finding of a nation 38話
「レ、レイコさん……。こんな時に一体なんのようだろう。通話に出てみるからちょっと待っててね」
オレンジ髪の少女とのいざこざの最中突如ナギの元にレイコから通信が掛かって来た。ナギは戸惑いながらも通話に出ようとした。少女もリアの母親であるレイコのことはよく知っていたため、ナギが通話に出ようとしても何も言わず、無言で了承の合図を送っていた。
“ピッ……”
「もしもし、こちらナギです」
「……あっ!、やっと繋がったみたいね。もしもしナギ、こちらレイコよ。ごめんなさいね、急に電話して」
「ベ、別に構わないけど。それよりやっと繋がったってどういう意味?。多分通話が掛かって来てすぐ出たと思うんだけど……」
「それはあなた達が城の外に出ているからよ。このゲーム内で誰かに通話を掛けたりメッセージを送ろうとした時、その人との距離によって通信が届くまでの所要時間が増減するわ。遠くにいたらなかなか連絡を取るのに時間が掛かるってわけ。今ので15分ぐらいは掛かったかしら」
どうやらこのゲームで他のプレイヤーやNPCと連絡を取る場合、その人物との距離が離れれいるほど通信が届くまでの時間が掛かるようだ。今レイコが送った通信がナギに届くまで15分程時間を要したようだ。今ナギ達がいるのが城から北東に出たマスのほぼ端の方にいたため、このゲームのマップで区分されている1マスに付き10分程度掛かるということだろうか。ただし自国の城や拠点の中ではこれらの時間を要さずに通信が届くようだ。
「な、なるほど……。これもゲームバランスの調整なのかな。どこにいてもすぐ連絡が取れるなら戦略面で大きな影響を与えることになりそうだもんね。もしかしたら通信不可の場所なんかもあるかもね。……んん?、ってことはこっちから城にいるプレイヤーに連絡を取る時も時間が掛かるってこと?」
「そうよ。だから城の外に出る時は気を付けてね。なるべく城の中にいる内に連絡を取り合っといた方がいいわ」
「(……じゃあさっきリアが城に連絡を取ろうとした時もそれと同じぐらいの時間が掛かるってことだよね。リアがそのことを知らないわけないし、そんな時間を要するなら時間を無駄にしないためにもすぐ通信を送ると思うんだけど。もしかして本当はもうとっくに通信を送ってるんじゃ……)」
「………」
レイコの話を聞いて疑問に思ったナギはリアの方を振り向て見ていた。生産性の低いことが嫌いであるリアが通信が届くまでの時間を無駄にするわけがないと思ったからだ。リアの手元からは端末パネルは消えていたが、別に閉じていても一度通信を送ってしまえば切れることはない。
「なによ。こっちばっかりジロジロ見て。それより母さんあなたになんの用で電話してきたの」
「あっ、うん……。そうだった。ところでレイコさん、なんで僕に電話してきたの。実は今色々と立て込んでて用件があるならすぐ済ませてほしいんだけど……」
「あっ、ごめんなさい。通話にこれだけ時間が頼んだってことは、もう皆と私が頼んだ依頼に出掛けてるんでしょ。実は今朝になってヴァルハラ国にも情報が届いたんだけど、なんでもその集落の近くの地域で巨大な猛牛型のモンスターが確認されたらしいの。それでそんなの今のあなた達じゃ勝てっこないからもう集落のことはいいから帰ってこいって言おうとしたわけ。もしかしたらもうやられちゃったかと思ったけど、どうやら無事みたいで良かったわ。……ってことでもう私の依頼のことはいいわ。集落のことはヴァルハラ国の方に直接救援の依頼を出しといたからブリュンヒルデさんが部隊を募って派遣してくれるでしょう。あなた達もそこへ向かうつもりなら部隊に応募して他のプレイヤー達と一緒に行くことにしなさい」
レイコの用件はナギ達に自分の依頼は破棄して構わないから城へ戻って来いとのことだった。どうやらレイコも盗賊達の言っていた猛牛型のモンスターについての情報を得てナギ達に連絡して来たらしい。そのモンスターに遭遇しては今のナギ達ではとても敵わないと判断したのだろう。集落の安否の確認についてはヴァルハラ国に直接依頼を出したようだ。本国に直接出した依頼は全プレイヤーに知れ渡ることになる。部隊の規模、メンバーの選定は監視プログラムから送られてきた情報を元にブリュンヒルデによって決められる。
「そ、それが……、実はもう集落まで来ちゃってるんだ。そのモンスターも実際に遭遇したわけじゃないけど情報は入手したよ。リアはそいつのところに向かうつもりみたいだけど……」
「ええっ!、リアもそこにいるのっ!。ってことはパーティに誘えたのね。あのリアを口説き落とすなんて流石ね、ナギ。でもそれで皆を危険な目に合わせようとしてるのは頂けないわね。母として厳重に注意しとくから、ちょっとリアに代わってもらえる?」
「い、いや、だから今はそれどころじゃなくて……」
「ちょっとっ!。レイコさんには悪いけど、こっちの話も閊えてるんだから早く用件を済ませてもらえないかしら。なんか話が脱線しているように思えるんだけど……」
「だ、だからちょっと待っててば……」
「んんっ!。ちょっとナギ、今の声ってもしかしてマイちゃんじゃないのっ!」
なるべく早くレイコとの会話を切り上げようとしたナギだったが、その場にリアもいることを知ると途端に通話を代わってもらえるようお願いしてきた。話が逸れて来ているのを感じたオレンジ髪の少女は早く通話を終えるよう要求してきた。ナギも少女に言われた通り早く通話を切ろうとしたのだが、端末越しに少女の声を聞いたレイコが再び反応を示してしまうのだった。
「マ、マイちゃん……っ!。そういえばリアがそんな名前で呼んでたような……。オレンジ色の長髪をした女の子のこと?」
「そうよ。そういえばマイちゃんも今はその集落で暮らしてたのよね。最近あってなかったから久しぶりに声を聞けたわ。その子もリアに負けず劣らずの実力者だからできれば力を貸して貰いなさい。リアよりかはずっと協力的な筈よ」
「えっ……。でも今その子と結構大変な揉め事になっちゃってるんだけど……」
「嘘ぉっ!。あのマイちゃんがナギ達とトラブルなんて信じられないわ。ちょっと詳しく話を聞かせてもらえない」
「う、うん……。ちょっと話が長くなりそうなんだけど構わないかな……」
「はぁ……、仕方ないわね。でもなるべく早く終わらせてよ」
少女に確認を取った後ナギはレイコにこれまでの経緯を説明した。少女は如何にも不満そうな態度を取っていたが、相手がレイコということもあって無理に通話を終わらせるようには要求できなかったようだ。ナギの説明は簡潔で分かりやすく3分程で終わり、レイコもナギ達が置かれている状況をほぼ理解したようだった。
「ええ〜〜っ!、そんなことになっちゃってるのぉぉぉっ!。もうっ、リアったら相変わらずマイちゃんと喧嘩ばかりしてるんだから。でも話を聞く限りリアの態度が原因ってわけでもなさそうね。マイちゃんだったら快くヴァルハラ国やナギ達に力を貸してくれると思ってたんだけど、どうやらそう上手くは行かないみたいね。智慮が深い子だからかえって皆のことを警戒しちゃってるみたい。私が話してみるからちょっとマイちゃんと代わってもらえない?」
「わ、分かった。ちょっと聞いてみるよ。……えーっと、マイさんって言ったっけ。レイコさんが君と話したいみたいだけど、ちょっと僕と通話を代わってもらってもいいかな」
「……いいわよ。通話が掛かって来た時からこうなるとは思ってたし、私もレイコさんには話したいことがあったから。それじゃあ私の端末に通話を送ってもらえないかしら」
「う、うん。えーっと、こうやればいいのかな……」
レイコに少女と通話を代わるよう頼まれたナギは、端末パネルを操作しレイコとの通話をそのまま少女の端末へと送った。どうやら通話を代わる相手が近くにいれば端末ごと通話を切り替えられるようだ。
「もしもし、こちらマイです。通話を代わりました。お久しぶりです、レイコさん」
「あっ、マイちゃん。久しぶりね。また声が聞けてうれしいわ。今の状況はナギに話しを聞いて大体は理解しているつもりよ。またリアがマイちゃんを怒らせるような真似してごめんなさいね」
「いえ……。確かにリアの態度に腹が立ったのは事実ですけど、私が怒ってるのはリアに対してだけではないんです」
「分かってるわ。私達が簡単にヴァルハラ国を信用しちゃったことに納得できないのよね」
「はい……。私はリアやレイコさんがヴァルハラ国に移住したと知った時、それは仕方のないことだと思いました。何万人というプレイヤー達が参加している大国に、NPCである私達が抵抗する術はありません。だから本当は私自身もヴァルハラ国に移住する他選択肢はないと考えていました」
「そうね……。賢明な考えだと思うわ。でも、それならどうしてナギやリア達に協力してもらえないのかしら」
「それは……、リアがこのプレイヤーの人達と仲良さげにしているのが受け入れられなかったのかもしれません」
「リアが……ナギ達と?」
「はい……」
「(マイ……)」
どうやら少女も当初は自身もヴァルハラ国へと参加するつもりだったらしい。固有NPC兵士にまでなるつもりであったかどうかは分からないが、ヴァルハラ国という大国を前にこのような小規模な集落に住む自分達が抵抗することは無意味であると判断したようだ。事実リアやこの少女以外のNPCのステータスは先程の盗賊達にすら及ばず、3万人を超えるプレイヤー達が相手ではまず勝ち目はないだろう。なら何故少女は急にナギ達に反抗の意を示してきたのだろうか。そのことをレイコに聞かれ少女は自身の胸の内を話し出した。
「さっきも言いましたが私はリアやレイコさん達が仕方なくヴァルハラ国に参加しているものだと思ってました。ですがリアがこのプレイヤー達と共に盗賊達と戦う姿を見て、それが間違いだと気付いたんです。リアの表情は充実感に満ちていて、すでにこのプレイヤー達と信頼関係が構築されていることがすぐに分かりました。固有NPC兵士にまでなっているのが何よりの証拠です」
「な、なによ……っ!。それのどこがいけないっていうのよっ!。リアと信頼関係が築けているならむしろ私達のことを評価してくれてもいいんじゃないの。なのにどうしてそんな反抗的な態度取ったりするのよ」
「ナ、ナミ……。今は僕達は話しに割って入らない方がいいよ。あの子にだって色々事情があるんだから、今はレイコさんに任せよう」
少女の発言にナミの言いたいことがあるようだったが、ナギに止められてここはレイコに任せることにした。少女のレイコに対する話しぶりは明らかにリアやナギ達に対するものと違っていた。どうやらレイコのことをかなり慕っていたようだ。
「この人達が良質なプレイヤーであることは自分でも分かっています。だからこそプレイヤー嫌いだったリアも心を開いてるんだって。でも私からすればいくらなんても心変りが早すぎると思うんです」
「なるほどね。大国の力を前に止む終えず従っているだけならいざ知らず、リアのように固有NPC兵士にまでなって積極的にヴァルハラ国に協力してることが気に入らないってわけか……」
「はい。リアの口振りから察するにすでにヴァルハラ国への忠誠はかなり固いものになっています。ヴァルハラ国がこの地域に建国されてまだ二日しか経っていません。それなのに何故そこまでヴァルハラ国に肩入れすることができるんですか。私にはとても理解できません」
「マイちゃん……」
「ヴァルハラ国が建国された地域にあった集落はもう全て取り込まれてしまいました。きっとこの辺りの地域の町や集落はすぐにヴァルハラ国の傘下になってしまうでしょう。そしたら私達はヴァルハラ国の法や文化を押し付けられ、おまけに兵士や労働者となって死ぬまで働かなければなりません。かつての自由な暮らしは私達からあっという間に奪われてしまいます。レイコさん達はそのことに何の抵抗もないんですかっ!」
相手がレイコということでナギ達が相手の時と比べるとかなり控えめな話し方をしていた少女だったが、レイコとの会話を繰り返していく中で再び激昂してしまっていた。
「マイちゃんの言ってることは分かるわ。でもこの世界にはヴァルハラ国以外にも大量のプレイヤーを擁する大国がいくつも建国されているのよ。どれだけ逃げ延びてもいつかはどこかの国の支配を受けることになるわ。それなら早い内に自分の信頼できる国を見つけて、その国の勝利の為に助力した方が良いと思わない?」
「それは……。確かにその通りかもしれませんが決断が早すぎます。もしヴァルハラ国による統治が私達の望むものでなく、逆に虐げるようなものだったらどうするんですかっ!」
「そんな国に身を預ける程私達も馬鹿じゃないわ。マイちゃんの言う通りヴァルハラ国ができてまだ二日しか経ってないけど、ヴァルハラ国のプレイヤー、それに女王であるブリュンヒルデさん達がどんな人達かは理解しているつもりよ。決して私達に苦痛や不安を与えるようなことはしないわ」
「そ、そんな……。どうしてそこまで言い切れるんですかっ!」
「どうしてって……。そう聞かれると答えに困っちゃうんだけど、直感としか言いようがないわね。ナギに聞いてるかもしれないけど私はヴァルハラ国で牧場の管理者を任されてるわ。家も凄っごい豪邸に住まわせてもらってるのよ。まぁ、これはハールンの功績のおかげでもあるんだけどね。例え新参者や田舎者でその能力に応じてきちんと評価してくれる。たった二日間だけどヴァルハラ国の政治を見てこの国は信用できるって感じちゃったの」
「そんなの安直すぎますっ!。序盤の内政なんてどの国でもある程度上手くいくものです。他国と戦争になったり内政が行き詰った時は容赦なく私達NPCに負担を押し付けてくるに決まっています。私は本当にこの世界を収めるに相応しい国かどうかもっと見定めるべきだと思います」
レイコの言葉を聞いても少女は頑なにヴァルハラ国のことを拒み続け、話は平行線をたどっていた。リアやレイコとは違い、彼女は物事をどちらかと言えば論理的に考える性格のようだ。客観的に物事が見れるのはリアやレイコも同じだが、より直感的に行動できる二人はすぐに自身の判断を信じヴァルハラ国を受け入れることができた。だが物事を判断するのに論理的な根拠を必要とする少女は、心ではヴァルハラ国のことを一般の人々から収入や身分の低い人々のことまで考えらる善良な国であると感じながらも、なかなかその判断に身を委ねることができないでいた。
「う〜ん……、やっぱりレイコさんでもなかなかあの子のことを説得できないみたいだね。なんだか凄く思慮の深い子だから僕達のことを信用して貰えるのに時間が掛かりそうなのかも」
「そうね。私だったらあそこまで物事を深く考えるなんてできっこないわ。自分の所属する国なんて一番近くにできたところでいいって思っちゃう。高校や大学もそれで選んだんだしね。……特に良い判断だったって思えることもなかったけど」
「まぁ、NPCにも色んなタイプがいるのにゃ。因みに僕はナギのことを一目で最高のプレイヤーだって確信することができたのにゃ。自分の直感を信じることができないなんて、あの子もまだまだNPCとしては二流だにゃ」
「なによ〜、偉そうなこと言って〜。レベルやステータスだったらあの子の方が断然高そうじゃない。NPCのランクってやつもあの子の方が数段上なんじゃないの〜」
レイコと少女の会話を聞いていたナギ達はその内容から少女の思慮深さを感じ取っていた。同時にNPC全てのNPCが自分達に対して有効的な態度を取ってくれるわけではないことも認識し始めていた。
「そうは言うけどマイちゃん、それじゃあもし私達が手をこまねいている間にヴァルハラ国が他の国に占領されちゃったらどうするの?。そしてその国の指導者が私達に対してとんでもない悪政を働く人物だったら?」
「そ、そんなのただの憶測です。ヴァルハラ国が善政をしてくれる保証だってどこにもないじゃないですかっ!」
「そう……。だったらもういいわ。早くその集落を出て自分の信頼できる国を探しに行くのね」
「そ、そんな……、なんでそんなこと言うんですかっ!」
「あなたがいつまでも甘ったれたこと言ってるからよ。いい、私達がああだこうだ喚いてももうこの世界に12の大国が誕生しちゃったの。早くどこかの国に身を寄せないと本当に自由のない生活を送ることになるわよ」
「なっ……、そんなことあるわけ……」
「なるわよ、このままじゃあ。遅かれ早かれ12の大国はその支配領域と影響力を拡大してくるわ。あなたも言ってたでしょう。この辺りの集落はすぐにヴァルハラ国に取り込まれてしまうって。そうなったらお金や経済の流れも全部大国に牛耳られることになるのよ。どこかの国の加護を受けていない町や集落はこのゲームが終わるまでずっとひもじい生活を送ることになるわ。私達は大国が建国された近くの地域に住んでいたことに感謝しないといけないぐらいよ」
「そ、それは分かっています。だからさっきヴァルハラ国の傘下になることは仕方がないって……」
「だったらあなたの方が盗賊達から手を引いて、今すぐヴァルハラ国に向かって来なさい。嫌なら他の国の元へ向かってもいいわ。言っとくけど今のあなたじゃリアには歯が立たないわよ」
「えっ……」
「別に母だからと言って娘を贔屓して言ってるわけじゃないわ。マイちゃん、あなたもさっきリア達に本気で攻撃を仕掛けようとしたみたいだけど、リアはそれ以上に本気よ。ヴァルハラ国の為にその身を尽くすって覚悟を決めたリアと、まだどの国に信頼を寄せるべきか迷っているあなたとじゃあ精神面で大きく差が出るわ」
「うぅ……」
いつまでもヴァルハラ国のことを受け入れようとしない少女にレイコの態度は段々と厳しくなっていった。ヴァルハラ国を筆頭とするプレイヤーを擁する12の大国の力を甘く見ている少女に注意を促したかったようだ。母のように慕っていたレイコからの厳しい言葉に勢いを削がれた少女はすっかりたじろいでしまっていた。
「うっわ〜……。リアもそうだったけど、レイコさんも相手に対して掛ける言葉が容赦ないわね。やっぱり親子ってだけあるわ」
「本当じゃね。むしろレイコさんの方が厳しいような気がするけぇ。家に泊めてもらった時は凄っごい優しかったのに……」
「マイは昔から冷静な分決断が遅い部分があるからね。そのせいで折角の自分の能力の高さを活かせないでいるの。マイ程の実力者ならどの国に所属しても高い地位を与えられるわ。それなのにこんなところでくすぶってちゃ話にならない。早く固有NPC兵士になって功績を溜めていかないと他のNPC達にどんどん追い抜かれて地位を独占されてしまうわ。固有NPC兵士にならないと私達は自身でレベルを上昇させることもできないしね。あれは母さんなりの優しさでもあるのよ」
「レイコさんは優しさと厳しさの両方を持ち合わせてるってことだね。だからこそ牧場の管理者にも選ばれたんだ。従業員たちからも大分慕われてるようだったよ」
レイコの少女に対する厳しい態度は優しさの表れでもあるようだ。確かに少女の実力ならすぐにでもプレイヤー達を率いる大国に参加した方がその能力を存分に発揮できるだろう。冷たい言い方だが、小さな感情に囚われてヴァルハラ国に敵対する必要はない。仲間の敵討ちなどやめて即刻ヴァルハラ国に固有NPCとして参加するべきだろう。もっともそのように説得するのがナギ達の役割なのだが。
「さっ、これで分かったでしょう。早くあなたもヴァルハラ国にいらっしゃい。幸い私の家は凄く大きいし、部屋を一つ貸してあげるからそこで生活すればいいわ。そういえばあなたが小さい時に両親を亡くした時も一緒に暮らしてたわね。真面目なあなたはすぐに独り立ちしちゃったけど……。またあの時にみたいに一緒に生活しましょう」
どうやら少女は小さい時に両親を亡くしており、その時にレイコの暫くレイコの元で世話になっていたようだ。レイコを母のように慕っているのもその為だろう。レイコはその時ことを思い出し、少女にまた家で暮らすよう説得の言葉を投げかけたのだが……。
「それでも……。それでも私はヴァルハラ国を信用することはできませんっ!。大国だからといってそんな簡単に支配を受け入れていては、力さえあればNPCを従わせることができるとプレイヤー達に思われることになります。例えこの場で死ぬことになろうと私は盗賊達から手を引くことはありません」
「マイちゃん……」
だが少女は決してレイコの言葉を受け入れることはなく、あくまでコルンの父親の仇を取るべくこの場で盗賊達を始末するつもりのようだ。リアやナギ達との戦闘で命を落とすことも覚悟しているらしい。もしこの状態で少女のHPが0になり、そのまま蘇生を受け付けなかった場合二度とこのゲームに登場することはない。それはナギ達からしても避けたいことではあったのだが……。
「あの子……、なんだか豪く意地になってない?。レイコさんの言葉は心に響いてるみたいだし、私達のこともそこまで悪いようには思ってないみたいだからこの場は協力してくれてもいいのにね。盗賊達だって命は奪われないにしてもヴァルハラ国に連行されればそれなりに痛い目には合うんだし」
「マイは頭で納得できないと気が済まないタイプだからね。きっとヴァルハラ国や他の大国が突然誕生して、この世界の劇的な変化に自身の理解や思考が追いついてないのが腹立たしいんだわ。要するに頭が固……ってあら、こっちの通話も繋がったみたいね」
「えっ……、通話が繋がったって一体誰と?」
「誰って……、そんなの決まってるでしょ」
“ピッ……”
ナギ達がレイコと少女の通話を見守っていると、急にリアが端末パネルを開いて何者かとの通信を繋いだ。どうやら事前にこちらから通信を掛け続けていたようだ。先程レイコが言っていた通信距離によるペナルティのため今まで通信が繋がらなかったらしい。
「もしもし、こちらヴァルハラ国女王ブリュンヒルデです。リア・コールマンですね。重要度Bランクの案件で連絡を頂いたようですか、一体どのような用件なのでしょうか」
「……ってええぇぇぇぇぇぇっ!。あんたそれブリュンヒルデさんからの通信じゃないのっ!」
「……っ!、なんですって……」
「そうよ。言ったでしょ、この盗賊達の件で本国に連絡するって。なら国のトップであるブリュンヒルデさんに繋がるのは当然でしょ。まだ優秀な執政もいないようだしね。あとこの通信はこっちから掛けたのよ」
「(やっぱりもうヴァルハラ国に通信を送ってたのか、リア……。まぁ、あのリアが例え15分程度とはいえ時間が無駄になるようなことするわけないもんね)」
なんとリアの通信の相手はヴァルハラ国の女王であるブリュンヒルデであった。端末パネルを消していたため通信は送ってないものと思われていたが、どうやらナギと少女が口論になる前から通信を送っていたらしい。レイコの通信距離によるペナルティの話を聞いてナギは薄々感づいていたようだ。
「もしもしブリュンヒルデさん、こちらリア・コールマンです。実は城から北東の方角に出た草原にある集落で盗賊の一団を捕えたのですが、それらの処置についてどうすればいいか指示を仰ごうとご連絡致しました」
「ええ、それについては監視プログラムによって大体の情報は把握しています。どうやらもう盗賊達に抵抗の意志はないようですね。こちらに投降する旨も確認できていますか?」
「はい。頭の男から部下共々私達の指示に従うつもりのようです。ヴァルハラ国の傘下になる意思も確認できています」
「分かりました。では当初の予定通り一度ヴァルハラ国まで連行して来てください。まだまだ兵士も労働者も人手不足です。懲罰の意味も込めて早速ヴァルハラ国の為に働いてもらいましょう。住民達や他の兵士への影響も気になりますが、まだ裁判を開くこともできませんしそれが一番ベストな選択でしょう。住民達も今は人手不足の解消を優先してほしいでしょうし」
「了解しました。この後少し別件の用事があるので、それが終わったらすぐにヴァルハラ国へと連行します。明日中には城に着けると思いますのでよろしくお願……」
「……っ!。危ないっ、リアっ!」
「えっ……」
“ヒュイィィィィィン……”
ブリュンヒルデとの通信が繋がったリアは盗賊達の処遇について指示を仰いでいた。リアの言っていた通り盗賊達はヴァルハラ穀へと連行することになった。ナギ達の予想通り労働や兵役等の懲役が与えられるようだ。っと言ってもほぼ他の住民や兵士と扱いは変わらないだろう。懲役であるので当然途中で仕事や兵士を止めることはできないが。ブリュンヒルデの指示を聞いたリアはすぐに了承の返事をしようとした。だがその瞬間再びあの閃光のような矢がリアに襲い掛かるのだった。
「くっ……、反応が追いつかない……」
“フッ……、バァァァァァァンっ!”
ブリュンヒルデとの会話に集中していたリアは思い掛けない少女からの攻撃に今度は全く反応出来なかった。リアの視界は瞬く間に閃光の中へと包まれていったが、少女の放った光の矢はリアには当たらなかった。顔面に直撃するかと思われた光の矢は、リアの顔の右側、僅か数センチ程ずれて通り過ぎていったのだ。リアを逸れた矢はそのまま背後にあった建物壁へと直撃し、そのまま向こう側の壁まで貫通していた。矢が真横を通り過ぎていったリアの表情は目を見開いてしまっており、綺麗な赤い髪と昨日アイテムを分配する時に手に入れたマールピアスが風圧により大きくなびいてしまっていた。
「……まだ納得できないってわけ、マイ」
「……っ!。リア、今の衝撃音は何事ですか。あなたに向かって何か攻撃が放たれたように感じましたが……」
少し動揺してしまったリアだったが、すぐに気を取り直し再び自身に矢を放ってきた少女の方を睨みつけていた。リアと通信を繋いでいたブリュンヒルデも壁を突き破った衝撃音から異変を感じ取っていた。
「ちょっとマイちゃんっ!。今の音は一体なんなの。まさか本当にリア達と戦闘になっちゃったんじゃ……」
「あわわわわわ……、これはかなり不味いよ。取り敢えずレイコさんの通話をこっちに戻そう」
リアと少女の状況を見てナギはすぐにレイコとの通話をこちらへと戻し、レイコに何が起きたのかを説明した。本来通信を受け取っていたナギは自由に通信の繋がっている端末を切り替えられるようだ。ナギから事態の説明を受けたレイコは少女の行動に豪く驚かされていた。自分では説得は上手くいっているものと思い込んでいたため少女がそのような行動に出るとは思っていなかったらしい。事実ナギ達も少女の心の奥には届かないまでもレイコの説得は上手くいっているように感じていた。だが突然のブリュンヒルデからの通信に少女の態度は一変してしまったようだ。
「あんたがヴァルハラ国に通信を送っていたからでしょうっ!。端末パネルを閉まっていたからまだ通信は送っていないと思ってたのに……。コルンが突っかかって来た時からずっと通信は送ってたのね。初めから私の話なんて聞くつもりはなかってことでしょっ!」
「そうじゃないわよ。私はただ時間が勿体なかったから先に通信を送っておいただけ。話を聞かないなんて誰も言ってないわ」
「どこがよっ!。今盗賊達の処分について勝手に話して決めてたじゃない。そんなの話を聞かないって言ってるのと一緒でしょ。まぁいいわ、こうなったら私が直接あんた達の女王と話をつけさせてもらう」
矢を放った後少女は、怒った表情で肩を上げて、大きく揺さぶりながらリアの方へと歩いて行った。そしてリアの端末パネルの前へと割り込んでいき、自らブリュンヒルデに会話を仕掛けていくのであった。
「あなたがヴァルハラ国の女王のブリュンヒルデね。悪いけど勝手にこの盗賊達の処分を決めないで頂けないかしら」
「……っ!。ちょっとマイっ、いくらあんたでもブリュンヒルデさんに失礼な態度を取ることは私が許さないわ。盗賊達についての案件なら私と話をしなさい」
「それならさっき散々話したでしょう。あんたと話してる時間なんて私に取っては不毛でしかないわ」
「ちょっとリア、これは一体どういうことですか。このオレンジ髪の少女は一体……、どうやらヴァルハラ国の兵士ではなさそうですけど……」
「この盗賊達が占拠してた集落で暮らしていた者よっ!。ヴァルハラ国だかなんだか知らないけど、大国だからって私達に勝手なルールを押し付けないで貰える。この盗賊達には私達の仲間が殺されてるのよ。このまま生かして連れてくなんて許さないから」
「すいません……、事態がよく飲み込めないのですが、この方はその盗賊達をこの場で始末しろ要求してらっしゃるのですか。一体どうことなのか説明して頂けませんか、リア」
「はい……」
リアは仕方なくこれまでの少女との経緯をブリュンヒルデに説明した。リアは先に少女とのいざこざを解消してから連絡すべきだったと少し後悔していた。これではブリュンヒルデからもマイナスの評価を与えられてしまうだろう。そんな中通信の向こう側の様子が気になるレイコはナギに今の状況を問いただしていた。
「ちょっとちょっとっ!。あれからリアとマイはどうなったの。リアの端末にブリュンヒルデさんから連絡が掛かって来たんでしょう。一体どんな事話してるの?」
「向こうから掛かって来たんじゃなくてこっちから掛けたみたいだけどね。リアが自分のことを無視してブリュンヒルデさんに連絡したことにあの女の子凄く腹が立っちゃったみたいで、自分からブリュンヒルデさんの通信に割り込んでいっちゃったよ。今は盗賊達の身柄を引き渡すよう要求してるみたい」
「……一国の女王に自ら突っかかっていくなんて度胸あるわね、マイちゃん。賢い子なんだけど一度意地になるととことん引き下がらないのよね。このままじゃあ本当にヴァルハラ国とマイちゃんが敵対しちゃうことになっちゃうわ」
「ええっ!。リアの友達と戦うなんて僕嫌だよっ!。それにあんな強い子倒しちゃうなんて絶対勿体なくてできないよ。なんとかヴァルハラ国の仲間になってくれないかなぁ……」
レイコはこのままではナギ達が少女と戦闘になるのではないかと心配していた。敵対しないまでもせめてこの場は盗賊達から手を引いてくれれば良いのだが……。
「なるほど……、そのような経緯があったのですか。そういうことならば事前に情報を伝えておいて欲しかったですね」
「すいません……。通信が繋がるまでにはマイに納得してもらえると思っていたんですが、私の考えが甘かったようです。申し訳ありませんでした」
「いえ、そのことについては別に謝る必要はございません。本国に連絡する際は事前に用件に関して詳しい事情を備考として送ることができます。今回のように状況が複雑な場合は出来る限りそちらの機能も使ってください。それよりもヴァルハラ国の住民に対しても他の住民に対しても出来る限り敵意を煽るような行動は慎んでください」
「分かりました。以後気を付けます」
「ふんっ……、今更遅いわよ。それより盗賊達の身柄を私に引き渡す気はあるわけっ!。もうリアの態度なんてどうだっていいのよっ!」
「ちょっとぉっ!、ブリュンヒルデさんに失礼な態度は取るなってさっきから言ってるでしょっ!」
「いいのです、リア。私達の態度にも非はありましたし、彼女の怒りは最もです。それより今は彼女と話をさせてください」
「はい……」
ブリュンヒルデはリアから少女とのこれまでの経緯の説明を受けた。やはりリアの態度にも原因があったと判断されたのかリアは軽い注意を受けていた。だが少女の怒りの根本はやはりヴァルハラ国への不信感にあるようだ。少女は再び盗賊の身柄を引き渡すよう要求してきた。それに対し今度はブリュンヒルデ自ら少女の対応に臨むようだ。
「マイさん……でしたね。あなた方に対して我が国の兵士が少なからず横暴な態度を取ったようですね。まずはこちらの非礼をお詫びいたします」
「お詫びなんて別に要らないわよ。それより盗賊達をこちらに引き渡すかどうかを早く答えて」
「……分かりました。単刀直入に言ってそれはできません。この盗賊達はすでに私達に投降の意志を示しています。よって彼らの処遇の決定権は我が国にあります。ですがあなた方はこの盗賊達の被害者でもあります。できる範囲であなた方の彼らの処遇についての要求は反映させたいと思っています」
「あら、そう。だったら私からの要求は決まってるわ。こいつら全員この場で死刑にしてちょうだい。こんな悪人共生かしておいてもこの世界の為にならないわ」
「その要求を聞き入れることはできません。彼らは我々に投降し、更にはその後我が国に服従する意思まで示しています。その彼らを死刑に処することは我が国の狭量さを知らしめてしまうことになり、独裁国家のようなイメージを世界の人々に植え付けてしまうことになります。我々は恐怖で人々を支配するような統治をするつもりはありません」
「悪人を放置している方が私達に取ってよっぽど恐怖よっ!。この世界の治安、そして私達の世界の平和を守ってくれるのがあなた達大国の役割なんじゃないの」
「残念ですがマイ、世間の人々はこの集落での詳細な出来事を知ってはいません。投降、そして服従の意志を示している相手を、いくら悪人であると言っても死刑にまで処してしまえばどうしてのマイナスのイメージが広がってしまいます。それに先程も言いましたが我がヴァルハラ国は建国されたばかりで人員が不足しております。その為労働量の増加や兵役の義務の延長程度しか聞き入れることはできないでしょう」
ブリュンヒルデは盗賊達の処遇について少女やこの集落の住民達の要求を聞き入れるといったが、裁判所などの施設もなく人員が不足してる状況では微弱程度の量刑しか増やすことはできないようだ。少女は死刑を要求したが聞き入れられず、当然そのことに不満を露わにしていた。
「なによそれっ!。そんなの要求を聞いた内に入らないじゃない。ふざけるのもいい加減にしてよっ!」
「これが今の我々にできる精一杯の対応なのです。それに盗賊達の処遇についてはあなたの要求だけでなくこの集落の住民の全員の要求を聞いて決めなければなりません。その要求の内容によってはこれ以上の刑の増加もありえるかもしれません」
「ふんっ……、そんなの聞くまでもなく皆死刑を要求するに決まってるわ。すでに集落の仲間の一人が殺されてるんですからね。元に今ここにいるその住民の息子であるコルンもそいつらの死を望……」
「ま、待って……っ!。僕は死刑なんて望んでないよっ!」
「えっ、そ、そんな……。な、何言いだすのよ、コルン……」
ブリュンヒルデに盗賊達の死刑を要求する少女に対しコルンからは意外な言葉が飛び出て来た。先程からコルンの心はナギ達の方に傾きかけていたのだが、少女からしてみれば予想を裏切る発言だった。
「これで決まりね、マイ。実の息子が死刑を望まないって言ってるんだもの。ここは私達の意見を優先させてもらうわ」
「くっ……」
「お〜い、リア〜、待たせたな〜。セイナ達と住民達を連れてきたぞ〜」
「ちょうどいいわ。他の住民達も帰ってきたみたい。この分だと他の人達も死刑までは望まないんじゃないのかしら」
実際に盗賊達に殺されてしまった住民の実の息子が死刑を望まないと言い出したのだ。リアの言う通り少女の意見は途端に説得力を失ってしまっていた。そこへ先程のセイナ達を呼びに行ったレイチェルが住民達も引き連れて集落へと帰って来た。
「お帰り、レイチェル、皆」
「お〜っす、ナギ。ちゃんとセイナ達と住民達を連れてきたぜ。そういやそっちはどうなったんだ。あのガキはもう納得して大人しくなったのか」
「それが……」
集落へと戻って来たレイチェル達にナギはこれまでの経緯を説明した。住民達もナギの話を聞いており、ナギ達のコルンと少女とのいざこざについても事態を把握したようだ。これで全ての住民達の意見を聞くことができるが果たして少女の意見に賛同するものはいるのだろうか……。




