finding of a nation 18話
“クイッ…、ジャーーーー…、ガチャ…”
「ふぅ〜…、まだ胃がもたれてる感じがする…。やっぱり昨日食べ過ぎちゃったわね」
現在の時刻朝の5時27分、今朝は早く目が覚めたようで、ナミはトイレで大きい方の用を足してトイレの中の手洗い場で手を流していた。レイコの家のトイレはまるで小さいホテルのようになっており、1、2、3階それぞれに男女別のトイレが用意されていた。男性の用のトイレは小便器が3台と便座式の水洗トイレが2台、女性用のトイレには水洗トイレが3台設置されていた。
“クイッ…、ジャーーーー…、ガチャ…”
「おおっ、ナミではないか。おはよう。今朝は早いのだな」
ナミが手洗い場で手を流していると閉まっていた便座のある扉からセイナが出てきた。
「なんだ、隣に入ってたのってセイナだったの。おはよう。どうやらあんたもお腹が苦しかったみたいね」
「うむっ…、流石に昨日は食べ過ぎてしまったからな…。だが今朝も快便だったからもうこの通りお腹もスッキリしているぞ。これなら朝ご飯も美味しく食べられそうだな」
「はぁ…、胃もでっかい上に腸も強いみたいね。あんなに食べといて快便なんて羨ましい限りだわ」
“ダダダダダダダッ…”
ナミとセイナが手洗い場で話していると廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「だぁ〜〜っ!、トイレトイレトイレぇぇぇぇぇっ!。早く入らねぇと漏れちまうよ〜」
「レ、レイチェル…。どうしたのよ、そんなに慌てて…」
「おおっ、レイチェルも朝は早いのだな。おはよう」
「おはよっ!、そんなのどうでもいいから早くトイレに入れてくれ〜」
“ガチャ…、バタンッ!”
「なんだ…、レイチェルもお腹の調子悪かったの。あれだけ食べれば当然よね」
どうやらレイチェルも昨日の食べ過ぎが至ってお腹を悪くしてしまったようだ。走って来たレイチェルはナミ達の前で止まって駆け足をしながら一言挨拶を済ますと慌ててトイレの中へと入っていった。
「ふぅ〜…、なんとか間に合った…」
“ブリュッ…、ブリュブルブリュぅぅぅぅぅっ!”
「…っ!!!」
レイチェルがトイレに入るともの凄い勢いで何かが溢れ出す音が聞こえてきた…。どうやらナミとは違いレイチェルは食べ過ぎた時は胃がもたれるというよりはお腹を下してしまう方が多かったようだ。ナミは胃が弱く、レイチェルは腸が弱い。そしてセイナはどちらも強いということなのだろうか。
「ちょっと何よ〜、レイチェル。いくら何でも音立てすぎなんじゃないの〜。それになにこの強烈な臭い…。もうぉ〜、臭いが外まで漏れて来ちゃってるじゃないのっ!」
「仕方ねぇだろっ!、私は食べ過ぎるといつもこうなるんだよ。恥ずかしいからお前らは向こうに行ってろっ!」
「言われなくてもこんな臭いところすぐに立ち去って上げるわよ。いきましょう、セイナ」
「うむっ、天気もいいし少し庭にでもでてみるか」
「いいわねっ、レイコさんの家の庭綺麗だし眠気覚ましには最適よねっ!」
レイチェルにどこかに行くよう言われてナミとセイナはレイコに家の庭に出ることにした。トイレはレイチェルの便の臭いで充満してしまっていたためナミ達は急いで階段を下りていった。
「フンッ、フンッ、フ〜ンッ…。あ〜、今日もいいお天気ね。こんな日はたっぷりお水をあげなくっちゃっ!」
「そうにゃ、草や花はお水が大好きなのにゃ。根元だけじゃなく葉や幹の部分にも少し掛けてあげるにゃ。シャワーみたいに汚れを落としてくれるにゃ」
その頃庭ではレイコとリディが庭の植物の水やりをしていた。レイコはホースで木の部分がある大きめの植物を、リディは如雨露で植木に植えられた小さな草花の水やりをしていた。まだ朝の5時半だということでまだ完全に日は出ておらず、薄暗いというよりは薄明るいという感じだった。
「うふふ、そうね。木やお花も体は綺麗にしてあげないとね。でもこんな朝早くから庭の水やりを手伝ってくれてありがとうね、リディちゃん」
「気にすることないにゃ。昨日沢山ご馳走してくれたのと家に泊めてもらったお礼なのにゃ。それに私も植物は大好きにゃ」
レイコは毎日庭の手入れは欠かさずやっているようだった。まだ建国されたばかりでヴァルハラ国の内政は安定しているため、レイコ達NPCの生活習慣は規則正しく働き者のようで庭の外観も損ねないようにしているようだが、内政が不安定になり国民の不安が高まれば例えレイコといえど自身の庭の水やりすらやらないようになる。そして庭の草木は枯れ建物汚れや錆もほったらかしになっていき街の外観はどんどん醜くなっていくのだ。
“ガチャ…”
「あれ、レイコさんにリディじゃない。こんな朝早くから庭の手入れをしているなんて、二人とも立派ですね」
「うむっ、それにしても気持ちいい朝だな、討伐の時も思ったことだがこの世界の空気は現実世界よりもかなり澄んでいるな」
レイコたちが水やりをしているところに玄関からナミとセイナが出てきた。二人とも外の新鮮な空気を吸って気持ちよさそうに背伸びをしていた。
「あら、ナミちゃんにセイナちゃん。おはよう。二人とも今朝は早いのね」
「おはようにゃ」
「実は昨日食べ過ぎたせいでトイレに行きたくなっちゃって…。それでこんなに早くに目を覚ますことになったんです。レイコさんも割と食べていたと思うんですけど平気なんですか…」
「NPCはいくら食べてもお腹なんて壊さないわよ。本当はトイレだっていかなくていいんだけど、その辺りはあなた達の世界に合わせて調整されてるみたいね」
「そ、そうなんですか…。そういえば私達平気でゲームの中で用を足してるけど大丈夫かな。もしゲームをログアウトして起きた時にだだ漏れになってたらどうしよう…。ブリュンヒルデさんは大丈夫って言ってたけど…」
「心配しなくても大丈夫よ。あなた達まだこの世界が電子現実世界だってことに半信半疑みたいだけど、多分朝起きたら嫌でも信じることになるだろうから今は安心してゲームをプレイしてなさい。今日はこの後城でチュートリアルの続きを受けに行くんでしょ。そしたらもう自由にログアウトできるようになるわ」
ナミはデビにゃんから話を聞いていたとはいえこの世界が電子現実世界ということをまだ少し疑っているようだった。疑っているというよりかは実際どんな世界なのか分からないと言った感じだったが、この世界で用を足して現実世界の自分の肉体は大丈夫なのか心配だったようだ。よく用を足す夢を見て目が覚めたら本当に寝小便をしたのでは思ってしまうが、実際にしていることはまずないのでこのゲームでも大丈夫だろう。
「えっ…、このゲームってまだログアウトできなかったんですかっ!」
「なんだ、知らなかったのかナミ。私は表彰式が終わってすぐに確かめたがチュートリアルが完了するまでログアウトできませんと弾かれてしまったぞ」
「ほ、本当だわ…。全く、このゲームの製作者は一体何を考えているのかしら。もしこんなゲーム作っていることがバレたらタダじゃ済まないんじゃないの…」
“ガチャ…”
「……あ〜、まだお腹が気持ち悪い〜。飯食った後にあんだけビール飲むんじゃなかったな…」
ナミとレイコ達が会話していると再び玄関が開き今度はレイチェルが出てきた。どうやらまだお腹の調子が悪いらしく顔がげっそりしてしまっていた。
「あら、レイチェルも起きてたの。おはよう。……大丈夫、なんだか顔色が悪いみたいだけど…」
「きっと昨日の食べ過ぎでお腹壊しちゃったんだにゃ。レイチェルの場合はビールの飲みすぎかもしれないけどにゃ」
「おはようございます、レイコさん…。昨日は色々とありがとうございました」
「それはいいけど…、体は大丈夫?。昨日ビールは飲みすぎないようにちゃんと注意したでしょ」
「す、すみません…。ゲームの中なら大丈夫だろうと思いつい調子に乗って飲みすぎちゃいました」
どうやらレイチェルのお腹の調子が悪いのは昨日の風呂上がりに飲んだ大量のビールのせいのようだった。どうやらこのゲームの中では実際に体調崩すこともあるらしい。
「なんだ、あんたも気分転換に外の空気でも吸いに出てきたの」
「ちげぇよ。私は今からナギのところにいって鉱石を武器に加工してもらいにいくんだよ。ナギ達の奴、どれだけスキルレベルを上げてるかなぁ…」
「ああ…、昨日言ってた徹夜で鍛冶屋と錬金術屋の仕事を手伝うってやつね。でもいくらそれでレベルが上がってるとはいえ本当に成功するの。折角の貴重な鉱石なんだしもうちょっと様子見た方がいいと思うけどなぁ…」
「ナギ達にそこまでやらせといて今更断る訳にもいかねぇだろ。鍛冶屋のおっさん達にも大分迷惑掛けちまったしそんなことしたら街中の評判が一気に下がっちまうよ」
「その通りよ。だんだんこのゲームのことが分かってきたみたいね、レイチェル」
「うむっ、こうなったら思い切ってナギ達に任せてみるのだ、レイチェル」
「失敗したからって怒っちゃ駄目よ、レイチェル」
「うるせぇなぁ…、言われなくても分かってるよ。それじゃあちょっと行ってくらぁ。7時頃には帰ってくると思うからそれまでレイコさんの家で待っていてくれよな」
玄関から出てきたレイチェルはそのままナミ達と別れてナギ達のいるアルケミーブラックスミス店へと向かって行った。いくら徹夜でスキルレベルを上げたといってもヴァイオレット・ウィンドの鍛冶を成功できる可能性は極めて低いものだった。レイチェルはもうサザンストーム鉱石など捨て去ってもいい気持ちでいたようだ。そしてナギに全てを任せるつもりで意気揚々とレイコの家の門を出ていった。
「……ふぅ〜、ついに最後の3つの魔力を全部供給させることができたぞ。あとは最後の槌打ちを成功させるだけだ」
「………」
レイチェルがアルケミーブラックスミス店へと向かっている頃、鍛冶場ではナギがクレイモアの鍛冶に悪戦苦闘していた。ガドスに頼まれたクレイモアの本数は5本。それらを作るためのインゴットも5つしか用意されておらず、ナギはすでに4つのインゴットを使い全て鍛冶は失敗に終わっていた。だが今最後の一つであるインゴットに作業の最終段階である火、雷、氷の3つの魔力を合わせて供給する工程まで完了していたのである。インゴットに複数の魔力を供給するのは一つの魔力を供給して槌打ちをするより遥かに難しい。例えばインゴットに火の魔力が供給された状態で槌打ちせずにそのまま水の魔力を供給するために水場に浸した場合、まるで神経が少し麻痺したように感じられインゴットに供給されている魔力のイメージが伝わりにくくなる。3つともなるとまるで深海にでもいるように冷たい水の中で一人暗闇を模索しているようにまるでインゴットのイメージを掴むことができなくなる。インゴットへの魔力の浸透率は毎回若干の誤差があり、クレイモア程の武器となると時間を計ることで適切な供給量を量ることはまず不可能である。つまりナギは神経をすり減らすような思いでここまでの作業を完了させたわけである。ナギの後ろではガドスが腕を組んで一言も喋らずにナギのことを見守っていた。
「……リラックスして…、意識を集中させてと…」
最後の槌打ちを前にしたナギは全身の力を抜き呼吸を整えると目を瞑って意識を集中し始めた。まずは意識の中に伝わってくる成功のイメージを頭の中にすりこませ、そしてそのイメージの情報を全身の神経へと行き渡らせていった。
「よしっ…、この感覚だ。……てやぁぁぁぁっ!」
全身に槌打ちの感覚が行き渡るとナギは瞑っていた目を開いて右手に持っている槌を振りかざした。そして身体が少し反り返るぐらいまで振りかぶるとそのまま勢いよくクレイモアのインゴットの中心へと振り下ろしていった。どうやらクレイモアの槌打ちはかなり力を込めなければならないらしく、振り下ろす時にナギは気合の入った声で大く叫んでいた。
“カッキィィィィィィンっ!”
「おおっ!」
振り下ろされた槌はインゴットの中心に向かって綺麗に垂直に振り下ろされ、槌の平面部分とインゴットの平面がピッタリくっつくように叩きつけられた。ナギは槌をインゴットに振り下ろすと面から弾かずにそのまま暫くインゴットに伝わる振動を制御するかのように槌をインゴットに押し付けたままにしていた。鍛冶場に鳴り響いた金属音がまるで何度も波打つように部屋中に響き渡り、その鮮明かつ重厚のある音にガドスは驚かされていた。
“シュィ〜〜〜〜〜ンっ!”
「…っ!。やったぁ〜〜〜っ!」
鍛冶場に響き渡った金属音がまるで波が引いて行くように静かになると、暫くしてインゴットが光輝き始めた。その光は今まで失敗した時のように薄暗いものではなく、変化の効果音も大きく明るいものだった。そして光のエフェクトから出てきたインゴットは刃先まで見事に輝いたクレイモアへと変化していたのだった。
「うむっ…、最後にようやく成功したな。最後の槌打ちは俺でも真似できねぇほど見事なものだったぜ。この集中力があればどんな鍛冶だって成功させられるかもな」
「えへへ…。でもごめんね、ガドスさん…。クレイモアは結局この一本しか成功させることは出来なかったよ。後は全部失敗しちゃった…」
「謝ることはねぇよ。本当はクレイモアなんて一本も成功しねぇと思ってたんだ。それにバスタード・ソードだって結局最初の2本以外は全部成功させちまったしな」
クレイモアの鍛冶は一本しか成功しなかったがバスタード・ソードは8本も成功させたようだ。ナギは最初の失敗でかなりコツを掴んだのか2回目を失敗したといえその後は全て成功させたようだ。しかも最後の一本は品質も80%を越えていて店に並んでもおかしくない出来栄えだった。だがグレートソードの鍛冶が終わったのが0時を回る前だったことを考えるとバスタード・ソードからここまでの鍛冶を完了させるのに約6時間かかったことになる。しかも本数が少ない上途中でも失敗してしまった物もあることを考えると如何に武器のランクによって作業の工程が増えているかが分かる。
“ガチャ…”
「あれっ…、普通に鍵が開いてる。……お〜っす、ナギ。調子はどうだ。少しはスキルレベル上がったか」
ナギがクレイモアの鍛冶を成功した余韻に浸っていると店の入り口のドアが開く音が聞こえレイチェルが鍛冶場へと入って来た。
「あっ、レイチェルっ!。スキルレベルはまだ確認してないけど見てよこれっ!。今さっき鍛冶が成功したんだけどクレイモアだよ。刃先もとっても綺麗でしょ」
「へぇ〜、そりゃすごい。攻撃力も高そうだな。おっさん、このクレイモアも私にくれよ」
「駄目だ駄目っ!。これは国に納品しなきゃならねぇ大事な品なんだ。まぁ上手く功績ポイントが貯まれば店で買うよりかは格安で支給してもらえるけどな。それよりナギ、そのクレイモアと今のお前の大剣の鍛冶スキルを確認してみろ」
「分かったよ。え〜っと…、クレイモアの品質は…」
ナギはガドスに言われ今できたクレイモアの品質と自身の大剣の鍛冶スキルのレベルを確認してみた。するとナギの端末パネルには予想を遥かに上回る数値が表示されていた。
「品質63%っ!、大剣の鍛冶スキルレベル23だったっ!。やった、昨日より8つもレベルが上がってるよっ!」
「そいつは凄い。最後のクレイモアの鍛冶は本当に見事だったからな。その品質も頷けるってもんだ。しかもスキルレベルまで自力で20を越えちまうとはな…。全く大したもんだよ」
「すげぇじゃねぇか、ナギっ!。こりゃお前に任せて正解だったな。この調子でヴァイオレット・ウィンドの鍛冶も頼むぜ」
「おいおい…、言っておくがいくらスキルレベルが上がってもヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の成功率補正は30%以下だぜ。今クレイモアを作った時よりも更に高い集中力が必要になってくる。それでもやるのか…」
「当たり前だぜ、おっさん。ここまで来て止めるなんて言ったら女が廃るってもんよ。ナギにだって悪いしな。失敗しても私は全然怒んないから変なプレッシャー感じるなよ、ナギっ!」
「うんっ。任せといてよ、レイチェルっ!」
なんとナギの大剣の鍛冶のスキルレベルは8つも上昇し24にまで達していた。ガドスはいくら徹夜でやっても3つ程しか上がらないと思っていたためナギのスキル上昇はガドスの予想を5つも上回っていたことになる。如何にナギが集中して鍛冶の仕事をこなしていたが分かる数値だ。
「にゃっ!、僕のことを忘れてもらっちゃ困るにゃ、ナギっ!」
「…っ!」
ナギ達が背後からの声に鍛冶場の入り口の方を振り返るとそこには誇らしげに腕を腰にあてて立っているデビにゃんとアリルダの姿があった。デビにゃんも任されていた錬金術の仕事を無事完了させたようだ。
「あっ、デビにゃんっ!。デビにゃんも無事仕事を終わらせることが出来たんだね。その様子を見るとかなり錬金術の腕前が上昇したみたいだけど…」
「ふっ…、実際に物を見てもら方が早いにゃ。……じゃーんっ!、これが僕が調合した品質98%のフォーギンブレイドエキスにゃっ!。これを飲めば剣に属している全てのカテゴリの鍛冶スキルが8レベル上昇するにゃ」
「おおぉぉぉぉっ!。じゃあこれと合わせればナギの大剣の鍛冶スキルはレベル32。やったじゃねぇか、ナギ。これでスキルレベルが30を越えたぜ。こりゃあ成功間違いなしだな」
「何言ってやがんだっ!。確かに質のいい薬だがそれでも成功率補正は20%にも満たないぐらいなんだぞ。あんまり期待を持ちすぎるのはやめろ」
「へ〜い…」
ナギと同じく徹夜で錬金術の作業をしていたデビにゃんも大きくスキルレベルを上げていた。デビにゃんのスキル変化形アイテムの錬金レベルは18にまで上がっており、ほぼ100%の品質のフォーギンブレイドエキスを完成させていた。その薬により大剣の鍛冶スキルは一時的に8レベル上昇させることができるが、それでもまだヴァイオレット・ウィンドの成功補正率は微々たるものだった。因みに品質100%では一時的に10レベル鍛冶スキルを上昇させられるようだ。
「それで…、これからどうするんだい。まさか本当にヴァイオレット・ウィンドの鍛冶をさせるつもりじゃないだろうね。一晩でこれだけスキルレベルを上昇させることができたんだ。ここからは更にスキルレベルの上昇は難しくなるが、もう少し様子を見てから鍛冶をさせた方がいいんじゃないのかい。1週間程集中的に上げれば何とか50には届きそうに思うけどね」
「そんなに待ってられねぇよ。私達は今日から早速レイコさんに頼まれたクエストをこなしていかなきゃならねぇんだ。どんな協力モンスターが出てくるか分からねぇしここは一か八かナギに懸けるしかねぇぜっ!」
「そ、それなんだけど…、レイチェル…。実は朝まで徹夜してせいでもうほとんど体力が残っていないんだ。っというか睡魔の方が凄くてもう今にも瞼が閉じちゃうそうだよ…。ふわぁ〜…」
スキルレベルが上がってデビにゃんの錬金アイテムも完成し、いよいよヴァイオレット・ウィンドが作れるかもしれないと意気揚々なっていたレイチェルだったが、ここにきて肝心のナギが徹夜による疲労と睡魔で倒れそうになっていた。今までは作業に集中してしたために気が付かなかったのだろうが、クレイモアの鍛冶が成功し気が緩んだことで一気に疲れが襲ってきたようだ。
「え〜、それじゃあ折角スキルレベルが上がったってのに失敗しちまいそうじゃねぇか。っていうかこの後チュートリアルも受けに行かなにゃならねぇのに大丈夫なのかよ。私としたことがお前の体のことなんて一切考えてなかったぜ」
「(そこまで正直に言いきれるってのも割と凄いにゃ。でもそれぐらいの図太さがないと僕達にこれだけの作業頼みことなんてできないにゃ。自分はレイコさんの家でぐっすり睡眠を取ってきたみたいだしにゃ。それに今思うとレイチェルの奴ちょっとお酒臭いにゃ。これは寝る前にビールでも飲んだにゃ…)」
「ごめんよ。僕も今すぐ鍛冶に取り掛かりたいけどこの状態じゃとても無理だよ。グレートソードみたいに簡単なものなら別だけどヴァイオレット・ウィンドの鍛冶をするならできるだけ万全な状態じゃないと厳しいと思うんだ」
「謝ることはねぇよ。お前にこんな無茶させた私が悪いんだ。しゃあねぇ、皆には私の方からチュートリアルに行くのを遅らせてもらうよう謝っとくからお前は一度レイコさんの家で睡眠を取ってきな。鍛冶はその後でいいよ」
ナギの体長が万全ではなかったためレイチェルは一度レイコの家で睡眠を取るようナギを促した。先程のまでの作業を見ていれば分かるように鍛冶には相当な神経を使う。レイチェルの言う通りレイコの家でしっかり睡眠を取ってからでないとヴァイオレット・ウィンドの鍛冶はほぼ成功しないだろう。
「ふっふっふっ……。その必要はないにゃ」
「…っ!」
睡眠不足のため鍛冶を後回しにしようとしていたナギ達に突如デビにゃんが不敵な笑い声を上げてそのことを否定した。何か今すぐ鍛冶をする方法でもあるのだろうか。ここままの状態ではとても成功するとは思えないが…。
「な、なに言ってるの、デビにゃん。僕はもう体力の限界なんだよ。こんな状態で鍛冶なんてしたら間違いなく失敗して折角のレイチェルの鉱石を無駄にしちゃうよ」
「そうだぞ、デビにゃん。別に私はこの鉱石に未練はねぇけどいくらなんでもこの状態のナギに預けられねぇよ。やっぱりやるからには万全の状態でやってほしいしな」
「ふっ…、ならその万全の状態に今すぐ回復できると言ったらどう思うにゃ」
「何っ!、どういうことだよデビにゃんっ!」
レイチェルはデビにゃんの言葉に慌てて耳を傾けた。なんとナギを今すぐ万全の状態にできるというのだ。一体どういうことなのだろうか。
「デビにゃん、今の一体話どういうことっ!」
「ふふっ、そんなに知りたい……って痛ったいにゃっ!」
「ほら、一々勿体つけて言ってるんじゃないよ。さっさと物を見せてやんな」
話を勿体つけているデビにゃんに向かってアリルダは強めに後頭部を引っ叩いた。引っ叩かれたデビにゃんは手で頭の後ろを抑えながらアイテム袋から更なるアイテムを取り出した。
「じゃーーーんっ、これが僕が作り出した更なる錬金アイテム……その名も眠々(みんみん)エキスにゃっ!」
「み、眠々エキスぅぅぅっ!」
「そうにゃ。これは僕があらかじめ拾っておいた眠々ゼミの死骸とレムねむ草を使って調合したアイテムにゃ。飲むとその場で一定時間分の睡眠効果と疲労回復の効果が得られるにゃ。このアイテムの調合は簡単だったから僕でも100%の品質で作れたから飲めばその場で8時間分の睡眠効果が得られるにゃ。ナギも徹夜した程度の疲労なら全部回復できるにゃ」
「そ、そんなの作ってくれたのっ!」
デビにゃんが取り出したのは眠々エキスというアイテムで飲めば睡眠効果と疲労回復の効果を得られるらしい。このアイテムは猫錬金のカテゴリーに属するもので猫魔族を仲間にしたことで調合できるようになる。さらにデビにゃんは猫魔族であるため猫錬金のスキルレベルは初期状態から20に設定されている。調合自体は簡単だが素材となるアイテムは中々貴重らしく特に眠々ゼミは森ならばどこにでもいるが数自体がかなり少ないらしい。デビにゃんはナギに出会う前にどこかの森で入手したようだが、もしかしたら猫魔族を仲間にしたら元々アイテムを持っているように設定されているのかもしれない。これからも魔族型のモンスターと出会うこともあるだろうがもし仲間にできたなら何か貴重なアイテムを持っていることもあるだろう。
「へぇ〜、それが猫魔族を仲間にしたことによって作れるようになったアイテムか。便利なものもあるもんだな。でも本当に飲んだだけで睡眠効果なんてあるのかよ。眠気覚ましの薬なら現実世界でもよくあるけどよ」
「じゃあ僕が飲んでみるからよく見ておくにゃ。僕もナギと同じく徹夜したせいで睡眠不足に陥ってるにゃ。その証拠の目の下に大きなくまができちゃってるにゃ。端末パネルでも状態異常の欄に睡眠不足って書いてるはずだから確認してみるにゃ」
「そう言われてみればデビにゃんも目の下が真っ黒だし目尻も垂れ下がってるね。僕の為に頑張ってくれたんだね、ありがとう」
「にゃぁーーーっ、ナギがお礼を言うことなんてないにゃーーーっ!。それよりちゃんとレイチェルが僕に対しても礼を言うべきにゃ」
「えーっと…、端末パネルでデビにゃんのステータス画面を開いてっと。……おっ、あったあった。ちゃんと状態異常の欄に睡眠不足(5時間)って書いてあるぜ。この5時間っていうのが睡眠が足りてない時間ってことか」
「(き、聞いてないにゃ…)」
デビにゃんの言う通り端末パネルには確かに状態異常の欄に睡眠不足の表示が入っていた。更に表示の後の囲いの中には不足している睡眠時間が表示されており、どうやらナギとデビにゃんは5時間分の睡眠が不足していることになっているようだ。このゲームに必要な睡眠時間は皆同じに設定されおり、普段から睡眠時間が少なくあまり眠気を感じていないものでも身体に設定された負荷が掛かる。基本的に夜は睡眠を取らねばなく深夜の1時を過ぎた時点から一時間ずつ睡眠不足分の時間が追加されていく。当然深夜に行動しなければならない状況もあるだろうが、その場合はデビにゃんの作ったようなアイテムを使うか、なければ睡眠不足に陥った状態で行動するしかない。睡眠不足に陥った場合1時間でも睡眠を取れば睡眠不足分の時間の上昇は止まる。
「よっし、じゃあ端末パネル見ててやるから飲んでみろよ、デビにゃん」
「れ、礼も言わずになんてふてぶてしい態度にゃ…。まぁ、取りあえず飲んでみるからよく見てるにゃ。“ゴクッ…、ゴクッ…、ゴックンッ!”。ぷっはぁ〜。スッキリしたにゃ〜。お目々もパッチリにゃ」
デビにゃんは片手を腰にあてたまま顔と眠々エキスの入ったビンを上にあげると一気に飲み干してしまった。するとデビにゃんの目のくまはみるみる収まっていき、目もパッチリ見開いていつもの可愛らしいデビにゃんの表情に戻って行った。そしてレイチェルの見ていた端末パネルのデビにゃんのステータスにも変化が現れたのだった。
「うわぁ、本当だ。デビにゃんの表情が一気に明るくなったよ、レイチェル」
「こっちもだ。ステータス画面の睡眠不足の表示がエキスを飲んですぐに消えちまったぜ。どうやらデビにゃんの言っていた効果は本当みたいだな」
「別にそんなこと気にしなくてもゲームの中のアイテムの効果の一覧は絶対にゃ。50ポイントHPが回復するって書いてあれば回復するし、毒になる場合は毒になるって書いてあるにゃ。だから一々僕に試し飲みさせる必要もなかったのにゃ」
「悪い悪い。この世界があまりに現実世界にそっくりだからつい疑いがちになっちまってよ。現実世界じゃ薬の説明なんてあんまりアテにならないし効果も人それぞれだからな」
「まぁ、いいにゃ。とにかく皆の分もあるから飲んでみるにゃ。あっ、レイチェルの分はないにゃよ」
「分かってるよ…」
デビにゃんは皆に眠々エキスの効果を実証するとナギ、ガドス、アリルダの分も手渡した。3人ともデビにゃんと同じように一気に飲み干すとみるみる目のくまが晴れ表情が明るくなっていった。どうやら本当に睡眠不足分を補う効果があるようで、ナギは目が覚めるどころがまるで一晩ぐっすり眠ったかのように体がスッキリしていた。
「“ゴクッ…、ゴクッ…”。ぷっはぁ〜、美味しいね、このエキス。おっ…、それに本当にさっきまでの眠気が吹っ飛んだぞ。しかもまるで深い眠りから覚めたように体がスッキリしてて気持ちいいぃ〜」
「薬の味はナギ達の世界の飲み物の味から選べるようになってるからにゃ。今回はバナナジュースに設定してあるにゃ。苦いとか言って薬を飲めないお子ちゃまプレイヤーの為にこういう設定をしてあるのにゃ」
「ぷふぅ〜…、確かにこりゃ大したもんだ。一気に疲れも吹っ飛んじまったぜ」
「全く便利なアイテムだね。猫錬金にはHPやMPなどのステータスの回復効果のあるアイテムは少ないみたいだけどこういう生活を補助するアイテムは多いみたいだね。他にも自動的に腹の減り具合を減らしたり、腸の中を一瞬でスッキリさせる薬もあるようだ。調合は難しいが瞬時にレベルを上昇させるアイテムもあるみたいだね。私達でも作れるようになるんだから猫魔族達には感謝しないといけないね」
ナギ、ガドス、アリルダの3人もデビにゃんから貰った眠々エキスを飲んですっかり眠気が覚め徹夜の作業で溜まっていた疲労も一気に回復したようだ。因みに疲労とHPは別の数値なのでこの薬にはHPを回復させる効果はない。そして皆の体が全快したところでいよいよヴァイオレット・ウィンドの鍛冶が始まるのだった。
「よ〜しっ、それじゃあ元気になったところで早速鍛冶に入るとするか。おらよ、おっさん。サザンストーム鉱石だ。早くヴァイオレット・ウィンドのインゴットに変えてくれよ」
「……本当にやるみたいだな。でもちょっと待て。その前にまずヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の工程を説明しなきゃならねぇ。今回は特別に俺がナギにレシピをプレゼントしてやるよ。それを見ながらよ〜く俺の説明を聞いておくんだぞ」
「ええっ!、レシピって結構貴重なんじゃないのっ!。そんなの貰っていいの」
「まぁ普通に買えば数十万はするだろうが別に必須ってわけじゃないからな。持ってれば品質に補正が掛かり100%を越える装備も作れるようになる。成功率補正も若干上昇するはずだ。徹夜で仕事を手伝ってもらった礼だ。その代り仕事の報酬はこれでなしだぞ。そっちの猫の分もな」
「わ、分かったにゃ…。それで少しでもナギの成功率が上がるなら仕方ないにゃ」
「よしっ、それじゃあ説明を始めるぞ」
「分かったよっ!」
ガドスはまずサザンストーム鉱石をインゴットに変える前にナギにヴァイオレット・ウィンドのレシピを渡し作業の説明を始めた。レシピを持っていればいつでも自由にアイテムの鍛冶の工程が見れる。もっとも鍛冶の途中でそんなものを見ている余裕もないだろうが…。更にレシピを持っていればアイテムの品質に補正が掛かり成功率補正が上昇する品質の上限も100%から120%になり鍛冶の精度によってはアイテム性能を限界以上に引き出せるようになる。ガドスは数十万と言っていたがヴァイオレット・ウィンドのレシピなら恐らく300万はするだろう。ナギ達が引け目を感じないようにわざと低く言ったのかもしれない。
「ヴァイオレット・ウィンドの鍛冶もまずは溶鉱炉に入れるところから始まる。だがこの作業だけでも今までの武器とは段違いに供給量の調整が難しいから他のと同じだからといって気を抜いちゃいけねぇ」
そしてガドスのヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の説明が始まった。
※ヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の工程
1.溶鉱炉で火の魔力を供給する。温度は1200度。濃度は45% (若干青い火の割合が多い程度)。槌打ち有。
2.水場にて水の魔力を供給する。温度は17度。濃度は12%(水の透明度がかなり高い)。槌打ち有。
3.1、2の作業を1は濃度を10%ずつ下げて、2は濃度を10%ずつ上げて更に2回繰り返す。
4.土流装置で土の魔力を供給する。土流の流し口は毎秒13グラム流れるよう設定する。濃度は砂時計を右に240度回した位置に調整する。槌打ち無。
5.凍結装置で氷の魔力を供給する。温度はマイナス125度。濃度が28%になるようダイアルを調整する。槌打ち無。
6.4、5の土と氷の魔力が供給された状態で2回槌打ちをする。一回目は強く、2回目はかなり弱い力で叩く。正し1回目あとすぐに2回目を叩かなければならない。
7.4、5、6までのの作業を2回繰り返す。ただし4の砂時計の角度は更に右に10度ずつ、5の凍結装置の出力も10%ずつ上昇させていく。
8.気流発生装置で風の魔力を供給する。風速は40メートル。風の向きは濃度が33%になるように調整する。槌打ち無。
9.放電装置で雷の魔力を供給する。出力は80%。濃度は33%になるようダイアルを調整する。槌打ち無。
10.水場で水の魔力を供給する。温度は7度。濃度は33%。槌打ち無。
11.8、9、10の風、雷、水の魔力が供給された状態で3回連続槌打ちをする。この時に3回の槌打ちの力加減はなるべく等しくする。
「異常がヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の工程だ。どうだ、理解できたか…」
「い、いや…。やっぱりかなり難しいね、これ…」
ガドスの説明聞いたナギはその作業の複雑さに驚かせれていた。作業量的にはクレイモアより少し少ないぐらいだったが装置の出力や魔力の濃度の設定がややこしく確かに難易度はかなり高いものだった。
「ひやぁ〜、こんなの私だったら絶対覚えきれねぇぜ…。鍛冶屋なんて選択しなくてよかった〜」
「(ナギに鍛冶を頼んどいてよくそんなことが言えるにゃ…)」
「どうだ…、自信がなくてやめるのなら今の内だぞ。インゴット変えた段階ではまだ取りやめることはできるが、もし一度でも魔力を供給しちまったらもう鍛冶を続けるしかないからな」
鉱石をインゴットに変えた時点はまだそのまま持ち続けることはできるが少しでも鍛冶の工程に入った場合もう鍛冶を取りやめることは出来ずキャンセルしようとした場合鍛冶を放棄したと見なされて自動的に品質0%のアイテムになってしまう。またインゴットに加工してしまった場合も鉱石へと戻すことはできず、ヴァイオレット・ウィンド用のインゴットに加工したのならばもうヴァイオレット・ウィンドしか作れなくなる。
「いいよ、ガドスさん。さっきまでの作業とデビにゃんがくれた眠々エキスのおかげで今すっごく集中力が上がってるから成功できるとしたら今しかないと思うんだ。もうヴァイオレット・ウィンドの作業の工程は頭にインプットできたしレシピを見なくても最後までこなせると思う。だから僕はもういつでも始める準備はできてるよ」
「分かった…。それじゃあインゴットに加工してくるから少し待っててくれ」
もうナギの決意は決まっているようだったのでガドスはレイチェルのサザンストーム鉱石を専用の装置で瞬時にインゴットへと変えてしまった。加工されたヴァイオレット・ウィンドのインゴットはサザンストーム鉱石であったころの綺麗な緑色の光沢を保っておりまるでネオンで輝くクリスマスツリーのようだった。そしてガドスからインゴットを受け取ったナギはすぐに鍛冶の作業に入りたいとガドスに申し出た。
「そうか…、じゃあ俺達はナギに任せて外に出てるぞ。いても邪魔になるだけだからな」
「えっ…、ガドスさんも出ていっちゃうのっ!」
「ああ…。今までの違い指導でも店の仕事でもない以上俺は口出しできねぇし、もしアドバイスでもしてしまった時には不正とみなされ問答無用で鍛冶は失敗になっちまう。だから余計な心配がないように俺は外で待ってる方がいいのさ」
「そっか…、じゃあ仕方ないね…。でも必ず成功させてみせるよっ!」
「その意気だっ!。昨日ヴァイオレット・ウィンドの鍛冶をさせてくれって頼んできた時はお前達のことを只の大馬鹿野郎だと思っていたが、これまでのお前の鍛冶を見てたらもしかしらって気になっちまったよ」
「じゃあ私も外に出てるぜ。私の事なんて気にしなくていいから自分のアイテムだと思ってやれ、ナギ」
「ナギ、僕の作った薬は飲んでから6時間は効果が消えることはないから落ち着てやるにゃ。僕もナギの成功を祈ってるから頑張るにゃっ!」
「私も成功を祈ってるよ。それじゃああんた達、早く外に出なっ!」
「皆ありがとうっ!。必ず成功させるから楽しみに待ってて」
デビにゃん、レイチェル、ガドス、アリルダの4人はそれぞれナギに激励の言葉を述べると鍛冶場の外へと出ていった。プレイヤーが自身や他のプレイヤーの為に鍛冶をする場合作業の途中でヒントやアドバイスを貰った場合強制的に失敗になってしまうのでなるべき一人で作業をするのが基本となるようだ。それに今のナギならガドスに見守られているより一人で作業をするほうがより集中力が高まるだろう。ガドスはそのことも理解していたのかもしれない。そしていよいよナギのヴァイオレット・ウィンドの鍛冶が始まった。
「ふぅ〜…、まずは深呼吸して…、頭にレシピに書いてある作業の工程のイメージを思い浮かべてっと…。おっといけない、デビにゃんに貰った薬を飲んでおかないと」
ナギはデビにゃんから貰ったフォーギンブレイドエキスを飲み干すと、ヴァイオレット・ウィンドのインゴットを鍛冶場の作業台の上へと置き、まずは深く深呼吸して頭に鍛冶の作業の流れを思い浮かべた。最初に溶鉱炉に入れてから最後の3回連続の槌打ちの作業までを細部まで隈なくイメージしていた。
「よしっ、作業のイメージは完璧だ。それじゃあやっていくぞっ!」
意識の集中が終わったナギは溶鉱炉の温度と魔力の濃度を設定し鍛冶の作業を始めた。その作業をする姿は自身に溢れていてナギの中では完璧に成功のイメージが出来上がっているようだった。よく現実世界でも成功のイメージを浮かべることは重要であると言われるが、このゲームではそのイメージ力が更に重要になってくる。VRMMOをプレイするのに最も必要な技術はイメージ力をそれを信じ抜く精神力と言っても過言ではない。ナギは作業を始めた頃鍛冶場の外ではレイチェル達が期待と不安に満ちた表情でナギの鍛冶が完了するのを待っていた。
「はぁ…、大丈夫かな、ナギの奴。今更言うのもなんだけど流石に無茶な注文しすぎたかなぁ…」
「にゃぁぁぁぁぁぁっ!。あそこまでナギにさせておいて頼んだ本人がそんな弱気でどうするにゃぁぁぁっ!。このゲーム世界は全ての生命、物質が意識の中で繋がっているにゃ。だから鉱石の所有者であるレイチェルがそんな弱腰だとナギにも失敗のイメージが届いちゃうのにゃ。だからレイチェルは黙ってナギのことを信じてるにゃ」
「確かにな…。こればっかりはデビにゃんの言う通りだ。よっしゃっ、じゃあ私も少しでもナギの助けになるように成功するイメージをナギに向かって送るか」
「そうにゃ。本来ゲームはプレイヤー同士の信頼関係を深めるためにプレイするものにゃ。僕も頑張ってナギに成功のイメージを送るにゃ」
「………」
レイチェルとデビにゃんは目を瞑ってナギに成功のイメージを送り始めた。本当に届くかどうかは分からないがVRMMOは意識を使ってプレイしている以上現実世界よりは思いによる効果があるかもしれない。実際に麻雀やトランプなどは確率が完全にランダムに設定されているにも関わらず特定の人物に運が傾くことがゲームの方が多い。やはり実際に物体が存在しないゲームの方が人間の思いや執念が伝わり易いのかもしれない。
「……よしっ、何とか火と水の魔力を供給する作業は完了したぞ。槌打ちの力加減の手応えもばっちりだったし。この調子で次は土の魔力だ」
デビにゃん達の思いが届いたのかナギはまず火と水の魔力の供給を濃度を変化させながら繰り返す作業を完了させていた。どうやら手応えがあったようでこの段階でのナギの表情は自身で満ちていた。
「えーっと、砂時計の角度は……これでよしっと。……これで土の魔力の供給も完了。次は氷の魔力だ。今度は槌打ちを挟まずに土の魔力が溜まった状態で氷の魔力を供給しないといけないから気を付けないと…」
続いて土の魔力と氷の魔力の供給の作業に入ったのだが、この作業は土と氷の魔力の間で槌打ちをせずに続けて魔力の供給をしなければならなかったので作業の難易度は各段に上がっていた。ナギの表情も先程から一転してここからどんどん険しいものになっていくのだった…。
「……だぁーーーっ、もう駄目だっ!。これ以上目を瞑ってらんねぇ…。なぁデビにゃん。私達から鍛冶場を出てからどれくらい時間が経った」
ナギが土と氷の魔力の供給に苦戦している頃、外で黙って目を瞑っていたレイチェルだったが集中力の限界が来たのかとうとう声を上げてしまっていた。デビにゃんもすでに集中力が途切れており床に座り込んでしまっていた。レイチェルはデビにゃんに自分達が外に出てどれぐらい時間が経ったか聞いていたが、この時すでに30分は経過してた。
「そんなこと言われても僕も意識を集中してたから分かんないにゃ。端末パネルで見てみればいいにゃ」
「そっか。えーっと…、私達が鍛冶場を出たのが6時20分頃だったから…」
「大体30分経ったってとこだな」
「…っ!」
レイチェルが端末パネルで時間を調べようとすると横からガドスが経過しか時間を言ってきた。ガドスはしっかり時間の経過を把握していたようだ。
「現在の時間6時52分…。本当だ、ガドスのおっさんの言う通りだぜ。……っていうかもうそんなに経ってるのかよっ!」
「ヴァイオレット・ウィンドは作業自体はクレイモアより少ないがその分一度にインゴットに供給する魔力が多い。だからその分インゴットを供給装置に置いておく時間が長くなるから時間は余計掛かっちまうのさ。だがもう作業は終盤に差し掛かっているはずだ。それにもし失敗した場合作業の誤差が一定値に達した時点で自動的に武器に変化しちまうはずだからまだ出てこないってことはいいことだぜ」
「そうか…、つまりここまでの作業は上手くいってるってことだもんな。この調子で頼むぜ、ナギ。出てくるのは成功した時にしてくれよ…」
「ふぅ〜…、ついに最後の作業段階まで来たぞ。後は風、雷、水の魔力を込めて3回槌打ちをするだけだ」
ガドスの言う通りナギは最後の作業工程の風、雷、水の魔力を込めて3回連続で槌打ちをするところまできていた。だがヴァイオレット・ウィンドの鍛冶の中でこの3つの属性を供給する作業が最も難しく、3つの魔力の供給量を極わずかな誤差の範囲で合わせなければならない。そのシビアさは他の供給作業の比ではない。
「あまり時間を掛けるとそれも誤差として計算されてしまう…。まずは早く風の魔力を供給しないと…」
鍛冶の作業には制限時間も設けられておりそれを過ぎると自動的に失敗になってしまう。更に一つの作業から次の作業に移行するまでもあまり時間を掛けてると誤差として計算されてしまう。最後の作業に入るまでにナギは一息だけつくとすぐに気流発生装置にインゴットを置き風の魔力を供給する作業に入った。
「風速設定よし…、風の向きは少し上昇気流よりにするっと…」
ナギは風速と風の向きを設定するとインゴットに魔力を供給し始めた。風速40メートルにも設定された装置の中はまるで台風のように激しい風が渦巻き、それが上昇気流となってまるでインゴットは竜巻に巻き込まれているようだった。
「次は雷の魔力…。出力は80%…。ダイヤルの位置は……この辺かな」
続いてナギは放電装置で雷の魔力を供給し始めた。出力は80%とかなり高めで電圧は8000ボルトまで達していた。そして電極がインゴットへと接着すると周囲に激しい放電が怒っていた。
「次は水の魔力…。水温は7度…、濃度は33%と」
更に続いて水の魔力を供給した。水温は少し冷ための7度、濃度は33%と少し青色が濃い程度で水底はしっかり見渡せるぐらいだった。
「よしっ…、これで最後は3回連続で槌打ちするだけだ。全ての力加減を一定に保たないといけないからな。変に力が入らないようにしないと…」
3つの魔力を供給し終わったナギはいよいよ最後の3回連続の槌打ちをするところまで来た。3つの魔力の供給はなんとか成功したようでインゴットはまだ変化していなかった。一体これまで誤差はいくつ生じているのだろうか。
「あまり時間を掛けていられないけど…、ここは一度落ち着いてからにしよう。はぁ〜…ふぅ〜…」
最後の作業を前にしたナギは一度深く深呼吸をして意識を集中し直した。そして数秒間目を瞑り3回の槌打ちのイメージを思い浮かべると目を見開いて一気に槌を叩いていった。
「……よしっ!」
“カァーンッ…、カァーンッ…、カァァァァァァァァンッ!”
勢いよく振り下ろされた3回の槌打ちは、1回目と2回目は全く同じ音が鳴り響くと最後の一回はまたもや波打つように鍛冶場全体に響き渡った。最後の音が大きかったのはそこで槌打ち止めたためだろう。金属音の響きを聞く限り3回の槌打ちはまるで一緒に思えた。そしてその綺麗な音色はまるでこのヴァルハラ国全域に行き渡るのではないかというほど澄み切っていた。
“シュィィィィィィィンっ!”
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
響き渡った金属音が鳴り止まると同時にインゴットは凄まじい光のエフェクトへと包まれていった。これ程の大きい光のエフェクトということはナギの鍛冶は成功したということだろうか。その頃レイチェル達は鍛冶場どころか店中、そして外にまで響き渡った金属を聞いてナギの鍛冶の結果を予測していた。
“カァーンッ…、カァーンッ…、カァァァァァァァァンッ!”
「…っ!。この金属音はもしかして…。なぁ、おっさんっ!」
「ああっ、どうやら最後の槌打ちが終わったようだ…。つまり最後の作業までやり切ったってことだが成功したかどうかはまだ分からねぇ。だがこの澄み切った金属音は見事なものだぜっ!」
「ど、どうなったにゃ…、ナギっ!」
レイチェル達は店中に響き渡る金属音を聞いてナギの鍛冶が完了したことを悟っていた。だが流石に結果までは分からなかったようだが、この金属音が鳴り響いたということは成功している可能性はかなり高いということで、皆期待に胸を膨らませていた。そしてこの後鍛冶場の中から結果を知らせるナギの叫び声が聞こえてくるのだった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!。やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「…っ!、今の声はっ!。うぉぉぉっ、ナギ〜、結果はどうなったんだ〜」
「にゃっ!、待つにゃレイチェル。僕も行くにゃっ!」
ナギの叫び声を聞いてレイチェルとデビにゃんは鍛冶場へと駆けこんでいった。ナギの叫び声は喜びに満ちたものだったが一体結果はどうなったのだろうか。
「やったね…、あの子…」
「ああ…、今の声を聞いて確信した。全く大したもんだ」
慌てて飛び込んで行ったレイチェル達と違いガドスとアリルダはもう結果を確信しているようで落ち着いた様子でゆっくり鍛冶場へ入って行った。
“ダダダダダダダッ…”
「はぁ…はぁ…、どうなったんだ、ナギっ!。私のヴァイオレット・ウィンドは無事完成したのかっ!」
「にゃぁ…にゃぁ…、一体どうなったにゃ…、ナギ」
「レイチェルっ、デビにゃんっ!。見てよ、これっ!。僕やったよっ!」
“ピカァーーーーーンっ!”
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
鍛冶場へと駆けこんできたレイチェルとデビにゃんはナギの目の前にあるものを見て驚きの声を上げた。そこにはまさに刃先まで光輝くヴァイオレット・ウィンドの姿があった。
「やったじゃねぇかぁぁぁぁぁっ、ナギぃっ!」
「やったにゃぁぁぁぁぁっ、流石僕のご主人様にゃぁぁぁっ!」
「えへへ…。うぉいしょっと……はい、レイチェル。ちょっと持ってみなよ」
「お、おおっ…」
ナギに鍛冶を頼んだ張本人のレイチェルはナギから完成したヴァイオレット・ウィンドを受け取った。ヴァイオレット・ウィンドの形状は普通の大剣と同じく大きな両刃となっており、剣身は薄く研ぎ澄まされているにも関わらず重量はかなりあるようでその名の通り暴風のような破壊力がありそうだった。剣身は白く滲んだ緑色が薄く輝いており、中央には青と紫の混じった宝玉のようなものが埋め込まれていた。更に柄の中央部分から剣先の中心向かって緑色の筋が入っており、更にその筋に纏われるように二つの螺旋状の模様が渦巻くように刻まれていた。柄の握り部分の周りにも螺旋状の装飾部が飾られていた。
「すげぇ…、超格好いいじゃねぇか…。感動のあまり声もでねぇや。ありがとうな、ナギ」
「凄いにゃ、ナギっ!。僕ビックリしちゃったにゃ。やっぱりナギは天才にゃっ!」
「ありがとう、デビにゃん。でも成功できたのはデビにゃんのおかげでもあるんだよ。だからデビにゃんも天才だねっ!」
「にゃぁっ!、僕達天才コンビにゃっ!」
ナギ、レイチェル、デビにゃんの3人はヴァイオレット・ウィンドの完成を心の底から喜んでいた。特にレイチェルはこれからこの武器を自分が振えると思うと緊張のあまり体を身震いさせてしまっていた。
「たくっ…、まさか本当に成功させちまうとはな」
「ああ…、あんな夜中に訪ねてきた時はとんだ大馬鹿プレイヤーだと思ったけど、こんな序盤にヴァイオレット・ウィンドなんて作っちまうなんてどうやら超大馬鹿プレイヤーだったみたいだね」
ヴァイオレット・ウィンドの完成を喜んでいるナギ達のところにガドスとアリルダも入って来た。少し皮肉っぽい言い方だったが二人ともナギの鍛冶の成功を祝福してくれているようだった。
「あっ、ガドスさんにアリルダさんっ!。二人ともどうもありがとう。二人のおかげでヴァイオレット・ウィンドの鍛冶も成功させることもできたし、スキルレベルも大きく上げることができたよ。今のでまたスキルレベルが上がってもう25になっちゃった」
「全くだぜっ!。二人には心から感謝しないとな。この恩はヴァルハラ国を勝利に導くことで必ず返すぜっ!」
「にゃっ!(…なんだかんだでレイチェルもかなり頼れるプレイヤーになってきたにゃ。これはレイチェルにもナギ達に言ったこと教えといてもいいかもにゃ。でも性格がずうずうしいところもあるしもう少し様子を見てみるにゃ)」
「ははっ、礼には及ばねぇよ。俺達の方こそいいもん見せてもらって礼が言いたいくらいだぜ」
「本当だね。あんたらみたいな根性の据わったプレイヤーがいてくれると思うとNPCとして頼もしく思うよ」
「はははっ…、でも何で二人とも僕達にこれだけ力を貸してくれたの…」
ヴァイオレット・ウィンドの完成のお礼をガドスとアリルダに言っていたナギだったが、ふとガドス達が何故ここまで力を貸してくれたのか気になって聞いてみた。普通のゲームだとNPCがここまでしてくれることなどないので当然の疑問ではあった。
「……それはお前さん達が私達にまるで現実世界の人間と同じように接してきてくれたからだよ」
「えっ…」
「ああっ…、NPCに対して礼儀よく接することってのはゲームをよくプレイしてるプレイヤーってのは大体できるもんなんだ。だがその裏にはイベントを発生させようとしたり、貴重な道具を貰おうって魂胆がほとんどのプレイヤーにあるんだ。確かにきちんとゲームに感謝してプレイしてくれてる奴も大勢いるが、お前達のように心からゲームのNPCのことを考えてプレイしてくれる奴は中々いねぇよ。大概の奴はどうしても俺達がプログラムであることから意識が離れずに形式だけの接し方になっちまうんだよ。だがお前達はそんなこと考えずに俺達を一つの命のある生命体として扱ってくれた。このゲームは全てのプレイヤーと意識が繋がってるから自然と分かっちまうんだよ。そういったプレイヤーには嫌でも手を貸したくなるよう俺達はプログラムされてるのさ」
「ガドスさん…」
「だから昨日と今日で俺達やレイコに接した時の気持ちを忘れずにこれからもプレイしていくんだぞ。そうすれば困った時には必ず俺達NPCが助けてくれるからな。言っとくが今俺達NPCの中でお前達8人の評価が一番高いんだぜ」
「…っ!。8人ってことは私達だけじゃなくナミやセイナ達もってことかっ!」
「そうだよ。あんた達8人がパーティを組むことになったのも偶然じゃないのかもねぇ」
「そっか…、じゃあやっぱりナミ達とは何か特別な縁でもあるのかなぁ…。実はこのパーティメンバーで顔合わせした時なんだか凄く嬉しかったんだ」
「おっ!、なんだナギ。やっぱりあんなこと言っといてナミのこと満更でもねぇみたいじゃないか。私は応援してるぜ。だからいつでも告っちまいなっ!」
「もうっ、そんなんじゃないって何度も言ってるだろっ!」
「じゃあなんでナミの名前が一番最初に出てきたんだよ」
「そ、それは…」
「(にゃぁ…、やっぱりガドス達もナギ達には不思議な感覚を抱いていたんだにゃぁ…。こりゃもしかするとレイチェル以外のメンバーにもあの話をすることになるかもにゃ…)」
ガドス達はナギ達のNPCを思う心に惹かれて力を貸したようだ。NPCを思う心と言うとどうやって分かっているのか気になってしまうが、この世界のNPCにもナギ達と同じく心が存在しているということだろう。そしてこの世界では意識を通してその心というのが現実世界以上に伝わりやすくなっている。ナギ達の日頃のゲームをプレイさせてもらっていることへの感謝、そして例え物質やプログラムでできたデータであっても命ある生命体と思って接していたことがガドス達に伝わったのだろう。そしてそのNPCを思う心というのはナギ達だけでなくナミ、セイナ、カイル、ヴィンス、アイナ、ボンジィ、ナギが昨日から一緒に行動してるプレイヤー達も持っているようだった。もしかしたらゲームを思う心が皆を引き合わせたのかもしれない。そしてデビにゃんもナギ達だけでなくナミやレイチェル達にもこのゲームの衝撃の秘密を話そうと考え始めていたのだった。
「さっ…、用が済んだのならさっさと行きな。この後も用事が閊えてるんだろ」
「あっ!。そうだった…、ナミ達には7時頃に戻るって言ってあったんだった。……げぇっ!、もう7時20分じゃねぇかっ!。こうしちゃいられねぇ。早くレイコさんの家に戻って皆でチュートリアルの続き受けにいくぞ。さっさと来い、ナギ、デビにゃんっ!」
「えっ…、ちょっと待ってよ、レイチェルっ!」
アリルダの言葉でチュートリアルのことを思い出したレイチェルは急いで店の入口へと向かって行った。それに続いてナギとデビにゃんも急いでレイチェルの後を追って行った。
“ガチャ…”
「それじゃあな、おっさんにアリルダさんっ!。珍しい鉱石が入ったらまたナギに鍛冶させにくるからよろしくなっ!」
「僕もまた店の仕事を手伝いに来るよっ!。今度は全部成功させてみせるから期待しておいてね」
「僕も錬金術の仕事を手伝いに来るにゃっ!。もし珍しい素材が手に入ったら買いに来るから置いといてくれにゃ。それじゃあにゃぁ〜」
“バタンッ…”
ナギ達は皆別れの挨拶を言いながら急いで店を出て行ってしまった。ガドスとアリルダはナギ達が出て行った後暫く妙な余韻に浸っていた。
「行っちまったね…。一晩だけだったけどいなくなると寂しいもんだね。いいプレイヤーってのは…」
「ああ…、けどきっとまた来てくれるさ。その時に備えて俺達も店の仕事を頑張るか…」
「そうだね…」
ガドスとアリルダはナギ達がいなくなった寂しさを感じながら自分の仕事へと戻って行った。NPC達はプレイヤーと触れ合う機会がなければ普段はプログラム通り平凡な作業を淡々とこなさなけばならない。ナギ達のように積極的に自分達に関わって来てるプレイヤーはNPC達に取ってとても嬉しい存在なのかもしれない…。
「遅っそいわね〜、あいつら…。レイチェルの奴7時頃には帰るって言ってたのにもう7時半じゃないの…」
ナギ達がレイコの家へと向かっている頃ナミ達はすでに支度をしてレイコの家の門の前でナギ達が来るのを待っていた。レイチェルは7時頃に戻ると言っていたためナミは少し不機嫌になっていた。
「ちょっと端末でメール送ってみるか…。もしかしたら鍛冶に手間取ってるかもしれないしね」
「……むっ、その必要はないようだぞ、ナミ。レイチェル達が来たようだ」
「お〜い、ナミ〜。遅くなってすまねぇ〜。けどこの剣を見てみろよ〜」
ナミがレイチェルにメールを送ろうとすると遠くの方から声が聞こえて来てそこには大きな剣を抱えたレイチェルが走ってくる姿があった。
「ああぁぁぁぁぁっ!、それって言ってたヴァイオレット・ウィンドって武器じゃないの〜。すっご〜い、本当に鍛冶を成功させたんだ」
「おおっ!、本当だ。凄く立派な大剣ではないか。私にも見せてくれ〜」
「へぇ〜、確かにすげぇ強そうな剣だな。緑色ってのがまたいかすぜっ!」
「はぁ…はぁ…、お〜い、剣ばっかりじゃなくてそれを作った僕のことも褒めてくれよ〜」
「にゃぁ…にゃぁ…、その通りにゃっ!。その剣を作れたのは僕とナギのおかげにゃ〜。レイチェルの奴はただ家でお酒を飲んでただけにゃぁ〜」
レイチェルの少し後ろにはナミとデビにゃんも必死に走ってくる姿があった。どうやらレイチェルのスピードについていけず息切れしてしまっているようだった。
「あっ、ナギ達も来たみたいね。それじゃあレイコさんにハールンさん。私達はこれで失礼しますね。リディにアットにトララも昨日はありがとうね。おかげで内政の仕事が捗っちゃったわ」
「そうじゃな。わしもまたレイコさんの牧場にいくからその時は一緒に盆栽を育てようの、リディちゃん」
「にゃぁ…、私はどちらかっていうと花を育てたいにゃ…」
「うふふっ、またいつでも来てね、ナミちゃんに皆。って言っても昨日みたいな持て成しはもう流石にできないからあんまり期待しないでね」
「僕もハールンさんにはこの世界の魔法について色々教えてもらって助かりました。必ずこの知識をヴァルハラ国の為に活かしてみせます」
「私も本の書き方について色々勉強させてもらいました。頑張って本を完成させるのでその時は是非呼んでくださいね」
「ああ、楽しみにしているよ、アイナちゃん。カイル君も魔術書が欲しくなったらいつでも言ってくれたまえ。書庫にある物なら店より格安でお譲りするよ」
ナギ達が向かってきているのを見てナミ達は急いでいたのか皆それぞれレイコにハールン、そしてリディ達に別れの挨拶を済ました。そしてチュートリアルに向かうためにナギ達元へと駆けていくのであった。
「レイチェル〜、デビにゃんの言う通りあんたは飲んだくれてただけなんだからあんまり偉そうにしないでよ〜。それにナギにもちゃんとお礼を言ったんでしょうね」
「ナギ〜、お前の鍛冶の技術は素晴らしいようだな〜。今度私にも剣を作ってくれ〜」
ナギ達の元へと向かったナミ達の姿はすぐに小さくなって言った。ナギとナミ達が合流して城へと向かって行く頃挨拶の出来なかったナギ、レイチェル、デビにゃんの3人は大きく手を振って別れの挨拶をしていた。特にレイチェルは今で来たばっかりのヴァイオレット・ウィンドを振り回していたためレイコ達もナギ達の別れの挨拶が見えやすかったようだ。
「……行っちゃったわね、あの子達…」
「ああ…、彼らならきっとヴァルハラ国の為に大貢献してくれるさ。その時はまた家に迎えて皆で食事でもしよう」
「ふふっ…、そうね」
“ガチャ…”
「…っ!。あら、リアじゃないの。どうしたの、こんな朝早くに。ナギ達ならもう城に行っちゃったわよ」
ナギ達を見送ったレイコ達の前にレイコの娘であるリアが姿を現した。ナギ達の見送りには出てこなかったようだが一体何をしに来たのだろうか。
「別に見送りに出て来たわけじゃないわよ。言ったでしょ、固有NPC兵士に志願するって。これから城に行って志願書を出してくるのよ。その場で返事をくれると思うし私ならほぼ合格確実だと思うから今日から固有NPC兵士としてよろしくね」
「そうだったわね…。でも固有NPC兵士になる以上ちゃんとプレイヤーの人達と連携を取らないと駄目よ」
「そうだよ、リア。間違っても一人城の外に出ようなんてしちゃいけないよ。リアの実力は分かってるけど、ちゃんとプレイヤーの人とパーティを組んでから旅に出るんだよ」
「ふんっ…、プレイヤーとパーティを組むくらいだったら死んだ方がマシよ。それに私はNPCの中でもランクが高いから他国のプレイヤーに殺害でもされない限りリスポーンできるしね。それじゃあ行ってくるわ」
どうやらリアは昨日言っていた固有NPC兵士に志願しに城へと向かうようだった。固有NPC兵士になればプレイヤーと同じように行動できるようになるが果たしてリアはプレイヤー達と上手く打ち解けることができるのだろうか。
「はぁ…、あの子ったらまだあんなこと言ってるわ。やっぱりこの電子世界の元になっている本体の一部から作り出された私達と違って、ナギ達が物質世界の中に一つの命を持って生まれてきたのと同じように電子世界の中に一つの命として生まれてきた子は扱いが難しいわね」
「ああ、だが本体の意識と直接繋がっている我々とは違い、一つの生命として意識を持つリアがこのゲームのことに不満を持ってしまうことは仕方ないのかもしれない。ほぼゲームのプログラム通り動く我々と違い、自由な意思を持つリアはプレイヤーにとっても扱いが難しいぞ。果たしてナギ君達はどのようにしてリア達と付き合っていくのかな」
どうやらリアは同じ電子生命体でもレイコやハールンとは違うようだった。レイコやハールンは今は一つの個体を持った姿になっているが元々はこの電子世界の本体となっている電子生命体の一部、つまりは人の姿をしていても中に入っている意識はこの世界の意識そのものというわけである。それに対しリアはこの電子世界に住む一つの電子生命体としての一部、中に入っている意識はこの世界の本体ともレイコやハールンとも切り離されているということであろうか。更にハールンはリア達と言っていたが他にも同じような生命体がこのゲームに参加しているということだろうか。果たしてナギ達は自分達と同じように一つの意識として存在しているリアとどのように接していくのだろうか。ナギ達とリアはそれぞれの思いを胸にヴァルハラ城へと向かって行くのだった…。
 




