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finding of a nation online  作者: はちわれ猫
第七章 VSアイアンメイル・バッッファローっ!
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finding of a nation 48話

 「うおぉりゃぁぁぁぁぁっ!」

 「な、何っ!。一体何者よっ!、あいつ……」

 「心配するな、ナミ。その男は天だく……。我々と同じヴァルハラ国のプレイヤーだ」

 「にゃっ!。それじゃあ態々僕達の援軍に来てくれたってことにゃっ!」

 「うむっ。だからナミ。今は奴に任せて早くその場から引くのだ」

 「わ、分かったわ……」


 塵童とマイの元に現れたドラワイズ・ソルジャーに対処するため援護に向かったナギ。そのナギと塵童の元に突如同じヴァルハラ国のプレイヤーである爆裂少女と聖君少女が現れた。二人は見事な連携でドラワイズ・ソルジャーの変身した姿、トライワイズ・ドラゴンをナギ達の前で圧倒してしまっていた。時を同じくしてアイアンメイル・バッファローと戦闘を続けていたナミ達の元には、建国時の討伐で爆裂少女や聖君少女と同じパーティメンバーであった天だくが姿を現していた。戦斧士である天だくは自慢の斧を回転させた体ごと振り回しながらまるで竜巻のようにナミの元に突進して来ているアイアンメイル・バッファローへと向かって行った。当然の登場に戸惑っていたナミだが、天だくの知り合いであったセイナの言葉を聞き入れアイアンメイル・バッファローの対処を任せるべくその場を退いて行くのだった。


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「おらおらぁぁぁぁっ!。てめえなんざ薄切りにして牛丼にしてやるぜっ!。うおぉぉぉぉぉぉっ……、サイクロン・アックス・スッイィィィィィングッ!」


 “……ガッキィィィィーーーーーンッ!”


 「おわっ……!」

 

 “モモオォ〜〜〜〜〜〜ン……っ!”


 ナミの代わりにアイアンメイル・バッファローへと突っ込んで行った天だくは、相手の突進に衝突する寸前に左足を前へと踏み込むことで下半身の動きを止めた。そしてそのまま地面を踏ん張り、まるで野球のバッターのスイングのように斧を振って迫り来るアイアンメイル・バッファローへと突き出していった。サイクロン・アックス・スイングと叫ばれていたが、先程の体を竜巻のように回転させながら斧を振り回すことで周囲のモンスターを薙ぎ払い、その勢いを利用して最後に威力の高い斧による斬撃を放つ技のようだ。対するアイアンメイル・バッファローも、先程セイナにも使用したバッフルチャージの特技を放ち、体に赤いオーラを纏わせて天だくの斬撃に向かって突進攻撃を放っていった。天だくの斬撃とアイアンメイル・バッファローの突進……、両者の攻撃は全く勢いを弱める様子もなく衝突した。正面からぶつかり合った二つのエネルギーは、大きな金属を響かせながら互いのいる方向に弾け飛んだ。その衝撃で天だくは50メートル後方へと弾き飛ばされ、アイアンメイル・バッファローも頭を大きく後ろに回しながら体を仰け反らせてしまっていた。どうやら両者の攻撃のパワーは全くの互角だったようだ。プレイヤーの小さな体でその何十倍もの大きさの体を持つアイアンメイル・バッファローと互角のパワーを引き出すとは……、流石内政時の模擬戦でセイナと互角の戦闘を繰り広げていただけのことはある。


 “ザザァァァァ……”


 「くっ……、流石に馬鹿デカイ図体してるだけはあるな。パワー勝負でこの俺と互角とは。だが怯んでいるのは奴も同じ……。おらぁっ!、お前等っ!。今の内だ。さっさと攻撃を叩き込んじまえっ!」

 「……っ!。そ、そうだな……。さっきはマイのことで揉めてて碌に攻撃出来なかったからな。今度こそダメ……っ!」

 「ふんっ……。てめえなんぞに言われなくても分かってるらぁっ!」

 「な、なんだぁっ!。また知らない奴が横から現れたぞ。……っていうかさっきのは私等に言ったんじゃなかったのか……」


 地面を擦りながら着地した天だくはすぐさま皆に攻撃を仕掛けるよう号令を掛けた。レイチェルもその言葉に反応し、ヴァイオレットウィンドを構えてアイアンメイル・バッファローへと斬り掛かろうとしたのだが、直後にまたしても自分達のパーティメンバーではないキャラクターが飛び出してきた。どうやら天だくが声を掛けたのはナミやレイチェル達に対してなく自身が引き連れてきたパーティメンバーに対してのようだった。


 「おらぁぁぁぁぁっ!。食らいやがれ、この牛野郎っ!。はぁぁぁぁぁっ……、剛破斬ごうはざんっ!」


 “ズバァァァァァァンッ!”

 “モオォ〜〜〜〜ンッ!”


 「あ、あの武器にあの技……。あいつは私と同じ戦士じゃねぇかっ!。そういや待てよ……。さっきの頭ぼさぼさの奴といい、今の奴よいい……、どっかで見たことある気がするんだけどなぁ……」


 レイチェルの横から飛び出してきた男はアイアンメイル・バッファローに向かって飛び掛ると、剛破斬という特技を放ち装備していた大剣で相手を斬り付けていった。全力で大剣を振り下ろすだけの単純な技だがそれなりの威力はある。大剣を装備していることからしてレイチェルと同じ戦士の職に就いていると見て間違いないようだ。


 「よっしゃっ!、よくやったぞ奈央子ぉっ!。その調子でどんどんぶった切っちまえ」

 「うるせぇんだよこの天丼頭っ!。俺は男だから奈央子って呼ぶなって言ってるだろうがっ!」

 「ああんっ!。てめえがそんなキャラ名にしてるのが悪いんだろうがっ!。一々文句言うんじゃねぇ。ところで他の奴らはどうしたぁっ!」

 「ちっ……、いくらあの女が憎いからってこんな名前にするんじゃなったぜ……。心配しなくても他の奴らももう来る頃だ。爆笑女ばくしょうおんなせいは向こうのドラゴンみたいな奴の所に行ったよ」

 「天だくに奈央子……。爆笑女に聖……。この名前もどっかで聞いたころあるような……」

 「討伐大会団体賞の一位のメンバーですよ、レイチェルさんっ!。あの斧を振り回していた方が戦斧士の“天丼、汁だくで”さん、今大剣を振るっていたのが戦士の“アンチ不仲奈央子”さんです。爆笑女は恐らく“爆裂少女”さん、聖は“聖君少女”さんのことではないでしょうか」

 

 続いて現れた大剣を持った男は討伐大会で天だくと同じパーティであったアンチ不仲奈央子だった。天だくに奈央子と呼ばれて怒っていたが男性プレイヤーだ。髪の毛の色は染めてはいなかったがワックスで髪の大部分を逆立ていて、若者の間で流行っているいわゆるツンツン頭と言われるような髪型をしていた。見た目からして恐らく高校生ぐらいだろうか。服装はレイチェルと同じく皮の鎧を着ていたが、レイチェルと違いしっかり肩当や手甲も装着していて、胸当てもがっちりとした分厚いものを身に着けていた。二人の姿を見てまだ誰だか分からないレイチェルに対して、記憶力のいいアイナが素性を説明していた。


 「……あ、ああっ!。あの変な名前の集団かっ!。……ってことは皆私達と同じヴァルハラ国のプレイヤーなのか。じゃあセイナの言う通り援軍に来てくれたってことでいいのか?」

 「変な名前とは失礼ですね。ですがその通りです」

 「……っ!。あ、あんたは……」

 「はい。私の名は大神官ラスカル。彼らと同じパーティのメンバーで、職業は信仰者です。見たところあなたは手に相当のダメージを受けている様子。早速回復して差し上げましょう」

 「お、おう……。よろしく頼むぜ」

 「ではいきます……。神よ……、我が願いを受け入れこの者の傷を癒したまえ……。レリジャス・ヒーリングっ!」


 “パアァ〜〜〜ン”


 更にレイチェルの背後から大神官ラスカルと名乗る男が声を掛けてきた。この男も天だく達と同じく団体賞で1位に輝いていたメンバーの一人だ。かなり優しげな顔つきをしており、信仰者の職に就いているだけあってかなり清潔感のある男性だった。年齢は30代後半ぐらいだろうか。金髪のオールバックで、全身に真っ白なローブを羽織っていた。日本の宗教というより海外のカトリック系の聖職者によく見られる格好だろう。首には銀の珠でできたロザリオが掛けられており、現れると同時にレイチェルのダメージに気付いたラスカルはロザリオの先端に付けられている十字架の部分を手に持ち、片膝を地面に付いてまるで神にでも祈るような姿勢でレリジャス・ヒーリングという魔法を唱え始めた。レリジャスとは信仰、つまりは信仰心による回復という意味の治癒魔法である。かなり効果が高いのかレイチェルのHPは瞬時に全快し、両手に受けていた衝撃による麻痺も取り除かれていた。

 

 「お、おおっ……。なんか一気にHPが満タンになったぞ。手の痺れもあっという間に取れちまった。戦闘職ばかり目立ち気味だが強敵との戦闘ではサポート系の職が重要だって聞くが、やっぱ1位のメンバーともなると回復の腕も違うな」

 「はははっ……。それは少し違いますよ。確かに真剣に祈りを込めて魔法を唱えはしましたが、効果が高いのは信仰者の習得する魔法の特性のおかげです。信仰者の治癒魔法は自身のMPだけでなく、魔法を掛けた対象のMPを消費することにより他の魔法をより高い効果を得られるようになっているのです。自身の信仰心だけなく相手の信仰心も糧にするという設定のようですね」

 「えっ……、本当だ。確かに私のMPが1割にも満たないけど減ってる。まぁ、戦士の私はMPなんてほとんど消費しないから別に

構わないけどよ。これなら効果が高いのも納得だな。……でも糧って言い方はちょっと怖くないか」

 「私はそうは思いませんよ。信仰には何かの宗教が付き物です。ほら、ニュースでよくやってるでしょう。悪徳な宗教団体が信者に高額なお布施を支払わせていたり、私のような格好をした牧師が女性の信者にセクハラをしているという話。タダより怖いものはないとはよく言いますが、お金の代わりに信仰心を払っていると考えれば糧という言葉に納得がいくでしょう」

 「……確かに納得が言ったけど今度はあんたのことが怖くなってきたよ。言っとくけど私にセクハラしたらブッ飛ばすからな」

 「ははっ……、それは気を付けないといけませ……おっと、冗談はここまでして方がよさそうですよ。またこの牛さんが動きだしそうです」


 “モッ……モオォォ……”


 ラスカルによると信仰者の回復魔法の効果が高いのは、術者のMPだけでなく対象のMPも消費しているからのようだ。レイチェルは戦士であった為特に問題はなかったが、アイナやボンじぃ等魔法を主体に戦うキャラクターにとっては少量といえども痛い消費である。更に自身のMAGの値よりも対象のMNDによって回復量の増加、その他の効果に関しても対応する相手のステータスによって決まる為、回復の対象やタイミングを考えて使用しなければならない非常に高い判断力とプレイ技術が要求される職業である。そんな職業についての何気ない会話をしていたレイチェルとラスカルだったが、初対面のプレイヤー同士打ち解ける暇もなく天だくとアンチ奈央子の攻撃によって怯んでいたアイアンメイル・バッファローが再び動き出そうとしていたのだった。


 「折角のチャンスだったのに奈央子しか攻撃を入れられなかったのは残念ですね。他のメンバーは間に合いませんでしたか……」

 「えっ……、他のメンバーってもしかして……」

 「ええ、討伐の時に私達と同じパーティだった人達ですよ。まぁ、いつも一緒にプレイしてる固定パーティってや……むっ。それより早速何か仕掛けてくるつもりですよ、この牛さんが」

 「こ、今度は何だ……っ!」


 “モッ、モッ、モッ、モモオォォォォォンッ!”


 「これは……、さっきの雑魚モンスターを呼びだした時の鳴き声に似ているわね。前回より少し気合が入っているような……まさかっ!」


 “ガルゥゥゥ……”

 “ザイィィィィィンッ!”

 “シャァーーーッ!”

 

 「やっぱり……。ドラゴンラプターにシザーライナー、ギャングスネークまでいるわ。どうやらもう一度雑魚モンスターを呼び出す能力を発動し直したようね。くっ……、折角出現間隔が落ち着いて来たところだったのにこれじゃあまた処理に追われてしまいそうね……」


 アイアンメイル・バッファローは再び動き出したと思うといきなり大きな雄叫びを上げた。その雄叫びは先程周囲に雑魚モンスターを呼び出した時の元とよく似ていて、今回はより気合の入った声で叫んでいた。その声を聞いたリアはすぐにリスポーン・インターバル・アブリビエイションが再び発動したのだと気付いた。案の定リアの目の前には先程散々蹴散らしていたドラゴンラプターやシザーライナー達が現れ、他のメンバーの周囲にも他のモンスターがどんどん出現していった。ナミやリア達はまたしても大量の雑魚モンスターに囲まれてしまったわけだが、アイアンメイル・バッファローはただ単に先程同じリスポーン・インターバル・アブリビエイションを発動させたわけではなかった。


 「ちょ、ちょっと待ってリア。こっちに何か見慣れないモンスターが混じってるわよ。なんだか今までの奴らより強そうな感じなんだけど……」


 “グルルルルゥゥゥ……”


 「あ、あれはキングメインド・ミアキス……。この辺りでは見られないはずの猛獣型モンスターだわ。ドラゴンラプターやシザーライナーより数段ランクが上のモンスターよ。どうやら能力が強化されてこの辺りの出現モンスター事態に変化をもたらすようになったようね」


 アイアンメイル・バッファローのリスポーン・インターバル・アブリビエイションの効果により再び大量の雑魚モンスターがナミ達の周りに出現したのだが、ナミの前にはキングメインド・ミアキスという先程までは見慣れなかったモンスターが出現していた。王のたてがみを持つミアキスという意味の名で、ミアキスとはの猫や犬などの食肉目しょくにくもく、いわゆるネコもくの祖先と言われている種族のことだ。本来は体長30センチ程の小型の生物であるが、このキングメインド・ミアキスの体長は5メートルを優に超えており、全体的に薄い橙色のような毛色をしていた。猫やライオンに比べると前足が短く、その立ち姿はかなり前屈みになっているように見えた。その名の通り両方の目先から後ろに向かって豪華な二本の鬣が生えていた。その鬣は非常に色鮮やかで、毛が完全に上に向かって逆立っておりまるで鶏冠とさかのような形状であった。だがキングメインド・ミアキスこの辺りのモンスターより数段高いステータスを誇っていて、通常ならば決して出現しないはずのモンスターのはずだった。リアが言うにはアイアンメイル・バッファローのリスポーン・インターバル・アブリビエイションの能力が強化され、周囲の出現モンスターをより強力なものに変更した上で出現間隔を速めるものに変化したらしい。その為他のメンバーのところにもキングメインド・ミアキス以外の本来なら出現しないはずの強力なモンスターが姿を現していた。


 「にゃぁぁぁぁっ!、こっちにはディノスクレイドにゃぁぁぁぁっ!。完全に二足歩行の人型恐竜モンスターで、両手の手首から肘に掛けての前腕ぜんわん部の鋭い刃状に変化した鱗で斬り付けて攻撃してくる超攻撃的な奴にゃ。だけどドラワイズ・ソルジャーと違って魔族でないから人の言葉は喋れないのにゃ。別に会話したいなんて思わないけどにゃ……」

 「こっちはガルダスウィングよぉぉぉっ!。空の地形適正は低いけど飛行能力を持っているわ。こいつも鳥の癖に人間みたいな格好してておまけに格闘戦が得意なのよ」


 デビにゃんのところには恐竜人間、恐竜が滅びずに進化した姿を仮定したいわゆるディノサウロイドのモチーフにしたモンスターのディノスクレイドが現れていた。ドラワイズ・ソルジャーと似たような姿をしているが言葉は話せないらしい。シルフィーのところには神話に出てくるガルーダをモチーフにしたガルダスウィング、更に他のメンバーのところにも魔法を使えるゴブリン型のモンスターや、よりパワーとスピードが強化されたオーガやオーク型等通常よりランクの高いモンスターが十数体出現していた。より強力なモンスターが出現する確率は大体1割程といったところだろうか。


 “ガルダァァァァスッ!”


 「……ってきゃぁぁぁぁぁっ!。早速私の方に襲い掛かって来たわ。もうっ!、なんで精霊の私が真っ先に狙われなきゃいけないのよっ!」

 「それは聞き捨てならないわ、シルフィー。私達召喚精霊はマスター達を守護するのが最大の役目のはず……。どのような状況であれプレイヤーの皆さんの代わりに標的なれるなら本望のはずよ」

 「……っ!。あ、あなたは……」

 「……我に引き継がれし叡智の数々よ……。その知識の水で我が敵を捕えよ。……バブルキャプチャーっ!」


 “プワァ〜〜ン”

 “ガ、ガルダッ……!”


 「水の下級精霊……、通称ウンディのウンディーネじゃないっ!」


 強化されたリスポーン・インターバル・アブリビエイションによって出現したガルダスウィングはすぐに目の前にいたシルフィーに向かって遅い掛かって来た。セイナが買い出しの時にローストチキンを平らげていたガルガルダ・ウィングとは違い、背中に羽こそついていたものの完全な人型のモンスターで得意の格闘戦を仕掛けるべく拳を構えて殴り掛かろうとしていた。だがその時シルフィーの後ろからまたしても謎の声が聞こえてきて、その声の主はバブルキャプチャーという魔法を唱えるとガルダスウィングを巨大な水泡の中に閉じ込めてしまった。どうやら昨日の戦闘でウィザードラゴンラプターが額の宝石を利用して使っていたものと同じ系統の魔法のようだ。突然捕えられたガルダスウィングは当然驚き、水泡の中は水中と同じになっていたようで首を抑え溺れながら苦しんでいた。

その光景を見たシルフィーはすぐに後ろを振り返って声の主を確認した。するとそこには透明な液体でできた円盤のようなものに足をのせ宙に浮いている少女の姿があった。シルフィーはその少女を見て水の下級精霊のウンディーネ、通称ウンディと叫んでいた。


 「ウンディ……、あなたウンディでしょっ!。私と同じ下級精霊の」

 「そうよ、普段は違う精霊界にいるから顔を合わせるのは初めてね」


 シルフィーの前に現れたのは水の下級精霊であるウンディーネで間違いないようだ。体の大きさはシルフィーと同じく30センチ程度。羽は生えておらず水の円盤のようなものに乗って飛行しているようだ。髪の毛の色は少し薄めの青色、髪型は三つ編みのポニーテールでその先端は腰の辺りまであった。服装は白地の布を縫っただけの露出の多い衣を着ているだけだった。同じ下級精霊だが知るフィーとは違いかなり真面目でしっかり者の性格のようだ。


 「でもちょっと待って……、あなたがここいるってこはひょっとして……」

 「ええ、私のマスターもちゃんと来てるわ。ほら、あそこよ」


 ウンディが指差した方向を見るとそこにはマスターと思われるプレイヤーの姿があった。当然職業は精霊術師だろうが、どうやら性別は女性のようだ。凛とした美しい顔立ちをしていて、気丈ながらも周りには優しく自分に対しては厳格でまるで西洋の女性貴族のような位の高い雰囲気を漂わせていた。髪の長さはショート、髪色は紺色で非常に綺麗なツヤが印象的だ。パーマー等は掛けておらず髪は綺麗に真っ直ぐ整えられていた。服装は以下にも高級そうなジャケットを羽織っており、下には白地のシャツを着ていた。ズボンの生地は強く体に密着しており、その女性のスタイルの良さを余計際立たせていた。


 「……叡智の水に囚われし者よ……。その飽和する知識の水と共に破砕せよ。バブル・エクスプロッシブバーストッ!」


 “シュイィィィィン……”

 “ガ、ガル……っ!”

 “シュワァ……、パアァァァァァァンッ!”

 “ガ、ガルダァ〜〜〜……”


 女性はすでに詠唱に入っており、ウンディと同じく水に関する呪文を唱えるとバブル・エクスプロッシブバーストという魔法を発動させた。どうやらバブルキャプチャーと連動させて発動する魔法のようで、詠唱が完了する共に水泡の中の水が中心部へと吸い込まれていき、その水の流れの水圧を受けたガルダスは体を仰け反らせながら更に苦しみだした。その後水の中で炭酸が弾けたように水泡の中で小さい気泡が浮いてきたと思うと、風船が割れる時のような大きな音共に中のガルダスウィングごと水泡が弾け飛んだ。そして周囲に飛ばされた水滴の中にはすでにガルダスウィングの肉片と思われるものすら存在していなかった……。


 「お、おおっ……、こりゃまた超が付くほどの別嬪さんじゃわい。連れ取る精霊も御淑おしとやかな可愛子かわいこちゃんじゃしこれは是非お近付きになりたいのぅ。……じゃが団体賞のメンバーにこのような美人さんはおらなんだような……。確か女子おなごは可愛らしい双子の姉妹とスレンダーなポニーテールの姉ちゃんだけじゃったはずじゃが……」

 「愛かわず女のこととなると抜け目がないな……、この爺さんは……」

 「凄いっ!。流石私のマスター。あのガルダスウィングを一発で倒してしまうなんて……。素晴らしい魔法の集中力です」

 「あら、今のはウンディの魔法の精度が良かったおかげよ。私はそれを利用して攻撃に転じただけ……。まぁ、二人の連携の成果ってことにしておきましょう」

 「はいっ!。ありがとうございますっ!、マスターっ!」

 「うぅ……、なんだか私とアイナよりよっぽど術者と精霊って感じの関係ね……。でも別に形式ばった関係が強いってわけじゃないんだからね。主従の関係を越えた私とアイナには絶対敵わないんだから」

 

 まさに召喚士と精霊と思えるような女性とウンディの関係を見てシルフィーは少し嫉妬していた。水の精霊は比較的冷静で理性的なものが多く術者と一番理想的な関係が気付きやすい。シルフィー達風の精霊は無邪気で気まま性格なものが多く、あまり命令を出さず相手の自由な行動を許せるプレイヤーでないと扱いづらい。他の属性の精霊達もそれぞれ個性的な性格をしており、召喚士はその場の状況より常に自分と相性の良い精霊を召喚し続ける方が得策である。更に精霊と行動した時間や経験により信頼度も上昇し、呼び出した精霊のステータスも強化されていくため尚更効率がいい。


 「やっと来たかシホ。相変わらずおっかねぇ威力で魔法放ってるな。ところで後の二人はどうした?」

 「ごらぁぁぁっ!。シホさんに気安く掛けてんじゃねぇ、天丼頭っ!。ちゃんと“さん”を付けて敬語を使え敬語をっ!」

 「うっせぇっ!。奈央子とかいう名前のオカマ野郎は黙ってろっ!。……っで、二人は?」

 「吉住さんにララ君のこと?。二人ならもう来てるわよ」

 「えっ……、一体どこにあいつらの姿が……あっ!」


 “ギャウ?、……ギャァァァァァッ!”


 「………」

 「おおっ!、あれは正しくスレンダーなポニーテールの姉ちゃんではないかっ!」


 ウンディを連れた女性は皆からシホと呼ばれていた。天だくはシホに残りのメンバーがどうしたかを問いただしていたが、どうやら吉住とララと呼ばれる二人はもう来ているようだ。シホの言葉を聞いた天だくが辺りを見渡していると、上から何かに驚いたようなモンスターの鳴き声が聞こえてきた。すぐさま頭上を見渡すとそこには腰までありそうな長いポニーテールを振るわせて宙を舞う女性の姿があった。その女性は空中にいた鳥型のモンスターの首の辺りを両足で挟み込むと、そのまま円を描くように体を一回転させてモンスターを地面に向かって放り投げた。モンスターはそのまま地面に激突してしまい、気を失っているところを後から落下してきた女性に踏み付けられてしまい消滅してしまった。どうやら彼女も援軍の一人のようだ。無口な性格をしているのか技の派手さの割に一言も喋っていなかった。


 「ここは疑惑の森……。この森に足を踏み入れた者は周りの全ての存在に対して疑念を持ち始めます。ある日その森に訪れたのはある魔物の一団……。当然森の魔力は彼らに対しても襲い掛かり、魔物達は順々に疑惑の森の幻術に侵されていきました。仲間への疑念に駆られた魔物達は同士討ちを始めてしまいます。果たして彼らの内何人が森から抜け出せるのでしょうか……」

 

 “ガウッ……!、……ガウゥゥゥゥゥッ!”

 “ギャッ!、……ギャオォーーースッ!”

 “ゴブゴブゥゥゥゥッ!”


 「な、なんだぁっ!。あのおっさんが変な文章を読んだと思ったらいきなり魔物達が同士討ちを始めちまったぞっ!。一体どうなってんだっ!」


 最後に現れたのはふくよかな顔つきと体型をした禿げたおっさんで、その風貌からはどことなく優しげな雰囲気が感じられていた。黒いタキシードを着ていて、少し音楽家のようなイメージを漂わせていた。物語のような文章を読み上げた後にモンスターが同士討ちしていたことを考えると職業は語り部だろうか。なんにせよこれで天だくの引き連れてきた援軍は全て到着したようだ。


 「今のって多分語り部の職業の力よね。周りの魔物を混乱させる物語を読んだってことかしら。それであんたの仲間ってこれで全員揃ったの?」

 「ああ。あの精霊を連れた超絶美人な女性がシーホース・ラピッズヒューマンのシホ。職業は当然精霊術師だ。次に空から現れたポニーテルの女が舞踏術士のブルドーザー吉住、んで最後に現れたのが語り部のララララーイ↑・ララララーイ↓のララだ。詳しい自己紹介は後。今はこの牛野郎をぶっ倒すことに集中するぞ」


 ナギ、そしてナミ達のところに現れた援軍は合計で8人。武闘家と聖術師の双子の姉妹、爆裂少女と聖君少女。戦斧士の天丼、汁だくで、戦士のアンチ不仲奈央子、信仰者の大神官ラスカル、精霊術士のシーホース・ラピッズヒューマン、舞踏術士のブルドーザー吉住、語り部のララララーイ↑・ララララーイ↓だ。

 挿絵(By みてみん)

 セイナは全員顔見知りのようだったが他のメンバーは表彰式の時に顔を見ただけだった。だが今は自己紹介している暇なく、ナギ達はトライワイズ・ドラゴン、ナミ達はアイアンメイル・バッファローを倒すべく戦闘に集中しなければならなかった。

 

 「ちょっとっ!、勝手に話しを進めないでくれるっ!。一応確認するけどあんた達は私達の援軍に来てくれたってことで間違いないのよね?」

 「ああそうだ。あんたがこのパーティのリーダーか。こっちのリーダーは一応俺ってことになってる。なんで援軍に来たかっていうとそれはブリュンヒルデさんから連絡が……っ!」


 “モオォォォォォォォォッ!”


 「う、うおっ!」

 

 “……ガキィンッ!、……ガキィンッ!、……ガッキィィィンッ!”


 窮地を助けられたとはいえ当然現れた天だく達をリアはすぐには信じられなかった。念の為本当に同じヴァルハラ国の援軍として来たのかどうか問いただしていたが、質問に答えようとした天だくにアイアンメイル・バッファローがまた角を振り回して襲い掛かって来た。咄嗟に反応した天だくは斧で攻撃を受け止めたのだが、セイナやレイチェルと同じように一方的に殴られてしまい止まることのない相手の攻撃から抜け出すことができずにいた。


 「……っ!。だ、大丈夫ですか、天だくっ!」

 「だ、大丈夫だ。この野郎さっきの攻撃で狙いを俺に変えやがった。こうなったら俺が引き付け役をやるから後のことはお前達でなんとかしてくれ。指示はそっちの全身真っ赤の姉ちゃんに任せるっ!」

 「一々事情を聞いてる暇はないってわけか……。OK、それじゃあメインタンクはあんたに任せるわ。ラスカルさんがサポートに付いてあげて」

 「了解です」

 「セイナはラスカルさんの護衛も兼ねてあの天丼頭のフォローに回ってちょうだい。ナミはデビにゃんに代わってあいつの南側、奈央子って奴は同じ戦士のレイチェルと交代して東側に、北側にはこのまま私が付くわ。残りのサポート役は馬子が南、アイナが北、ボンじぃが東の陣形でお願い。シルフィーはセイナに付いて時のように天丼をサポートしてあげて」

 「ええぇ〜〜〜、あんな頭ギトギトの奴に付くの〜……。まぁ、リアの指示なら仕方ないけどさ……」

 「シルフィーっ!。そんな失礼なこと言っちゃいけませんっ!。天丼さんのことよろしく頼みますよ」

 「あとシホさんだったっけ……。水の精霊を連れた人は全体を見渡してその場の判断で行動してちょうだい。精霊術師なら攻撃とサポートを両方こなせるしこの中じゃあ一番頭が切れそうだわ。その代わり一応私の後ろに付いててね。精霊さんへの指示もあなたに任せるわ」

 「分かったわ。なんだか初対面なのに能力を買ってもらってるようで申し訳ないわね。ご期待に添えるよう頑張らないと」

 「デビにゃんとレイチェル、 それに吉住とララって人は沸いて出る雑魚モンスターに対処してちょうだい。勿論盗賊の下っ端の人達も一緒にね。さっきよりモンスターが強化されてるから油断しちゃいけないわよ」

 「了解ですっ!、姉さん。こんな心強い援軍来てくれたんだから俺達も百人力っすよっ!。いや〜、ヴァルハラ国には優秀なプレイヤーの方々が沢山いるんだな〜。こりゃ投降して正解だったかも」

 「(……私の指示にはちゃんと従ってくれるみたいだしこの人達のことは信用して大丈夫のようね。さっき名前が出そうになってたけどブリュンヒルデさんが彼らをここに寄越してくれたのかしら。女王であるブリュンヒルデさんなら自国の拠点から数百キロ以内にいるプレイヤーの位置は常時把握できるはず。多分偶然彼らがこの近くにいたんでしょう。なんにせよ力強い援軍であることは間違いないわ。ナギ達のところにも何人か向かってくれてるみたいだしこれならマイのことも安心できそうね)」


 先程の攻撃を仕掛けたことによりアイアンメイル・バッファローの標的になってしまった天だくは一先ずこのまま引き付け役を引き受けることにした。天だくを狙ったのは互角だったとはいえ何倍もの体を持つ自分の攻撃が弾き飛ばされたことに悔しさを感じたからだろう。アイアンメイル・バッファローの猛攻を凌ぐのに手一杯だったこともあるが、天だくは先にこの討伐を開始していたナギ達のリーダーであるリアに指揮を任せた。状況が切羽詰まっていることからリアもすんなりと了承しすぐさま皆に的確な指示を出していった。援軍に来たメンバーは迅速にリアの指示に沿って行動を始めた。普段は固定パーティを組んでいるようだだが、セイナ以外が初対面という状況の中ですぐに適応して連携を取って行く辺り団体賞で1位に輝いた貫禄が感じられる。これならナミ達も援軍に来たメンバーと上手く強力して討伐を続けられるだろう。一方爆笑少女と聖君少女と合流したナギと塵童は上手く連携が取れているのだろうか……。






 


 「き、君達は団体賞で1位だったメンバーの爆裂少女さんと聖君少女さんで間違いないよね。さっきは助けてくれてありがとう。危うくあいつが空に逃げちゃうところだったよ。でもどうしてここに……。もしかして偶然通り掛かって援軍に来てくれたとか」


 ナミ達の所に来た天だく達と同じくナギ達の所に援軍に来た爆裂少女と聖君少女。聖君少女は先程言った通り白いローブを来た聖術師の可愛らしい女の子て、皆からは聖と呼ばれていた。対する爆裂少女は髪の色こそ聖と同じオレンジ色だったが、こちらは肩にも届かない程の長さで見た目も性格もかなり男勝りのようだった。職業は武闘家だが、服装はノースリーブの白いシャツにショートパンツを履いているだけの極めて普通の服装だった。妹の聖からは爆姉、他のメンバーからは爆少女ばくしょうおんなと呼ばれていたようだ。ナミや塵童といいこの少女といい武闘家の職業の服装はあまりファンタジー的な要素はないようだが偶然なのだろうか。急な登場にナギは驚いていたが、二人の活躍でトライワイズ・ドラゴンに高度制限の魔法を掛け、こちらからは攻撃の手の届かない程上空へ移動を防ぐことに成功し、更にもう一度地面に叩き付けることに成功した。まだ上空への攻撃手段の乏しいナギ達にとっては非常に有難いことだが、突然この場に現れたことにナギは戸惑い隠せず、リアと同じように援軍に来てくれたことに対して問いただしていた。


 「ちげぇよ。この辺りに来てたってのは当たってるけどここに来たのは偶然じゃねぇ。偶々(たまたま)私等も探索がてらこっちの方向に向かってて、そしたら急にブリュンヒルデさんから連絡が届いたんだ。近くで強力な猛牛型のモンスターの討伐に向かってる奴らがいるから私等もそれに協力しろってな」

 「ブ、ブリュンヒルデさんがっ!」

 

 やはりリアの予測通り彼らをここに寄越したのはブリュンヒルデのようだ。恐らく天だく達もゲームが始まって早速マップの探索に出たのだろう。彼らの実力ならばここまで進軍できていても何ら不思議ではない。そこへ女王の権限で自国のプレイヤー達の位置を知ることのできるブリュンヒルデから連絡が来たのだろう。まだ結果がどうなるかは分からなかったがナギ達が全滅する前に到着して良かった。これで状況はかなり有利に……、特に相手の最大の特徴である飛行能力に制限を掛けることに成功したナギや爆裂少女達は完全に優位に立つことができたと思っていいだろう。確かにトライワイズ・ドラゴンも強力なモンスターではあるがステータスの面ではアイアンメイル・バッファローに遠く及ばない。


 「ああ。分かったら早く武器を構えな。そろそろあいつが起き上がってくるぜ」

 「えっ……、でも……」

 「そいつの言う通りだ、ナギ。お前のことだからちゃんと自己紹介してさっきの礼を言いたいんだろうが、そんなことはこいつとあの牛を倒してからにしようぜ。向こうも相当苦戦してたんだろ」

 「そ、そうだね。塵童さんの言う通りだよ」

 「向こうの牛の所なら私達の残りの仲間が向かっているはずです。ですがあの牛モンスターの強大さは見るからに伝わってきます。なるべく早く援護に向かった方がいいでしょう」

 「ガキ共が……。そう簡単に援護に向かえると思うなよ……」

 「……っ!」


 地面に倒れ込んでいたトライワイズ・ドラゴンだったがナギ達が会話している間に起き上がって来た。目を据わらせてナギ達の方を睨み付け、その表情から怒りを露わにさせていた。二度も地面に叩き付けられたのだから怒って当然だろうが、ナギ達が自分よりアイアンメイル・バッファローのことを脅威に感じてることが屈辱的だったようだ。知能が高いため自分の方がステータスが低いことは当然理解しているが、それ以上にプライドも高かったようだ。


 「たかが二人の援軍が来た程度にいい気になるなよ……。高度制限の魔法に多少驚かされはしたが別に飛行が不可能となったわけではないっ!」


 “バッ……”


 「……っ!。あの野郎高度が制限されてるっていうのにまた性懲りもなく飛立ちやがった。だが10メートル程度ならこっちも飛べば届く距離だぜ」

 「愚かな……。空を飛ぶことと地面を跳ね上がることとでは天と地程の差がある。そんなもの我らからしてみれば地面に打ち上げられた魚がピチピチとのた打ち回っているだけにすぎぬ。天を掛ける我らと地を這うしかできぬ貴様等との違い、今からたっぷりと教えてやるっ!」


 “ビュオォーーーーン……”


 トライワイズ・ドラゴンは翼を羽ばたかせて地面から浮いたと思うと、前後の足を折り畳み、首を正面に真っ直ぐ伸ばしまるでジェット機のような姿勢でナギ達の間を飛び抜けていった。凄いスピードで低空を移動し、周囲に突風を巻き起こしながら進んであっという間にナギ達の視界からは姿が小さくなってしまった。巻き上がった草の葉とナギ達の乱れた髪と服がその突風の凄まじさを物語っていた。


 「う、うわぁっ!。凄いスピードで駆け抜けて行ったよっ!。あっという間に姿が小さくなっちゃった……」

 「私の魔法はあくまで高度を制限しただけです。相手の飛行する速度や空中での体の制御する力はそのままなので急な旋回や降下に対応が遅れないように気を付けてください。爆姉も油断しちゃだめだよ」

 「分かってるよ、聖。それより早くあいつを追いかけようぜ。お前等あの弓を放ってる女を守りながら戦ってたんだろ。だったらこの機会に戦場を遠くに移した方がいいんじゃねぇか」

 「確かにその通りだな。……おい、お前等下っ端盗賊共はここでマイの護衛を続けてくれ。あいつの相手は俺達4人でやる」

 「はっ!。了解です、塵童の兄貴」

 「それじゃあ行くぞ、ナギ」

 「う、うん……。(そう言えばあいつどうしてマイさんを狙わないんだろう。空を飛べるならいつでもマイさんの邪魔ができそうなのに……)」

  

 ナギ達はこの機に戦場を移そうとトライワイズ・ドラゴンの後を追って行った。ナミ達の援護をしているマイを戦闘に巻き込まないようにするためだが、それはトライワイズ・ドラゴンにとっても同じだった。巨大化した上に空中を飛び回っていては自身が今ナミ達の戦っているアイアンメイル・バッファローの標的になり兼ねない。やはりトライワイズ・ドラゴン自身もアイアンメイル・バッファローとの力の差は理解していたのだろう。その為にナギ達をおびき寄せようとアイアンメイル・バッファローのいない南側へと飛び立ったようだ。


 「おらおらぁぁぁっ!、待ちやがれこの野郎っ!。いつまでも怖気づいて逃げてんじゃねぇぞっ!」

 「ちょっと口が悪すぎるよ、爆姉ぇ。今日会ったばかりの人もいるんだから少しは慎まかにしてくれないと妹の私が恥ずかしいよ」

 「ぐっ……。聖にそう言われると言い返せねぇな……。わりぃ、私はこんなだけど妹はまともな奴だから変な目でみないでやってくれ」

 「気にしなくていいよ。口の悪い女性なら僕達のメンバーにもいるから」


 爆裂少女は大声で罵声を吐きながらトライワイズ・ドラゴンを追っていた。だが妹と聖に注意されると急にしゅんとしたような態度になりナギ達に謝っていた。負けん気の強い性格だが妹の言うことには逆らえないらしい。その謝罪の後にナギが言っていた口の悪い女性とはレイチェルのことだろうが、雰囲気的にはナミとレイチェルを足して2で割ったような感じだろうか……。


 「ふふっ……。どうやら狙い通り後を追ってきたようだな。あの強大な牛のモンスターからはかなり離れたはずだ。そろそろ攻撃に打って出るか……」


 “ビュイィーーーンッ!”

 

 「……っ!。奴が旋回して来たっ!。攻撃を仕掛けてくるつもりだ。皆左右にバラけろっ!」

 「くっ……」


 南に向かって真っ直ぐ飛んでいたトライワイズ・ドラゴンだったが、もう十分な距離を取れたと判断したのか1キロ程進んだところで旋回しナギ達に向かって襲い掛かって来た。塵童が咄嗟に左右に散らばるよう指示を出したが、皆不意を突かれたのか少し反応が遅れてしまっていた。

 

 「ふふっ……。貴様ら等我が灼熱の息でこの草原ごと焼き払ってくれるわっ!」


 旋回したトライワイズ・ドラゴンは地面に向かって大きく口を開けて炎を吐き出し、草原の草を焼き払いながらナギ達へと向かって進んできた。ナギ達は反応が遅れつつもなんとか左右に散開し、炎を躱すことが出来た。だがナギ達の間を通り過ぎたトライワイズ・ドラゴンは再び旋回して炎で焼き払おうと襲い掛かろうしていた。


 「ふんっ……、辛うじて躱したか……。ならば貴様等を焼き尽くすまで炎を吐き続けるまでだっ!」

 「また来るぞっ!。とにかく固まってるとヤバいっ!。皆適度に距離を取って散り散りになれ」

 「わ、分かったよ。でもあんまり離れ過ぎるとフォロー出来なくなるから気を付けて」

 

 ナギ達はトライワイズ・ドラゴンの炎に全員が巻き込まれないようにする為に四方にばらけた。だがその後もトライワイズ・ドラゴンは旋回を繰り返しずっとナギ達に向かって炎を吐き続けた。標的を一人に絞らせる為に散開したナギ達に対し、少しでも多くの相手を巻き込めるよう最低でも二人が直線状に並ぶ位置を確認して旋回していた。一方空中を駆け回りながら何度も襲ってくる炎にナギ達は回避に精一杯で防戦一方になってしまっていた。中には体の一部が炎に触れてしまいダメージを受けてしまっているものもいた。


 「くっそぉ……。これじゃあ躱してばっかでちっともあいつにダメージを負わせてねぇじゃねぇか。折角高度制限の魔法を掛けたって言うのにこれじゃあ全く意味ないぜ」

 「だから言ったじゃない。あくまで高度を10メートルまでに制限しただけで飛行能力を封じたわけじゃないって。でも10メートル以上の高度に移動できないってことは飛行モンスターにとってかなりのデメリットのはずよ。爆姉なら10メートルぐらいの高さ軽くジャンプできるでしょ」

 「なるほど……。折角空を飛んでんのに頭上を取られちゃ元も子もないってことか。ならさっきと同じように頭から蹴りを入れて地面に叩き付けてやるぜ」


 聖の掛けたアルティチュード・バインドの効果で確かにトライワイズ・ドラゴンは10メートル以上の高度を飛行することができないようだった。だがそれでもトライワイズ・ドラゴンのの飛行能力は凄まじく、スピード、俊敏性、体の制御力はまさにドラゴンの名に恥じぬものだった。防戦一方の状況に苛々をつのらせていた爆裂少女達だったが、妹助言を受けて再び頭上から攻撃を仕掛けるつもりのようだ。武闘家の職業のステータスならば垂直跳びでも10メートル程度は軽く飛び越えることができる。一時的とはいえ飛行するモンスター相手に頭上から攻撃を仕掛けられるのは大きい。聖のアルティチュード・バインドの効果を活かすならばやはりこの作戦しかないだろう。


 「よしっ……。次あいつが旋回して来たルートが私以外の時に仕掛けるぜ。聖もできるなら聖術師の魔法を当ててやれ」

 「了解……っ!。来るよ、爆姉ぇ」

 「よっしゃっ!。都合よく私等のところじゃないぜ」

 

 爆裂少女が仕掛ける段取りを考えていると再びトライワイズ・ドラゴンが旋回して炎を放ってきた。今度はの標的はナギと塵童のようだ。当然爆裂少女はこの機を逃さず攻撃を仕掛けるつもりだろう。


 「うわぁっ!。また僕の所に来たぁっ!。さ、流石に疲れて来たけどなんとか躱さないと丸焦げにされちゃうよ……ぜぇ……はぁ」

 「ふふふっ……。どうやら体力の限界が来たようだな、小僧。心配せずとも苦しむ間なく一瞬で灰にしてやるっ!」

 「ナ、ナギっ!」


 幾度も炎を躱している内にナギはかなりの体力を消費していたようで、足元がふらつき始めていた。魔物使いであるため元々の体力の値も少なくすぐ疲れが出てしまうのだろう。トライワイズ・ドラゴンはこれは好機と踏んで更に炎を火力を上げて放ってきた。範囲も広がっており、今の状態のナギでは躱し切るのは厳しいかもしれない。


 「くっ……。これは躱し切れない……」

 「死ねっ!、小僧っ!」

 「させるかぁぁぁぁぁっ!」

 「……っ!」

 「てぇりゃぁぁぁぁぁっ!、飛翔空蹴撃っ!」


 灼熱の炎がナギへと差し迫る中、またしてもトライワイズ・ドラゴンの更に頭上から爆裂少女の叫び声が聞こえてきた。どうやら相手の標的がナギ達だと分かった瞬間すぐに上空に飛び上がったらしい。その高さは20メートル以上はあっただろうか。これならば十分な落下の勢いを付けて攻撃を仕掛けることができる。爆裂少女は再びトライワイズ・ドラゴンを地面へ叩き付けようと飛翔空蹴撃を放ちほぼ垂直に近い角度で向かって行った。飛翔空蹴撃は落下の角度がより垂直に近いほど威力が上昇する。


 「ふっ……。やはり来たか。貴様等の行動などすでに読みきっておるわっ!。高度制限の魔法を活かす為再び我の頭上から仕掛けてくるとな」

 「な、何っ!」


 再び頭上を取った爆裂少女だったが、その行動はトライワイズ・ドラゴンに読めれていたようだ。トライワイズ・ドラゴンは爆裂少女が飛翔空蹴撃を放つと同時に炎を吐くのを止め、相手に技に合わせて体一回転させた。そして爆裂少女の飛翔空蹴撃をまるで回転ドアを通る人のように躱してしまったのだ。トライワイズ・ドラゴンは爆裂少女の頭上を取るためその場で動きを止めた。爆裂少女はそのまま地面に直撃してしまい、躱されることをまるで考えていなかったのかその反動を制御できず体が硬直し身動き取れなくなってしまった。そこへ更にこの状況を狙っていたのか、爆裂少女の頭上を取ったトライワイズ・ドラゴンが攻撃を仕掛けてきた。


 「ふはははははっ!。やはり貴様等にはそうやって地面を這いつくばる姿がお似合いだ。先程の礼をしてやるぞ、女。……食らえっ!」

 「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!」

 「ば、爆姉ぇっ!」


 トライワイズ・ドラゴンが爪を立てて大きく腕を振るうと三本の巨大な風の刃が爆裂少女に対して襲い掛かった。ゲイル・クロウという大風の爪という意味の特技のようだ。体が硬直していた爆裂少女は当然避けることはできず、ゲイル・クロウの三本の風の刃に切り裂かれ吹き飛ばされしまった。


 「ふっ……、まずは一匹を確実に仕留めるか。より威力を高める為に炎を火球にしてぶつけてやるっ!」

 「……っ!。爆姉ぇをやらせはしないっ!。……ホーリー・バレットッ!」


 “パァンッ、パァンッ、パアァァンッ!”


 「無駄だ。その程度の魔法攻撃では多少のダメージを受けようとも我の動きを止めることはできん。……これで終わりだっ!」

 「あんまり調子に乗ってんじゃねぇっ!。武闘家ならここにもう一人にいるんだよっ!」

 「な、何っ!、……ぐはぁぁっ!。……くっ……ぐおぉぉぉぉぉっ!」

 

 ゲイル・クロウを食らわせたトライワイズ・ドラゴンは一気に止めを刺そうと爆裂少女に向かって火球を放とうとしていた。それを見た聖君少女がトライワイズ・ドラゴンにホーリー・バレット、聖属性のエネルギー弾を放つ馬子の祈祷弾の魔法バージョンのようなものを放って動きを止めようとした。だが僅かなダメージしか与えらずトライワイズ・ドラゴンが火球を放つを止められそうにはなかった。だがその直後再びトライワイズ・ドラゴンの頭上から塵童が爆裂少女と同じく飛翔空蹴撃を放ちながら現れた。最初は塵童も炎の標的になっていたのだが、トライワイズ・ドラゴンがナギの所で止まったのを見てすぐ駆け付けていたようだ。そして爆裂少女の攻撃が躱されたのを見て慌てて攻撃を仕掛けていったのだろう。流石に二人の目の攻撃には不意を突かれトライワイズ・ドラゴンは塵童の飛翔空蹴撃の直撃を受けてしまった。またしても地面に叩き付けられそうになったのだが、トライワイズ・ドラゴンはなんとか途中で体勢を立て直し空中に舞い上がることができたようだ。恐らく慌てて対処した為に塵童が技の威力を十分に引き出すことができていなかったのだろう。


 「おい、てめぇっ!。折角のチャンスに一体何してんだっ!。おかげでまた空に上がられちまったじゃなぇかっ!」

 「うるせぇっ!。慌てて放ったから十分な威力を出せる距離まで飛び上がれなかったんだっ!。助けてもらっといて一々文句言ってんじゃねぇぞっ!」

 「ちょっと塵童さんっ!。今はそんなことで揉めてる場合じゃないよ」

 「爆姉ぇも今の言葉は酷すぎるよ。その人の言う通り助けてもらったのは事実なんだからちゃんとお礼を言わないと。それに今はあいつを倒すために皆で協力しないと……」

 「分かった……、分かったてば、聖。今のは私が悪かった。助けてくれてありがとうな」

 「別に構わねぇよ。それよりまたあいつが仕掛けてくるぞ」

 「おのれぇ……。人間の分際で何度も我の頭を足蹴にしよって……。こうなれば最後の手段を発動させてやる」

 「さ、最後の手段だってっ!。一体どうするつもりなんだっ!」

 

 体勢を立て直したトライワイズ・ドラゴンだったがその怒りは頂点に達していた。飛行能力があるにも関わらず何度も頭上から攻撃され地面へと叩き付けられたのだ。天空の支配者であるドラワイズ族にとって余程の屈辱だっただろう。その屈辱を晴らすべくトライワイズ・ドラゴンは自身に隠されたある能力を発動させるのだった。


 「最後の手段って何だよっ!。勿体ぶってないでさっさと答えろっ!」

 「ふんっ……。敵に教えてやる義理はないがまぁいいだろう。話したところで結果は変わらぬ。我にはワイズ・リカバリーという自身に付与されたペナルティ効果を全て解除する能力があるのだ」

 「な、なんだって……っ!。それじゃあ聖君少女さんが折角掛けた高度制限の魔法も解除されちゃうってことぉっ!。でもそんな能力があるならどうして早く使わなかったんだ……」

 「ワイズ・リカバリーは我が体内に流れる先祖トライワイズ・ドラゴンの血を大量に消費することで発動する。できれば冒したくないリスクであったが思いの他貴様等が抵抗するのでな。上空100メートルにでも移動すれば最早我に攻撃の手が届くことはあるまい」

 「つまりは自分のHPを消費して発動するってことか……。だが態々そんな話をしたのは馬鹿だったな。俺達がそんな能力を発動させる暇を与えると思うか」

 「馬鹿は貴様だ。この能力は貴様等が邪魔する時間もなく一瞬で発動する。でなければこのような話などするものか。……いくぞ、ワイズ・リカバリーっ!」


 “バッ……”


 「し、しまったっ!。あの野郎本当に一瞬で解除して飛び立ちやがったっ!。すでに俺達じゃ手の届かない距離まで舞い上がっちまったぞっ!」

 

 トライワイズ・ドラゴンに隠された能力はワイズ・リカバリー、自身のHPを犠牲にして掛けられているデバフを全て解除するもののようだ。現在なら聖が放ったアルティチュード・バインドによる高度制限が該当する。能力の有用性から考えて消費するHPは3割程度だろうか。何の動作も必要とせず発動できることが特に強力だ。通常自身のデバフを回復する場合魔法を使用する場合が多く、詠唱に時間が掛かって無防備な状態を晒すことになり、魔法を発動させる前に妨害されしまう。そのことを考慮するとHPの3割というのはむしろ破格の代償だろう。ワイズ・リカバリーを発動したトライワイズ・ドラゴンはナギ達に妨害する隙すら与えずに上空へと舞い上がって行った。


 「ふはははははっ!。こうなればもう奴らに成す術はあるまい。念の為にもう少し高い位置まで移動しておくか」

 「あの野郎……。調子に乗ってどんどん上へ上りやがって……。もう十分俺達の攻撃は届かねぇってのに……」

 「でもどちらにせよ僕達に打つ手がないのは同じだよ。早く何か対策を考えないと……」

 「対策つったって……。流石の私もあそこまでジャンプなんてできないし……、聖の魔法も届かないよな?」

 「うん……。でも空に上がったからと言って私達に有効な攻撃があるとは限らないよ。変身していられる時間に限りがあるみたいなこと言ってたし、それまで攻撃を躱し切れれば……」

 「た、確かに元の人型の姿に戻れば飛行能力は低下するし、攻撃手段がほぼ近接攻撃に限られるだろうから地上に降りてくるだろうけど……」

 「ドラゴンであるあいつの攻撃を躱し続けるのは厳しいだろうな……。多分強力なブレス攻撃でも放たれた一溜りもないぜ。だが今はそれしか手はないか……」

 「あら、手ならまだあるわよ。ここは私に任せてもらおうかしら」

 「えっ……!」

 「あ、あなたは……」

 「マイさんっ!」


 遥か上空へと舞い上がってしまったトライワイズ・ドラゴンを前にナギ達はどうすることもできず立ち尽くしてしまっていた。トライワイズ・ドラゴンの高度はすでに50メートルに達しておりナギ、塵童、爆裂少女は勿論聖術師である聖の魔法ですらギリギリ届くかどうかの距離だった。もう一度アルティチュード・バインドを掛けようとしても詠唱を完了する前に射程外へと移動してしまうだろう。それにワイズ・リカバリーには解除したものと同じデバフを一定時間受け付けない効果もあった。最早ナギ達は攻撃を躱し続けてトライワイズ・ドラゴンの変身が解けることに懸けるしかなかった。そのような無謀な作戦しか残されていないことにナギ達は絶望し掛かっていたのだが、その時ナミ達の援護をしたはずのマイが突如姿を現したのだった。


 「マ、マイ……、どうしてここに……。ナミ達の援護はどうしたんだ。またリアの奴に怒られるぞ」

 「いいのよ。なんか訳の分からない6人組が来て大分形勢が良くなったみたいだから。多分そこの二人のお仲間さんなんでしょうけど。それよりこの状況でこっちの援護に来ない方がリアにどやされてしまうわ」

 「確かにあいつらがいれば早々状況は不利にもならないだろ。変な奴ばっかりだけど実力は折り紙付きだしな」

 「そうだね。天だくさんもなんだかんだで頼りになるもんね。爆姉ぇを差し置いてリーダーを務めてもらってるぐらいなんだから」

 「そういえば言ってたね。ナミ達のところには別の仲間が向かってるって。ところでマイさん。さっき任せてって言ってたけど……、本当に何か手があるの」

 「そうだぜ。確かにお前の弓矢ならあそこまで届くかもしれねぇが……、流石に一人であいつのHPを削り切るのは無理だ」

 「大丈夫よ。あいつを地上に引きずり落とすのに取って置きの矢があるから。最後の止めはあなた達に頼んだわよ」

 「あ、ああ……。そりゃ任せて貰って構わないが……、本当に大丈夫なのか?」

 「もうっ!、本当に大丈夫だってばっ!。いいから黙って見てなさい」


 どうやらマイはナミ達のところに天だく達が現れたのを見て援護を中断し、ナギ達に続いてトライワイズ・ドラゴンの後を追って来たようだ。マイはトライワイズ・ドラゴンを地上に引きずりおろす為の策があると言うと上空に向かって弓矢を構えた。


 「いくわよ……、グラビティ・アローッ!」

 「グ、グラビティ・アローッ!」


 マイは弓矢を上空に構えた後いつもと同じように右手に魔力を溜め始めた。だがその魔力の質は普段のものとは違い、かなり黒に近い紺色で、非常に重苦しい雰囲気を放っていた。そしてマイがグラビティ・アローと叫びながらその魔力を放つと、魔力は矢に形を変えトライワイズ・ドラゴン目掛けて飛んで行った。


 「ふふふっ……、流石にもうこの辺りでいいだろう。あまり高くへ飛びすぎると地上にいる奴らが見えなくなってしま……っ!。な、なんだ……あれはっ!」

 

 一方トライワイズ・ドラゴンはすでに高度200メートル程の位置まで移動していた。流石に安全と判断したのか、その場で動きを止めナギ達のいる地上を見下ろそうとした。だがトライワイズ・ドラゴンが体を振り返された瞬間こちらに凄いスピードで向かってくる黒い物体の姿が目に入ってくるのだった。


 “ヒュイィィィィィィンッ!”


 「あ、あれはまさかグラビティ・アローッ!。ええいっ!、あの娘がこちらの援軍に来たということか。態々場所を移動したというのになんということだっ!。……くっ、しかもこれは躱し切れん」


 トライワイズ・ドラゴンに向かって来た物体は正しくマイが放ったグラビティ・アロー。トライワイズ・ドラゴンの口振りからすると場所を移動したのはマイから離れる為でもあったらしい。恐らくこの矢にそこまで警戒する理由があるのだろうが、一体どのような効果があるのだろうか。


 “バアァァァンッ!”


 「くっ……!、ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉっ!」


 トライワイズ・ドラゴンが体を振り返らせた時にはすでにグラビティ・アローの矢はすぐ側まで来ていた。そうでなくともマイの放つ矢のスピードはかなりものだ。恐らく200メートル程度の距離では放たれた瞬間に反応したしても躱すのは難しいだろう。案の定トライワイズ・ドラゴンはマイの矢の直撃を受けてしまった。すると当たった衝撃とダメージはほとんどないものに等しかったのだが、その直後に何故かトライワイズ・ドラゴンは苦しみだした。体の内部が痛いというよりも今の体勢を維持するのが辛いという感じであった。


 「や、やはりこれはグラビティ・アロー……。この矢を受けたものは体に掛かる重力が一時的に倍以上になってしまう。あの娘の実力から考えて3倍程度にはなっているか。くっ……、このままの状態で飛行を続けては体に相当な負担が掛かり我のくうの適正率を持ってしてもHPが削れていってしまう。これは一度地上に降りるしかないか……」


 どうやらグラビティ・アローには対象の重力を増加させる効果があるようだ。当然その効果を受けたものは動きが鈍くなり、ましてや空を飛び続けるとなると体に相当な負担が掛かる。空に於ける適正率が100%を超えるトライワイズ・ドラゴンでもダメージを受けてしまうほどだ。一応STRの値が高ければ増加した重力を振り切って通常通り動くことも可能だろうが、ドラゴンの姿になったといってもトライワイズ・ドラゴンは元々人型のドラワイズ・ソルジャー。やはり先祖のSTRの値を取り戻すまでは至っていなかったようだ。先程ワイズ・リカバリーを発動させたばかりでHPの減少していたトライワイズ・ドラゴンは仕方無くナギ達の待ち受ける地上へと降りていった。因みにワイズ・リカバリーは続けて使用することはできず、再使用する為には一定時間経過しなければならない。


 「……あっ!、あいつが降りてきたわよ。ほらね、言った通り上手くいったでしょ」

 「本当だ。よしっ!、じゃあ僕達であいつに攻撃を仕掛けるよ。その隙に塵童さんと爆裂少女さんで高威力の攻撃を叩き込んで」

 「了解だ。けどあいつも俺達が待ち構えていることを見越して反撃をしながら降りてくるはずだ。あんまり油断してあいつの攻撃を食らうなよ」

 「さっき爆姉ぇに撃とうとした火球攻撃ですね。只の炎だとここまで届かないでしょうし……。念の為にもう少し間隔を開けて全員があいつの攻撃に巻き込まれないようにしましょう」

 「OK。その方があいつも狙いを付けにくいでしょうしね。それじゃあ私は早速矢を放ち始めるわ」


 慌てて降りてくるトライワイズ・ドラゴンを見てナギ達はこの機に一気に止めを刺す算段を整えていた。ナギ、マイ、聖の3人で空中を降下しているトライワイズ・ドラゴンに攻撃を仕掛け、相手の注意がそちらに向いている隙に塵童と爆裂少女が再び空へ飛び上がり大ダメージを叩き込む作戦だ。今のトライワイズ・ドラゴンの位置は高度150メートル程、ナギ達より射程の長いマイは先に攻撃を仕掛けはじめていた。


 “ヒュイィィン、ヒュイィィン、ヒュイィィィィィィンッ!”


 「くっ……、やはりこの機に我を仕留めるつもりか……。だがそう簡単にはいかんぞ。貴様ら等地上に降りる前に我が火球で焼き尽くしてくれるわっ!」


 だが当然トライワイズ・ドラゴンもナギ達の思い通りにさせるわけにはいかず、できる限りマイの矢を躱しながら地上に向かって火球を放ってきた。力を溜める余裕がなく然程さほど大きな火球ではなかったのだが、相手もナギ達を仕留めるつもりでありったけの数の火球を吐き続けていた。


 「やっぱり火球を吐いて反撃してきたよっ!。でも僕達じゃあまだあいつに攻撃が届かない……。ここは少しでも火球を食い止めてマイさんが矢を打ち続けられるようにしないと。……いけっ!、ファントムモンスターッ!」

 「私もできるだけ火球を撃ち落します。……ホーリー・バレットッ!」


 ナギはファントム・モンスター、聖はホーリー・バレットでそれぞれ火球を撃ち落していた。やはりナギ達の攻撃でも十分相殺できる程度の威力であった。おかげで地上まで落ち来ていた火球は僅かで、そのほとんどがナギ達のいる場所とは見当違いの場所に落下していた。どうやら降下しながら狙い付けるのはトライワイズ・ドラゴンにとっても難しいらしい。ファントムモンスターによるデビにゃんの幻影を火球をぶつけていることにナギは若干の罪悪感があったようだったが……。


 “ヒュイィィン、ヒュイィィン、ヒュイィィィィィィンッ!”

 “バアァンッ!、バアァンッ!、バアァァァンッ!”


 「くそっ……。我の攻撃はことごとく防がれているというにあの娘の矢は着実に我に命中させてくる。余程の遠視能力を持ち合わせているようだな……」


 トライワイズ・ドラゴンの火球の殆どがナギ達にも撃ち落とされているに反してマイの矢は的確にトライワイズ・ドラゴンへと命中していた。ドラゴンの鱗は魔法耐性も高く、マイの魔弓でも多少のダメージしか与えられていないようだったが、今のトライワイズ・ドラゴンにとって非常に煩わしいものだったようだ。当然この攻撃が牽制であることは悟られていたのだが、ナギ達の本命の攻撃が察知されるのを防ぐには十分な効果を発揮していた。


 「くっ……。やはりこの状況では我が圧倒的に不利か……。だがグラビティ・アローを受けている以上早く地上に降りなければHPが尽きてしまう。奴らの攻撃が待ち受けていると分かっていながら見す見す飛び込んでいかねばならぬとは……」


 それでもトライワイズ・ドラゴンはナギ達のいる地上に降りていくしかなかった。そして高度50メートル付近まで近づき互いの姿がハッキリと視認できるようになった頃、トライワイズ・ドラゴンを仕留めるべく塵童と爆裂少女が攻撃を仕掛ける体勢を整え始めていた。


 「よしっ……。大分奴の姿が大きくなってきた。おい、お前。もう少し降りてきたら二人であいつの左右の側面から仕掛けるぞ。それで、いいな」

 「言われなくても分かってるよっ!。一々偉そうに命令してんじゃねぇっ!」

 「二人共喧嘩してる場合じゃないよっ!。もうあいつが来たよっ!」

 「……っ!」

 「そろそろいい頃合いですね。私達ももう火球を放っておいてあいつに的を絞りましょう」

 「OK。これぐらいの火球なら少しぐらい食らっても大丈夫そうだしね」

 「私も取って置きの矢を放ってあいつを撹乱させるわ。後は頼んだわよ、二人ともっ!」

 “「おうっ!」

  「よっしゃっ!」”


 地上に近づいて来たトライワイズ・ドラゴンに対し、ナギ達は今まで対処していた火球を放置して攻撃を仕掛けていった。当然放置された火球は地上へと降って来たのだが、幸い誰にも直撃せず燃え上がった炎による僅かなダメージしか負いはしなかった。ナギと聖は引き続きファントムモンスターとホーリー・バレット、あまりトライワイズ・ドラゴンには効果がなかったがそれでも多少の錯乱にはなったようだ。そしてナギ達の攻撃に気を削がれ、恐らく本命の攻撃である塵童と爆裂少女の位置を把握できずにいるトライワイズ・ドラゴンに対し、更なる特殊な効果を持ったマイの矢が打ち込まれるのだった。


 「さあ、これであいつの目を完全に眩ませてやるわ。はあっ!」


 “ヒュイィィィィィィン……、パアァンッ!”


 「……っ!。な、なんだ……、これはっ!。め、目がしみる……」


 取って置きの矢と言われたマイの矢はトライワイズ・ドラゴンに向かって放たれると相手に直撃する寸前で急に弾け飛んだ。すると周囲に光の粉のようなエフェクトが発生し、同時にトライワイズ・ドラゴンの目が異物が混入した時のような症状に陥ってしまったようだ。トライワイズ・ドラゴンは目の中がしみてとても瞼を開けていることができなかった。


 「どうっ!。今のが相手を撹乱させる為の取って置きの矢、ブラインド・ダストアローよ。その粉を目に浴びた者は一定時間の間異物が混入したような感じがして瞼を開けていられなくなるのよ」


 マイの放った矢の名称はブラインド・ダストアロー。目眩ましの粉塵の矢という意味で、その名の通り相手の目の前で矢を破裂させて目に特別な刺激を与える粉を撒き散らす技だ。完全に視界を封じられたトライワイズ・ドラゴンに最早塵童と爆裂少女の位置を確認する術はなかった。


 「ぐっ……。これでは目を開けてられん……。一体奴らはどこにいるのだ。もう我に攻撃を仕掛けるべく飛び上がって来ているはずだ」

 「その通りだ。もうすでにお前のすぐ側に来てるぜ」

 「な、何……っ!。く、くそっ!」


 “スカッ……”


 「残念だったな。空振りだぜ。やっぱりマイの矢で目が開けられないみたいだな」


 ちょうど高度30メートルの位置まで降りて来た時、トライワイズ・ドラゴンは同じくその位置まで飛び上がっていた塵童と爆裂少女の間に側面を向けて挟み込まれていた。塵童の言葉に反応し目が見えない状態ながらもトライワイズ・ドラゴンは反撃を試みようとしたのだが、闇雲に爪を振ったところで相手に当たるはずもなかった。そしていよいよ塵童と爆裂少女により止めの一撃が放たれるのだった。


 「よしっ!。じゃあ行くぜ、爆笑女。いいから思いっ切りぶちかませよ」

 「ちょ、ちょっと待て……。なんでお前私が爆笑って呼ばれてること知ってんだよっ!」

 「そんなのお前の名前を聞けば誰でも思い付くよ。いいからさっさとやるぞ。……せ〜のっ!」

 “「真空・正拳突きぃぃぃぃぃぃっ!

  「真空・正拳突きぃぃぃぃぃぃっ!」”


 “ドバアァァァァァァンッ!”


 「ぐっ……、ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 「やったぁぁぁぁぁぁっ!」


 トライワイズ・ドラゴンの爪が空振りに終わった直後左右の脇腹に向かって塵童と爆裂少女の真空・正拳突きが放たれた。先程ナミがあのアイアンメイル・バッファローをのた打ち回らせていた超高威力の技だ。技の難易度もかなり高いにも関わらず二人とも当たり前のように使いこなせていた。そんな大技を2発同時に食らってしまったトライワイズ・ドラゴン。当然耐えられるはずもなく空中で酷い唸り声を上げながら息絶えるように消滅してしまった……。見事トライワイズ・ドラゴンを打倒した塵童と爆裂少女は地上で歓喜の声を上げているナギと聖、そしてマイの元へと着地していった。


 「やったねっ!、塵童さんっ!、爆裂少女さんっ!」

 「まぁ、爆姉ぇならあれぐらい当然だよね。でもそっちの人の技の切れもかなりのものだったし、もしかしたら爆姉ぇより強いんじゃないの?」

 「な、何言ってんだよっ!、聖っ!。私がこんな無愛想な男より弱いわけないだろう。いくら妹でも今の発言は見過ごせないぜ」

 「馬鹿なこと言ってないで敵が片付いたのならさっさとあいつらのところに戻るぞ。向こうの方が人数が多いとはいえ相手のステータスは断然あの牛野郎の方が優ってるだろうからな」

 「そうね、塵童の言う通りだわ。私も早く援護を再開させないと……」

 「ちょ、ちょっと待って。戻る前にあいつのアイテムがどうなったか確認しないと。もしかしたら宝箱でドロップしてるかもしれないしちゃんと回収しておかないと……」


 “ヒュゥーー……、ドスンッ!”


 「あっ、ほらっ!、やっぱり落ちてきたよ。あいつがドロップした宝箱」


 トライワイズ・ドラゴンを倒しナミ達のところへ戻ろうとしているナギ達の元にトライワイズ・ドラゴンが落としたと思われる宝箱が降って来た。どうやら自動で入手されるドロップアイテムは別に宝箱もドロップしたようだ。やはり天空に住んでいるというだけあって貴重なアイテムを保持していたということなのだろうか。


 「よしっ……!、じゃあ取り敢えずそいつはナギが回収しとけ。俺は宝なんて興味ねぇけどこいつらは怒るだろうから後でちゃんと分配してやれよ」

 「わ、分かったよ」

 「OK。それじゃあ急いで戻るわよ、皆」


 こうして宝箱を回収したナギ達はアイアンメイル・バッファローと戦っているナミ達のとこへ戻って行った。かなり苦戦を強いられたようだが爆裂少女と聖の活躍もそこまで損害を出さずに倒すことができたようだ。おかげでまだ生き残っているだろうアイアンメイル・バッファローとも十分戦う余力が残されていた。ナギ達は無事トライワイズ・ドラゴンに続きアイアンメイル・バッファローを討ち果たしこの討伐を完了することができるのだろうか……。



 


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