finding of a nation 32話
“ジュー……、ザッ、ザッ……、ザッ、ザッ……”
「にゃっ、にゃっ!、にゃっ、にゃっ!。……ふぅ〜、これだけ具材の量が多いと炒めるだけでも大変にゃ」
「……そうね。確かにカレーも鍋を分けて炊いた方が良かったかしら。それよりあなたのその槍便利そうね」
夕飯のカレーの支度をしていたナギ達だったがいよいよ調理の作業に入っていたようだ。調理を担当するのはリアとデビにゃん、ナミ達が手頃な大きさに切った大量の具材を直径1メートル、深さも70センチ程ある大きな鍋に入れて炒めていた。鍋の大きさと焚火の大きさは自在に調整できるようで、焚火の周りに中心に穴あいた鉄の台をおき、その上に鍋を置いてコンロのようにして調理していた。身長の低いデビにゃんは丸太椅子を2段に重ねてその上から鍋の中の具材を炒めていた。積み上げた椅子が倒れないように下の段には3つの丸太椅子を置き、その中心にもう一段椅子を重ねていた。具材を炒める道具にはデビにゃん専用装備である猫の手を槍を使っていた。槍の先の刃先は出さず爪を立てていない猫の手の形をしたままの状態で鍋の中の具材をかき回していた。反対側ではリアが同じようにフライ返しで具材を炒めていた。このフライ返しも大きさを調整できるようでデビにゃんの槍と同じぐらいの大きさになりボートを漕ぐのに使うパドルようだった。
「ふぅ……、大分火が通ってきたわね。あっ、確かこの後って水を入れないといけなかったのよね。すっかり忘れてたわ。あなた達悪いんだけど川で水を組んできてくれない。これだけの量だから鍋を大きくして一杯水を汲んできてね」
「は〜い」
リアに頼まれてナミとレイチェルは川に水を汲みに行った。馬子、アイナ、ボンじぃの3人はまだ川で目を洗っていたようだ。ついでなので3人にも水を汲んで戻ってもらうことにした。ナミとレイチェルは川に向かう途中で米を炊いているナギ達のところを通りかがり互いの作業の進行度を確認していた。
「お〜すっ、ナギ〜、セイナ〜、それと塵童。私達はもうカレーの調理に入っているぜ。お前達の方はどうだ」
先程は塵童と険悪なムードになっていたレイチェルだったがもう蟠りは解けたようだ。自分勝手ではあるが塵童もそこまで性根が悪いわけではないと判断したのだろう。自分勝手さで言えばレイチェルも人のことは言えないのもある。
「あっ、レイチェルにナミ。こっちはちょっと前に米を炊き始めたところ。もうすぐ沸騰すると思うからそしたら弱火で15分ぐらい炊いて、最後にちょっと蒸らさないといけないから後30分ぐらいは掛かるかな」
「ふ〜ん、それだとちょうどカレーの方が早く出来そうね。でもカレーはよく煮込んだ方が美味しいって言うし、御飯が炊けてからもう20分ぐらい炊いてもいいかもね。御飯もよく蒸らしといた方が美味しいでしょ」
「まあな。……それよりカレーにしろこの米にしろ豪く量が多いように感じたが本当にこんなに食べきれるのか。恐らく今作ってるカレーはアイテム化して保存なんてできねぇだろう」
「大丈夫だよ。そこにセイナなら一人でもこれぐらい完食できるじゃねぇのか。昨日もレイコさんの家でそれくらい食ってたし、何より腸が人一倍強えぇ。あんだけ食ったってのに今朝は全く腹を壊してなかったからな」
「何……っ!」
「うむっ、これくらいなら全く問題なく感触できるから安心しろ。食べる物に感謝の念さえ忘れなければいくらでも胃は受け入れることができるのだ」
「……それは深い話だな。とても常人じゃいきつくことのできねぇ領域だぜ」
「まぁ、そいつは本当に常人じゃねぇからな。お前も知ってるだろ、有名芸能廃人プレイヤーの美城聖南。今目の前にいるそいつその美城聖南だよ」
「なんだとっ!」
塵童はセイナの胃袋の大きさと腸の頑丈さ、そして実は芸能廃人プレイヤーとして有名な美城聖南だと知って驚いていた。表彰式の時に皆の前に姿を現したはずだが塵童はまるで討伐数には関心がなかったようだ。そう言えば塵童の討伐数は一体いくらだったのだろうか。
「ちょっとぉ〜っ!。二人とも早く水を汲んできてよ〜。いい加減具材が焦げちゃうじゃない」
「あっ、いけねぇっ!。ナミ、リアの言う通りだ。早く水を汲みに行くぞ」
「まぁいざとなったら火を止めればいいだけだと思うけどね。この焚火は端末パネルでいくらでも操作できるんだし。でもどうせなら早く水を入れた方が美味しくできるか」
リアに促されてナミとレイチェルは急いで水汲みに向かって行った。そして馬子達3人と合流し皆で鍋に水を汲んでリアの元へと戻って行ったのだった。流石に5人で水を汲めば十分量は足りたようでこれ以上往復する必要はなかったようだ。特に力のナミとレイチェルが鍋を大きく設定して汲んでいったため逆に余るくらいの量だった。そしてリアとデビにゃんが具材を炒めている鍋に水を入れ、後は少し煮た後にルーを入れるだけとなった。
“ザァーーーーーーーっ!”
「ストップっ!。……まぁちゃんと測ったわけじゃないけど水はこんなもんでいいでしょうね。余った水はキャンプの外に流しといていいわ。それじゃあ一煮立ちするまで休憩としますか」
「にゃぁ……、あんな大きい槍をずっと振り回してたから流石に疲れちゃったにゃ。普通に戦闘するより力を使ったんじゃないかにゃぁ」
鍋に水が入るとリアとデビにゃんはそれぞれフライ返しと槍をしまい肩をまわしていた。ずっと動かしっぱなしだったので肩から腕に掛けてかなりの負担が掛かっていたようだ。二人は丸太に座り具材が煮えたぎるまで待つことにした。暫くすると鍋の水が沸騰しグツグツと煮えたぎってきた。リアは一度火を止めて肝心のカレーのルーを取りだした。一体どんな味のルーなのだろうか。
“グツグツグツグツッ……”
「よし、それじゃあルーを入れていきましょうか。大体8箱ぐらいでいいかしら」
「8箱って一体何皿分だよ……。ところでルーはどんなやつ買ってあるんだ」
「これよ。ヴァル・カレーの中辛味。皆の味の好みは分かんなかったから取り敢えず中辛にしといたわ」
リアは表紙にヴァル・カレーと書かれたナギ達の世界でもよく見る長方形の箱を取りだした。中も同じく固形に加工されたルーのようだ。表紙にはヴァルハラ国の女王であるブリュンヒルデがカレーを食べている写真も描かれていた。更によく本格的なカレー料理店などで見る魔法のランプのようなカレーを入れる銀の容器も描かれており、ブリュンヒルデの美貌と相まってかなりの高級感を醸し出していた。だが中身は至って普通のカレーである。
「なんだ。よく私達の世界にも売ってるカレーのルーと全く同じじゃない。表紙の詐欺具合はこっちのが上だけど……」
「味もそんなに変わらないと思うわよ。昨日の母さんの料理に比べると物足りないかもしれないけど、あんなのがタダで食べられるのって初日だけだからね。それじゃあさっさと入れていくわよ。おっと、その前に火を止めないとね」
皆にヴァル・カレーの箱を見せるとリアはルーを取りだし鍋の中へと放り込んでいった。入れる前に火を止めるのもナギ達の世界と同じようだ。その方がとろみがでるのだろう。リア達はそのままルーが溶けるまで暫く鍋の中を眺めていた。
「そろそろいいかな……」
“プワァ〜……”
リア達がカレーのルーが溶けるのを待っている頃ナギ達の米もちょうど炊き終わったようだ。ナギが鍋の蓋を開けると蒸気が煙となって溢れ出し、中にはホクホクに炊けた白い御飯が顔を表した。
「うん、いい感じに炊き上がってるよ。水もちょうどなくなったところだね」
「こっちもだ。ふんわりと盛り上がっててこりゃ美味そうだ。炊飯器で炊く米とはまた一味違うな」
「うむ。この後は暫く放っておけばいいのか、ナギ」
「その前に少ししゃもじでほぐしてからね。そしたらもう火加減も見る必要もないし僕達もナミ達のカレーがどうなってるか見に行こうよ」
ナギ達は炊き終わった御飯をしゃもじで十字を切るようにしてほぐすとそのまま暫く蒸らすことにした。火加減を見る必要がなくなったナギ達はカレーの様子を見にナミ達の元へ向かって行った。ナミ達の調理しているカレーは程よくルーが溶け始めており、再び焚火に火を点け今度は弱火でゆっくりとかき混ぜながら煮込んでいた。
「みんな〜。御飯はもう炊き終わったよ〜。後は暫く蒸らすだけ」
「こっちも後は弱火で煮込むだけよ。それじゃあ食べようと思えばいつでも食べれるわね。じゃあ後20分ぐらい煮込んでから食事にしましょうか」
「そうだね。ところでリア。さっき塵童さんに言ってたモンスターの肉だけどやっぱりプレイヤーは食べられないの。大抵のゲームだったら魔物から採取できた肉はプレイヤーの食料にできるんだけど……」
「一応特殊な効果を施せば食べられるようになるわ。でもその効果を施すには魔物使いの戦闘職と料理人の副業の人が必要なのよね。魔物使いの人が肉の毒を抜いて、料理人がプレイヤーが食べられる味に調理するの。当然その料理はアイテム化できるし、プレイヤーに対して有効な効果も付与されるわ。勿論食料にもなるしね」
「そうか〜。僕は魔物使いがけど副業は料理人じゃないもんね。僕達の中に料理人の副業に就いてる人っていなかったよね」
「俺の副業は料理人だぜ。やり方を教えてくれるんだったらちょっとやってみてもいいぜ」
「本当っ!。だったら僕も是非やってみたいな。折角だから教えてよ、リア」
「仕方ないわね。それじゃあナミ、カレーを混ぜるの代わってちょうだい。私は向こうで二人にモンスターの肉の調理の仕方を教えてくるから」
「は〜い」
リアにモンスターの肉をプレイヤー対しても食用と使えることを聞かされたナギと塵童は早速試してみることにした。カレーの鍋から少し離れた所に調理台を設置し、先程の手に入れたヴォルケーノ・レックスの肉を台の上に置いていた。ヴォルケーノ・レックスの肉はまるで溶岩の脂が乗っているかのように真っ赤な光沢を放っていた。まだ火を通していないというのにまるで何千度という熱を帯びているようだった。
「うわぁ……。こうして見るととても人間が食べれそうなお肉じゃないね。こんなの食べたら胃の中から焼け爛れちゃいそう」
「実際このまま食べると一気に口の中から全身に火傷が広がってあっという間にHPがゼロになっちゃうわよ。モンスターの肉はその個体によって毒の効果も違うからプレイヤーは絶対格好しないまま食べちゃ駄目よ」
「わ、分かったよ……。それでまずはどうすればいいの」
「簡単よ。まず魔物使いが肉に手を当てて毒抜きの魔法を使って。その後料理人が味付けの魔法を掛けるだけよ。それで一応普通に食べられるようになるわ。効果の付いたアイテム化できるアイテムの加工はここじゃ出来ないわ。でもいくら調理したからと言ってあんまり食べ過ぎると中毒症状になるから気をつけてね」
モンスターの肉にプレイヤーに有効な効果を付けるにはモンスターミートを加工する時と同様特殊な加工場が必要らしい。今の状態では取り敢えず肉を食べられるようにするだけでアイテム化も不可能らしい。
「なんだ。意外と簡単だな。じゃあさっさと終わらせちまうか」
「だねっ!。このお肉は串刺しにして、焚火に突き刺して焼いて食べようよ。それだけでもきっと美味しいよ」
ナギ達はヴォルケーノ・レックスの肉の加工を終えると調理用の肉に突き刺しナミ達の元へと持って行った。そして食卓用のテーブルも用意し、近くに更に焚火を小さめのサイズで設置し、加工した肉を突き刺して焼き始めた。ヴォルケーノ・レックスの肉にはみるみる火が通っていき、これまた溶岩のような脂が焚火の中へと滴り落ちていた。ナギ達の炊いた米もいい感じ蒸らすことができたようで物置用のテーブルを用意しその上に置いた。ナギ達は皆カレーを入れて食卓へと着いていき、いよいよ野外での初めての食事が始まろうとしていた。
「う〜ん、良い香り。あっ、私ジャガイモと玉ねぎ大目に入れといてね」
「何言ってるのよ。手が空いてるんだから自分のは自分で入れなさいよ。あとヴォルケーノ・レックスの肉を焼いてるナギ達の分も誰か入れといてあげてね」
ナギ達の炊いたカレーは鍋の中でグツグツと煮えたぎっており良い感じにとろみも出ていたようだ。少しスパイスの聞いた程よい刺激のあるカレーの臭いがナギ達の食欲をそそっていた。皆自身の皿を取り出しそれぞれ御飯とカレーをよそっていった。ナギと塵童こんがり焼けたヴォルケーノ・レックスの肉の串刺しを大きめの更に乗せて食卓の上へと運んでいた。十分に火の通ったヴォルケーノ・レックスの肉はその溶岩のような真っ赤な光沢を更に発光させていた。
“ジュワ〜……”
「わぁ、こんがり焼けてて美味しそうじゃけん。でもなんか全体的に真っ赤かじゃね。ちょっと舌火傷しそうで怖いんじゃけど……」
「本当です……。やっぱりモンスターから取れるお肉は見た目も普通じゃないですね。ちょっと食べるのに勇気が要りそうです」
「わしも見てるだけでも体が熱くなってきたわい。こりゃ年寄りには刺激が強そうじゃのぅ」
「大丈夫よ。ちゃんと魔物使いと料理人の効果が付与されてるからプレイヤーが食べても平気よ。温度だって熱そうに見えてるだけで普通の肉と変わらないわ。まぁ心配ならモンスターの肉を食べようって言ったそこの張本人に試食してもらうことね」
「え、ええぇ……っ!」
ナギ達が焼いたヴォルケーノ・レックスのだがその溶岩のような見た目から皆食べるのを躊躇してしまっていた。ナギは皆の不安を拭い去るため自身が実験台になることになった。ナギはヴォルケーノ・レックスの肉の刺された串を片手に呼吸を整え肉を食べるための心の準備をしていた。
「わ、分かったよ……。それじゃあ食べてみるよ。“……ガブッ!”」
暫く考え込んでいたナギだったが覚悟を決めると勢いよくヴォルケーノ・レックスの肉に被りついた。長方形気味に分厚くスライスされた肉を口に一杯に入るように引きちぎるとナギは何も考えず目を瞑って肉を噛み飲み込んだ。
「“モグ……、モグモグッ……っ!、ゴックンッ”……んんっ!。うんっ、大丈夫っ!。熱くもなんともないしとっても美味しいよ。程よいスパイスが聞いてて何度でもかぶりつきたくなっちゃうよ。“バクッ!、……モグモグッ!”」
無心になって肉を口の中で肉を噛んでいたナギだったが、どうやら途中で何事もないことに気付いたらしい。それどころかまるで高級ステーキのような柔らかさとジューシーさに夢中になっていしまい、一度飲み込んだとも次々と肉に食い付いていきあっという間に串一本の肉を平らげてしまった。
「へぇ〜、どうやら大丈夫みたいね。私も早く食べたいっ!」
「お〜い、だったら早く皆カレーを入れようぜ〜。私は先に入れちまうぜ〜」
「OK〜……って何よレイチェル、その大きいお皿は。あんた今朝お腹壊してたくせによく懲りないわね」
ナギが肉を食い終わった頃レイチェルは自身の皿を通常の2倍ぐらいの大きさにして御飯とカレーを山盛りに入れていた。レイチェルは牛肉を多目に入れて人参はほとんど入れていなかった。どうやら普段はカレーに人参を入れないらしい。
「何言ってんだ。こんなのまだ序の口だぜ。隣で入れてるセイナを見てみろよ」
「えっ……」
「うむ、やはり具材はバランスよく入れなければな。それにしてもジャガイモによく火が通っていて美味しそうだ。形も崩れておらずベストな堅さ加減だな。玉ねぎは細過ぎてほぼカレーに溶け込んでしまっているが」
レイチェルの隣ではセイナが更に大きく設定されたお皿にレイチェル以上の山盛りにして御飯とカレーを入れていた。入れながら出来上がったカレーについての感想を言っていたが、どうやら全体的に高評価のようだ。玉ねぎは少し細すぎたようだったが。
「うっわぁ〜……。あんなの見せられたらもう突っ込む気も起きないわ。でもやっぱりカレーも美味しそうね。私も早く入れてこようっと」
「ナミの言う通りよ。支度もできたことだし早く食べましょう。皆さっさとカレーを入れて席に着いて」
テーブルの真ん中にはヴォルケーノ・レックスの串焼きが置かれ食卓に着いた皆の目の前にはそれぞれの分量で入れたカレーが置かれていた。だがリアが食前の挨拶をしようとした時ナギが塵童が席に着いておらずカレーも入れていないことに気が付いたのだった。
「あれ……、塵童さんさっきから立ったままだけどどうしたの。早くカレーを入れて席に着きなよ」
「俺はいいよ。助けたもらった礼は支度を手伝ったことで済ませたはずだ。ならこんなとこでグズグズしてる暇はねぇ。俺は先に進むぜ」
なんと塵童は折角作った料理を食べずに先へ進むと言い出した。辺りはすでに日が暮れて暗闇に包まれており、とてもではないがまともに進行できる様子ではなかった。当然ナギ達は塵童を止めようとしたのだが……。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!。もう辺りは日が暮れて真っ暗ですよ。夜はきっとモンスターも強くなってるでしょうし、今夜はこのキャンプで泊まって行った方がいいですよ」
「アイナの言う通りよ。どういうつもりか知らないけど、今は私達と食事を取った方がいいわ。睡眠不足は解消されたようだけど、まだ空腹の状態異常は解除されていないでしょ。その状態だとステータスは半減、とてもじゃないけど夜の強化されたモンスターに対抗できないわ」
「そ、そうだよ、塵童さんっ!。塵童さんもかなりの熟練プレイヤーかもしれないけどこのゲームで無茶は禁物だよ。常にPvPの状態だから死亡しちゃったら厳しいペナルティが課せられちゃうんだよ」
「別にいいさ。俺にとってVRMMOは自身の精神力を鍛える修行の場にすぎない。ペナルティなんざ関係ねぇ。死んだらまた城からやり直すだけさ」
ナギ達の説得も虚しく塵童は決して留まるつもりはないようだった。VRMMOは修行の場と言っていたがもしかするとずっとソロでプレイしてきたのだろうか。MMOは基本複数人でパーティを組み連携を取るのを楽しむものだが中には決して誰とも関わらずに一人で黙々とプレイしている者もいる。MMO、そしてVRMMO、更に広く言うとネットの中というのはナギ達の世界の人々にとって現実とは違うもう一つの仮想空間のような位置にある。いくら連携を取るように作られているといってもナギ達の社会には周囲との関わりを一切断ち切って孤独に生きている者もいる。そういった者達はいくら仲間と協力して楽しむゲームだと言っても結局現実世界と同じように常に一人で行動するようになってしまう。っと言うよりナギ達の現実社会も互いに連携を取ることを前提として作られているがほとんどの者が自分の考えを優先して生きており、全体としての連携を意識している者の方が珍しいくらいである。そういった者達が互いに協力してプレイすることで協調性や連帯感を学ぶ目的がMMOにはあったようだが、結局は現実世界の現状を投影しているだけにすぎないのかもしれない。
「そう……、そこまで言うならもう止めはしないわ。でもそんな状態でこの暗い中に出ていこうって言うなら食事の準備を手伝ったくらいじゃどうにもできないくらいの迷惑を私達に掛けてるってことを覚えておいてね」
「何……」
「私も止めはしないぜ。生き方が人それぞれなようにプレイの仕方もプレイヤーそれぞれってのが私の考えだからな。でも私は仲間の信頼を裏切るような行為は絶対しないぜ。人生でも、勿論ゲームでもな」
「私も人のこと言えた義理じゃないけどレイチェルの言う通りだと思うわ。私が好き勝手に行動できるのはナギや皆のおかげだもの。確かにあんたの生き方やゲームの遊び方に干渉する気はないけど、あんたがゲームで修行で来てるのは私達や他のプレイヤー、そしてゲームの製作者達、更に言えば社会のおかげでもあるってことを考えた方がいいわ。その感謝できるなら私はその人の好きにプレイしていいと思うわ。皆で戦うゲームなのにこんな真っ暗闇の中を進もうしてるあんたがとてもそれに感謝できてるとは思えないけどね」
ナギ達はなんとか塵童を説得しようとしていたが、リアやナミ、レイチェルは厳しく突き放すような言葉を塵童に対して投げかけた。自分達もかなり自己中心的な行動を取っていたため少しは塵童の気持ちが分かる反面、塵童の行き過ぎた行動に対してより怒りを感じていたようだ。
「くっ……、ほざいてなっ!。人生もゲームも最後に頼れるのは自分だけだ。自分を強くする……、俺達は皆それを目的に生まれ、ゲームをプレイしてきたはずだ。他人に頼って群れてばかりいる奴にその目的は果たせないぜ。じゃあな……」
塵童は最後に捨て台詞のようなものを残していくとそのまま暗闇に包まれる草原の方へと歩いて行った。ナギ達のキャンプの明かりのおかげでその周囲はある程度明るかったが、キャンプから100メートル程離れれば視界は完全に閉ざされてしまう暗さだった。このゲームにおいて夜間の行動は厳禁だろう。
「い、行っちゃったです……」
「気難しい奴じゃけぇ。あいつとパーティを組める奴なんて本当にいるんじゃろか。仲間と思われる死体もあいつを助けた辺りにはなかったし、もしかしてここまで一人で来たんと違う」
「もう放っとけよ。ああいう奴にまともに話そうとしても疲れるだけさ。私が不良だった頃にもああいう奴がいたが絶対に他の奴とつるむことがなかった。下手に関わって行くと逆に怒りに触れちまうぜ」
「そんな……。このゲームであんな無茶な行動してたら修行になんてならないよ。それじゃ全然楽しくないだろうし、何よりゲーム対して申し訳ないよ。僕ちょっと引き止めに言ってくる」
「にゃっ、だったら僕も付いて行くにゃ」
“タタタタタタッ……”
誰も塵童を引き止めようとしなかったがナギだけは放っておくことのできないようで塵童の後を追って走って行った。ナギが塵童の元に向かうのを見るとデビにゃんも急いで後を追って行った。
「行っちゃったけぇ……。ナギ君大丈夫かな。塵童って奴根は悪い奴じゃなさそうじゃけどキレるとなにしでかすか分からんような顔しとったよ」
「確かに押しの弱いナギじゃあ振り払われるのが目に見えてるな。他にも誰か付いて行ってやればいいんだが……」
「そうね……」
“ジー……”
「な、何よ……。皆私方ばかり見て。……わ、分かったわよ。行けばいいんでしょ行けば。たくっ…、折角のカレーが冷めちゃうじゃない」
皆に無言の圧力を掛けられナミとナギの後を追って行った。果たして塵童を無事連れ帰ることができるのだろうか。
「待ってよ〜、塵童さ〜ん」
「にゃあ〜、待ってくれにゃ〜」
「ナギとデビにゃんの言う通りよ〜。悪いこと言わないから考え直しなさ〜い」
「………」
草原へと向かっていた塵童はナギ達の声が聞こえてくると無言で立ち止まり、そのままナギ達の方を振り返った。どうやら話を聞く気はあるようだ。
「良かった。話を聞いてくれる気はあるみたいだね。やっぱりこんな夜の中を一人で歩くより僕達と行動した方がいいよ。ちょうど塵童さんにお願いしたいこともあったし」
「お願いだと……」
「うん、実は僕達あるクエストを引き受けてここから更に東に行ったところにある集落に向かってるんだけど、塵童さんにもそこに同行してほしいんだ。パーティは8人までしか組めないから5・4に分けることにしようと思ってるんだけど、パーティを組んでないからといって特にデメリットはないみたいだからね。それに交渉の条件として今日手にいれたダイヤモンド・ダガーって武器を塵童さんにあげようと思ってるんだ」
「………」
「そんなに深く考え込んでないでさっさと返事しなさいよ。私達はこのゲームがもっと大人数で行動するのが基本だと知ってあんたに頼んでるだけだから遠慮なくアイテムも受け取っちゃえばいいのよ。言うなればギブ・アンド・テイクってやつよ。それなら別に群れてるわけじゃないしあんたも修行になるでしょ。一人で出て行って雑魚モンスターにやられるより、私達と一緒に行動してボスモンスターと戦った方があんたも強くなれるってもんよ」
「……断る」
「そうそう、だからさっさと断っちゃえ……ってなんでそうなるのよっ!」
ナギは塵童を引き止める作戦として、先程話していたダイヤモンド・ダガーと取引してパーティを組んでもらうという条件を提示した。だが助けてもらった上にアイテムまでいただくとなれば塵童は更にナギ達の元を離れようとするだろう。ナミはこれはお願いでは取引だということを強調してナギの言葉をフォローしていた。だが塵童から断りの返事しか返って来なかった。
「どうしてそんなに仲間との協力を拒むのにゃ。このゲームはプレイヤー同士の信頼や協調性を試されるゲームにゃよ。ずっと一人で行動してても自国の勝利に何も貢献できないのにゃ」
「デビにゃんの言う通りよっ!。オンラインゲームは皆で楽しむ者なんだから自分のことだけじゃなくて一緒にプレイしてる他のプレイヤーのことも考えたらどうなのよ。そんなに一人で遊びたいならオフラインゲームでもやってればいいじゃない」
「ちょ、ちょっとナミ、いくらなんでも言いすぎだよ。他のゲームなら一人でプレイしてても別に問題ないんだからそこは放っておいてあげようよ。でも塵童さんも少しはゲームの仕様や設定を考えてプレイしようよ。そんなんじゃ他国のプレイヤー達にあっという間に差をつけられちゃうよ」
ナギ達はなかなか下がらなかった。普通ここまで他のプレイヤーに干渉することなど滅多にないナギ達だったが塵童のあまりに無謀なプレイの仕方を見て放っておけなかったようだ。確かにこれ程ゲームの趣旨を逸脱したプレイをしていれば誰かが注意していかなければならないだろう。もしこんな自分勝手なプレイの仕方がヴァルハラ国中のプレイヤーに浸透すればナギ達は一気にこのゲームの脱落国の候補者ナンバーワンになってしまう。塵童ナギ達の言葉に少しは納得が言ったのかついにまともな返事が返ってくるのだった。
「……ナギにナミ、それにデビにゃんって言ったか。お前達の言いたいことは分かったがどうしてそこまでゲームの勝利にこだわる。俺達は元々このゲームのいつものMMOと同じだと思って応募していたはずだ。それをゲームの仕様だか趣旨だと言われて何故俺にこれだけ干渉してくるんだ。普段なら他人がどんなプレイをしていようが気にしないのがMMOプレイヤーだろう。迷惑だと感じたのなら運営に通報してそれで終わりじゃねぇか。気に食わねぇなら匿名の掲示板にでも晒し上げればいいだけだしよ」
「……確かに塵童さんの言う通りかもしれない。でも僕はどうしてもこのゲームでヴァルハラ国を勝利へと導かないといけないんだっ!。そのためには通報して終わりだとか匿名の掲示板に晒すだとかなんて甘いこと言ってられないんだ。なんとしても勝ちたいって意志を皆に伝えていかなければきっと誰も付いてきてくれない。いつもみたいに適当に自分が楽しんで終わりになっちゃうよ。
だから僕は塵童さんがそんな無茶苦茶なプレイを止めるよう死ぬ気で説得しないといけないんだっ!」
「ナ、ナギ……。(あんた表面ではあんな弱気なこと言ってたけどちゃんとデビにゃんとの約束のこと覚えてたんだ。そうよね……、普通あんな話真剣に聞いてたら躊躇しちゃうのが当たり前よね。それなのに私ったら無神経にシャキッとしろとか覚悟を決めろとかみたいな偉そうなこと言っちゃって……。覚悟足りなかったのはどうやら私の方みたいね」
「(ナ、ナギ……。僕はナギのそんな力強い言葉を聞けて感動してるにゃ。やっぱり僕の見る目に間違いはなかったようだにゃ。ナギの言葉ならきっと塵童も僕達の思いを理解してくれるはずにゃ)」
「お前……、どうやら本気みたいだな……」
ナギの力強い言葉に塵童だけでなくナミとデビにゃんも底知れぬナギの強い意志を感じ取っていた。塵童はナギの目を見て自分の意志より遥かに強固な意志をナギは持っていると感じ取っていた。塵童に取って自分の考えを捨て去るには十分過ぎるものだった。
「分かったよ……」
「えっ……!」
「お前には負けた。お前達の言う通りさっさと食卓に戻って飯を食う。今夜もこのキャンプに泊まって行くことにするよ」
「ほ、本当っ!。やったぁーーーーっ!」
「にゃぁぁぁぁぁっ!。ナギの思いが通じたにゃぁぁぁぁっ!」
「はぁ〜、なんか私の来る意味ほとんどなかったわね。でもナギの力強い言葉を聞けて私もますますやる気が出て来ちゃったわ」
「だがあくまで飯食って泊まって行くだけだ。朝になったら俺はまた一人で出発する。今回一人でフィールドに出たのは俺の責任だからな。次からは自分でパーティを集めたり入ったりするよう心掛ける」
塵童はナギの熱意を受け入れるように自分の考えを改めていた。食事を取ることと宿泊していくことを了承したわりにパーティを組むことは断っていたようだが、誰ともパーティを組まなかったことを自分の責任と感じているところが如何にも塵童らしい。次回から城の外に出る時は積極的にパーティを組むつもりのようだ。ずっと一人で行動してきたようだが人とコミュニケーションを取るのはそこまで苦手ではないらしい。無事塵童を説得できたナギ達はリア達の待つ食卓の方へと戻って行った。
「お〜い、皆〜、塵童さんが戻って来てくれたよ〜」
「えっ、マジかよ。よく説得できたな、ナギ」
「きっとナギさんの切実な思いが通じたんですっ!他人のことを本気で思いやれるのがナギさんのいいところですから」
「そうじゃね。あっ、塵童のカレーは私が入れるよ。あんた皿なんて買うてないじゃろ」
「ああ、悪いな……ってお前らまだ全然食ってねぇみたじゃねぇか。もしかして俺が戻ってくるのを待っててくれたのか」
塵童が食卓へと戻ってくるとそこには全く手を付けられていないカレーとヴォルケーノ・レックスの肉が置かれていた。リア達はナギ達が戻ってくるまで食べ始めるのを待っていたようだ。
「あんたが戻ってくるかどうかは分からなかったけどね。まだいただきますも言ってなかったし、皆が揃うまで待たせるのはリーダーとして当然でしょ」
「うむ、リアが止めなくても誰も手を付ける気はなかったと思うぞ」
「お前ら……」
塵童はナギ達の仲間への信頼に心を動かされていた。今までずっと一人でゲームをプレイしてきた塵童だが先程のナギの言葉を聞いてから自分の考えに疑問を持ち始めていた。もしかしたら仲間との絆を深めることこそMMOにおいて最も重要な修行なのかもしれない。塵童は心の中でそう感じ始めていた。
「さっ、塵童の分のカレーも入れたよ。早く席に着くけぇ」
「あ、ああ……」
塵童は自分の中の心境の変化に戸惑いながらゆっくりと席に着いた。
「それじゃあさっさと食べ始めましょう。明日は集落まで一気に向かうつもりだからしっかり食べてエネルギーを蓄えておくのよ。……いただきます」
「いただきま〜す」
リアのいただきますの合図とともに皆食前の挨拶をし一斉に料理を食べ始めた。塵童を加えたナギ達の食卓は非常に賑やかなものとなり、皆心行くまで会食を楽しんでいた。セイナはカレーを何杯も御代わりし、レイチェルはヴォルケーノ・レックスの肉が気に入ったのか両手に串を持ってほうばっていた。塵童もすっかり皆に溶け込んで積極的に会話に参加していた。話しを聞くと塵童はこのゲームを始めてからNPCすら頼らず昨日も食事を取らずに外で睡眠を取ったらしい。しっかりと寝床で睡眠を取らなければこのゲームでは睡眠時間に換算されないようで、路上で眠ったはいいが長時間の睡眠不足に陥ってしまっていたようだ。その時に風邪の異常状態にも陥ったのだろう。先程睡眠を取ったおかげで状態異常についてはほぼ改善されていたが。空腹についてもこの食事によって一気に改善されているだろう。他にもレイチェルの恋人の話、ナミの学生生活やセイナの芸能人生活の話、ナギと馬子の牧場の話などで会食は常時盛り上がっているナギ達の表情から笑顔が途絶えることはなかった。ナギ達はその会食の雰囲気や料理に大満足だった。そして食事を終えたナギ達は暫く団欒を楽しんだと今日一日の出来事を思いだしながらゆっくりと眠りに就くのだった。テントの設置場所は変更され、塵童もナギとボンじぃ、そしてデビにゃんの共に寝床に就いていた……。
 




