表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の鳳凰と過ごす日々  作者: 岩崎氷華
5/5

片翼の鳳凰と過ごす体育祭 《後編》

今回はいろいろと実験的な要素を含んでいるので、後々改稿するかもしれません。

   

                ―Girls side―


 

快晴の早朝、私は教室でヘアゴムを口に咥えて、蒼く長い髪を束ねる。三日前に美術室で倒れた時、もう体育祭出場は無理かもしれないと思った。それでも悠くんが献身的に看病してくれたからかもしれない、何とか当日に間に合った。いや、間に合わせたという表現が正しいかもしれない。正直言うと今でも微熱があり体が少しだるいし、体調は万全には程遠い。

それでも私は出なければならない。この体育祭は私にとっての分岐点だ。


         ≪リレーで優勝したら悠くんに告白する≫


体育祭のメンバー決めの時、私はそう誓った。彼の幼馴染として過ごしてきて17年、今まで彼に恋愛感情を覚えたことはなかった。なのに、今になって彼を好きになってしまった。

 鳳凰千華―彼女の存在が私を目覚めさせた。私は今になっていきなり悠くんを好きになったわけではない、彼女と出会って、彼女と過ごす悠くんを見て私は自分が悠くんを好きだとやっと自覚しただけにすぎないのだ。


「蒼ちゃん、おはよう」

髪を結び終えると、千華ちゃんが教室に入ってくる。

「千華ちゃん、おはよう」

私があいさつを返すと、彼女はニッコリと微笑んで体操服に着替え始める。

「ねえ蒼ちゃん、体調大丈夫?」

千華ちゃんが私の隣の席で着替えながら尋ねる。

「うん、もう大丈夫。心配かけてゴメンね」

私がそう返すと、彼女は「うん」とだけ答えて再びニッコリと微笑んだ。

「ねえ、蒼ちゃん」

千華ちゃんは着替えを終えて、制服をたたみながら私に話しかけた。

「蒼ちゃんって、ユウトのこと」

そこまで言って彼女は、真面目な顔をしてゴクリと喉を鳴らす。しかし、彼女はそのまま表情を崩した。

「ううん、何でもない」

「蒼、千華、着替えはまだかい?」

千華ちゃんが制服をたたみ終えたところで、隣の教室で着替えをしていた悠くんと雄虎君が戻ってきた。

「二人も戻ってきたしそろそろ行こっか」

私はさっきの話をかき消すように立ち上がった。

「うん、そうだね」

千華ちゃんはそう言って、また微笑んだ。


 


 蒼と千華を連れて教室を出ると、そこには眼鏡をかけた一人の少女が僕たちを待つように立っていた。制服の学年章から察するに、三年生らしいが、背丈が低いのであまりそのようには見えない。

「あの、君たちは美術部の部員さんたちだよね?」

少女は僕たちを見つけると、初対面なのにフレンドリーに話しかけてきた。

「えっとどちら様ですか?」

「えっ悠くん知らないの!?」

僕が少女に尋ねると、少女ではなく蒼が間に入ってきた。

「この人はこの学園の生徒会長、石上詩織さん」

そして、蒼の隣にいた雄虎が目の前にいる少女を紹介する。そして紹介された少女が僕の前に立って一礼する。

「どうも生徒会長の石上詩織(いそのかみ しおり)だ。まあ私スピーチとか苦手でそういう仕事は副会長の野田君に任せちゃってるから知らないのも無理ないかなあ」

生徒会長はそう自分を紹介すると、僕の方を少し睨んだ。どうやら知らなかったことを少し根に持たれたらしい。

「それで生徒会長が僕たちに何の御用で?

僕は目線をわざと上にそらして生徒会長に尋ねる。

「ああ、前の体育祭のテーマ絵についてお礼をしたいと思ってね。まさかあの納期でぴったりに持ってくるとは思ってなかったよ」

つまり間に合わないと思っていたと。それは生徒会長としてどうなのだろう。

「それで美しい絵を見せてもらったから何かお礼がしたいのだけれども」

僕含め4人ともが息をのむ。

「確か美術部はあんまり部費が多くなかったよね。来年度から部費10%アップでどうかな?」

「ありがとうございます!!」

蒼は生徒会長の言葉が終わらないうちに深々とお辞儀をした。蒼の顔は見えなかったけれども、希望が叶った蒼の声は凄く嬉しそうだった。


「うっし、これで体育祭に集中できるな」

生徒会長が去った後、雄虎が気合いを入れる。

「そうだね、みんな頑張ろう!」

こうして琉星学園高校体育祭は幕開ける。



                 -Girls side-



「蒼、何かさっきからぼうっとしてるけど大丈夫?」

悠くんが隣に座る私に不意に尋ねた。完全に意識が飛んでいた。体育祭が始まる前から体調は芳しくなかったけれど、まだ何とかなる程度の状態だった。けれども、さっきのクラス対抗の大縄跳びの後から体調がいきなり悪化した。体を大きく揺らしたから、私の万全でない体には負担が大きかったのだろう。

「蒼、蒼ってば」

再びぼうっとしていた私に彼は繰り返し尋ねる。

「うん大丈夫、ちょっと考え事してただけ。トイレ行ってくるね」

私は適当にそう答えると席を立った。体調不良を彼に見破られては困るからだ。

 トイレを済ませると、近くの壁に手を当てて立ち尽くす。体がだるく、頭痛がする。はっきりいって動ける体じゃない。それでも動かなければならない。そうしなければ「私の心」が許さない。

「蒼!こんなところにいたのか」

「悠くん。どうかしたの?」

私が自分の席に戻ろうとすると、悠くんと出くわした。どうやら私をわざわざ探しに来てくれたらしい。

「どうもこうもないよ。蒼、僕に何か隠してるよね」

彼は私に面と向かうと、真剣な顔をして尋ねる。私はつい目をそらしてしまう。

「体調、本当は戻ってないんだろう?」

ああ、彼にはすべてお見通しだったらしい。昔から悠くんは嘘を見抜くのが得意だった。そんな彼に隠し通せるわけがなかったのだ。

「隠しててゴメン。でも私は―」

「いいよ。無理だけはするなよ」

私がすべてを言い終える前に、彼は私の頭を撫でてそう言った。

「私がリレー出るの止めたりしないの?代わりを立てようとか言わないの?」

「止めないよ。体調悪いのにそんだけ出たいっていうことは何か理由があるんだよね。蒼は昔から一度決めたことはやり遂げるからね、止めても無駄だってわかってる」

そう言うと彼は私の髪を軽く撫でる。それと同時に私の中に不思議な力が入ってくる。悠くんの治癒能力だ。

「悠くん?」

能力を使い終えた彼の顔は少し苦しそうだ。彼は能力を使うと、ある程度体力を消耗してしまうのだ。

「いいんだよ。こういう時以外僕の能力って役に立たないしね。そろそろ千華の出るパン食い競争も始まるし席に戻ろうか」

「うん!」

私は半分涙の出かけた左目を押さえながら、彼の背中を追いかけていった。



「やったよユウト、優勝したよ!」

パン食い競争を終えた千華がクラステントに戻ってきた。その手には大きなあんパンが握られている。

「千華ちゃんすごいね。圧勝だったじゃない」

蒼がそう評するように、千華はパン食い競争でほかの選手を寄せつけぬ勢いで優勝した。

「だって私パン好きだもん」

彼女はそう言って向日葵のような笑みをこぼした。

「あと9ポイント差か」

雄虎がふとつぶやく。その目線の先には校舎の壁に張り出された順位表があった。最終競技であるクラス対抗リレーを残して、首位の3年A組とうちのクラスのポイント差は9点だ。リレーの優勝ポイントが10点だから、リレーで優勝すればうちのクラスが総合優勝だ。

「せっかくここまで来たんだから優勝したいね」

そう言って僕は席を立つ。次いで蒼が立ち上がる。

「千華ちゃん、私頑張るからね」

「うん。私、精いっぱい応援するから」

そう言って二人の少女は握手を交わした。

「よし、そろそろ行くか!」

そして最後に雄虎が大きく号令をかける。こうして僕たちは、それぞれの決意を胸に入場門へと向かった。


「おっ、さっきの美術部の亀井君じゃないか」

僕がアンカーのスタート地点でリレーの開始を待っていると、後ろから僕を呼ぶ声があった。

「生徒会長じゃないですか。会長もリレー出るんですか?」

「私のことは詩織さんと呼んでくれていいよ。私かい?私は審判だよ。出るのは彼さ」

詩織さんはそう言って一人の男子生徒を指さした。

「私の参謀で、腹心の部下の野田君だ」

「会長、俺は生徒会副会長であって、あんたの参謀でも何でもないんだけど」

紹介された野田副会長がこちらを振り向く。この人はよく集会であいさつをしているので、僕でもある程度知っている。

「何はともあれ、総合優勝はうち―3年A組が頂くよ」

生徒会長はそう言うと不敵な笑みを浮かべる。

「そうはさせませんよ。くれぐれも判定は公平にお願いしますね」

僕も対抗して笑みを返す。



         ≪位置について、ヨーイドン!≫


 僕と詩織さんがにらみ合いをしている間に、スターターが空にパン!とピストルを撃った。

それぞれのクラスの第一走者が走り始める。第一走者はどこのクラスも女子で、50mを駆ける。

 数秒が立ち、第二走者にバトンが渡る。うちのクラスの第二走者は雄虎だ。第二、第三走者の走る距離は100mだ。雄虎は素早くバトンを受け取ると、全力でトラックを駆け抜ける。雄虎は中学校時代は野球部で、高校でも蒼に出会うまでは野球部に入るつもりだったらしく、運動能力は高い。彼はトラックの70m程の地点で一気に1位に躍り出た。走るために髪型をゴムで結った蒼がリレー地点に立った。僕の胸を心配という二文字が支配する。さっき応急処置をしたとはいえ、僕の能力は万能ではない。トラックの反対側にいる彼女の顔色は窺えない。

 そう僕が考えているうちに、雄虎がリレー地点に差し掛かる。蒼が助走を始め、そして、バトンがテイクオーバーゾーン内で受け渡される。そして蒼は走り出した。その走る姿は僕の知るいつもの蒼だった。体調のせいか多少フォームにばらつきは見られるけれども、ほとんど問題はなさそうだ。僕が胸を撫でおろしたところで、隣に座っていた副会長が僕の肩をポンと叩いて立ち上がる。

「悪いけど俺たちも優勝を逃すわけにはいかないんだ。勝たせてもらうよ」

「ええ、こちらも負ける気はありませんから」

僕は精一杯声に深みを持たせてそう言うと、立ち上がって、リレーゾーンに立った。その時、何とか首位を保った蒼が右手にバトンを携え、リレーゾーンに入ってくる。

「後は頼んだよ悠くん!」

「うん!」

僕はそう短く返すと、蒼からバトンを受け取った。僕がバトンを受け取ったと見ると、蒼は疲れ切ったのか、安心しきったのかその場に倒れ伏してしまった。

 僕がバトンを受け取ってから3秒ほど遅れて3年A組のバトンが野田副会長に渡った。アンカーの走行距離は200m、3秒という差は決してセーフティリードにはなり得ない。

 僕は快足を飛ばして後ろとの差を広げようとするが、なかなか差は広がらない。そうしているうちに距離はあと半分になっていた。

 このままのスピードで走り、ラストスパートをかければ優勝できる、そう考えた時だった。僕の体に鈍い痛みが走った。僕はこの感覚を過去に知っている、2か月半ほど前に河原で千華を救ったときに感じた痛み―治癒能力の後遺症だ。僕はもともと普通の人間で、イレギュラーにもこういう力を持ってしまったのだから、何らかの後遺症があってもおかしくはないのだ。どうやらさっき蒼に能力を使ったときにかなり力を使ってしまったらしい。このままではさっきみたいな速さで走ることは困難だ。つまり僕のせいで2年C組は優勝を逃してしまう。走りたい、なのに自分の体は思うように動いてくれない。ああ、もうダメなのかもしれない。

「ユウト!頑張って!」

「悠くん!あともう少し!」

僕が諦めを悟った時、トラックの外から二人の少女の声が聞こえた。蒼と千華だ。顔を皺くちゃにしながら僕を応援している。その時、僕の体に少しばかりではあるが力が戻ってくるのを感じた。

 イケる―僕は諦めという感情を捨てた、あの二人の少女のために僕は勝たなければならない。ゴールまではあと50m、後続との距離は、いや、気付けばもう隣に並ばれていた。僕はそこでラストスパートをかける。まだ体は唸るように痛い。それでも僕は全力で駆ける。2位の副会長も同時にスパートをかける。こちらの顔もかなり苦しそうだ。

 走る。走る。ひたすらに走る。そして―僕たちはほぼ同時にゴールテープを切った。僕の体はついに限界を迎えたようでその場に倒れかけたが、蒼が僕のそばに寄って来て、僕の体を抱き起した。

「生徒会長、じゃなくて審判長。結果は?」

すべての走者がゴールすると、蒼が真剣な表情をして、詩織さんに尋ねる。詩織さんはその問いには答えずにトラックのスタート地点に立った。

「ただいまの競技、2年C組の優勝とする!!」

詩織さんは右手を高く上げると、そう高らかに宣言した。そして、数秒遅れて2年C組のクラステントから大きな歓声が上がった!

「悠翔、やったぞ!」

「やったよ悠くん、優勝だよ!」

雄虎と蒼がそれぞれに喜びを爆発させる。クラステントに見える千華も皆と喜びを分かち合っているようだ。

「そうだね、うん、やった―」

僕はそう言って右手の親指を突き上げると、そのまま蒼の胸に落ちた。

 



「蒼、本当にありがとね」

僕は保健室のベッドに横たわりながら、蒼にお礼を言った。

「いいの、いいの。私もこの前、そして今日も悠くんに助けられたからね」

彼女はそう言って、水で濡らしたタオルを僕の額に載せる。この前とは完全に立場が逆転してしまっている。

「ゴメンね、僕のせいで危うく優勝逃しかけちゃったね」

僕がそう言うと彼女が呆れた顔をした。

「悠くんは謝ってばかりだね。優勝できたのって悠くんのおかげなんだからもっと胸張りなさい。クラスのみんなも喜んでたよ」

「そうか、それならよかったよ」

僕はいつもならここでまた、ありがとうと言ってしまうのだけれでも、今日は体もだるく、言う元気もないので僕は枕に体を委ねた。

「そういえば蒼、妙にリレーに出たがってたけれども何か理由でもあるの?」

しばらくの間をおいて、僕は蒼にそう尋ねた。

 前から気にはなっていた。蒼はあれだけ体調が悪かったのに頑なにリレーを辞退しようとはしなかった。クラスへの責任感の表れなのだろうか。

 彼女は僕の質問には答えずに、保健室の窓から外を眺めた。

「ねえ悠くん、私ね」

彼女はそこまで言うと、言葉を止めた。

「ううん、何でもない。えっとリレーに出たがってた理由だっけ、特に深い理由はないの、ただ悠くんと一緒にリレーに出たかっただけ」

彼女はニッコリと微笑んで僕の方を見た。

「蒼、それって―」

僕が言いかけたところで、彼女は少し笑顔を崩した。その仕草は少し悲しそうに見えた。もう何も言うまい。僕は幼馴染としてこの彼女の笑顔を守りたいだけだから、もう何も言うことはあるまい。

「ねえ蒼、蒼もまだ体調万全じゃないよね。久しぶりに一緒に寝る?」

僕はさっきまでの硬い表情を崩して、蒼に話しかけた。

「うん!」

彼女は元気な声でそう答えると、僕の隣に横たわって、すぐに寝息を立て始めた。


テイクオーバーゾーン......リレーでのバトンの受け渡しの範囲。それぞれ定められた基準点の前後10mずつ、合わせて20mの区域。この間でバトンを受渡しできなければ失格となる。

パン食い競争......コース内にパンをぶら下げ、そのパンを口に咥えて、ゴールまでの速さを競う競技、パンを咥えるときに手を使ってはいけないというルールがある。



用語間違い、文法間違い、誤字脱字、内容に対する指摘などあればよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ