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片翼の鳳凰と過ごす日々  作者: 岩崎氷華
3/5

片翼の鳳凰と過ごす中間試験

 

 

 千華が僕の家で居候し始めてからはや1か月半、彼女はすっかりこちらの世界に馴染んでいる。普段は翼をしまっているので見た目的には普通の人間と変わらない。彼女が翼をさらすのは、就寝前に僕が翼の治癒を行う時ぐらいだろう。

 元々の目的が下界の視察なので、こちらの世界に関する最低限の常識は身に着けているようで、生活するのに困ることもない、もっとも家事スキルは身に着けてこなかったようだが。

 僕は漫画を読んでいる彼女の隣でシャープペンシルを走らせる。

「何で勉強なんてしてるの?」

千華が不思議そうに僕に声をかけてくる。

「まあ、高校生だし多少はね。千華こそ勉強しなくて大丈夫なの?」

「えっ何で?」

彼女はさも勉強しないのが当たり前であるかのように首を傾げる。

「何でって、もうすぐ中間試験だろ。だから勉強しなくても大丈夫なのかなあと」

僕が中間試験という単語を出すと、彼女は僕に詰め寄ってきた。

「中間試験って何それ?」

何と、彼女は中間試験が何なのか知らないようだ。この世の常識は身に着けてきたという、彼女の発言が怪しく思えてきた。

 中間試験、それは全国の学生が忌み嫌う学校行事の一つで、僕も大嫌いだ。それは通常五月中旬に行われ、日々の授業をどれだけ理解しているのかを確かめる試験なのだが、その結果は通知簿の成績に反映され、夏休み前の三者面談で僕たちを大いに苦しめる。

「試験の成績悪かったらどうなるの?」

僕は上を向いてわざと考えるふりをして、そしてニッコリと笑いかける。

「追試、ちなみに学期終わりの通知簿で赤点が2つあると夏休みがなくなるね」

すると、彼女は突然泣きつくように僕に抱き付いてきた。

「助けて、ユウト!!」



「それで私のところに来たわけね」

次の日、学校へ登校して教室の廊下まで行くと、蒼が僕を待っていた。蒼は僕に向かって呆れたような声を洩らした。

僕は昨日の夜、千華に勉強を教えようとしたのだけれど、彼女は予想よりも遥かに勉強が苦手で、僕の手には負えなかった。そういうわけで学年一位の成績を誇る蒼に指導を頼もうと昨日のうちにメールをしたのだ。

僕が彼女に一連の事情を説明すると彼女は廊下の窓にもたれかかった

「ダメ、かな?」

「別に駄目じゃないけど、悠くんじゃ教えられないの?一応私も自分の勉強があるんだけど」

「ゴメン、僕も昨日勉強教えたんだけどね。僕の去年の学年末試験の成績覚えてる?」

「う~んと、480人中300位だったっけ。うん、そうだね、私、千華ちゃん教えるよ」

こうして僕たちは千華の追試回避のために彼女に勉強を教えることになった。

   中間試験まであと五日



「悠くんって昔から勉強あんまりできないよね」

「へ~ユウトも私のこと言えないじゃん」

「うるさいな~、大体千華よりはできるし」

「悠くん、こっちに来たばっかりの千華ちゃんと比べてる時点でもう負けだと思うんだけど」

他愛もない会話を下校中にしながら僕たちは勉強会と称して蒼の家に向かう。そういえば勉強会なんてするのは随分久しぶりだ。二人で一緒に暮らしていた時は、テスト前になるといつも蒼の部屋で一緒に勉強していた。あの時も僕は蒼に教えてもらうばかりだったのだけれども。

 蒼は僕の家の近くの小さなアパートに住んでいる。彼女が家を出るとき僕の両親はもっといい家を与えるつもりだったらしいけれど、彼女は高校生にもなって気を遣わせたくないと敢えて安いアパートを借りている。

三人で話をしながら歩いていると、蒼の家に着いた。すると、蒼は部屋を片付けてくると言って一人、自分の部屋に入っていった。

「蒼って随分小さい家に住んでるのね」

蒼が戻ってくるのを待っている間、千華はアパート全体を見回した。

「うん、僕と一緒に住んでいたっていうのは言ったと思うけど、彼女は自立したいって言ってここの家賃も自分で払ってるんだよ」

 自分で話していて、凄く出来た幼馴染を持ったものだと思う。彼女は週三日アルバイトをして家賃や生活費を稼いで生活をしているらしく、結構大変な生活をしていると友人に聞いたことがある。自分の生活だけでも大変なのに、こうして僕たちに時間を割いてくれる。僕にとって彼女は聖女であった。

 五分ほどして彼女の部屋のカギが開いた。

「入ってきていいよ」

中からの蒼の声に従いドアを開ける。

「「お邪魔しまーす」」

部屋に足を踏み入れると、蒼が少し恥ずかしそうな顔をしていた。

「あんまり部屋じろじろ見ないでね。恥ずかしいから」

彼女の部屋は一目で見てかなり整っていた。リビングスペースはゴミひとつ無いし、台所も綺麗だ。この部屋には数回来たことがあるけれども、いつも蒼の部屋は整っている。部屋の端っこに追いやられたぬいぐるみ以外は。

「あの、さっきあんまり見ないでって言ったばかりなんだけど?」

彼女は少し語気を強めて僕に注意した。

「またぬいぐるみ増えたよね。可愛らしくていいと思うよ」

「蒼ちゃんぬいぐるみ好きなんだ~。結構可愛い趣味してるね」

「もう悠くんはいつもそうやって私をからかう。しかも今回は千華ちゃんまで」

彼女はそう言って顔を赤くしてしまう。何故だかわからないが趣味が可愛いと言うと彼女は怒る。これ以上彼女を怒らせてしまったら僕と千華の中間試験が危ないのでこの辺でやめておく。

「よっし、勉強始めようか。んで千華ちゃんは何がわからないの?」

蒼は座って一つ気合を入れた。彼女は最初は乗り気ではなかったの、に今は一番やる気がありそうだ。しかし千華の方はというと。

「う~ん。数学と国語と地歴公民と理科と英語かな?」

「それ全部だから!!」

千華は首を傾げ、蒼は呆れたようにハアっとため息をついた。

「悠くん、私頑張るよ!!」

果たして、この勉強会大丈夫なのだろうか。



「いい?まず一番先に主語を持ってくるの、その後に動詞、目的語と繋いでいって…」

勉強会を始めてまず気づいたこと、それは蒼が勉強を教えるのがうまいということだった。もちろん僕は昔から蒼に勉強を教えてもらっているのでそのことは知っていたのだけれども、その指導力は試験を重ねるごとに上がっているような気がする。

 彼女の指導法はすごく的確だ。まず何処がどのように分からないのかを考え、その箇所についてできるだけヒントを与える。答えを教えることはしない、できるだけ自分で考えさせる。この指導方法によって僕の成績は伸びた。

 蒼は千華に解法を説明して、問題を解くように言うと、僕の方を向いた。

「ほ~ら、悠くんぼうっとしない。次は悠くんの番だよ。さっきの問題解けた?」

「ああゴメンゴメン。ちょっと集中してなかった。ほらできたよ」

そう言って蒼に解答を見せる。蒼はその答え一つ一つにしっかりと目を通す。

「う~ん惜しいなあ。ほらここ、公式は合ってるのに計算を間違えてる。悠くんって昔からちょっとばかり詰めが甘いよね」

そう言って彼女は僕の解答を添削して新しい問題を出す。そして次は千華の方を見る

「千華ちゃん、ここ三人称単数のsが抜けてるよ」

「あっホントだ。ありがとう蒼ちゃん」

そうして両者の添削を終えるとやっと自分の勉強をする。蒼は勉強会の間ほとんど手を止めなかった。

 勉強会は夜の十時頃まで続いた。それぞれが集中して勉強をしていたので、あまり時間の長さは感じられなかった。しかし、千華はこんなに集中して勉強をしたことがないからか、いつの間にか眠ってしまっていた。

「千華ちゃんも寝ちゃったしそろそろお開きにしよっか」

「そうだね。今日は助かったよ。それはそうと、蒼は自分の勉強大丈夫?僕たちのことずっと教えてくれてたけど」

「うん大丈夫。それに私教えること好きだから」

「そういえば昔からそんなこと言ってたね。今日は本当に助かったよ。ありがとう」

僕は彼女にそう言い残すと眠ってしまった千華を背中におぶって蒼の家を出た。



 そして僕たちはついに中間試験当日を迎えた。しかし不思議と恐れはない。あれから僕と千華は蒼に与えられた課題をこなし、全力で勉強をした。心配することなど何もない。そして僕たちは三日間の戦に立ち向かう

「二人とも、出来はどうだった?」

三日間の中間試験を終えると、蒼が背伸びをする僕に話しかけてくる。

「うんまあまあかな。前よりはできたと思うよ」

「そう、よかった。だって悠くんの成績が悪いとこっちも不安だもの。そういえば、千華ちゃんは?」

二人で僕の隣の席に座る千華の方を振り向くと千華は、机に突っ伏していた。

「えっと、千華ちゃん大丈夫?」

蒼が心配そうに尋ねると、彼女はゆっくりと体を起こした。

「つ…か…れ…た…」

その顔はもはや半泣きであった。

「えっと、大丈夫?」

僕が改めて尋ねる。

「うん、大丈夫。疲れただけ」

そう答えると彼女は再び机に突っ伏して、寝息を立て始めた。

「大丈夫?みたいね」

こうして僕たちは中間試験を終えた。



「やったよユウト!私やったよ!!」

一週間後、試験の順位が発表されると、千華は喜びの余り僕に抱き付いてきた。廊下に張り付けられた順位表を見ると彼女の順位は281位だった。余裕の追試回避である。さて僕の順位はと。

「悠くん、名前あったよ」

蒼が順位表に僕の名前を見つけて声をかける。それは前の試験よりも随分左-高い順位にあった

「120位...ってマジ!?」

「悠くん、やったじゃない!」

僕の一学年末試験の順位は300位だったので、今回はあり得ないレベルの大躍進である。

「ありがとう、蒼のおかげだよ」

「私も蒼ちゃんのおかげで追試免れたよ」

僕と千華が彼女にお礼を言うと、彼女は「もう照れくさいなあ」と言いながら顔を赤らめてしまった。

「そうだ、打ち上げをしよう!」

彼女は話題を切り替えるためかのようにそう言った。

「打ち上げ?」

「そう打ち上げ。ほら折角悠くんと千華ちゃんが赤点回避したんだから」

「うん、私も打ち上げやりたい!」

「うん僕は賛成だけど、アレどうする?」

僕はそう言って後ろを指さす。そこには試験の順位表の前で項垂れている雄虎がいた。

「う~ん、一応呼んどく?」

千華は内心どうでもよさそうに答えた。僕たちは廊下に佇む雄虎をつまみ上げて、打ち上げのために学校の食堂に向かった。


「はあ、何だってんだよ。何だってんだよ」

食堂の四人用のテーブルに座ると雄虎はテーブルに突っ伏して嘆いた。うちの学校は試験の順位400位以下が追試の対象だ。雄虎の順位は401位だった。つまり、追試確定なのだ。

「雄虎だけ反省会状態だね」

「そ、そうね。まあこれも運命なんじゃない?とりあえず放っておいて」

「「「(悠虎以外の)赤点回避を祝って乾杯!!」」」

僕達は自動販売機で買った紙パックのジュースで乾杯をした。それぞれが解放されたスッキリとした顔をしていた、雄虎以外は。

「まあまあ、そう落ち込まない、落ち込まない。今度勉強教えてあげるから」

「えっマジで!?よっしゃ、俺元気出てきたぞ。カンパーイ!」

蒼が雄虎にフォローの言葉をかけると、悠虎は急に元気を取り戻したかのように叫んだ。実に単純な男だ。

 それからは、それぞれ食堂でお茶菓子を買って、打ち上げを楽しんだ。それと同時に、これがいい機会だと千華は自分の正体を雄虎に打ち明けた。雄虎は少し驚いた様子だったが、その後は「可愛ければ何でもよし」という雄虎の考えが幸いし、二人はすぐに打ち解けた。こうして千華は僕たちの真の仲間になった。

《2年C組白井雄虎くん、今すぐ職員室に来てください》

打ち上げもそろそろ終盤というところで学校放送が鳴り響く。それを聞いた雄虎は頭を抱えた。

「あ~、絶対追試のことだ。行きたくねえよ...」

弱音を吐く雄虎、その姿は実に女々しい。

「仕方ないなあ、私がついて行ってあげるよ」

そんな雄虎に呆れて千華が立ち上がる。

「ありがとう千華ちゃん!恩に着るよ」

そう言って二人は職員室へ歩いて行った。セリフだけを聞いていたらどちらが男なのかわからない有様である。



「二人きり、になっちゃったね。どうする?」

二人がいなくなって静かになった食堂で蒼は僕に呼びかける。

「う~ん、先に帰るのもなんだし何か話そうか」

それから二人きりなのをいいことに、いろいろな話をした。最近は千華がらみのことでいろいろ忙しく、彼女と二人で話す機会があまりなかった。

「悠くんの将来の夢って何?」

高校に入ってからの色々な話をしているうちに、夢の話になった。

「う~ん、まだちょっと決めてないかな。大学に行ってしっかり勉強して決めようと思う蒼の夢は?」

「私?私は、学校の先生になる!」

彼女は全く悩むことなくきっぱりと答えた。

「蒼は昔からぶれないよね。ずっと同じ夢だ」

「うん、私、人にものを教えることが好きだから」

彼女は昔から一度決めたことは必ずやり通すという性格をしている。きっと彼女はこの夢を叶えるために今も頑張っているのだろう。

「ところで悠くん、今好きな()とかいないの?」

「なんだよ、いきなり。今は別にいないよ」

「そっか、ゴメン今のことは忘れて」

彼女は勢いで僕に話題を振り、僕が答えると、勢いを失くしたかのように椅子の背もたれにもたれかかった。

 そうこう話している間に千華と雄虎が職員室から帰ってくる様子が見えた。赤点を回避して嬉しそうな千華に対し、追試確定の雄虎はよっぽど先生に絞られたのか意気消沈といった様子だ。

「二人も帰ってきたしそろそろ帰ろうか」

「うん。ねえ悠くん?」

「ん?どうかした?」

「ううん、何でもない」

蒼はそう言って首を振ると、突然僕の右頬に、キスをした。




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