finding of a nation 35話
「……よしっ、なんとか集落の近くまで接近できたわね。手筈通りセイナとレイチェルは匍匐状態でここで待機。残りのメンバーでまずあの土台の部分が空いてる家のところまで匍匐前進で移動するわよ」
無事レイコに依頼された集落まで辿り着くことができたナギ達だったが、その集落はなんと盗賊達によって占拠されており、住民達が人質に取られてしまっているようだった。それどころか偶然その集落に立ち寄ろうとした塵童までもが住民を盾に取られてしまい、自らも盗賊達に捕えられて人質となってしまうのだった。このまま放置することはできないと判断したナギ達は塵童と人質になっている住民達を救出すべく集落奪還作戦を開始した。
「ふぅ……。なんとか床下に潜り込めたね。この集落はこういった構造の建物が多いから潜入する方も隠れやすそうだね」
ナギ達はまずパーティを集落に潜入するメンバーとこの場で待機するメンバーに分けたようだ。この場に残ることになったのはセイナとレイチェル。二人とも戦闘力は高いが隠密の値が低く敵に気配を気付かれやすいらしい。残りのメンバーは気付かれないように匍匐前進でまずは集落の一番近い建物の床下へと移動した。この集落の建物の多くは建物の土台部分が空いている作りになっているようで、簡単に床下に潜り込めるようだ。1メートル近い高さのスペースがあり、しゃがんでさえいれば十分侵入できるスペースがあったようだ。
「それじゃあここから更に部隊を分けるわよ。ナミ、馬子、アイナの3人はここからまた匍匐前進で茂みの中を移動して放牧場の方へ向かってちょうだい。私達が人質を解放できたのを確認してから若い住民達を見張っている盗賊を片付けてちょうだい。シルフィーには私達に付いて来てもらってナミ達との連絡係をお願いするわ」
「了解よ。私なら盗賊達に気付かれずに集落内を移動できるでしょうしね」
当初の計画通りナギ達はここから更に部隊を二手に分けた。人質の救出にはナギ、リア、ボンじぃ、デビにゃん、そして先程アイナが召喚した風の精霊・シルフィーが向かった。そして放牧場で剣の訓練をさせられている住民の元へはナミ、馬子、アイナの3人が向かった。住民と言っても皆体格のいい若い男達で、剣を持っていることも幸いして人質さえ救出できれば解放された人質達を先導する役割として頼りになる戦力となってくれるだろう。
「……っ!、ちょっと待って……今よ、素早く次の建物の床下へ移動して」
“ダダダダダダッ……”
人質の救出に向かったナギ達は、人質の捕えられていると思われる建物を目指して床下から床下へ移動していた。どうやら塵童の一件で盗賊達の何人かが集落を巡回しているらしく、気付かれないよう上手くタイミングを計りながらナギ達は移動していた。目的の建物まではそれなりの距離があって、あと2,3軒の建物床下は移動しなければならなかった。どうやらこの集落は規模が小さいと言っても民家の数は50軒以上あり、暮らしている住民も100人から150人程はいるようだ。その後もナギ達は盗賊達に気付かれないようにこっそりと移動し、なんとか人質が捕えられていると思われる建物へと移動した。
「ふわぁ〜……、なんとか人質になっている人達が捕えられている建物の下まで来れたね」
「ふぃ〜……全く冷や冷やしたわい。塵童の奴のおかげで見張りの数も大分増えていたようじゃのぅ……」
「そうみたいだにゃ。でもそのおかげこの建物の場所も分かったわけだし、あんまり塵童のことを責めるのも可愛そうな気もするにゃ。今なんて人質にまでされてるみたいだしにゃ」
「ちょっと、塵童の奴には余計な同情は無用ってさっき話したでしょ。あいつは死んでも何度でもリスポーン出来るし、私達が急いで蘇生アイテムを使えばその場で復活できるんだから。それより今は住民達のことだけ考えてなさい。死んだら二度と蘇生できないし、ヴァルハラ国の国民達の不安や不信にも繋がるわ。つまりは国力に影響が出るってことなんだから気を引き締めて掛かりなさいよね」
人質の捕えられている建物まで移動したリアはナギ達は塵童のことは放っておくよう再度注意を促していた。城を出た時はプレイヤーが死亡してログインにペナルティを受けることは良くないと話していたが、流石にこの状況では住民達の命を優先せざるおえないようだ。リアからの再三の注意を受けてナギも塵童のことを後回しにすることに納得したようだ。
「わ、分かってるよ。自分を助けるために住民達が犠牲になったなんて言ったら逆に塵童さんにも怒られちゃいそうだもんね。……それより、これからどうするの?。建物の下まで来たはいいけど中の様子が分かんないんじゃ手の打ちようがないんじゃない」
「確かにね……。下手に突入して中にも見張りが沢山いたら人質の命に関わるものね。外にいる見張りは扉の前にいる二人だけみたいだからなんとかなりそうだけど……」
なんとか目的の建物の下まで来たナギ達だったが、室内の様子が分からないため次の行動を起こすことができずにいた。先程の遠視で確認したところによると建物の外にいる見張りは2人、この建物ドアの左右に分かれて見張っているようだ。集落を巡回している盗賊は外に二人の見張りがいることでこの辺りにはあまりに見回りに来ていなかった。だが肝心の室内の様子が分からずナギ達は突入するのをためらっていたようだ。
「なら一体どうするにゃ。ここまで来ちゃったらもう突入するほかないにゃ。なんとか人質を盾に取られる前に室内にいる盗賊もやっつけるしか方法はないにゃ」
「分かってるわよ。でも見張りの数と室内のどの場所にいるのか分かんないと手を出すのは危険でしょ。……なんとか中の様子を探れればいいんだけど。どこかに窓とか付いてないの」
“……ガチャ”
「…っ!。ちょっと待って。今建物の中から誰か出て来たみたいだよ」
窓から中の様子を探ろうと考えたリアだったが、この集落の全ての建物には窓が設置されていないようだった。どうやら放牧民という設定上それ程建築技術が発達していなかったのだろう。ヴァルハラ国に比べると周辺に設置されている町や集落は経済や技術の面で大きく劣っているようだった。打つ手なしの状態に頭を悩ませていたリアだったが、その時建物の中から盗賊と一味と思われる男が一人と、人質に取られていると思われる女性が一人出て来た。長い黒髪の大人しそうな女性だった。
「あぁん?、どうしたんだ、人質なんて連れて出て来て。……どうやらまたトイレみたいだな」
「ああ……。たくっ嫌になるぜ。これだけ人質がいりゃ何回トイレに連れて行きゃいいか分からにゃしねぇ。これで今日3回目だぜ、俺。しかも室内にトイレが設置されてねぇから一々集落の端にある公衆トイレまで行かなきゃならねぇしよ」
「まぁ、そうボヤくなって。今日の夜には室内の見張りも交代だろ。俺達は昼の見張りに付いてる分夜ゆっくり眠れるんだからいいじゃねぇか」
「確かにそうだな。なら早く用を済まさせて帰ってくるとするか。ほらっ、てめぇ、突っ立ってないでさっさと歩けっ!。さっきまであんなに漏れそうって泣き喚いてたじゃねぇか」
「うぅ……」
どうやら人質になっている女性が用を足したくなってしまったため集落で共有している公衆用のトイレまで連れて行くようだった。人質になっている女性は後ろから盗賊にせかされなんともいたたまれない表情でトイレの方へと向かって行った。
「ど、どうやら人質をトイレに連れて行くみたいだね。映画とかでありがちな場面だけど人質の女性のか細い声を聞くと本当に盗賊達に怯えてるみたいだね。僕なんだかこの盗賊達が許せなくなってきたよ」
「わしもじゃわい。あんな可愛らしい声の女性にあのような乱暴な態度を取るとは……。それにしても必ずやあの女性もかなりの別嬪さんに違いない」
「ちょっと、これもさっき言ったけどこのゲームのNPCは例え盗賊でも必要以上の乱暴はしないわ。あなた達の世界ならトイレなんて行かせて貰えずその場で撃ち殺されてもおかしくないでしょう。あれは雰囲気を出すためにああいう態度を取ってるだけよ。分かったら盗賊や人質に対しても余計な感情は抱かないようにしなさい」
「う、うん……、分かったよ。僕達の世界だったらトイレに行きたいなんて言ったら撃ち殺されててもおかしくないもんね。まぁ、日本みたいにかなりの先進国だと犯罪者もそこまで残酷じゃないかもしれないけど、今でも途上国や紛争地域なんかだと大量の殺人が毎日のように発生してるもんね。早く全ての国が平和になって一緒にゲームが出来るようになればいいのになぁ……」
技術や文化の発展に伴って犯罪は激減したと言ってもまだまだ平和と呼べるには程遠い国々がナギ達の世界にもあった。特に中東と言われる地域では未だに宗教や民族問題によって日夜内戦が繰り返されていた。ナギは日本に住んでいるからと言ってこれ程のハイテクノロジーなゲームを自分達だけが楽しめていることに少し罪悪感を感じていたようだ。ゲーム業界の人物たちは頑張って全ての国の人々がプレイ出来るゲームを作ろうとしているのだが、特に宗教による価値観の違いによって実現できてはいない。地域によっては機械を使った遊びというだけで拒絶している人々もいるようだ。
「(ナギ……。やっぱり君はとっても心の優しい人間にゃ。心配しなくてもいつかきっと世界中の人達が仲良くゲームを遊べる日が来るにゃ。そしてその鍵はこのゲームの中に眠っている……。僕も協力するから一緒に頑張るにゃ、ナギ)」
「そんなに真剣に考えなくてもいいわよ。私はゲームだと思って気を抜けって言ってるの。それよりこれはチャンスよ。シルフィー、あなたならトイレの中であの人質の女生とコンタクトを取れないかしら。なんとか室内の様子を聞きだしてほしいんだけど……」
「OK、そういうことなら任せといて。私ならバレずにトイレの中に忍び込めると思うわ。それじゃあ早速公衆トイレの方に向かうわね。できれば先回りしておきたいから」
“ヒュゥ……”
「頼んだわよ……、シルフィー……」
人質がトイレに連れて行かれるのを見てこれは好機と判断したリアは、風の精霊であるシルフィーに人質の女性に接触を試みるよう指示を出した。シルフィーならば通常の人型のキャラクターに比べると遥かに体が小さく空も飛べるため気付かれずにトイレに忍び込むことも可能だろう。いくら盗賊でも女性用のトイレの中までは付いて来ないはずだ。リアの指示を受けたシルフィーは短い茂みの中を掻き分けるように飛行しながら人質となっている女生と盗賊の後を付けた。そしてトイレの位置が確認できると建物の影に隠れながら移動し、女性用のトイレの中へと先回りしたのだった。
「おら……っ!、トイレに着いたぞ。外で待ってるから早く用を足して来やがれ。なんとかして逃げ出そうなんて余計な考えを起こすんじゃねぇぞ」
「……はい」
人質にされた女性はトイレの前に着くと暗い表情で建物の中へと向かって行った。漏れそうだと話していたにも関わらずその足取りは重く、折角トイレまで来たというのに便座に着くまでにはかなりの時間を労していた。どうやら長時間による監禁の影響で大分精神に負担が掛かっているようだった。そしてゆっくりとズボンを下ろし、ため息をつきながら便座へと着こうとした瞬頭上から突如としてシルフィーが姿を現すのだった。
“ヒュィ〜〜ン……”
「ちょっとちょっとお姉さ……っ!」
「……っ!、きゃぁーーっ!」
“ドスンッ!”
シルフィーを見た女性は驚きのあまり後ろにバランスを崩し、尻もちをつくように倒れながら便座に座り込んでしまった。更に少し大きめの声で悲鳴を上げてしまい、外にいる盗賊にも声に気付かれてしまうのであった。
「あぁんっ!、なんだぁっ、今の声はっ!。……もしかして何かあったのかぁっ!」
「えっ……、そ、それは……」
「“シー……、シー……っ!”」
トイレの外から盗賊に何事か問いただされた女性は改めてシルフィーの方を見返した。するとそこには歯ぎしりをするように大きく口を開けて人差し指を口の前に立て、必死に口止めのジェスチャーをしているシルフィーの姿があった。慌てていたのか普通よりかなり大袈裟なジェスチャーのやり方だった。
「あ、ああ……えーっと……。な、なんでもありません。ちょっと足を滑らせて転んだだけです」
「そうか……。お前ちょっと人質になったからってビビりすぎなんじゃねぇのか。俺達だって同じNPCなんだからいくら盗賊だっていってもそんなに酷いことできるわけないだろ。ちゃんとNPC一人一人もゲームの監視プログラムよって見張られてるだぜ」
「は、はい……。それは分かっています。でも私もこういう状況になると必要以上に精神が圧迫されるように設定されているみたいで中々動揺が収まらないんです。多分盗賊側とプレイヤー側のどちらの足手纏いにもなりえるように配置されてるんでしょうね……」
「なるほどな……。あんたも大変なんだな。まぁそういうことなら別に気にしないからさっさと用を済ませてくれや」
「は、はい……」
シルフィーのジェスチャーを見た女性はなんとか盗賊に気付かれまいと恐怖で喉に詰まった声を振り絞るように出して返事を返した。どうやらこのゲームに登場するプレイヤー以外のキャラクターは皆ある程度自身がNPCであるという自覚はあるようだった。その方がよりNPCとしてこの世界に生きているという認識をプレイヤーに対して与えやすいからだろう。女性の頑張りもありどうにかシルフィーのことは盗賊に気付かれずにすんだ。
「ふ、ふぅ……。それで、あなたは一体何者なの?。見たところ精霊さんみたいだけど、もしかしてプレイヤーに召喚された精霊さん?」
「実はその通りなの。それでお姉さんに聞きたいことがいくつかあるんだけど……」
最初は驚いていたがシルフィーの姿を見た女性はすぐにプレイヤーが召喚した精霊だと察したようだ。つまりはプレイヤーが自分達を助けるための集落の近くまで来ていることも理解し、女性はシルフィーの質問にすんなりと答えていった。
「ええ……そうよ。中にいる盗賊は3人……。一人は私をトイレに連れて来てるから今室内にいるのは2人ね。玄関から入ったところの左右の隅に一人ずつ、入って正面の部屋の奥に私を連れてきた男が見張りに付いているわ。つまり三角形の布陣になるように配置についてるってことね」
「なるほど……。じゃあ今は部屋の前の両脇にいる2人しか見張りがいないってわけね。……もしかしたらこれはチャンスかもしれないわ。悪いんだけどちょっとトイレを長引かせといてくれる。またすぐここに戻ってくるから……」
「分かったわ。でもあんまり無茶しないでね、精霊さん。プレイヤーの人達にも無理に救出に来なくてもいいって伝えといて。言うことさえ聞いておけば乱暴なことはされないはずだから……」
「心配しなくても大丈夫。ナギやアイナ達なら必ずこの集落を盗賊達から奪い返すことができるわ。それじゃあちょっとここで待っててね」
女性から情報を聞きだしたシルフィーはナギ達にその情報を伝えようとその場を後にした。トイレの外にいる盗賊に気付かれないようにそっとトイレの屋根の上に回り込み、そのまま地面へと降下して来る時同じように茂みの中を飛行しながらナギ達の元へ向かって行った。人質の女性はトイレの中でじっとシルフィーが帰ってくるのを待っていた。
「……遅いにゃ、シルフィー。もしかして盗賊達に見つかったんじゃないのかにゃぁ……」
「大丈夫だよ。もしバレてたら盗賊達がもっと騒いであるはずだよ。きっと情報を聞き出すのに時間が掛かってるんだ」
「ナギの言う通りよ。前の建物の床下を見てみなさい」
「えっ……」
「“ニィーっ!”」
「あっ、シルフィーにゃっ!」
リアに言われてナギ達が今いる建物の側面にある建物の床下を見てみると、またもや歯ぎしりをするように微笑みながら手を振っているシルフィーの姿があった。表情から察するにどうやら重要な情報を聞きだすことに成功したようだ。シルフィーは辺りを見回して巡回の盗賊がいないことを確認するとスーッと地面のすぐ上を飛んでナギ達のいる建物の床下まで移動してきた。
「お帰り、シルフィー。帰って来たとこ悪いんだけど早速情報を聞かせてもらえる」
「ええ、実は今ね……」
シルフィーはナギ達の元に戻ってくると先程女性から入手した情報を話した。どうやら現在盗賊の一人が女性をトイレに連れて行っているため建物の中には2人の盗賊しかいないようだ。しかも入ってすぐの両脇の隅にいるらしく、人質達との距離も若干遠い位置にいるようだ。これならば盗賊達に人質を盾に取られることもなく見張りの盗賊達を殲滅することができる。しかも人質達を攻撃に巻き込んでしまうリスクも少なくて済む。このことを見越してシルフィーが人質の女性にトイレを長引かせるようお願いしていることを話すと、リアはすぐに突入を開始するとナギ達に指示を出した。
「さっ、それじゃあグズグズしている暇はないわ。すぐにでも建物の中に突入するわよ。……それで、今トイレいる人質の女性のことなんだけど……」
「それはまた私に任せといて。すぐ戻るってその女性にも言ってあるから」
「助かるわ。でも……、本当に大丈夫、シルフィー?」
「平気平気っ!。アイナが風の下級精霊強化書を買ってくれたおかげでパワーも上がってるし、あんな盗賊一人ぐらい私一人でもへっちゃらよ。それじゃあトイレに向かうから突入するまでちょっと待っててね」
ナギ達の建物への突入が決まるとシルフィーは急いで先程の女性が待っているトイレへと戻って行った。どうやらトイレの外で見張っている盗賊はシルフィー一人で何とかし、その後は人質の女性と共にナギ達より近い位置にいるナミや放牧場で訓練をしている男達と合流するつもりのようだ。それならばトイレにいる女性の安全も素早く確保できるだろう。
「……そろそろいいわね。じゃあデビにゃん、まずは外にいる二人の見張りを引き寄せてちょうだい」
「りょ、了解にゃ」
シルフィーがトイレへ向かってから暫くしてナギ達は突入作戦を開始した。まずはリアの指示でデビにゃんが再び匍匐状態で茂みの中へと入っていった。シルフィーまでとはいかないがデビにゃんの体もナギ達に比べるとかなり小さい。長けの短いこの辺りの茂みの中でも匍匐状態ならば完全に隠れられる程度だった。茂みの中へと入ったデビにゃんはわざと草を揺らすように体を振るわせ、人質が捕えられている建物の扉の前に立っている盗賊達をおびき寄せようとした。
“ガサガサ……”
「んん?、なんだ。……おい、あの辺りの草、なんだか不自然に揺れてねぇか」
“ガサガサガサガサッ!”
「確かに揺れてるな……。なぁに、どうせウサギとかなんかの小動物だろ。もしかしたら蛇とかかもしれねぇがな。俺がちょっと見て来てやるよ」
草の擦れる物音につられて盗賊の一人が玄関の前の階段を下りてきた。そして音の聞こえてくる建物の右側の茂みの方へと移動していくと、手に鞘の付いたままの剣を出現させ、辺りの草むらを掻き分け出した。
“ガッサッ……、ガッサッ……”
「さぁ〜、おじさん達を困らせる悪い子ちゃんはどこだ〜?。乱暴したりしないから大人しくそこから出て来なさ〜い」
“ガッサッ……、ガッサッ……”
「にゃ……にゃぁ〜ん……」
「おっ……」
盗賊の男はまるで子供をあやすような言葉を草むらの中の生き物に向かって問い掛けながら茂みの中を掻き分けていた。このまま見つかってしまうと不味いと判断したデビにゃんは咄嗟に猫の声真似をして誤魔化そうとした。元々デビにゃんは猫なのだが……。
「にゅわ〜ん……、にゅわ〜ん……」
「おいおい聞いたか。これでこの物音の主が分かったな、へへっ……」
「ああ、でもまさかこんなところに猫がいるなんてな。もういいから早く戻って来いよ」
「にゃぁ……」
デビにゃんの鳴き声で茂みに潜んでいるのは猫だと思った盗賊は安心して扉の前の配置へと戻ろうとした。だが盗賊が振り返り茂みに背を向けた瞬間、草むらの影から怪しく光る猫の目のようなものがあったのだった。
「ふっふっふっ……、油断したにゃ」
「お、おい……、後ろ……」
「えっ……」
「にゃぁぁぁぁぁっ!。必殺真空突きにゃぁぁぁぁっ!」
“ビュオォォォォォンっ!”
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「な、なんだ……ってうわぁぁぁぁぁぁっ!」
茂みの中から猫の目が怪しく光ったと思うとそこから凄い勢いでデビにゃんが飛び出してきた。自慢のネコノテヤリを背中を向けている盗賊に突き立て、槍術士の特技である真空突きを放ちそのまま盗賊の体を貫いてしまった。例によって突きが直撃した後に凄まじい突風が起こり、背中を貫いた盗賊を扉の前にいるもう一人の盗賊に向けて吹っ飛ばし、その衝撃のダメージで一気に二人の盗賊をやっつけてしまった。HPの尽きた盗賊二人はその場で消滅してしまった。
「今にゃっ!、皆っ!。一気に突入して人質を解放するにゃっ!」
「よしっ……行くわよ、ナギっ!」
「う、うん……、急がないと他の盗賊に気付かれちゃうしね」
「わしは床下で待っとるからの。人質が出てきたらいつでも回復魔法を掛けれるように準備しとくが、恐らく住民のHPなど僅かなもので回復する前に死んでしまうじゃろうからくれぐれも人質の皆が攻撃を受けないよう気を付けての……ってもう誰もおらんわい」
「それじゃあ扉を蹴り破るわよ。あんたは入って左の盗賊を片付けてちょうだい。私は右のを片付けるから」
「分かった」
デビにゃんが扉の前にいた二人の盗賊をやっつけると床下からナギとリアも床下から出てきた。そして素早く建物段差を飛び越えて扉の前へと移動すると、そのまま扉を蹴り破ろうとした。その頃中の盗賊達はそと衝撃音を聞いて何事かと驚いていた。
「な、なんだ今の音……。扉の前で凄ぇ衝撃音がしたぞ。まさか外で見張ってる奴の身に何かあったのか……」
「さぁ……、取り敢えず見に行……」
“ギシャァァァァァァァァンっ!”
外の物音に異変を感じ、建物の中にいる盗賊達が様子を見に行こうとした瞬間建物扉が勢いよく蹴り破られてきた。木製であったためもろかったのか、その扉は完全に建物の壁との接続部が外れ、そのまま床に倒れ込んでしまっていた。その床に寝そべった扉の上にはこの扉を蹴り破った者のものと思われる赤いズボンに茶色いブーツを履いた足が踏みつけられていた。
「なっ……、誰だお前らっ!」
「そんなの答えてる暇ないわよっ!。はあぁっ!」
「こっちもだよ。いけっ、ファントムモンスターっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
当然扉を蹴り破ったのはリアで、直後にナギと一緒に建物の中に突入してきた。盗賊達は慌てて武器を構えようとしたがナギ達はそんな隙を許さず、リアはフレイムスラッシュ、ナギはファントムモンスターの特技によりデビにゃんの幻影を放ってあっという間に左右の脇にいた盗賊をやっつけてしまった。二人とも住民達に被害が及ばないよう技の威力をかなり抑えていて、特にナギの放ったデビにゃんの幻影は今回は真空突きを放たずに通常の突き攻撃で盗賊を倒してしまった。それでも一撃でHPが尽きてしまう辺り、やはりこの盗賊達のステータスはそれ程高くないらしい。
「な、なんですかあなた達はっ!。い、いきなりこんなことして……。盗賊達がタダでは済ましてくれませんよ……」
「安心してください。私達はヴァルハラ国からあなた達を救出するために派遣された兵士です。すでに他のメンバーが男性の住民方の解放に向かっております。今は私の指示に従ってここから避難してください」
「ヴァルハラ国のっ!。それは頼もしいことですわ。まさかこんなに早く救出に来てくださるなんて……。やはりヴァルハラ国には優秀な兵士の皆さんがいらっしゃるようですね。そんな素晴らしいお国ならば私達も是非入国してみたいものですわ」
「な、なんだかそんなに褒められると照れちゃうな……。レイコさんは放っておいても問題ない依頼だって言ってたけど、やっぱり早く来て正解だったみたいだね」
「そんなことより早くここから逃げるにゃっ!。巡回してる盗賊達が騒ぎに気付いて次々に押し寄せてくるにゃっ!」
「その通りよ。私とデビにゃんで迎撃に向かうから、ナギとボンじぃは住民達をセイナやレイチェル達のいる草原の方へ誘導してちょうだい。皆がバラバラにならないようにしっかり先導するのよ」
レイコはこの依頼は後回しでいいと言っていたが住民の反応から察するになるべく早く来た方が住民達の評価もより上昇するようだった。場合によってはこの集落のクエストは手遅れということもあったので、有効的なNPCだからと言って正しい情報ばかり言ってくれるわけではないようだ。人質の解放に成功したナギ達は、リアとデビにゃんが騒ぎに駆け付けてくる盗賊達の迎撃に向かい、ナギとボンじぃで住民達の非難を先導することになった。ナギは一先ず住民達に一人ずつ慌てずゆっくり扉から外に出るよう指示を出した。そしてリアに言われた通りなるべく住民達を固まって避難させるべく、外に出ても一人で走らずに建物でてすぐ右の草原に面した側で待機するよう指示も出した。住民達は皆ナギの指示に従い外でボンじぃに先導されて建物から少し離れた草原の辺りに集まっていた。
「な、なんだ、さっきの騒ぎは……。人質を監禁してる建物の方でしたがまさか……」
「おいおいそのまさかだぜっ!。誰かは知らねぇが人質を建物から連れ出してやがるっ!。早くお頭とそこらにいる仲間にこのことを知らせるんだ。俺はあいつらを仕留めて人質を逃がすのを止めに行ってくるぜっ!」
「あ、ああ……、気を付けてな。俺は早くお頭にこのことを知らせてくるぜ。ついで叫びながら仲間にこのことを知らせねぇとな。……お〜い、皆ぁぁぁぁぁっ!。誰か知らねぇ奴らが人質の住民達を逃がしてやがるぞぉぉぉぉっ!。手の空いてる奴も空いてない奴も今すぐ人質を監禁してた建物に集まりやがれぇぇぇぇぇっ!」
流石にあれだけ派手に突入すれば巡回していた盗賊達もナギ達の存在に気付き、すぐにこの騒ぎを仲間に知らせながらナギ達に襲いかかって来た。リアとデビにゃんが次々と向かってくる盗賊達を撃退していたが、ナギが誘導している住民達はまだ数人建物の中から出てこれていなかった。人質にされていた住民の数は50人以上いたため、一つしかない扉から出ていたのでは時間がかなり掛かってしまうようだ。その頃この騒ぎに気付いたナミ達はナギ達が人質を救出したことを察し、自分達も訓練をさせられている男性の住民達を解放しようとしていた。
「……これってナギ達が人質を救出した騒ぎよね。予定ではシルフィーが私達に知らせに来ることになってたけど、私達ももうあの見張りの盗賊をやっつけちゃっていいんじゃない」
「そうじゃね。あいつこの騒ぎに駆け付けたらいいのか、ここでこの住民達を見張っていた方がいいのか分からず動揺してるみたいじゃけぇ、今ならあっさりやっつけられるよ、きっと」
「それにこっちでも騒ぎを起こせばナギさん達の人質の救出もやり易くなります。……それよりシルフィーはどうなったんでしょうか……。もしかして盗賊にやられちゃったんじゃ……」
「何弱気なこと言ってるのよ、アイナ。シルフィーならきっと大丈夫よ。書店で風の精霊の強化書買ってあるんでしょ。それにこう言っちゃなんだけどシルフィーなら例え倒されても何回でも呼び出せるじゃない。今は集落の奪還に集中しましょう」
「……そうですね。これはゲームなんだしリアさんの言う通りそういうところは割り切ってプレイした方がいいですよね。シルフィーの為にも、必ずこの集落を盗賊から奪還して見せますっ!」
「よ〜し、それじゃあ一丁派手に暴れてやろうじゃないのっ!」
シルフィーからの知らせはなかったがナミ達も男の住民達を解放すべく行動を起こすことにした。そうと決まるとナミは騒ぎに動揺している盗賊を得意の飛び蹴りで一蹴してしまい、馬子とアイナは放牧場にいた住民達と共に一度草原の方に脱出し、そこからナギ達が人質の住民を吸収している建物のところまで移動していった。予定通り男性の住民達には人質となっていた住民達の護衛をしてもらうようだ。ナミはというと得意の飛び蹴りで集落内にいる盗賊達を次々と撃退していった。そのド派手な暴れっぷりに盗賊達はナミの方にも意識を取られ、盗賊達には人質の救出を阻止する人員をこちらに割かれてしまうことになった。その頃ナギはと言うと、ちょうど人質となっていた住民の最後の一人を建物から脱出させようとしているところだった。
「……よし、あなたが最後ですね。外に出たらボンじぃっていうお爺さんのプレイヤーの指示に従って安全なところまで避難してください。すぐに他の戦闘力の高いプレイヤーや集落の男性の方々と合流できるはずです」
「は、はい……。あの……、それで一つ言い忘れたことが……」
「えっ……、どうしたんですか」
「実は人質の一人の女性が盗賊に連れられてトイレに行っているんです。なので早く助けに行かないとその人をまた盾に取られてしまいます……」
「あっ、そのことなら大丈夫。ちゃんと仲間が女性の元に向かってますから」
「そうだったんですかっ!。優秀な兵士の方々のようで本当に助かりました。このお礼は必ず致しますので何卒生きて帰ってくださいね」
「うん、心配しないで。いくら僕でもこれぐらいのステータスの盗賊なら楽勝だよ。それじゃあ早く安全なところに避難して」
「はいっ!」
“ダダダダダダッ……”
「人質は全員脱出し終わったよ、リア。……リア?」
住民達が建物から脱出し終えた報告をナギから受けたリアだったが、心ここにあらずといった感じで反応がなかった。何やら深く考え込んでいる様子だったが……。
「えっ……、あっ、うん。だったらあんたは住民達の後ろに付いてあげてちょうだい。ボンじぃ一人じゃ不安だろうから」
「わ、分かったよ……ってあれ?。そういえばリアの知り合いって言ってた女の子ってあの中にいたっけ。オレンジ色の髪だったら目立つと思うけど見当たらなかったような……。もしかしてそのこと気にしてたの」
「まぁね……。でもきっと大丈夫よ。あいつは冒険好きだからたまたま集落の外に出てただけだわ。なんにせよ後で私から連絡を取って確認してみるから、あんたはそんなこと気にしてないでさっさと行きなさい」
「う、うん……。無事だといいね、その女の子。できれば僕も会ってみたいなぁ」
ナギはなんとか人質の住民達を建物から脱出させ終えたようだ。外に出た住民達はボンじぃに先導されまずは見晴らしのいい草原の真ん中まで移動していった。ナギは後方の護衛に付きボンじぃと住民達の後ろを付いて行った。リアとデビにゃんがなんとか迫りくる盗賊達を撃退していたが数が多く場合によっては突破されてしまいそうであったため、ナギとボンじぃ、そして脱出した住民達もまだ気が抜けない状況だった。そんな中トイレで女性が用を足すのを待っている盗賊はこの騒ぎを聞きつけ自分も駆け付けるべきかどうか迷っていた。女性の元にはシルフィーが向かったはずだが果たして無事なのだろうか。
「あわわわ……。こりゃ俺も人質のところに向かった方がいいのか。……いや待てよ。今俺がすべきことはここにいる一人の人質を先に確保することなんじゃねぇのか。だって人質が一人でもいれば奴らは手を出せないわけだしよ」
「その通りね。下っ端の盗賊の割には案外頭が働くじゃない」
「だろっ!。そうと決まれば早速トイレに乗り込んで女を連れ出……ってええっ!」
人質となっていた女性を一人トイレへと連れて来ていた盗賊は騒ぎに動揺していたが、なんとか冷静さを取り戻し、的確な判断をしてまずはトイレの中にいる人質の確保を優先しようとした。だが直後背後から見知らぬ女性の声が聞こえ、盗賊がトイレの方を振り返ると、そこには両手を中央に向かえ合わせ十分な風の魔力を溜め込んだシルフィーの姿があった。シルフィーの両手に蓄えられた魔力の塊からは凄まじい突風が外側に向かって吹き荒れていた。
「こ、この可愛い妖精さんは一体どこから現れたんだ……」
「けどいくら人質を確保することが優先だからって、レディーが用を足しているトイレの中に押し入ろうなんて感心できないわね。悪人でもこのゲームの世界では最低限のマナーは求められるのよ」
「は、はい……」
「よろしい。物分かりのいいあなたにはご褒美としてこれをあげるわ」
「えっ……」
盗賊が従順な態度を見せるとシルフィーは溜め込んでいた風の魔力を解放し始めた。両手の手の平からは強い魔力の発光が起こり、シルフィーの体は青白い光の中に包まれていった。そして両手に蓄えられた魔力を頭の上へと振り上げると、すぐさま盗賊に向かって振り下ろし風属性の魔法を放った。
「ええぇ〜〜〜い、ブロウィン・ウィンドォォォォォっ!」
“ビュオォォォォォン……”
「うわぁ〜〜〜〜〜ん……っ!」
シルフィーの放った風属性魔法はブロウィン・ウィンド、正面の敵を風速50メートルを超える突風で吹き飛ばす技だ。当たり判定は小さく、吹き飛ばすことができるのは自分の正面の3メートル以内にいる対象のみである。ブロウィンとは吹き飛ばされるという意味で使われている。この技を受けた盗賊は瞬く間に上空へと舞い上がっていき、そのまま集落の遥か遠くまで吹き飛ばされてしまった。恐らく落下によるダメージで力尽きてしまうだろう。
「ふぅ……、一丁上がりと。さっ、もう大丈夫だから私達も逃げましょう」
「ええ。……ありがとうね、風の精霊さん」
無事トイレの外にいた盗賊を撃退できたシルフィーは人質の女生と共にナミ達のいる放牧場の方へと向かって行った。するとそこではすでに男の住民達を解放したナミが盗賊を相手に暴れ回っていた。
「あっ、いたいたっ!。ナ〜ミ〜、ナギ達がもう人質を救出してるからそっちも男の住民達を解放してあげて〜。あと人質が逃げやすいようにどんどん盗賊達を片付けちゃってね〜」
「言われなくてももうやってるわよっ!。……はあっ!、とおっ!、てやぁぁぁっ!」
「ぐはぁっ!」
「ぐふっ……」
「ぶっはぁぁぁぁ……」
相変わらずナミの戦闘能力は凄まじく次々と盗賊達を薙ぎ倒していた。だがその割に押し寄せてくる盗賊の数は減らず、この盗賊達の存在にナミはどこか違和感を感じ始めていた。
「ふぅ……。さっきから盗賊達を倒してるはずなんだけど、何故かこいつら一向に数が減らないのよね。一体どこにこんなに隠れてたのかしら。……っていうか一回倒した相手がまた向かって来てる気がするんだけど、同じ盗賊だから顔のグラフィックが似てるだけなのかしら」
「えっ……。それってまさか……」
「まぁ、一人一人が弱すぎるから問題ないんだけどさ。それより、あんたの連れてる女の人人質にされてたここの住民よね。危ないから早くここから逃げた方がいいわ。馬子とアイナはもう草原の方に出て行ってるからあんた達も追いかけなさい。男の住民達もいるし、セイナとレイチェルともすぐ合流できるはずだから」
「う、うん……、分かったわ。ナミも気を付けてね」
ナミの言葉を聞いたシルフィーは何やら考え込みながら馬子やアイナ達の元へ向かって行った。ナミは倒したはずの盗賊が何度も蘇って襲ってきているような気がすると言っていたが何か心当たりがあるのだろうか。一方シルフィーがトイレに来ていた女生と共に避難している頃、ナギとボンじぃは互いに住民の前と後ろを挟んで安全な場所へと誘導していた。だがいくらステータスが低いと言っても盗賊の数がかなり多く、リアとデビにゃんが抑えている前線も突破されてしまいそうだった。そしてナミの言う通りリア達のところにも何度も倒したはずの盗賊が襲い掛かっているようだった。
「くっ……、何なのよこいつら……。さっきから同じ顔の奴ばかり何度も襲って来て。それにいくらなんでも数が多すぎよ。さっき塵童も大量にこいつらをぶっ飛ばしてたっていうのに」
「ほ、本当にゃ……。そこら中の建物の扉から次から次へと沸いて出てくるにゃ……。これもう300人ぐらいいるんじゃないのかにゃぁ……」
「まさか、この小さな集落にそんなに人が入るわけないわよ。最初遠視で見た時は放牧場以外に外に人はいなかったじゃない。もしかしてこいつら……、本当に同じ盗賊が何度もリスポーンして襲い掛かって来てるんじゃないのぉっ!」
いくら倒しても一向に数の減らない盗賊を見て、リアやシルフィーの抱いていた疑問は確信に変わった。どうやら本当に何度も同じ盗賊が襲ってきているようだったが、リアとシルフィーはこの能力について心当たりがあるようだった。
「ええっ!。それってどういうことにゃ、リア。もしかしてこいつらの特殊能力か何……ってにゃぁぁぁっ!」
「へへっ、何よそ見してやが、この黒チビ猫。この盗賊団一の実力を誇るこのザム様が相手だぁぁぁっ!」
「うるさいわねっ!。今大事な話してるんだからあっち行ってなさいよっ!。はあっ!」
「うわぁぁぁぁぁんっ!」
リアとデビにゃんが盗賊達の不可解な現象について話し合っていると盗賊の一味の一人が勢いよく襲いかかって来た。だがリアが少し大きめのファイヤーボールを1つ放つとあっという間に倒されてしまった。それよりその盗賊の男はザムと名乗っていたが、その男は先程塵童が暴れた時に倒されたはずの盗賊だ。やはりリアの言う通り本当に同じ盗賊達が何度も蘇り襲い掛かって来ているようだ。
「多分、この盗賊達の頭がリスポーン・ホストの能力を持っているんだと思うわ」
「リ、リスポーン・ホストにゃっ!」
「ええ……。その名の通りリスポーンするためのポイントなるための能力よ。ボス級のモンスターがよく持ってるんだけど、まさかこれだけリスポーン間隔が早い能力を持ってるとはね。配下となっている盗賊達の能力が低い分そうなってるのかしら」
「ちょ、ちょっと待つにゃ。それじゃあその盗賊の頭がいる限りこの下っ端の盗賊達は何度でも蘇ってくるってことにゃっ!」
「その通りよ。あくまでそのリスポーン・ホストの能力に登録されている奴らだけだけどね。この盗賊達は何度でも蘇ってくるけど、そいつの近くで他のモンスターなんかを倒したからってリスポーンしてくるわけじゃないわ」
リアが言うにはこの盗賊達の頭がリスポーン・ホストと言う能力を持っているようだ。そのおかげで下っ端の盗賊達は何度もやられても蘇って襲ってくるようだが、これ程リスポーン間隔が早い能力は珍しいらしい。リアの言う通り盗賊達のステータスが全体的に低いことが影響しているのだろう。もしもっとステータスの高い敵キャラクターが、このリスポーン・ホストの能力を持っている敵キャラクターに登録されていた場合かなり厄介なことになるだろう。他にもリスポーン・インターバル・アブリビエイションという周囲のモンスターのリスポーン間隔を早める能力などもある。この盗賊の頭のように、ボス級の敵として配置されているモンスターやキャラクター等が保有している。
「なるほど……。じゃあ今襲ってきている盗賊は皆そのリスポーン・ホストに登録されてるってことにゃ。ステータスはとてもつもなく低いくせに何のペナルティもなしに何度も蘇ってくるなんてゴキブリみたいな奴らにゃ。でもその盗賊の頭さえ倒せばこのこいつらのリスポーンも止まるってことにゃ」
「そういうことね。……ってことで私は頭を倒しに行ってくるわ。確か中央の一番大きな建物に入って行っ……っ!。デビにゃん危ないっ!」
「にゃっ!」
“タンっ!、タンッ!”
「こ、これは……弓の矢にゃっ!」
リアがリスポーン・ホストの存在に気付いて盗賊達の頭を倒しに行こうとすると上空から2本の矢が飛んできた。リアが咄嗟に反応したおかげでデビにゃんも躱すことができたようで、二人の足元には先端に尖った石のついた木製の矢が突き刺さっていた。二人が上を見上げるのそこら中の建物上に弓矢を構えた盗賊達が立っていた。どうやら弓矢を使って後方から援護する部隊と地上から突撃する部隊に分かれたようだ。
「少しは頭を使い始めたみたいね……。しかも地上の部隊も今度はバラバラに仕掛けてこず十人単位で一斉に突っ込んで来るみたいね。後ろには住民達を避難させているナギ達がいるわ。なんとか防ぎ切るわよ、デビにゃん」
「了解にゃっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉっ!、今まで散々いたぶってくれやがったなぁ。今度は俺達がお前達をミンチにしてやるぜ」
「そうだそうだ。一体となった俺達盗賊団の力を見せてやるぜっ!」
戦法を変えて来たのは弓矢を放ってくる部隊だけではなかった。地上から襲ってくる部隊もバラバラには仕掛けて来ず、集団で間隔やタイミングを見計らって攻撃を仕掛けてきた。しかも狙いをリア達ではなくその後ろでナギ達共に人質に絞って来た。そしてリア達を突破するために戦線を抑える部隊ととにかく突破することだけを考える部隊分け、更には弓矢による援護も戦線を突破するための部隊に集中し突撃を仕掛けてきた。流石にこの突撃にはリア達も反応出来ず、なんとか自分達に攻撃を仕掛けてきた部隊は撃退することができたのだが、10人程の盗賊達に戦線を突破されてしまった。リア達の後方へと抜けた盗賊達は瞬く間に草原を避難している住民達の元へと向かって行った。どうやら何が何でも人質を確保するつもりらしい。盗賊達の接近に気付いたナギはなんとか撃退しようと後ろを振り返ったのだが……。
「くっ……。ごめんにゃぁぁぁ、ナギっ!。何人かの盗賊達にここを突破されちゃったにゃぁぁぁっ!。急いで逃げてくれにゃぁぁぁっ!」
「何言ってるのよっ!。そんな盗賊達なんて返り討ちにしちゃいなさい。なんとしても住民達を守りきるのよ」
リアとデビにゃんは盗賊達に突破されたことを必死にナギ達に伝えていた。ナギはリアに言われずとも盗賊達を撃退するつもりのようだったが、住民達は恐怖で慌ててしまいパニックになってしまっていた。このままで皆バラバラ逃げ出してしまいそうだったのだが……。
「きゃぁぁぁぁっ!。捕まったらきっと殺されちゃうわ。は、早く逃げないとっ!」
「ちょ、ちょっと待つんじゃ……。バラバラに逃げてはナギも守りにくいのじゃ。わしも回復魔法が使えるし、ここはなんとか恐怖に耐えてくれ」
「そんな……。私達NPCのHPじゃ回復なんてする間もなく殺されてしまいますわ。あなた方プレイヤーには私達がどれだけ貧弱なステータスに設定されているのか分からないのよっ!。私はこのまま走って逃げます」
「あっ……、だからちょっと待っ……ぐぬぬ。ナギや、わしではもう収拾をつけれそうない。なんとか盗賊達を撃退して住民達を安心させてやってくれ」
「任せてっ!。いくら僕でもこの程度の盗賊に苦戦なんてしてられないよ。ちょっと数が多いのが心配だけど……」
やはり住民達の動揺は収まらず皆は走りだしてバラバラに逃げ出してしまった。ボンじぃが必死に収拾しようとしてたが威厳が足りなかったのか全く指示を聞いてもらえなかった。なんとかナギが盗賊を撃退してくれることに期待するしかなかったのだが……。
「よし……。まずはファントム・モンスターで一人吹っ飛ばして……。その後は肉弾戦でなんとするしかないか」
「あんまり無茶するなよ、ナギ。お前は魔物使いで戦闘系の特技をほとんど覚えてないんだから」
「えっ……」
「うむっ、おまけに武器すら装備しておらんではないか。ここは私達に任せておけ」
「セイナさんっ!。それにレイチェルっ!」
迫りくる盗賊達を前に武器を装備していないナギは肉弾戦を覚悟していた。魔物使いであるため比較的自身の攻撃手段が少ないナギに取って苦肉の策ではあったが、武闘家であるナミようにすんなりと敵を倒すことはできないだろう。盗賊達のステータスが低いと言っても武器を装備していなければそれ程変わりはないだろう。だがそんな時ナギ達の元に聞き覚えのある二つの女性の声が聞こえてきた。その声の主は紛れもなくセイナとレイチェルで、騒動を察知してナギの元に駆け付けて来てくれたようだ。
「はあぁぁぁぁ……、ブレイス・スラッシュっ!」
「うぉりゃぁぁぁぁ、大風起こし斬りぃぃぃぃっ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
セイナとレイチェルはリア達を突破してきた盗賊達をあっという間にやっつけてしまった。やはり戦闘職のプレイヤーが相手ではこの盗賊達は歯が立たないらしい。
「よしっ……、住民達よっ!。襲って来ていた盗賊達は皆私達が始末した。ここからは私が護衛に付くから皆一か所に固まって安全な場所まで移動するのだ。一人でいては盗賊達でなくモンスターにもやられてしまうかもしれんぞ」
「は、はい……。良かった、あの人が護衛に付いてくれるなら安心だわ。皆、もう一度あの人の所に集まりましょう」
「はいっ!」
盗賊達を撃退したセイナは大きな声で逃げ惑っている住民達に号令を掛けた。すると住民達は皆セイナの勇姿に引き付けられ瞬く間にその場に集まって来た。ナギとボンじぃは少し複雑な表情をしていた。
「な、なんじゃ……。わしの時は全く聞く耳持たなかったのに……」
「本当だね。でもやっぱりセイナさんのカリスマ性は凄いね。あの号令一つですっかり住民達を安心させちゃったよ。これでもう皆の身は安全だよ。あっ、それにほら。馬子さん達が男性の住民達も連れてきたよ」
「お〜い〜、ナギ君〜。こっちも男の住民達を連れてきたよ〜」
「ナミさんはそのまま盗賊達の討伐に向かってます〜。そっちは皆大丈夫ですか〜」
ナギがセイナの住民達を纏め上げる姿に感心していると馬子とアイナが放牧場で訓練していた男の住民達を連れてきた。皆ナギ達の連れていた女性や子供の旦那や父親だったのか、人質となっていた住民達は歓喜の表情で男達のところへ向かって行った。
「あ、あなた……。無事だったのね〜、良かったわ〜」
「わぁーーー、パパーーー。怖かったよ〜」
「うおぉぉぉぉっ、無事だったかお前達っ!。父さんは信じてたぞっ!」
自分達の旦那や父親と再開できた住民達は皆男達の胸に飛び込んでいき再開の喜びで暫く抱き合っていた。だがそう喜んでばかりもいれずすぐにセイナの指示で避難を再開した。ボンじぃとナギ、アイナはセイナと共に住民達の護衛に付き、レイチェル、馬子の2人は盗賊達と戦っているリア達の援護に向かった。
「てぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!。無事か、リア、デビにゃんっ!」
「はあぁぁぁぁぁ……祈祷弾っ!。私達も戦いに来たよ」
「みんにゃ……」
「ちょうど良いところに来てくれたわ。実はこの下っ端の盗賊達は頭を潰さないといつまでもリスポーンし続けるようになってるのよ。それで私は盗賊の頭を倒しに中央の建物に向かうから、あなた達は盗賊達に集落の外へ突破されないようここを抑えててちょうだい」
「了解。油断して返り討ちになんて合うなよ。なんせ相手の盗賊のボスなんだからな」
「心配しなくてもこの程度の盗賊達のボスなんかにやられやしないわよ。それじゃあここは頼んだわよ」
リアはレイチェル達に戦線を任せると盗賊の頭のいる建物へと向かって行った。これだけの戦力が揃えばもう戦線が突破されることはないだろう。後は盗賊の頭さえ倒せば盗賊達を全滅させることができる。一方住民を避難させていたナギは住民の女性からある疑問を問い掛けられていた……。
「あ、あの……、ナギさんでよろしかったでしょうか」
「えっ……。は、はい、そうですけどどうかしたんですか」
「実は子供の姿が一人見当たらないんです……。いえ、私の子供というわけではないですけど……、実はその子盗賊が集落を襲った時に父親を無くしてしまって……。幼い頃に母親なくして、ずっと一人で育ててくれていた父親まで亡くなってかなりショックを受けていたんですけど……。建物を出た時には確かにいたんです。でもさっきの騒ぎの時にはハッと気が付いたらどこにも見当たらなくて……。もしかしてまだ集落に残ってるんじゃないかと……」
「ええっ!。それって大変なことなんじゃ……。展開的にきっとお父さんの仇を撃とうとしてるんだよね。早く行って連れ戻してこないと……」
“ダダダダダダッ……”
住民から子供の姿が一人見当たらないことを聞くとナギは慌てて集落へと戻って行った。その頃集落で盗賊達と戦っているレイチェル達の近くの建物の床下に小さく蠢く人影があった。それはまさに今ナギが探しに行った子供で、その手には盗賊達の死体が消滅する前に奪ったと思われるシミターが握られていた。どうやらナギの予想通り床下から父親の仇を撃つ気配を窺っているようだ。
「う、うおぉ……。こいつらとんでもなく強ぇ……。もう20回はリスポーンしてるぜ、俺。流石に精神的に限界が来てるんだが……。これならもうリスポーンせずに死んじまった方が楽だぜ」
「あ、あいつだ……父さんの仇……。よしっ……てやぁぁぁぁぁっ!」
“バッ!”
「う、うおっ!。な、なんだ……、ガキィ?」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
その子供は父親の仇である盗賊を見つけるとシミターを振り上げて襲い掛かった。だがいくらステータスの低い盗賊だといっても子供よりは強い。必死の思いで放たれた斬撃はすんなりと躱されてしまい、そのまま腹部に軽く蹴りを入れたれて悶え苦しんでいるところを再び捕えられ人質にされてしまった。例え倒せたとしてもこの盗賊はすぐリスポーンしてしまうというのに……。たった一人の父親を殺されてしまったこの子供が不憫で仕方がない。
「は、放せっ!。このゲテ物野郎っ!。必ず父さんの仇を取ってやるからなっ!」
「うるせぇ、ガキィっ!。こっちはもうあいつらに何十回も殺されてるんだよ。仇を取ってほしいのはこっちの方だ。全く少しはやられ役として生まれたNPCの気持ちを考えろっての……。それよりそこのお前達ぃぃぃぃっ!。調子に乗るのもそこまでだ。ここに捕えられたガキの姿を見やがれっ!。こいつの命が惜しかったら今すぐ抵抗を止めなっ!」
「何っ!」
「なんじゃってぇぇぇぇっ!」
「な、なんでにゃっ!」
人質の姿を見せられたレイチェル達は仕方なく攻撃を止め構えていた武器のグラフィックを消した。子供を捕えた盗賊はこれ見よがしにレイチェルの達の前に出て意地汚い挑発を始めた。
「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!。さっきまでの勢いはどうした、ヴァルハラ国のプレイヤーの方々。そうだよな〜、ここでこの子供を殺しちまったらヴァルハラ国の国力が一気に落ちて他の国のプレイヤー達にやられちまうよな〜。全くプレイヤーってのは馬鹿な奴らだぜ。ゲームのルールなんか無視して俺達のことなんてやっつけちまえばいいのに。そんなにゲームに勝ちたいんですかね〜。俺はゲームなんて楽しめればそれでいいと思うけどな〜」
「(にゃぁぁぁっ!、にゃんにゃっ、このNPCはっ!。リアは盗賊でも僕達と同じNPCだからあんまり酷いことはしないって言ってたけどこの言葉はあんまりにゃ。僕達はナギ達が真剣に楽しくゲームをプレイ出来るようサポートするために存在しているのにゃ。ルールを守って互いに勝利を目指すからこそゲームは面白いのにゃ)」
「うん……この黒猫……。どっかで見たと思ったらさっき僕ちゃんを草むらの中で騙してくれた猫ちゃんじゃないですか〜。おい、ちょっとこのガキ持っててくれ」
「はいよ」
レイチェル達を挑発していた男は捕えていた子供を仲間に渡すと剣を構えてデビにゃんの前へと歩いてきた。どうやら先程のデビにゃんに草むらへとおびき寄せられた盗賊のようで、そのことを根に持っているようだ。盗賊の男は構えたシミターの剣身を舐めながらデビにゃんの前に立ち蔑むような目で見下していた。
「う〜ん、猫ちゃん立派な髭してるね〜。でもちょっと長すぎるんじゃない〜。おじさんがちょっと散髪してあげるね〜」
“チッ……”
「(にゃぁぁぁっ!、僕の髭がぁぁぁぁぁっ!。しかも涎の付いた剣先でぇぇぇぇっ!。……猫に取って髭は平衡感覚……、そして直感を養うための大事な部位なのにゃ……。それをバッサリと斬っちゃうなんてあんまりなのにゃ……。まぁ、ゲームだからすぐに生えてくるだけどにゃ)」
「よ〜し、お遊びはここまで。まずはこの俺を騙しやがった黒猫から血祭りに上げてやる」
「にゃっ!」
「(で、デビにゃん……。くっそぉぉぉぉっ!。なんとかしてぇけど人質の位置が遠すぎる。これじゃあ手を出せねぇ……)」
少し精神がおかしくなったかと思えるような口調を止めると盗賊の男は急に真面目な表情になってデビにゃんの頭上で涎の染み付いたシミターを振り上げた。覚悟を決めたデビにゃんは目を瞑って盗賊の剣が振り下ろされるのを待っていた。やはり人質の命には代えられなかったのだろう……。そして盗賊の剣はデビにゃんの頭に向かって勢いよく振り下ろされた。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
「(にゃぁぁぁっ!。さよならにゃぁぁぁぁっ、ナギっ!)」
“ヒュイィィィィィンっ!”
「えっ……」
盗賊の男は剣を振り下ろすと同時に今まで何十回と殺された恨みを大声で叫んでいた。だがもうデビにゃんは駄目かと思ったその時、凄い勢いで風を切るような音ともに一筋の閃光のような物がデビにゃんの前を走って行った。目を瞑っていたデビにゃんは気付かなかったが、その閃光は盗賊の頭を直撃し完全に吹き飛ばしてしまっていた。
「……あ、あれ。一体僕どうなった……ってにゃぁぁぁぁっ!。この盗賊首から上がなくなってるにゃぁぁぁぁっ!」
“……バタッ……”
首から上を無くした盗賊の体はシミターを振り上げた状態のまま後ろへ倒れ込んでしまった。一体先程の閃光は何だったのだろうか……。
「な、なんだったんだ今のは……。おい、馬子、今の何か分かったか」
「い、いや……。一瞬光が走っただけで何なのかは分からんかったよ。な、何かの魔法じゃろか……」
“ヒュイィィィィィンっ!”
「あっ、またこの音じゃぇっ!」
「こ、今度は一体どこに放たれたんだっ!」
「う、うわぁぁぁぁぁっ!」
レイチェル達が先程の閃光が何なのか分からず話していると再びあの風切音が聞こえてきた。今度は閃光がどこに飛んできたかも確認できなかったか、盗賊達の反応を聞いてすぐに誰がやられたのか分かった。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!、殺されるぅぅぅぅっ!」
「馬鹿っ!。驚いてないで早くその人質のガキを確保しやがれ。幸いガキは気を失っててその場から動けねぇ」
レイチェル達が盗賊の声がした方を見ると、そこには先程人質の子供預かった盗賊の体が同じように頭を無くして仰向けに倒れ込んでいた。どうやら人質となっていた子供は気を失っているようで、そのまま盗賊の手を離れ地面に倒れ込んでしまっていた。
「こ、これは……。やべぇ、何が何だか分からねぇがとにかく盗賊達より先にあのガキを回収しねぇと。よし、行くぞ、馬子、デビにゃん」
「了解じゃけぇっ!」
「了解にゃっ!」
状況は把握できていなかったがレイチェル達もとにかく気を失ってる子供の方に向かった。だが盗賊の方が距離が近かったためどう足掻いてもレイチェル達は間に合いそうになかった。その時子供を捕えようとする盗賊に再びあの閃光が放たれてきた。
“ヒュイィィィィィンっ!”
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「くそっ……、一体何なんだあの光は……。一体どこから撃っ……あ、あいつは……」
盗賊達が何とか光の出所を探そうと辺りを見渡すと、ここから20メートル離れた所に怪しげな模様の入った弓を構えたオレンジ色の髪の女性の姿があった。その長い髪をなびかせながら女性は次の矢を放つ構えを取っていた。だがその手に矢と思われるものは握られいなかった。
「な、なんだあいつは……。矢も持たずに弓を構えやがって。舐めてやがるのか。しかも弦も張られてねぇじゃ……っ!」
“ヒュイィィィィィンっ!”
その弓を構えた女性の姿を見た盗賊は矢も持たずに弓を持っていることを疑問に思っていた。しかも矢を放つための弦も張られておらず、一体どういうつもりなのかと首を傾げていた。だが次の瞬間本来なら矢を握っているはずの女性の右手の指先が光ったと思うと、先程までの風切音と共にあの閃光が放たれてきた。その女性の方を見ていた盗賊は一瞬にして視界が光に包まれた思うと他の盗賊と同じように首を無くしてその場で倒れ込んでしまっていた。そしてHPが0になったことでその場から消滅していった。
「な、なんだあれ……。あんなの見たことねぇぞっ!。光の矢なんてどうやって躱せばいいってんだよ」
「そんなこと考えてる暇ねぇよっ!。とにかく人質のガキを捕まえ……ってああぁぁぁっ!」
どうやらその女性は弓から光を矢のようにして放ってきているらしい。威力・スピード共に通常の弓矢とは比べ物にならず、狙われた盗賊達は何の反応出来ず次々と頭を吹き飛ばされていった。そしてその女性に気を取られている隙に人質となっていた子供もすでにレイチェル達の手に渡ってしまっていた。
「くっそぉぉぉぉぉっ!。こうなったら数で押し切れぇぇぇぇぇっ!。どうせ俺達ぁ何度でも復活できるんだ。かかれぇぇっ」
「おおーーーっ!」
人質を救出されてしまった盗賊達は再びやけになって集団で襲い掛かって来た。もう作戦も糞もなく全員思うがままに剣を振るいレイチェル達に斬り掛かって来た。当然先程の弓矢を持った女性にも襲い掛かって行き、弓矢を持っているため接近戦は苦手かと思われたが、その女性は今度は弓を横にして構えると、流れるようなステップで移動しながら盗賊達と適度距離を取りながら次々とあの閃光の矢を放っていた。流石に頭を狙う余裕はなかったようだが、どこに当たってもここいる盗賊達なら全て一撃だった。激しく動くことにより少し乱れながらなびいてるオレンジ色の長髪もこれまた美しかった。
「へへっ……、馬鹿な奴らだぜ。人質さえいなければお前達になんか一つのダメージも受けねぇっての。……それよりあの光の矢を放ってる女、多分リアの言ってた知り合いだよな……。全くリアにしろあいつにしろ、このゲームのNPCは化け物揃いだぜ」
「でも皆味方なんじゃけぇ私らにとっては頼もしい限りやんか。それに相手のNPCはもの凄い弱いみたいじゃし。この盗賊達本当に手ごたえがないよ。……てぇぇぇぇいっ!」
「にゃ……。でもこいつらは頭を倒さない限り何度でも蘇ってくるにゃ。そういえばリアはどうなったんだかにゃ……」
レイチェル、馬子、デビにゃん、そしてリアの知り合いと思われる女性が盗賊達の相手をしている頃、リアは盗賊の頭がいる建物へと突入するところだった。だがそこには意外な展開が待ち受けていたのだった。
“バァァァァンっ!”
「そこまでよっ!。あんたがこの盗賊の一味の頭ね。悪いけど速攻で片付けさせてもらうわよ」
「あぁん?。なんだ姉ちゃん。もしかしてこの黒髪の兄ちゃんのお仲間か」
リアが建物へと突入するとそこには両手を縛られて盗賊の頭の前に座らされている塵童の姿があった。リアは塵童の姿を確認したが、全く気を取られずにすぐさま盗賊の頭に向かってフレイム・スラッシュを放った。
「塵童……。無事だったみたいね。でも今はあんたのこと気にしてる場合じゃないわ。はあっ!、フレイム・スラッシュっ!」
“バッ……”
「なっ……っ!」
リアが盗賊の頭に向かってフレイム・スラッシュを放った瞬間、なんと目の前に座っていた塵童が突如として両手を縛っていた縄を力づくで振り払い、リアのフレイム・スラッシュの前に立ちはだかった。そして驚いてるリアを尻目に塵童は気を集中させた拳でフレイム・スラッシュを振り払ったのだった。
「はあぁっ!」
「……ちょっと、一体どういうつもりよ……あんた……」
「………」
明らかに盗賊の頭のことを庇った塵童をリアはとてつもなく鋭い目で睨みつけていた。塵童もリアのことを真剣な表情で見つめ、二人は暫く沈黙したまま睨みあっていたレイコは簡単なクエストだと言っていたが、どうやら自体はかなり複雑なっているようだった。。一体塵童はどういうつもりで盗賊の頭を庇ったのだろうか……。
 




