finding of a nation 34話
「はぁ……。もうなんでこんなことになるのよ……」
城を出てずっと東に向かって進行していたナギ達は無事レイコに頼まれた集落の近くへと辿り着いていた。だがナギ達はすぐには集落へと向かわず、リアの指示で少し離れた草陰の中から遠視というスキルを使い様子を窺っていた。リアの判断は正しかったようで目的の集落は盗賊に占拠されてしまっていた。もしそのまま向かっていたら人質を取られた状態で賊と戦うことになっていただろう。だがそんなナギ達の冷静な対応も虚しく塵童と思わる人影がその集落へと向かっていたのだった。
「どう、ナミ、アイナ。塵童はまだ集落に向かってる?」
「ええ、相変わらずふてぶてしい態度で住民が集まってる放牧場の方に向かっているわ。ポケットに手なんか突っ込んじゃってちょっと余裕見せすぎなんじゃないの、あいつ」
「そんなことより早くなんとかしないとまずいですよっ!。これ以上近づくと盗賊の方も塵童さん気が付いちゃいます」
「なんとかって言われてもあそこまであいつを連れ戻しに行くわけにもいかないし……そうだっ!。あいつに端末パネルで連絡を取ってみたらどう?。テレビ電話みたいに通話も繋げるしメールだって送れるんでしょう」
集落へと向かう塵童をなんとか引き止めることができないか考えていたナギ達だが、ナミが端末パネルで連絡を取ってみたらどうかと提案してきた。大抵のMMOでは相手プレイヤーのキャラクター名さえ分かればいつでも連絡を取ることができる。
「……っ!。それならいけるかもしれないわね。なら早く通話を掛けないと集落に着いちゃうわ。あいつのフルのキャラクターネームってなんだっけ」
「僕が覚えてるよ。確か華山塵童だったはず。早速通信を送ってみるね」
塵童のキャラクターのフールネームを覚えていたナギはすぐに端末パネルで通信を送った。だがその時塵童はすでに集落から100メートル程の距離まで近づいていた。この見晴らしのいい草原の中では一目で盗賊達に気付かれてしまう。
「ちっ……、本当は集落なんて興味ねぇんだけどな……。ナギの奴にああ言っちまった異常せめて水と食料だけでも確保しとかねぇとな。……んん?、そそいえばナギの奴俺に何処かの集落まで付き合ってくれとか言ってたっけな。もしかしてあれじゃねぇよな……」
塵童はどうやら食料と水を確保するために集落に向かっていたようだ。昨夜のナギとの約束の手前最低限の旅支度ぐらいは整えなければと思ったのだろう。それならば一度城に戻った方が良かったのだが、決して後には引こうとせず突き進むところが塵童らしいだろう。このゲームは死亡時のペナルティがきついため早く直したほうがいい傾向だが。塵童はナギ達があの集落を目指していることに薄々感づいていたようだが、流石に盗賊占拠されていることまで気が付かなかったようだ。
“ピピピピピピピッ……”
「んん……、なんだ?」
集落へと向かっていた塵童だったがその途中で体から何かの着信音のようなものが聞こえてきた。ナギの送った通信受信の合図だろうが、果たして塵童は応答するのだろうか。その時集落では放牧場の住民を見張っている盗賊の男が塵童の姿に気が付いたようだった……。
「おらおらぁっ!。もっと気合入れて剣を振るんだよっ!。そんなんじゃあいつに全然通用しねぇだろうが。いいか、綺麗に振ろうとするんじゃね。敵を叩き潰すつもりでとにかく思いっ切り振るんだ。間違っても防御のことなんて考えるんじゃねぇぞ」
「はあっ!、はあっ!。……くそっ、なんで俺がこんなことしなきゃいけねぇんだ」
「全くだぜ。二日前の朝にいきなり襲い掛かって来てここを占拠したと思ったら、いきなり剣を持たされて戦闘の訓練だもんな。一体俺達に何をさせるつもりなんだ……」
「こらっ、そこっ!。ぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇ。ちゃんと訓練に集中しねぇか。あんまりサボってると人質の一人や二人見せしめに痛めつけてもいいんだぜぇ……ってんん?。なんだ、あれは?」
やはり住民達は戦闘の訓練をさせられているようだ。外に出てきているのは全員若い男性で、女性や子供の住民は人質としてどこかに監禁されているようだ。訓練の途中で盗賊は“あいつ”と言っていたが一体何者のことなのだろうか。恐らくその“あいつ”とやらを倒すため住民を訓練させているのだろうが。そして訓練の最中にその盗賊はこちらに向かってくる塵童の人影に気付いたようだ。
「……人……だよな。俺達の仲間は全員ここにいるはずだし……。お前ら誰か知ってるか」
「えっ……」
盗賊の男は近づいてる人影が誰なのか確認するために住民達に問いただした。
「い、いや……、ちょっと誰だか分からないですね。よく見えないけどここの住人じゃないと思います。全員この集落にいたはずなので……」
「そうか……。じゃあ仕方ねぇ。ちょっと誰だか確認して来るか。最近この辺りにできたヴァルハラ国の兵士かなんかじゃねぇだろうな」
「………」
当然住民達は塵童ことなど知らず誰か答えることはできなかった。だが何故か少し焦っているような対応をしていた。何か盗賊に知られたくないことがあるようだったが……。住民達はなるべく感づかれないよう黙々と剣を振り訓練を続けていた。
“ピッ……”
「……あっ、もしもしお頭。ちょっと集落に誰か近づいて来てるんで見に行きたいんですが。代わりに誰か見張りを寄越して貰っていいですか」
どうやら盗賊もナギ達と同じ端末パネルのようなものを使えるようで、無線のように通話をしてもう一人人員を寄越すよう要求していた。すると集落の中央の一番大きな建物の中からもう一人の盗賊の男が出てきて放牧場に向かって来た。住民の訓練を見張っていた男は新たに出て来た盗賊の男と交代し塵童の元へと向かって行くのだった。
“ピピピピピピピッ……”
「……たくっ、うるせぇな、この音。こういうのは確かゲーム内で端末みたいなのを開けばいいんだよな。普段使わねぇからつい焦っちまった」
その頃塵童はいきなりなり始めた着信音に対応するため端末パネルを開こうとしていた。普段は全く通話やチャットしない塵童であったが、端末パネルさえ開けばナギとの通話にも応答できるだろう。そして塵童はなんとか集落着く前にナギの通話に出ることができたのだった。
「えーっと何々……、伊邪那岐命からの通信だと。なんだっ!、ナギの奴通話なんか掛けて来やがったのか。今更引き止めようと連絡してきたとも思えないし……。取り敢えず出てみるか」
“ピッ……”
「あっ、もしもし塵童さんっ!。ナギだけどちゃんと通話は繋がってる?」
「ああ、ちゃんと繋がってるよ」
「良かったっ!。繋がったみたいだよ、皆」
「本当っ!。じゃあ集落から離れるよう伝えてちょうだい。早くしないと盗賊達に塵童のことを気付かれちゃうわ」
「うんっ、そうするよっ!。……もしもし塵童さんっ!」
塵童との通話を繋げることができたナギは急いで盗賊のことを塵童に伝えようとした。だがその時盗賊の一味は塵童の存在に気付き自ら塵童の元へ向かおうとしていた……。
「うるせぇな……、何度も言わなくてもちゃんと聞こえてるよ。随分慌ててるみたいだけど一体どうしたんだ」
「塵童さん今僕達の目指してた集落に向かってるでしょ。実はちょっと不味い状況になってるみたいだから行くのを踏み止まってほしいんだ」
「あぁんっ?。なんで俺が集落に向かってること知ってんだ。ちょうど今見つけたところだぞ」
「いや、それもちょっと説明がややこしいんだけど。今僕達も集落の近くまで来てて、視力を強化する能力を使って集落の様子と塵童さんのこと見てるんだよ。そしたらその集落がなんと盗賊の一味に占領されてるみたいなんだ。だからとにかく早くその集落から……」
「あっ……、ちょっと待ってっ!。今集落から放牧場にいた盗賊と思われる男が塵童のところに向かって行ってるわ。塵童との距離はもう30メートルもないわよっ!」
「なんだってぇぇぇぇぇっ!」
ナギはなんとか塵童に集落が盗賊に占領されていることを伝えることができたのだが、盗賊の一人はすでに塵童の存在に気付き、すでに塵童のすぐ近くまで来ていた。
「盗賊に占領……。じゃあ前から近づいてきてる男がその盗賊なのか」
「そうだよっ!。今は住民が人質に取られてるから絶対に手を出しちゃ……」
「お〜い、そこの兄ちゃ〜ん。こんなところで何してんだ〜。もしかしてあの集落に向かってたのか〜」
「……ああ。そのつもりだけどなんだ、お前」
「ちょ、ちょっと聞いてるのっ!、塵童さんっ!。住民が人質に取られてるだから手を出しちゃいけな……っ!」
“ピッ……”
「き、切られちゃった……」
ナギは塵童に必死に盗賊に手を出さないよう訴えていたが、その時塵童の元に近づいて来た盗賊の男が大声で塵童に話し掛けてきた。その声のおかげでナギの声はかき消されてしまい、更に塵童の気も男の方に逸れてしまい肝心の人質が取られている部分を伝えることが出来なかった。もう一度伝えようとしたが盗賊が近づいて来たことに警戒した塵童はナギとの通話を切ってしました。流石に敵を目の前に悠長に会話をしていられないということだろう。
「まぁ、そう警戒しなさんなって。俺はただ今お前さんにあの集落へは近づかない方がいいって忠告しに来ただけさ。何があったかってのは俺の身形を見りゃ大体想像はつくだろ。大人しく引き返しさえすれば痛い目に合わずに済むぜ」
「………」
どうやら盗賊の男も無理に塵童とやり合うつもりはないようだ。ナギだけでなく盗賊にも引き返すように言われた塵童は暫く沈黙を維持していたが……。
「なるほど……。どうやらナギの言ってたことは本当だったみたいだな」
「あぁん?。なんだって……。どうでもいいからさっさと引き返すかどうか決め……」
「そんなのもう決まってるよ」
「ええっ……なっ!。……ぐうっはぁぁぁぁぁぁぁっ!」
盗賊に決断を迫られた塵童は返事を返すとともに盗賊の腹部に向かって思いっ切り正拳を放った。塵童の正拳が腹に直撃した盗賊の男はそのまま数十メートル程を吹っ飛ばされ、元いた放牧場のところに叩きつけられてしまった。
「てめぇら全員俺の手でブッ飛ばすに決まってるだろ。いい修行の場になりそうじゃねぇか。いきなりナギとの約束破っちまうことになるがこの程度の相手に無茶もくそもねぇだろ。……んん?、そういえばナギの奴結局何を言おうとしたんだ」
盗賊の男を吹っ飛ばした塵童は意気揚々と盗賊を全滅させると宣言していた。途中で途切れてしまったナギとの会話のことが少し気になっていたがもう塵童には盗賊をぶちのめすことしか頭にないようだ。その頃見張りを代わりに来たもう一人の盗賊の男と、放牧場で訓練をさせられていた住民達は急に目の前に吹っ飛ばされてきた男を見て唖然としてしまっていた。
「な、なんだ……っ!。おいどうしたんだよっ!。一体あいつになにされたんだ……。お頭ぁ〜〜〜っ!」
「す、すげぇ……。やっぱりあれが最近できたヴァルハラ国のプレイヤーって奴か……。俺達とは段違いのステータスに設定されてるだけはあるぜ。でもこのままじゃ人質になってる俺の母さん達が……」
見張りを代わりに来ていた盗賊の男は慌てて自分達の頭の元へ向かって行った。住民達は塵童の凄まじい力に驚いていたが、ナギ達と同じく人質のことが心配になっていた。盗賊の頭に塵童が仲間を吹っ飛ばしたことを知れ渡ると、集落の中央の一番大きい建物から顔を出した。そして集落中に響き渡るよう大声で自分の部下たちに呼びかけ塵童へと嗾けていった。するとそこら中の建物の中から大量の盗賊達が出現し、勢いよく塵童に向けて襲い掛かって行った。皆盗賊らしく露出の多い皮の鎧を来ていて、手に持っている剣は剣身が曲線上になっているシミターと言われるものだ。映画などでは海賊が良く使う武器として有名である。塵童に吹っ飛ばされた盗賊はすでにHPが尽きておりその場で消滅してしまっていた……。
「おらぁぁぁぁっ!。てめぇよくも俺達の仲間をやりやがったなぁっ!。絶対に許さねぇから覚悟しとけよごらぁぁぁっ!」
「全く俺達に楯突こうなんて馬鹿な奴だぜ。本当ならひっ捕らえて死より苦しい拷問で痛めつけてやりたいが、あいにくそんなことできないよう設定されてるから一思いにその首刎ねてやるから綺麗に洗っとけよ。……もっとももうそんな暇ねぇけどなっ!」
盗賊達は威勢のいい罵声を塵童に浴びせながら数十人掛かりで斬り掛かって行った。だがこれだけの数の相手に塵童は退くどころか余裕の表情で盗賊達の前に立ちはだかっていた。正面から迎え撃つつもりのようだ。
「へへ……。随分と余裕じゃねぇか、兄ちゃん。言っとくがお前が倒した男は俺達の中じゃあ一番下っ端の使いっ走りだぜ。つまりはステータスも一番低いってことだ。俺はあいつの倍近くはステータスがあるからああはいかねぇぜ。てやぁぁぁぁっ!」
一番先頭で襲い掛かっていた盗賊の一人は自分は先程吹っ飛ばされた盗賊の倍近くステータスが高いと言っていた。……っと言っても所詮はゲーム序盤に登場する敵キャラクター。しかも大抵の人型の敵はモンスターに比べてステータスが低く設定されている。ライノレックスどころかドラゴンラプターのステータスにすら遠く及ばないだろう。倍近くと言っても吹っ飛ばされた男のステータスは全て20以下、ハッキリ言って塵童の相手にはならないだろう。その男は自身の威勢のいい言葉と同じように飛び掛って行くと、塵童の頭目掛けて勢いよく剣を振るっていった。
「ふんっ……。この動きで倍近くか。ならさっきのあいつは相当ステータスが低かったんだな」
「何ぃっ!。……あ、あっさり躱しや……ぐはぁっ!」
塵童は真っ先に飛び掛ってきた男の攻撃をあっさりと躱した。斬撃を躱された男は地面に剣を振り下ろしまま完全に無防備になっているところを塵童に蹴り飛ばされてしまい、先程の男と同じように一撃でHPが尽き消滅してしまった。
「ザ、ザムがやられた。俺達の中で一番腕利きだったのに……。く、くそっ、こうなったら皆で一斉に斬り掛かるぞぉっ!」
「おおっ!」
残りの盗賊達も次々と塵童に向かって襲い掛かって行った。塵童と数十人の盗賊達は完全に乱戦状態になってしまい、すでに遠目からは何がどうなっているか全く分からなかった。人がごちゃ混ぜになっているから次々と盗賊達が吹っ飛ばされてくるのは確認できたのだが……。
「ちょ、ちょっとリア……。塵童の奴とうとう盗賊達と戦闘を始めちゃったわよっ!」
「ほ、本当です。次々と盗賊の男達を吹っ飛ばしてしまってますっ!」
「あれだけ派手に暴れてたら遠視をしてなくてもそれくらい分かるわよ……。はぁ……、もうこうなったら私達は傍観するしかないわ」
「にゃぁ……。このまま塵童が盗賊達を皆やっつけてくれたら丸く収まるんだけどにゃ……」
「でも塵童の奴態度がでかいだけあって実力もかなりのものだわ。あれだと武闘家としての格闘センスは私以上かもしれないわね。デビにゃんの言う通りこのまま盗賊達をやっつけちゃうかもよ」
「問題は人質に取られてる人質達だよっ!。盗賊達のことだから必ず途中で塵童さん前に人質を連れだし来るはずだよ。その時に早まった行動を取らないといいんだけど……」
ナギ達は盗賊と戦闘になった塵童をただ見守るしかなかった。救援に向かうには距離がありすぎるしナギの言う通り人質を盾に取られる場合もある。そうなればいくらナミやセイナをもってしても住民の犠牲なしに盗賊を撃退することはできないだろう。今塵童が人質を無視して盗賊との戦闘を続行してしまえばそれで終わりなのだが……。だが盗賊達は人質を連れてくるまでの間にすでに塵童によって半数以上が撃退されていた。
「おらおらっ!。さっきまでの威勢はどうしたぁっ!。こんなんじゃ何の経験値の足しにもなんねぇぞっ!」
「くっそぉぉぉぉぉっ!。こんな奴にコケにされてるんじゃねぇっ!。なんとしても俺達の手でこいつの息の根を止めるぞ」
塵童の実力は凄まじく周囲を囲んで襲い掛かっていた盗賊達は次々と撃退されていった。やられっぱなしで頭にきていたのか盗賊達も決して引くことはせずHPが0になるまで塵童に挑んでいた。
「ナ、ナミさんの言う通り塵童さんもの凄い戦いぶりです。まるで相手の攻撃を受けていません。全部躱すか攻撃を受ける前に殴り飛ばしてしまってます」
「むぅ……、それ程の実力者だったのか。ここまで一人で来るぐらいだから並大抵のプレイヤーではないとは思っていたが……」
「口や態度がでかいだけじゃなかったってことだな。そういやあいつ最初の討伐の時はどれぐらいの成績だったんだ。どうせセイナみたいに一人でフィールドを暴れ回ってたんだろ」
「ちょっと端末開いて確認してみちゃるか。……えーっと、か…か…華山はと……」
塵童の凄まじい戦いぶりを見てその実力の程が気になった馬子は端末パネルを開いて最初の討伐の時の塵童の成績を確認することにした。恐らく上位に位置していると踏んだのか名前で検索せずにランキングの上の方から順に確認していった。すると驚く程早く塵童の名前が目に入ってきた。
「ら、ランキング順位6位っ、討伐数774体じゃってぇぇぇぇっ!。こりゃとんでもない実力のプレイヤーじゃけんっ!」
「そ、そんなに凄かったんかっ!。こりゃあの尊大な態度にも納得じゃわい。実力の備わった硬派の男とはなかなか格好良いではないか。わしは見直したぞ、あいつのこと」
「確かにそりゃすげぇな。私なんて事情があったとはいえ23体だからな……。これであいつのことあんまり馬鹿にできなくなったぜ」
ランキングの見る限りやはり塵童はMMOにおいてとんでもない実力を持ったプレイヤーのようだ。その無鉄砲極まりない行動から熟練プレイヤーとは少し言い難いが、それでも戦闘面においてはナミ以上、そしてあのゲイルドリヴルと互角程度の力は持っているようだ。
「ふんっ……。でもあんな行動取ってるようじゃあ折角の実力が台無しね。少しは考えて行動しろっての」
「リ、リアさんは厳しいですね。でも塵童さんこのまま盗賊達を全滅させてしまいそうですよ。50人近くいた盗賊達がもう数十人程度しか残っていません」
「本当だわ……ってんんっ!。でもちょっと待って。今集落の西側の建物から盗賊の一人が人質を連れて出て来たわ。どうやら女の人みたいだけど髪の毛の色が黒いからリアの知り合いじゃなさそうね。やっぱり人質を盾にする気なのかしら」
「うぅ……。塵童さん、あんまり無茶なことしないといいけど……」
威勢よく盗賊達を撃退していた塵童だったが、とうとう盗賊の一人が人質を連れて塵童の前に現れようとしていた。その後ろからはこの盗賊の一味の頭と思える男がどっしりとした態度で歩いていた。ただ着ている鎧こそ他の者達より重厚で防御力も高そうだったが、見た目や体格はほとんど下っ端の盗賊達と変わらなかった。恐らく実力もそこまで変わらないのではないだろうか。その男は部下に取り押さえさせた人質を塵童に見せるつけると、やはり人質の命を盾に取り塵童の動きを封じようとした。
「そこまでだっ!。てめぇらとそこの生意気なガキも一度静まりやがれっ!。ここに捕えている人質の姿が見えねぇのか」
「お、お頭ぁっ!」
「……あぁんっ!。なんだって……」
盗賊の頭と思われる男が人質を見せつけたことにより、塵童も下っ端の盗賊達もその場で攻撃を止めた。下っ端の盗賊達は頭の男の背後へと集まって行き、塵童はじっと頭の男と人質として捕えられた女性の姿を見ていた。少し考え込んでいたが、どうやら状況は大体飲み込めたようだ。塵童はナギが引き返すように言ってきた理由が今頃分かったようだった。
「ふぅ……。どうやら状況は理解できたみてぇだな。全くこんなに部下をやっつけてくれやがって……。これじゃあ俺の面目丸つぶれじゃねぇか」
「お、お頭ぁっ!。ありがとうございやす。おかげで助かりました。でもこんな人質が役に立ちますかね……。あいつきっとヴァルハラ国に所属しているプレイヤーですよ。そんな奴が人質とはいえ俺達NPCの命なんか気にしますかね……」
「大丈夫だよ。熟練したプレイヤーならゲーム内で人質を死亡させてしまうことのペナルティの大きさは理解できてるはずだし、アホな奴なら例えNPCだと分かっていても命を気遣って攻撃出来ないものさ。全く俺達はこのゲーム内で死んでも実際に死ぬわけじゃないのに馬鹿な奴らだぜ。がはははははっ!。まぁ二度とこのゲーム内では復活できなくなっちまうがな」
「………」
「お、お頭の言う通りだ。あいつもうまるで抵抗する気がないようだぞっ!。このまま首を跳ねちまいやしょうか、お頭」
「まぁ待て……。部下をやられた手前今すぐ息の根を止めてやりたいのは山々だが俺達には大事な目的があることを忘れるな。こいつはその目的を果たすのにちょうどいいじゃねぇか。腕を縛って俺の居城まで連れて来な」
「なるほど……、流石お頭。相変わらず頭が切れる。よしっ、誰かそいつの腕を縛って集落へ連れて来な。万が一にも抵抗されないように5人ぐらいで見張りながら連れて来いよ」
住民を人質に取られた塵童は意外にも攻撃の手を止めた。そしてそのまま両腕を拘束されてると人質になっていた女性と共に集落へと連れて行かれてしまった。つまりは塵童も人質の一人になってしまったということだ。
「ちょっとぉっ!。塵童の奴人質を見せられたら何の抵抗もしなくなっちゃったわよ。それどころか盗賊達に拘束されて集落へと連れて行かれてるわ。これってあいつも人質になっちゃったってことぉっ!」
「ええっ!、そんな……。人質が無事だったのは良かったけど塵童さんまで人質になっちゃったら意味ないよっ!。なんとかして助け出さないと……」
「でもどうやって助け出すのにゃ、ナギ。僕達が盗賊達に戦闘を仕掛けていってもまた住民を人質に取られて塵童と同じはめになっちゃうにゃよ。そうなったら僕達全員人質にされちゃうにゃ……」
塵童が人質として連れて行かれるのを見たナギ達は当然慌てふためいていた。塵童が盗賊達に一切手を出さなくなったため、人質となっていた女性住民が無事だったのは幸いだが、塵童までもが人質に取られてしまったことはナギ達にとって想定外だった。更なる厄介事にナギ達は頭を抱えながら次の手を考えていた。その時盗賊と塵童達の様子をじっと見ていたアイナがあることに気が付いたのだった。
「あっ……、ちょっと待ってください。人質の女性と塵童さんですけどそれぞれ別の建物に連れて行かれてますよ。人質の女性は最初出て来た西側の建物に戻って行きました。きっとここに人質が監禁されているんですっ!。塵童さんは……、盗賊達の頭と思われる男と一緒に集落の中央の一番大きい建物に入って行きました。何か酷いことされないといいんですけど……」
「なるほどね……。塵童のことは良く分からないけど、人質の捕えられている場所が分かったのは大きいわ。よく見てたわね、アイナ」
「うぅ……、私もちゃんと人質が連れ出されるところは見てたんですけど……」
「この際塵童は別にどうなっても構わないわ。倒されても一か月待てばリスポーン出来るし、ヴァルハラ国の評判には何の影響もないわ。なんとかして人質を無事に保護しないと世間からのヴァルハラ国への信頼に影響するわ。このまま放置したり人質に危害が加えられたりすると周囲の町や集落の住民から不信に思われて協力が得られなくなるわ。なんとか人質になってる住民達だけでも助け出すわよ」
「塵童のことは後回しってか……。ちょっと薄情に思えるけど、まぁそれしかないか。この世界の人を守るために犠牲になるが私達プレイヤーの仕事だもんな。私達は全うなやり方でヴァルハラ国を勝利に導こうぜ」
塵童の無謀な行動に悩まされていたナギ達だったが、幸いにも塵童が大人しく人質になってくれたおかげ人質が捕えられている建物の位置が分かった。塵童は何故か盗賊の頭と思われる男と一緒に中央の建物へと連れて行かれたが、盗賊達は塵童をどうするつもりなのだろうか。ナギは塵童のことが気になっていたがここはリアの言う通り人質の救出を優先するしかなさそうだ。
「よしっ、そうと決まれば早速作戦を考えましょう。人質が捕えられているのは西側の建物よね……。ちょっと待ってて。今端末パネルのペイント機能を使って皆に集落の建物の位置を教えるから」
人質の救出を優先するということで意見が一致知ったナギ達は早速人質救出作戦を考えることにした。まず皆に集落の建物の配置を理解してもらおうと思ったナミは端末パネルに搭載されたペイント機能を使って簡単な見取り図のようなものを書いて皆の端末に送った。
「ありがとう、ナミちゃん。……うわぁ、結構絵が上手じゃね。こりゃ分かりやすくて助かるよ」
「本当だ。これなら作戦も立てやすいね。えーっと、これが人質が捕えられている建物で……、こっちが塵童さんの連れて行かれた建物か。一番大きい建物みたいだしきっとここを頭の居城にしてるんだね。もしかして尋問でもされてるのかなぁ、塵童さん」
「確かにこの図は分かりやすいわ。でかしたわよ、ナミ」
「へへっ、リアに褒められるとなんだか嬉しいわね。ねぇ、アイナ」
「はいっ!。リアさんってとっても頼もしくて、その上美人で優しいから女性として尊敬しちゃいます。私も大きくなったらリアさんみたいな女性になりたいなぁ」
ナミの描いた見取り図は非常に分かりやすかったようで、皆すんなりと集落の構造が頭に入ったようだ。人質が捕えらている場所は西側の建物、今ナギ達がいる場所からみて左側だ。塵童が連れて行かれた建物は集落の中央、どうやらここが盗賊達の居城なっているようだ。若い男性の住民達が訓練をさせられていた放牧場は東側、ナギ達から見て右側だ。塵童との一件が収まったことによりまた盗賊の一人が見張りについて住民達は訓練を再開させられていた。救出作戦おいて重要なのはこの3か所のようだ。ナギ達の立てた作戦はこうだ。まず盗賊達に気付かれないように住民達の訓練を見張っている男を仕留める。その後西側の建物へと忍び込み人質達を解放し、同じく自由の身になった若い男性達に村の外へと避難させてもらう。その後一気に盗賊達を殲滅してクエスト終了というわけだ。
「作戦は決まったね。でもどうやってばれずに集落まで近づくの。こんなに開けた野原じゃちょっと茂みを出ただけで誰かいるって気付かれちゃうよ」
「それなら大丈夫よ。結構難しいんだけど私が隠密度上昇の魔法が使えるからそれを使えばなんとか100メートルぐらいまでは気付かれずに近づけるわ。ここは集落の正面側みたいだから、一度ぐるっと回って裏側へ回りましょう。さっきの騒動で外に出てる見張りも増えたみたいだしね」
塵童との一件で盗賊達は警戒を強化して外に出ている見張りの人数が増えていた。ナギ達のいた場所は集落の入り口の正面であったため一度大きく迂回して裏側の茂みの方へと移動したようだ。すると先程までとは違い前に見える集落の建物のほとんどが裏側を向いていた。盗賊達からの死角も多く、これならばなんとか気付かれずに近づけそうだった。
「それじゃあ隠密上昇の魔法を掛けるわね。効果時間は大体一時間程度だからそれまでに人質達を助け出すわよ」
「了解だ。だが先程それでも100メートル程までしか近づけないと言っていたが、そこからは一体どうやって進むつもりだ。魔法を使うとはいえそう堂々ともしていられないだろう」
「ええ……。そこからは匍匐前進で移動してもらうことになるわ。セイナとレイチェルは元々隠密度が低く設定されているから匍匐状態のまま100メートル手前の位置で待機、特に隠密度の高い私とナギとボンジィ、それにデビにゃんの4人で人質の解放に向かうわ。ナミと馬子とアイナは訓練させれてる男達のところへ向かってちょうだい」
「了解っ!。あの人達皆好青年って感じで頼りになりそうだったからきっといい戦力になってくれるわ」
「わ、私はまた待機かよ。しかも匍匐前進でまたセイナと二人っきりで……」
どうやらキャラクターごとに隠密度の高さに違いがあるようだ。セイナとレイチェルの隠密度が低いのは納得がいくが、全身が真っ赤に染まっているリアの隠密度が高いというのには少し違和感がある。単純に高レベルだからということなのだろうか。
「それじゃあ魔法の詠唱に入るわね。すぐ掛け終わるからその後すぐ移動を開始してね。当然走っちゃ駄目よ」
「あっ……。ちょっと待ってください。実は折角精霊術師なんで一度下級ですけど精霊を召喚してみたいと思うんです。今回召喚するのは風の下級精霊で、隠密度もかなり高いみたいなのできっと力になってくれます」
「へぇ、もう召喚術まで覚えてたんだ。下級精霊でも色んな特殊能力を持ってるからきっと役に立ってくれるわ。是非召喚してちょうだい、アイナ」
リアが隠密上昇の魔法を掛けようとした時、精霊術師であるアイナがこの場で精霊を召喚すると言いだした。どうやら風の下級精霊のようで、隠密度もかなり高いようだ。貴重な戦力が増えるということで当然リアもアイナの提案を承諾した。
「そ、それじゃあ召喚します。上手くいくかどうか分かりませんのであまり期待しないでくださいね。……大気に潜みし無邪気なる風の精霊よ……。その無垢なる心と力に我に貸したまえ。大気より生まれしその器に魂を宿わせここに降臨せよ。風の精霊・シルフィールっ!」
「お、おおっ……」
アイナの精霊召喚術の掛け声とともにその場に大気が渦巻くように風が吹き始めた。その風邪はまるで一点に吸い込まれていくように吹き込んでいき、その中心から淡い緑色の光が輝きだしたと思うと、ナギ達の視覚は一瞬その光で一杯なってしまった。かなり大きな光だったので盗賊達に気付かれるかとも思ったが、流石にこれだけの距離が離れていれば盗賊達にこの光は届かなかったらしい。そしてナギ達の視覚が光から解放されるとそこには体長30センチ程の小さな風の精霊の姿があった……。
「う、うおぉぉぉぉぉっ!。こりゃなんとも可愛らしい精霊じゃわい。おまけに露出も多くてボンじぃ的にもバッチ・グーじゃっ!。アイナよ、これからは常にこの子を召喚しておいてくれ」
「な、何無茶なこと言ってるんだよ、ボンじぃ。そんなにしょっちゅう召喚魔法なんて使ってたらアイナのMPがずっと0の状態になっちゃうじゃないか。……でも確かにかなり可愛らしい精霊だね」
「にゃ、にゃぁ……。確かにすっごく可愛いにゃぁ……。やっぱり風の精霊ちゃん達はこの世界にとってアイドル的存在にゃぁ」
ナギ達の前に姿を現したその風の精霊の姿は美しくも可愛らしい女性で、長くスラッと伸びた緑色の髪をなびかせて宙に浮いていた。背中には風の光とも思えるような4枚の羽が付いていた。衣服と思えるものはまるで身に着けておらず、胸と下半身部分、そして両手首に風のエフェクトのようなものを纏っているだけだった。その可憐で魅力的な姿にナギとボンじぃだけでなくデビにゃんまでもがすっかり魅了されてしまっていた。
「始めまして、皆。私が風の下級精霊のシルフィールよ。精霊術師だったら誰でも召喚できるようになる基本精霊なんだけど……、皆の為に一生懸命頑張るからよろしくね。シルフィーって呼んでもらって構わないわ」
「なんか豪くフレンドリーな精霊だな……。精霊っていうからなんかこうもっと堅物そうなのを想像してたんだが……」
「本当よね。これじゃあ妖精って言った方がしっくりくるわ。よろしくね、シルフィーちゃん♪」
「よろしく、ナミ。私のマスターであるアイナもよろしくね。もっと積極的に私のこと呼び出してくれて構わないよ。昨日のライノレックスの時だって私を呼んでくれてれば少しは力になれたのに……。アイナは私達風の精霊と相性が良さそうだから、これから長い付き合いになりそうね♪」
「は、はいっ!、こちらこそよろしくお願いします」
「よしっ!。それじゃあ本当に魔法を掛けるわよ。皆さっき言った作戦は覚えてるわね。シルフィーは私やナギ達と一緒に人質の救出に付いてきてちょうだい」
「は〜い」
「じゃあ行くわよ、皆っ!。隠密魔法、シークレット・ベールっ!」
“パアァ〜〜〜〜〜ン”
アイナの召喚術が成功し、リアが皆に隠密上昇の魔法を掛けいよいよ救出作戦がスタートした。アイナの召喚術によって呼び出されたシルフィーは果たしてどんな能力の持ち主なのだろうか。その小さな体から今回の作戦には持ってこいの精霊のようだが。皆なんとしても人質を救出するという意気込みで集落へと向かって行った。そんな中ナギだけが盗賊達に捕えられた塵童のことを考えているようだったが……。果たしてナギ達は無事住民と塵童を助け出すことができるのだろうか。




