表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の鳳凰と過ごす日々  作者: 岩崎氷華
2/5

片翼の鳳凰と過ごす学園生活

     


 千華が学校に転校して来てから一週間、千華はすっかりクラスメイトと仲良くなったようだった。この前どうやって学校に入ったのかと聞いたところ、一応正当な手順を踏んだらしいが天界の天然少女が言うことだから事実がどうかは甚だ疑問である。

「いやあ、千華ちゃん可愛いなあ」

僕の後ろに座る雄虎は腑抜けた顔をしながら机にもたれかかる。

「おいおい、雄虎は蒼一筋じゃなかったのか?」

「それは変わらねえよ。蒼ちゃんは俺の嫁。千華ちゃんは俺の妹さ!」

彼はそう僕に言い張ると、またわけのわからぬことを呟きながら妄想の世界に戻って行った。

 もっとも彼が千華に惚れる理由はわからないでもない。すらっと伸びる赤味を帯びた茶色の髪。少し幼く見える顔。そして彼女は僕たちが言うことは基本的に何でもやってくれる。僕だってもし彼女を妹としてもらえるなら欲しい。妹としてなら。

教室の前のあたりに目を移してみると、千華と蒼たち女子連中が談笑しているようだった。

距離があるので会話の内容はわからないが、どうやら千華は楽しそうに会話しているようだった。

 彼女が初めて学校に来た時、彼女がクラスになじめるのか同居人として心配だったのだが、その心配は杞憂だったようだ。

 しばらく僕がその会話を眺めていると、会話を終えたようで、千華は僕の隣に戻ってきた。彼女の席は僕の隣なので、学校で話すこともなかなか多い。

「どうしたの?」

僕がいつものように用件を尋ねると、彼女は手を後ろで組んで恥ずかしそうに話した。

「ユウト、私部活やりたいんだけど」

「えっ?」

それは急なお願いだったが、ある程度予想していたことだった。

 雄虎、蒼を始め千華には美術部の友達が多い。きっと彼らから部活についての話を聞いたのだろう。幸い今はまだ四月で、仮入部期間なので上級生や転校生でも気軽に部活に入ることができる。彼女も下界に来て間もなく、わからないことも多いだろうし、部活をやらせてみるのもいいかもしれない。

「それでさ、ユウトは部活何かやってるの?」

「いや、何もやってないよ」

僕は部活をやりたくないわけではないのだが、何も部活には入っていなかった。部活の勧誘が始まったころは一人暮らしに荒れるのが精一杯で、部活の見学に行く暇もなくそのまま入部期間が終わってしまったのだ。

「じゃあさ、ユウトも一緒に美術部入ろうよ!」

彼女が部活に入りたい、そのことは予想できたが、まさか僕も一緒に入ってくれと言われるとは思わなかった。

「あれ?悠くんも美術部入るの?私は歓迎するよ!」

千華の言葉を聞いたのか、蒼が僕たちのそばにやってきた。

「おっ悠翔も美術部入んの!?同志だな」

そして蒼につられて雄虎がやってくる。もはや断れる空気ではなかった。

「はあ、仕方ないなあ」

こうして僕と千華は美術部に入部することになった。


 

 僕と千華が美術部に入って一週間。全く持って絵の初心者である僕達は、先輩からいろいろな絵の技術を教えてもらった。今日の絵のお題は似顔絵だった。千華は僕の顔をしっかり見ながら時折キャンバスを見て描写する。

「できた!」

四十分ほどして彼女は絵を完成させたようだった。彼女は嬉しそうな顔をして僕に完成した絵を見せる。

「どれどれ...う~ん...これは酷い」

絵を見た瞬間、僕はそれが何なのかわからなかった。そして、それが僕の顔を書いた似顔絵であることを認知するのにしばらく時間がかかった。それは何とも言葉で形容しがたい-あえて言うなら小学校低学年の子供が書いたような絵であった。

「千華ちゃん完成した?見せて見せて」

僕が完成した千華の絵を見ているのに気付き、蒼が近づいていて僕が持っていた絵を取って見る。

「う、うん。味があっていいと思うよ。伸び代はあると思うよ」

彼女は千華の絵を無理に評しようとして冷や汗をかいているようだった。

「帰りに悠くんの家に行って千華ちゃんに絵を教えたいんだけど、いいかな?」

彼女は隣にいた僕に静かに耳打ちをした。この有様を見て断る理由もないので僕は「うん」と頷いた。すると、彼女はニッコリと笑って自分の持ち場に戻って再び絵を描き始めた。


「お邪魔しまーす」

部活が終わり三人で僕の家に帰る。

「相変わらずいい部屋住んでるよね。私なんかワンルームなのに」

部屋に入ってくると蒼は僕にそう言った。

「うちの母さん無駄に心配性でね。こんな広い家じゃなくてもいいのにね」

「じゃあ私も一緒にこの家に住んでいい?これまでみたいに」

「えっ?」

「アハハ、冗談冗談」

そう笑って彼女はソファに腰かけた。

 彼女が言うように僕と彼女は高校に入学するまで一緒に住んでいた。彼女は早くに両親を病気で亡くしたので、僕の家に居候していたのだ。今では進学にあたり僕のアパートの近くで一人暮らしをしている。

「よ~し千華ちゃん、私気合い入れて教えちゃうよ~!」

「うん、私上手くなれるように頑張る!」

二人は早速絵を描き始めるようだった。

 僕は二人の邪魔をしないように夕飯を作ることにした。今日のメニューは肉じゃが。下ごしらえをしながら見た二人の少女の絵は真剣そのものであった。



「いい?デッサンはこうやって-」

「うんうん...」

「二人とも、ご飯できたよ」

僕が二人の言葉を遮るように呼びかけると、二人は僕の方をジーッと見つめた。

「ゴメン、邪魔しちゃったかな?」

「ううん、大丈夫。今ちょうど一区切りついたところだから。さあご飯食べよ」

僕が釈明すると、彼女はすぐに微笑んだ。

「「「いただきます」」」

僕の家に三人分の挨拶が鳴り響いた。

「ん?悠くん、これもしかしてカレー入れた?」

蒼は肉じゃがを少し口に含むと僕にそう問いかけた。

「うん隠し味に入れたよ。ほら昔から好きだったよね」

「わあ覚えてくれていたんだ。ありがとう!」

彼女は喜んで肉じゃがを食べ続ける。その笑顔を見て僕は少し幸せになる。

 

 それからはご飯を食べながらお互いのことについて自由に話し合った。三人でどうでもいいことで笑いあった。そして、話が一旦落ち着いたところで、蒼が僕に質問を投げかけた。

「ところで悠くんと千華ちゃんってどういう関係なの?いつも一緒にいるし、今日ここに来た時千華ちゃんただいまって言ってたよね?」

突然の難問に僕は答えに窮した。本当のことを話してもいいのかと迷う。今まで騒がしかったその場が一気に静まり返った。

 僕が焦っていると、千華が僕の袖を掴んだ。

「別に話してもいいよ」

そういわれて僕はすべてを話すことにした。



「えっと千華ちゃんは実は天界の鳳凰で翼が折れて天界に帰れないから悠くんの家で居候していると。これ本当なの?」

「うん、信じられないだろうけど全部紛れもない事実だよ」

彼女は一瞬困惑したようだったが、千華の顔を見ると微笑んだ。

「ふ~んそうなんだ。じゃあ千華ちゃん続き書こうか」

「うん。えっとここが...」

彼女たちは僕など無視してまた絵を描き始めてしまった。どうやら僕が考えていたことは全部無駄だったらしい。蒼にとっては千華が人間だろうが鳳凰だろうがどうでもいいようだ。

 二人の少女は夜十時近くまで絵を描いていた。途中何度か千華の絵を見せてもらったのだけれども、蒼の指導のおかげか少しずつ上手くなっていた。

「私そろそろ帰るね。楽しかったよ」

絵の指導が終わって蒼は席を立つと、一枚の絵を僕に渡した。

「それ悠くんの似顔絵。大事にしてね。じゃあね」

そう言って彼女は僕の家を去って行った。横目で見えたその顔は少し赤味を帯びていた。

 


 彼女を見送り終えると、千華は僕の袖を引いた。

「ねえ、ユウトは私と蒼ちゃんどっちがスキなの?」

それはあまりにも予期外の質問だった。彼女は真剣なまなざしで僕を見詰めている。

「うん、僕は二人とも好きだよ」

僕はそう誤魔化すように言って、千華に微笑んだ。

「うん、わかった。これ、ユウトの似顔絵。大事にしてね。私寝るね」

彼女は僕に絵を渡し、そう言い残して寝室に去って行った。

 その絵は蒼のものに比べれば拙い出来の絵ではあったが、千華の気持ちがよくこもっている絵だと感じた。

 僕はこの四月の夜に温かい気持ちになった。



誤字脱字・感想などあればweb拍手または感想欄でよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ