片翼の鳳凰と出会う日々
「はあ、なんか面白いことないかなあ」
特に意味もなく言葉を紡ぎながら平凡な高校生-亀井悠翔は学校の帰り道を歩く。
「でも本当に面白いことが起きたところでどうせ悠くんは特に何もしないでしょ?」
隣を歩く僕の幼馴染である東海蒼はそうやって僕の言葉を折る。
そんな何気ない会話。それが僕の日常だ。特に面白くはないけれども、僕はこの日常に満足している。
僕には能力がある。かといって手から火を出したり、電撃を放ったりするわけではない。
人の傷を治す程度の能力。一見万能そうな能力に思われるが、実際に使う機会などほとんどない。しかも治せるといっても治せるのは軽傷の場合だけなので、この能力があろうがなかろうがあまり意識することはない。その辺の高校生と何ら変わりはない。
「私こっちだから帰るね、悠くんまた明日」
いつもの曲がり角で彼女は僕にそう言って去って行った。いつも通りの変わらない日常。
僕は彼女が帰って行った方向と逆方向の道、河原のほうへと足を進める。
僕は親元を離れて一人暮らしをしている。
本当は地元の公立高校に通う予定ったのだけれども、今通う私立琉星学園の自由な校風に憧れて入学したのだ。
今日も家へ帰ってご飯を作り、ゲームをして寝る。一人暮らしを始めて一年。そういうルーチンがすでに出来上がっていた。
そういえば今日は西のスーパーが特売日だったか、今日は生姜焼きもありかもしれない。主婦みたいなことを考えながら河原道を下る。
ああ今日は夕陽が川面に映えて綺麗だ。今日は特に急ぎの用事もないし河原で夕日を眺めて行ってもいいかもしれない。そう思って堤防に手をかけて下ろうとする。そうやって下を見た時に河原に一人の女の子が見えた。その女の子は、河原で倒れているように見えた。
僕は急いで堤防を下り、その女の子を抱き起す。抱き起したその女の子の顔はまだ幼い少女のようで、その手足も子供のように細く、華奢な印象を与える。そして、その少女の背中からは、二枚の美しい紅色の翼が生えていた。それは神話の鳳凰の翼そのものであった。そのうちの一枚は酷く傷ついていて、女の子の顔は熱で紅潮している。
-ヤバイ-
僕は本能的にそう思うと、女の子を一旦地面に下ろし、服の袖を捲り、右手を彼女の翼にかざす。僕の右手には若干ながら回復能力がある。彼女の傷は深いので完全に治すことは無理だけれども、応急処置ぐらいにはなるかもしれない。僕は精神を集中させて念じる。自分の脈が速くなっているのを感じる。自らが使える力すべてを注いで念じる。しかし、自分の体が耐えられずに、その場に叩き伏せられる。それが僕の力の限界だった。残ったわずかな力で自らの体を起こして、彼女の様子を見る。その翼は未だ深く傷ついているが、顔の紅潮は収まり、速かった息も落ち着きを取り戻していた。
それでもその女の子は目覚めない。この鳳凰のような少女はこれからどうするのだろうか。詳しくはわからないけれども、彼女はおそらくかなり珍しい生き物だろう、何故なら人に翼が生えているのだから。このまま河原で眠っていたら悪い奴に襲われるかもしれない。
僕は能力使用のせいでだるい体を起こした。とりあえず家に連れ帰って目覚めたら事情を聴いてどうするか考えよう。そう思いながら彼女を背中に担いで、家の方向へ歩き出した。
家に着くと翼をたたんで彼女を寝室のベッドに寝かせた。見つけたときよりは状態はずいぶん落ち着いていて、彼女は静かに寝息を立てていた。横から見る彼女の顔は、この世の者とは思えないほど美しい。何故こんな女の子が河原に倒れていたのだろうか。
二時間ほどしてその少女は目覚めた。
「やっと目覚めたんだね」
僕が彼女にそう話しかけると、彼女は眼を白黒させて辺りを見渡した。
「えっと…ここはどこ?あなたは誰?」
「ここは僕の家で、僕は亀井悠翔。ただの高校生だよ」
そう説明すると彼女は再び周りを見渡した。
「なんで私はただの高校生くんの家にいるの?」
「キミ河原で倒れていたでしょ。そこを僕が助けてここまで運んできた」
僕が先ほどの詳細を話すと、彼女は驚いてベッドから立ち上がった。
「えっ君が助けてくれたの!?ありがとう、本当に助かった」
感謝の辞を述べる彼女を前に僕は頭を掻いた。
「あの、お礼言ってくれるのは嬉しいんだけど、どうしてあんなところで倒れていたか教えてくれないかな?」
僕がそう尋ねると彼女は「そういえばそうね」と言って経緯を語り始めた。
「実は私は天界の人間?いや人間じゃないかもしれないけど、まあつまり天界の人なの。私は見ての通り鳳凰。鳳凰と言っても天界の地位ではあまり高くないんだけどね。それで今回は神様の勅令で下界を見てきなさいって言われたの」
「それでこの世界にキミが来ていたわけだ」
そうなの、と彼女は頷いて話を続ける。
「それで下界に来たわけだけど空を飛んでいて雲が綺麗だなあとか思っていたら、カラスだっけ?黒い鳥に襲われて。翼が折れちゃってあそこに落ちたの」
なるほど、彼女は本物の天界の鳳凰で、ぼうっとしていたらカラスに襲われ墜落したと。
それで河原で倒れていたわけだ。にしても天界の鳳凰様がカラスに襲われて墜落なんてどういうことだと。
「そういえばこれからどうするの?翼が無いと天界にも帰れないんじゃないの?」
「そうなの。とりあえず翼の怪我が治らないと帰れないの」
そう答えると彼女は考えるようにベッドの隣に置いてあった椅子に腰かけた。その後、彼女はしばらく考えこんでしばらく口を開かなかった。
僕がお茶でも持ってこようと思って席を立とうとすると、彼女はいきなり手を打って立ち上がった。
「ねえ、私の翼を治療してくれたのって君だよね?」
「うん、一応そうだけど」
治療したといっても所詮応急処置レベルにしかならないのだけれども。
「つまり君には治癒能力があるんだよね?」
「まあ、多少ね。治癒能力と言っても応急処置ぐらいしかできないけどね」
僕がそう答えると彼女は突然僕の両手を握って目を見つめた。
「君の家に居候させてくれないかな?」
「はい?」
彼女が今何を言ったか整理してみる。彼女はカラスに翼を傷つけられて天界に帰られない、だから翼が治るまで僕の家に居候したいと。
有り得ない、何故僕が見知らぬ、しかも鳳凰という人外生物を居候させなければならないのか。
彼女は僕のそんな心中を察したのか、手を放して言葉を続ける。
「もちろんタダで居候させてもらえるとは思ってないよ。私は居候させてもらう代わりに君に奉公する。これじゃダメかな?」
彼女は懇願するような顔でそう言った。
「奉公?どういうこと?家政婦でもやってくれるの?」
「家政婦?う~ん、そんな感じかな。ほら一人暮らしで色々大変でしょ?」
彼女の言う通りだ。僕は前述の通り一人暮らしなので何事も自分でやらなければならない。朝早く起きて学校へ行き、授業が終わるとスーパーマーケットで買い物をして帰り、ご飯を食べて寝る。こんな日常の繰り返しで、友人と遊ぶ機会もままならない。我ながらよくこんな生活を一年間も続けたなと思う。家事を手伝ってくれる人が一人いればどれだけ助かるだろうか。住み込みの、しかも可愛い家政婦を雇える、そう思えば彼女を居候させることはアリなのかもしれない。
「わかった、そういうことなら歓迎するよ」
こうして僕と鳳凰の波乱の日々が始まった。
「あはははは...。これは何かな?」
翌日、僕が学校から帰宅すると、我が家は変わり果てていた。廊下にはゴミが散乱し、衣服がバラバラに散らかっている。リビングに入るとそこでは鳳凰が夕飯を作っていた。
「ユウト、お帰り!」
彼女はリビングに入ってきたことに気付くとこちらを振り向いた。彼女が左手に持つ皿にはカピカピのご飯に緑色の謎の液体がかかっていた。
「あはははは...。これは何かな?」
「えっと、たぶんこの世界でいうカレーライスっていう食べ物だと思うよ?」
彼女がそう言って僕の前に出したモノは、どう見てもカレーライスには見えなかった。
「あの、作り方とか見た?」
「ちゃんと見て作ったよ?」
おかしい、こんなことは許されない。僕はそんなことを思いながらカレーライス?を一口食べてみる。もしかしたら見た目が悪いだけで味は美味しいのかもしれない。そんな僕の希望は一瞬で打ち砕かれる。僕はあまりの不味さにめまいを催して卒倒した。
「どうした悠翔。今日はなんか顔色悪いな」
僕が翌朝学校に登校すると、僕の後ろの座席に座る白井雄虎が驚いた顔をして教室のドアの前に近づいてきた。
「いや、ちょっと悪いものを食べたんだ」
悪いもの-まさに昨日鳳凰に食べさせられたカレーライスのようなものである。卒倒した後のことはあまり覚えていないのだが、朝起きて鳳凰に聞くところ、心配して熱心に看病してくれたらしい。そのことについては非常に嬉しいことなのだけれでも、今後鳳凰には一切食事を作らせないほうがよさそうだ。
僕と雄虎が教室のドアの前で他愛のない会話をしていると、一人の少女が教室に入ってきた。
「おはよう、悠くん、雄虎くん。」
そう僕たちに声をかけたのは僕の幼馴染である蒼だった。
「おはよう、蒼」
「お、おはよ」
さっきまで元気だった雄虎は詰まったように挨拶をした。蒼はそんな雄虎を気にもせずに自分の座席へ向かっていった。
「どうしたんだよ雄虎、さっきまで元気だったのに」
「し、仕方ねえだろ。緊張して上手く話せないんだよ」
彼は恥ずかしそうに僕に打ち明けた。そういえば彼は蒼のことが好きなのだ。彼は髪型が坊主なのだが部活は美術部だ。理由は蒼が美術部に入ってるから。実にばかばかしいことだけれど、雄虎が蒼に惚れるのはわかる。ストレートに伸びる深青の髪、端正な顔立ち、細身の体躯に似合わぬ大きな胸。蒼は学年の男子の注目の的だ。僕と蒼は家が近いので一緒に帰ることが多いのだが、その帰り道の話の中で男子に告白されたという話をよく聞く。
しかし、彼女はあまり興味がないらしく、一度も男と付き合ったことはないらしい。
そうやって他愛もない話をしているうちに始業のチャイムが鳴り、同時に先生が入ってくる。先生の号令で自分の席に戻ると、先生が話を始める。
「え~と、今日は季節外れだが転校生が来ています。皆さん仲良くするように」
季節外れ。始業式が終わって桜も散ってしまってからもう数週間経つのに、こんな時期に転校生とは珍しい。
先生が教室から出て転校生を呼ぶと、件の生徒が教室に入ってくる。同時に教室の中がにわかにざわつく。しかし、僕はその場で呆然とするしかなかった。転校生は転校生らしからぬ胸を張った態度で入ってきた。
「鳳凰千華です。こっちに来て間もないのでわからないことだらけですがよろしくお願いします。」
その転校生はまさに僕の家に居候をしている少女-鳳凰であった。
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