憑かれる男
男が一人、ある占い師の元にいた。
「あの、私、ここの所疲れやすいんです。なにか、悪いことがあるんでしょうか。」
慢性的な体の疲れを覚え、男はいくつもの診療所や按摩屋を巡った。確かに薬やマッサージは体の疲れを癒してくれた。だが、すぐに疲れは戻り、そののち藁にもすがる思いでこの占い師の元にやってきた。以前であれば、占い師というフレーズだけで拒否反応を示したろうが、疲れが彼の判断意識を奪い去っていた。
重々しく、中東の民族衣装に身を包んだ占い師が口を開いた。
「そうですね。…あなたには、悪魔が憑いています。」
「え、悪魔、ですか?」
突拍子もない言葉に、男は絶句した。いきなり、人間を堕落させ悪い方向へと導く、あの悪魔が自身に憑いていると言われたのだから、思考が停止するのも当然である。
驚き、目を見開いた男を、占い師は見つめ、話を続けた。
「悪魔が堕落させようと、あなたの体に悪影響を与えているのです。ですから、薬やその他の治療が効果をなさないのです。」
「で、でしたら!どうすれば私はその悪魔から逃れられるんですか!」
男は大きな声を上げ、椅子から立ち上がり占い師に答えを求めた。取り乱した男を、占い師は座ったまま見上げるだけだった。そして、手振りで座るように促した。
男が倒した椅子を元に戻し、占い師の前に座り直すのをみると、占い師は服の袖から紐にがついた小さい石の首飾りを取り出し、男の前に置いた。
「この石は、あなたに憑いた悪魔を弱らせる力があります。これを身に着けていれば、体の疲れが収まるでしょう。」
「ほ、本当ですか!」
再度、男は大きな声を上げ、椅子を倒し立ち上がった。しかし、声色は先ほどより明るかった。
「えぇ、ですが、問題があります。」
相も変わらず、占い師は男を見つめたまま、声のトーンを変えずしゃべる。
「その首飾りは、あくまでも悪魔を弱らせるだけです。完全に消し去ることはできません。時間がたてば、元のように戻ってしまうでしょう。」
「そんな!それじゃあ私は!」
「落ち着いてください。その悪魔を祓える人を知っています。今場所をお教えするので、その場所に向かってください。」
占い師は、男に少し離れた場所の所在を教えた。男は早速言われた場所に向かうと言い、占い師に丁寧に礼を言って建物から出て行った。
一人残された占い師は、ポケットから携帯電話を取り出した。
「あ、もしもし。馬鹿な客そっちに送ったから、適当に相手してあげて。」
ずいぶんと明るい声で、その悪魔祓い師に連絡をとった占い師は、他にも何か憑いてるって言ってほかの人に回してあげてねと伝え、通話を終えた。
「全く、見えない物を見えてるように言うのは、骨が折れるよ。」
一人ごちると、次の来客の準備を始めた。
ひと月が過ぎたころ、男の家にその友人が遊びに来た。男のアパートの部屋を開けると、そこには色とりどりのアクセサリーを身に纏った男がいた。友人が唖然としていると、男は何事も無いかのようにふるまい、友人を迎え入れた。
「おまえ、その恰好はどうしたんだ?」
友人の素直な質問に、男は軽くうなずき、答える。
「いやあね、前に体の疲れが取れないって言ったじゃないか。そしたらね、僕には悪魔が憑いてたんだ。しかも、それだけじゃなくてさ、悪霊に妖怪、それに地獄に居る先祖とか、たくさん僕に憑いてしまってたんだよ。だからこのアクセサリーを身にまとって、憑き物から身を守っているんだよ!」
男は話している内に熱くなり、自身に憑いているものの話や、それらを収める方法を教えてくれた祈祷師や占い師の話をし始めた。
友人は何も言わず、言葉をとぎらぬ男の話を聞いていた。
本当に疲れる男だという思いを、心にうかべたまま。