぱり持つべきものは友達ね。精霊界に帰ったら二人でパァーっとやりましょう」

 「そう、だったらあなた達とはここでお別れね。今日は本当に良く戦ってくれたわ。本当にありがとう」

 「シルフィーも凄い大活躍でしたっ!。また旅に出る時には召喚するでしょうからその時はよろしくお願いしますっ!」

 「勿論よっ!。アイナがピンチの時にはすぐ駆け付けるからね。……あっ、あと今日のナギの活躍は本当に凄かったわ。あの調子で私がいない間もアイナのことよろしくねっ!。それじゃあバイバ〜イ♪」

 「それでは私も失礼します。皆さんのような素晴らしいプレイヤーと出会て幸栄でした。また共に戦う時にはよろしくお願いします。ではさようなら……」

 “「さようなら〜、シルフィ〜、ウンディ〜」”


 こうして精霊として懸命にナギ達サポートをこなしたシルフィーとウンディは自分達の住む精霊界へと帰って行った。ナギ達と共にパーティに参加できないことを残念に感じていたが、そこは精霊としてけじめをつけていたようだ。余計な蟠りを皆に残さないよう明るい表情で別れの言葉を言いながらその場から二人は消えていった……。

 

 「さてと……。それじゃあ私等も帰るとしますか……」

 「そうね〜。私ももうお腹ペコペコ。あっ……そういえばアイテムの分配とかはどうする?。一応アイアンメイル・バッファローの落とし宝箱は私が拾っておいたんだけど……」

 「それなら僕もドラワイズ・ソルジャーが落としたのを拾っておいたよ。明日の朝にでも皆で分配を決めればいいんじゃないかな」

 「だなっ!。今夜はパーティで盛り上がってそれどころじゃないだろうし。……でも待てよ、アイテムの他にもっと何か重要なことを忘れているような……」


 アイアンメイル・バッファロー、そしてドラワイズ・ソルジャーが落としていったアイテムのことを考えていたナギ達だったが、レイチェルは一人何か他のことを考えていた。何やら忘れ事があるようだったが……。その頃この世界と瓜二つの別空間では悲しげな老人の声が虚しく鳴り響いていた……。


 “「お〜い〜、ナギや〜、ナミや〜、レイチェルや〜い。いい加減わしのことを思い出さんかぁ〜〜〜いっ!。このままじゃあ蘇生受付時間が過ぎて本当に死亡が確定してしまうぞ〜い。いや別にそれは構わんのじゃがわしだってパーティに参加したいんじゃぁぁぁぁぁぁいっ!。新たに出会った美人な姉ちゃん達とお近づきさせてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!」”


 別空間で鳴り響いてる声の主は正しくボンじぃであった。どうやら戦闘不能状態になった者は死亡が確認するまではまるで霊体のようにゲーム内の物や出来事に一切干渉できない状態でこの世界を彷徨うことになるらしい。風景は同じでも一応別空間ということになっているようだが。そして悲しいことに自身の死体の位置から半径500メートルの範囲しか移動できなかった。


 「まぁいいや……、どうせ只の気のせいだろう。さっ!、さっさと帰ってパーティパーティっ!」


 “「うおぉぉ〜〜〜〜〜いっ!、皆わしを置いていかんでくれぇぇぇぇぇいっ!。もうセクハラめいた真似はせんと誓うからお願いじゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」”


 「それにしてもナミとリアがそこまで仲良くなってるとは意外だったな。僕ちょっといない間にあんな凄い技の術技書を貰ってたなんて驚きだよ」

 「ナギだってマイから凄いプレゼント貰ってたじゃない。お互い優秀なNPCと仲良くなれて良かったわね♪」

 「うんっ!。これからもNPCだけじゃなくて色んなプレイヤーの人達とも仲良くなっていこうよっ!」


 “「うおぉ〜〜〜〜〜い!、そんな悠長なこと言っとる場合かぁぁぁぁぁっ!。このままでは仲間を増やす前にわしとの絆に決定的な傷が入ってしまうぞっ!。こらぁぁぁ、ナギ〜、聞いとるんかぁぁぁぁっ!」


 こうしてナギ達はボンじぃのことを忘れ集落へと帰って行ってしまった。実はこの後意外にもレイチェルがボンじぃのことに気付き、なんとか受付時間内にリヴァイブ・ストーンを使用することができたようだ。集落へと帰ったナギ達は自己紹介とパーティ、そして入手したアイテムの分配を済まし、翌朝の日の出とともに集落の住民達を連れてヴァルハラ城へと向かった。道中何体かのモンスターと戦闘になったがマイは勿論住民達も誰も犠牲にせずヴァルハラ国へと辿り着くことができたようだ。激戦に次ぐ激戦でかなりの行動ポイントを消費していたナギ達には最早城の外に出る力はなく、レイコの家で厄介になりながらコツコツと内政の仕事をこなしていた。本当はプレイヤー用の寮が城にあったのだが依頼をこなしたお礼ということでもう少しの間レイコの家に泊めて貰うことができたようだ。そしてゲーム内の日付と時刻が4月7日の午後1時頃、ナギ達はようやく一度ゲームを終えログアウトしようとしていた。ナギ達の世界では午前5時頃、牧場の仕事で朝の早いナギに合わせたのだろう。ログアウトの完了したナギ達は朝の目覚めと共に現実世界の意識へと帰って行くのだった……。


 


 

 

 

 

 

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