finding of a nation 47話
「な、なによ急に……。一体どうしたって言うのよ、ナミっ!」
ナミの真空・正拳突きによってアイアンメイル・バッファローの動きを止めることに成功したナギ達。だが皆が一気に攻撃を畳み掛けようとした時、そのナミのリアへの叫び声によって行動を遮られてしまった。リアは何事かと思いながらナミの呼び掛けに答えていった。
「マイと塵童のことよぉっ!。リアは何事もなかったような振りしてるけど、本当はマイ達に身に何か不味いことが起きてたんじゃないのっ!。さっきマイの無事を確認した後リアにしては指示を出すのが遅かったもの。きっと私達に話すべきかどうか迷ってたんでしょう」
「ほ、本当なのか、リア」
「にゃっ!。でもマイの援護はちゃんと続いてるにゃよ?」
「………」
どうやらドラワイズ・ソルジャーのことを隠しているのがナミに感づかれてしまったようだ。僅かに遅れたリアの指示でそこまで気付くとはナミの洞察力もかなりのものである。戦闘での指示をリアに頼り切っているというのもあるのだろう。
「いいわ。黙ってるのなら自分で遠視を使って確かめるから。もしマイの身に危険が差し迫っているなら私勝手に援護に向かうわよ。こっちの戦闘も大事だっていうのは分かってるけど……、やっぱりマイのことを見捨てるなんてできないわ」
ナミはリアが沈黙している様子を見て自ら遠視で確認すると言い出した。そして場合によっては自らの意志で勝手に塵童達の援護に向かうと……。やはりマイが死んでしまった時のことを想像すると居ても立っても居られなかったのかもしれない。
「……っ!。待ちなさい、ナミっ!。……私が悪かったわ。ちゃんと何があったか話すから勝手な行動はしないで」
「リア……。ううん、私の方こそごめん……。でもマイのことを考えると心配で仕方なくなっちゃって……」
「分かってるわ。実はマイ達の所にドラワイズ・ソルジャーっていう序盤ではかなり強力なモンスターが現れていたのよ。今は塵童と何人かの下っ端の盗賊達で抑え込んでるみたいだけど……、プレイヤーランクのキャラクターが塵童だけでは相手にするのに少し厳しいわ。それでこっちから一人援護に向かわせるべきがどうか迷っていたの……」
結局リアはドラワイズ・ソルジャーのことを皆に話すことになった。ナミの取り乱しようを見れば仕方のないことだろう。それにマイの身に危険が差し迫っていることが知れれば一気に皆の不安を煽ることになる。恐らくナミだけでなくナギやレイチェル達もアイアンメイル・バッファローとの戦闘を放りだしてマイの援護に向かっていただろう。ここは自ら事情を話すことで少しでも混乱が大きくならないことを願うしかなかった。
「やっぱり……。だったら今はマイの安全が最優先だわ。すぐ援護に向かうわね、私」
「……っ!。それは駄目よ、ナミっ!。あなたはアイアンメイル・バッファローと戦う上での貴重な戦力……。あなたがこの場を離れるようならもう私達に勝ち目はないわ」
「でもよ……、リア……。マイの奴は一度でも死んじまうともうリスポーンできなくなるんだろ……。私達はペナルティ期間さえ経過すればいつでも復活できるわけだし……、もうこいつのことは放っておいてマイの奴を逃がした方がいいんじゃないのか……」
「レイチェル……、まさかあなたまでそんなこと言うなんて……」
「わ、私もそう思うけぇ、リアっ!。ここまでこんなこと言うのもずるいと思うんじゃけど……、やっぱりいざマイちゃんが死ぬかもしれんってなると討伐なんて来なきゃ良かったなって……。本当に卑怯な奴じゃね……、私……」
「馬子……」
「そ、そんなことありませんっ!。私もレイチェルさんや馬子さんと同じ気持ちです。きっと他の皆も……。もう討伐は諦めてマイさんを連れてこの場から立ち去りましょう。幸い今ならアイアンメイル・バッファローも追ってくることはできません」
「アイナまで……」
リアの不安は的中し、皆勝手にマイのところへと向かいこそしないもののメンバーの多くが討伐の中止を訴え始めた。集落を出る前の自信に満ち溢れた表情は皆の顔からすっかり消え失せてしまい、先程のライノレックスの仇を討つという闘志も冷め切ってしまっていた。アイアンメイル・バッファローがいる場所に辿り着く前にリアも言っていたが、マイを失った時に訪れる自分達への精神的ダメージを自分達でもどことなく察しているようだ。
「……そうね。あなた達の言う通りだわ。この場はマイの身の安全を優先して引き返しましょう。ただしこいつの足を止めておく為にレイチェルとセイナ、それにアイナとシルフィーはこの場に残ってもらうわよ。残りのメンバーはマイを連れて集落へと向かってちょうだい。塵童は怒りそうだけどあのままドラワイズ・ソルジャーの相手をしててもら……」
「そんなの駄目だよっ!」
「ナ、ナギ……っ!」
マイのことへの不安と心配で完全に動揺してしまっている皆の様子を見てリアは討伐を中止する決断をした。今の精神状態ではとてもアイアンメイル・バッファローの戦うことはできないと判断したのだろう。リアはすぐさま撤退する為の指示を出した。だがその直後ナギが大きな声を上げて撤退の指示に反発するのだった。
「まだ撤退するには早いよっ!。折角ここまで良い感じでアイアンメイル・バッファローと戦えたんじゃないか。塵童さんとマイさんのところには僕が援護に向かうよ。だから皆は討伐を続けててっ!。……シルフィー、さっきセイナさんを移動させた魔法って僕にも使えるよね。あれで僕を塵童さんのところへ運んでほしいんだけど……」
「えっ……!。あ、ああ……。それは当然使えるけど距離が長いから多分届かないと思うわよ。空中に投げ飛ばす感じで使えばあそこまでジャンプできるかもしれないけど……、着地の反動と衝撃は自分で制御してもらうことになるわ」
「大丈夫。それで構わないよ。それじゃあ早く僕を塵童さんのところに飛ばしてっ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ナギっ!」
なんとナギは塵童やマイの援軍には自分が行く言い出し、シルフィーに先程セイナに使用にしたウィンド・リムーブの魔法を自分にも使うよう指示を出してきたのだ。どうやらナギはまだ討伐を続行するべきだと考えているようだが、当然残りのメンバーは声を荒げて反対してきた。
「あんたちゃんと分かってんのっ!。もしマイが一度でも死んじゃったらもうこのゲームの世界には戻れなくなっちゃうのよっ!。その理由については散々リアが説明してくれたじゃない!」
「そうですっ!。それにナギさんも集落では必死にマイさんと戦闘にならないよう説得していたじゃないですかっ!。マイさんに死んでほしくない気持ちは私達と同じ筈ですっ!」
「分かってるよっ!。それにマイさんにも死んでほしくないっ!。だけどこの討伐に行こうって言い出したのは僕達だよ。マイさんがついて来たのだって元はと言えば僕達の為じゃないか。それなのに途中で討伐を投げ出すなんてマイさんに申し訳ないよっ!」
「だからってマイに死なれたら申し訳ないも糞もないだろうがっ!。もしゲームからリタイアしちまったら謝ることもできないんだぞ……」
「レイチェルの言う通りよ……、ナギ……。私もここまで来て諦めたくはないわ。こんな結果になるなら初めからマイを連れてくるべきじゃなかった。もっと強くブリュンヒルデさんに反対すべきだった私のミスよ」
「そ、そんな……。リアのミスなんかじゃないよっ!」
「だけど皆の表情を見てちょうだい。もうマイのことが心配で仕方無いって顔してるわ。この状況でこれ以上討伐を続けるなんて無理よ。集中力が切れてアイアンメイル・バッファローに踏み潰されるが関の山だわ。こうなることを予測できていた私が自分を責めるのは当然でしょ。それにナギ……。もしこの戦いでマイを失ってこの先あなたはちゃんとこのゲームをプレイできるの?。言っとくけど本当に戻ってはこないわよ。皆マイの為だけではなくマイを死なせてしまった時の自分達への精神的ダメージを考えてこの場を引くことを考えてるのよ」
あくまで討伐を続行しようとするナギにリアは確信を突いた質問を投げかけてきた。本来ならばここまで来た以上討伐を続行すべきなのはリアも分かっている。だがそれは皆の精神状態を持ち直すことができたらの場合だ。マイの死が掛かっている以上どんな言葉を掛けようとも再び皆の戦意を取り戻させることはできないだろう。リアはナギ自身もマイを失ってしまった時の悲しみに耐えることが出来るのかと問いただしてきた。
「そりゃ僕だってマイさんが死んだらきっと悲しむと思う。でもだからって途中でゲームを投げ出したり、その後をプレイが投げやりになったりもしないよ。途中どんなに嫌なことや上手くいかないことがあっても最後までやり遂げる。それが僕がゲームをプレイする上で一番心掛けてることだから……」
「ナギ……」
「それに自分のゲームに対するプレイをマイさんのせいにするのは良くないよ。自分が死んだからっていつまでも悲しんだり、それでゲームを楽しめなくなるなんて言っちゃったらマイさん自分の思い通りに行動できないじゃないか。確かに固有NPC兵士にならずについて来たマイさんも悪いかもしれないけど……。皆マイさんを死なせたくないんじゃなくて自分が悲しみたくないからじゃないか。そんな自分勝手な気持ちでこの討伐について来たマイさんの思いを踏みにじっちゃいけないよ。ほら、今もマイさんの弓矢が辺りのモンスターをバシバシ片付けてるじゃない。きっと僕達の様子を見て怒ってるよ。何で今の内に相手を攻撃しないんだって」
“ヒュイィィィィィィンッ”
“ガウゥ〜〜〜ン……”
ナギの言う通りマイの弓矢による援護は決して止まることはなかった。それどころかより早く正確にモンスターを射抜くようになっていき、ナギ達の動きが止まっているいうのに周囲の雑魚モンスター達は襲い掛かる暇もなくあの閃光の矢で蹴散らされてしまっていた。どうやらアイアンメイル・バッファローの周りで取り乱しているナギ達に比べマイの集中力は最高点に達しているようだ。
「もうっ!。ナギ達ったら一体何やってるのかしら……。折角相手が地面に倒れ込んでるんだから今の内にどんどん攻撃しちゃえばいいのに……。私の援護で雑魚モンスターはほとんど出現する暇もないっていうのにさ。こうなったら私が直接攻撃しちゃおうかしら……」
援護と同時に遠視でナギ達の様子を見ていたマイは、全くアイアンメイル・バッファローに攻撃する様子を見せないことに不満を感じていた。自分が懸命に援護しているというに当然のことである。そんなナギ達の様子を見兼ねたマイは更に大胆な行動に出ようとしていた。
「……本当だわ。マイの援護のおかげでもう周りにモンスター達はほとんどいない……。私達がアイアンメイル・バッファローとの戦闘に集中出来るよう懸命に頑張ってくれてるのね……」
「その通りだっ!」
「……っ!、セイナっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!、ブレイズ・スラッシュッ!」
“ズバァァァァァァンッ!”
“モオォ〜〜〜〜ン……”
ナギの指摘に周りのメンバーもマイの援護が精度がどんどん上昇していることに気付いたようだ。ナギの言う通りさっさとアイアンメイル・バッファローと攻撃しろと言わんばかりに次から次へと雑魚モンスターを蹴散らしまくっていた。そんなマイの思いに呼応するのようにレイチェルの後ろから今度はセイナが駆けつけて来た。セイナはすっかり喪失してしまったナミやレイチェル達の闘志を再び燃え上がらさんとばかりにアイアンメイル・バッファローへと攻撃を仕掛けていった。どうやらナギと同じくセイナも討伐を続行するつもりらしい。
「セ、セイナ……。あんたもう腕の麻痺は大丈夫なのっ!。HPのダメージより深刻な状態だったじゃない。もっとちゃんと治療を受けときなさいよっ!」
「大丈夫だ。それよりお前達は何やっている。相手がこれ程までに無様な姿を晒しているのだ。今の内に畳み掛けないでどうする」
「わ、分かってるわよ。でもそんなことより今はマイが……」
「その話なら後ろで私も聞いていた。マイの身を案じこの討伐を中止しようとしていることもな。だが私は反対だ。マイのことを思うのならばナギの言う通り討伐を続けるべきだ」
「ならお前もマイがいなくなってもいいって言うのかよっ!。もしここに死んじまったらもう二度とこのゲームの中で会えなくなるんだぞ……」
「いなくなってもいいなどとは思っていない。だが自分達の心の弱さを押し付けるような真似は関心できないと言っているのだ。もしこの状況でマイが死ぬのが怖いから撤退などと言ってみろ。きっとマイは血相を変えて怒り狂うと思うぞ」
「そ、それは……」
「ふっ……、その証拠にマイの苛々の度合を示す一撃が飛んできたようだ」
「えっ……」
セイナの言葉を聞いて皆マイ達のいる方向を振り返った。そこにはまたナギ達の援護をすべくマイによって放たれた光の矢が飛んできてたのだが、その矢が狙っていたのは今までと同じ雑魚モンスターではなかった……。
“ヒュイィィィィィィンッ……、バアァァァァンっ!”
“モモオォォォォォッ!”
「なっ……、今度の矢はアイアンメイル・バッファローの頭を直撃……。もう辺りの雑魚モンスターを処理するペースが完全に追いついたって言うのっ!」
「それは違うぞ、ナミ。確かに多少余裕は出来たかもしれないが、本来ならまだまだ気を抜かず雑魚モンスターの処理に集中しているはずだ。これは私の不甲斐なさに対して放たれた矢だ」
「私達が……、不甲斐ない……」
「その通りだ。……考えても見ろ。いくらレベルを300を超えているとはいえマイはNPC、ノンプレイヤーキャラクターだ。電子生命体が宿っているという意味ではノンプレイヤーとはまた違うかもしれないが、正規のプレイヤーではないことは間違いない」
「………」
「それをこのゲームにおける主役の立場である我々がそのような甘えたことを言ってみろ。一体NPCであるマイにどうしろというのだ。例えこの場でマイを失うことになろうとも必ずヴァルハラ国を勝利に導く……。それぐらいの気概を見せなければどのNPCも我々プレイヤーについてこぬぞ」
「……セイナ」
マイがアイアンメイル・バッファローに向けて矢を放ったのを見て、セイナはこのチャンスを逃すまいと皆に喚起を促した。リアは諦めていたが、まだ皆の戦意を取り戻すことは可能だと考えているらしい。
「最近はMMO等のオンラインゲームが増え、私もほとんど複数のユーザーで楽しめるゲームしかプレイしていない。だが私が今までプレイして中で一番印象に残っているゲームにマジシャンズ・クエストという一人用のRPGがある。そのゲームでは物語の途中で今まで一緒に冒険してた男の仲間が一人死んでしまうイベントがあるのだ。その仲間は当然パーティメンバーで、近接戦闘から攻撃・回復魔法まで使いこなせるとても勇敢で頼りになるキャラクターだった。そんな超有能で親しみのあるパーティメンバーを失った私はとても深い悲しみに包まれてしまい、もうそこでそのゲームのクリアを断念してしまうそうになるほどだった……」
「………」
「だがそのパーティメンバーは死ぬ間際まで私、乃ちそのゲームの主人公のキャラクターのことを思い、心の底から敵のボスである闇の魔術師を倒すことを願っていたのだ。悲しみに打ちひしがれていた私だったが、その男の思いに答えるべきもう一度闘志を燃やしてプレイを再開し、見事その闇の魔術師を打倒しゲームをクリアすることができたのだ。そしてエンディングの最後には私の勝利を讃えるように笑うその男の幻影が画面に映し出されていた……」
「………」
「その時気付いたのだ。ゲームに登場する全てのNPC……、最後の敵として登場した闇の魔術師でさえもプレイヤーのクリアを望んでいると……。きっとゲームのそのものがプレイヤーが試練を乗り越えることを願っているのだと……」
皆を説得しようとセイナは自分が昔プレイしたゲームのことを話し出した。どうやらこの“finding of a nation”等のオンラインゲームとは違い、昔ながらの一人用のRPGのようだ。しかもVRゲームですらないのだろう。誰にでもありそうな経験だが、セイナの熱意の篭った雰囲気に惹かれて、皆真剣な表情で話を聞いていた。
「……分かるわ。私もMMOに嵌る前はずっと一人用のRPGをプレイしてたもの……。きっとそのゲームの製作者自体がゲームを通じて私達が色んなことを学んでくれることを望んでたんでしょうね……」
「そうじゃね……。でもマルチプレイが主流になってからはそういう少し哲学的なゲームはなくなったね……。なんだか単純な面白さのみを追及したゲームばっかりなってしまって、私達もストーリー何かよりゲーム性ばっかりを気にするようになってしもてたよ」
「そうです……。それでプレイもただ効率の良さばかりを重視するようになってしまって……、乗り越えるって言うよりもただ解いていくだけのゲームになってしまっていました……」
「うむ……。私も最近までゲームとはそれでいいと思っていたのだ。だがこのゲームを始めたからどんどんその認識が変わっていった。レイコさんやリア、それに軍事の内政を担当していた戦闘教官のNPC、そしてデビにゃん達猫魔族と触れ合っている内にかつてプレイしていたゲームのNPC達の記憶が自然と蘇って来てしまったのだ」
「………」
「彼らは皆今私が話したゲームの男と同じく我々がこのゲームに勝利することだけなく、このゲームを通じて様々な試練を乗り越えることを望んでいるように感じた。そして今懸命に我々を援護してくれているマイもそう望んでいるはずだ。アイナの言う通り解くのではなく乗り越えることを……」
「……セイナさん」
「確かに時には引くことの方が試練を乗り越えることに繋がることになる……。だが今我々に課せられている試練はマイのことを信じて見事このアイアンメイル・バッファローを打倒すことなのではないかっ!」
「……っ!」
「そしてリア、デビにゃん、シルフィー……。お前達も本心では討伐を続行することを望んでいるのではないのか。本当はマイの死を恐れて無様に逃げ帰る我々の姿など見たくはないのではないのかっ!」
「……にゃっ!」
先程まではセイナに強く反発していたナミ達だったが、今は完全にセイナの話しに引き込まれてしまっているようだった。その様子を確認したセイナはここぞとばかりにマイと同じくNPCであるリア達に話を振っていった。
「そ、それは本当なのか……、リア、デビにゃん、シルフィー……。お前達はまだ討伐を続けたいと思ってるのか……」
「……ええ。セイナの言う通り、私はまだ退きたくないと思っているわ。マイに死んでほしくないのは私も同じ……。マイが死んだ時にあなた達がとても深く悲しむだろうとは思っていたけど……。正直にマイの死に怯えてここまで弱気になるあなた達の姿は見たくなかったわ……。確かに今はマイの身に危険が迫っているけど……、いざとなったらマイもこちらの援護を中断してドラワイズ・ソルジャーに狙いを変えるだろうし……、こちらから一人援軍を出せればまだ十分討伐の続行は可能なはずよ」
「ぼ、僕もそこまで深くは考えられていないけどまだ討伐は続けたいにゃっ!。ナギ達の実力ならきっとアイアンメイル・バッファローを倒せるはずにゃっ!。いくらなんでも諦めるのは早すぎるにゃっ!」
「デビにゃん……。やっぱり僕と同じ考えでいてくれたんだね……」
「シ、シルフィーはどうなんですか……?」
「私もリアとデビにゃんと同じ意見よ……、アイナ……。他のプレイヤーが相手だったら絶対引き返すよう勧めてるんだけど……、なんだかあなた達にはそんなありきたりな行動取ってほしくないの……。多分あなた達に他のプレイヤーにはない何かを感じているんだと思う。リアやマイ、デビにゃんも私と同じように感じているはずよ」
「シルフィー……」
プレイヤーであるナミ達に対し、NPCであるリア、デビにゃん、シルフィーの3人はこのまま討伐を続行したかったようだ。正確にはナギ達の逃げ帰る姿を見たくなかったようだが……。3人がそう思っているということは当然マイも同じ気持ちだろう。そしてセイナが畳み掛けるように皆に激励を飛ばすのであった。
「どうだ、皆。ようやくリアやマイの気持ちが分かったのではないか。これでまだ討伐を諦める等とはほざくのならば、私までお前達のことを見損なうことになるぞ……」
「……セイナ。そうよね……、こんなに簡単に諦めるなんて私達らしくないわよねっ!。やっぱり討伐を続けるわ、私っ!」
「おうよっ!。全く私も気が小さくなったもんだぜ。高校のやさぐれてた時なんかじゃあ絶対この程度のことでビビったりなんかしなかったのにな。負けた時のこと考えて喧嘩なんかできるかってのっ!」
「私もじぇけぇ……。自分の心を庇うあまりリアやマイちゃん達の気持ちをまるで理解しとらんかったよ……。でももうすっかり目は覚めたけぇ安心してっ!。私も皆と一緒に最後まで戦うよっ!」
「わ、私も馬子さんと同じですっ!。ずっと頼りのないことばかり言ってごめんなさい、シルフィー……。こんな私でもまだマスターとして慕ってくれますか……」
「当たり前よっ!。私のマスターはアイナだけなんだから。他の精霊術師も私と同じ風の精霊を呼び出すことはできるけど……、それは私とは全く別の個体なんだからねっ!」
セイナの激励をナミ達は先程までは一転して、自分達の弱気な気持ちを悔い改めてやはり討伐に臨むと言い出した。皆リア達NPCの気持ちを理解できていなかったことをに気が付いたようだ。ナミ達の言葉を聞いてリアやシルフィーも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ほほっ……、どうやら皆の決意は固まったようじゃな」
「……っ!、爺さんっ!。そういやてめぇはこのまま討伐を続行していいのかよ。マイのことに関わらず一番この討伐から逃げ出しそうだったのによ……」
「ば、馬鹿者っ!。あまり年寄りを馬鹿にするものではないっ!。わしは最初からリア達の気持ちに気付いており最後まで討伐を続けるつもりであったわっ!。NPCの気持ちを察するのはプレイヤーとし当然のことじゃからの」
「へいへい。全く減らず口じゃあジジィには敵わねぇな」
「それにわしはマイの生死のことについては良く分からん。元々そんなにゲームをプレイしたこともないしの。じゃがわしはお主達のことは気に入っておる。この先どんなことが起ころうと最後まで付き合ってやるから安心せい」
「爺さん……」
「よしっ!、そうと決まったらグズグズしてられないよっ!。シルフィー、早く僕を塵童さんの所に飛ばしてっ!。リアもそれで構わないよね」
「ええ、今の状況から考えてナギが向かうのが一番ベストだと思うわ。ただ……、ドラワイズ・ソルジャーはデビにゃんと同じ魔族型のモンスターよ。知性もかなり高いはずだから気を付けてなさい。あと周囲の雑魚モンスターの出現間隔も大分落ち着いて来たわ。危なくなたらすぐにマイに援護を頼むのよ」
「うん、分かったよっ!。それじゃあシルフィー、お願い」
「OKっ!。念の為にウィンド・バッファリングも掛けておくわね。……それじゃあいくわよ……、ウィンド・リムーブっ!」
こうしてナギは皆の決意の一致の元塵童の元へと向かうことに決まった。着地の衝撃とその後のドラワイズ・ソルジャーとの戦闘を考慮し、念の為シルフィーはナギにもウィンド・バッファリングの魔法を掛けていた。そして一呼吸行った後、ナギを塵童の元へと運ぶ為ウィンド・リムーブの魔法を発動した。ナギはセイナの時と同じように風のトンネルの中に空き込まれていき、まるでパイプの水と共に流されるように上空へと舞い上がって行った。そして200メートル程流された後、ナギは大砲の砲弾のようにウィンド・リムーブのトンネルの出口から撃ち出されていった……。
一方その頃塵童はというと、まだドラワイズ・ソルジャーと凄まじい接近戦を繰り広げていた。どうやらお互いまだ相手に一撃たりとも攻撃をヒットさせることができていないようだった……。
「はっ!、はあぁっ!、はあぁぁぁぁっ!」
“ドッスゥーーーーーン……”
「くっ……、また躱されたか……」
今もドラワイズ・ソルジャーが2連続で横薙ぎを放ち、その後流れるように地面に向けてバルディッシュを振り下ろしていたがまたしても塵童にすんなりと躱されてしまっていた。
「す、すげぇ……。塵童の兄貴あの鋭い斬撃を全てギリギリで躱してるぜ……。俺達なんて何度飛び掛っても一撃で薙ぎ払われちまって早々に戦意を喪失してしまってるっていうのに……」
「我ながら情けない話だけどな……。だけど塵童の兄貴も躱してばっかりでまだ一度も攻撃に転じてないぜ。やっぱりあいつのコンパクトで素早い振りに隙なんてないんじゃ……」
塵童と共にドラワイズ・ソルジャーに向かっていた盗賊達だったが、何度復活して攻撃を仕掛けていっても一撃でいなされてしまい、もうこの戦闘に自分達の入り込む余地はないと思い今はただ戦闘の様子を見守っていた。一度も相手の攻撃を受けていない塵童を見て感心させられていたようだが、同時に一度も攻撃に転じできていないことに気付き相手の脅威も感じ取っていた。
「ふっ、小僧。いつまでそうやって躱しているつもりだ。お前の可愛い部下達も不安がっているぞ。全くゾンビのように何度も蘇ってきおって。まぁ、実力は大したことがないようなので放っておいてやるがな」
「別にこいつらは俺の部下ってわけじゃねぇよ。一応もう仲間ではあるけどな。それより確かにお前の言う通り……、もう躱してばっか行動も飽きてきたな……。そろそろ攻撃に転じてみるか……」
「減らず口を……。ならばこの一撃で貴様の体ごとその生意気な口を真っ二つにしてくれるわっ!」
塵童の挑発とも取れる言動に怒りを感じドラワイズ・ソルジャーは突如地面を蹴って斬り掛かって行った。かなり頭に来ていたのかその勢いは凄まじく、今まで一番キレのある動きで斬撃は繰り出された。まさかとは思うはこの防戦一方な状況は意図して先程の挑発するような言動を取ったのだろうか……。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!、死ねぇぇぇぇぇぇっ!」
「ふんっ……、おらぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「な、何……っ!」
“カアァーーーンっ!”
「す、素手我が斬撃を弾き返しただとっ!」
なんと塵童はドラワイズ・ソルジャーのバルディッシュによる斬撃を素手で弾き飛ばした。ドラワイズ・ソルジャーは武器と共に弾かれた腕を振り戻すことが出来ず塵童の前に無防備な姿を晒してしまっていた。そしてこの機を逃さすまいとすぐさま塵童の右手の正拳がドラワイズ・ソルジャーの腹部に向けて襲い掛かった。
「はあぁぁぁーーーーっ!」
「くっ……、だ、駄目だ……。弾かれた衝撃で腕を振り戻せん……。こうなったら……」
“バッ……、スカッ……っ!”
「……何っ!。ちっ……、あの野郎、空へ逃げやがった。そういや飛行能力を持ってるんだったな……」
塵童の正拳が直撃する直前、ドラワイズ・ソルジャーは咄嗟に地面を蹴って空へと舞い上がり攻撃を躱した。塵童はまだ武闘家の武器を何一つ入手しておらず、素手の状態であった為物理攻撃の値は高いわけではなかった。だが先程までの戦闘の身のこなしを見てドラワイズ・ソルジャーはかなりの実力秘めた相手であることは感じでいたようだ。その為例え素手の攻撃と言えど無防備な状態で直撃を受けることは致命傷に繋がりかねないと判断したのだろう。そして何よりまさか重量のあるバルディッシュの刃先を素手で弾き飛ばされたことにかなり動揺していたのかもしれない。
「はぁ……、はぁ……。まさか素手でこのバルディッシュを弾き飛ばすとは……。確かにこのゲームにおいて攻撃の属性が斬撃であることにさして意味はない。拳に込める力の度合によっては鉄の硬度を上回ることもある。だが奴らの世界の法則では確実に腕が斬り落とされていたはず……。いくらゲームの中と割り切っての行動とはいえそれ程の恐怖感を脱ぎ払うとは……。なんと強靭な精神力を持ち合わせているのだ、あの小僧は……」
「くっ……、流石に空中へ逃げられては武闘家の俺じゃあどうしようもできねぇ……。奴が空中から放てる遠距離攻撃を持っていないことを祈るしか……ってんんっ!。なんだ……、ありゃ……」
やはりドラワイズ・ソルジャーは素手で武器を払われたことにかなり驚いているようだ。だが塵童も空中に移動されては手を出すことも出来ず、ただ地上からドラワイズ・ソルジャーを見上げるしかなかった。もし空中から降りずに繰り出せる技を持っているのならば流石の塵童も成す術はないはずだが……。
「こうなれば不得手ではあるが魔法で空中から攻撃を仕掛けるしかないか……。奴を相手に接近戦を仕掛けるのは危険だ。だが果たして私の魔法で奴を仕留めることが……っ!、……んんっ!」
「塵童さぁ〜〜〜〜んっ!」
「な、なんだ奴はっ!」
「ナ、ナギっ!。何やってんだよっ。急にそんなところから現れて。このままじゃあ地面に直撃しちまうぞっ!」
「大丈夫っ!。シルフィーに衝撃を和らげる魔法を掛けてもらってるから。それよりそいつがドラワイズ・ソルジャーだね。てぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
なんとドラワイズ・ソルジャーの更に頭上から突如ナギが姿を現した。ナギはそのドラワイズ・ソルジャーへと落下していき、同時にすでに振りかぶっていたアース・カルティベイションで地面へ叩き落とすつもりのようだった。
「くっ……、こ、小僧ぉぉぉぉぉっ!」
「うおぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
“ガッキィィィィーーーーーンッ!”
「ぐっ……、ぐおぉぉぉぉぉぉぉ……っ!」
“ヒュゥゥゥ……、ドッスゥーーーンッ!”
ナギの声に反応して咄嗟に頭上を振り返ったドラワイズ・ソルジャーだったが、またしても予想外の出来事に反応が一段階遅れてしまっていた。それでもバルディッシュを振りナギのアース・カルティベイションを弾き返そうとしたが、落下の勢いもあるナギに軍配が上がり、逆に自身がバルディッシュごと弾き返されてしまい地面に叩き付けられてしまった。一方ナギはというとドラワイズ・ソルジャーを叩き落とした時に反動で落下のエネルギーが相殺され、ウィンド・バッファリングの効果も相まってかなり勢いを殺した状態で地面に着地することができた。ほとんど落下のダメージを受けずに済んだナギはすぐさま塵童の元に駆け寄って行った。
「塵童さ〜ん」
「ナギっ!。一体どうしたんだ……。急に空から現れたりなんかして……」
「へへっ……、実はね……」
ナギは塵童にここまで来た経緯を説明した。塵童に心配は掛けまいと皆の意見が割れていたことは黙っていたようだ。戦闘中である以上あまり無駄話をしていれないというのもあった。
「なるほど……。それでナギが援護に来てくれたってわけか。ちょうどあいつに空中に逃げられてどうしようか悩んでいたところだったから助かったぜ」
「ま、まぁ、あれは偶々(たまたま)なんだけどね……。飛んできたら目の前にあいつがいたからつい攻撃を仕掛けちゃった」
「ははっ、ナギもなかなか度胸あるじゃねぇか。……よしっ、それなら今の内にあいつを叩きのめしちまおうぜ。また空に逃げられたら厄介だしな」
「……あまり調子に乗るなよ、この小童共が……」
「……っ!」
合流したナギと塵童は簡潔に話しを済ますとすぐに地面に叩き付けられたドラワイズ・ソルジャーの方に目を向け、今の内に攻撃を仕掛けようとした。だがその時すでにドラワイズ・ソルジャーは地面から立ち上がろうとしており、先程の攻撃の怒りからか鬼のような形相でナギ達の方を睨み付けていた。人に似た形をしているとはいえ、やはりその眼光の鋭さはモンスターのものでとても人間には出せない威圧感を放っていた。だがいくら強いといっても塵童に加えナギが相手では勝ち目はないように思える。先程叩き付けられたダメージもかなり大きいはずだが……。
「す、凄い威圧感だよ……、塵童さん。やっぱりドラゴンっていうだけあるね」
「ふんっ……、だがさっきの落下のダメージで奴はもう虫の息だ。もう俺とナギを相手に勝ち目はねぇぜ。さぁ、とっとと止めを刺しちまおう」
「くくくっ……。確かにこのままでは勝ち目はない……。だが私には最後に残された切り札がある。今からそれを貴様らに見せてやる……」
「なんだと……」
「ぐぅ……、ぐはっ!。がががががが……、ぐおぉぉぉぉぉぉっ!」
「な、なんだっ!。ドラワイズ・ソルジャーの体が……」
「変化していってやがる……」
落下のダメージと衝撃でかなり弱り切った姿を見せていたドラワイズ・ソルジャーだったが、意味深な言葉を発したと思うと急に苦しみだし唸り声のような悲鳴を上げていた。そしてなんとその悲鳴と共にドラワイズ・ソルジャーの体がみるみる変化していったのだ。この機に攻撃を仕掛けようとしていたナギ達は驚愕のあまり手を出すことができなかった。今の状況で攻撃を仕掛けるのが安全かどうか分からないのもあったのだろう。もしかしたら変化中の攻撃に対するカウンターのようなものがあるかもしれない。
「ぐおぉぉぉ……」
「な、なんだか体がどんどん巨大化していってるような……。それに体形もどんどん変化していってるよ」
「……手を地面に付いて四足歩行の生物のように変化していってる。あれはもう手っていうより前足だな。人型だったさっきまでの面影がまるで感じられねぇ……」
「翼もかなり肥大化してる……。でもこの形ってもしかして……」
「恐らくそうだろうな……。奴は本当のドラゴンに変化するつもりだ」
「や、やっぱりっ!」
悲鳴を上げて苦しんでいたドラワイズ・ソルジャーは、まず武器として持っていたバルディッシュを捨てて両手を地面に付き四つん這いの姿勢を取った。そして必死に苦しみを堪えるかのように地面に付いた手で草の根を握りしめていた。そんなドラワイズ・ソルジャーの苦しみを余所に次々と変化は起こっていった。まずは背中に生えた翼がピーンと上に張りあがり、ドラワイズ・ソルジャーの身体と共に急激に肥大化していった。首は麒麟のように長く伸び、間接の位置も移動しすでに姿勢は四足歩行の生物のように変わっていた。手足……、いや前足と後足の爪もより鋭く硬いものへと変化していたのだが、指の数は五本のままであった。ただ先程のバルディッシュのように武器を構えるような複雑な動作をできなさそうであった。そして変化始まって1分が経過した頃、すでにドラワイズ・ソルジャーの姿は全く別のモンスターに変化していた。それはまさに伝説上のドラゴンの姿そのものだった……。
「ほ、本当にドラゴンに変化しちゃったよ、塵童さんっ!。さっきまでも本物のドラゴンだったけど……」
「ああ……。だが能力は別段のものに変わっているはずだぜ……。特にパワーは大幅に強化されているだろうし、より破壊力のある技を使用してくるはずだ……」
「ど、どうしよう……」
人型から完全なドラゴンへと変化したドラワイズ・ソルジャーの姿を見たナギ達は、あまりに衝撃の出来事に唖然として立ち尽くしてしまっていた。全長は5メートル、高さは4メートル近くにまで巨大化しており、ナギ達はドラゴンと化したドラワイズ・ソルジャーの影に完全に覆い隠されていた。
「……ふぅ……、ようやく変化が完了したか……。どうだ、小僧共。これが我らに眠りしドラゴンの血を完全に解放した状態、トライワイズ・ドラゴンの姿だ。ドラワイズ族の中でもこの姿に変身できるのは戦闘タイプである我々ソルジャー系統だけだ」
「ト、トライワイズ・ドラゴンだってっ!。じゃあドラワイズ族達は元々本物ドラゴンだったのか……」
「それがさっきまでの人型の姿のものに進化していったってわけか……」
このドラワイズ・ソルジャーの変化した姿はトライワイズ・ドラゴンというらしい。トライワイズとはトライとワイズ、トライとは“何かにトライする”等一般的にもそのままよく使われている言葉だが、やってみるや努力する、試みるを意味する。ワイズはドラワイズ族の時と同じく賢い、賢明、賢人などの意味である。恐らく自分達を進化させる為に様々なこと試みる賢明さからそう名付けられたのだろう。その努力が至って高い知能を備えたドラワイズ族へと進化し、魔族としての力を手にすることができたのだろう。
「……ってことは態々退化してその姿に戻ったってことじゃねぇか。さっきから知能が高い高いと言ってる割には馬鹿な行動だな」
「愚かな……。我らの祖先はこの世界で生き延びていくには高い知能が必要だと判断し、この姿を捨ててまで貴様ら醜い人間の姿へと変化したのだ。それは地上の大部分を支配している貴様ら自身が証明していることではないか」
「だ、だけどドラゴンの姿の方がどうかんがえても強そうな気がするんだけど……。それに結果として世界のほとんどは人間に支配されちゃったんだから進化した意味もなかったんじゃ……」
「ふっ……ふはははははっ!。それは我らドラワイズ族が貴様らの祖先とも言える天使共を滅ぼしたと知っての発言かっ!」
「な、なんだって……」
「滅ぼした言っても天空のどこかで細々と生きながらえているかもしれないがな……。まぁ、天空の支配権が我らに移ったことに変わりはない」
「なるほどな……。それで今度は地上も支配すべく態々天空から降りてきたってわけか……」
「そういうことだ。天空に聳える浮遊島は少なく数や領土の広さではまだ貴様らの方が圧倒的に勝っている。だがそれも地上に我らが起点となる領土ができるまで……。手始めに貴様らヴァルハラ国の領土を奪い地上侵略の足掛かりとしてくれるわっ!」
やはりドラワイズ族は天空だけでなく地上の支配も目論んでいるようだ。天使を滅ぼしたとも言っていたが天空にも他に種族がいるということなのだろうか。ナギ達に取って自分達プレイヤー以外の勢力が存在することが分かったことはこの後の戦略に大きく影響するだろう。力尽くで取り込むか、それとも友好的な関係を気付くか……、場合によっては他のプレイヤーの勢力と協力して対応に当たることもあるかもしれない。
「そ、そんなことさせないよっ!。凄く強気なこと言ってるけど塵童さんが言った通り退化したことには変わりないじゃないか。お前なんか返り討ちにしてやるぞっ!」
「ふんっ……、貴様の方もさっき言っていたではないか。ドラゴンの姿の方が強い気がすると……。我らが貴様らの人間の姿に変化したのはあくまでの種の保存の為……。いくら伝説上の生物と謳われようとも滅んでしまっては意味がないのでな……。今からその伝説の力をとくと拝ませてやる」
「……っ!。来るぞ、ナギっ!。気を付けろっ!」
「う、うんっ!」
「……この姿は強力である分変身時間が限られているのでな。空中からの火球攻撃で一気に決めさせて貰うぞ」
“バッ……”
「ちっ……、また空中に登るつもりか……。これは確かにまずいぜ……」
トライワイズ・ドラゴンは臨戦態勢に入ると同時に翼をばたつかせ始めた。どうやら空中からの火球攻撃でナギ達を一掃するつもりのようだ。だが地面蹴ってトライワイズ・ドラゴンが空中へと舞い上がろうとしたその時……っ!。
「ふっ……、貴様のような小僧二人我が灼熱の息吹で焼き尽くしてくれるわっ!。見ていろ、今から貴様らの攻撃等どう足掻いても届かん位置まで舞い上がってやる……」
「残念だったな……。悪いが小僧二人だけじゃないぜ」
「……っ!。な、何……、今の声はまた頭上から……。まさかまた奴らの援軍かっ!」
「それともう一つ……。あなたはもう大空に羽ばたくことはできません。折角立派な翼を持っているのに残念ですね」
「こ、今度は地上から……。それもあいつらの声ではな……っ!。や、奴は……っ!」
「天に住まいし精霊の神々達よ……。この邪悪なる存在から天へと登る力を剥奪したまえ。……アルティチュード・バインドッ!」
「な、何っ!。……こ、これは高度制限の魔法……。確か奴らの中の聖術師という奴が使用できるもののはず……。だが奴らの中には聖術師などいなかったはず……。くっ……、なんにせよこれでは10メートル以上の高さに飛翔することはできん……」
トライワイズ・ドラゴンが空中へと舞い上がろうとした時、空中と地上から2つの声が聞こえてきた。どちらもナギと塵童の声ではない。女性の声であることは確かなようなだが……。まずは頭上の声に反応したトライワイズ・ドラゴンだったが、相手の姿を確認する前に地上から聞こえてきた二人目の声の主へと視線を向けた。するとそこにはナギと塵童だけなく、その少し後ろの方に白く清らかな衣を纏った少女の姿があった。その少女はオレンジ色の長い髪を靡かせながら先端に天使の羽のような装飾の施された杖を構え何かの魔法を唱えようとしていた。そしてアルティチュード・バインドと唱えられて発動したその魔法は、白く透明な輪のようなものを作り出し、その中にトライワイズ・ドラゴンを捉えるようなエフェクトを発生させた。その後すぐにその輪は消えてしまったのだが、突如としてトライワイズ・ドラゴンの飛翔が止まってしまった。どうやら対象の飛行能力を制限する魔法ようで、これを受けたトライワイズ・ドラゴンは地上から高度10メートル以上の距離に移動できなくなってしまったらしい。当然の少女の出現にナギと塵童も驚かされてしまっていた。
「き、君は……」
「話は後……。今は目の前の敵に集中して」
「う、うん……っ!。……って今度は空から誰か降って来てるっ!」
「何だとっ!。さっきの声の奴か……、くそっ!」
少女に促されナギがトライワイズ・ドラゴンのいる空中を見上げると、その更に頭上からまた何者かが落下して来ているのに気付いた。恐らく先程の声の主だろう。ナギの言葉に反応しトライワイズ・ドラゴンは再び頭上を見上げたが、そちらに意識が行くのが遅すぎたようだ……。
「よくやったぞ、聖っ!。今度は私の番だ。……食らえぇぇぇぇっ!、飛翔空蹴撃っ!」
「な、何……っ!。……ぐはぁぁぁぁぁ……っ!」
“ヒュゥゥゥ……、ズッドォーーーーーン……っ!”
「い、今のは昨日ナミが使ってた技じゃ……。もしかしてナミもシルフィーの魔法で援軍に来たのっ!」
頭上から現れた声の主は昨日ナミがライノレックスに対して使用した飛翔空蹴撃を放ちながら落下してきた。そしてそのままトライワイズ・ドラゴンの背中にミサイルのような重い蹴りを直撃させた。完全に不意を突かれたトライワイズ・ドラゴンは当然防御の態勢も取れておらず、攻撃の衝撃をもろに受けて凄い勢いで地面へと落下していった。そしてまともや大きな音と共に地面へと叩き付けられてしまった。対して飛翔空蹴撃を放った少女は、悠々と空中で体勢を整えてナギ達の前へと着地してきた……。
「……っ!。あ、あれ……、ナミじゃないっ!。君は確か……、討伐大会の団体賞で1位に輝いていたメンバーの……」
「ああ、爆裂少女だ。よろしくな」
「爆裂少女だと……。俺はこんな奴知らねぇな」
「ちょっとっ!。ランキングの上位ぐらいちゃんと確認しておいてよ、塵童さんっ!。大体この子は最初に行われた表彰式で僕達の目に出てたじゃないかっ!。……まぁ、塵童さんに言っても仕方ないことなのかもしれないけど。それよりこっちの子が爆裂少女さんってことは……」
「はい、私は爆裂少女の双子の妹の聖君少女です。どうぞよろしくお願いします」
「よ、よろしく……。でもなんで君達がここに……」
「詳しい話は後だ。それより今はあのドラゴンを片付けちまおうぜ。聖、ちゃんと援護しろよ」
「了解。爆姉こそ油断しないでね」
「い、一体どうなってるのっ!」
なんと空中から現れたもう一人の人物は討伐大会の団体賞で1位の輝いたパーティメンバーの一人、爆裂少女であった。更に先程トライワイズ・ドラゴンに魔法掛けていた少女はその妹と聖君少女だった。ナギ達とっては同じヴァルハラ国のプレイヤーで、一応仲間でありこの状況では援軍に来てくれたように見える。もしかしたら功績を得るために獲物を横取りしに来たのかもしれないが……。なんにせよナギ達にとってはありがたいことだが、援軍が来ていたのはナギ達のところだけではなかった。
“モッ……、モオォォォ……”
「くっ……。なんとかナギを援軍に向かわせることで皆の意見を纏められたけど……。揉めてる間にアイアンメイル・バッファローの痛みも和らいでしまったようね……」
一方ナギを援軍に送り出した後ナミ達の元では痛みから解放されたアイアンメイル・バッファローが再び動き出していた。地面から立ち上がったアイアンメイル・バッファローはまだレイチェルの方を向いていたが、再び角による攻撃を繰り出すつもりなのだろうか……。だがレイチェルの隣には先程ボンじぃの治療が完了したセイナがいた。できればセイナに狙いを定めてもらいその間に今度はレイチェルを回復させたいところではあったが……。
“モオォォォ……”
「なんだ……、こいつ……。起き上がったっていうのにジッとしやがって……。私とセイナのどっちを狙うか悩んでんのか……」
「いや、僅かだか首を左右に振っている。どうやら誰かを探しているようだが……」
「はっ……!。まさか……。ナミィィィィィっ!、今すぐこの場を離れなさぁぁぁぁぁいっ!」
「えっ……」
“モオッ!、……モオォォォ……!”
「えっ、何々っ!。なんで急にこっち向いて……」
「しまったっ!。さっきので気付かれたか……。ナミィィィっ!、そいつはさっきのあなたの攻撃に怒ってるのよっ!。いいから早く逃げなさいっ!」
「あっ……。そう言われればそうよね……。あんな攻撃したんだから怒って当然……」
“モオォォォォォォォォッ!”
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!。やっぱりこっちに走ってきたぁぁぁぁぁぁっ!」
少し首を振りながらセイナとレイチェル達の方を見ていたアイアンメイル・バッファローだが、リアのナミへの呼びかけに反応すると瞬時に身体を反転して後ろを振り向いた。どうやら先程自身に地面をのたうち回せる程の攻撃を放った人物を探していたようだ。セイナとレイチェルの方を中心に見ていたのは、恐らく先程姿のなかったセイナが怪しいと思っていたのだろう。戦闘の初めに何度かセイナの攻撃を受けたことで戦闘能力が高いことを分かっていたのもあるのだろう。ナミを発見したアイアンメイル・バッファローは我を忘れたように突進していった。
「あわわわわわっ……。どうしよう〜、今からじゃ逃げ切れないよ〜。武闘家の私じゃあんな攻撃受け切れないし……」
さっきまでアイアンメイル・バッファローが倒れていたのもあってナミは20メートル程しか距離を取っていなかった。相手の突進の速度を考えるととても逃げ切れる距離ではない。セイナ達と違い剣や盾を持っていないナミでは攻撃を受け止めることもできない。このゲームの中ならば拳で受け切ることも可能だろうが余程のステータスの差とプレイ技術が必要となるだろう。
“モオォォォォォォォォッ!”
「こ、こうなったら私も思い切って正拳を放つしかないわ。私の拳とあんたの突進どっちが勝つか勝負よっ!」
「うおぉぉぉぉぉっ!、何無茶なこと言ってんだぁっ!。ポニーテールの嬢ちゃん。いいからさっさとそこを退きなっ!」
「えっ!。……あ、あんたは……」
「……っ!。あれは天だくっ!」
「て、天だくだとぉぉぉぉぉっ!。……って誰だよそれ……」
「にゃぁぁぁぁぁっ!。物凄い勢いで体が回転しているにゃぁぁぁっ!。まるで人間竜巻だにゃぁぁぁぁぁっ!」
逃げ切ることは不可能と判断し迎え撃つ覚悟を決めたナミ。だがその時後ろから荒々しい男の叫び声が聞こえてきた。ナミが後ろを振り返るとそこには体を竜巻のように回転させ斧を振り回しながらこちらに近づいてくる男の姿があった。それは正しくヴァルハラ城での軍事の内政でセイナと模擬戦を繰り広げていた“天丼、汁だく”こと天だくであった。ナギ達の元に現れた爆裂少女と聖君少女に続きまたしても討伐大会1位のメンバーが姿を現した。これは何かの偶然だろうか……。もし援軍に来てくれたのならばナギ達とっては頼もしいことだが果てして……。斧を振り回している天だくはナミの代わりに迎え撃つべくアイアンメイル・バッファローへと向かって行った……。




