finding of a nation 141話
「“モグモグッ……ゴックンッ!”。……うんっ!、やっぱりこの川で獲れる魚は滅茶苦茶美味しいわね。どうしてこんなに身が柔らかいのに箸で摘まんでも全然崩れないのかしら」
「それにこの川に流れてるっていう霊力みたいなのに浄められたおかげか体に溜まった疲れも一気に癒されていく感じがするね。実際味が美味しいってだけじゃなくてそういったゲーム内のアイテムとしても凄く高い効果を持ってそう」
無事ブリュンヒルデの承認を得てラディをネイションズ・モンスターとして迎え入れることのできたナギ達はその際に合流したブリュンヒルデ達と共に引き続き対岸にあるプレーンズという都市を目指しラディに引かれる巨大な筏に乗り移動していた。しかしいくらラディでも一日の内に対岸まで辿り着くことはできなかったようで、日が暮れてきたこともあり筏の上にこれまた巨大なテントを張り皆で夕食を取っていた。その主食となっていたのは焼き魚だったのだが、どうやら昼間の内に皆で手分けしてこの川で漁獲したもののようだ。今もナギとナミが席を並んで話していた通りこの川の霊力を吸収して育った魚達はどれも皆美味で先程のダンジョンで溜まった疲れを一気に吹き飛ばしてくれたようだ。皆が夕食を取ることもありラディも一度休息を貰い筏から解放されて今はこの川に棲息するナギ達の食べている魚達と同じく霊力を吸収して育ったプランクトン達をたらふく食べ今は水面に背を浮かべて眠りに付いていた。恐らくこの夕食後は皆ももう床に就き移動の再開は明日の朝からということになるのではないだろうか。
「“モグモグッ……ゴックンッ!”……だけどこの魚達がこんな美味しい上に色んな効果が上乗せされてるのは調理してくれたエドワナさんやグラナさん達のおかげよね〜。この川底で取れたワカメみたいな奴の出汁で作ったお吸い物も絶妙にあっさりしてて飲みやすいし……。戦闘だけじゃなくて家事全般までできるなんてほんとエドワナさん達がヴァルハラ国に来てくれて良かったわ〜」
「元々私はサニール様のお屋敷でメイドとしても働かせて頂いてましたからね、ナミさん。グラナも最近も出稼ぎに出ている他のメイド達に代わって色々と雑務をこなしているようですし……。ですけど他の手伝って頂いたヴァルハラ国のプレイヤーの皆さんもかなり料理はお上手でしたよ。特に“大神官ラスカル”さんなんかは男性だというのに私達よりテキパキとした手付きでどんどん作業をこなし……周りの方達にも非常に穏やかな口調に話掛けて下さって女性陣からは大絶賛を受けていました。身なりも上品で誠実そうな人柄でしたのにあのようなお方がナミさん達の世界では未だに独身だというのですから驚きです」
「ラスカルさんって討伐大会の時に天丼頭や爆ちゃん達のパーティにいた金髪でオールバックの中年ぐらいの男の人よね。確かに天丼頭やボン爺ぃなんかよりは全然まともだし数少ない頼れる大人の男性って感じに私は思ってるわね。けどレイチェルから聞いた話だとなんか昔私達の世界で親と宗教関連のトラブルで色々と苦労したみたいなことを言ったみたいよ。未だに独身っていうのにももしかしたら何かそれが関係してるのかもしれないわ。自分の意志でならともかくそんなことで一生を独り身で過ごすことになったんだとしたら本人からしてみても最悪でしょうね……」
「だけど全ての人が結婚したからって幸せになれるとも限らないよ、ナミちゃん。ほら、さっきからあそこでぶつくさ言い合ってるサニールさんとハイレインさんを見てみてよ」
「えっ……サニールさんとハイレインが一体どうしたっていうの、レミィ……あっ」
ナギ以外にも近くの席に座っていたエドワナ達と会話を楽しむナミであったがそんな時レミィが話に割って入って来てサニール達の方を見るように促してきた。夫婦である二人が並んで食事を取り話をしているのは一件当たり前の光景のように思えるがそんなりに二人に対しナミが視線を向けると……。
「“モグモグッ……ゴックンッ!”。しかしまさかお前があのラディアケトゥスをネイションズ・モンスターとするに一役買っていたとは……。これはお前が固有NPC兵士となることに反対だった私の考えが間違いであったことを認めなければならないな」
「“モグモグッ……ゴックンッ!”。……ふ〜んだっ!。そんなこと言って煽てても無駄よ。本当はまだ私がナギ君達と一緒に冒険に出ることを快く思ってないくせに今回私が手柄を立てちゃったから仕方無くそんなこと言ってるんでしょ。もし逆に私が敵にやられちゃって皆に迷惑掛けてたりしたらそれにかこつけて私に固有NPCを止めるよう言いくるめるつもりだったくせにっ!」
「い、いや……確かにそうしたかもしれないがそれはお前のことが心配で……」
「大体あなたの方こそ何しれっとした顔でラディちゃんの筏の方に乗り移って来てるのよ〜。ここはラディちゃんを仲間にする為にあの遺跡のダンジョンで苦労を共にした者達だけの場所よ〜」
「そ、それは私の主人である鷹狩殿が総司令官のゲイル殿と共に参謀としてブリュンヒルデ殿に付き添うよう命じられたからで……」
「あら〜、それじゃあそんなに私のことが心配と言っておきながら結局こっちに移って来たのは仲間モンスターとして仕方無くだったってわけ〜。別に私のことを危険なモンスター達から守ってやろうとかじゃなくて〜。そもそも本当に私のことを思ってるんだったら固有NPC兵士になることに反対するんじゃなくてブリュンヒルデさんや鷹狩さんの命令を無視して私達のダンジョン探索のメンバーの方に参加して欲しかったわ〜。やっぱりあなたって私を自分の妻として所有しておきたいだけで別に思い遣ってくれてるわけじゃないのよね〜」
「な、何を言う……っ!。私はいつでもお前のことを一番に考えているし霊体となった今でも生前以上にお前のことを愛しているつもりだっ!。しかしこのゲームに参加するNPCとしてルールを破るわけには……」
「はいは〜い。そんなの只の言い訳よ〜。別にルールを破らなくてもブリュンヒルデさんや鷹狩さんに私達のメンバーの方に参加させて貰えるようお願いすればよかったじゃない。何にも行動で示してくれてないのに愛してるなんて容易く口にしないでくれるっ!」
“プンプンっ!”
ナミ達が視線を向けた先ではなんとかハイレインの機嫌を取ろうとしていたのだが全く取り合って貰えず、それどころか妻として夫である自身への不満をぶつけられたじろぐごとしかできずに困り果てるサニールの姿があった。先日ハイレインが固有NPC兵士になったことをサニールが初めて知った時もそうだったがどうやらサニールは普段からハイレインに対して頭が上がらないようだ。それを見て流石にナミ達も女性の側からではあるがサニールに対し同情を抱いていたのだった。
「うっ……サニールさんったらハイレインさんに滅茶苦茶気を遣ってる様子なのにに全然取り合って貰えてないみたいだわ。確かにちょっとサニールさんの方が可哀想に見えちゃうわね。まぁ、夫婦の間のことだから色々と事情があるのかもしれないけど……」
「そうだよね〜。頼りの鷹狩さんはブリュンヒルデとゲイルドリヴルさんと一緒に会議室の方で夕食を取ってるみたいだし……、人間の言葉を喋れないヴェニルにはフォローのしようがないだろうしね〜。あんなの見せられてたらこっちまでいたたまれない気持ちになってきちゃうし……、ちょっと二人の仲を取り持ってあげに行ったら、エドワナさん」
「いえ……我々がサニール様のフォローに回ると大抵の場合ハイレイン様が“まぁ〜、屋敷の住民達皆揃ってサニールの味方をして私を悪者に仕立てあげるつもりなのね〜。それならもうこんな家出て行かせて貰うわ〜。”と言って、そしてサニール様が“まっ、待ってくれ〜、私が悪かったから許してくれ〜”っとなるだけなので余計な手出しはしない方がいいのです。それに何だかんだ言って二人は互いにそれぞれのことを一番に思い合っているはずですので放っておけば自然に仲直りしていますよ。ハイレイン様も今は固有NPC兵士になったばかりで早く自分の実力を周りに認めさせようと少し気が立っているだけです。今回は偶々ラディを説得する為に活躍の場がありましたが戦闘面の実力においてはまだまだ我々と差がありますから。ああ見えてハイレイン様は頭の切れるお方ですのでご自身でもそのことを十分に理解していて、まだ周りから過保護にされていることを実感しているからこそ一番自分の身を案じているサニール様にきつく当たってしまうのでしょう」
「確かに同じおっとり系に見えてもリリスやプリプリさんと違ってハイレインさんは凄く計算高い性格をしてるのよね。でもそれならエドワナの言う通り自分の言動についてもしっかり理解した上で行ってるはずだし、ハイレインさんのことだから私達が口出しすると余計怒らせちゃうってのも納得できるわ。流石長年仕えているだけあってエドワナさん達は二人のことよく理解しているのね」
「まさか死んだ後までお仕えすることになるとは思ってもみなかったですけどね。……さっ、そんなことより他の皆さんはもう食器も片付け終わって雑談したり本を読んだり、ゲームをしたりして自由にしてらっしゃいますよ。私達も話の続きをするなら私達も早く食事を済ませてからにしましょう」
「あっ、いっけなぁ〜いっ!。私もこの後レイチェル達とポーカーする約束してるんだったっ!。レミィも参加する予定になってるんだけどもし良かったエドワナさんも一緒にどう?」
「ええ。是非ご一緒させて貰いますわ。ですけど私は先に調理場の後片付けも済まさないといけないので先に皆さん方で始めておいてください」
「うっ……本当に何から何までエドワナさん達に任せきりでごめんなさい。私達も一応女だっていうのに……」
「わ、私も一人暮らしだけ自炊とか全然しなくて……。刑事の仕事って聞き込みとか張り込みとかが多いから大抵外で済ませちゃうんだよね〜」
「いえいえ。そんなのは男とか女とか関係なく得意な人がやればいいんです。私だって他のところではお二人に助けて貰ってるんですから。例えば今日のこの料理だって調理したのは私ですけど材料の多くを調達してくれたのはお二人や他の方々じゃないですか。レミィさんは一人で他の皆の分まで何匹も魚を捕えてくれたし、ナミさんなんて危険なのにわざわざ川底まで潜って海藻や貝を採って来てくれたでしょう。これからもそうやってお互い得意分野で頑張って足りない部分を補っていきましょう」
「エドワナさん……」
男性らしさや女性らしさというものを気にしないエドワナの暖かい言葉にナミとレミィは深い感銘を受けていた。現実のナミ達の世界ではまだまだ性別によって自身の在り方を制限されていると感じることも多く、いつか自分達の世界でもエドワナのように自分らしさを一番に出して生きていけるようになればいいなとナミとレミィも思っていたようだ。とはいえ二人は現時点で十分に自分らしく……むしろ自分本位過ぎると言ってしまいたい程に自由に生きていると思えるのだが……。そんな会話をしながら食事を終えたナミ達も食器を片付けそれぞれ自由行動の時間を楽しみに行ったのだった。
「……レイズだ」
「ふっ……こっちもレイズよ、レイチェル」
「何ぃ〜っ!。またお前にもいい手が入ってるのかよ〜、ナミ〜っ!。それとも今度こそハッタリか……」
「う〜、二人にそんな強気な態度でこられたらまた私は降りるしかないよ〜。あ〜あ〜、今日は全然勝負できる手が来ないなぁ〜」
「私もレミィさんと同じくとてもこの手札では勝負することはできません。フォールドさせて頂きます」
「あ〜、また調子に乗ってレイズし過ぎたからレミィもグラナさんも降りちゃったわ〜。折角さっきからいい手札が回って来てるのに勝負してくるのがレイチェルだけなんだもの〜。まぁ、レイチェル一人から散々稼がせて貰ってるから別に構わないんだけど……」
「うるせぇっ!、今度こそお前をギャフンと言わしてこれまでも負けを取り戻してやるからみてろっ!。……それでエドワナさんは一体どうするんだ。割と悩んでるとこを見るとエドワナさんにも結構いい手札が来てるんだろうけど私等と勝負するか?」
「いえ……確かに少し勿体無く思いますがお二人のその強気な態度に太刀打ちできる程ではありません。私もフォールドさせて頂きます」
「よしっ!。それじゃあまた私とナミの一騎打ちだなっ!。今度こそ私が勝つんだから逃げんなよ、ナミっ!」
「ふんっ!、そっちこそよっ!」
夕食の後の自由時間だが先程話ていた通りナミ、レイチェル、レミィ、エドワナ、グラナの5人はテントの端の方でテーブルを用意してポーカーを楽しんでいた。本格的な賭け事というよりは仲間内で遊び感覚でやっていた為そのテーブルも特にポーカー専用というものではなく円形のこたつテーブルのようなもので皆床に敷いた座布団の上に腰を下ろしてテーブルを囲っていた。一応ポーカー用のチップはレイチェルがヴァルハラ国の中古ゲーム屋で安く仕入れた物を持参してようでそれを使用してのだが。皆の会話から察するにどうやらゲームはほとんどがナミとレイチェルの一騎打ちとなり、それで毎回ナミが勝利していた為レイチェルのチップばかりがナミの元へ移動し他の者達は最初に掛けに出したしたチップの分だけ損を被る形となっていたようだ。今もレイチェルとナミがレイズを宣言しそれを受けて他の者達は皆勝負から降りてしまいまたナミとレイチェルの一騎打ちの勝負となっていたようだが果たして……。
「おーいっ!、いつまでやってんだぁーーっ!。こっちはもう布団敷き終わって寝る準備できてたんだぞーーっ!。ちゃーんと歯も磨いて夜中に起きないようにトイレにも行ってなぁっ!。っていうかそこにも布団敷かなきゃならないからとっと場所をあけろぉーーっ!」
「ちっ……クスクス笑うマンが、偉そうに……。なーにが“夜中に起きないようにトイレに行って”だ。てめぇは賢く母親の言いつけを守って優等生ぶってる小学生のガキかよ」
「だけど寝る前にトイレに行っときたいのは私も同じだよ、レイチェル。それにもう時間も22時を回ってるし……。ちょっと早いかもしれないけど明日からの任務に備えてそろそろ寝ておきたいって思ってる人も多いんじゃないかなぁ」
「うっ……ま、まぁそれもそうだな、レミィ。あんまり他の奴等に迷惑掛けるのもあれだしこれで最後にするか、それなら……」
「……っ!」
「だぁーーーっ!、最後の大勝負っ!。思い切ってオールインだぁぁーーーっ!」
「ええぇーーーっ!」
アクスマンにそろそろゲームを切り上げるよう促されたレイチェルはつい勝負に熱くなってしまいなんと自身に残されたチップを全て賭けに出すという暴挙に出てしまった。仲間内で遊び感覚でやるゲームだった為そこまでレートは高く設定していないとはいえ流石にチップ全てとなるとかなりの額になってしまうのでは思われるが……。
「ちょ、ちょっと本気なの……レイチェル。遊びでやる程度のレートでやってるとは流石にそれ全部となると5万円ぐらいにはなるわよ……。ゲームの中のお金とはいえこっちでの生活のやり繰りだってほとんど現実と同じようなもんじゃない。まぁ、幸い私達活躍の場に恵まれて功績ポイントも一杯貰えてるからそれぐらいの額を失ったところで生活に困るなんてことはないだろうけどさ……」
「いいんだよっ!。私はこういうのは勝にせよ負けるにせよ思い切りやらなきゃ気が済まねぇんだっ!」
「あんたって一番ギャンブルに手を出しちゃいけない性格してる気がするわ……。これはゲームの中だからどうにかなるだろうけど現実の世界でそんな無謀な賭けをして破産しちゃ駄目よ」
「だぁーっ!、もうっ!、うるせぇなっ!。そんなことよりこの勝負……受けて立つのか、それとも降りるのか、どうなんだ、ナミっ!」
「勿論受けて立つわよっ!。無謀なあんたに賭け事の勝負の厳しさを身を持って教えてあげるわっ!」
「よーしっ!、それじゃあ行くぞっ!。まず私の手札は……」
「“……ゴクリっ!”」
「じゃぁーーーんっ!。キングと10のフルハウスだぁーーーっ!。どうだぁーーーっ!、流石にこれには勝てないだろうっ!」
チップ全賭けの勝負とレイチェルの手札はキング3枚と10が2枚のフルハウスであった。ポーカーにおいてフルハウスはかなり上位に位置する役であり、しかも3枚組の方がキングというのは同じフルハウス同士の役での対決であった場合相手の3枚組がエースである以外負けはないということだった。レイチェルのチップ全賭けというのもそれなりに納得はできる強さの手札ではあったが果たして対するナミの手札は……。
「キ、キングが3枚のフルハウス……。こ、これは流石にレイチェルの方が勝ったんじゃないかな……。もしそうならチップ全賭けのおかげでこれまでの負けを取り戻すどころか一気にレイチェルの逆転勝利になるけど……」
「ふぅ〜、私もクイーンのスリーカードなどではとても歯が立たないところでしたわ、レミィさん。勝負したい気持ちを抑えてフォールドして正解でした」
「ク……クイーンのスリーカードでフォールドって……。別に勝ってるわけじゃないけどそこまで冷静になれるエドワナさんも十分に凄いと思うよ、私は。自分と相手の手札を読み取る実力ならエドワナさんが一番なんじゃないかな。まぁ、それでも結局運の強いナミちゃんがこれまで圧勝しっちゃてるわけなんだけど……」
「ふふふっ、どうよ、ナミ」
「………」
「どうなんですか、ナミさん。今日のナミさんは確かに調子は良かったですけどこれまでの勝負でも最高の手札はフラッシュでフルハウスに勝るものは出ていません。そうやって沈黙しているということはやはりレミィさんの言う通り……」
「ふふっ、心配しなくても大丈夫よ、エドワナさん。今日の私の勝負運はこれまでの人生でも1位2位を争うぐらいのものを感じてるんだから。例え相手がどんな強い手札を出してこようと必ずそれを超えるものが私の手の中に……」
「な、何……っ!」
「だあぁーーっ!、私の手札はこれよっ!、覚悟しなさいっ!、レイチェルっ!」
「……っ!」
「えーいっ!、エースのフォーカードよぉーーーっ!」
「何ぃーーーっ!」
勢いよくレイチェルの前に差し出されたナミの手札はなんとレイチェルのフルハウスを上回るエースのフォーカードだった。役にエースが使われているということではこれはもう例え相手が同じフォーカードであったとしても負ける可能性はなく、このエースのフォーカードを上回る役というのはもうハートやクローバー等のマークが全て同じで数字が5つ連続して並ぶというストレート・フラッシュしかない。ナミの方がチップ全賭けという選択してもおかしくない程の強さの役だ。とはいえレイチェルの方も降りるという選択肢はほぼないと言っていい程の強さのある手札だったので、この勝負を仕掛けてしまったのも客観的に見て仕方のない判断ではあるとレイチェル自身も頭に言い聞かせていたのだが、だからこそナミにそれ以上の手札を出されてしまったことが悔しく自分の手札と全賭けしたチップをナミの方へと放り投げながら激しく落胆してしまっていた。
「だあぁーーーっ!、また負けたぁーーーっ!。なんだよエースのフォーカードってぇぇーーっ!。こっちはキングと10のフルハウスなんだから普通勝てると思うじゃねぇかぁーーっ!」
「何言ってんの。ポーカーは自分と相手の手札のどっちが上かを見極めるゲームなんだから自分の手札のことだけ考えて勝負したら駄目よ。こっちも強気にレイズにしてるのにオールインなんて馬鹿な真似したあんたが悪い。……っというわけであんたの全賭けしたチップは有難く貰っておくわねっ♪、レイチェル」
「それにしたってお前の運が良すぎるんだよぉぉーーーっ!、ちくしょがぁぁーーーっ!。こうなったら今度は完全に実力のゲームで勝負するしかねぇ……。ヴァルハラ国に帰ったらビリヤードが置いてある私の行きつけのバーがあるからそこでしょう……ヴふっ!」
“バアァァァンッ”
「おらぁ〜、いつまでデカイ声出してんだ〜、金髪の姉ちゃんよ〜。ゲームが終わったのならとっと片付けて布団を敷けぇ〜。それとさっきも言ったが歯磨きとトイレに行くのを忘れるなよ〜。あ〜あとそれお前の分の枕な〜」
「ぐっ……あのクスクス笑う禿げ斧野郎ぉ……」
今回ナミのあまりの運の良さの前に完敗したレイチェルは今度はより実力が勝負に反映されるビリヤードで再選を申し込もうと声を荒げていたのだが、その途中で突然真新しい白の枕が飛んできてレイチェルの顔面に直撃した。どうやらゲームが終わったのにいつまでも寝る準備をする様子のないレイチェル達に腹を立ててアクスマンが投げ付けて来たようだ。しかしただでさえナミに勝負で完敗して苛立ちが頂点に達していたレイチェルに対してその行為はまずかったらしく……。
「てめぇ……さっきから母親面して偉そうに命令してんじゃねぇよっ!。てめぇに言われなくても布団ぐらいとっと敷いてやらぁっ!。だけどお前の手で触ったせいで汚れた枕なんかに頭乗っけてなんて寝られねぇからこれ返すな……」
「ちょ……ちょっとレイチェル……」
「おりゃぁぁーーーっ!」
“ヒュイィィィィィィンッ!”
「……っ!、うわぁっ!。何しやがるっ!、危ねぇじゃねぇか、レイチェルっ!」
「……っ!。ちっ、あの野郎避けやがった……」
今の一撃で怒りが爆発してしまったレイチェルはこれまでナミに負けた鬱憤を晴らすべく勝負とはまるで関係のなかったアクスマン目掛けて全力で枕を投げ返した。しかし流石に正面からではアクスマンに反応され咄嗟に身を屈められて枕を躱されてしまったのだが、アクスマンに当たらずに通り過ぎって枕は今度はなんととんでもない人物の元へと向かい……。
「……っ!、危ないっ!、塵童君っ!」
「………」
“バアァァァァァァァンッ!”
「あっ……や、やべぇ……っ!」
アクスマンの元を通り過ぎた枕は今度はなんとその先にいた塵童の顔面へと直撃してしまった。枕の軌道の先に塵童がいるのを気が付いて咄嗟にレミィが声を上げていたのだが、ヘッドホンをして音楽を聞きながら読書をしていた塵童には全く届いていなかったようだ。因みに塵童が読んでいたのは“ヴァルハラブ”という今ヴァルハラ国で大ヒットしているヴァルハラ国のある男性プレイヤーに恋するNPCの女性がそのプレイヤーに少しでも近づこうと懸命に頑張っていく姿を描いた恋愛小説だ。勿論その男性プレイヤーもNPCの女性も架空の登場人物ではあるのだが、今その架空のNPCが固有NPC兵士になることを目指して手柄を立てようと強敵に挑んだはいいが返り討ちにあい逆にこのままその恋が実ることなくゲームから退場してしまいそうというところでその恋の相手である男性プレイヤーがそのNPCの女性を助けるべく駆け付け、そこで初めて2人が直接会話するというシーンを連載中のところで爆発的に人気が伸びて来たようである。そういえばナギ達がアイアンメイル・バッファローと戦った際まだNPC兵士に登録できていなかったマイを守る為に似たような場面があったがまさかそれが題材にでもなっているのだろうか。意外ではあるが塵童はこういった純愛モノや青春時代を題材としたもの、後は純文学や哲学書なども好みなようで現実の世界でも色々と読み漁っているようである。それはさておきレイチェルも察していた通り一番いってはいけない人物のところに枕が直撃してしまったようで……。
「ちっ……。誰だ……俺にこんなもの投げて来やがった奴は……」
「や、ヤバい……塵童の奴マジで切れてやがる……。おーい、塵童っ!、それを投げたのはそいつだ、そこのクスクス笑うマンっ!」
「な、何ぃぃーーっ!」
「……って言ってもお前には分かんねぇか。えー……そうだっ!。そこの禿げ斧だ、禿げ斧っ!。禿げで斧ぶん投げて戦うのが得意の奴っ!。そいつが一番初めに枕をぶん投げて来やがったんだっ!」
「ちょ、ちょっとレイチェル……。そんなこと言っちゃっていいの……」
「いいんだよ。だって初めに投げて来やがったのはあいつだってのは本当じゃねぇか。あいつが仕掛けてこなけりゃ私だって投げ返したりすることはなかったんだからよ」
「禿げで斧をぶん投げる……っ!。てめぇか……アクスマンっ!」
「ま、待て……塵童っ!。確かに最初に投げたのは俺だがお前にぶつけたのはあの金髪……」
「問答無用っ!。くらえぇぇーーっ!」
“ヒュイィィィィィィンッ!”
「こ、これはまずい……うおぉぉぉーーーっ!」
“パシィーーーンッ!”
「……っ!。あ、あの野郎……塵童のあの剛腕で投げられた枕を弾き返しやがった……」
自身の枕が塵童に当たってしまいまずいと思ったレイチェルは咄嗟にアクスマンの責任を押し付けてしまった。確かに初めに枕を投げたのはアクスマンというのはレイチェルの言う通りだが流石にその言い分には無理があるというものだ。当然アクスマンも納得できるはずもなく塵童に本当のことを反論しようとしたのだが相変わらず聞く耳を持たない塵童は渾身の力を込めてアクスマンへと枕を投げ放って来た。先程のレイチェルとは比べ物にならない威力で投げ放たれる枕を見てこれは避けるのは無理だと直感したアクスマンは咄嗟に実際に敵と戦闘している時と同じ程の集中力で身構え、枕が自身に当たる寸前まできたところを見計らい水平チョップのように横向きに手刀を振るい枕を違う方向に弾き飛ばしてしまった。自身でアクスマンに罪をなすりつけておきながら塵童の渾身の一撃を弾き返したその集中力と技術に感心させられるレイチェルであったが、そのアクスマンが弾き飛ばした枕がこれまたあらぬ方向に向かいその後自身が保身の為についた嘘がとんでもない事態を巻き起こすのを目の当たりするのだった。
“ガリガリ……”
「フー……よーし、これだけ綺麗に研いでおけば僕の爪でナギ達を傷付けちゃうことはないだろうにゃ。猫の爪ってすぐ伸びるし先っぽが尖がってて危ないから毎日の手入れが大変なんだにゃ。まぁ、それは大半の仲間モンスター達が僕と同じように思ってるだろうけどにゃ……」
“グオグオッ!”
「おっ……シャインも今日は爪の手入れをして欲しいのにゃ。よーしっ!、シャインの爪は僕と違って攻撃に使うこともあるから敵に大ダメージを与えられるように思いっ切り尖らせてに研いであげるにゃ。だけどそのせいで自分や周りの皆を傷付けてしまわないよう気を付けるにゃよ」
“グオグオッ!”
「けどちょっと待ってにゃ……。まだ僕左手の方の爪を研ぎ終わってないのにゃ……。まずは一番よく使う人差し指の爪から……」
“ヒュイィィィィィィンッ!”
“グッ……グオォッ!”
「にゃあ?」
“バアァァァァァァァンッ!”
「にゅわんっ!。な、なんにゃ……いきなり何が飛……ってぎゃあぁぁぁーーーっ!。今の衝撃で手元がずれて研ごうとした爪で反対の手を切っちゃったにゃぁぁーーーっ!。誰にゃぁぁーーーっ!、今僕に向かってこの枕を投げて来たのはぁぁーーーっ!」
“グオグオッ!”
アクスマンの弾き返した枕は今度はナギに買って貰ったモンスターの爪とぎ用の鑢で爪を研いでいたデビにゃんに直撃してしまった。その衝撃で手元の狂ったデビにゃんは自身の爪で反対の手を切ってしまい怒り狂って枕を投げ付けて来た犯人を探して怒号をあげていた。それに対しその枕を最初に投げた塵童は……。
「くっ……てめぇのせいで今度はデビにゃんに当たっちまったじゃねぇか……」
「うるせぇっ!。俺の話を聞こうともせず全力で枕を投げて来たてめぇが悪いんだよ」
「にゃぁぁぁーーーっ!。一体誰にゃぁぁぁーーーっ!」
「ちっ……そいつだ、デビにゃん。最初にその枕を投げたのは俺だがお前の方に弾き飛ばしたのはアクスマンの奴だ。俺が枕を投げたのもそもそもそいつにぶつけられたせいだからな」
「なっ!、お前までレイチェルと同じように俺に責任をなすりつけるつもりかっ!。大体てめぇに枕をぶつけたのだって俺じゃなくてレイ……」
「にゃぁぁぁーーーっ!、お前かぁぁぁーーーっ!。エックスワイゼットォォォーーーっ!。どういうつもりか知らないけどお前のせいで大事な利き手の指を切っちゃったにゃぁぁぁーーーっ!。これで明日からの任務に支障をきたしたりしたら一体どう責任を取ってくれるつもりなのにゃぁぁぁーーーっ!」
「あ、あほか……。ここはゲームの世界なんだからそんなもん誰かに回復魔法を使って貰えばすぐに治……」
「にゃぁぁぁーーーっ!、仕返ししてやるから覚悟するにゃぁぁぁーーーっ!」
「だあぁぁーーーっ!、お前まで問答無用で投げ返してくるつもりかぁーーーっ!」
「いくにゃぁぁぁーーーっ!、シャインーーーーっ!」
“グオォォーーンッ!”
塵童の言葉を聞いて枕を投げ付けられたことに対するデビにゃんの怒りはまたしてもアクスマンの方へと向かってしまった。とは言っても今度はレイチェルとは違い塵童は一応は本当のことを言っていた為罪をなすりつけたとまではいえないだろうがアクスマンからしてみれば罪を着せられたことに変わりはない。しかしアクスマンにそんな不満を口にしている余裕はなく今度はデビにゃん、更には仲間モンスターの相棒であるシャインまでもが自身の枕を手に取るアクスマンへと投げ付けてくるのだった。
“ヒュイィィィィィィンッ!”
“ヒュイィィィィィィンッ!”
「くっ……今度は2連撃か……いいだろう。誤解であるとはいえ自ら蒔いた種であることには違いない……。こうなれば貴様達の誤解が解けるまで何度でも枕を弾き返してやろう……っ!」
「ば、馬鹿……っ!。もう正直に私が謝るからこれ以上馬鹿な真似すんじゃねぇっ!。これ以上余計な奴等を巻き込んじまったら収拾が付か……」
“パシッ、パシィーーーンッ!”
「ふっ……どうだ……。この俺にかかれば例え枕が二つ飛んで来ようとどうということはない……」
デビにゃんとシャインの仲間モンスター同時の見事な連携で絶妙な時間差をつけて投げ付けられて来た枕にアクスマンは何故か妙な対抗心を燃やし始めレイチェルの制止など聞く耳も持たずに先程と同じく今度は手刀を素早く左右に切り替えし見事2連撃で投げ放たれて来た枕を弾き返した。しかしまたしてもその二つの枕はそれぞれ別のあらぬ方向へと飛んで行ってしまい……。
「はい、爆姉ぇ。もう寝る前だけど紅茶を入れて来たよ。ここは川の上だし流石に普通のテントだと夜も冷え込むだろうし体を暖めてから寝よう」
「サンキュー、聖。全くこんな気の利く妹を持って私はなんて幸せ……」
“バアァァァァァァァンッ!”
“バシャァァァァァーーンッ!”
「……っ!、あっ、熱っちぃぃーーーーっ!」
「だ、大丈夫っ!、爆姉ぇっ!。な、なんで急に枕がこっちに飛んで……」
「ふむぅ〜、今日はどんな香りのするアロマを置いて寝ようかしら。匂いを嗅いで寝ると体が空へと浮いて雲のベットで寝ているような感覚の味わえるラナンキュムラスの花のアロマ、それともまるで澄んだ海から流れる潮風に吹かれながら寝ている感覚の味わえるシー・ブローウィングの花のアロマ、う〜ん……どれにしようか……」
“スッ……バシャァァァァァーーンッ!”
「あっ……ああぁぁーーーーっ!。最近買ったばかりの私のアロマ達が……」
“ササッ……”
「駄目だわ……もう中身が全部こぼれちゃってる……。もうぉぉーーーっ!、一体誰よぉぉーーーっ!。いきなりこんな意味も分からない枕を投げ付けてきたのはぁぁーーーっ!」
アクスマンの弾き飛ばした枕だが一つは爆裂少女の元へと向かい妹の聖君少女が入れて来てくれたばかりの紅茶を一口も飲まない内に自身の顔へとぶちまけてしまった。もう一つはサニールの屋敷の住民の霊であるブラマの元へと向かい、霊体である為枕が体をすり抜け自身に当たることはなかったのだが、より快適な睡眠を得る為に準備していたアロマに枕が直撃してしまい中身を全て床にぶちまけてしまう事態に陥ってしまっていた。折角妹が入れてくれた紅茶をこぼされただけでなく自身の顔に火傷まで負ってしまった爆裂少女、それなりに値が張る上買ったばかりでほとんど未使用だったアロマを台無しにされたブラマ達の怒りは凄まじくこれまでの流れと同じように声を荒げて枕を投げ付けてきた犯人を探していた。因みにブラマが用意していたアロマの材料となっている“ラナンキュムラス”は“ラナンキュラス”という花の名に積雲を意味する“キュラムス”を合わせて名付けられた雲の上に咲くという珍しい花のこと、“シー・ブローウィング”は澄んだ海の近くの浜辺に咲く花のことでどちらも現実の世界にはないこのゲームの世界にのみ生息する花のことである。アロマ好きのブラマだが中でも最近は花から抽出したエキスを材料としているフローラル系のものに嵌っているらしい。
「あわわわわっ……今度は爆にブラマの奴まで……。こりゃ早く名乗りでて事態を収めないと大変なことに……」
「にゃぁぁぁーーーっ!、二人共そいつにゃぁぁぁーーーっ!。そこにいるエックスワイゼットが僕達の投げた枕を自分が当たるのが嫌だからって皆の方に弾き返したのにゃぁぁーーーっ!。自分は僕や塵童にも枕をぶつけて来たくせににゃぁぁーーーっ!」
「なんだとぉ……禿げ斧の分際でよくもやってくれがったなぁ〜。おかげで折角聖の入れてくれた紅茶をこぼしただけでなく顔に火傷までしちまったじゃねぇかぁっ!。どうしてくれんだっ!、おおっ!」
「ば、爆姉ぇ……紅茶ならまた入れてくるし火傷も私の回復魔法ですぐ治してあげるから落ち着いて、ねぇっ!」
「こっちは新品のアロマが2本も駄目になっちゃったのよぉ……。折角なけなしの給料をはたいていつも使ってるやつよりちょっといいのを買ったのにぃ〜っ!」
「ふっ……もう言い訳はせん。どうせお前達も前の奴等のように問答無用で枕を投げ返してくるつもりだろう。全て弾き返してやるからとっと掛かってこい」
「な、何をとち狂ったこと言ってやがんだ……あの馬鹿は……。私も正直に謝るって言ってるんだから変な意地張ってないでもう枕の一つや二つ当たってやればいいだろうが……。一発やり返しゃああいつ等の気も晴れるんだからよ……」
「さっきから自分の話を全く聞いて貰えないから意固地になっちゃってるんだよ、アクスマン君も。レイチェルが謝るって言ってるのにもまるで気付いてないみたい」
「この私を相手に開き直るとはいい度胸だなぁ……禿げ斧……。そんなにお望みなら今すぐその自信満々な顔にぶち当ててやるから覚悟しなっ!。てりゃぁぁぁーーーっ!」
「こっちもいくわよっ!、うおぉぉりゃぁぁーーーっ!」
今更自身の行いを悔いたところでレイチェルの謝罪は誰にも届く、その後爆裂少女とブラマの放った枕をアクスマンがまたしてもあらぬ方向へと弾き飛ばし更なる被害者、そして加害者となる者達が続出してしまうのは言うまでもなかった。更には直接枕に当たってないにも関わらず面白がって参戦してくる者達まで出始めてしまい、皆誰彼構わず枕を投げ付けテントの中にいる全てのプレイヤー達を巻き込んだ大枕投げ合戦が勃発してしまった。一方その頃別途用意されたテントで会議を行っていたブリュンヒルデ達だが、ちょうど今明日対岸のエリアに到着してからの方針や任務を遂行するに当たっての段取りも決まったようで就寝前の挨拶をしようとナギ達のいるテントの方へと向かっていたのだったが……。
「ふぅ……ようやく会議を終えることができましたね、ゲイル、鷹狩。二人共中々考えの定まらない私によく付き合ってくれました。おかげさまで対岸のエリアについてからも皆で協力して段取りよく任務を遂行することができそうです」
「はい。ナギ達が連れて来たラディアケトゥスのおかげで当初船での移動で予定してものより格段と早く対岸のエリアまでも到着できるでしょうし、作戦のメンバー達も総入れ替えとなってしまいその数こそ半分以下となってしまいましたが実質的な戦力でいえばむしろ向上しています。船に残して来た天だく達には悪い発言ですが……」
「ふむ……確かに私も何も考えず勢いのままついこちらに乗り移って来てしまいましたがもう少し天だくやカムネス達に配慮した方が良かったかもしれません……。船に残された者達が私に対して不満を抱いてなければいいのですが……」
「いえ、天だくにしろカムネスにしろ元々この作戦に参加していたプレイヤー達は皆その実力だけでなく思慮の深さや人間性においても高い評価を得ている者達を選び抜いています。心配なさらずとも皆ブリュンヒルデ様のヴァルハラ国の領土の拡張を速める為の判断とその意向をくみ取りそれぞれ新たに与えらた役目に注力してくれるでしょう」
「……そうですね。私達も皆のことを信じ明日以降の任務に全力に取り組む為にも今日はもう寝ることに致しましょう。その前にラディを仲間にする為今日の任務を頑張ってくれた皆に就寝前の挨拶を致さねば……」
“スッ……バアァァァァァァァンッ!”
「……っ!、ブッ……ブリュンヒルデ様っ!」
「あっ……」
ナギ達に就寝前の挨拶をする為のテントの入り口を開いたブリュンヒルデだったが、その直後テントの中から何者かが投げ放った枕が飛来しブリュンヒルデの顔面へと直撃してしまった。驚きと同時に慌ててゲイルがブリュンヒルデへと声を掛けていたのだが、そのことに気付いたテントの中にいた者達はとんでもない事態を引き起こしてしまった瞬時に悟り、あれだけ騒いでいたにも関わらず皆一気に静まり返ってブリュンヒルデ達の方へ視線を向け呆然としてしまっていた。皆への感謝の気持ちから笑顔でテントへと入ってきたブリュンヒルデだが、顔面に当たった枕が地面へと落下した後も変わらぬその笑顔の表情が何とも言えぬ恐ろしさをテント中に醸し出していた。
「だっ……大丈夫ですかっ!、ブリュンヒルデ様っ!」
「ええ、大丈夫ですよ、ゲイル。別になんてことないただの枕が顔に当たっただけですから」
「あ、あの……ブリュンヒルデさん……」
「ですが就寝前の挨拶に来たというのに皆はまだ元気があり余っているようですね。折角盛り上がっているところを邪魔をしては悪いですし私は自身のテントに退散して一足先に就寝させて貰うことに致しましょう。……あっ、そうだっ!。皆さん枕を投げ合って大変楽しそうしてらっしゃいますがどうせならチームに分かれて対戦をしてみたらどうですか?。その方が更に枕投げが盛り上がると思いますよ」
「チ……チームに分かれて対戦って……それって一体どういう意味ですか、ブリュンヒルデさん……。いえ……そんなことよりいきなり枕をぶつけられて私達に怒ってないんですか……」
「私は別に怒ってなどいませんよ、ナミ。当たったといってもただの枕ですし特に怪我をしたり顔に痛みを感じることもありません。そんなことより先程の対戦の件なのですが……、ただチームに分かれて戦っても何のスリルもありません。そこで負けた方のチームには罰ゲームとしてヴァルハラ国へと帰還したした際ヴァルハラ城内全域の清掃をして貰うことに致しましょう」
「ええぇぇーーーっ!、あのだだっ広い……っていうか一つの街と同じくらいの面積のあるヴァルハラ城の掃除を私達だけでぇぇーーーっ!。そんなの丸一日どころか一月掛かったって終わらないですよ……。やっぱり枕をぶつけちゃったことを怒って……」
「だから私は別に怒ってなどいないと言っているではないですか、ナミ。ではゲイル、鷹狩。申し訳ありませんが二人には皆のチーム分けと審判を手伝ってあげてください。あとどちらのチームが勝ったか対戦の結果の報告も忘れないように」
「はっ!、了解しましたっ!」
「りょ、了解しましたじゃないわよ〜、ゲイルドリヴルさ〜ん、それに鷹狩さ〜ん。総司令官と参謀の2人ならブリュンヒルデさんにも意見できるだろうしどうにか私達を許して貰えるよう取り計らってよ〜。私達に悪気がなかったってことは2人も分かってくれてるでしょ〜」
「悪気があったかどうかは関係ない。これは枕をぶつけたことではなくラディアケトゥスを仲間にするのに成功したせいで浮かれ過ぎていることへの罰だ。さっ、ここまでは就寝時刻を回ってしまうし早くチーム分けをして試合を始めるぞ。私も明日からの任務に備える為十分な睡眠をとっておきたいからな」
「そ、そんなぁ〜……」
こうしてレイチェルとアクスマンのいざこざから始まった枕の投げ合いはヴァルハラ城の清掃という罰ゲームを懸けてのチーム対抗の枕投げ合戦にまで発展してしまった。ブリュンヒルデの命令とあっては皆拒むことはできず、ゲイルに言われた通り今日の自分達の任務での活躍に舞い上がって燥ぎ過ぎたことを後悔しながらそれぞれ割り振られたチームへと分かれていった。どちらのチームのメンバー達も当然あの広大な面積を誇るヴァルハラ城の清掃などしたくはなかったはずだが、それよりもブリュンヒルデを怒らせてしまったショックで先程のまでの燥ぎっぷりはどこにいってしまったのか完全に意気消沈してしまいまるで老人達がゆったりと楽しみながらやっているゲートボールよりも低いテンションでその試合はまるで盛り上がりを見せることはなかった。それにしてもヴァルハラ城内全ての区画清掃とは普段は寛容なブリュンヒルデにしてはあまり厳しすぎる対応にも思えるのだが……。
「ふぅ……本当は私も皆と一緒に混ざって枕投げをしてあげたかったですが明日からの任務に向けて少しは気を引き締めて貰わないと……。他国のプレイヤー達も当然私達と同じようにまずは領土の拡張を優先して行動を開始しているはずですからせめてこの対岸の先のエリアだけはきっちりと押さえておかないと女王の立場を任されている者として気が収まりません。なんとしてもプレーンズの都市の住民達と良好な関係を築かなければ……」
ブリュンヒルデにしては燥ぎ過ぎていたナギ達に対して厳格な態度を取ったように思われたのだがどうやらそれはこれから先の任務のことを考えてのことであったらしい。普段は毅然としてながらも周りに対しては穏やかで優しい対応をし余裕を持って行動しているように思えるがその内心には多少なりとも女王としての責任の重圧が圧し掛かって
いるようだ。本当は一緒に枕投げをしたかったという発言には若干の可愛さも感じられたが……。




