finding of a nation 116話
「ゴホッ……ゴホゴホッ!。ふぅ〜……なんとかこの泥水から抜け出すことができました。ですがおかげで口の中が泥まみれになって滅茶苦茶気持ち悪いでーす、ナギ君。……ぺっ!」
「くっ……やはりまだ立ち上がって来たか……」
「………」
ナギのアースフロー・ビローイングを受けて土流の中に埋もれてしまっていた拷問紳士だったが、やはりこの程度で倒されるわけもなく、自身に覆いかぶさった泥水を額の前に構えた前腕の部分で持ち上げながらゆっくりとその姿を現した。サニールの予想通りダメージ自体ほとんど負っていない様子で、口の中に溜まった泥を地面に吐き出しアースフロー・ビローイングによってそれを放ったナギに対して視線を向けていた。不気味な視線に少し身を竦ませてビクつきながらも、臨戦態勢を崩すことなく、ナギは横にいるサニールと共に真剣な面持ちで同じく拷問紳士に対し警戒する視線を向けていた。
「おおぉーーっ!、あまりそのような棘々(とげとげ)した視線を私に送らないで下さーい。まるで全身に釘を打ち付けられているようで体の動きが“クギクギ”してしまいまーす。……あっ!、それを言うなら“ギクギク”でしたっけ」
「………」
「はぁ……折角あなた方の緊張を解いてあげようとジョークの一つでも飛ばしてみたのですから少しは反応くらいして下さいよ……。長かった私達の戦いもいよいよ最終局面へというのですからお互いもっと楽しんでいきましょうっ!」
「くっ……どこまでも戯けたことをぬかし追って……この外道がっ!。そのような相手を馬鹿にした気遣いなど要らぬわっ!。貴様のように余裕を振り撒いてチャラけた態度を取ることなどではなく、例えどのような強敵が相手であれ最後まで自身の勝利を信じて戦うことこそが我々の楽しみ……そうだな、ナギっ!」
「うんっ!」
「ほほっ、では最終戦第2ラウンド開始……ですねっ!」
「いくぞ、ナギっ!」
「うんっ!」
拷問紳士の足元に広がるナギのアースフロー・ビローイングによって発生した泥水、そのエフェクトがちょうど消え去ると共にナギ達と拷問紳士は互いに気合の込もった掛け声を上げ戦闘を再開した。まずはこれまでの作戦と同じようにサニールが拷問紳士に向かって斬り掛かりその相手を引き受けると、その隙にナギは拷問紳士の背後へと回り牽制する意味も込めていつでも相手の隙を突けるよう武器を構えていた。なんとか二人の連携が上手く作動して現在回復中のナミ達が戦線に復帰するまで持ち堪えることができれば良いのだが……。
“カァンッ!、……キイィーーーンッ!”
「くっ……こ、此奴め……。ナギが後ろに控えているというのに全く気に掛けることなく強気に剣を振るいおって……。これでは先程と同じように奴に押し切られてしまう……」
「ほほっ、この私が多少の敵に後ろに取られた程度で攻撃の手を緩めるとでも思っておいでだったのですか。しかもナギ君がナミさんより前衛としての能力が劣っていることは明らか……。ここはナミさん方に復帰される前に一気にあなたを片付けさせていただきまーす、サニールっ!」
“カァンカァンッ!、……ガッキィーーーンッ!”
「ぐっ……ぬ、ぬおぉ……っ!」
しかしナギ達の思惑とは裏腹に拷問紳士は背後に構えるナギのことなど一切気にする様子がなく、これまで以上に強い力を込めて手斧を振るい猛攻を仕掛けて来た。それはサニールが完全に防戦一方になる程の凄まじさで、ナギが攻撃する隙を作り出すどころか一気に押し切られてしまいそうであった。
「くっ!、サニールさぁーんっ!」
“バッ!”
「……っ!、いかん……ナギっ!」
なるべく拷問紳士の隙を突いて攻撃するようサニールから念を押されていたナギであったが、再び拷問紳士に押し切られそうになるサニールを黙って見てはおれず、先程同じようにサニールのフォローをしようと拷問紳士へと突っ込んで行ってしまった。拷問紳士の斬撃の猛攻を凌ぎながらその背後から迫るナギの姿を見たサニールは慌てて制止しようと呼び掛けてたのだが……。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!、てや……」
“ガッチィーーーンッ!”
「痛っ!、な、なんだぁーーーっ!」
勢いに任せて拷問紳士の背後のすぐ側まで迫って来たナギであったが、そのまま拷問紳士の背中目掛けてアース・カルティベイションを振り下ろそうとしたその時、金属の弾く音のようなものが鳴り響いたと思ったら急にその踏み込んだ右足に激痛が走り武器を振り下ろす手を止めてしまった。ナギはすぐさま自身の足元を確認したのだが、なんとその痛みを感じた右足はトラバサミの罠に掛かりその金属板によって抜け出すことができない程強く挟み込まれてしまっていた。これまでの戦闘では誰もそのような罠に掛かる気配も存在に気付いた様子もなかったが一体いつの間にこのようなものが仕掛けられていたのだろうか……。
“ガチャガチャ……”
「くっ……ぬ、抜けない……っ!」
「ナギっ!。……くそっ!、一体いつの間にあのようなものを……」
「先程のナギ君の放った泥水に埋もれている間にでーす。そしてあのトラバサミの罠は私のインビジブル・トラップにより他の者からは完全に視認することのできないようになっているので思い掛けずナギ君が掛かってしまうのも無理ありまーん」
「インビジブル・トラップだと……」
どうやらナギの掛かった罠は泥水の中に埋もれ姿の隠れている隙に拷問紳士によって設置されたものだったようだ。しかもそのトラバサミは拷問紳士の能力により透明化しナギやサニールからは視認することができなくなっていたという。そして拷問紳士は初めからナギを罠に掛ける算段だったようで、この隙に一気に戦局を自身に優位なものに変えてしまおうとサニールに向けて更に力の込もった強い斬撃の一撃を撃ち放って来た。
「ふふっ、ではナギ君も身動きが取れなくなったこの隙に一気に勝負を仕掛けさせて頂きますよっ!。……はあっ!」
“ガッ……キィーーーンッ!”
「ぐおおぉぉーーーっ!」
相手の猛攻に耐え切れず完全に受け身に回ってしまったサニールに対し拷問紳士が放って来た一撃は相手へのダメージ量こそ少なその防御を打ち崩す程の強い衝撃を引き起こす“スマッシュ・アックス”という技。そのスマッシュ・アックスを受けたサニールはなんとか防御の体勢こそ維持できたもののその凄まじい衝撃により後ろへと追いやられ、更には全身に伝わる震動によって一時的に見動きが取れなくなってしまった。そしてその隙に拷問紳士はすぐさま後ろでトラバサミから抜け出そうと必死にもがいているナギへと体を向け……。
“ガチャガチャッ!”
「く、くそ……っ!」
「はあっ!」
「えっ……」
“ズドォォーーーンッ!”
「ぐわぁぁぁーーーーっ!」
「ナ、ナギィーーッ!」
拷問紳士はナギへと体を向けると同時にその勢いに任せて思いっ切りナギの鳩尾目掛けて左足で横蹴りを撃ち放った。その時無理矢理トラバサミに掛かった右足を引き抜こうとしていたナギはほぼ棒立ち状態のままで、もろにその拷問紳士の横蹴りを食らってしまい、あれ程必死にもがいても抜けなかった右足を引き千切られるように罠から外され凄まじい勢いで後ろへと蹴り飛ばされてしまった。ナギはそのまま野球のライナーのように一直線のままどこまでも地面につくことなく向こうの壁際まで体を飛ばされていき、そのままその前に置かれていた本棚へと激突し、その倒れてきた本棚と崩れ落ちてきた本の山の中に生き埋めにされてしまった。かろうじてHPは残っているようだが、その体にナミ以上に凄まじい衝撃のダメージを受けもう自力では起き上がることすらできない状態にまで陥ってしまっていた。とはいえトラバサミに掛かり身動きの取れなかったにも関わらず確実に止めを刺す攻撃を受けなかったのは、拷問紳士がまだ正面にいるサニールのことを警戒していたからだろう。なるべくサニールに隙を見せないようにする為にナギの方に完全に体を向けることなく、素早く振り向き様に横蹴りを放ちまたすぐ正面にいるサニールへと振り返ったのだ。スマッシュ・アックスの衝撃にサニールが身動きを取れなかったことを考えると十分にナギに止めを刺す時間があったようにも思えるが、拷問紳士自身はサニールに与えた衝撃の硬直がどれ程持つか正確に測り切れていなかったのだろう。
「さて……これでまた一人で私の相手をしなくてはならなくなりましたね、サニール」
「くっ……」
「サ、サニール様……っ!」
「あわわわわっ……これは大変なことになってしまいましたわ……」
「ちょっとっ!、そう思うならさっきからボーっと突っ立ってないであんたも何かしなさいよっ!。私とナミさんは今動きたくても動けない状態なのよっ!」
「わ、分かりましたわ……え、え〜いっ!、スピリット・シールドっ!」
ナギを蹴り飛ばした拷問紳士はすぐさままだスマッシュ・アックスの衝撃による体の痺れが収まり切っていないサニールに標的を切り替え、今度こそ止めを刺そうと迫って来た。まだ暫くは持ち堪えることはできるだろうが、体の……特に剣を持つ両手の痺れが酷い今の状態のまま戦えばサニールは確実に押し切られ今度こそ拷問紳士の手斧によってその身を斬り裂かれてしまうだろう。しかしその様子を他の者達が黙って見ているわけもなく、強い口調でエドワナに促されたリリスが“スピリット・シールド”という魔法を使用すると、そのリリスと同じ姿の霊体がサニールの前に出現し迫りくる拷問紳士の前に立ちはだかった。どうやら自身の霊体を一時的に肉体から分離させ盾とする魔法のようだが、肉体と全く同じ姿をしていてもあくまで盾としての役割しか機能せず自身の意志で自由に動かすようなことはできないようだ。
「ふっ、このような意志のない木偶の霊体を出現させた程度でこの私を止めることはできませーん。やはり霊神化が解けた状態では分離した霊体を自由に動かすこともできないようですね。……はあっ!」
「ああぁっ!、私の霊体さんがぁっ!」
やはりスピリットのランク程度、それもただ目の前に立ちはだかることしかない霊体の力ではとても拷問紳士を止め切れるわけもなく、拷問紳士が少し力を込めて手斧で薙ぎ払うと瞬く間にその場から掻き消えていってしまった。そしていとも簡単に最後の障害を消し去ってしまった拷問紳士は再び止めを刺すべくサニールに向けて大きく手斧を振り被った。サニールも衝撃に震える体を懸命に奮い起こして剣を構えたのだが、とてももう正面から拷問紳士の斬撃を受け止めるのは不可能と思える状態であった。
「くっ……折角鷹狩殿にこの魂を解放して貰ったというのにそう簡単に貴様などにやられるわけにはいかんっ!、トーチャーっ!」
「ふふっ、しかしその息巻いた言葉とは裏腹に体の方は悲鳴を上げているようですよ、サニール。果たしてそのふらついた体で先程までのように私の攻撃を受け切ることができますかね……はあっ!」
「くっ……」
「待てぇっ!」
「……っ!」
満身創痍のサニールに振り下ろされようと拷問紳士の手元でギラリとその刃を光らせる手斧……。しかしその時突如として向かい合うサニール達の横側の方からそれを制止する何者かの声が響き渡って来た。それに反応した二人が声の主の方へと顔を横向けると、そこにはデーモンゴートを倒した後こちらへと援護に向かって来たゲイルドリヴル達の姿のあった。
「おおぉーーっ!、あれは正しくデーモンゴートと戦っていたゲイルドリヴルさん達でーすっ!。こちらに向かって来たということはまさかもうデーモンゴートを倒してしまわれたということなのですかぁーーっ!」
「はあぁぁぁーーーっ!」
なんとかサニールが倒される前に援護に間に合ったゲイルドリヴルやリア達。そしてサニールの前に立つ拷問紳士を射程に捉えるや否やゲイルドリヴルはすぐさまベンと出会う前にパラやブラマ達と戦った時にも見せた雷光閃槍撃を放ち、その体を雷撃を纏った閃光へと変えていき瞬く間に拷問紳士の元へと差し迫った。あと少しでサニールに止めを刺せるというところだったが、こうなっては致し方も拷問紳士は迫りくるゲイルドリヴル達に対処すべく体の向きを変えた。
「くらえぇぇぇーーーっ!」
「ふっ……致し方ありません。こうなれば私も少々本気を出さざるを得ないようですね。……はあっ!」
“バッ!”
「な、何……っ!」
凄まじい勢いで拷問紳士へと迫り、雷光閃槍撃の一撃を食らわせようとしたゲイルドリヴルであったが、ゲイルドリヴルへと向きを変えた拷問紳士は瞬時にその槍の柄の先端部を左手で掴み取りゲイルドリヴルの攻撃を完全に止めてしまった。攻撃を止められたことで雷撃の閃光と化していた状態から元の体へと戻ったゲイルドリヴルは、その目の前でまるでダメージを受ける様子もなく自身のレビンズ・スピアを余裕の表情で掴み取っている拷問紳士にただ驚かせるしかなく、攻撃の反動もあってかその無防備な状態から身動きを取ることができなかった。そしてそんなゲイルドリヴルに対し拷問紳士は容赦なく反撃を仕掛け……。
「ふっ……この段階のレベルでこれ程の槍撃を放つとはやはりナギ君達の中で一番の実力者と思われるだけのことはありますね。ですがそれでもサニールと同程度の力ではこの私には全く通用しませーんっ!。……はあっ!」
「……っ!、ぐはぁっ!」
「はああぁぁーーーっ!」
「ぐああぁぁぁーーーっ!」
拷問紳士は掴んだゲイルドリヴルの槍を自身へと引き寄せたと思うと、それを巧みに操り槍の先端の反対側の石突の部分でゲイルドリヴルの腹部を突き叩き、その腹部から込み上げる衝撃耐え切れず思わず嘔吐いてしまうゲイルドリヴルの体をその掴んだ槍ごと軽々と持ちあげるとそのまま地面に叩き付けるようにして放り投げてしまった。そしてその叩き付けられた衝撃とダメージで地面を転がせられながら自分達の元へと返り討ちに合う形で戻って来たゲイルドリヴルの姿を見て思わずリア達も一斉に拷問紳士へと攻撃を仕掛けていってしまうのだったが……。
「ゲ、ゲイルドリヴルさん……うおぉぉぉぉぉーーーっ!」
「……っ!、待ってっ!、リアさんっ!。相手はあのゲイルドリヴルさんを容易く返り討ちにしてしまう程の奴なのよっ!」
“ダダダダダダッ!”
「くっ……こうなれば私も玉砕覚悟で突っ込んで行くしかないわ……。せめて少しでもあいつと対等に戦えるようにナギに貰った敏捷の実を……」
“ガサガサッ……”
「“モグモグッ……ゴックンッ!”。……そしてナミから貰ったヴァイタル・リリースの魔術札も使って更に身体能力を強化して……」
“パアァァ〜〜ン”
「これでOKっ!。さあっ!、それじゃあいくわよっ!」
“ダダダダダダッ!”
「リアっ!、バジニールっ!。……くっ!、二人共ゲイルがやられてしまったことで冷静さを欠いてしまっている。このままではあの二人まで返り討ちにあってしまうぞっ!」
ゲイルドリヴルがやられたことで酷く動揺した様子を見せたリアは柄にもなく冷静さを欠いてしまい、無策のまま拷問紳士へと突っ込んで行ってしまった。自分達の指揮官がやられればショックを受けてしまうのは当然のことだろうが、それだけリアがゲイルドリヴルの実力を認め司令官として信頼を寄せ始めていたということでもあるのだろうか。しかしその行動が無謀であるということに変わりはなく、更には初めはリアを制止しようとしていたバジニールまで動揺を抑えきれずリアに続いて拷問紳士へと向かって行ってしまった。その時バジニールはこの館のダンジョンに入る前の外の森でナギから受け取った敏捷の実によってAGLの値を、そしてナミから受け取ったヴァイタル・リリースの魔術札も使用し肉体に関するステータスを更に強化し万全な状態で拷問紳士へと臨んだのだが、それでもゲイルドリヴルがあれ程容易く倒されたことを考えるとその実力差を埋めきることができたとは考えにくく、鷹狩はゲイルドリヴルに続きその二人共まで返り討ちに合うことを危惧していたがもう呼び止めても間に合わない状況だった。こうなれば後はもうなんとかリア達が無事でいることを祈る他ないが……。
「はあぁぁぁぁーーーっ!」
やられたゲイルドリヴルに代わってまず攻撃を仕掛けていったリアは拷問紳士へと迫る直前で大きく飛び上がり、落下に勢いに任せてパイロ・ブレイド・スラッシュを拷問紳士に向けて撃ち放った。冷静さを欠いているとはいえその剣身からいつも以上に凄まじい闘気と炎熱が迸っており、渾身の力を込めて放たれたその斬撃は相当な威力を誇っているように思えたのだが……。
「ふっ、確かに凄まじい威力を感じさせる斬撃ですが単身で突っ込んで来るとは先程までのあなたらしくありませんね、リアさん。如何に威力が高かろうとそのような単調な攻撃の仕方ではこの私に通用致しませんよ」
“スッ……”
「……っ!」
地上に舞い下りると共にパイロ・ブレイド・スラッシュによる斬撃で拷問紳士を叩き斬ってしまおうとしたリアだったが、その落下する最中拷問紳士がポケットからあるカードのような一枚の紙切れを取り出しその絵柄の面を自身へと向けて差し出してきた。それはまさにこれまでナギ達も幾度か使用してきたその絵柄に封じられた魔法を瞬時に発動することのできる魔術札のアイテムで、それを見たリアは思わず“しまった”というような表情を浮かべ未だに空中に舞った状態で驚きと動揺を隠せずにいた。それも当然のことで強力な剣技を放っているとはいえ宙に浮いたままのこの状況では魔法による遠距離攻撃の恰好の的となるだけだ。咄嗟にそのことを判断したリアは敵への攻撃を諦め折角の凄まじい闘気を込めたパイロ・ブレイド・スラッシュの剣身を自身の前に垂直に構え、無防備に落下する最中どうにか防御体勢を整えたのだが……。
「ふふっ、私もあなた方と同様にこのようにアイテムを使用することができるのですよ。そしてこれは凄まじい放水とその水圧によって敵を押し潰す“ハイドロ・プレッシャー”という水属性の魔法の封じられた魔術札……。これを使用すれば瞬時にそのハイドロ・プレッシャーの魔法を発動できまーすっ!」
「くっ……」
「ではいきますよ……ハイドロッ……ブレッシャァァーーッ!」
“パアァァ〜〜ン……ズゴゴゴゴゴォォッ!”
「きゃあぁぁぁぁーーーっ!」
攻撃を防ぐ為の盾代わりとなってしまったパイロ・ブレイド・スラッシュの斬撃と共に舞い下りてくるリアに対し、拷問紳士は容赦なくハイドロ・プレッシャーの魔術札を発動させた。するとその魔術札の絵柄の前に出現した魔法陣から凄まじい量の水がリアへと向けて放出され、リアはその水圧を受けながら遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。リアの所持属性は水属性に弱い火属性……、そのまま地面を叩き付けられるように落下したリアはHPに相当なダメージを負った挙句衝撃とその痛みでまともに動くこともできない状態へと追いやられてしまうのだった。
「リアぁぁーーっ!。くっ……まさか彼女までやられてしまうなんて……」
「ほほっ、どうしました。あなたは私へと掛かって来ないですか、バジニールさん。それとも屈指の実力を誇る仲間達が目の前で立て続けにやられたことでやはり先程と同じように怖気づいてしまったのですか。別に今からでもまた現実の世界へと逃げ帰って貰っても構わないのですよ」
「くっ……うおぉぉぉぉぉーーーっ!」
ゲイルドリヴルに続きリアまでもが容易く拷問紳士の返り討ちに合ってしまったのを見て攻撃を仕掛けるのを躊躇したバジニールだったが、その後に放たれた拷問紳士の挑発的な発言にまんまと乗せられてしまい自身も返り討ちに合うのをほぼ理解した上で無謀にも突っ込んで行ってしまった。やはりバジニールもリアと同じようにゲイルドリヴルのやられた姿を見たことで相当に冷静さを欠いてしまっているようだ。
「はあぁぁぁぁーーーっ!」
拷問紳士へと迫るバジニールが仕掛けようとした攻撃は“サイクロン・スマッシュ・コンボ”という先程デーモンゴートに放った“ダイブ・スマッシュ・コンボ”と同様の攻撃パターンを持つ技。違うのは右ストレートの横蹴りで自身が後退するのではなく敵を正面に蹴り飛ばすことと、フィニッシュの攻撃が敵の顔面目掛けて放つ飛び回り蹴りということである。まずは牽制の為の左ジャブを繰り出し攻撃の起点を作り出そうとしたのだが……。
「はあっ!」
“バッ!”
「……っ!、な、なんですって……っ!」
サイクロン・スマッシュ・コンボを決める為牽制の左ジャブを繰り出したバジニールだったが、なんとその左の拳は先程のゲイルドリヴルの槍と同じように難なく拷問紳士に掴み取られコンボ攻撃の最初の一手を封じられてしまった。こうなっては当然続く攻撃も繰り出すことはできず、バジニールはただ拷問紳士を前に無防備な姿を晒し立ち尽くすしかなった。
「くっ……そ、そんな……っ!」
「ほほほっ、格闘士のコンボ攻撃はフィニッシュまで決めることができれば強力ではありますが途中の攻撃……、特に最初の一手さえ止めてしまえばもうその後の攻撃を食らう心配はありませーん。そして攻撃を中断することを止むを得なくなってしまった相手は私に対して無防備な姿を晒すしかなく……はあっ!」
「ぐはぁぁーーっ!」
“……バタッ!”
左手を掴まれたまま次の動きを取ることのできないバジニールはそのさらけ出した体の前面を拷問紳士の手斧の斬撃により斬り裂かれてしまった。防御の体勢も取れず深く体を抉られてしまったバジニールはその傷口から大量の血を噴き出し、HPも一気に0になるまで削り切られてしまいその場で力尽きて倒れ込んでしまった。まだ蘇生を受ける為の時間は残されてはいるものの、これでナギ達の中から初めて戦闘不能となる者が出てしまった。そして拷問紳士の圧倒的な実力を見せつけられ一気に3人の前衛を失ってしまった他の者達は呆然とその場に立ち尽くしかなくなってしまっていた。
「そ、そんな……ゲイルドリヴルさんに続いてリアさんやバジニールさんまで倒されてしまうなんて……。これでは前衛の職を経ていない私達だけではとてもあの男の相手をすることなどできません。これはもう万事休すとしか言いようがありませんわ……」
「くっ……」
「前衛ならばまだここに残っていますぞっ!、鷹狩殿っ!、不仲殿っ!」
「……っ!」
“カァンッ!、……キイィーーーンッ!”
ゲイルドリヴル達が次々と倒され前衛を務められる者を失い絶望に打ちひしがれる鷹狩達の前に、スマッシュ・アックスの衝撃による硬直で思うように体を動かせなかったサニールが頼もしい掛け声と共に姿を現し、拷問紳士に鋭い斬撃を仕掛けた。その斬撃は当然のように拷問紳士には防がれてしまったのだが、それでも絶望に打ちひしがれるしかなった鷹狩達を解き放つには十分過ぎるものであった。
“カァンッ!、……キイィーーーンッ!”
「ほほっ、まだそれだけの気力が残っていたとは驚きですよ、サニール。てっきりもう精根尽き果てて動けずにいるものとばかり思っていました」
「黙れっ!。多少のダメージのせいで少しばかり思うように体を動かせなかっただけだっ!。それにバジニール殿は残念ながら戦闘不能となってしまったようだがゲイルドリヴル殿とリア殿、それにナギもまだ完全に力尽きてはいないはずだっ!。皆が立ち上がり再び援護に駆け付けてくれるまでなんとしてもこの私が貴様を食い止めて見せるっ!」
「ふっ……ですがあれだけのダメージを負ってそう簡単に立ち上がることなどできますかね。まぁ、仮に援護に来たところでまた返り討ちにしてしまえば済む話ですが……」
“カァンッ!、……キイィーーーンッ!”
「サニールッ!。くっ……こうしてはいられない。我々も早くサニールの援護に向かうぞ、不仲っ!、ヴェニルっ!」
「で、ですが……」
「獣癒術士である私がサポートに付けば奴が相手でもまだまだサニールにも分があるっ!。あそこにいるナミとエドワナももうすぐ回復が終わり援護に駆け付けてくれるだろうし諦めるにはまだ早いはずだっ!」
「……分かりましたわっ!。散っていったバジニールさんの為にも私も最後まで希望を捨てませんっ!」
サニールを前衛、そのサポートに鷹狩と不仲、そしてヴェニルが付いて再び拷問紳士との戦闘が始まった。折角デーモンゴートを倒し援護に来たと言うのに一気にその戦力の大半を失ってしまった鷹狩達だったが、それでもまだ希望を捨て去ってはいなかった。そしてそんな鷹狩達の希望を火を消さない為にも一刻も早く戦線に復帰しようとエドワナの回復を受けているナミだったが……。
“パアァァ〜〜ン”
「よし……っ!、もう少しで治療が完了致しますわ、ナミさん。ですがあの拷問紳士の圧倒的な実力を前に再び立ち向かったところでとても勝ち目は……」
「分かってる……。こうなったらもう出し渋ってないで最初の討伐の賞品で貰ったこの“ヘブンズ・サン・ピアー”の魔術札をあいつに打ち当てるしかないわっ!」
「へ……ヘブンズ・サン・ピアー……っ!。そのような貴重な魔術札をもうこの段階で入手していたのですかっ!」
「ええ……だけど当然魔術札は一枚しかないし確実にあいつに打ち当てる為にも使うタイミングは慎重に選びたいわ……。一瞬でもいいからなんとかしてあいつの動きを完全に封じることができればいいんだけどとてもそんな方法なんて……」
エドワナの回復が完了しようとする最中でナミは自身が入手した中で恐らく一番のレア度を誇るヘブンズ・サン・ピアーの魔術札の使用をする決心をしていた。確かにSランクの魔法を発動できるこの魔術札を使えば拷問紳士に対しても有効なダメージを与えられるだろうが、例え詠唱の時間が要らないとしてもただ闇雲に使用するだけは確実に拷問紳士には魔法の発動を察知して避けられてしまうか、もしくは防御体勢を取られて大幅にダメージを軽減されるかのどちらかとなってしまうだろう。更に魔術札が一枚しかないこととできればその魔法の一撃で拷問紳士のHPを0にしてしまいたいことを考えるとナミの言う通り動きを封じる……、それこそ最初にこの拷問部屋に自分達が送られて来た時のように手錠などにより完全に相手を拘束しているくらいの状況が望ましいが、圧倒的な実力を誇る拷問紳士が相手ではそれすらも至難の技だ。また手段に関してもナギ達の中には初期の拘束魔法ならば使用できる者もいるだろうが、その程度の魔法では簡単に拷問紳士に打ち破られてしまう。都合のいい話だがそれにもヘブンズ・サン・ピアーと同クラスの拘束の効果を持つ“何か”が必要だ。一方ナミがその手段に頭を悩まされている頃、拷問紳士に向こう側の壁際まで蹴り飛ばされたナギはその埋もれた本の山の中からなんとか抜け出したところで……。
「痛ててててっ……。く、くっそ〜……っ!、まさかトラバサミになんて掛けられるなんてやっぱり拷問好きって言うだけあって姑息な手段を使ってくるな……。今度からは足元にも注意して戦わないといけないけど見えない罠なんてどうやって見破れば……」
「(今はそんな下らない罠のことなんて気にしてる場合じゃないにゃ、ナギっ!。そんなことよりそこに転がってる重要な内容の記された本を手に取って今すぐ目を通すんだにゃっ!)」
「……っ!、い、今の声はまさか……っ!」
本の山の中から抜け出し拷問紳士のインビジブル・トラップへの対応について考えるナギであったが、そんな時いつぞやのアイアンメイル・バッファローと戦った時……そうっ!、ナギがあの凄まじく巨大な土流の波のアースフロー・ビローイングを巻き起こした時にも聞こえてきたデビにゃんと同じ声が再びナギの頭の中に響き渡って来た。その声はナギに手元に落ちている本を手に取れということだったが、ナギが辺りを見渡すと本棚から崩れ落ちた本の中に一冊だけ黄金のオーラに包まれたものが目に入った。何かに導かれるようにナギはその本を手に取り表紙に目を通したのだが……。
「タ……タルタロス・チェーン……っ!」




