finding of a nation 21話
「わぁ〜、確かにこの辺りにも一杯お店があるね。しかもどれもちゃんと店舗を構えてて規模も大きいみたいだよ」
レイコに頼まれたクエストに出発する前に支度を済ませようとナギ達はヴァルハラ国の中で最も多くのプレイヤー用のアイテムを取り扱っているヴァルハラ・プレイヤーズ・ショッピングタウンの入口へと来ていた。この商店街は総面積は5平方キロメートルを越え東西南北の四方に商店街の目印となる門と看板が設置されていた。ナギ達は今その門の前に立っているようだ。
「本当ね〜。特にあの中央に見えるお店、まるで百貨店みたいに何層にもフロアが積み重なってるみたいよ。きっと色んな種類のアイテムが置いてあるんだろうな〜」
この商店街は数々の鍛冶屋、錬金術屋、装飾店、書店、宝石店、付術屋など様々な店が立ち並んでいた。更に一つ一つの店で取り扱っているアイテムも違い、値段も店によっては50%程の違いがある物もあった。その中でも中央に聳え立つヴァルハラ・デパート、略してヴァルデパが街の端である門の入り口からでもその半分以上が見えるほどの高さの建物でその存在感を示していた。百貨店と思えるような高さがったが造りは西洋風で、まるで煉瓦で建てられたビルといった感じだった。煉瓦でできた壁の中には大きな宝石が埋め込まれており外観もとても綺麗だった。恐らく現実世界の百貨店のように武器から防具、装飾品から消耗アイテムまでなんでも取り揃えているのだろう。
「それじゃあ一先ずここで解散ね。今が10時過ぎだから12時になったら一度ここに集合しようか」
「OKだぜ、ナギ。なんかお前パーティを仕切るの上手くなってきたな。こりゃセイナよりお前がリーダーやった方がいいんじゃねぇの」
「うむ、レイチェルの言う通りだ。それに私は基本的に今までソロでMMOをプレイしてきたので纏め役は向かない。野良パーティなら纏めるのは得意なんだがな。このゲームではナギがリーダーを務めた方が良いだろう」
「え、ええっ…」
この後ナギ達が向かおうとするクエストを受けたのがナギ自身であったこともあり、ナギが積極的に纏め役を買って出ていると流れでナギがパーティーのリーダとなることとなった。セイナも今までのゲームでパーティーのリーダーの経験は豊富だったのだがほとんど野良パーティであったため一々指示などせず皆が各々の裁量で行動するようにしていたようだ。今回のようにパーティの行動方針や待ち合わせなどを決めるのは苦手だったのだろう。
「私もそれでええよ。このクエスト受けたのも元々ナギ君なんじゃし、取りあえず終わるまでリーダーやってみたら」
「う、うん…」
「よし、じゃあナギがリーダーってことで早速行こうぜナミ。向かうところは分かってるよな」
「当然よ。中央に見えるあのでっかい建物ね。どっちが早く着くか競争よ、レイチェル」
「OK。昨日ボンじぃを追い回して鍛えた走りをナミにも見せてやるぜ」
“ダッ…”
「あっ…、二人とも他のプレイヤーやNPCには迷惑を掛けないようにね〜っ!」
「にゃぁ…、ナギがリーダーになったのはいいけどこれじゃあ先が思いやられるにゃ…」
ナギがリーダーに決まるとナミとレイチェルは急に走りだして中央に見えるヴァルデパへと向かって行ってしまった。そして残りのメンバー達も皆それぞれの行きたい場所へ向かって行ったのだった。
「さて…、私は回復薬専門の錬金術屋にでも行くとするか。それじゃあナギ君大変じゃろうけどリーダーよろしくね。なるべくナギ君の困らさんようにするけぇ」
ナミやレイチェル、そして馬子達はあっという間にいなくなりナギとデビにゃんだけがその場に取り残されていた。
「皆行っちゃったにゃ。さっ、それじゃあ僕達もお肉屋さんを探しに行くかにゃ。魔物使いだっていえばお肉の加工設備を貸してくれるはずにゃ」
「ううん、僕は一人で大丈夫だからデビにゃんも好きに買い物して来なよ。さっきはお肉食べたいなんて言ってたけど本当は自由に店を回りたかったんだろ。はい、これ」
デビにゃんはナギと一緒に肉屋に行こうとしたのだがナギに断られてしまいおもむろに何枚かの紙幣を手渡されてしまった。ナギはデビにゃんが本当は自由行動がしたかったことに気が付いていたようだ。
「にゃ、にゃぁ…。気を遣ってもらって済まないにゃ、ナギ。こんなことなら初めから正直言っていればよかったにゃ。それじゃあ……ってこの金額はなんにゃっ、ナギっ!。一万円札が10枚もあるにゃっ。これってナギのお給料の半分にゃ。いくらなんでもこんなに貰えないにゃっ!」
「何言ってるんだよ、デビにゃん。僕達は対等な仲間なんだから給料も半分こするのが当たり前だろう。さっ、遠慮せず受け取ってよ」
「ナ、ナギ…。ううん、やっぱりこんなに受けとえれないにゃ。どうせちょっとしたアイテムしか買うつもりなかったから2万円もあれば十分にゃ。どうしても欲しい物がある時はナギに言うからナギが全部持っていていいにゃ」
「そう…。でもちゃんとデビにゃんの分はのけておくから欲しい物があったら遠慮なく言ってね」
「分かったにゃ。それじゃあ僕も行ってくるにゃ。このゲームお金のやりくりも気を付けないといけないからあんまり無駄遣いしちゃ駄目にゃ、ナギ。後僕に食べさせるように効果の高いバーサクミートも用意しておいてくれにゃ〜」
“ダダダダダダッ…”
「ふぅ…、全くナギのお人好しさには驚かされるにゃ。でも金銭面でナギに負担を掛けるのは仲間モンスターとして申し訳ないにゃ。僕も早めにお給料を貰えるようにならないとにゃ」
こうしてデビにゃんもナギからお小遣いの2万円を受け取って街に買い物へと向かった。魔物使いであるナギは仲間にしたモンスターの分までお金のやりくりをしなければならないようだ。功績ポイントを使用して早めに給料の額を上げた方が良いだろう。だが功績ポイント自体はデビにゃんにも設定されているようなのでもしかしたデビにゃんも給料を受け取れるようになるのかもしれない。そしてデビにゃんが入って行った後ナギも買い物へと向かい皆のショッピングタイムが開始されるのだった。
「イェ〜イ、私の勝ち。武闘家のAGIとVITの値を舐めちゃ駄目よ」
「はぁ…はぁ…、くそっ…。AGIの値はともかくVITの値はほとんど差がないはずなのにお前は一つも息が乱れてねぇじゃねぇか。やっぱりまだまだプレイ技術に差があるみてぇだな…」
ヴァルデパまでどちらが早く着くか競争していたナミとレイチェルだったがどうやら勝負はナミの勝ちらしい。レイチェルはAGIの値に大きく差があったのにも関わらずナミとほぼ互角のスピードで走っていたようだが、限界以上に力を引き出している分体力の消耗が激しく途中で力尽きて一気にナミに放されてしまったようだ。更にナミの方がよりリアルキネステジーシステムを使いこなしていたため体力消費の効率が良かったのだろう。
「さっ、早く武器を見に行くわよ。武闘家の武器ってどんなのがあるんだろう。初期装備が素手のままだったから見に行くのが楽しみ」
「はぁ…はぁ…。たくっ、私は息が上がってるんだからちょっと待てって。慌てなくても店は逃げやしねぇよ」
こうしてヴァルデパの前まで来たナミ達は店内へと足を踏み入れていったのだった。そして店の中にはナミ達を驚かせる光景が広がっていたのだった。
「うっわ〜っ!。内装はもう完全私達の世界のデパートじゃない。エスカレーターにエレベーター、それに入り口のドアも自動ドだったし、これのどこが中世をモチーフにしたって言えるのかしら」
「まぁ大抵のゲームなんてそんなもんだろ。皆最初はゲームの外観や雰囲気を気にするけど、実際にやってみると操作性や利便性の方が気になるんだよ。VRMMOの場合現実世界と同じような感覚でプレイすることになるんだからこの方がいいだろ。それに内装の壁やこのエスカレータの手すりなんかも一応石造りにしてくれてるみたいでちゃんとザラザラしてるじゃねぇか」
「本当だ。でもこんなザラザラした手すりが動いてるなんてなんか不思議ね。今思えばエスカレーターの階段も綺麗な石造りになってるじゃない。大理石か何かかしら」
どうやらこのヴァルデパも外観は中世のように見えるが中身はほとんどナギ達の世界のデパートと同じだった。ただ一応中世の雰囲気ができるように工夫がされていて、今ナミ達が載っているエスカレータも手すりと階段が全て石造りと同じ感触になっているという現実世界ではありえないものだった。エレベータのボタンも何やら綺麗な宝石のような物が埋め込まれたものだった。だがこのような大規模かつ華やかな建築物は早々できるものではない。恐らくどの文明も最初の首都にはこういった建物が一つは建つように設定されているのだろう。これくらいの規模の建築物を立てようと思えば大理石や玉石などの貴重な資源を数多く集め、更に人口を増やしてかなりの労働力を獲得しなければならないだろう。
「さあて、今何階だ……、5階か。武器を置いてある階層は6階みたいだからもう一個エスカレーターを上がった先だな」
ナミ達はエスカレーターに乗ってゆっくり話しながら武器の販売を行っている6階のエリアを目指していた。途中何人かのプレイヤーがエスカレーターを歩いて登って行き左側によって片側を空けているナミ達の横を通り過ぎていった。この世界ではエスカレーターの歩行は禁止になっていることが多かったためナミ達は少し不服そうな目でそのプレイヤー達を見ていた。
「さっ、着いたぜ。6階の武器エリアだ。早速大剣を見に行こうぜ」
「ちょっと。あんたはもうナギに立派な武器を作ってもらったでしょ。それより私の武器選びに付き合いなさいよ。まっ、多分今の所持金じゃ何も買えないだろうけど。えーっと…、武闘家の武器が置いてあるのは…」
「ちっ、しゃーねぇな。他の職業の偵察がてら付き合ってやるか。私も武闘家に転職することもあるかもしれないしな」
武器エリアに着いたレイチェルはナミの意向を優先し共に武闘家の武器が置いてある列へと向かって行った。この武器エリアには一面に様々職業の武器の置いてある棚が並べられており、その数は数千種類に及ぶほどだった。
「あっ、ここだここだ。えーっと、武闘家の武器のカテゴリー名は……バトルグローブですって。他のMMOでもよくある戦闘用の手袋のことね。私指が出てるやつが好きなのよね」
どうやら武闘家の武器は他のMMOでもありがちなバトルグローブというカテゴリーの戦闘用のグローブのようだ。代表的なのは革製のレザーバトルグローブという武器で他のゲームだとよく初期装備に設定されているがこのゲームの武闘家に初期装備はなく素手に設定されているようだ。
「ひゃ〜、それにしても凄い商品の数だな。これは見て回るだけでも大分時間が掛かりそうだぜ。どうやらランク別に並べられる見たいだがどうせなら高ランクとこから見ていこうぜ」
「そうね。どうせ買える武器なんてほとんどないんだし。どうせなら格好いい武器だけ見て装備してるとこイメージして楽しんでいこうかな」
元々買うつもりのなかったナミ達はどうせならと思いなるべく高ランクの武器から順に見ていった。だがやはりまだ序盤だから一番高いランクのものでCランクのものしか置いてはいなかった。レイチェルのヴァイオレット・ウィンドもCランクだったがどんなに運が良くても序盤ではそのくらいのランクが限界なのかもしれない。
「ダイヤモンド・グローブにサイクロン・ナックル、それにフレイムフィストか…。どれも2000万円以上するじゃない。ナックルっていうのはメリケンみたいなやつのことね。フィストって…、一体何なのかしら。拳って意味で他のゲームだとグローブと変わりない装備だったと思うんだけど…。なんだかこのゲームでは違うみたいね」
ナミ達が武闘家の装備を見ていると色々な形状の武器が置いてあった。グローブにメリケン、クローと呼ばれる鉤爪のような武器まであった。中でもフィストと呼ばれる武器はその形状が他のとかなり違っていて、商品欄の棚には実際に触れる物体はなく、フレイムフィストの欄には何やら宙に薄い橙色をしたエネルギー体のような物が置いてあるだけだった。
「なんだこれ。こんなのどうやって装備するんだよ。ちょっと端末パネルでデータ見てみろよ、ナミ」
「分かったわ」
フレイム・フィストの奇妙な形状を見たナミは端末パネルで商品のデータを確認してみた。するとそこにはステータスには影響しないが実際に武器の感覚を掴むための試着機能が備え付けられていた。
「あっ…、どうやら試しに装備させてくれるみたいよ。攻撃力は設定されてないからステータスは0になっちゃうみたいだけど感覚はそのままみたいだからちょっと試してみるわね」
ナミは早速その試着機能を使ってフレイムフィストを装備してみた。するとナミの拳は素手のままで何も装備していないように見えたがなんとなくナミの拳の周りに先程の薄い橙色のエネルギー体のような物が包み込んでいた。レイチェルは不思議に思っていたが実際に試着したナミは瞬時にこの武器の特性を理解したようだった。
「なるほどね…。一見素手のままに見えるけど、拳を物凄いエネルギーが包み込んでいるのが分かるわ。自身の拳を強い魔力で包み込むのがこの武器の形状なんだわ。通りで実物がないわけよ」
「へぇ〜、でもメリケン型のナックルはともかく素手だとグローブとあんま変わらなくないか。グローブの重さなんてたかが知れてるだろうし」
「それがこのフィスト系の武器を装備すると物理攻撃が全て魔法攻撃に扱われるようになって、物理攻撃力も全て魔法攻撃力に変換されてしまうみたいなのよ。あっ、物理攻撃力と魔法攻撃力が合わさるって意味じゃなくて、あくまで魔法攻撃に変換された物理攻撃用の魔法攻撃力と、普通に魔法を使用するための魔法攻撃力になるってことね」
「つまりは物理攻撃力の項目がなくなって魔法攻撃力の項目が2つになるわけか。すげぇな、これだと相手の物理防御力と魔法防御力に合わせて装備を変えれば無敵じゃねぇか」
「そう簡単に戦闘中の装備の変更ができればね。武器を一つしか持ち歩けないってことはないと思うけど、多分城の外での装備の変更には制限があると思うわ。それに強力なモンスターだったら物理、魔法どちらの防御力も高いでしょうしね。プレイヤーが相手だと装備によってこちらの戦術が見透かされちゃったりすんじゃないかしら」
どうやらフィスト系の武器装備は物理攻撃を魔法攻撃に変換するもののようだ。多様な相手に対応するためにも武闘家の職に就いているものなら何か一つは強力なものを手に入れておきたいところだろう。
「でもよく見てると同じ商品がいくつも並んでるわね。しかも一つ一つの値段にかなりの差があるわ。一体何が違うのかしら」
「品質や付与されている効果の違いなんじゃねぇの。他のゲームでもよくあるじゃねぇか」
「多分そうだと思うんだけど一つだけめちゃくちゃ値段が高い奴があるのよね。ほら、下に置いてあるのが2200万円なのにその上の同じ名前の武器は6000万円もするって書いてあるわよ。ちょっと端末パネルで見てみようかしら」
ナミ達が武器の商品棚を見ていると同じ名称で形状も同じ武器がいくつも置いてあった。恐らくレイチェルの言う通り品質や付与されている効果の違いだろう。
「へぇ〜、それは確かに凄い値段の差だな、きっとすげぇ効果が付与されてるに違いないぜ。早く見てみろよ、ナミ」
「OK。それじゃああんたは下の2200万円のやつのデータ開いてちょうだい。分かりやすいように二つのデータを見比べてみましょう」
「よっしゃっ、任せとけっ!」
ナミとレイチェルは見比べ易いように互いの端末パネルに二つの商品のデータを別々に表示した。
「えーっと、武器の名前はダイヤモンド・グローブ、こっちの品質は80%。効果は特に付与されてないようだぜ。まぁバニラってことだな」
レイチェルの表示した武器には特に何も効果は付与されていないようだった。バニラとはよくその物の標準の状態のことを指すことに使われるがゲームの中では大抵何の特殊効果も付いていない通常アイテムのことを指す。
「こっちのも品質は80%よ。……ってあれ、こっちにも何も効果は付与されてないわよ。武器の性能もまるっきり同じだし、なんでこんなに高いのかしら……ってあっ!。よく見ると特殊な違いのある部分が青色で表示されてるわ。えーっと何々、青色で表示されてる項目は……、物理攻撃力の対応ステータスのAGI20%っ!。これってどういうことなのかしら。ちょっとそっちの対応ステータスのとこ見せてみて」
ナミの表示してる武器のデータの方は対応ステータスの項目AGI20%のところが青く表示されていた。恐らくその部分が違うのだろうとナミはレイチェルの武器のデータと見比べてみた。
「あれっ…、レイチェルの画面にの対応ステータスの項目にはAGI20%なんてないじゃないっ!。STR75%とDEX75%しか書いてないわ。これってAGIの20%分丸々こっちのが強いってことよねっ!」
「ああ、確かにこれはでっかい数字だな。ダイヤモンド・グローブの攻撃力が200だからAGIが100あれば40も攻撃力が上がるってわけだからな。レベルが上がればAGIの値もどんどん上がっていくだろうしこれは6000万円の価値あるぜ」
どうやら対応ステータスのAGI20%分の全てがこの武器に追加付与されている効果のようだ。AGIなどの基礎ステータスはレベルによって上昇していくため終盤以降はかなりの効果が期待できるだろう。当然今のナミ達に購入できる金額ではなかったが…。
「そうよね〜、早くこんな武器欲しいな〜。っていうか分かってたことだけど20万じゃ何も買えそうにないわね…。はぁ〜、暫く私は素手のままかぁ〜」
“バァ〜〜ンッ!”
「えっ…、何、今の音」
武器を見に来たはいいが値段の高さのあまり何も買うこともできず落ち込んでいたナミ達に近くの開けた場所から何やら机を叩くような音が聞こえてきた。そして何やらNPCの大きな声も続けて聞こえてくるのだった。
「あ〜〜っと残念っ!。あと少し言うところで敗北してしまいました〜。……さっ、他に挑戦する人はいませんか〜〜。只今ヴァルハラ国建国キャンペーンイベントで、このNPCに腕相撲に勝てたら勝利者の職業に合わせてなんとEランクの武器を無償で贈呈させていただきま〜す。参加費用はたったの一万円っ!。どしどし挑戦して来てくださいね〜」
「ええっ!、今の話本当かしら。私ちょっと行ってくる」
「あっ、待てよナミ。私も行くぜ」
どうやら店内で何やらチャレンジイベントのようなものが開催されているらしい。達成できれば高ランクの武器が貰えると聞いてナミは慌ててその場所へと向かって行った。
「さ〜他の挑戦者はいませんか〜。こんな特別イベント今日逃すとほとんどありませんよ〜」
ナミが声の元へ来ると如何にも商売人風の男が体格のいい筋肉質の男が座っている横に立っていた。ヴァルデパの店員だろうが服装もゲームの作風に合わせて裾が長く割と綺麗な材質の服を地面まで垂れ下がらせて少し金持ちの商売人のような格好をしていた。腕相撲の挑戦を受けると思われる男は白いタンクトップにジーパンとジムに通っているおっさんのような格好をしていた。
「はいは〜い、次私が挑戦するわ。はい、一万円」
「おっとこれは可愛らしいお嬢さんの挑戦者が現れました〜。ではルールを説明させていただきます」
「おいおい…、今度の挑戦者は女プレイヤーかよ。ちょっと運動神経良さそうだけどあれじゃひとたまりもなくやられちゃうぜ」
ナミは1万円を取り出して商売人風の男に手渡した。周りには他にも何人かプレイヤーが集まっていたが皆すでに挑戦して敗れた者達のようだ。女性であるナミの姿を見て皆敗北を予想していたようだが彼らはナミが団体賞に入賞していた伊邪那美命だとは知らなかったようだ。団体賞の受賞者は1位以外姿を晒していなかったためだろう。
「ルールは簡単。この筋肉質のNPCに腕相撲で勝つだけです。ただし気を付けてください。このNPCのSTRの値は300に設定されております。序盤のプレイヤーのステータスでは余程のプレイ技術がないと勝てませんよ」
「おいおい…、300って今の私達のSTRより100以上高いじゃねぇか。大丈夫なのかよ、ナミ」
「大丈夫大丈夫。任せときなさいよ、レイチェル」
なんとこの腕相撲を受けるNPCキャラはSTRの値が300に設定されているらしい。それに対しナミのSTRの値は162。腕相撲というのはほとんど力任せの競技なので勝敗はSTRの値でほぼ決まると言っていい。序盤のプレイヤーではリアルキネステジーシステムを余程使いこなしていないと勝てない数値の差だろう。
「それでは席に着いて手を組んでください。……それではいきますよ。よ〜い……スタートっ!」
「はあっ!」
「ふんぬっ!」
商売人風の男性NPCの掛け声とともにナミと相手のNPCは気合の入った声を出して腕相撲の勝負が始まった。圧倒的に不利な勝負のはずだったが以外にも二人の腕は最初の位置から全く動かず互角の勝負を繰り広げていた。
「ぐぅぅぅぅぅ〜…」
「ぐぬぬぬぬぬぅ〜…」
「……ニヤッ…」
「…っ!」
「はぁーーーーっ!」
“バァァァァァァァァンっ!”
「おおぉーーーっ!」
互いに一歩も引かない勝負を繰り広げていたナミとNPCだったが、暫くしてナミが不敵な笑みを浮かべて相手のNPCの気がふと緩んだ瞬間、大きな掛け声とともにNPCの手の甲は思いっ切り机に向かって叩きつけられてしまった。ナミの勝利に周囲のプレイヤー達も一斉にどよめいていた。
「おっしゃぁぁぁぁっ!。流石だぜ、ナミ。これでEランクの武器ゲットだな」
「いいえ、まだよ」
「へっ…?」
何とか腕相撲に勝利したナミだったがどうやらまだ納得していないようだった。そして次の瞬間レイチェル達を驚かすとんでもないことを言い出すのだった。
「ふわぁ〜、まさか本当に勝っちゃう人が出るとは思いませんでしたね〜。それじゃあ賞品を用意してくるからちょっと待っ…」
「いいえ、まだ行かなくていいわよ」
「えっ…、それは一体どういう…」
「このNPC、確かにSTRは300に設定されてるようだけどAIのプレイ技術の設定はかなり低く設定されてるみたいね。今の感じじゃSTR230分の力ぐらいしか発揮できてないんじゃない。だったらどう?、NPCの設定ランクを上げてもう一勝負してみない。その代り賞品ももう1ランク上の武器にしてくれない。勿論参加費もあと4万円プラスして合計5万円出すわ」
「なっ、何言ってるだよ、ナミ。私達の初期装備はGランクに設定されてたんだぞ。こんな序盤ならEランクでも十分じゃねぇか。いいからもう賞品貰っとけよ」
なんとナミはNPCのランクを上げてもう一勝負する代わりに商品のランクも上げるように要求しだしたのだ。これにはレイチェルも驚いて必死に止めようとしたがナミは聞く耳を持たなかった。
「……いいでしょう。お客さん面白い人ですね。確かに今のこのNPCはCランク、お嬢さんの言う通りSTRの値は230程しか引き出せていません。一度の勝負でそこまで読み取れるなんて大したものですよ。では特別に今度はNPCのランクをBマイナスに変更しての挑戦を認めましょう。参加費も5万円で結構です」
「OK。じゃあもう一勝負お願いね、おじさん」
「………」
「はぁ〜…、本当にやっちまったよ、あいつ…。もし負けちまっても私は知らねぇぞ」
こうしてナミの要求は受け入れられ今度はNPCのランクをBマイナスに上げて勝負することになった。ナミとNPCには再び机の上で手を組みあって開始の合図がされるのを待っていた。
「因みにCランクとはあなた達プレイヤーの基準で言うところの大体VRMMOを始めて1年程のプレイヤーと同等程度に設定されています。ところがそれがBマイナスになるとすでに何作もVRMMOをプレイしてるベテランクラス、STRも300の限界を越えて発揮して来ますので心に泊めておいてください。それでは……、よ〜い……スタートっ!」
店員NPCの掛け声により再びナミと男性NPCの腕相撲勝負が始まった。Bマイナスとはナミ達プレイヤーで言うところの中級クラス、特別プレイ技術が高いわけではないがVRMMO自体はやり込んでいてゲームの基本は完全に飲み込んでいるプレイヤー程度の力となる。自らもステータスも最大限に発揮してくるだろう。果たしてナミは勝てるのだろうか。レイチェルを含む周りのプレイヤー達は息を飲んでナミ達の勝負を見守っていた…。
「う〜ん…、風の下級精霊強化書1…。十万円って書いてあるけど思い切って買っちゃおうかな〜。これってかなり安くなってるはずだよね…」
街へと買い物に出たアイナはどうやら書店に入り精霊術士用の本を見ていたようだ。路地裏にあるかなり古臭い書店で、店内は埃だらけになっていた。だがその分掘り出し物があることもあるようで、今アイナが見ていた本も通常の半額以下の価格で販売していたようだ。ただし規模の大きい書店と違い数量に限りがあるようでほとんどの商品の在庫数が1になっていた。
「どうしようかな〜。一応風の下級精霊なら召喚できるようになってるし、少しでもナギさんの役に立ちたいしな〜…」
「お、お嬢ちゃん。もしかしてその本欲しいのかい。なんならおじさんが買ってあげようかい。はぁはぁ…」
「ひぇっ!」
アイナが本を購入しようかどうか悩んでいると後ろから如何にもオタクっぽい眼鏡を掛けた小太りの中年のおっさんが声を掛けてきた。ゲームの中でほとんど何もしていないというのに何故か汗だくで声を掛けられたアイナは豪く動揺してしまっていた。
「そ、そんな…、ちゃんと自分で買いますからそんなことして貰わなくて大丈夫です。値段を見てちょっと悩んでただけですから気にしないでください」
「いいんだよ。おじさん可愛い子は大好きだし…はぁはぁ…。それでその本買ってあげる代わりに是非フレンド交換してほしいんだ。できたら一緒にパーティも組んでほしいな…はぁ…はぁ…」
「(い、いやぁ〜〜〜っ!)」
どうやらそのおっさんプレイヤーはアイナの可愛らしい姿に興奮して声を掛けてしまったらしい。睡眠学習装置が導入されて一般的なプレイヤーが増えたことでこのようなプレイヤーは大分減少していたのだがまだ生き残りがいたようだ。オタクのMMOプレイヤーは何故か色っぽい大人の女性よりもアイナのような子供とも思える女の子に興味がいく。しかも声の掛け方がかなり厭らしい。
「(ど、どうしよう…。何とかして断らないと…。もし買って貰っちゃったりしたらこのゲームの間ずっと付きまとわれちゃうよ〜)」
「じゃあ今おじさんが買ってあげるね。えーっと…、この購入ボタンを押せばいいのかな…」
「ちょ、ちょっと待っ…」
「あっら〜、ちょっと待って〜、おじ様〜。なんだかその子買ってほしくないみたいですよ〜」
「えっ…!」
おっさんプレイヤーがアイナの欲しがっていた本の購入ボタンを押そうとしたその時、おっさんの背後から突如としてあのアメリーが現れて声を掛けてきた。
「おじ様〜、嫌がってる人に無理やり買ってあげるのいけないと思いますわ〜。それより〜、そんなにお金が余ってるんでしたら私にこの魔術師経験点ブックレベル1を買ってほしいな〜」
「えっ…、でもそれ17万6000円もするんじゃあ…。所持金一気になくなっちゃうよ…」
「ええ〜〜〜っ!。そっちの女の子には10万円もする本自分から買ってあげるって言ってるのに…、こっちからお願いしてるアメリーには何も買ってくれないんですか〜…。グスンッ…、アメリーってそんなに魅力ないのかなぁ…」
「い、いや…、何言ってるんだよ。アメリーちゃんもとっても可愛らしくて魅力的だよ。おじさんがちゃんとその本買ってあげるからもう泣かないでおくれよ」
「本当っ!。おじ様ったらなんて素敵な人なのっ!。アメリーもうおじさんにメロメロ〜」
「はははっ、じゃあ購入ボタンを押してっと…。はい、魔術師経験点ブックレベル1」
「ありがとう〜、アメリー感激っ♪」
なんとアメリーはそのおっさんプレイヤーにおねだりするとアイナの見ていた本よりも更に倍近く高い魔術師経験点ブックレベル1の本を買わせてしまった。この本は消耗型のアイテムで使用するとその場で魔術師の経験点が500ポイント入る。アメリーの職業は魔物使いだったはずだがもう転職を考えているのだろうか。因みにいくら魔術師のレベルが上がっても転職しなければステータスの補正は魔物使いのままである。一応レベルに応じて若干の補正が得られ魔術師の魔法も使えるようになるが魔法攻撃力のある武器を装備できないためほとんど威力は期待できないだろう。自分の現在以外の職業の装備できる武器はその職業のレベルによって決まる。なので今のアメリーでは魔術師の武器を全く装備できないのである。
「あ、ああ…、あのそれでアメリーちゃん。折角だからおじさんとフレンド交換……」
「あっ、いっけな〜い。アメリーたら用事思い出しちゃった。じゃあおじ様。また機会があったら何か買ってくださいね。フレンド交換はまたその時。それじゃあさようなら〜」
「う、うん…。さようなら〜…」
「(た、助かった〜…)」
こうしてアメリーはおっさんプレイヤーとフレンド交換せずに書店を出ていってしまった。そのおじさんプレイヤーもアイナの本を購入するだけのお金がなくなってしまうとがっくりと肩を落としたまま書店を出ていってしまった。アイナはその後も先程の本を買うかずっと悩んでいたようだ。
「ふっ、ふっ、ふ〜ん♪。あの子のおかげでフレンド交換をダシにせずに買ってもらえちゃったわ。これでこの本は今日5冊目ね。魔術師のレベルももう5まで上がっちゃったわ〜。またどっかに他のカモいないかな〜」
どうやらアメリーは他のプレイヤーにもおねだりして先程の本を購入させていたようだ。すでに5冊も入手していて魔術師のレベルは5にもなっていた。フレンド交換をダシにしていたようだが先程のプレイヤーはアイナに迫っていたことを口実にされたためフレンド交換をしてもらえなかったようだ。再びフレンド交換をダシに何かアイテムも購入さえられてしまうと思うと自業自得とはいえあのおっさんプレイヤーが不憫である。アメリーはこの後もターゲットとなるプレイヤーを探して街を徘徊していたようだ。果たして何人のプレイヤーが犠牲になってしまうのであろうか…。
「う〜む…、どのハーブを育てようかのぅ……おっ、何々…このメンタルハーブを育てればプレイヤーのMNDの値を永久的に1上昇させるメンタルアップエキスの材料になりますか…。MNDとは精神力のことじゃな…。よしっ、ゲームだろうが何だろうか何事にも精神力は一番重要じゃ。まずはこれに決めたと…」
買い物するため皆と別れたボンじぃは植物店でハーブの種を見ていた。ふと目に入った精神力の上昇に役立つメンタルハーブを買うことにしたようだが、流石にボンじぃの言っている精神力とゲームのMNDの値は別物だろう。
「ではレジに向かうとするとするか……」
「あら…、このゲームにレジはありませんよ、お爺さん」
「へっ…。あっ、そうじゃったそうじゃった。大抵のMMOはその場端末パネルをすれば購入できるんじゃった。これはご親切にどうも……はっ!」
現実世界との区別がつかず商品をレジへと持っていこうとしたボンじぃに同じく隣でハーブの種を見ていたプレイヤーが注意してきた。どうやら女性プレイヤーのようだが後ろを振り向いてその姿を見たボンじぃは言葉を失ってしまっていた。
「お爺さんも園芸の副業を選択したんですか。楽しいですよね、園芸って。私は現実世界でもよく植物を育てるんですけど、最近じゃゲームの中の方が色んな植物があって楽しいからついのめり込んじゃってるんですよ。お爺さんはどの植物が好きなんですか」
「わ、わしは盆栽を少々たしなんでおって…。じゃがこのゲームの世界じゃまだ盆栽は育成できないようでまずはハーブでも思って見ておったんです…」
「あら〜、盆栽なんて素敵なご趣味ですね。是非に私にもご教授していただきたいですわ」
「ほほっ…、わしの方こそ他の植物の育て方を教えてもらいたいわい。わしは盆栽以外はからっきし駄目での」
「なら今度一緒に栽培場に行きましょうか。ふふっ、互いに教え合いですね」
「そ、そうじゃのう…。(こ、これは願ってもないイベントじゃぞ…。まさかこんな美人さんとお近づきなれるとは…)」
話掛けてきた女性プレイヤーはかなりの美人のようでボンじぃはすっかり鼻の下を伸ばしていた。ボンじぃはこの後買い物ことなどすっかり忘れてこの女性プレイヤーとの会話に没頭してしまうのだった。どうやらボンじぃはこの女性に好意を抱いているようだ。だが見たところ人妻の臭いがプンプンしていたので後でボンじぃが傷ついてしまわなければいいのだが…。
「う〜ん、あとは何を買っておけばいいんじゃろ。HP回復系のアイテムはもう沢山あるからMPやEPを回復させるアイテムがいいやんね」
馬子は回復アイテム専門の錬金術屋に来ていた。商品棚には様々なエキスが置いてあったが、序盤ということで馬子は効果が低くなるべく安い物を重点的に買い漁っていたようだ。具体的にはHP回復の基本アイテムであるヴァイブルエキス、MP回復の基本アイテムであるチャーミングエキス、EP回復の基本アイテムであるスピリッツエキス、どれも効果は薄いが序盤では重要なアイテムである。値段は一つ1000円から3000円といったところか。
「よしっ、これとこれと…それにこれっ!。こんだけあれば多分大丈夫じゃろ。ちょっと買いすぎたかな…」
結局は馬子は自身にとって重要であるスピリッツエキスを重点に5万円分程回復アイテムを購入したようだ。初期に配布された物と合わせてかなりの数があるが果たして足りるのだろうか。他のメンバーが全く回復アイテムを買っていないことがとても気になる。
「“ムシャムシャムシャムシャ…。モグモグモグモグッ…”」
ナギ達と別れたセイナは通りにある飯屋を片っ端から食い漁っておりすでに3軒目に突入していた。今はファミレス風の店でスパゲティとチキンステーキを頬張っているところだった。
「“ゴックンッ…”。んん〜、やはりこのゲームの世界の飯は美味いな〜。ここまで精密に味覚が再現されているゲームは初めてだ。さて…、次は何を食べよう……っと、んんっ!。あれはデビにゃんではないか」
ファミレス風の店で食事を取っていたセイナだがふと窓の外を見ると正面の向かいの店の前で立ち止まって何かを見ているデビにゃんの後姿があった。すでに端末パネルで会計を済ませていたセイナはスパゲティとチキンステーキを食べ終わるとすぐに店を出てデビにゃんの元へと向かって行った。
「にゃぁ…。どうしようかにゃぁ〜。でも絶対僕には無理だろうしにゃぁ…」
何かの店の前で立ち止まっていたデビにゃんは店の正面に貼られている張り紙を見ていたようだ。どうやらナミがしていた腕相撲と同じ挑戦イベントのようだったが張り紙には次のように書かれていた。
“ヴァルハラ国建国記念早食いチャレンジイベントっ!。賞品はなんと金色鶏を加工した超高級バーサクミート。自分のモンスターを暴れさせたあなたに是非お勧めです。なお使用後は暫く仲間モンスターに近づかないようにしましょう。そして気になる早食いの対象となる食べ物はガルガルダ・ウィングの丸焼きローストチキンっ!。30分以内に完食できればチャレンジ達成です。賞品は一つ、ガルガルダ・ウィングは100名分しか用意できないので思い立ったのなら今すぐご挑戦くださいっ!”
「ガルガルダ・ウィングって全長8メートルぐらいはある大翼鳥にゃ…。調理されているといっても丸焼きだと多分1メートル以上のローストチキンになるにゃ。そんなの僕が30分で食べきれるわけないにゃ…。でももしこのバーサクミートを手に入れればいざという時にナギの役に立てるにゃ」
「おおー、やはりデビにゃんではないか。どうしたのだ、こんなところで」
「にゃっ、セイナ…」
張り紙の賞品を見てなんとかして手に入れたいと思っていたデビにゃんにセイナが声を掛けてきた。賞品が欲しくてもチャレンジの達成がほぼ不可能近いことで悩んでいたデビにゃんはそのことをセイナに話してみた。
「ふっふっふっ…、なんだそんなことで悩んでいたのかデビにゃんよ。その程度のことならこの私に任せておくのだ」
「にゃぁ…」
デビにゃんの話を聞いたセイナは不敵な笑みを浮かべるとその張り紙が貼ってある店の中へと入って行った。セイナがどういうつもりか大体の予想がついていたデビにゃんは不安そうな顔でセイナの後を追って店へと入って行くのだった…。
「……にゃぁセイナ、本当にやるんだにゃぁ…」
「当然だ。ご馳走を食べた上にまたご馳走が手に入るなんてまさに一石二鳥ではないか。料理も賞品もどちらも鳥のようだしな」
「はい…、お待たせしました。タイムをセットするからまだ食べないでよ。準備が出来たら合図するから」
「にゃぁぁぁぁぁっ!、予想より遥かに大きいにゃぁぁぁぁぁっ!。こんなの30分どころか一日あっても食べきれるわけないにゃ。やっぱり止めた方がいいにゃ、セイナ」
店の中へと入り席へと着いたセイナの前に全長1メートル半程の巨大なローストチキンが店員NPC4人がかりで運ばれてきた。チキンの周りには両翼の部位と思われる分厚い絨毯のような肉が巻かれており下にはサラダも敷かれていた。デビにゃんはその巨大なローストチキンを見てこれは無理だと悟り必死にセイナにチャレンジを止めさせようとした。
「すいませんがもうキャンセルできませんよ。その場合は参加費として5千円を支払っていただくことになります。当然達成すればそのお金も全額お返ししますが…」
「心配するなデビにゃん。それにこんな美味そうな肉を目の前にして今更食べるなと言うのは酷すぎるぞ。私はいつでも大丈夫だ。準備が出来たらスタートしてくれ」
「はいよ……。よし、タイマーをセットし終わったよ。それじゃあガルガルダ・ウィングの丸焼きローストチキンの30分早食いチャレンジ、……スタートっ!」
「だ、大丈夫かにゃぁ…」
こうしてセイナの早食いチャレンジが始まった。とてつもない大きさのローストチキンだが果たして無事食べきれるのだろうか。デビにゃんは少し心配ではあったが自分の為にチャレンジを買って出てくれたセイナのことを静かに見守っていた…。
パーティのメンバー達がそれぞれの買い物楽しんでいる頃、ナギはモンスター用の精肉店に加工場を借りて討伐の時に手に入れた肉の加工をしていた。レイチェルに貰った分は使いきってしまったのだが、ナミとデビにゃんと討伐した時に大量の肉を譲って貰っていたようだ。中には貴重なモンスターの肉もありより効果の高いモンスターミートを加工できたようだ。モンスターミートとはその名の通りモンスター用に加工された肉のことを言う。
「ふぅ…。もう大分加工出来だぞ。後はデビにゃん用にバーサクミートをいくつか用意しておくか。デビにゃんは多分生肉は嫌いだろうからよく加熱しておいた方がいいかな」
肉の加工は現在魔物使いの職に就いている者かもしくは魔物使いの職業レベルが100を越えている者しかできない。肉の加工スキルは用意されておらず魔物使いの職業レベルが肉の加工のスキルレベルとなる。肉の加工と言っても肉はアイテムとして入手した段階ですでに適度な大きさに分断されているのでそれ以上捌く必要はなく、加工の要素は加熱の度合を調整するぐらいしかない。まず調理台の上で作成しようとするモンスターミートに合わせた魔力を両手に意識を集中させることで注入し、大きなオーブンような加熱器で適度な焼き加減に調整するだけである。加工前の肉に魔力を注ぎ込むときの精度によってモンスターミートの品質が決まり、加熱の度合によって味付けが変わる。モンスターごとに好きな味付けが設定されており、味方モンスターの場合は好きな味に近いほどプラス効果が上昇し、マイナス効果が小さくなる。敵モンスターの場合は嫌い味に近いほどマイナス効果が上昇すし、プラスの効果が減少する。ただし敵モンスターに食べさせる場合は好きな味に近くないと食べないことが多い。無理やり口に放り込むこともできると言えばできるのだが…。
「よし、デビにゃんの用のバーサクミートにはこのグリーシー・バッファローの肉を使ってあげるぞ。脂乗った肉だからデビにゃんも喜ぶだろうな〜。効果も絶大な筈だぞ」
グリーシーとは油っぽいという意味で、グリーシー・バッファローはその名が示す通り体内に油臓と呼ばれる油を溜め込んでおくおく臓器を持つ獰猛な水牛モンスターである。あまり見ることない珍しいモンスターで、戦闘力も中々高い。油臓に溜め込まれた大量の油を利用して放ってくるオイルファイヤーが強力だ。倒すと油臓に溜め込まれた油が全身へと行き渡り全ての部位が脂ののった品質の高い肉となる。当然モンスターミートの加工には加工前の肉の品質も影響する。ナギがこの肉をデビにゃんに食べさせるようにバーサクミートに変えたようだが、他にも色々な種類の肉を加工したようだ。
※ナギが加工した肉の種類と個数
・ポイズンミート10個…食べた相手を毒状態にする。
・ビリビリミート6個…食べた相手を麻痺状態にする。
・ネムネムミート8個…食べた相手の睡眠不足時間を効果に応じて追加する。
・ビビりミート3個…食べた相手の恐慌状態にする。
・ヨワヨワミート5個…食べた相手の攻撃力を一時的に減少させる。
・ビリビビりミート1個…食べた相手を麻痺状態と恐慌状態にする。
・フレンドミート10個…食べた敵モンスターが仲間になる時がある。
・バーサクミート4個…食べた相手をバーサク状態にする。
「ふぅ〜…、何個か加工に失敗しちゃったけどこれだけあれば暫く大丈夫かな。できるどうか不安だったけどビリビビりミートも1個できたしまぁよしとするかな」
肉の加工にも効果によって難易度があってより効果の高い物程魔物使いのレベルが高いと成功しない。成功か失敗かの判定は魔力を注ぐ時に発生し、結果が失敗ならば肉を加熱した時に黒焦げの状態になる。今回がナギが作った中で一番難易度が高ったのがビリビビりミートで1個しか作れなかったようだ。麻痺状態と恐慌状態を同時に付与する強力なモンスターミートだ。因みにモンスターミートの効果はモンスターにしか影響せずプレイヤーが食べても腹が膨れるだけである。そして一度モンスターミートを食べると効果が切れるまで次の肉を食べさせても効果は発生しない。
「それじゃあ取りあえず店に戻るか。えーっと、転移用の魔法陣はどこにあったっけ……あっ、ここだここだ」
どうやら加工場は商店街と離れた場所にあったようでナギは精肉店の厨房にある魔法陣からこの加工場に転移してきたようだ。因みにNPCも魔法陣を使用することはできるが内政に影響の出ないよう基本的には使用しないように設定されている。加工場で加工した肉は魔法陣を使わずに輸送業者によって精肉店に運ばれる。
“ウィ〜〜〜〜ン…パッ…”
「あっ、戻って来たぞ。それじゃあおじさん、今日はありがとう。おかげで強力なモンスターミートが一杯加工で来たよ」
「おうっ、そいつは良かった。今度来た時はうちに置いてある肉も買っていってくれよ」
「うん。その時は仲間モンスターを連れて見に来るよ。それじゃあさようなら〜」
こうしてナギは精肉店を後にして残った時間をどうしようか考えながら商店街をウロウロしていた。そして暫く歩いていると意外な人物が街で買い物をしているのを見かけるのだった…。
「おじさん、ソフトクリーム一個ちょうだい。うん、そう…、クッキーバニラね。はい、これお金。ありがとう、じゃあね」
その意外な人物はアイスクリーム屋でクッキーバニラのソフトクリームを買っていた。そして商品を受け取るとペロペロとソフトクリームを食べながらナギと同じ方向へと歩いて行ったのだった。その赤い髪と真紅の服を纏った後ろ姿は正しくレイコの娘であるリアだった。ナギはリアに気が付くと急いで追いかけていき声を掛けたのだった。
「お〜い、リア〜」
「ううん…?」
ナギが大きな声で呼びかけるとリアは立ち止まってナギの方を振り返った。やはりリアだということが分かったナギは嬉しそうな表情で駆け寄って行き明るい声で話し掛けた。
「あっ、やっぱりリアだ。何してるの、こんなところで」
「なんだ…、あんただったのか。別に何もしてないわよ。それじゃあね…」
「えっ…。ちょっと〜、待ってよ〜、リア〜」
ナギが話し掛けようとしたがリアはあっさりそた返事を返すとそのまま会話を切ってすたすたと歩いて行ってしまった。ほとんど無視されてしまったナギだったが諦めずリアの後を追い必死に話し掛けていた。
「ねぇ…、リア…。実はお願いしたいことがあるんだけど…。ねぇリアってば…。ねぇ…」
「もうぉ〜、何度もリアリアってうるさいわね〜。あんまり気安く話し掛けないでよ。ソフトクリームが不味くなっちゃうじゃない」
「そんな…、リアって呼び捨てで呼べって言ったのはそっちじゃないか〜」
「私が言いたいのはそういうことじゃないわよ。……まぁいいわ。…っでお願いって一体何なの」
「実は…」
何とか話を聞いてもらえたナギは今日向かうクエストについて話してなんとかリアもパーティに入って付いてきてくれないか頼んだ。だが予想していた通り喜ばしい返事は返って来なかった。
「嫌」
「そ、そんなあっさりと…。何でだよ〜、リアにとっても功績を稼ぐいいチャンスじゃないか〜。さっき城に行って固有NPC兵士にはもうなってるんだろ〜」
「ええ、なってるわよ」
「だったらどうして…」
「私は固有NPC兵士になってもプレイヤーと何て組む気はないのっ!。城の外のモンスターだって私一人で倒してみせるし何だったら敵国のプレイヤーも一人で倒して見せても構わないわよ」
リアはナギの誘いをあっさりと断ってしまうと豪く強気な態度でナギに対して凄んで見せた。どうやら昨日の一件でまだナギ達に対して怒っているようで、改めてプレイヤーと組む気がないことを主張したのだった。
「そ、そう…。まぁまだ知り合って一日しか経ってないしあんまり無理強いはできないよね。リアがいないのは残念だけどなんとかレイコさんに言い報告ができるように頑張ってくるよ。リアもまた気が向いたら一緒にパーティ組んでね」
「ちょっと待って…。どうしてそこで母さんの名前が出てくるのよ。もしかして母さんに関係のあるクエストなの」
「う、うん…、実は昨日牧場で達成率が良かったからって僕が依頼されたんだけど…」
「ふ〜ん、そうだったの。…ってことは待てよ…、集落ってもしかしてあそこのことか…」
「どうしたの、リア」
それまでは全く乗り気でなかったリアだがこのクエストがレイコの依頼だと知った瞬間ふと顔を下げて何やら考え始めた。どうやらクエストで向かうことになっている集落についても知っているようだが…。
「いいわ」
「へっ…」
「そのクエストに付いて行ってあげるって言ってんの。母さんに免じてちゃんとパーティも組んであげるわ。私もその集落には知り合いもいることだしね」
「えっ、本当っ!」
「その代わり、私のこの後の買い物に付き合ってもらうわよ。私もちゃんと準備を整えとかないといけないからね」
「うんっ、それぐらいお安い御用だよ」
「ただし、買い物のお金は全部あんた持ちね。それじゃあまずは回復アイテムを買いに行くわよ」
「えっ…、ねぇそんなの聞いてないよ〜。ねぇ待っててば〜、リ〜ア〜」
「うるさいわねっ!。ちゃんと序盤に有効なアイテム教えてあげるから黙って付いてきなさい。心配しなくてもそんなに高い買い物なんてしないわよ」
こうして無事リアをパーティに誘うことができたのだがナギは買い物に付き合わされた上代金を全て支払うことになってしまった。だがレベルが300を越えてるリアがパーティが入ってくれるのは非常に心強い。序盤のアイテムについてもナギにレクチャーしてくれるようだ。リアの要求に戸惑いながらもパーティに入ってくることを頼もしく思いナギは買い物へと付き添って行くのだった…。




